2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/05(月) 01:28:44.55 ID:Yb6rXbOH0

('A`)「そういや俺、一人暮らし始めたんすよ」


入社してちょうど一年。
ようやく仕事にも慣れてきて、発注書のテンプレートに品目と売り上げ、在庫の数をひたすら打ち込んでいく。

最初は気が遠くなるように思えたこの作業も、
今では隣で俺と同じようにパソコンに向き合って作業する先輩と気の抜けた会話をしながら出来るようになっていた。

  _
( ゚∀゚)「あれ、今まで実家から通勤してたんだな」


俺より五年程早く入社したこの男は長岡先輩。
気さくで面倒見のいい人だが、変態だ。ド変態だ。

同僚にはジョルジュ長岡と呼ばれている。本名は長岡丈太郎と言うらしいが、真偽の程は不明だ。


('A`)「はい。実家にいると何かと不便でして。つっても新居も実家とはそんなに離れてないんですけど」



3: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:29:40.41 ID:Yb6rXbOH0
  _
( ゚∀゚)「つーことはあれだな。それなりに貯金が出来たってことか。よしドクオ、今晩奢りな」

('A`)「荷物の整理がありますサーセンwwwwwwwww」


しかし、入社してから常に彼の後ろで働いてきた身としては、彼ほどいい先輩はいないと思っている。
お世辞にも対人スキルがあるとは言えない俺は、彼に何度も助けられた。

  _
( ゚∀゚)「そういやこの前言った店が、かなり俺好みでな」


ソープ店の話だ。


('A`)「先輩の嗜好に合った店すか。もうなんかどうしようもない感じがします」
  _
( ゚∀゚)「女の子がね。もうスゲーのなんのって。張りがあって、尚且つ瑞々しいという……」



4: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:33:40.43 ID:Yb6rXbOH0

先輩は熱心な乳狂(にゅうきょう)だ。以前に自分でそう言っていた。

記号で表すなら、胸 >>> うなじ > くびれ > 尻 >>>(超えられない壁)>>> 顔 だそうだ。
しかし先輩が指名する娘が大方可愛いという事実。越えられない壁は、大分モロい。

  _
( ゚∀゚)「今度紹介してやるよ」

('A`)「有難いけど穴兄弟とか勘弁してください」


んだよ、ツれねーな。と愚痴を漏らしていたが、知り合いが行ったと公言する店に行けるものか。
……別に、比べられるとか、そういうことを気にしているわけではない。本当だ。

  _
( ゚∀゚)「……おっと。そういや一人暮らしを始めたんだったな」

('A`)「ええ、まぁ」
  _
( ゚∀゚)「それなら話しておかなけりゃならないことがある。


先ほど話したことを思いついたように蒸し返される、この時点で嫌な予感がした。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/05(月) 01:39:02.96 ID:Yb6rXbOH0

('A`)(引越しのことをこの人に話したのが間違いだった……)


引越しを決めてから、出来るだけ考えないようにしていることが一つあった。
それを言われるのではないか。と俺は小さく身震いする。

経験上、それは口にした奴が思っている以上の効力を持つことを、当人は大体知らない。

だから嫌なんだ。

  _
( ゚∀゚)「これは昔の友人から聞いた話なんだが……」


ニヤニヤとした口ぶりで、こちらを覗く先輩。
止めろ、止めてくれ。それだけは本当にダメなんだ。

  _
( ゚∀゚)「風呂でシャワーをしているとき、『だるまさんが転んだ』というフレーズを思い出してはいけない」



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/05(月) 01:44:23.34 ID:Yb6rXbOH0

彼が口を開くまでの、このたった数秒の間。俺がどれだけ切望したか。
そんなこと微塵も考えもしないで、先輩は口にしてしまった。


(;'A`)「だ、だるまさんっすか?」
  _
( ゚∀゚)「そう。だるまさん。口に出さなくても、頭のほんの片隅に思い浮かべるだけで危ないそうだ」


先輩の口から飛び出た単語は、あまりに懐かしく馴染みのあるものだった。
幼いころには例外なく友達と一度はやる遊びのことだろう。思ったより、ずっと普通だった。

(;'A`)(……いや、そういうものにこそ恐怖は見え隠れしていたりするもんだ)

