4: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:04:41.83 ID:cI9aKVKdO
 ―━頬を撫でる風に目を開くと、既に太陽は昇っていた。

( ´ω`)「ふぁ…もう朝かお」

 開け放した窓から吹き込んでくる春風が肌に心地良い。

( ´ω`)「……」

 覚醒直後のまどろみを楽しんでいると、ブラウン管の中のニュースキャスターが黄色い声を上げた。

『いやぁ、始まりましたねぇゴールデンウイーク』

( ´ω`)「そうですおねぇ」

 欠伸混じりにテレビへ返答する。

『一年に一度の黄金週間、旅行に行く方、里帰りする方、家でゴロゴロする方……』

( ´ω`)「里帰り…ねぇ。そういえば母ちゃん元気かお…」

 そこで、気付いた。



6: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:05:06.65 ID:cI9aKVKdO
( ゚ω゚)「母ちゃん!?」

 そうだ。

( ;^ω^)「今日は母ちゃんが来るんだったお!」



( ^ω^)違和感のようです



7: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:07:07.20 ID:cI9aKVKdO
 慌てて布団を飛び出し、洗面台へと駆けていく僕。
 この春晴れて大学に受かり、念願の一人暮らしをすることになったのだが、母ちゃんはそれに対してまだまだ心配しているようだった。
 毎日のように電話口で、やれ「布団はちゃんと干してるか」だとか、やれ「味噌汁は赤味噌使え」だの、とにかく口やかましく言うもんだから一人暮らしをしているような気がしない。



8: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:08:02.81 ID:cI9aKVKdO
 そしてつい先日、母ちゃんが遂に電話口でこう切り出した。

J( '-`)し『ゴールデンウイーク、あんたん所に行くから』

( ;^ω^)「な、なんだってー!?」

J( '-`)し『だってあんた、まともに家事も出来てないみたいじゃない。あたしが行って家事のイロハを叩き込んであげるから、安心しなさい』

( ;^ω^)「いや、その……」

J( '-`)し『なんだい、あんたもしかしてあたしが行くのが受け入れられないってのかい?あたしはそんな薄情な子に…』

( ;^ω^)「いえ、何も文句はございませんお!」

J( '-`)し『楽しみにしときなさい』



9: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:10:37.10 ID:cI9aKVKdO
 そんなこんなでなし崩し的に決まった母ちゃん訪問。
 迷惑かと言われれば、正直嬉しいと思っている自分も居るわけで……。
 なんだか、こそばゆい感じだ。

( ^ω^)「母ちゃんかお……」

 1ヶ月ぶりくらいか。
 時間にすればごく短い間だったけれど、今まで毎日顔を合わせてたのもあって、何だかこうして改めて会うとなると感慨深いものがある。

( ^ω^)「……確か、こっちに着くのが昼過ぎだから…家に来るのは夕方くらいかお」



11: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:11:44.61 ID:cI9aKVKdO
 僕のアパートは母ちゃんと一緒に決めたものだから、場所もわかるし、そこまでの電車の乗り継ぎだとかも完璧だと言っていた。

J( '-`)し『あたしゃ行動派だからね。あんたに心配されるようなことは無いよ』

 全く仰る通りである。

 母ちゃんは昔からアグレッシブでパワフルだった。

 パートをしているにも関わらす、幼稚園への毎日の送迎も母ちゃんの自転車だったし、この歳まで僕は救急車の代わりに母ちゃんのチャリンコの荷台に乗せられて病院に行っていた。

( ^ω^)「女手一つ、とか言うけど母ちゃんの場合手が三つも四つもあったお」

 女手一つ。
 僕には父がいない。
 生まれてこの方、見た試しが無い。



13: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:13:28.31 ID:cI9aKVKdO
 僕が生まれる前に死んだとか、蒸発したとか、母ちゃんは聞く度に適当な返事をしていたけれど。

