1: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:02:04.71 ID:MWCGbYrQ0
1:僕

( ・∀・)「つまりですねえ、形而上的な問題として、
     彼女の中ではもう、世界が終わっておるわけです」

ビシャアンと、雷鳴が窓を叩きつけた。未だ雨は降り止む気配を見せない。
シャンデリアが不規則に揺れ動く。僕は赤い絨毯の上を徘徊しながら彼の言葉を聞いていた。

( ・∀・)「それ自体はさしたる問題ではない。植物人間など、それほど珍しいものではないですから。
      問題は、彼女の形而上に潜んだ意識が、形而下に降りてきたときのことだ」

(´・ω・`)「しかし、それ自体現実的には有り得ないのではないでしょうか。
      大体、一個人の意識が形而下に発現したからといって、
      この、あまりにも広大すぎる世界に如何なる影響を及ぼすのです?」

僕がそう反駁すると、彼は皺だらけの顔をぐしゃりと歪めて、泣き顔のような笑顔を作った。

( ・∀・)「それが果たして、有り得ないと断じれる現象であるのかどうか……。
      私は思うのです。この世界など、すでに××××や、××××××××……」

雨の音が一層酷くなり、僕は彼の言葉を最後まで知る事が出来なかった。

( ・∀・)「まだまだ、強くなりそうですなあ」

彼は僕に叫んだ。僕も「そうですなあ」と叫び返した。
背丈の低い箪笥の上に飾られた、オッドアイの洋風人形が笑みを浮かべたように思え、シャンデリアの光は一瞬明滅した。
窓外を眺めても、闇と雨のせいでほとんど眺望する事など出来ない。
僕は改めて部屋の隅に置かれたベッドを見遣り、そこでは少女が未だ寝息をたてている。
本当に、終焉が足音を立てて近づいてきているようにも思えた。
僕は溜息をついて、再び巨大なスクリーンに視線を戻した。



5: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:04:47.05 ID:MWCGbYrQ0
2:私

多分、これは夢の中だ。何故なら、私は私自身をコントロールできていないから。
でも、感覚だけは明確に残存している。その証拠に、視界は目まぐるしい変化を続けているのだ。

ああ、でも私にはここがどこなのか分からない。
一向に、所謂デジャビュも感じないし、経験的な感覚も湧き起こらない。
そもそも現実に於いて、今目の前に現れているような風景を体感する事はないのではないだろうか。

私は繁華街を歩いている。周囲には、眩しいばかりの紫色のネオンが光り輝いている。
それだけ見れば、賑々しい風景のようだけど、ここには私以外誰もいない。
灰色の空からはとめどなく雨が流れ落ちている。その勢いはあまりにも強く、視界がほとんど利かない。
一歩進むたびにビシャリ、ビシャリと水音が響いた。

私はどこに向かって歩いているのだろう。
歩行を止める事も出来ない、足を動かしているのは私の意識ではないのだ。
だからこそ夢の中。或いは私は誰かに身体を乗っ取られているのかも知れない。
そんな逡巡にも関係なく、景色は緩やかに、順調に後ろの方へ流れていく。

私は、自分の意志では眼球を左右させる事さえ出来ない。
自分の身体なのに、私は五感を受動的に甘んじている。
ふと、肩を叩かれて、振り向いた。

( ^ω^)「貴方はどこにいくのですかお?」

そこに男が立っている。見覚えのない顔だ。懐かしい顔だ。
これが夢の中ならば、この人は私の創造物なのだろうか。私はもう少し正常を望むべきだった。
また、私は意志を失したままに口を開いた。

(*゚ー゚)「わかりません。あなたが何か知っているのならば、ご教授願いたいところです」



7: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:06:41.34 ID:MWCGbYrQ0
3:僕

( ・∀・)「わかりましたか、これが彼女の夢であると言う事が」

僕と一緒に、画面を見つめていた彼は、今一度声をあげた。
画面の中では、暗澹とした街並みの風景に、紫色の光が弱々しく光っている。
映像は、ただただ誰かの一人称視点として進行していく。
コマーシャルが挟まれるわけでもなく、かといって国営放送でも無さそうだ。
それは僕がこの部屋に来たときからずっと、流れ続けていた。
そして、彼はこれを、傍のベッドでいつまでも眠っている彼女の夢だと断ずる。

前述のように、常に一人称視点で場面が進行していくため、鏡でも無い限り、
誰の視点であるかを知る事は出来ないのだ。
なのにこの、壮年の彼は既知の事実であるような自信に満ちている。

(´・ω・`)「そろそろ聞かせてもらえませんか。何故それほどの確信を得ているのか」

( ・∀・)「私や貴方の意識はこの場に現存している。
      現存していないのは、彼女の意識だけだからですよ」

僕は彼の台詞に当然の違和感を覚えた。

(´・ω・`)「それはまるで――この世界には私と、貴方、そして彼女しかいない……
      そういうような口ぶりですね」

( ・∀・)「現にそう言っているのです。何しろ、もう世界は終わっているのですから」

「貴方はどこに行くのですかお」という、聞き慣れない声が耳に入り、
僕はスクリーンを眺めた。
映像の中に初めて、人物の姿が映り込んでいた。



8: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:08:40.40 ID:MWCGbYrQ0
4:私

( ^ω^)「貴方が知らない事を、僕が知っているわけありませんお。
      僕は貴方の意識上の存在であって、貴方の頭脳以上には賢く無いですお」

男は、どこまで無機物的な笑顔を絶やすことなく、ただ私を見つめ続けている。
若干の戦慄を覚えた。しかし私の口は至って冷静に台詞を吐いた。

(*゚ー゚)「つまりあなたは、私の中にあるイメージの存在なの?」

( ^ω^)「ある種、感情と言ってもいいかもしれませんお。
      その証拠に、貴方にはすでに感情は無く、ただただロボット的に向かっているだけですお」

そんなことはない。そんなことはないのだ。
私はここにいる、今の男の言葉に怒りを覚えるほどに感情を持っている。
やはり、私と私の身体はすでに乖離してしまったのか。誰かに乗っ取られてしまったのか。

いや――
或いは私が寄生していたのか。
私は私……しぃでは無いのだろうか。そうかもしれない、そうかもしれない。
だがしかし、それが一体どれほどの意味を持つだろう。
私は今まで、確かにこの身体で十数年と生きていたのだから。

(*゚ー゚)「私はどこに向かっているの?」

また彼女が喋った。聞きたくない。耳を塞ごうとした。手は動かなかった。

( ^ω^)「僕の知った事じゃありませんお。でも、ともすれば終焉かもしれませんお」

聞きたくない。鼓膜を破ろうとした。アイスピックを探す。無かった。



10: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:10:17.43 ID:MWCGbYrQ0
5:誰

空想と妄想の融合は超現実と世界と骨組みの無い観覧車を生み出した。
サイレンが響き渡った時の倒錯は砂漠を走る新郎新婦に首は無かった。
狂いだした時計の短針と長針は順調に回り続けている。あくまでも。

意識はすでに破綻しているが誰の人物がすでに破綻していた。
思考回路はデカルトとネグレクトに支配されていつか貴方の背中。
薄暗い赤い糸は皮膚色の血を流しながら朴訥と佇んでいた。

