( ´_ゝ`)兄者には大事なものがあるようです

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:05:46.69 ID:3Jog3TQD0

これは僕が聞いた中ではもっとも恐ろしい、身の毛もよだつ話だお。

高校の頃の僕の友人の友人、確かツンデレってあだ名の女の子だったお。

その子はうちの高校、と言うより高校生にしては珍しく、家の事情で一人暮らしをしてる娘だったんだお。

(女の子が? それはどういう事情?)

それは知らないお。っていうか、話してる最中なんだから口はさむなお。

まあ、とにかくその娘は一人暮らしをしていていたんだけど、不思議なことにアパートを何度も何度も変えるんだお。

住み始めて三か月で引っ越したと思ったら、今度はひと月足らずで別のアパートに引っ越す、って具合にだお。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:06:55.35 ID:3Jog3TQD0

で、僕の友人がなんでそんなに頻繁に引っ越すのか? って聞いたら、

どこに行っても見えるのよ、って言ったらしいお。

見えるって何が? と聞くと、幽霊が、って。

(パターン通りね)

うるさいお。それである日のこと、三か月以上同じアパートに住んだことがなかったツンデレだったけど、

あるアパートに住み始めてからついに半年が経ったんだお。

これには友人も喜んで、ついに幽霊が出ない快適なアパートを見つけたのかって聞いたんだお。

そしたら



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:09:43.06 ID:3Jog3TQD0

ξ゚听)ξ「うん、快適快適。でもそろそろ引っ越そうかなあ」

なんて言って。ツン、引っ越しがくせになってるな? って友人は笑ったらしいお。

その瞬間、ツンデレの口があんぐり開いて、中から茶色く変色した、それこそ枯れ木のような腕がずるりと出てきて、

よくわからない透明の液体を滴らせたんだお。

そいつはそのまんま、腕だけの全身を晒すと、ぬらぬらと這って外に出て、それっきり。

後々、ツンデレに話を聞いてみると、ここ半年ほどの記憶か無かったそうだお。

きっとあの腕がツンデレの中に住んでいて、ツンデレの体を借りていたんだお。

住んでるつもりが、住まわれていたんだな、って話だお。

これで僕の話は終わりだお。ろうそく、消すお。

ふっ……



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:12:43.41 ID:3Jog3TQD0

揺らめいていた炎が消え、ひとすじの煙が立ち上る。
残っている蝋燭はあと一本。ようやくここまで来たのかと思うと感慨深い。

その揺らめきを眺めていると、不意に明かりが灯った。
内藤が電気をつけたらしい。

( ^ω^)「やっと99話目終わったお。感想聞かせろお」

('、`*川「いまいち」

(´・ω・`)「ディティールが分かりにくい」

( ´_ゝ`)「怖い話する時までだおだお言うな」

(;^ω^)「ひどっ! でも、しょうがないだろお、もう25話も話したんだからこんな話しか残ってないお!」

内藤の言い分はもっともだが、茶化しでもしないと間が持たない。
百物語をやろうと発案したのは俺だったが、まさかここまでグダグダになるとは思っていなかった。
途中休憩を数回挟んだのがいけなかったのだろうか、
それともネタが切れて怖い話の本を求めてコンビニに行ったのがまずかったのだろうか。