 たまに家に知らない男の人が居たけれど。

 結局はみんなその内来なくなった。

( ^ω^)「忙しい中じゃ、再婚も出来なかったのかおかね……」

 そう考えると、母ちゃんがどれだけ僕のことを大切に育ててくれたのかが伺える。
 たまにあまり忙しい時は、母ちゃんの兄にあたるジョルジュ叔父さんが僕の面倒を見に来たりもしていたけど。

 やっぱりというか、なんというか。

 柄にもなく涙ぐんだりしちゃったりするわけで。

( うω^)「母ちゃん、せっかく一人になったんだから、もちょっと自分のことも考えていいのに……」



14: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:14:29.80 ID:cI9aKVKdO
 こうして、また僕の世話を焼くために電車を乗り継いではるばる雪国からコンクリートジャングルにやって来る。

 それならせめて、母ちゃんに心配かけないよう、ある程度僕も自立出来てるって事を見せてやろう。

( ^ω^)「さしずめ、部屋の掃除かお」

 六畳二間、バスとトイレ完備、フローリング。
 新たなねぐらを見回す。



16: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:16:27.46 ID:cI9aKVKdO
( ;^ω^)「大分、きちゃないお」

 読みかけの漫画、食べかけのジャンクフード、脱ぎっぱなしの下着。
 魔窟一歩手前の汚れ具合。
 浄化作戦の第一歩を踏み出し、僕は大変なものを見つけた。

( ;゚ω゚)「ここここれはぁぁぁ!」

 四角い紙のパッケージ。
 配色豊かな愛らしい少女のイラスト。
 裏返せば、あられも無い姿で男を誘う彼女達。

( ;゚ω゚)「たまねぇたまんねえぇぇぇ!」

 世に言うエロゲーが、そこに転がっていた。



17: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:17:23.66 ID:cI9aKVKdO
( ;^ω^)「いやいや、こんなとこにほっぽりだしとくことこそたまんねえお!」

 健全な苦学生という姿を母ちゃんの前で演じている僕としては、こんな物を所持しているのを彼女に見つかるわけにはいかない。

 一刻も早く、然るべき対処をとらねば。

( ;^ω^)「押し入れ!君に決めた!」

 万能隠蔽ツールの戸を開ける。
 黴臭い空間には、まだまだ余裕がある。
 良し、このアルバムの下なら……。

( ^ω^)「アル…バム…?」

 未知のアーティファクトを発見。
 自然、それに手が伸びる。
 そこいらの写真屋で売っているような安っぽい装丁に、茶色く褪せた表紙。

( ^ω^)「卒業アルバムじゃないみたいだおけど……」



18: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:18:49.73 ID:cI9aKVKdO
 間違って持って来てしまったのか?
 “PHOTO ALBUM”とだけ書かれた表紙を捲る。

( ^ω^)「やっぱり、間違いだお」

 適当に開いたページに貼り付けられた写真には、見慣れぬ男女の笑顔。

( ^ω^)「一体誰のアルバムなんだお?」

 僕に兄弟は居ない。
 母ちゃんと僕と、家族は二人だけ。

( ^ω^)「母ちゃんのアルバムかお?」

 つまりは、そういう事なのか。

 見開き一ページ、そこに一枚だけ貼り付けられたスナップ写真。二十代の女性と、同じくらいの男性。

 もしかして、この女性が母ちゃんなのか。
 そして、この男性が……。



19: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:19:21.62 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「父ちゃん…?」

 考えてみれば、この写真の中の女性は母ちゃんの面影がある。
 若かりし頃の二人というわけか。

 俄然、興味が湧いてきた。

 僕はアルバムのページを捲る。

 次のページには、赤ん坊を抱いた母ちゃんが、我が家の前で微笑んでいる姿が写っていた。

( ^ω^)「いきなりここかお……」

 左ページに写真。右には、“我が家にて、ブーンの誕生を祝し”とある。



22: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:20:57.63 ID:cI9aKVKdO
 母ちゃんが抱いている赤ん坊は僕だろう。