(*゚ー゚)「つまりあなたは、私の中にあるイメージの存在なの?」

狂躁狂躁狂躁。闇。誰が見た宇宙の始まりが暗渠と罪悪に満ち満ち。
停止。










盲目。

(*゚ー゚)「私はどこに向かっているの?」

終焉です。終焉に向かっているのです。神様。アレは人間の内的世界。
タイプライタアは新しい解答を導いた。



11: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:12:36.85 ID:MWCGbYrQ0
6:僕

(´・ω・`)「人が出てきたじゃありませんか」

僕は半ば、誇らしげに言った。それは、自分を励ますような意味があった。
彼は先程、この世界には僕たち三人の他に人がいないと言った。
その仮説が、今まさに崩れたという事になるのだ。

だが彼は苦笑するばかりで、自分の主張を曲げようとはしない。

( ・∀・)「そりゃあ、夢の中ならば人も登場するでしょう。あれさえ、彼女の創造物です。
      問題とすべきはこの世界なのです。現実なのです。
      現実には、私と貴方と、彼女しかいないのですよ」

(´・ω・`)「無茶苦茶だ、あんたの言ってる事は」

( ・∀・)「あなた、この部屋から出られますか?」

唐突に、彼は扉の方を指さしながら尋ねた。
木製の扉。僕にはその扉を使った記憶が一つもない。
気がつけばここにいたのだから、当たり前といえば当たり前だ。

僕にはしばらく、彼の意図するところが理解できなかった。
扉から外に出れるか、という質問であろうが、そんなものそもそも尋ねるに値しない。
僕は健常者だ。必要とあらば自分の足で歩き、自分の手で扉を開き、外に出て行く事ができる。

尋ねるに値しない質問に答えるのも無意味だ。
僕はただ黙っていた。彼は執拗に答えを求めようとはしなかった。



13: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:14:51.77 ID:MWCGbYrQ0
7:私

私の身体は男と共に再び歩き出していた。
私は疲労に襲われ、ある種なすがままに感覚を受け入れていた。
ほんの少し、狂気に絆されたのが良くなかったのだろう。
それにしても、男は何故私についてくるのだろうか。
分からない、分からないが、何か内臓を掻き毟られるような不快感を覚える。
夢なら、夢なら本当に、はやく覚めて。夢なら本当に。

(*゚ー゚)「そういえば、貴方の名前を聞いていなかった」

( ^ω^)「僕に名前はありませんお。強いて言うなら、貴方と同じ名前だお」

(*゚ー゚)「それは、貴方が私の意識だから?」

( ^ω^)「そうですお」

私の身体が頬を緩ませて、くすりと笑った。私はちっとも面白くない。
ふざけるな。貴方が意識だけの存在なら、それは私と同義じゃない。私は私だ。お前は誰だ。
熱さを感じた。怒っているからに他ならないだろう。

笑った……私の身体は笑ったのか。ふと思う。ここには三つの意識が存在している事になる。
私の身体は私の身体だけの存在じゃない。そこにはきっちりと意識が介在している。
目の前の男も意識を有するならば。ゲシュタルト崩壊が近い。

やがて道の果てが見えてきた。そこに、灰色のビルが聳えていた。



14: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:16:16.41 ID:MWCGbYrQ0
8:僕

( ・∀・)「そういえば、まだお互い素性を知らぬままでしたね」

しばらく沈黙し続けていた彼が、極めて友好的な口調で話しかけてきた。
そういえばそうだった。僕は彼の、名前すらも存ぜぬままなのだ。
だが、そんなことは非常に些末なことだとも思えた。

何しろ、この状況自体が異常なのだ。見知らぬ男と二人、これも知らぬ少女の部屋に放り込まれている。
いや、それすらも、僕にとっては取るに足らない問題なのかも知れなかった。
理由は分からない。深層意識が下した結論を判定する事は不可能だ。
「なんとなく」と言ってしまえば分かりやすい。だが、底の方に何かが介入している気もする。

(´・ω・`)「それは、果たして意味のあることでしょうかね」

( ・∀・)「多少なりは。ほら、この状況は、客観視すれば誘拐されたようなものですよ。
    互いの事を知れば、その辺りについて何か分かる事があるかも知れない」

客観視すれば、誘拐。確かにそうだ。家族は心配している事だろう。
だがそれはあくまで客観視である。視点を変えれば違って見えるのだ。
現に僕は、攫われた事による悲壮や絶望を微塵も感じていない。

まるで自分から望んでこの場所に来たような、そんな倒錯さえ覚えた。
確信に変貌するまで、さほど時間はかからなさそうだ。

僕は彼と、情報交換を始める事にした。
だがまさにその時、彼はスクリーンを見て言った。

( ・∀・)「おや、そろそろ場面が転換するようですね」



16: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:19:13.40 ID:MWCGbYrQ0
9:私

それは灰色の、朽ち果てた死者のようなビルディングだった。
天にまで届きそうな直方体。首を動かし、見上げている私の身体(?)も驚いているようだ。

(*゚ー゚)「これは、何?」

( ^ω^)「ここは貴方の内的世界ですお。
      ならば、これは貴方の創造物――心象に他なりませんお」

内的世界……それは、夢とは違うのだろうか。
此処が私の意識と密接した風景を有しているならば、いや、それは有り得ない事だ。
私の心象風景はこんなに荒廃していない。もっと美しいはずだ。
人並みほどには充実した過去を持っている。順調にここまでの人生を歩んできた。
少なくとも、私の記憶ではそうなっている。

必死に、自己の世界観を編み出そうとしていて、気がつくと私はもう、ビルの中に入っていた。

先程とは打って変わった、眩しいぐらいに輝いている蛍光灯の下に、
一本の長い廊下が彼方の方へどこまでも続いていた。
私は少々の落胆を覚えた。
展開の進行を望んでいたのは紛れもない事実だ。
しかし、これではまた延々と歩く事になり、それではさっきと少しも変わらない。

だが私の身体は、不満一つ漏らさず、意気揚々と歩を進めていく。
そこには何か、途轍もない確信のようなものが潜んでいる気がした。

ねえ。ねえ。私は、私の身体に向かって呼びかけた。反応があるかも知れないと思ったのだ。
ねえ。私の身体。何をしようとしているの。何を知っているの。誰なの。
ねえ。ねえ。



17: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:21:54.67 ID:MWCGbYrQ0
10:僕

(´・ω・`)「ふと思ったのですがね。彼女、起こしてしまえばいかがでしょうか」

僕は、ベッドで寝息を立てて眠り込んでいる少女を指さした。
スクリーンの中の一人称視点は長い廊下を歩き出し、
これがまた相当な時間単調に進むのであれば、退屈極まりない。
だが、それは少女を起こしてしまえば終わってしまう事だ。
そして何より、彼女の素性を知る事が出来る。

しかし、案の定とでも言うべきか、彼は首を縦には振らなかった。

( ・∀・)「そんなことをしてしまったら、それこそすぐに形而上の意識が降りてきてしまう」

歯を剥き出しにして笑った。

( ・∀・)「そんなに、死にたいですか」

(´・ω・`)「あんたが言う事が正しければ、この世界にはもう三人しかいないことになる。
      そんなところで生きていても、仕方無いでしょう」

僕は苛立って叫んだ。だが、彼は動じず、未だに僕を蔑むように笑い続けていた。

( ・∀・)「ま、貴方がそうしたいと言うならば止めませんが。
      私は反対ですよ。もっと、この映像を見続けていたい」

そう言ったきり、また彼は映像に没頭していった。
結局僕は、彼女に近づく事も出来ぬまま、彼と同じように立ち尽くしていた。

( ・∀・)「そういえば情報交換を忘れていました。私はモララーと言いますが、貴方は?」



19: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:24:08.38 ID:MWCGbYrQ0
11:私