そんな要らない深読みまでしてしまう始末。
詰まるところ、俺はホラーが大の苦手なのだ。


(;'A`)「何でですか」
  _
( ゚∀゚)「俺も詳しくは分からないんだがな。どうやら……」


思い出すようにして、目線を上にして指折りで数え始める。
先輩は至って平然としていた。それは心底腹立たしい。



7: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:45:49.70 ID:Yb6rXbOH0
  _
( ゚∀゚)「『下を向く』こと。『水場である』こと。そして『転ぶ』ということ。この組み合わせが本当に不味いらしい」

(;'A`)「もし頭に浮かんでしまったら……?」
  _
( ゚∀゚)「霊感の有無は関係なく、大量のそれが衝きまとってくるそうだ」


幽霊。

それは人が生を終えて死を迎えた後の姿。
しかし容姿も体躯も分からない。害悪の程度さえも一切が不明だ。何せ見たことなんてないから。

だからこそ、恐怖心はどこまでも駆り立てられる。


(;'A`)「それってやっぱり悪霊とかもいるんじゃ……」
  _
( ゚∀゚)「だろうな。でも『その話を聞いたらいつまでに他の誰かに話さなきゃいけない』なんて陳腐なものでもないし」


怖い話に良くある鼠算式的なチャチな広報だ。
一週間以内に七人にこの話をしなければ、我が身に災いが起こるといったもの。

俺はその方が、嘘っぽくて気が楽なんだけど。


(;'A`)「どうすりゃいいんすか?」
  _
( ゚∀゚)「そりゃ簡単だろ。そんなこと考えなきゃいいのさ」



8: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:46:30.88 ID:Yb6rXbOH0

先輩が欠伸をしながら伸びをする。酷い顔だった。

  _
( ゚∀゚)「そんじゃ俺は帰るとしますかね。残りの仕事は明日だ明日」

(;'A`)「あ、はい。お疲れ様です……」
  _
( ゚∀゚)「何ビビッてんだwwwww風呂で思い出さなければいいだけの話だろうがwww」


そう言って鞄を手に取ると、足早に去ってしまった。
気付いて辺りを見渡すと、先輩だけではない。少しずつ社員は消え始めていた。
時計を見ると二十時を回っている。


('A`)(……俺も帰るか)


パソコンの電源を落として、帰り支度を始める。
まだ打ち込みは終わっていないのだが、データはUSBメモリに入っている。続きは家でやろう。

広い部屋に一人で深夜まで、とか俺には出来ない。


('A`)「お疲れさんです」



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/05(月) 01:47:32.41 ID:Yb6rXbOH0

長岡先輩の言っていた「だるまさん」の話。
電車の座席に座って揺られながら、俺はずっとそのことばかり考えていた。


('A`)(あー。頭から離れないわ。マジ怖ぇ……)


間違いなく悪意があってそんな話をしてきた先輩を心底恨んだ。
どう転んでも絶対に風呂場で思い出してしまうだろう。あ、今の上手いな。

向かいの座席では、手すりにもたれかかって気持ちよさそうに眠る中年男性がいた。


('A`)(俺も寝るかな)


最初は電車の中で眠るなんてことは考えられなかった。絶対に乗り過ごしてしまう。
しかし、慣れればそうでもない。降りる駅の名前が呼ばれた途端に目を覚ます。

どうにも便利な体になっている。


('A`)(そういや借りてたDVDがあったっけか。早く見て返そう……)


ゆっくりと瞼を降ろして、俺は眠りについた。



10: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:49:17.47 ID:Yb6rXbOH0

('A`)(はっ……)


目が覚めた。
体が何かに反応してビクッとした。それはつまり、俺が降りる駅名が呼ばれたということなのだろう。

窓から夜景を覗けば、やはりそうだ。見慣れた光景が広がっている。


('A`)(降りるか……)


