今日は良い誘拐日和 のようです。

881: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:03:03.94 ID:sPhKgVFx0
お金が欲しかったから。
スリルを味わいたかったから。

行動理由なら、いまこうしている間にもどんどんと出てくる。

それは社会的に『正しい』と到底言えることではないのかも知れないけれど、
それに異議を唱えず従った時点で、(少なくとも自分にとっては)それは取るに足る理由となったのだ。

もっとも――

ξ゚听)ξ「暑いんだけど。それにのど乾いた。水とかないの?
 あ、クリスタルカイザー以外持ってきたら即刻生命維持出来なくしてやるからね。
 でもまあ、あんた達がどうしてもって言うならそこにあるやっすい缶コーヒーで我慢してあげないこともないわ。
 ほらこうやって私がわっざわざ譲歩して上げてるんだからさっさと寄こす! ……まっず。
 あ、そうそう。あと聞きたかったんだけど、あんた達どこまで走る気な訳?
 いい加減休ませなさいよ。腰痛いわ。って言うかこの車臭すぎなんだけど!」

こんな事になるなら。そうしなかったさ。
知らずの内に、溜息が漏れた。


          今日は良い誘拐日和 のようです。



883: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:04:50.76 ID:sPhKgVFx0
助手席に座りながら、僕は後悔の念に襲われていた。
後頭部座席へ缶コーヒーを乱暴に放った友人が、弱ったように舌打ちをする。

立場が逆転していないか。こんなはずでは。

慙愧に身を切り刻まれながら、僕はポケットから一丁の拳銃を取り出した。
『もしものときに』と友人から渡されたハンドリボルバーだ。

僕らは昨日の夜中、後頭部座席にいる少女――この国を代表する大財閥、VIPコーポレーション社長の娘を誘拐した。


――――


作戦、と言えるほど緻密なものではなかった。
多分友人もこんなに上手くいくとは思っていなかっただろう。
計画はこうだ。


('A`)『まず送迎を担当する運転手の携帯に、今日はこなくていいとの旨を連絡する。
 その後俺がレンタルしてきたリムジンで『お嬢様』を迎えに行く。
 あとは――目的地にいかず適当なところへ連れ込んで、身代金を要求するって手筈だ。』


……こう考えると実に稚拙で穴だらけの計画だ。できると信じた友人はよほどのアホだ。
その時乗ってしまった僕も、残念ながら相当のアホなのだろうけれど、
ここに来るまで何の狂いもなく動いているのが信じられない。
ああ、ただ一つ計画の狂いをあげるとしたら



884: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:07:10.48 ID:sPhKgVFx0
ξ゚听)ξ「ちょっと海! 今、海見えたわよね!?
 すっごーい、海岸線が見えるって事はなに、首都からずいぶん離れてるってことじゃない!
 あ、アンタたちもしかして夜通し運転してた訳!? あははははっ! ばっかじゃないの! あははははっ!!」
(;'A`)「の、乗り出すな危ねぇ!!」

誘拐したお嬢様の性格が、愉快極まっているということだろう。

立場が逆転していないか。こんなはずでは。

再び僕は思う。溜息は漏れてこなかった。

http://vipmain.sakura.ne.jp/light_novels/novels_img/111.jpg

――――

ξ゚听)ξ「っひゃー! つっめたい!!」

押し寄せてくる波に素足を浸し、冷たがる『お嬢様』。そりゃそうだ。
温かくなり始めたとは言え、まだ季節は冬の装いを解いていない。
呆れたような目線を波打ち際から送る僕をしり目に、彼女は冷たい冷たいと言いながら
けれども脚を引っ込める事無く、一瞬襲った鋭い痛みのような感覚をやり過ごすように笑うと、そのまま進んでいった。

('A`)「……悪いな、つき合わせて」
( ^ω^)「本当、『海を見たい』って言い出す人質も人質だけど、それを良しとする僕らも僕だお」
('A`)「…………はは。でもまあ、いい経験だろ」
( ^ω^)「いい経験……ねぇ。うん、くさい飯を食べれるってことがかお?」

近寄って来た友人に皮肉を言い、僕は砂浜に腰掛けた。体育座りしながら、水平線に視線を投げる。
まだ夜明け前の海岸線。海の向こうの東の空からは、潮騒と共に光の粒が押し寄せて来ていた。
ちょっと車の様子を見てくる、と言い残して沖に上がった友人を会釈で見送る。



886: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:08:57.20 ID:sPhKgVFx0
 
一人になると、眠気が襲ってきた。

砂の粒が服の中に入ってくるのも厭わず寝そべると、「ちょっと」と少し離れたところから声をかけられた。

( ^ω^)「なんだおー」
ξ゚听)ξ「私ね、ルパンになりたかったの」
( ^ω^)「…………」
ξ゚听)ξ「反応薄くない?」

急に何を、と思うのも忘れ、僕は彼女の言葉を考える。なんだルパンって。いや、皮肉か。それは。

( ^ω^)「別にだお。でも、何でルパン?」

肺いっぱいに空気を吸い込むと、鼻の奥がツンとした。波風はしょっぱい。
僕は手をついて上身を起こした。波打ち際にお嬢様と二人。

ξ゚听)ξ「カリオストロの城でさ、ほら最後のシーン」

胸の前で両手を組んだお嬢様。
尻にひいた砂が、冷たく冴えていた。

ξ゚听)ξ「いえ、おじ様は何も盗んでいません」

あー僕も知ってるお。何とか姫の言葉だ。口の動きだけで相手に伝えた。
一歩一歩、ゆっくりだが確実に近寄ってくるお嬢様。

( ^ω^)「いえ、奴はとんでもないものを盗んでいきました」

座りながら、僕は答えた。僕の足元で歩を止めた彼女を、僕は必然的に見上げる形になる。



888: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:10:41.84 ID:sPhKgVFx0
 
ξ゚听)ξ「「あなたの心です」」(^ω^ )

