48: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:06:20.11 ID:MWCGbYrQ0
29:誰

またも彼女の意識が断絶した事により、発言する事が出来るようになりました。
今度は前よりもいささか以上に意識は正常です。こんなにも饒舌です。質問が有ればどうぞ。

私は、いや、誰はそもそも存在してならない意識であり文体であるのかも知れません。
いや、もう誰などという表記は無駄としか思えません判別法以外の用法が不明です。
最早私=誰であることは明らかなのではないでしょうか。
未だ意味不明ですか。意味不明かも知れません。私と、もう一人の私は別人です。
別人ですが同一人物です。多重人格と言えばわかりやすいですか。

私と、もう一人の私には明確な違いが幾つかあります。
男がいます。私を虐める男です。あまつさえ私を殺した男です。
もう一人の私は彼を憎んでいます。憎しみあぐねています。

ですが私はそう思わないのです。私は愛していました。あの男を、ブーンを愛していました。
それが、例えば同情心や、所謂『ノリ』のようなものであると言われても否定はできません。
私自身、何故彼を愛しているのか、愛していたのかめっきり不明ですから。

今、もう一人の私は苦痛に悶えています。この世界は彼女の内的世界なので、
感覚はほとんど彼女に依存します。只私は、身体を動かし、喋るだけの能力が与えられただけです。
痛みも感じません。しかし、この世界を最初に構成したのは私でももう一人の私でも無さそうです。
どちらも記憶していませんでしたから。細分化した人格の一つが形成したのでしょう。
さっきはつい激昂して写真を破りましたが。悪い事をしました。

言語感覚に齟齬が生じて参りましたくだけて散ってしまった感覚や完成や思考や。
私は狂人です自明の事ですだがしかし私という存在は既に死亡しているから関係有りません。
もう一人の私は復習復讐するようですがそれを私は止めようと思いません彼女は正常です。
少しでも勘違いしていただきたくはないそれでもなお私は愛しているし彼女も愛している事でしょう。



49: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:08:37.33 ID:MWCGbYrQ0
30:私

爪と肉を削られた。また、赤黒い血が飛び散った。
髪の毛を手で無理矢理抜き取られた。その後、針で赤い糸を縫われた。
絶叫した。叫喚した。悲鳴を上げた。咆吼した。大喊した。
罵った。怒鳴った。哀願した。男は次に、私の口角を裂いた。

その辺りで意識は途切れた。再び途切れた。それでもなお、夢は醒めない。

いや、私にはもう分かっている。これは夢なんかじゃないんだ。
かといって現実ではない。どこか超現実めいた世界。私の内的世界。残留思念。

( ^ω^)「ようやく気付きましたかお」

私の身体が目蓋を上げた。右脚の付け根に鈍痛。と思ったら、そこに私の脚は無かった。
ちぎれているのだ。何かで強引に叩ききったかのように、断面は凹凸を成している。
他の三本の手足は無事……ではない。そうだ、爪をもがれたんだった。

口が開かない。開いても、歯がないのではまともに話せやしないだろう。
それにしても、私は何故生きているんだろう。死なない。死ねない。
殺せ。

( ^ω^)「愛しているお、しぃ」

聞きたくもない。汚物のような科白。反吐が出る。
だが私の身体は笑みをつくった。必死に、広がった口角を吊り上げて笑った。
私と、私の身体は相反している。畜生。



50: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:10:21.98 ID:MWCGbYrQ0
31:僕

僕は、せせら笑いながら少女を覆っている掛け布団を捲った。
予想通り、右脚が切断されていた。少女は眠っている。起こさないよう、そっと布団を元に戻す。

(´・ω・`)「僕たちは、殺されるのか。ここは、彼女が復讐のためだけに形成した空間なのか」

( ・∀・)「いずれは殺されるのでしょうが、不可解な点もあります。
      もしこの空間が憎悪や怨恨だけで出来ているなら、私たちはすでに、
      地獄のような拷問にかけられていてもおかしくはない、むしろそうするべきでしょう。
      彼女にとって、一刻も早く殺したい存在でしょうから、私たちは。
      ですが、現実はそうなっていない」