( ´_ゝ`)「ま、ともあれようやくここまで来たな。みんなご苦労さん」

( ^ω^)「めちゃくちゃ時間かかったお」

(´・ω・`)「早く100話目やらないと、夜が明けちゃうね」

('、`*川「100話目は発案者の兄者くんね。最後くらいビシッと決めてね」



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:14:31.99 ID:3Jog3TQD0

( ´_ゝ`)「ウィームシュウ。この百物語のオオトリを務めまするは我らが兄者つまりこの俺です。皆さん盛大な拍手を!」

( ^ω^)「けっ」

(´・ω・`)「けっ」

('、`*川「けっ」

( ´_ゝ`)「なん……だと……俺たちはVIP大学を代表する仲良し4人組じゃなかったのか……?」

('、`*川「いいからとっとと話しなさいよ。このすっとこどっこい」

( *´_ゝ`)「ああん。もっとなじってえ」

(´・ω・`)「これはきもいね」

( ´_ゝ`)「よろしい。では話そうじゃないか。これは俺が体験した、俺の弟と妹の話だ」

( ^ω^)「兄妹、いたのかお?」

(´・ω・`)「聞いたこと無かったね」

( ´_ゝ`)「そりゃ言ったことがないからな」

('、`*川「ふうん。で、話は怖いの?」

( ´_ゝ`)「いや、どうかな。多分少し不思議かなって程度の話だ」
      
( ´_ゝ`)「さて、じゃあ始めるから電気消してくれ。これも、俺が高校生の頃の話だ」



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:16:48.52 ID:3Jog3TQD0

あらかじめ言っておくと、話は3年前の夏祭りから始まって、2年前の夏祭りで終わる。
俺が17歳から18歳になる頃の話だな。さっきも言ったが、これは俺が体験した本当の話だ。

(僕たちが今まで話したのは、聞いた話や本をそのまんま読んだ話ばっかりだったお)

(うん、本人の体験談は初めてだね)

そうだな。でも今までの話と比べて何か特別ってわけじゃない。
ひょっとしたらただのありふれた話かもしれない。それって言ってる本人には分からない話だよな。

でもまあ聞いてくれ。どうせこれで百物語は終わりだ。

3年前、というか、今年からこっちで一人暮らしを始める前まで、俺は結構な田舎に住んでたんだ。
本当に何もないところでな。未だに24時間営業のコンビニはないし、新刊の漫画はずいぶん遅れて入荷される。
村に一個だけあるひなびたゲーセンには、今はやりのオンライン対応のゲームは一個もない。
なんていうか、そんなところだ。

つまり娯楽に乏しいんだな。

だから地元っ子にとって夏祭りってのは重要なイベントだったんだ。
娯楽的な意味でな。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:19:05.12 ID:3Jog3TQD0

3年前の夏祭り前、俺はそりゃもうワクテカしてた。
そりゃそうだろう。俺は彼女がいなくて、男子高校生で、色々もてあましてたんだから。

( ´_ゝ`)「ククク……今年のしぃちゃんの浴衣の色は桃色……クーは藍色……と」

(´<_` )「流石だな、兄者。夏祭りへ向けての予習に余念がない。致命的なことする前に早めに逮捕されてくれ」

(#´_ゝ`)「なんだとうっ!?」

俺と弟は顔がそっくりだった。なんせ双子だからな。
でも不思議なことに弟者は女の子によくもてた。俺はもてないのに。
これは田舎の女どもがアーバンな俺の魅力に気付かなかったのが原因だと考えられる。

(違うお。兄者は都会に来てももててないお)

黙れっ!
で、だ。
田舎で不遇時代を過ごす俺と、ささやかなリア充もどきな生活を送る弟の弟者だったんだが、
対照的な二人には、共通したすごくすごく大事なものがあったんだ。
大げさかもしれないが、自分たちよりも大事なものが。

l从・∀・ノ!リ人「二人とも喧嘩しちゃダメなのじゃー」

それが10歳年の離れた俺たちの妹、妹者だ。



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:21:13.64 ID:3Jog3TQD0

( ´_ゝ`)「喧嘩イクナイ」

(´<_` )「オレタチナカヨシ」

l从・∀・ノ!リ人「よかったのじゃ!」

こんな風に、喧嘩しそうになっても妹者が間に入ったらすぐやめてたな。
心の中じゃ「オレ オマエ マルカジリ」とか思ってても、もう口には出さなかった。

( ´_ゝ`)「ところでどうしたんだ妹者。なんぞ用事か?」

妹者が俺たちの部屋に来るのは珍しいことじゃないけど、妙に浮かれた様子だったから、俺は聞いた。
そうしたら妹者はぷうと頬を膨らませて、弟者はやれやれと肩をすくめたんだ。