電車がゆっくりと止まり、ドアが開く。白線の内側まで足早に進む。
そこでようやく気がついた。


(;'A`)「……あ」


そこは、この一年間。いや違う。生まれてこの方二十二年もの間、使い続けてきた最寄の駅で。
どこから最寄かといえば、俺の実家だ。


(;'A`)「しまった。俺引っ越したんだ」


先ほどまで、嫌というほど先輩の話が頭に焼き付いていたというのに。俺は馬鹿か。



11: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:51:26.61 ID:Yb6rXbOH0

('A`)「ただいま、ジャグジー」

▼・ェ・▼「わんっ! わんっ!」


およそ予定していた倍の時間をかけて帰宅する。既に時刻は二十二時を回っている。

夜遅くに俺を出迎えてくれたのは一匹のダックス。愛犬のジャグジーだ。
もともと実家で飼っていたのだが、一人暮らしの俺についてきてくれたのだ。


(*'A`)「ごめんなー帰りが遅くて」

▼・ェ・▼「わんっ!」


……実際のところ、どうなのかは分からない。
家では俺に一番懐いていたが、結局、犬に言葉は通じないのでただ連れてきてしまっただけだろう。


('A`)「お、ちゃんと飯も食ってるな」

▼・ェ・▼「わんっ!」


銀色の皿が三つ。空になった状態で整列していた。



12: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:52:30.74 ID:Yb6rXbOH0

ジャグジーは頭がいい。
特に躾をしたわけではなかったが、こうして朝昼晩用にと三つ置いておけば、一日を計算して食べてくれる。

散歩は毎朝の日課だ。


('A`)「おやつでもやるか……」


その時、部屋に客の来訪を告げるインターフォンが鳴り響く。


▼#・ェ・▼「キャンッ! キャンッ!」

(;'A`)「ほらほら落ち着け。静かにしなさい」


予定していた時間より少々遅れてやってきたのは佐川急便だ。いつものことである。
今日に限っては俺の帰りも遅かったから都合が良かったが。


('A`)「おっさん遅ぇよ。十時過ぎてんぞ」

おっさん「コンビニで立ち読みしてたんだわ」

('A`)「仕事しろよwwwwwwwwwwwwww」



13: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:55:28.11 ID:Yb6rXbOH0

おっさん「兄ちゃんも、またフィギュアか。景気いいじゃないの」

('A`)「こんぐらいにしか金かけてねーからなぁ」

おっさん「彼女作れよwwwwwwwwwwwwww」

('A`)「バーローwwwwww出来ねえんだよwwwww」


雑談を交えながらいつも通りおっさんの手渡す小汚いボールペンでサインをする。
俺の字もまた、小汚い。


('A`)「そういやここもおっさんのテリトリーなんだな」

おっさん「この仕事始めて長いからな。そこらのヒヨっ子とは違うわ」

('A`)「全俺が惚れた」

おっさん「彼女がいないってのはそういうことか」

('A`)「違ぇよバーローwwwwwwwww」


俺とおっさんはあくまで配達人と受取人の関係だが、こんな軽口が言い合える仲は悪くない、と俺は思っている。



14: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:56:26.32 ID:Yb6rXbOH0

▼#・ェ・▼「ガルルルルル……」


その間、ずっと俺の後ろでおっさんを威嚇し続けるジャグジーがいた。
おっさんはそれを見て苦笑しながら後ろ髪をボリボリと掻いた。


おっさん「コイツも全然俺に懐かねえな」

('A`)「まぁ仕方ないわ。今じゃ俺の家族以外誰でも吼えるんだから」

▼#・ェ・▼「ガウッ!! ガウッ!!」


とうとう吼え始めてしまった。
こうなってはもうおっさんが帰るまで止まらないことを俺もおっさんも知っている。


おっさん「それじゃ俺はまだ配達残ってるから行くわ」

('A`)「おう。もう遅れんなよ」

おっさん「二十時から二十二時の配達がまだ三つ残ってる」

('A`)「ちょwwwwwおまwwwwwwwww」



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/05(月) 01:57:46.45 ID:Yb6rXbOH0

▼#・ェ・▼「ガウッ!! ガウッ!! ガルルルルル……」

('A`)「ほら落ち着け。もうおっさんは帰ったよ」

▼#・ェ・▼「ガウッ!! ガウッ!!」


ここが実家であれば、なだめ役の女性陣がいるのだが
生憎、俺では一緒になってじゃれる事は出来ても落ち着かせることは出来ないらしい。

しかしこのままでは近所迷惑だ。引っ越して早々お隣さんに怒鳴られてはかなわない。


('A`)「ほら、おやつだ!」


そう言って犬用ビーフジャーキーを一畳ほどのゲージに投げ込むと、上手くフェンスに当たって落ちる。
これはジャグジーのねぐらで、要するに犬小屋だ。


('A`)「……お前は頭はいいのに、警戒心だけは一人前以上ですね」


ため息を一つ吐く。

こいつの吼え癖は生まれてからずっとで、結局今まで俺の家族にしか懐かなかった。
それだけに、番犬としてのスペックは高いと思う。



17: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 01:59:16.50 ID:Yb6rXbOH0