決め台詞は二人一緒に言った。……おおう。

( ^ω^)「どう考えても今のは僕の台詞だお」
ξ゚听)ξ「わけてよ、けち臭い」

どっちがだ。ため息交じりに言い、天を仰ぐ。
素敵なセリフだお、と僕は言った。素敵なセリフね、と彼女が言った。
ざざん、ざざんと規則的に波打ちの音が聞こえる。僕は幾分かのんびりとした気持ちで言った。

( ^ω^)「何で僕らに誘拐されたんだお?」
ξ゚听)ξ「あんた達が私を誘拐したからじゃないの?」

( ^ω^)「…………そういうことじゃなくて、」
ξ゚听)ξ「ま、家の捜索力を持ってすれば、ものの数分であんた達が蜂の巣なのは事実よ」
( ^ω^)「…………」

無言を返した僕に、彼女はとても言いにくそうに切り出した。

ξ゚听)ξ「――――ねえ。もしも。もしもよ」

ゆっくり言葉を選ぶように、伝えてくる。
皆目見当もつかないような言葉だったが、彼女が次に言った言葉に、僕はどうしようもなくひっかかりを覚えたのだ。

ξ゚听)ξ「私の体が誘拐されるよりも早く、私の心が誰かに誘拐されてたって言ったら、どうする?」



890: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:12:08.14 ID:sPhKgVFx0
( ^ω^)「…………」
ξ゚听)ξ「それも、たった一度。お祭りですれ違って話をしただけの男に、よ」

そりゃ、体が誘拐されれば柄にもなくはしゃぐわ、と控え目に笑った『お嬢様』?
……僕は。まさか。いや。でも。

( ^ω^)「――デレ?」

僕は名を呼んだ。彼女は答えなかった。波打ちの音がする。
数秒間の無言の末、彼女が言った。けれどもそれは、僕が望んだ言葉ではなかった。

ξ゚听)ξ「ありがとう。でも私、やっぱりルパンにはなれないわ」

顔を綻ばして笑う彼女に僕は手をのばす。
彼女はスッ、と、猫のようなしなかやな動きで僕の横を通って行った。
その後ろ姿を追うようにぐるりと首をまわした僕の視界に飛び込んできたのは、


(;;^ω^)「…………!?」


肩をすくめながらやれやれと首を振る友人と、友人を取り囲む何十人かの人影。
そして空から降りてくる一機のヘリコプターだった。

だから僕は、全てを知ったのだった。



893: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:14:55.67 ID:sPhKgVFx0
―――――


被害者の計らいにより、彼らが起こした一連の誘拐事件は、不問に付されることとなった。
警備会社もその傘下に加えているVIPコーポレーションとしても、
社長の娘が誘拐されたなどと言うスキャンダルを世に出すことはまかりならぬという事である。


――誘拐計画の首謀者が誰であるのかを知った上での末の決断かは、神のみぞしる。


―――――

所と日は変わって、ある男の玄関前。
きちんとした正装に身を包む初老の男性と対峙しながら、
よれたTシャツを着た、大学生くらいの男は素っ頓狂な声を上げた。

('A`)「誘拐計画ゥ?」

/ ,' 3 「そうです。どうも……お嬢様があなたのご友人――内藤ホライゾン様でしたかな?
 とにかく、藻川ドクオ様。貴方のご友人に恋をなされたそうでしてね。
 長年運転手をしていたワタクシの親心……と申しますか。
 お嬢様に想いだけでも伝えて頂けないものかと思いまして。まあ、ワタクシの独断でございますが」

('A`)「……悪いが帰ってくれ。なんだ、人の家に来たと思ったら言うに事欠いて誘拐しろだと!」

/ ,' 3 「…………報酬は、これ位でいかがですかね」

('A`)「喜んで!!」



894: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:19:27.01 ID:sPhKgVFx0
お金が欲しかったから。
スリルを味わいたかったから。

行動理由なら、いまこうしている間にもどんどんと出てくる。

それは社会的に『正しい』と到底言えることではないのかも知れないけれど、
それに異議を唱えず従った時点で、(少なくとも自分。ドクオにとっては。)それは取るに足る理由となったのだ。



始まりはここから。



――


とにもかくにも某月某日。
そろそろ春の訪れを感じさせるとある冬の日。その日は実に、いい誘拐日和であった。

ルパンがクラリスで、クラリスがルパンであるのは――

この際、ご愛敬として頂きたい。


            おわり



895: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 18:21:10.33 ID:sPhKgVFx0
・あとがき
今日の十二時ラノベ祭りの存在をしり、今日の十四時絵を見た。
ピピーンと来た。だから書いた。楽しかった。出来はあえて言わない。
そして書き終わってからもう先約ってかこの絵で先に書いていた人がいたことに気づく。俺は突っ伏して泣いた。

ここまで読んでくれてありがとうございました。
祭りは続く。みんな頑張れ



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