l从・∀・ノ!リ人「おっきい兄者ひどいのじゃー!」

(´<_` )「兄者の目は節穴だ。にぶちん乙」

あの時はひどい言われようだったな。

l从・∀・ノ!リ人「妹者の妖艶な装いになんか一言ないのかー!」



12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:22:42.83 ID:3Jog3TQD0

装い? とばかりに妹者の着ている服に目をやると、
妹者は白い浴衣を着てたんだな。表は真白でシンプルなんだが、袂から見える裏地が綺麗な緋色で、
見るからに母者の力作だってのが分かった。

つまるところ妹者は夏祭り用の浴衣を俺たちに見せに来たんだ。
こういう時は言われる前に一言言うのがマナーだって、後から弟者に注意されたな。

( ´_ゝ`)「妹者かわいいよ妹者」

l从・∀・ノ!リ人「遅いのじゃ! おっきい兄者なんて知らないのじゃ!!」

妹者はぷいっとむくれて横を向いちまったんだが、

(´<_` )「よく似合ってるよ妹者。母者に作ってもらったのか?」

l从・∀・ノ!リ人「そうなのじゃ。去年のは小さくなって着られなくなったのじゃ」

弟者が褒めるとすぐに機嫌を直したんだ。これには俺もびっくり。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:25:00.02 ID:3Jog3TQD0

(´<_` )「そっか。成長期だな。妹者もすぐに大人になるな」

( *´_ゝ`)「ふふ……成長期……」

(´<_` )「おっと、変態ちっくな妄想はそこまでだ」

とにかく夏祭りが近くて、俺たちのテンションは上がりっぱなしだった。
そして俺たちは三人で夏祭りを回る約束をしたんだ。

( ´_ゝ`)「楽しみだな(主に浴衣の女の子が」

l从・∀・ノ!リ人「楽しみなのじゃー(主にわたあめが」

(´<_` )「ああ、楽しみだ(主にカステラ焼き通称『ちんちん焼き』が」

その年の夏祭りが、俺たちが三人一緒に回った最後の夏祭りだったんだが、
この時はあんなことになるなんて、本当、想像もしてなかったな。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:27:25.92 ID:3Jog3TQD0

そして夏祭りの当日のことだ。
夏祭りは毎年八月の初めくらいに、田舎らしいちょっと大きめの神社で行われるんだ。
神社の敷地内は言わずもがな、普段は駐車スペースにもなる広い砂利敷きの上にまで屋台が立ち並び、
周辺の人間が総出でひしめいていた。

俺たち三人ははぐれそうになりながらも屋台を回った。
何の話してるのかわからなくなるくらい、真剣にな。

l从・∀・ノ!リ人「あ、かき氷なのじゃ!」

(´<_` )「兄者、こちら弟者、かき氷屋を捕捉した。一杯300円だ。送れ」

( ´_ゝ`)「こちら兄者。入口付近に一杯250円のかき氷屋があったはず。要確認されたし」

(´<_` )「こちら弟者。把握した。確認が済み次第三人分のかき氷を調達する。兄者がメロンで妹者がイチゴ、よろしいか?」

( ´_ゝ`)「こちら兄者。異存なしだ。健闘を祈る」

l从・∀・ノ!リ人「おっきい兄者とちっちゃい兄者はさっきから何をぶつぶつ言っているのじゃ?」

( ´_ゝ`)「この戦場を生き抜くための作戦会議さ」

(´<_` )「ちょっと行ってくる。二人ともここを動くなよ?」

バラけるのは不安だったが、効率を考えるとそうもいかなかった。
小さい妹者を連れて戻るのは、ちょっと時間がかかりすぎるし、そっちの方が不安が大きかったからな。

ほどなくして弟者は戻ってきた。メロンとイチゴと、ブルーハワイのかき氷を抱えてな。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:29:31.97 ID:3Jog3TQD0