突然、トランペットの爆音が鳴り響いた。私の身体が立ち止まる。
その音調は、どうやらファンファーレのようだった。

(*゚ー゚)「これは、何なの?」

( ^ω^)「誕生ですお。生命の誕生。ビッグバン、ストロマトライト、シアノバクテリア」

確かに、羽の生えた天使が、世に出た新生児を祝福しているようなメロディーだ。
だが、それが何故、今ここで湧き起こるのだろう。誰も生まれていないのに。
私の身体も、同じ疑問を持ったようだった。

(*゚ー゚)「誰が誕生したの?」

( ^ω^)「さあ、僕には分かりませんお」

どこか飄々とした口調で男は答えた。それにより、私はますますこの男を訝しんだ。
彼が意識上の存在ならば、何故先程の音楽の意味を知っていたのだろう。
それは、私も、おそらく私の身体も知らぬ情報だったのだ。
なのにこの男は知っていた。ならば、彼は私の意識から乖離した存在じゃないのか。

長い廊下に果てが見えてきた。扉。病院にある、手術室へと繋がるような両開きの扉が。
ああしかし、ある種退屈な夢だ。夢の中でさえ眠りかけたが、今の私に目蓋はない。

私の身体が扉の取っ手を掴んだ。開いた。



20: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:25:43.26 ID:MWCGbYrQ0
12:誰

泥水。空想。希望の空想。儚いまで生き存えていた絶望感は計り知れない。
笑み嬌笑生理的嫌悪爆発宇宙誕生。
悪魔より天使を好むケーキが赤くて赤くてたまらなく蝋燭は何故か四十五本。
いつまでも損傷し続ける官能の機械吐き出した。

(*゚ー゚)「ここはどこ?」

産声を上げた小さな渡り鳥のような傷だらけの経口剤行動構想。
人形を取り上げられて泣いた笑った怒った生きていた終わったけれど彼は何。
思考回路を啄む電熱線回路回路焼き切れた家族家族心中家族百景。

イデア科学敗走回想あの時はまだ二人一緒だった。
後ろ側。後ろ側。後背に潜む僅かなトートロジーを持った電波。
プラットホーム落ちていく金魚ぐるるるるぐ廻る振る舞う回転椅子。
祈る心信じる心サナトリウムに染められた風景。

孤独を覚えていない知らない十二指腸が導く空間深度四次元。
一本道。一本道。歴史の探訪夢の崩壊。
覚醒剤に染められて脳内は園児と保育園と交感神経を引きずり出す。

感覚。感覚。感覚。
だから誰は何度も感覚だと言ったのに。

(*゚ー゚)「ここに座ればいいの?」

愛撫。宣誓。百足が胎内を走り回っているから手術をしましょう切開しましょう。
痛みはなくても展開する。夢のような暗幕。



21: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:27:33.30 ID:MWCGbYrQ0
341:語り手
・・・・・・・・・・・

そうして世界は巡ります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それでも人物が満足する事はありません。夢の・ある種それは・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず一つ言える事は、全員気が狂っているという事だけです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そういうものです。人の内的世界に侵入した者は全て発狂します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それを目立たせないのは、正気を装っているからに他なりません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なぜそんなことを知っているかというと、俺も一度内的世界に足を踏み入れたからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

文体から受け取るのは難しいのかも知れませんが、やはり皆狂っているのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それを理解して次に参りましょう。展開は未だ不明です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺は語り手ですが、この先のストーリイを知りません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

読み進めましょう。俺は少しだけワクワクしていますが、あなたはどうですか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



23: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:29:17.08 ID:MWCGbYrQ0
13:私

私は、その暗澹とした部屋の中央に置かれた、手術台のようなベッドの上に仰臥した。
いや、実際ここは手術室なのかも知れなかった。扉の形状からしてもそうだし、
周囲に置かれた、よくわからない白色の器具や棚、そして真上で光る、
巨大な笠を被った電灯――手術室など、テレビドラマの記憶ぐらいしかないが、
確かにそれを彷彿とさせる光景なのだ。

男が私の周囲を徘徊している。私にとっては、室内の環境より彼の行動が薄気味悪かった。

(*゚ー゚)「何をするの?」

私の身体が問うた。どこか楽しげな口調でもあった。

( ^ω^)「貴方は妊娠しているお。今から赤子を取り出すお」

その言葉はあまりにも突然で、そして衝撃的だった。
何を言っているのだこの男は。私が妊娠していると。そんなわけがないだろう。
いや、夢だから有り得るのか。本当にこれは夢なのか。その割に、恐怖心は現実味を帯びている。

いややはり有り得ない。私は妊娠に至るような過程を踏んでいない。絶対に踏んでいない。
絶対に踏んでいない。だから妊娠は有り得ないのだ。そうだ。そうに違いない。
だが男はいつの間にかメスを握っている。錆び付いた、巨大なメスを握っている。
そして、私の身体が宣った。

(*゚ー゚)「妊娠しているなら、仕方がないわね」

メスが近づいてくる。私のおなかが。裂かれる。



25: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:31:24.94 ID:MWCGbYrQ0
14:僕

画面の中の男は、勢いよく刃物を腹部に突き刺し、そして縦、或いは横に引き裂いた。
僕はその光景を直に見る事は出来なかった。
何しろ、カメラは一人称視点として、天井を見上げ続けているのだ。
皮膚が切られる音、その下の皮下脂肪が破れる音。そして僅かな水音でしか認識できない。
だが、それでも、あまりにも生々しかった。
剥き出しになる内臓が、赤黒く溜まる血液が、イメージとして脳内に流れ込んだ。

( ・∀・)「帝王切開というやつですな」

モララーが呟いた。
僕と彼は、すでに情報交換を済ませていた。だが、特別共通点は見当たらなかった。
住んでいるところも、職業も違うようだし、唯一合致したのは年齢のみである。

( ・∀・)「随分乱暴な気もしますが」

(´・ω・`)「乱暴なんてものじゃないでしょう、スナッフビデオを見せられているようなものだ」

だが、切り裂かれている当の本人は悲鳴の一つもあげない。
映像が少しもぶれないところを見ると、痛みどころか、全く何も感じていないのだろうか。

雷鳴が轟いた。忘れていたが、窓の外では豪雨が未だ降り続いているのだ。

( ・∀・)「この映像は何を意味するんでしょうかねえ」

本業をフリーライターと名乗ったモララーが言った。

( ・∀・)「これは、もしかしたら少女の、現実の記憶なのかも知れない。
      そうすると、今ベッドで寝ている彼女の腹部には裂傷の痕があるのかもしれません」



26: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:33:47.79 ID:MWCGbYrQ0
15:私

これはなんだ。これはなんなんだ。痛い。腸を抉られているような痛み。
いや、実際抉られているのだ。小腸を握りつぶされている。赤黒い血液の音がする。子宮が壊れる。
赤子などいるわけが無いだろう。いないのだ。
臓物がかき回されている。痛い、痛いよ、助けてよ。
誰なら助けてくれる痛い、痛い。

