2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/04(日) 00:07:56.00 ID:YnidVdG+0
昨晩、僕は久し振りに夢を見たんだ。
僕は滅多に夢を見ない体質なので、これはとても珍しい事だ。
夢を見るメカニズムにはよく『レム睡眠』と『ノンレム睡眠』なんてのが取り上げられている。

『レム睡眠型』の人間は眠りが浅い為に夢を見て、『ノンレム睡眠型』の人間は眠りが深い為に夢を見ない。

よく言われている事だが、これは間違いだ。
そもそも『レム睡眠』と『ノンレム睡眠』は九十分の周期で繰り返されるもので、完璧にどっちかの眠りしかしないなんて言う人間は存在しない。
もしそんな事があったのならば、身体か脳は死ぬまで不眠不休――まぁ多少の誇張はあれど、そう言う事になってしまう。

人が夢を見ないんじゃない。
夢を見た事を、忘れるのだ。

夢判断と言った心理分析法があるように、夢とは心を如実に表した鏡だ。

希望に満ちた人間は明るい内容の夢を、
不安定な心境の人間は不安定な内容の夢を、
何らかのPTSD――心的外傷を抱えた人間は、やはりそれを色濃く反映した夢を見るらしい。

しかし考えてもみれば、毎夜毎夜と心の傷を抉り出すような夢を見るのは、精神衛生上非常によろしくない。
次第に夜寝るのが恐ろしくなってしまい、体調はぼろぼろになり人格も徐々に崩壊していくに違いない。

だから、忘れるのだ。

無意識の内に深層心理と言う心の奥深くに閉じ込めてしまい、心の平穏を維持するのだ。

僕が夢を見ないのも、正確に言えば『体質』ではなく『環境』とでも言うべきなのだろう。



4: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:09:33.84 ID:YnidVdG+0
久し振りに見た夢の中では、丁度一年前程の光景がスライドショーのように延々と流されていた。

キモい、さっさと死ね、退学しろ、生きていて何か楽しいの? ゲス、病原菌。

机の上には油性のマジックで一面に罵詈雑言が書き殴られていた。
その一文字一文字が、僕の心を抉ったのをよく覚えている。

またある時は机そのものが無くなっていた時もあった。
机を探して一時間目の授業に遅刻するなんて事はざらだった。

体育から帰ったら制服が雑巾と一緒のバケツに浸けられていた事もあった。
トイレで一人制服を濯いでいた時は、涙が溢れそうだった。
節水の張り紙に、何故だか一層心を締め付けられた。

教科書は合計で三回買い直した。
一度目は鋏かカッターでズタズタに引き裂かれて。
二度目はトイレにどっぷりと沈められて。
三度目は冬に裏の駐車場で焚き火にされてだった。
どの教科書も、落書きは常に絶えなかった。

上履きがなくなるのはほぼ毎日だった。
週の初めには、特に手の込んだ隠し方をされた。

何度繰り返しても、何度同じ事をやられても、慣れる事は無かった。

全て中学校の時の、忌まわしい記憶だ。
何故今頃になって、こんな夢を見たのだろう。
お陰で僕の気分は最悪だ。

精神衛生に間違いなく悪影響な夢を、僕の心は何故、わざわざ忘れずに覚えていたのだろう。



6: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:11:10.35 ID:YnidVdG+0

(,,゚Д゚)「――おーいモララー、どうかしたんか? 目が死んでるぞ?」

誰かに自分の名前を呼ばれて、僕ははっと我を取り戻した。
どうやら今朝の夢は、思った以上に僕に影響を及ぼしているらしい。
普段ならば、こんな事はまずあり得ないと言うのに。