('A`)「……さて、と」


足元に置きっ放しだった大き目のダンボール。
これには俺の夢が詰まっている。

製作決定から原型に塗装、少しずつ出来上がっていく様をイベント会場まで走って見届けた。
心の底から完成を待ちわびた逸品だ。


('A`)「フヒヒッ。当初予定されていたの制作期間は半年。しかし……」


机の上のペン立てに入ったカッターナイフに手を伸ばす。
視線は目標に釘付けだが、一瞬でとってそれに宛がう。


('A`)「発売日は延期に延期を重ねてとうとう発表から一年半も経過した」


そしてようやく完成間近、フィギュア系通販サイトで予約が開始した。

当たり前だが、目をつけていたのは俺だけではなかった。
数多くのフィギュア使いと転売屋が予約開始を待ち望み、その時が来たのだ。


('A`)「にしても網が落ちたときは笑ったな。まぁ買えたからいいけど」



19: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:01:21.34 ID:Yb6rXbOH0

本体に対して大き過ぎるダンボールに、ゆっくりと切込みが入る。

中には藁半紙がくしゃくしゃになった状態で、商品を包むように物凄い数が詰められている。
安上がりな緩衝材ということだろう。とは言え明らかにやりすぎ感が出ている。


(*'A`)「ふふっ……ようやくこの手に」


そう手を伸ばして目標まで数センチ、といったところでピタリと止まる。
俺は躊躇した。


('A`)「……先に風呂に入るか」


フィギュアとはつまり、清く美しく清純な、俺の嫁なのだ。

その嫁に対して会社帰りで疲れを溜め込んで汚れた俺が、直接触れるというのは気が引ける。
ここはやはり体の芯から清められた状態で出迎えるべきだろう。


('A`)「よっし清まってやんよ!」


俺はデュラララ!とスーツを脱いだ。



20: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:02:36.55 ID:Yb6rXbOH0

('A`)「うぃーす」


俺は普段からあまり湯に浸からずシャワーだけで済ませるため、浴槽に湯は張られていない。

風呂場の薄いドアを開け、カランを回してシャワーを流す。
出てくる水がお湯になるまでの十数秒。俺はずっとフィギュアのことを考えていた。


('A`)(アルターは買って損はないけど、俺はやっぱりマックスの方が好きだなぁ)


水が、少しだけ温もりを持ち始めた。


('A`)(来月は六月だから……うお、予約だけで十個は届くか。出費がかさむなぁ)


水が、ぬるま湯に変わる。


('A`)(あれ、そういや何か忘れてる気がするな。なんだっけな)


水が、湯に変わる。


('A`)(……転ぶ)



22: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:05:01.35 ID:Yb6rXbOH0

風呂場の椅子に座ってシャワーを浴びる。

軽く髪を流してから、シャンプーを押して中の液体を手にとった。
それを頭部に当てて擦り付けると、泡が立つ。


('A`)(あっ……)


息を呑む。

そして、もう遅い。
頭の中にはある一つのフレーズが繰り返し浮かんでは沈み、また浮かんでくる。


( A )(転んだ。だるまさんが。転んだ。だるまさんが、転んだ)


いくら拭おうとしても頭から一向に離れない。
こうなっては少しでも早く事を済ませて風呂場から抜け出すしかない。


(; A )(うあー。怖ぇぇぇ。先輩、一生恨んでやるからな……)


シャンプーの泡で包まれた髪をこすり力が、より一層強まる。
爪を立てて、頭皮をガシガシと痛めつける。



24: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:08:04.96 ID:Yb6rXbOH0

俺はひたすらに、目に見えない恐怖に怯えていた。

明日になればこんなことは笑い話になる。
今までだってそうだった。散々怖がってその身に何か起こったことは一度もなかった。


(; A )(朝飯は、缶コーヒーとローソンの菓子パン。昼飯は先輩と近くのラーメン屋に行ったな)