(*゚ー゚)「いた? 赤ちゃんは」

畜生。何故お前は平然としているんだ。
やっぱりお前は私の身体を乗っ取っているだけの寄生虫なんだな畜生。
死ね、死んでしまえ。糞野郎。ゴミクズ。痛い、痛いよ、助けてよお母さん。

お母さん、お母さん。お母さん。お母さん。お母さん?
お母さんなんていたっけ。いたはずだ。私にはお母さんが……いなかった。
そうだ。そうだった。じゃあもう誰も助けてくれないのか助けてくれないのか。

( ^ω^)「あ、赤ちゃんがいましたお」

そんなはずがない。そんなはずがないだろう。私は妊娠していない。交接していない……いないよね?
痛い。痛い。更に痛みが増す。何かがもぎ取られる感覚。
視界には入っていないので、それが何かは分からない。

だが、次に視界に入ってきた、男の笑顔と共にに掲げられた腕の中には、
赤黒い血液に塗れた、少し巨大な赤子が抱かれていた。
赤子は私に気付くと、口角を吊り上げ、歯の生えていない、赤々とした歯茎を見せてニかッと笑った。

悲鳴を上げようとしたが、口が無かった。



27: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:36:00.06 ID:MWCGbYrQ0
16:僕

突然、けたたましい叫声が響き渡った。
それはスクリーンから発せられたものではないと、直感した。
振り向くと予想通り、ベッドで寝ている少女が、
眼を閉じたまま口を目一杯に開いて、喉が潰れるほどに絶叫していた。

だが彼女は悲鳴を上げるだけで、手足をのたうち回らせたりはしない。
今、彼女の首から下は掛け布団に覆われているため、見えない。
そこは確かに、少し盛り上がっているのだが、
その下にあるのが彼女の胴体である保証など、どこにもないのだ。
ともすれば彼女は首だけの存在なのかも知れない。

不意に、布団をめくってみたいという衝動に駆られた。そうすれば全てが明らかになる。
先程モララーが言っていた、裂傷の有無も知る事が出来る。

でも、僕はそうしなかった。そうするほどの勇気が無かった。
少女は一度大きく息を吸い込み、なおも叫喚した。
スクリーンの中で男が何かを喋っているが、聞き取れない。

( ・∀・)「どうにも納得がいかない」

(´・ω・`)「何がですか」

( ・∀・)「スクリーンの中の彼女は、声一つ上げず平然としています。
      むしろ喜んでいるような面持ちさえ感じられる。
      ですが、そこで魘されている彼女はどうです、男の行為を大きな苦痛として受け取っている」



28: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:40:05.00 ID:MWCGbYrQ0
17:誰

徐々に徐々に意識が組み上がっていく思考回路がほぐされていく。
私は永遠にも近い心理を得ているのですから定規の色は何pか。
或いは正常に会話する事が可能かも知れません質問があれば今の内にどうぞ。
それが何やら気絶している彼女と些かなりとも関連性を含んでいるかどうかを私は証明できない。
背中を叩かれているが振り向く事が出来ない背骨を切り開かれているが振り向く事が出来ない。
ふと世の中に意識を発現して記憶の残留している限り私は誰にも希望されていなかった。
私ではなく誰今のは失言失言私は誰であって私ではない失言一人称の錯誤罰の対象。
砂漠を駆け抜けていく新郎新婦の新婦とは私の事だった新郎は死んでいる最早昔に。
首がないのは断末魔に喘ぐ頃に首を切り落とされたからそこには周囲には三人いた。
とうの昔に妄想さえ風景さえ想像さえ赤色と黄色と茶褐色に覆われていた感性も同様に。
瓶詰めの誰袋詰めの誰深遠の海に放り投げられたときそれでもなお恐怖した恐怖をしていた
それまで光を歩んでいたような気がして実際そうなのかも知れないのだけれど最早詮方ない。
過去を振り返る事に注力するぐらいの能力があれば夢に馳せた意思を壊す事に努力するべき。
そうは思っていても最早どうにもならないどうにも出来ない現実と形而下は既に消えてしまった。
形而上に存在する二人の人間人間であるか否かは未だに判別できない五体満足動物。
思い人が宙を舞った誰は眺めていた笑い声怒鳴り声偽装の泣き声全てが嘘だった。
嫌嘘ではなく真実だったのかも知れな再びの破綻次に正常を取り戻す時期が何時になる。
生存の道を模索しているのであればそれが不可解且つ不可能である事に気付くほど賢明で在れ。
今手足が存在する事がとても不思議に思えるそれが幸福か僥倖か知らぬ存ぜぬ気が狂っている。
この複雑にして単純明快な思考理論を組み上げるのは既に命がないからに違いない。
それで構わないそうとしか言えないそうでもなければ最早誰の意識は存在しない。
取り上げられた赤子は確かに誰の子だが誰は否定する否定するそれは新郎の赤子ではない。
赤子は新郎の赤子ではないが誰の赤子かも分からないそれで良いそれで構わない雑音が混じる。
やがて覚醒するのであってそれは自然の摂理であって彼女は形而上で生きている不幸にも。
覚醒するようだ誰にはそれが分かる誰は誰であって同化する唯一の構成要素だから。
深く蒼くそれでも安らかで息を吸い込もうとすれば水が入って苦しいが息をしなければいい。
赤い糸は切れていたそれでもなお幸福だった最後の写真は桜色観覧車記念の写真泡沫の思い出。
何もかもに気付けば壊れるのかも知れないが私は再び覚醒した彼女と同一化する事を希望。



30: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:42:23.98 ID:MWCGbYrQ0
18:私

幾らかの時間が過ぎて、私は覚醒した。あまりの苦痛のためか、しばし気絶してしまっていたようだ。
身体はなくとも気絶はするようだ。しかし私は今意識だけの存在なわけで、
そうなるとその意識を失ってしまえば死と同義なんじゃないだろうか。
そもそも、あんな風に強引に腹を裂かれれば普通に死んでしまうだろうに。

どうでもいいか。私は今目を覚ました。それにここは夢の中なのだ。それだけでいい。
私はできるだけ、先程の出来事を思い出さないようにした。あんなもの、嘘っぱちに過ぎないのだから。
気絶する事によって思考回路がリセットされたのか、今の私は恐ろしいほど冷静だった。

私の身体はもう手術室を抜け出し、長い廊下をただひたすら歩いていた。
さっきと少し違うのは、蛍光灯の光量だろうか。いささか暗くなったように思える。

時折ぴちゃり、ぴちゃりと床を跳ねる雫の音は、私の血液に違いなかった。
もう痛みは感じなかった。痛覚が麻痺してしまったのかも知れず、
私にとってはただそれが僥倖だった。
このまま血液を落とし続け、失血死すれば目が覚めるのではないか。そんな期待もしていた。

目の前を、男が血まみれで歩いている。
二つ目の扉が見えてきたところで、私の身体が彼に言った。

(*゚ー゚)「今度は、どんな部屋なのかしら」

その声は、どこか期待に満ちているように弾んでいる。
この時ばかりは、私も賛同した。即ち、私もまた、期待感を抱いていたのである。
男は振り返る、変わらぬ笑顔で答えた。

( ^ω^)「行ってみれば、わかりますお」



31: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:44:40.51 ID:MWCGbYrQ0
19:僕