(,,゚Д゚)「大丈夫か?」

僕の眼前でやたらと手を振りながら、誰かが尋ねた。
僕は顔を上げて、そうして漸く彼が友人のギコだと言う事に気付いた。
我ながら重症だ。

( ・∀・)「ごめんごめん、ギコ。春の空気につい、まどろんでたみたいだ。で、何の話だったっけ?」

即座に苦笑混じりの笑顔を作り、悪びれた調子で言葉を返した。
学年末の試験も終わり、もうすぐ春休みなのだから、別段おかしな言い訳では無い。

ギコは僅かに唇を尖らせて、「何だそりゃ」と子供のようにぶー垂れた表情を浮かべている。
明るくて実直、悪く言うならば謀られやすい性格の男だ。

(*゚ー゚)「だから、猫と犬どっちが可愛いかってことだよー」

ギコに代わって彼の隣にいた女子が、明るい声で僕に説明してくれた。
彼女の名前はしぃ。ギコとは所謂恋人同士と言った関係だ。
クラスの中では、明朗快活なバカップルと言う名誉だか不名誉だか分からない定評を得ている。

実際、常におどけた調子で皆を笑わかしているギコと、聡明でいつでも笑顔を絶やさない彼女は、お似合いの中と言うべきだろう。
見ている誰もが微笑ましくなるような、そんなカップルだ。



10: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:12:53.72 ID:YnidVdG+0
( ・∀・)「……僕は猫の方が好き……かな?」

尤も、僕には全くそうは見えないのだが。
僕以外には誰も気付かないだろうが、彼女の笑顔には特徴がある。
唇の左端よりも、右端の方がより分かりやすい弧を描いているのだ。

人間の顔は右側が意識的な面であり、左側は無意識的な面だと言われている。
つまり右側の表情は意識して作り出せるが、左側ではそれが難しいのだ。

彼女の笑顔は、いつだって作り笑顔だった。
女友達と話している時も、

(*゚ー゚)「ほらね、やっぱり猫の方が可愛いんだって」

(,,゚Д゚)「うむむ……、絶対犬の方が可愛いと思うんだけどなぁ……」

ギコと一緒にいる時だって、だ。
勿論この事を指摘した所でいい事は一つも無いし、僕には彼らの恋愛などどうでもいいのだが。

僕がこの力――と言うより技能を修得したのは、中学を卒業してからの事だ。

もう二度と惨めな思いをしないように、中学の時に手の届かなかった生活を手に入れる為に。
人を読み、人に取り入り、人を取り込む技能、心理学。
下らないと一蹴する人間もいるだろうが、確かに僕はこの技能のお陰で救われたのだ。
県内でも有数の進学校に進み、中学の頃の知人とは完全に縁を断ち切った。
僕は生まれ変わったのだ。



12: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:14:24.61 ID:YnidVdG+0
放課後、所属する部活が休みだった僕はのんびりと自転車置き場へと足を運んだ。
不意に内ポケットの中で、携帯が揺れた。
足を止めずに携帯を取り出す。

液晶にはメールを受信したと表示されていた。
内容は、やたらと絵文字が散りばめられているが、要約すると『部活が休みだから遊びに行こう』との事だった。

無作為にばら撒いているとしか思えないこの絵文字は、正直な所理解し難いものがある。
しかし心理学によれば、絵文字の量は好感度のパラメータらしい。
少し信じ難いが、まぁ目安程度にはなるのかも知れない。
実際、このメールの送信主であるつーと、僕はそう言った仲にある訳で。

待ち合わせの場所は丁度いい事に自転車置き場だった。

と言うよりも、彼女は自転車通学ではないから、僕に合わせてくれたと見るべきか。
そのまま歩を進めると、彼女は既に僕を待っていた。

(*゚∀゚) 「こらー! 遅いぞばかー!」

開口一番、僕は彼女にお叱りの言葉を受けた。



15: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:16:12.67 ID:YnidVdG+0
(;・∀・)「えぇー……、これ以上ない最速タイムだと思うんだけど。メール受けてからまだ一分と経ってないよ?」