俺は必死に違うことを、関係のないことを考えていた。
少しでもそのフレーズを頭の中から追い出してやろうと、必死に考えていた。

そんな必死さが、考えが、何よりも『それ』を意識しているという矛盾。


(; A )(そういや、食い終わった後に先輩が店の前で転んで……)


俺はひたすらに、目に見えない恐怖と戦っていた。


ガチャッ


それが、目に見えないだけならマシだったかもしれない。



26: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:10:30.36 ID:Yb6rXbOH0

( A )「えっ……」


今、玄関のドアが開いたような気がした。

しかし鍵はしまっているし、泥棒にしたってつい最近引っ越してきた俺の部屋を狙うとも考えにくい。
恐怖のあまり、幻聴でも聴こえる様になってしまったのか。


ワンッ! ワンッ! ガウウウゥゥゥゥ!!!!


( A )「……ジャグジー?」


ジャグジーの泣き声が、ドア越しに響いている。

あいつが吼えるのは、俺の家族以外が近づいてきたとき。
さっきあげたジャーキーで機嫌はもう治っているはずだろう。


(; A )(誰か、いる)



28: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:13:35.33 ID:Yb6rXbOH0

(;'A`)(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ……)


それが強盗であれ、幽霊であれ。
どちらにせよ早くこの場から脱出しなければ、と慌てて風呂のドアノブを握る。

しかし、寸でのところで思い留まる。今このドアを開ければ、間違いなく相手と鉢合わせしてしまうからだ。


(;'A`)(ここでやり過ごせるか……?)


とは言っても完全に無防備な状態で、何か出来るとも思えない。
物取りであれば、この家に金目のものはない。こちらが何もしなければ諦めて帰るだろう。


ギィッ……ギッ


目標が一度立ち止まり、方向を変えた。

新居は玄関から数メートルほどの廊下から、派生して伸びるようにリビング、キッチン、洗面所と繋がっている。
そして目標は派生地点で一度立ち止まり洗面所へ。

風呂場のある、洗面所へと近づいてきている。



30: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:14:48.16 ID:Yb6rXbOH0

ゆっくりと、着実に近づいてくる足音。


(;'A`)(どうしたらいい、どうしたらいい……)


心拍数は上昇を続け、息をするのも苦しくなってくる。
そんなことを考えているうちにも少しずつ足音は大きくなっている。


(;'A`)(あっ……あっ……)


そして、そいつはドアの前までたどり着いてしまった。
その時ようやく、これが幻覚や幻聴などではなく、我が身に本当に起こっている危機的状況なんだと理解した。


(;'A`)(うあっ……ああっ……)


どうしてそんな奇行に走ったのか、思い返してみてもよく分からない。
俺はただ、恐怖のあまり逃げ出そうとしていた。目の前にいる相手に対して真正面から逃げようとしたのだ。