他にもいろいろ食べた。たこ焼き、焼きそば、牛串焼き、弟者が妙に喰いたがったちんちん焼きとかな。
ちんちん焼き。俺もあのネーミングは好きだな。

食ってる最中にも顔見知りの連中に会った。こんな感じだ。

(*゚ー゚)「あ、弟者くんだ。一緒に回らない?」

(´<_` )「ごめんよ」

川 ゚ -゚)「弟者か。一緒に回るぞ、来い」

(´<_` )「悪い、兄者の面倒見なくちゃいけないから」

弟者のやつ、片っぱしから袖にしやがったんだ。あれは羨ましかった。男である以上一度はやってみたい。

( ´_ゝ`)「つーか、俺の面倒ってなんぞ?」

(´<_` )「兄者の面倒を妹者一人に見させるわけにはいかないからな」

l从・∀・ノ!リ人「一人だと大変なのじゃ」

(#´_ゝ`)「キーッ! 何この子たち!」

その時俺の肩がとんとんと叩かれたんだ。「兄者」なんて可愛らしい声付きでな。

( *´_ゝ`)「何かこのナイスガイに用事かい!?」



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:31:17.93 ID:3Jog3TQD0

lw´‐ _‐ノv「兄者……米」

俺の肩を叩いたのは有名な変人だった。可愛らしい顔をしてるのにもったいない、って評判の娘だった。
確か黒の中に赤い花を散らした浴衣を着てたな。よく似合ってた。

( ´_ゝ`)「はあ」

lw´‐ _‐ノv「受け取れ」

中身は詰まってるが、意外と軽いナイロン袋を渡されたんだ。

( ´_ゝ`)「なんぞこれ」

lw´‐ _‐ノv「これは油揚げと言うものだ」

米ですらなかった。その娘は満足げにかんらかんらと笑って、去って行った。
なんだったんだろうな? あ、一応言っとくと、不思議な話ってのはこのことじゃないぜ?
不思議な娘だったけどさ。

この後起こることを予言してるような、そうじゃないような。

あ、そうだ、油揚げは一切れを除き、後日母者がおいしくいただきました。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:33:06.76 ID:3Jog3TQD0

食うもの食ったら、次は遊びだ。
金魚すくい、射的、あと俺たちは屋台のチープな玩具を見るのも好きだった。
くじ引きでしょうもない抱っこちゃん人形を引き当てたり、ヨーヨー釣りで記録的な数を釣りあげたりした。
でも、大量にはいらないから、そこらにいたガキに分けてあげたりな、そういうことをしてた。

時間が経つにつれ、人も少なくなってきた。
さっきまでにぎやかだった場所が、少しずつ静かになっていく様は、少しだけ悲しい。
でも俺たちは遊び倒す気でいたから気にせずのほほんと残ってたんだな。

そして俺たちは奥まった場所に、誰にも気づかれないようにひっそりと立つお面屋を見つけたんだ。

俺たちが品物を見始めると、その屋台の、ちょっと暗い感じのあんちゃんはにっこりと笑ったんだ。
こんな場所に立ててあっても、やっぱりお客さんには来てほしかったんだろうな。

('A`)「安くしとくから買ってってちょ」

気さくに言うんだが、どうも雰囲気がよくない。
お面屋ってさ、目が空洞になった顔がずらって並んでるじゃないか。
この店のお面はキャラクターものじゃなくて、誰かが手製で彫ったような本格的なお面屋でさ。
この寂しい雰囲気も相まって、それがすごく不気味で、俺と弟者は買わずに立ち去ろうと思ってたんだ。
でも、妹者は妙に気に入ったみたいで。

l从・∀・ノ!リ人「あ。あれがいいのじゃ」

白塗りに赤い隈取みたいな模様の入った、狐面を指差したんだ。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:35:08.63 ID:3Jog3TQD0