(*゚∀゚) 「おばか! メール送ってから三分も経ってるぞ!」

それはセンターが混雑してただけなのでは。
そう思ったが、結局僕は大人しく口を噤む。

代わりに再び苦笑いを浮かべて、彼女の頭を撫でながら一言ごめんよと謝った。
当然の事だが、別に彼女だって本気で怒っている訳じゃない。
ただ僕に冗談でもいいから侘びの言葉を言わせて、ちょっとした征服感のようなものを味わいたいのだろう。

わざわざ反論するよりも、彼女の思惑通りに事を運んであげた方が双方の為だ。
しかし初っ端から謝っては、それが当然のように学習してしまう。
だから最初は大げさにうろたえつつも、しっかりと言葉を返した。

また二度目に謝る時も、あくまで僕が頭を撫でる事で、彼女に行き過ぎた征服感を与えないようにしておいた。
全て、僕の筋書き通りだ。

(*゚∀゚) 「よーし、そんじゃー遊びにいこー!」

意気揚々と歩き出す彼女の後を、僕は自転車を引き、笑いながら付いて歩く。
他愛の無い談笑をしながらも、僕は様々な事を考えていた。

不自然でない作り笑いは勿論習得しているが、今僕が笑っているのは決して演技なんかじゃない。
謀略めいた事を積み重ねている僕だが、彼女への愛情は決して欺瞞ではなかった。
僕は彼女の屈託無い笑顔が大好きだし、この関係が出来ればずっと続けばいいと思っている。

中学時代は滅多に来る事の無かったショッピングモールが、最近はやけに楽しげな所に見えた。



18: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:17:27.54 ID:YnidVdG+0
(*゚∀゚) 「あ、そうだー。買い物付き合ってー?」

恐らくはつーも同じ事を考えていると、信じている。
そしてそれは、信じるなんて言葉よりも、もっと確実なものだ。
彼女の仕草、佇まい、言動――僕はそれらを見て、彼女の全てを知る事が出来るから。

( ・∀・)「あぁ、勿論構わないよ。……けど、そう言うのは店に入ってから言う事じゃないと思うんだ」

(*゚∀゚) 「あははー、そういやそうだねー」

笑い合う僕達の距離は、肩が触れ合わんばかりに近い。
一ヶ月はこの二倍はあっただろか。二ヶ月前は更にその倍あった。

人間にはパーソナルスペースと言う、自分だけのテリトリーがある。
トイレで一つ便器を離して位置取ったり、満員電車で不快感を感じるのはそれが侵される為だ。

つーの僕に対してのパーソナルスペースは、既に限りなくゼロに近付いていた。

一頻り笑うと、僕は彼女の買い物で右へ左へと振り回された。
良いように扱われているようだが、これは征服感云々よりもただ単に夢中になっているだけなのだろう。
あれやこれやと、まるで幼子のように目を輝かせて見て回る彼女を見ていると、僕まで楽しい気分になれた。

だが不意に、僕の視界に背筋が凍り付くようなものが映った。
モール内のゲーセンで馬鹿騒ぎをしている集団。
その中に、見覚えのある顔があった。



20: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:19:39.55 ID:YnidVdG+0
( ^Д^) 「この下手糞! ちょっと俺に代われって!」

( ゚∀゚)「うっせー! 黙って見てやがれ!」

二人。プギャーとジョルジュだ。
どちらも中学時代、苛めっ子の中でも主犯格だった男だ。

心臓の動悸が、吐き気を催す位に速くなっていくのが分かった。
春の陽気とは裏腹に、額に脂汗が浮かんだ。

やけに粘っこい唾が口の中を満たしていく。

もしも気付かれたら。

僕はどうなってしまうのだろう?

もし彼らに、僕が苛められっ子だったとバラされてしまったら?
築いてきた生活も、つーも、全てを失ってしまうのか?
また中学時代の生活に逆戻りなのか?