(´・ω・`)「どういうことだろう」

( ・∀・)「躊躇っている、或いは迷っているんじゃないですかね」

(´・ω・`)「そんな必要がどこにあるんだ? 情けをかける余地なんて」

( ・∀・)「貴方は覚えてませんか。死に際まで、彼女が微笑んでいた事」

僕は回顧する。両手足の無くなった少女を。少女の顔を。
聖母……とは安易すぎる表現だ。しかしそれが、最もふさわしい単語である。

(´・ω・`)「笑っていた。確かに」

( ・∀・)「思うに。彼女は最期、彼を……ブーンを愛していたんだと思うのです」

スクリーンでは、まだ少女への拷問が続いている。



51: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:12:12.36 ID:MWCGbYrQ0
32:私

違う、私じゃないんだ。私はあの野郎を、ブーンを愛してなんかいない。
愛しているとすればそれは……別人の仕業だ。私じゃない!
でもそれをどう表現すればいいんだ。私は、私の口も、私の身体も全て、
今や私のものじゃない。現に私は笑っている、純粋に笑っている。愛しているように笑っている。
どうにもならない。どうにもできない。世界中が私を嘲笑しているようだ。

そうだ。
乖離してしまえばいい。言う事を聞かない身体なんて最早不要だ。
今コントロールしている、誰かに渡してしまえばいい。
ここは私の世界なんだ。それぐらい出来て当然だ、当然なんだ。

さあ、離れろ。離れろ。私の身体。散々虐げられて悦んでいろ。畜生。

殺してやる。私の世界なら、私は自由だ。何もかも私の支配下にあるんだ。
彼奴ら……ブーンも、モララーも、しょぼんも、殺してやる。
そう、何度も、何度もだ。
私がされたように腹を割いて腕を焼き、歯を折って内臓をかき回して殺してやる。

それでもまだ足りないけれど。それでもまだ足りないけれど。
一体私はどれぐらいの凌辱を受けた。

あの人も殺した。ブーンはあの人も殺しやがった。
何もかも壊れたのに、何故。

奇妙な浮遊感を得る。よし、いいぞ。身体を捨てる。
意識だけになる。そもそもそういう世界なのだから変わりはあるまい。
いいぞ。殺せる。私は殺せる。



52: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:14:36.41 ID:MWCGbYrQ0
33:僕

ブーンが両手足の無くなった彼女を犯しているとき、それは発生した。
突然ブツッという音と共に、スクリーンが砂嵐に覆われた。

(´・ω・`)「故障?」

( ・∀・)「故障と言えば故障でしょうが……物理的なものではないでしょう。
      彼女の意識に、内的世界に何か変調が起きたのではないですかね」

ザアザアと、白と黒が踊り狂っている。雨足が強くなってきた。
これはヤハウェが引き起こした大洪水なのか。全てを洗い流すような雨。

(´・ω・`)「彼女は、泣いているのかな?」

僕は雨から思いつく比喩表現を考え、彼に言った。

( ・∀・)「そうかもしれません。
      しかしまあ、涙といっても悲しみによるものばかりではありませんからね。
      歓喜の涙かも知れないし、幼児退行したような原初的な泣き喚きかもしれない」

逡巡程度で解決する疑問ではないようだ。
僕は宙に視線を泳がせてから、話題を転換させる。

(´・ω・`)「ここは、ブーンの実家だよな」



54: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:16:32.52 ID:MWCGbYrQ0
34:誰

嗚呼、私の中から私の片割れが消えてしまった。
彼女は最後まで怒鳴り散らしていた。私の、彼への接し方が気に食わなかったに違いない。
当然だろう。この人は、どれだけの悪行を繰り返したか。

( ^ω^)「しぃ、愛しているお」

その言葉に、私は微かに頷くことができた。
歯がないから、口で気持ちを伝える事はもう、できない。
手足が無いから、彼を抱き締める事さえできない。
全ては彼がやった事。それでも私は彼を愛している。

