川д川ガラスの森のようです

9: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:37:25.81 ID:wQTADkWlO
 意識が覚醒すると視界は全て白かった。
 否、全て黒かった。

 目に映る……?
 目に映る景色が黒い森にかかる白い霧だと判るまでにはほんの数秒で良かった。


―――私は何故ここにいるのだろう。


 だがどうにも動く気にはならず、なれず、貞子はそのまま立ち尽くしていた。



11: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:38:55.48 ID:wQTADkWlO

 霧が薄明るくなって朝が来た。
 霧に光が溢れて昼が来た。
 霧に翳りが手を差し伸べて夕方が来て、
 霧を闇が覆い尽くして夜が来た。

 貞子は白いしっとりした空間に立ち尽くしていた。

 空っぽの心で。
 何も思わず、何も感じず。


 空腹も疲れも無い。
 悲しみも恐れも無い。
 喜びも楽しみも無い。
 幸せも怒りも無い。


 空っぽの、心で。
 立ち尽くしていた。



12: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:40:57.32 ID:wQTADkWlO

 霧に黄金色の陽が差して朝が来た。
 霧へ木漏れ日を連れて昼が来た。
 霧が赤く染まって夕方が来て、
 霧が蒼く変わって夜が来た。


 白く冷たい空間を人は誰も通らなかった。
 生き物の気配すらしなかった。

 ただ木や草の呼吸音と、水を吸い上げる音だけがあった。


 酷く掴み所のない霧の中を幾つもの朝が過ぎた。
 酷くあやふやな霧の中を幾百もの昼が過ぎた。
 酷く不安定な霧の中に幾千もの夕方が過ぎて、
 酷く寂しい霧の中を幾億の夜が過ぎて行った。



14: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:42:44.59 ID:wQTADkWlO

 貞子は白い霧と黒い森の中に立ち尽くしていた。


―――私は何故ここにいるのだろう


 時折かすめるその疑問を深く考えることは無かった。
 考えてはいけない気がしたから。

 考えることに、意味を感じなかったから。



15: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:43:56.60 ID:wQTADkWlO


 数え切れないほど迎えた朝と同じ朝が来た。
 星の数ほど迎えた昼と同じ昼が来た。
 気が遠くなるほど迎えた夕方と同じ夕方が来て、
 終わらないかと思うほど迎えた夜と同じ夜が来た。


 その夜更け。


かさり


 白い世界を震わせる音が鳴った。



16: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:45:00.85 ID:wQTADkWlO



かさり

かさり



 貞子はゆっくりと白い黒い森の奥に、音の方に注意を向ける。



17: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:46:17.53 ID:wQTADkWlO



かさり

かさり

かさり



 白い霧が一瞬揺らめいた。


ざっ




(・∀ ・)「はじめまして」

―――はじめまして

 笑顔の少年が白い霧から現れた。



18: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:47:29.77 ID:wQTADkWlO
(・∀ ・)「思ったよりここ来るの大変だったよ。あなたそんな細いのに良く来られたね」

―――………

(・∀ ・)「というか綺麗じゃない。なんでこんなことになったのさ」

―――………

(・∀ ・)「……せっかく来たのに無視しないでよ」

―――なに?誰?

 突然親しげに話し掛ける少年に貞子は困惑する。
 長く永く貞子と霧と木と草しか居なかった空間に現れた少年。

 さも当たり前のように話し掛ける少年。



19: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:49:11.23 ID:wQTADkWlO
(・∀ ・)「誰、といえば名前を答えればいいの?
     僕はまたんきだけど。あ、君は?名前は知らないんだよね」

――さだ、こ。貞子。

(・∀ ・)「貞子っていうの、いい名前じゃない。サ行の名前好きだよ」

―――そう

 会話が途切れて沈黙が舞い降りた。

―――だから、何しに来たの?

 沈黙を破ったのは貞子だった。

(・∀ ・)「え?あなたに会いに」



―――私、に?




 その返答は酷く不思議で酷くおかしく聞こえた。
 この森に独りで、誰か訪ねてくるなんて。



20: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:50:40.27 ID:wQTADkWlO
(・∀ ・)「だってあなた、寂しいんでしょ?」

―――え?

(・∀ ・)「寂しいんでしょ?だって泣いてるもの」


またんきがそう言うと、東の空が明るくなって朝が、



朝が、朝が来た。



光が差し込むにつれ霧が晴れ、鳥のさえずりが聞こえる。

(・∀ ・)「ねえ、僕はなんであなたがここにいるかは知らない」

またんきは貞子を真っ直ぐ見て言葉を紡いだ。



21: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:52:17.82 ID:wQTADkWlO
(・∀ ・)「知らないからあなたの根本的な悲しみは取り除けない。
      でも、あなたはそれにしても寂しすぎる」

 鳥の声が、ウサギが、リスが、ネズミが、虫達が、森の命が目を覚ます。

 木々も草も花も朝日を求めてざわめきだす。

(・∀ ・)「森はこんなに生きてるのに、あなたは全てを拒絶して冷たくしてるんだもの」

川д川「わたっ私はっ」

(・∀ ・)「泣かないで」



22: 007 川д川ガラスの森のようです :2008/08/30(土) 00:54:29.37 ID:wQTADkWlO
 涙が流れた貞子の頬にまたんきは触れた。
 正確には触れようとした。

 またんきの手は、空中で止まり、何にも触れることは無い。

(・∀ ・)「僕はあなたに触れたり、あなたの悲しみを癒やしたりは
     出来ないけど、あなたの寂しさぐらいは癒やしたい」

川;д川「………あ……あ……ああああ!!!」

 決壊したように貞子は泣いた。
 活動を始めた森の片隅で、彼女に朝を連れてきた少年の前で。

―――そうだ私は独り死んだのだった

 でも多分、悲しいのではなく、朝がきた喜びにむせび泣いた。

 またんきは触れることの無い手を貞子の肩に置いて、大丈夫だよ、と呟いた。



戻る