もう二度と、あんな惨めな思いはしたくないと言うのに。
この平穏を失いたくない。いやだ。やっと掴んだ些細な幸せを失いたくない。
嫌だ。足が動かない。呼吸が出来ない。今すぐにここから立ち去るべきなのに。足が動かない。
口が開かない。目が逸らせない。五感が働かない。

吐き気がする。

意識だけを残して、僕の体はどこかへ行ってしまった。



22: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:21:15.24 ID:YnidVdG+0
(*゚∀゚) 「……モララー? どうかした?」

つーの心配そうな声で、僕は全ての感覚を取り戻した。
下から僕の顔を覗き込む彼女は、とても心配そうな顔をしていた。
ちょっと突いたら、砂糖菓子のようにぽろぽろと崩れてしまいそうな程に、不安で儚げだった。
それほどまでに、僕は酷い表情をしていたのだろう。

( ・∀・)「……だーいじょうぶ、何でもないよ」

一瞬の内に、笑顔を作り上げた。左右共に不自然の無い、完璧な笑いだ。
軽く彼女の頭を撫でながら、僕は言葉を返す。
この上なく明るい声調でだ。一切の負を感じさせない、澱みの無い声を出せた。

(*゚∀゚) 「……ほんとに?」

念入りにつーは聞き返す。
だが、彼女の顔にもう陰りはない。
むしろ自分の勘違いだったのかと、きょとんとした表情を浮かべている。

( ・∀・)「あぁ、勿論さ」

力強く返事をした。
つーの顔にほっと安堵の色が生まれる。

買い物は恙無く終える事が出来た。


その日の晩、僕はまたも夢を見た。



24: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:22:56.76 ID:YnidVdG+0
内容は全く変わらない。

ひたすらに、苛められていた光景がフラッシュバックされていく。
ショックのあまりに、僕はベッドから跳ね起きた。
そして、痛感する。

僕は過去を断ち切れてなどいなかった。

ショッピングモールで彼らを見付けた時、僕は心の底から絶望を味わった。
それもただの絶望じゃない。

どす黒い光が僕の未来を矢のように貫いて、一瞬の内に全生涯を照らしたように思えた。

この先僕がどんなに恵まれた人生を送ろうと、どれだけ大成しようとも、
僕には『無様な苛められっ子』の称号が付いて回るんだ。

その事を考えると、吐き気が込み上げてくる。
心臓が早鐘のように高鳴っていく。

僕は過去を断ち切れてなどいなかった。

今一度、今度はしっかりと断ち切る必要がある。
僕はベッドから降りて部屋の明かりを点けると、机の中を漁り始めた。
お慰み程度に埋めておいた過去を、掘り起こしていった。



26: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/04(日) 00:24:21.09 ID:YnidVdG+0
翌朝、僕は中学時代の担任――まぁ名義上は恩師と呼ぶべき人物に連絡を取った。
僕の中学までの足跡を消すには、彼の協力が必要不可欠だ。

『……ハイハイ、どちら様モナ?』

相も変わらず間の抜けた声が、受話器越しに聞こえてきた。
典型的な日和見教師だったが、今回はせいぜい利用させてもらおう。

( ・∀・)「えっと……3-Cで去年お世話になりました、ショボンです」

同じクラスだった人間の名を適当に名乗っておく。
自分の名前は出さない。

僕は公衆電話からだし、受け手も学校の古ぼけた電話からだ。
声はかなり変質する。
それがなくとも、成長期の人間と一年ぶりの電話だ。
多少の違和は声変わりで向こうが勝手に済ませてしまう。

『おぉーショボンかモナ。懐かしいモナねぇ。で、一体何の用モナ?』

( ・∀・)「……ハイ、実は先日シラネーヨ君達に出会いまして、その中で同窓会を開かないかと言う話題が挙がったのですよ」

勿論虚言だが、丁度来週から春休みだ。
時期的には何ら不自然無い。

『……あー、ハイハイモナ』

明らかに面倒臭がっている。
正真正銘最低な教師だと、今改めて思わされた。



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