絶叫がぴたりと止んで、むしろ僕は吃驚した。
まさか彼女を襲っていた苦痛が完全に消え去ったわけでもあるまい。

( ・∀・)「さて、そろそろ私たちが何故ここに導かれたかを考えましょうか」

(´・ω・`)「考えるだけ、無駄じゃありませんかね。共通点は見つからなかったわけですし」

彼はフリーライター。僕はしがないサラリーマン。
彼は関東在住、僕は、昔は関東に住んでいたが、今は転勤で九州在住。
年齢だけが、三十五で同一。ただそれだけなのだ。接点など有るはずもない。
小中学校時代の級友であると言う事は……有り得るかもしれないが。
それが今まで尾を引くような事態に発展している事は、無い。無いはずだ。

( ・∀・)「……貴方、過去に罪を犯した記憶は?」

その、刑事尋問するかのような台詞に、僕は一瞬、心臓が裏返るような不快感を覚えた。

(´・ω・`)「突然、失礼な質問をしますね」

( ・∀・)「不躾である事は謝罪しますが……いえ、私にはもう分かっているのです」

彼はずいと、僕に身を寄せた。

( ・∀・)「貴方にも、私にも、過去に重大な罪を犯した事実がある」



32: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:46:18.38 ID:MWCGbYrQ0
20:私

扉の向こう側、二つ目の部屋は明るく、また華やかな内装に飾られていた。
赤い絨毯に、応接五点セット。ガラス製の机には妙にごつごつした灰皿が乗っかっている。
壁には、ほとんど隙間無く本棚や洋箪笥が取り付けられていて、
それらがあまりにも高価である事は、私にも理解できた。

(*゚ー゚)「綺麗な部屋」

( ^ω^)「まあ座って、コーヒーでもどうですかお?」

男に言われたとおり、私の身体は革張りのソファに腰を下ろした。
血液がボトボトと床に垂れ落ちた。だが、赤い絨毯なのでさほど目立たない。
ふと、違和感を覚えた。だが、それが何に起因するものなのかは分からなかった。

男は、いつの間にか用意したコーヒーカップを、私の前に置いた。
だが私の身体は、やんわりと首を振って立ち上がった。

(*゚ー゚)「今飲んだら、傷口から零れてしまいそう」

そして、部屋にある装飾物を見て回り始めた。
本棚には、古びた書物が敷き詰められている。難しそうな本ばかりだ。
洋書と思しきものまで並べられている。
ここに住まう人が居るとして、その人は博識な大富豪なのだろうか。

そのうちに、私の身体は書棚のガラス戸の中にある、一つの写真立てに目をとめた。
飾られた写真に、私が写っていた。私がピースサインをカメラに向け、無邪気に笑っていた。
やがて私は、違和感の正体を掴んだ。
嗚呼。既視感だ。



34: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:48:42.10 ID:MWCGbYrQ0
21:僕

(´・ω・`)「いい加減にしてくれ! 訳の分からない主張を聞かせた後には、
      人を犯罪者呼ばわりか」

僕は溜まりかねて彼を怒鳴りつけた。しかしこればかりは当然で、
何故見ず知らずの人間から、突然さも何もかも知っているかのような口ぶりで、
覚えのない罪を指摘されねばならないのか。
状況も状況であるというのに、勘弁してほしい。

彼は、モララーは目を細めている。その、狡猾じみた表情がまた、僕を苛立たせた。

( ・∀・)「事実がない、と仰りたいわけですね」

(´・ω・`)「当然だ」

( ・∀・)「ですがねえ、貴方も自ずと気付く事になるでしょうが、既に私には分かっているんです。
      いや、分かってしまったんです」

(´・ω・`)「大体、私とあんたは今日まで知らぬ間柄だったんだ。
       どこにも接点は無い。なのに」

彼は僕の口上を途中で遮った。

( ・∀・)「接点がない……それは、真実じゃないのですよ」

ニヤッと笑った。

( ・∀・)「同じ穴の狢じゃないですか。ねえ、しょぼん」



35: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:50:10.31 ID:MWCGbYrQ0
22:私

既視感。私はこの部屋に訪れた事がある。そう遠くない過去の事だ。
気付くと同時にせり上がる嘔吐欲。だが私の身体は一向に平気らしく、
おそらく高校時代の運動会で撮影されたと思われる私の写真を微笑んで眺めている。

(*゚ー゚)「どうして、こんなところに私の写真が?」

( ^ω^)「それも、貴方の心象ですお。さっきの部屋もそうでしたが、
      この世界に貴方の心に無いものなんて、存在しないのですお」

つまり、さっきの手術室のような場所にも、私は訪れた事があるのだろうか。
いや、記憶にはない。あるのかもしれないが、回想することを本能的に拒んでいた。

私の身体は未だに写真を眺め続けている。
ふと、嫌な予感が背筋を走った。この写真を見つめていてはいけない。
視線を外せ。見てはいけない。この写真はダメ。いや、この部屋自体が。
意味不明なままに訴えかける事も空しく、私の身体は言う事を聞かない。
そして次の瞬間、写真から私の姿が消えて、背後に写るグラウンドと、
高校の校舎の風景のみの写真に変貌した。

(*゚ー゚)「あれ?」

やがてその風景さえも姿を消した。写真はまったくの、白色の厚紙になってしまったのだ。

( ^ω^)「どうかしましたかお?」

彼が問うと同時に、違う景色が、まるでペンキで塗りたくるかのように描かれていく。
春。晴天。遊園地。観覧車。二人の人物。ピースサイン。笑顔。
一方は私。もう一方。



37: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:51:26.02 ID:MWCGbYrQ0
23:誰



















或る春に出会ったあの人は優しかった。そういう幸福。そういう不幸。そういう怨恨。
或る夏に出会った奴は気が狂っていた。そういう幸福。そういう不幸。そういう悲哀。
性善説なんて嘘っぱちだ。奴は最初から悪だった。最初から魔だった。

全てが壊された。季節も時間も欲望も恋愛も希望も電話も心理も。
それでも最終的に生命を壊したのは、他ならぬ誰自身だった。
誰の一欠片は愛していた。誰は誰を愛していた。



38: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:53:42.43 ID:MWCGbYrQ0
24:僕

どこか親しげな言葉に、僕は明確にうろたえてしまった。

(´・ω・`)「なんのこと、ですか」

彼はスクリーンを見ながら、ニヤニヤと笑い続けている。
だが僕には、彼が徐々にこちらへと近づいてきているように思えた。
腰が砕けそうになる。なんとか踏ん張る。拳を握り締め、手のひらに爪を立てる。
歯がガチガチと音を立てる。ここまで狼狽するのは、自身に何か覚えがあるからなのか。

( ・∀・)「十五年ほど前、私と貴方、そしてもう一人……三人で、人を殺した」

彼は幼児に童話を読むように、ゆっくりと、温和に喋り始めた。

( ・∀・)「といっても私たちは共犯……所謂リーダーではありませんでしたが、
      被害者には関係ないでしょう。同じ加害者に違いない。
      随分いろんな事をやったじゃあ無いですか。
      最終的には。ズタズタに引き裂かれたあの人を、海に投げ込みました」

理解した。記憶が蘇った。
あの時、僕は狂っていたのだ。それは確かであるが、何故今。何故今その話が持ち上がる。

( ・∀・)「浮かび上がっていないようですよ、死体。十数年経った今でもまだ。
      もしかしたら、死体は、そのまま形而上へ消えてしまったのかも知れません」

(´・ω・`)「これは、復讐なのか」

( ・∀・)「妥当に考えれば」



39: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:56:16.70 ID:MWCGbYrQ0
25:私