 まだ張りのある肌と、聖子ちゃんカットに今との落差を見て少し不思議な気分になる。

( ^ω^)「母ちゃんにも若い頃があったんだおね」

 当たり前である。
 歌にもあるではないか。

 「あの偉い発明家も凶悪な犯罪者もみんな昔子供だってねぇ」。

( ^ω^)「ブーンは赤ちゃんの頃から可愛いお」

 母ちゃんの腕の中の赤ん坊は、猿みたいな顔を更に皺くちゃにしてしかめっ面。

 母ちゃんとの笑顔の対比が、笑いを誘う。



24: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:21:53.23 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「そういえば、父ちゃんは?」

 写真の中に居るのは、かつての母ちゃんとかつての僕の二人。

 この写真を撮ったのが父ちゃんなのか。

 そう考えると辻褄が合う。

( ^ω^)「しっかし昔は僕の家も結構立派じゃないかお」

 昭和何年くらいだろうか。

 ドラマなんかで見た当時の建物に比べたら、なかなかモダンな様式ではないか。

 切妻屋根のログハウス風の造りに、望郷の念が湧く。

( ^ω^)「さぁてお次は?」



27: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:23:22.72 ID:cI9aKVKdO
 ページを捲る。

 二つのページに二枚ずつ。

 左上から順に、小学校入学、運動会、学芸会、芋煮会とそれぞれの様子を撮った写真が並んでいる。

( ^ω^)「テラ懐かしすwww」

 入学式。

黄色い帽子に、分不相応な子供用燕尾服を着た僕はハナタレ小僧。

 「VIP小学校」の門柱の横で、ピンクのスーツを着た母ちゃんと二人で写っていた。

( ^ω^)「母ちゃん、ピンクのスーツはねぇわ……」

 どぎついショッキングピンクは、式場でも浮いていたのを幼心に覚えている。

『あれ誰の母ちゃんだよ?』

 そうだ、PTAの親子参観の時も母ちゃんはこのスーツだったっけ。

 正直、恥ずかし過ぎていてもたっても居られなかった。



28: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:24:04.74 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「運動会…輝ける僕の記録もちゃんと残ってるのは評価に値するお」

 最終種目の100メートル走。

 最終走者。

 僕は並み居る強豪達を押しのけて、ぶっちぎりの一位だった。

 写真は、僕が栄光のゴールテープを切る瞬間をバッチリ捉えていた。

( ^ω^)「ブーンは走るのは得意だったお」

 思えばこの一位がきっかけで、中学高校と陸上部に所属していたのだ。



30: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:25:18.07 ID:cI9aKVKdO
J( '-`)し『それだけがあんたの取り柄だったものね』

 なんて母ちゃんは言っていた。

 我が母ながら、なかなかのこき下ろしっぷりだ。

( ^ω^)「芋煮会は……あれは……」

 黒歴史だ。

 生徒達が材料や調理器具を持ち寄る中、僕はコロコロコミック担当。

 燃やすもの、と言われて母ちゃんが当日僕に持たせたのがそれだった。

 ファインダーには、涙ぐましい貯金の結晶達が灰塵と化す姿を呆然と見やる僕の間抜け面が写っている。

( ^ω^)「燃やしてみるまで気付かない僕も大概だおけどね……」



31: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:26:23.25 ID:cI9aKVKdO
 続く学芸会も、黒歴史だ。

( ^ω^)「確か、浦島太郎をやったんだったおね」

 自分の役は覚えていない。

 総勢35人のクラスの中、主役じゃなかったのは確かだ。

 覚えているのはただ一つの台詞。

( ^ω^)「“脂っこい”」

( ;^ω^)「浦島太郎のどこにそんな台詞を言うシーンがあったんだお……」

 写真にも、乙姫様と浦島が踊り狂っている様子が写っているだけで、肝心の僕の姿は無い。

( ^ω^)「母ちゃん、僕の出番を間違えて撮ったんだお」



33: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:27:42.89 ID:cI9aKVKdO
 幾つものパートを掛け持ちして生活費を稼いでいた母ちゃんは、パートの休憩時間を縫って何とか学芸会に来てくれた。