彼……ブーンは、私の昔の恋人を殺した。嫉妬していたらしかった。
私の目の前で、あの人の腹を蹴り、頬を殴り飛ばし、嘔吐して吐血した彼の首を締め上げた。
息絶えたその首を、ブーンはノコギリで切り落とした。
そこには彼の友人――しょぼんとモララーもいた。
その頃だったかもしれない。私の人格が二つ以上に分裂したのは。

一方で彼を憎み、一方で彼を愛した。

( ^ω^)「愛しているお、愛しているお」

このブーンは、ある種私の理想像なのだろうか。
だから私にとってはあまりに愛しい。でも私は彼を精一杯感じる事が出来ない。
そろそろ、神経が死に始めているようだった。



55: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:18:38.53 ID:MWCGbYrQ0
35:僕

( ・∀・)「ええ、そうですねえ。彼の家、ある程度お金持ちでしたから。
      それに、何度か訪れた覚えもあります」

モララーはスクリーンの前から離れて、少女に歩み寄る。
彼が掛け布団をめくると、彼女の、残っていた三本の手足も切断されていた。
どうやら、映像の中の彼女と連動していたようだ。

(´・ω・`)「なのに何故彼がここにいないんだ」

( ・∀・)「映像の中にいたじゃないですか」

(´・ω・`)「おかしいだろう。彼こそ最も憎まれるべきだ。主犯はあいつなんだから」

自分で言っていても責任転嫁に聞こえてならない。
実際そういった節もあるが。だが彼が咎められないのは納得できないのだ。

( ・∀・)「まぁ、もっと違う道筋が想定されていたのでしょうが……最早どうしようもない」

その時、近いところから轟音がした。
雨音だ。ただし窓外からのものではない。首を傾ける。それはスクリーンから流れていた。
未だ砂嵐を映し続けている。音声だけ直ったのだろうか。
雨音。そして足音。僕は思わず、窓の外へ視線を向けた。



56: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:20:24.46 ID:MWCGbYrQ0
36:私

暗雲。空。何もかも死んでしまえばいいのに。私は死んだのにどうして世界は死なないんだ。
死なないから殺さなければならない。そういうものだ。そういうものなのだ。
私は正気で、私の身体は異常だった。

今頃気付いた。そうか。私は二重人格だったのか。いや三重四重五重人格ぐらいだったかもしれない。
私の中に在るのは私だけで十分なのに邪魔だった邪魔だった邪魔だった。

私には手足が生えた。今歩くところには豪雨が降り注いでいる。
だが私には確信があった。この暗澹を直進すれば、そこに居る。

殺して、ただそれだけで満ち足りるだろうか。報われるだろうか。
私はもう死んでいる。内的世界もそのうち死んでしまうに違いない。

そうなれば私は消える。未来永劫閉ざされた何処かへ沈んでいく。
無意味だ。無益だ。それでも、やらずにはいられない。

雨の中。明かりが見えた。思い通りだ。笑った。自分の意思で笑った。

ここまでが長すぎた。それでもようやく終わる。
目的は完遂する。意味など一つもない。強いて言うなら復讐なのだろうか。

いや復讐としてもおかしい気がする、私は本当に憎んでいるのか。
ああもう分からない。気が狂っているから分からない。

明かりは徐々に膨らみ始めた。
窓が見える。その中に人物。
拳。



57: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:22:47.36 ID:MWCGbYrQ0
37:僕

衝撃音と共に、ガラス窓が破壊された。
破片が床に散らばる。出来上がった隙間から少女が無理矢理身体をねじ込んできた。

( ・∀・)「しぃ……」

それは確かにしぃだ。僕は振り返る。ベッドの上でしぃが眠っている。
同じ人物が同じ空間に二人、存在しているのだ。異常だった。いや、この世界に正常は皆無だ。

(*゚ー゚)「ようやく見つけた」

彼女の拳は血まみれだった。手で窓を叩き壊したらしい。

(´・ω・`)「殺すのかい、僕たちを」

僕は冷静だった。死を眼前に置いても、彼女が今から僕たちに仕掛けるであろう、
虐待を想像しても、少しも慌てる気にはならなかった。
僕たちだってあれほどのことをやったのだ。同じことをやられても文句は言えまい。