浮かび上がった一枚絵は、モザイクがかかったようにぼんやりとしていた。
それでも私は、それが何の写真であるかをすぐに判別する事が出来た。
当然なのだ。それは私の大切な写真。記憶の深淵に刻まれた夢の最期。

あれは……いつのことだっただろう。
私とあの人は出会った。陳腐に表現するならば、それは運命的な出会いだった。
どちらからとか、いつ頃からとかは覚えていない。
私があの人を好きになり、あの人は私を好きになってくれた。
幸福だった。それまでの人生で、至上の時間が私に訪れた。
嬉しかった。楽しかった。面白かった。大好きだった。ああ、言葉とはあまりに貧弱な表現技法だ。

この写真は、そんな一時の最後に撮った写真。忘れもしない、三月二十四日。
満開の桜の下、私はあの人と遊園地に行った。その時の写真。観覧車に乗る前の写真。

何もかもが美しかった。世界はあまりにも素晴らしかった。
壊れたのはいつだ。

私の身体が立ち上がった。そしておもむろに、写真を写真立てから引き出した。
何をする。何をするつもり。そう思う間もなく、私の身体は、両手で写真を真っ二つに引き裂いた。

紙の乾いた音がした。それは私の神経が断絶した音だったのかもしれない。
なんてことを、なんてことをするんだ。畜生。
お前には何もわからないだろう。それが私にとってどれだけ大切なのか。
わからないだろう。だから引き裂いたのだろう。そうだろうなそうなんだろうな。

( ^ω^)「分かっていると思うお」

男が声を発した。それは明らかに、私に向けられた言葉だった。



40: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:58:04.79 ID:MWCGbYrQ0
26:僕

何故今まで忘れていたんだ!
僕は絶叫した。そうだ、常識的に考えて、あの出来事を忘れるはずがない。
のうのうと暮らせるはずがない。そもそも生きていけるはずがない。

思い出してしまった。モララーのことも、少女のことも。
そうだ、そうなのだ。彼女を殺したのは僕たちなのだ。
頭を抱える僕に、モララーは言った。

( ・∀・)「私もさっきまで忘れていました。ですが、この映像に感化され、思い出したのです」

(´・ω・`)「お前は何故、そんなに冷静でいられるんだ!」

僕はもはや泣きそうな声で喚いた。

( ・∀・)「それは……いや、貴方だって、その気になれば落ち着けるはずなのですよ。
      若者風に言えば、ノリというやつですか。
      自分の罪を知った故、あなたは懺悔、自省せねばならないという、
      一種の義務感を背負ってしまったのです」

そんなはずがない! 僕たちは人を殺したんだ、それも二人、二人も……
そんなはずがない。僕は殺した、二人……たった二人。

……体内の汚泥を全て吐瀉したかのように、ふっと気が楽になった。
僕たちは人を二人、凄惨な方法で殺した。

そうか。たった一文で終わる罪など、大したことないのか。
私は落ち着いた気分で、スクリーンに視線を戻した。



43: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:00:15.47 ID:MWCGbYrQ0
342:語り手
・・・・・・・・・・
ほうら、狂っているでしょう。理解しましたか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
理解できないかも知れませんが、それは貴方が悪いのではなく俺が悪いのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
申し訳ありません。俺には文体も読解も存在しないのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

詫びるため、私は死にます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



44: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:02:23.29 ID:MWCGbYrQ0
27:私

気付けば、そこはもう豪華な応接間ではなくなっていた。
薄暗く、湿っぽい空間。カビ臭いにおいが鼻腔を刺す。雰囲気だけで吐血してしまいそうだ。
周りには土嚢や頭陀袋が積み上げられていて、鉄製の棚にはワインか何かの瓶が並べられていた。

(*゚ー゚)「ここはどこ?」

私の身体が言った。声色が、以前よりやや緊張しているのは気のせいだろうか。

( ^ω^)「倉庫ですお」

初めて、男が具体的な言葉を発した。
視線がぶつかっている。男が見ているのは私の身体の方か、それとも私なのか。
きっと後者だ。奴は私の存在を知っている。
いや、私の意識上の人物なのだから知っていて当然か。
それでも、私はあの男を知っていない。いや、知っているのか。何も分からない。

( ^ω^)「この倉庫は普段誰も使いませんお。だから、見つかる心配はありませんお」

その台詞に、私の身体は微笑んだようだった。
何故だ。見つかる心配が無いってどういうことなんだ。

いつの間にか、男は右手にナイフを持っていた。
そして、左手で私の手を掴んだ。私の身体は抵抗しない。なおも笑顔のようだった。

( ^ω^)「愛しているお、しぃ」

そして男は、私の手の爪と肉の間に、ナイフを入れて引き裂き始めた。



46: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:04:01.94 ID:MWCGbYrQ0
28:僕

(´・ω・`)「まず両手の爪を全部剥がしたんだ。
      肉と接着している部分を、ナイフで切り落として」

( ・∀・)「血だらけになった、爪のないつるつるした指に熱した針を突き刺しました」

僕たちは、二人同時に笑い声をあげた。

(´・ω・`)「次に髪の毛を全部引っこ抜いたんだったなあ。尼僧みたいになってた」

( ・∀・)「それではあまりに可哀想だから、代わりに赤い糸を縫いつけましたよね」

呼吸困難になるぐらい笑った。
それは、子供の頃の悪戯を思い返し、懐かしむような感情だった。

( ・∀・)「口角にナイフで切り込みを入れて、口裂け女にもしましたよね」

(´・ω・`)「そうだったそうだった。それからペンチで歯を抜いたんだ。
      折れた歯から剥き出しになった神経を、ペンチで潰したりもした」

( ・∀・)「あの時は、流石に彼女も気絶していましたね」

(´・ω・`)「その後右脚をノコギリで切り落としたけど……それだけじゃあ、死ななかったね」

( ・∀・)「案外丈夫なものですよ。腕の皮をバーナーで炙ったりもしましたが、死ななかった」

笑った。笑い続けた。いつまでも笑い続けた。



48: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:06:20.11 ID:MWCGbYrQ0
29:誰

またも彼女の意識が断絶した事により、発言する事が出来るようになりました。
今度は前よりもいささか以上に意識は正常です。こんなにも饒舌です。質問が有ればどうぞ。

私は、いや、誰はそもそも存在してならない意識であり文体であるのかも知れません。
いや、もう誰などという表記は無駄としか思えません判別法以外の用法が不明です。
最早私=誰であることは明らかなのではないでしょうか。
未だ意味不明ですか。意味不明かも知れません。私と、もう一人の私は別人です。
別人ですが同一人物です。多重人格と言えばわかりやすいですか。

私と、もう一人の私には明確な違いが幾つかあります。
男がいます。私を虐める男です。あまつさえ私を殺した男です。
もう一人の私は彼を憎んでいます。憎しみあぐねています。

ですが私はそう思わないのです。私は愛していました。あの男を、ブーンを愛していました。
それが、例えば同情心や、所謂『ノリ』のようなものであると言われても否定はできません。
私自身、何故彼を愛しているのか、愛していたのかめっきり不明ですから。

今、もう一人の私は苦痛に悶えています。この世界は彼女の内的世界なので、
感覚はほとんど彼女に依存します。只私は、身体を動かし、喋るだけの能力が与えられただけです。
痛みも感じません。しかし、この世界を最初に構成したのは私でももう一人の私でも無さそうです。
どちらも記憶していませんでしたから。細分化した人格の一つが形成したのでしょう。
さっきはつい激昂して写真を破りましたが。悪い事をしました。

