3: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:11:01.12 ID:RV9r6at5O


*グロホラー注意



4: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:13:02.37 ID:RV9r6at5O

かつかつ、こつこつ
わたしの足音が、ただ響くのは闇に溶けてぐちゃぐちゃになろうとする灰色をした校舎の廊下。
誰もいないようで誰かがいるようなぞわぞわした感覚が、夏服から露出した二の腕に舌を這わせて肩から首筋へ耳の裏からこめかみへと流れてゆく。
闇を支配する何かはその数多の腕で私を其の胸に掻き抱こうと背後から迫り来る、けれどわたしはそれを───



从*'ー'从はさがしているようです



どこかなぁどこかなぁ。
わたしの右目。



5: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:15:06.65 ID:RV9r6at5O

きっときっとわたしは探している、ピンポン玉くらいの大きさで白と焦げ茶に赤がまとわりついた生暖かくてずるりとぬめる物を。
誰かに持っていかれちゃった、わたしの大事なわたしの、わたしの、右目。
ねぇねぇ返して、返してよ。この右の眼窩の喪失感、苦しいの苦しいの、右目が軽くなった感覚が嫌なの。返して返して、返してよう。


なめした獣の革の様な闇がわたしをそっと包むから、わたしは思い出す。

毎日まいにち誰かに蹴られて殴られて罵倒されていた事を。
泣いていたらきっと余計に怒られると思ったから、わたしは精一杯の笑顔でまいにちごめんなさいをしていた。謝るしか思い浮かばなかった。



6: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:17:00.65 ID:RV9r6at5O

最初は怪我をする事もなかったけれど、それは次第にわたしの心臓にゆっくりと針を刺すみたいに傷だらけの日々。
まいにちの暴力に、わたしは少しずつ少しずつおかしくなっていくのが分かった。
徐々に狭くなる箱の中に居る様な感覚、押し迫る物は心臓の傷から溢れ出す異常なもの。
きっとそれが狂気というやつだったのだろう、それは甘美な誘いでわたしの理性を壊そうとしてくるのだ。
けれどわたしは一握りの理性でそれをなぎはらいなんとかわたしを保ち続けた。

けど。



7: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:19:07.61 ID:RV9r6at5O

脳裏によみがえるのはあの日。
わたしを蹴って殴って踏みつけて嘔吐しながら涙を流すわたしを笑う彼ら。校舎裏、冬服から夏服になった日。紺のセーラーから白いブラウスになった日。
わたしのブラウスは真っ赤に染まったのだ。



(ほら抵抗してみろよ! 気持ち悪いんだよお前、いっつもヘラヘラしてよぉ)

(渡辺さーん、これ何か分かる?)

(アレじゃん、たこ焼き焼くときの)

(千枚通し、何に使うと思う?)

(ほら逃げんなよ渡辺ッ!)

(押さえろよしっかり、脳味噌に穴空けちゃうからな)



8: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:21:17.64 ID:RV9r6at5O

つぷん、と意外とすんなりわたしの右の眼球は其の先端を受け入れた。



「ぁ゙あ゙あああアアァあああアアああぁあぁああアアアアアあぁあ─────ッッ!!!!」


あ行の悲鳴をつらつらと、ずぶずぶ神経を引き裂きながら眼球を刺し潰すそれに与えられる物はただただひたすらな激痛で。背筋がびくんびくんと跳ねる、口からは胃液と唾液を目からは涙と赤い体液をだらだらとだらしなく垂れ流す。

ずる。

一瞬だけ止んだ痛み、解放された腕。そっと右目に触れてみると、ソコには。


「ひっ、い゙、ああ゙ぁ、ああああああああああわたしの目、右目っどこ、どこぉっ痛い痛いよぉおおおぁがあぁあああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



からっぽの眼窩には何が在る?



10: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:23:04.68 ID:RV9r6at5O

笑いながらいなくなった男子達は、倒れ伏すわたしの眼球を踏みつけていなくなった。
大きな黒猫がつぶれた目玉を嘗めて咀嚼してしまった。
わたしの右目はなくなった。
黒猫はにやにや笑っていた。
黒猫はわたしに囁いた。


「君の狂気はとても甘い」

「いた、ぃ゙、よぉ…」

「右目は我輩が食ろうてしまった、代わりに誰かの右目をあげよう」

「ぁ、あ、…誰、か?」

「そう、そうだ。御嬢さんは愛らしい、その狂気はとても甘露、もういっそ狂っては如何?」



12: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:25:31.51 ID:RV9r6at5O

狂っちゃ、だめ。

でも、でもね、わたしね、わたし。


わたしの理性は右目としてわたしの中からいなくなってしまった。
わたしの弱さはわたしの理性を食い殺し、ぐるぐる渦巻いて飲み込もうとしていた狂気は嬉しそうにしたなめずりをしてわたしの頬を嘗めるのだ。
げたげたと下品に笑いながらわたしの中で笑って笑ってわたしの脳髄を犯し神経を潰し引きちぎりただただ笑い続けて壊してしまったわたしの理性を。



13: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:27:07.40 ID:RV9r6at5O

「さあ我輩の愛しい愛しいプリンチペッサ、狂気は甘くて美味だろう」

黒くて大きな猫は大きな金の目を見開いてにたにた笑っている。
わたしは弱いから弱くて弱くてどうしようもないから穏やかな狂気を愛してそっと静かに壊れてしまった。

そう、狂ってしまったのだ。
わたしは狂気とやらを受け入れてしまったのだ。
甘ったるい腐った果実の芳香が脳を満たす。ほらもう終わったよ、みんなみんな壊してしまおう。

そして「わたしは弱いから」と逃げるのだ。



14: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:29:00.93 ID:RV9r6at5O


狂気を片手に夜を歩いていた、彼らの前に立って狂気を横にしてわき腹の肋の隙間を縫うように深々と突き刺して引き裂いて。
濁った悲鳴をあげる彼らの顔を何度も何度も何度も刺して潰してぐちゃぐちゃにしてわたしは笑った。

学校の中を逃げ回る彼らを執拗に追い回して背後に回って後ろから狂気で貫き引き摺り倒して馬乗りになって。
何度も何度も何度も何度も壊して壊してわたしの狂気がげたげたげたげた下品な笑い声をあげる。


内腿を指先を顎のラインを肩胛骨を丁寧に丁寧に嘗め回す黒い狂気の頭を撫でてわたしはそれに抱かれる。
数多の腕は腰を頬を髪を脹ら脛を太股を腹部を両の乳房を右の眼窩をいとおしそうに撫で回し、わたしのつぶれた右目を舌の上で転がしている。



15: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:31:01.16 ID:RV9r6at5O


そしてわたしは虫の息の彼らの耳元でささやくのだ。



「あれれぇ、わたしのみぎめは、どこかなぁ?」



校舎裏には潰れた眼球に鴉が群がっていた。


end



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