モララーも同様のようで、眼を閉じ、じっとしている。

後ろ側からけたたましい笑い声が聞こえた。
振り返ると、ベッドの上の、もう一人のしぃが目を覚まし、笑っていた。
目を見開き、頬を歪め、裂けた口角を目一杯に開いて笑っていた。

そして次の瞬間、その首がごとり、と床に転がり落ちた。



59: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:24:36.95 ID:MWCGbYrQ0
38:誰

ブーンはノコギリを持ち出した。
あれで私の首を切り落とすのだろう。
どうせもうすぐ感覚やら思考やら論理構成やらが失われてしまい、
私という人格は消滅してしまう。ならば、彼なりの愛し方で愛された方が良い。
片割れの私はどうしているのだろう。殺したのだろうか。殺せたのだろうか。

殺せるだろう。

( ^ω^)「愛しているお」

ブーンはそう言って、私の首筋に刃をあてがった。
その時、私は笑った。
裂けた口で力一杯笑った。それが最大の、思考表現だった。

回路が外れて機械論と続く粒子怒らない暗黒物質の拡散と誕生。
箍が外れても分かる事と言えばあのファンファアレは私に向けられたものではなかった。
それがおそらく真実を指し示しているならば私は祝福など最初からされていなかった。
故に誰からの愛も求めて受け入れてパラドクスが発生すれば分裂して今また解け合う。
取れた終わらない。






343:語り手は死んでしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



60: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:26:29.41 ID:MWCGbYrQ0
39:私

その時私は、私の身体の死を確信した。
やった。アイツは死んだ。さんざ、内的世界でまでも私を苛ませた奴が遂に死んだ。
ざまあ見ろ。あんな奴に傾倒しているからだ。この結末が予想できなかったのか。

私の記憶によれば、あの身体はもうすぐ首から腹に向かって縦に斬られる。
内部の臓物を全て抉り出されて、肉もほとんど剥ぎ取られる。
顔面は眼球をピンセットで取り出し、一緒に這い出てきた神経を断絶される。
鼻孔の間にある皮膚は切られ、鼻の穴が一つになる。
耳は付け根から切り落とされて、残った鼓膜を縫い針で破られる。

そうやって解体され、死ぬのだ。残骸は全て海に投げ込まれる。

それでも彼女は愛されていたと錯誤するのだろうか。そうだろうな。アレは気違いだ。

目の前に集中する。
二人の男、モララーとしょぼん。冷静沈着なのが気に食わない。
殺そう。そうして一歩踏み出したとき、転がり落ちた私の首を視線が合った。

(*゚ー゚)「……」

生首が微笑んだ。微笑んで私を見た。何かが飛び出した。
そうだ。そうだった。私が肉体と乖離できるなら、奴にそれが出来ない道理が無い。

奴は同化を望んでいるのだ。



61: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:28:18.20 ID:MWCGbYrQ0
40:僕

異変が起きた。
突然、しぃが苦しみ始めたのだ。断末魔のような叫び声をあげた。
絶叫。窓外の雨が止んだ。窓外の景色が消えた。

( ・∀・)「世界が終わるようですね」

(´・ω・`)「何故だ?」

( ・∀・)「そもそもここは歪んだ価値観により出来上がった内的世界です。
      二つの人格による、内的世界の交錯といってもいいかもしれない。
      今、人格が一つになろうとしている。そうなれば、この世界も必然的に壊れます」

(´・ω・`)「そうか」

どこか晴れ晴れとした気持ちになった。部屋のオブジェが消えていく。

( ・∀・)「結局、この展開は何を意味していたのでしょう」

(´・ω・`)「意味なんて無いんじゃないのか。虚構など得てして理不尽なものだ」

空間が歪む。溶け出す。さて、僕たちはどうなるのだろう。



62: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:29:32.96 ID:MWCGbYrQ0
41:語り部














あらゆる一人称がそれぞれの常闇に沈んだ。
これで物語は終了する。
なお、このストーリイに時間軸と登場人物と世界観は存在しない。

(    )誰の内的世界と虚構のようです 終わり



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