言語感覚に齟齬が生じて参りましたくだけて散ってしまった感覚や完成や思考や。
私は狂人です自明の事ですだがしかし私という存在は既に死亡しているから関係有りません。
もう一人の私は復習復讐するようですがそれを私は止めようと思いません彼女は正常です。
少しでも勘違いしていただきたくはないそれでもなお私は愛しているし彼女も愛している事でしょう。



49: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:08:37.33 ID:MWCGbYrQ0
30:私

爪と肉を削られた。また、赤黒い血が飛び散った。
髪の毛を手で無理矢理抜き取られた。その後、針で赤い糸を縫われた。
絶叫した。叫喚した。悲鳴を上げた。咆吼した。大喊した。
罵った。怒鳴った。哀願した。男は次に、私の口角を裂いた。

その辺りで意識は途切れた。再び途切れた。それでもなお、夢は醒めない。

いや、私にはもう分かっている。これは夢なんかじゃないんだ。
かといって現実ではない。どこか超現実めいた世界。私の内的世界。残留思念。

( ^ω^)「ようやく気付きましたかお」

私の身体が目蓋を上げた。右脚の付け根に鈍痛。と思ったら、そこに私の脚は無かった。
ちぎれているのだ。何かで強引に叩ききったかのように、断面は凹凸を成している。
他の三本の手足は無事……ではない。そうだ、爪をもがれたんだった。

口が開かない。開いても、歯がないのではまともに話せやしないだろう。
それにしても、私は何故生きているんだろう。死なない。死ねない。
殺せ。

( ^ω^)「愛しているお、しぃ」

聞きたくもない。汚物のような科白。反吐が出る。
だが私の身体は笑みをつくった。必死に、広がった口角を吊り上げて笑った。
私と、私の身体は相反している。畜生。



50: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:10:21.98 ID:MWCGbYrQ0
31:僕

僕は、せせら笑いながら少女を覆っている掛け布団を捲った。
予想通り、右脚が切断されていた。少女は眠っている。起こさないよう、そっと布団を元に戻す。

(´・ω・`)「僕たちは、殺されるのか。ここは、彼女が復讐のためだけに形成した空間なのか」

( ・∀・)「いずれは殺されるのでしょうが、不可解な点もあります。
      もしこの空間が憎悪や怨恨だけで出来ているなら、私たちはすでに、
      地獄のような拷問にかけられていてもおかしくはない、むしろそうするべきでしょう。
      彼女にとって、一刻も早く殺したい存在でしょうから、私たちは。
      ですが、現実はそうなっていない」

(´・ω・`)「どういうことだろう」

( ・∀・)「躊躇っている、或いは迷っているんじゃないですかね」

(´・ω・`)「そんな必要がどこにあるんだ? 情けをかける余地なんて」

( ・∀・)「貴方は覚えてませんか。死に際まで、彼女が微笑んでいた事」

僕は回顧する。両手足の無くなった少女を。少女の顔を。
聖母……とは安易すぎる表現だ。しかしそれが、最もふさわしい単語である。

(´・ω・`)「笑っていた。確かに」

( ・∀・)「思うに。彼女は最期、彼を……ブーンを愛していたんだと思うのです」

スクリーンでは、まだ少女への拷問が続いている。



51: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:12:12.36 ID:MWCGbYrQ0
32:私

違う、私じゃないんだ。私はあの野郎を、ブーンを愛してなんかいない。
愛しているとすればそれは……別人の仕業だ。私じゃない!
でもそれをどう表現すればいいんだ。私は、私の口も、私の身体も全て、
今や私のものじゃない。現に私は笑っている、純粋に笑っている。愛しているように笑っている。
どうにもならない。どうにもできない。世界中が私を嘲笑しているようだ。

そうだ。
乖離してしまえばいい。言う事を聞かない身体なんて最早不要だ。
今コントロールしている、誰かに渡してしまえばいい。
ここは私の世界なんだ。それぐらい出来て当然だ、当然なんだ。

さあ、離れろ。離れろ。私の身体。散々虐げられて悦んでいろ。畜生。

殺してやる。私の世界なら、私は自由だ。何もかも私の支配下にあるんだ。
彼奴ら……ブーンも、モララーも、しょぼんも、殺してやる。
そう、何度も、何度もだ。
私がされたように腹を割いて腕を焼き、歯を折って内臓をかき回して殺してやる。

それでもまだ足りないけれど。それでもまだ足りないけれど。
一体私はどれぐらいの凌辱を受けた。

あの人も殺した。ブーンはあの人も殺しやがった。
何もかも壊れたのに、何故。

奇妙な浮遊感を得る。よし、いいぞ。身体を捨てる。
意識だけになる。そもそもそういう世界なのだから変わりはあるまい。
いいぞ。殺せる。私は殺せる。



52: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:14:36.41 ID:MWCGbYrQ0
33:僕

ブーンが両手足の無くなった彼女を犯しているとき、それは発生した。
突然ブツッという音と共に、スクリーンが砂嵐に覆われた。

(´・ω・`)「故障?」

( ・∀・)「故障と言えば故障でしょうが……物理的なものではないでしょう。
      彼女の意識に、内的世界に何か変調が起きたのではないですかね」

ザアザアと、白と黒が踊り狂っている。雨足が強くなってきた。
これはヤハウェが引き起こした大洪水なのか。全てを洗い流すような雨。

(´・ω・`)「彼女は、泣いているのかな?」

僕は雨から思いつく比喩表現を考え、彼に言った。

( ・∀・)「そうかもしれません。
      しかしまあ、涙といっても悲しみによるものばかりではありませんからね。
      歓喜の涙かも知れないし、幼児退行したような原初的な泣き喚きかもしれない」

逡巡程度で解決する疑問ではないようだ。
僕は宙に視線を泳がせてから、話題を転換させる。

(´・ω・`)「ここは、ブーンの実家だよな」



54: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:16:32.52 ID:MWCGbYrQ0
34:誰

嗚呼、私の中から私の片割れが消えてしまった。
彼女は最後まで怒鳴り散らしていた。私の、彼への接し方が気に食わなかったに違いない。
当然だろう。この人は、どれだけの悪行を繰り返したか。

( ^ω^)「しぃ、愛しているお」

その言葉に、私は微かに頷くことができた。
歯がないから、口で気持ちを伝える事はもう、できない。
手足が無いから、彼を抱き締める事さえできない。
全ては彼がやった事。それでも私は彼を愛している。

彼……ブーンは、私の昔の恋人を殺した。嫉妬していたらしかった。
私の目の前で、あの人の腹を蹴り、頬を殴り飛ばし、嘔吐して吐血した彼の首を締め上げた。
息絶えたその首を、ブーンはノコギリで切り落とした。
そこには彼の友人――しょぼんとモララーもいた。
その頃だったかもしれない。私の人格が二つ以上に分裂したのは。

一方で彼を憎み、一方で彼を愛した。

( ^ω^)「愛しているお、愛しているお」

このブーンは、ある種私の理想像なのだろうか。
だから私にとってはあまりに愛しい。でも私は彼を精一杯感じる事が出来ない。
そろそろ、神経が死に始めているようだった。



55: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:18:38.53 ID:MWCGbYrQ0
35:僕