風呂場のドアを蹴り開ける。


(;'A`)「うあああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁあああぁあああ!!!!11」



31: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:17:00.64 ID:Yb6rXbOH0

しかし、そこには誰もいなかった。


(;'A`)「……あえっ?」


全身が濡れていることも気にせず、ジャグジーのいるリビングへと走る。
しかし、リビングに行っても誰もいない。居るのは一匹の犬だけだ。

ジャグジーは俺に気付くと喜んだ様子(そう見えるだけだが)でこちらに擦り寄ってくる。


(;'A`)「……なんだよ」


俺は力なくその場にしゃがみ込む。
春先とは言え、体の暖まる前に風呂から飛び出せば肌寒かった。


(;'A`)「なんだったんだ……おい……」


俺は暫く放心して立ち上がることが出来なかった。



33: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:19:24.60 ID:Yb6rXbOH0

(;'A`)「……いや、本当ですって」
  _
( ゚∀゚)「流石の俺でもそれは信じねーよwwwwwwww」


翌日、会社に出社してまず最初に昨晩のことを先輩に話した。
しかし何というか、予想はしていたのだが、当たり前のように笑い話にされてしまった。


('A`)「とにかくマジなんですよ。絶対にいたはずなのに、いなかったんですよ!」


力説する俺を、じっと見つめるジョルジュ長岡。
数秒の間をおいて一つ大きな溜め息をつくと、こう言った。

  _
( ゚∀゚)「ハハッワロス」

(;'A`)「ちょwww冷めんなwwwwwwwwwwww」
  _
( ゚∀゚)「はいはいワロスワロス」

(#'A`)「Uzeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!!11」



35: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:21:23.65 ID:Yb6rXbOH0

(;'A`)「……とは言ったものの」


冷静になって考えてみると、俺のほうが奇天烈なことを言っているわけで。
そんなことを熱弁して一日を過ごしてしまったことを後悔しつつ帰路についていた。

こうして一日過ぎてみると、もうずっと前のような気さえしてくる。


('A`)「疲れてたかな」


そんな風にさえ思えてくるのだ。

その日、その時、その瞬間の恐怖や緊迫なんてものは、過ぎてしまえば何のことはなく。
昨晩どれだけ怖い思いをしたか、恐ろしい思いをしたか、そんなことさえ忘れてしまっていた。


('A`)(そうだ。レンタルしてたDVDって明日までか。早く見ちゃわないと)


自宅を目前にして、時計を見る。
短針は八。長針は一を指していた。


('A`)(十分見られるな。明日の朝、会社に行く前に帰そう)



36: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:22:47.28 ID:Yb6rXbOH0

('A`)「……ふう。疲れた」

▼・ェ・▼「わんっ! わんっ!」

('A`)「お。ただいまジャグジー。飯はしっかり食ったか?」


ジャグジーの後ろで綺麗に整列された空の銀皿が三つ。


(*'A`)「お前はかしこいのうwwwwwかしこいのうwwwww」

▼・ェ・▼「わんっ!」


一応、遊び道具はある。ストレス発散のために、犬用ガムも置いてある。
申し訳程度ではあるが、不自由なく過ごせるよう必要なものは備えてあげているが、時折思う。

一人で部屋にずっと閉じ込められていて、こいつは何を思うのだろうと。


('A`)「まぁ、実家に戻ってもみんな夜まで出払ってるから結局変わらないんだけどな」

▼・ェ・▼「くん?」

('A`)「……明日の散歩は少し長めにしようか」



37: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:25:04.62 ID:Yb6rXbOH0

そうすると今日は早めに寝なくてはならない。
睡眠時間を削ることは、睡魔に弱い俺はあまり好ましくない。


('A`)「それじゃさっさとシャワー浴びて……って」


いざこうして眼前にすると、これほど恐ろしいことはない。
たかだかシャワーを浴びるだけ、頭を洗うだけなのに昨晩のことが頭に浮かんで離れないのだ。


(;'A`)「うーん。今日はシャワーは浴びないでそのまま寝ようかな」


どうせ明日はいつもより長い距離をジャグジーと走るのだ。
終わったあとにシャワーを浴びて、すっきりした状態で会社に行くというのも悪くない。

しかし、今まで生きてきてシャワーを浴びなかった日はない。


(;'A`)「……ダメだ。そのまま寝るとか考えられん。やっぱ入ろう」



40: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:28:23.22 ID:Yb6rXbOH0

結局、俺は浴室前で裸になっていた。

スーツをハンガーに掛けて、ワイシャツを洗濯物かごに放り込む。
そして意を決して風呂場のドアを開けた。


('A`)「…………」


浴室に入ると真っ先に浮かぶのはやはり「だるまさん」だ。
今からでも風呂に入るのをやめようか、とも勇んでシャワーのカランを回す。

水がお湯に変わる頃、俺は特に意識したつもりはなかったが会社でのことを考えていた。


('A`)(内藤さんが言ってた定食屋、何て言ったっけな)


長岡先輩と同期で先輩よりも仕事の出来る先輩、常に笑顔が印象的な内藤さんだ。

彼にも入社以来よくしてもらっていて、仕事にしても人柄としても憧れる人だ。
そう考えると俺は運がよかったのかもしれない。不自由なくここまで来られたのは間違いなく二人のおかげだ。


('A`)(あぁ、VIP定食だ。……名前センス無さ過ぎだろ)



41: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:30:07.41 ID:Yb6rXbOH0

('A`)(明日三人で行こうって誘ったら、奢って貰えるかな)


シャンプーを手に取り、頭皮に擦りつける。
少しずつ泡だって、俺の短い髪を全体から包みこんでいく。


('A`)(長岡先輩は見栄っ張りだから、内藤さんの前だと奮発するだろうしなwwwwww)