 今考えれば、いくら忙しくても何かしら行事がある時は必ず来てくれていたっけ。

( ^ω^)「……僕って幸せものだおね」

 二人暮らし。

 父ちゃんがいない事を、そんなに気にした事は無かったけれど。

 ジョルジュ叔父さんがたまに面倒見に来てくれたけれど。

 母ちゃんの努力は、並大抵のものじゃ無かったのだろう。



35: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:28:41.69 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「あ、そういえば父ちゃんだお!」

 懐かしさに忘れるところだった。

 父ちゃんだ。それが目的じゃないか。

 他にも何か重要な事を忘れている気がするけど、取り敢えずこのアルバムを探せば父ちゃんの写真が一枚くらいは載っている筈だ。

( ^ω^)「探し物は何ですか〜♪」

 アルバムのページを、父ちゃんらしき姿を探しながら捲っていく。

 写真の中の僕はページが移るごとにみるみる大きくなっていき、そのうち高校を卒業した。

( ^ω^)「あるぇ〜なかなか無いもんだお」

 するうちページは白地を写し出し、写真はアルバムから姿を消した。



37: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:30:22.02 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「これで終わり、かお?」

 父ちゃんらしき姿は最初の一ページだけで、結局後は全部母ちゃんと僕の二人暮らしを記録に残した月並みなアルバム。

( ^ω^)「ま、そんなもんかお」

 少し拍子抜けしながら、何とはなしにアルバムを逆から開いてみる。

( ^ω^)「ん?」

 急な違和感。

 それが真っ先に来た。

( ^ω^)「これ……」

 背表紙から開いたアルバム。

 見開き一ページ。

 そこに広がる、茶色い染み。

( ^ω^)「コーヒーでも、零したのかお……」

 慌てんぼさん。

 くすり、笑いながらページを捲る。



39: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:31:19.97 ID:cI9aKVKdO
 何の事は無い、戯れの指先。

 男が。見知らぬ男が写った写真が、そこにあった。



40: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:31:57.65 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「え?」

 誰?

 フーイズフー?デタラメ英語で問いかけたくなる、僕の心境。

 そこに写っていたのは、初めのページに居た父ちゃんらしき人でも無ければジョルジュ叔父さんでも無い、僕の知っている誰でも無かった。

( ^ω^)「母ちゃんの昔の男かお?」

 七三に分けた髪型と、真面目そうな顔つき。

 一昔前の大学生といった出で立ちの彼は、ファインダーの中に僕のかつての家の門柱を背負って一人立ち尽くしている。



42: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:33:25.00 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「だとしたら、めっけものだおwwwこれをエサに母ちゃんゆすれるおwwwwww」

 茶色く変色したページに三枚程、様々なアングルから撮られた姿で居座る名も知らぬ男。

 誰なのかな。

 ささやかな疑問の答えは、隣のページに丁寧に書かれていた。



43: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/03(土) 00:34:49.24 ID:cI9aKVKdO
( ^ω^)「藻名元茂納夫、1952年生まれ、牡牛座、AB型、右手の薬…指に、火傷の…あと……」

 何だこれは。

 プロフィールだろうか。

 恐らく隣の男の事であろう、詳細な書き込み。

 経歴から癖、出身地や持病まで、そこには「藻名元茂納夫」という男に纏わる事の全てが網羅されていた。

( ;^ω^)「えっ…ちょっと、待つお……」

 何故、こんな事を?

 これは履歴書じゃない。アルバムなんだ。

 母ちゃんが書いたのか?

 何のために?

 何を思って?

( ;^ω^)「……これは…」

 異常だ。異常過ぎる。

ストーカー。

直ぐにその言葉が頭に浮かんだ。



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