( ・∀・)「ええ、そうですねえ。彼の家、ある程度お金持ちでしたから。
      それに、何度か訪れた覚えもあります」

モララーはスクリーンの前から離れて、少女に歩み寄る。
彼が掛け布団をめくると、彼女の、残っていた三本の手足も切断されていた。
どうやら、映像の中の彼女と連動していたようだ。

(´・ω・`)「なのに何故彼がここにいないんだ」

( ・∀・)「映像の中にいたじゃないですか」

(´・ω・`)「おかしいだろう。彼こそ最も憎まれるべきだ。主犯はあいつなんだから」

自分で言っていても責任転嫁に聞こえてならない。
実際そういった節もあるが。だが彼が咎められないのは納得できないのだ。

( ・∀・)「まぁ、もっと違う道筋が想定されていたのでしょうが……最早どうしようもない」

その時、近いところから轟音がした。
雨音だ。ただし窓外からのものではない。首を傾ける。それはスクリーンから流れていた。
未だ砂嵐を映し続けている。音声だけ直ったのだろうか。
雨音。そして足音。僕は思わず、窓の外へ視線を向けた。



56: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:20:24.46 ID:MWCGbYrQ0
36:私

暗雲。空。何もかも死んでしまえばいいのに。私は死んだのにどうして世界は死なないんだ。
死なないから殺さなければならない。そういうものだ。そういうものなのだ。
私は正気で、私の身体は異常だった。

今頃気付いた。そうか。私は二重人格だったのか。いや三重四重五重人格ぐらいだったかもしれない。
私の中に在るのは私だけで十分なのに邪魔だった邪魔だった邪魔だった。

私には手足が生えた。今歩くところには豪雨が降り注いでいる。
だが私には確信があった。この暗澹を直進すれば、そこに居る。

殺して、ただそれだけで満ち足りるだろうか。報われるだろうか。
私はもう死んでいる。内的世界もそのうち死んでしまうに違いない。

そうなれば私は消える。未来永劫閉ざされた何処かへ沈んでいく。
無意味だ。無益だ。それでも、やらずにはいられない。

雨の中。明かりが見えた。思い通りだ。笑った。自分の意思で笑った。

ここまでが長すぎた。それでもようやく終わる。
目的は完遂する。意味など一つもない。強いて言うなら復讐なのだろうか。

いや復讐としてもおかしい気がする、私は本当に憎んでいるのか。
ああもう分からない。気が狂っているから分からない。

明かりは徐々に膨らみ始めた。
窓が見える。その中に人物。
拳。



57: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:22:47.36 ID:MWCGbYrQ0
37:僕

衝撃音と共に、ガラス窓が破壊された。
破片が床に散らばる。出来上がった隙間から少女が無理矢理身体をねじ込んできた。

( ・∀・)「しぃ……」

それは確かにしぃだ。僕は振り返る。ベッドの上でしぃが眠っている。
同じ人物が同じ空間に二人、存在しているのだ。異常だった。いや、この世界に正常は皆無だ。

(*゚ー゚)「ようやく見つけた」

彼女の拳は血まみれだった。手で窓を叩き壊したらしい。

(´・ω・`)「殺すのかい、僕たちを」

僕は冷静だった。死を眼前に置いても、彼女が今から僕たちに仕掛けるであろう、
虐待を想像しても、少しも慌てる気にはならなかった。
僕たちだってあれほどのことをやったのだ。同じことをやられても文句は言えまい。

モララーも同様のようで、眼を閉じ、じっとしている。

後ろ側からけたたましい笑い声が聞こえた。
振り返ると、ベッドの上の、もう一人のしぃが目を覚まし、笑っていた。
目を見開き、頬を歪め、裂けた口角を目一杯に開いて笑っていた。

そして次の瞬間、その首がごとり、と床に転がり落ちた。



59: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:24:36.95 ID:MWCGbYrQ0
38:誰

ブーンはノコギリを持ち出した。
あれで私の首を切り落とすのだろう。
どうせもうすぐ感覚やら思考やら論理構成やらが失われてしまい、
私という人格は消滅してしまう。ならば、彼なりの愛し方で愛された方が良い。
片割れの私はどうしているのだろう。殺したのだろうか。殺せたのだろうか。

殺せるだろう。

( ^ω^)「愛しているお」

ブーンはそう言って、私の首筋に刃をあてがった。
その時、私は笑った。
裂けた口で力一杯笑った。それが最大の、思考表現だった。

回路が外れて機械論と続く粒子怒らない暗黒物質の拡散と誕生。
箍が外れても分かる事と言えばあのファンファアレは私に向けられたものではなかった。
それがおそらく真実を指し示しているならば私は祝福など最初からされていなかった。
故に誰からの愛も求めて受け入れてパラドクスが発生すれば分裂して今また解け合う。
取れた終わらない。






343:語り手は死んでしまいました。
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60: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:26:29.41 ID:MWCGbYrQ0
39:私

その時私は、私の身体の死を確信した。
やった。アイツは死んだ。さんざ、内的世界でまでも私を苛ませた奴が遂に死んだ。
ざまあ見ろ。あんな奴に傾倒しているからだ。この結末が予想できなかったのか。

私の記憶によれば、あの身体はもうすぐ首から腹に向かって縦に斬られる。
内部の臓物を全て抉り出されて、肉もほとんど剥ぎ取られる。
顔面は眼球をピンセットで取り出し、一緒に這い出てきた神経を断絶される。
鼻孔の間にある皮膚は切られ、鼻の穴が一つになる。
耳は付け根から切り落とされて、残った鼓膜を縫い針で破られる。

そうやって解体され、死ぬのだ。残骸は全て海に投げ込まれる。

それでも彼女は愛されていたと錯誤するのだろうか。そうだろうな。アレは気違いだ。

目の前に集中する。
二人の男、モララーとしょぼん。冷静沈着なのが気に食わない。
殺そう。そうして一歩踏み出したとき、転がり落ちた私の首を視線が合った。

(*゚ー゚)「……」

生首が微笑んだ。微笑んで私を見た。何かが飛び出した。
そうだ。そうだった。私が肉体と乖離できるなら、奴にそれが出来ない道理が無い。

奴は同化を望んでいるのだ。



61: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:28:18.20 ID:MWCGbYrQ0
40:僕

異変が起きた。
突然、しぃが苦しみ始めたのだ。断末魔のような叫び声をあげた。
絶叫。窓外の雨が止んだ。窓外の景色が消えた。

( ・∀・)「世界が終わるようですね」

(´・ω・`)「何故だ?」

( ・∀・)「そもそもここは歪んだ価値観により出来上がった内的世界です。
      二つの人格による、内的世界の交錯といってもいいかもしれない。
      今、人格が一つになろうとしている。そうなれば、この世界も必然的に壊れます」

(´・ω・`)「そうか」

どこか晴れ晴れとした気持ちになった。部屋のオブジェが消えていく。

( ・∀・)「結局、この展開は何を意味していたのでしょう」

(´・ω・`)「意味なんて無いんじゃないのか。虚構など得てして理不尽なものだ」

空間が歪む。溶け出す。さて、僕たちはどうなるのだろう。



62: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:29:32.96 ID:MWCGbYrQ0
41:語り部














あらゆる一人称がそれぞれの常闇に沈んだ。
これで物語は終了する。
なお、このストーリイに時間軸と登場人物と世界観は存在しない。

(    )誰の内的世界と虚構のようです 終わり



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