何事も無く、数十秒が経過して。
ようやく洗い終わって髪をシャワーで洗い流そうとしたとき。

思い出してしまった。


('A`)(……だるまさんが、転んだ)


ガチャッ


そしてその途端、昨晩と同様に、家のドアが開いた音がした。
今日は確実に鍵を閉めたんだ。三度も確認したんだ。何の予備音も無しに、開けられるわけが無いんだ。



44: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:32:00.26 ID:Yb6rXbOH0

ジャグジーの鳴き声が聞こえた。侵入者に対して吼えているのだ。
大した奴だ。お前のご主人は一目散になってお前を助けに行くことなく、ここで震えているというのに。


(;'A`)(……絶対に誰かいる)


今度こそ、気のせいではない。確実に俺とジャグジー以外の何かが家にいる。


(;'A`)(でも、でも)


昨晩のようにはいかせない。

俺はシャワーをギリギリ流れる程度まで勢いを弱める。
相手の足音を聞くためだ。しかし完全な静寂にすれば恐怖心が暴走するので、少し水の流れる音で気を紛らわす。


('A`)(……これで)


浴室の上部から、全長一メートル半程度の浴室用の物干し竿を手に取る。
これが俺の武器だ。



46: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:36:22.59 ID:Yb6rXbOH0

( A )(……返り討ちに、してやる)


気丈に振舞ってみるが、鼓動は収まらずにどんどんの脈を鳴らしていく。
足も手も震えている。喉奥から胸部に掛けて、恐怖心が駆け巡る。


ギィッ……ギッ


期待したが、昨日と同じ。方向転換してこちらに向かってくる。
その間もジャグジーは吼え続けている。つまり、アイツは無事ということだ。

それだけで、少し心が安らぐ。


(; A )(はぁっ……はぁっ……)


足音は消えない。確実にこちらへとゆっくりと近づいてくる。
廊下から洗面所へ、そして風呂場のドアの前に。


(; A )(今だ!)


そして、俺は飛び出した。



48: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:37:45.63 ID:Yb6rXbOH0

赤くて、赤い。

赤に染まった、人の形をした何か。人とは言えない、何か。


(; A )「はぁっ……」


鉄棒を振り下ろす。

しかし振り上げた竿は、的を得ずに床に叩きつけられた。


(; A )「はぁっ……」


一心不乱に鉄棒を振り回す。

気付いたとき、赤い姿も、同時に足音も消えていた。



50: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:39:24.72 ID:Yb6rXbOH0






























52: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:40:37.29 ID:Yb6rXbOH0
一日の仕事を終えて、ようやく帰宅。
激務の後はビールでも飲みながらまったりと夜の和やかな一時を過ごすに限る。

リビングのドアを開けると、ジャグジーが出迎えてくれた。


ワンッ!! ワンッ!!


「おう、ただいま」


ガルルルルル……


しかし、いつもと様子がおかしい。こちらを見て吼えている。
どうしたんだよ。ジャグジー。


ガウウウゥゥゥゥ!!!! ワンッ!! ワンッ!!





どうした?



54: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:41:06.06 ID:Yb6rXbOH0

ギィッ
                     ギィッ         ガチャッ              ギィッ
       ガチャッ      ギィッ
 
   ギィッ                ガチャッ    ギィッ
              ギィッ    ガチャッ              ギィッ

ガチャッ              ギィッ       ガチャッ              ギィッ
        ガチャッ 
  ガチャッ               ギィッ      ガチャッ 
      ギィッ       ガチャッ              ギィッ

                           ガチャッ              ギィッ
ギィッ               ガチャッ
                     ギィッ
       ガチャッ      ギィッ             ガチャッ              ギィッ

   ギィッ                ガチャッ    ギィッ
              ギィッ                ガチャッ      ギィッ
      ガチャッ              ギィッ
ガチャッ              ギィッ
        ガチャッ        ガチャッ              ギィッ

   ギィッ                ガチャッ    ギィッ
              ギィッ                     ガチャッ              ギィッ

ガチャッ              ギィッ



56: ◆ji1WvZnkZs :2008/05/05(月) 02:44:25.33 ID:Yb6rXbOH0

どうした?





ワンッ!! ワンッ!!


どうした、ジャグジー。俺だぞ? ドクオだぞ?










何だよ。





('A`)は転ぶようです End



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