('A`)「あ、悪い、あれ売り物じゃないんだ」

確かにその狐面は店の中でも売り物とは別の所で、ちょっと俺は一味違うぜって顔して、飾られてた。
実際、見事なお面だった。俺にはお面の価値はわからないけど、
とにかく不気味で、それが物の美しさを引き立てていて、好事家に見せりゃ大喜びするような作りだったな。
こういうのを隠花植物の美しさって言うんだってな。暗い影の中にあって初めて輝く美しさ。

(´<_` )「残念だったな妹者。さ、ジュースでも飲んでそろそろ帰るか」

弟者はこの場から妹者を引き離そうと思ったんだろうな。
それは多分正解だったんだろうと思うけど、まるで意味のないことだったのかもしれない。
この世の半分以上は分からないことで出来てるんだな。
この先はそのつもりで聞いてくれ。

('A`)「売り物じゃないから、あげるよ、お嬢ちゃん。ぷれぜんと・ふぉー・ゆーだ」

あんちゃんはぎこちない英語でそう言ったんだ。これには一同唖然。

(´<_` )「いいんですか? あれ高そうですけど」

('A`)「いんだよ。実はあれだけ俺が彫った面でさ。気にいってもらえたんなら、むしろ持ってってもらいたい」

あんちゃんは狐面を手に取ると、愛おしそうに表面を撫でた。

('A`)「これにはモデルがいるんだ。この神社の裏手に棲んでいるキツネ。よかったら挨拶してってくれよ」



22: 猿怖 :2008/08/30(土) 21:51:25.40 ID:3Jog3TQD0
この神社の周りは広い森になっている。
川も流れていて、拳大のカエルが大量に出るという話は聞いていたが、キツネと言うのは初耳だった。

( ´_ゝ`)「良かったな、妹者」

俺は素直に貰うことにした。弟者はいまいち腑に落ちない顔をしていたが、妹者が嬉しそうだったから何の問題もないと思ったんだ。
さっそく妹者は面をかぶった。大人用のサイズだったんだろうな、妹者の顔に対して見事に二廻り以上、面はでかかった。

l从・∀・ノ!リ人「ぶかぶかなのじゃー……」

妹者は残念がったけど、俺は驚いていた。
あんまりにも面は妹者に似合っていたんだ。白地と緋色の裏地の浴衣に、狐面の存在は驚くほど合致していた。

( ´_ゝ`)「うん、でも、いいんじゃないか?」

自然とそんな言葉が出ていた。

(´<_` )「ああ、それに妹者は成長期だから、すぐにぴったりになるだろ」

弟者も同じ感想だった。お面屋のあんちゃんは満足げに頷くと、店じまいの準備を始めた。
そろそろ祭りが終わる時間になってきたんだ。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:52:49.93 ID:3Jog3TQD0

夏休みとは言え、妹者が夜更かしできるのはこの日だけだ。
せっかくなので俺と弟者は出来る限り妹者を遊ばせてやりたかったが、屋台が閉まるんじゃ仕方がない。

俺たちは閉店ぎりぎりのカクテルを売っている屋台で、ジュースを買った。
スピリタスに青い液体を混ぜた綺麗なカクテルも売っていたが、さすがに自重した。

(青いのは多分ブルーキュラソーだね)

さすが学生兼見習いバーテンダーショボン、補足サンクス。
俺たちが買ったのは「シンデレラ」ってジュースカクテルだ。柑橘系の酸っぱさをパイナップルジュースの甘さがほどよく中和してた。
俺たちはそれを神社の境内で飲んでたんだ。

透き通るような夜空が綺麗な晩で、まんまるに近い月が怖いくらいだったのを覚えてる。

さっきのお面屋のあんちゃんの話のせいか知らないが、弟者は妙に森を気にしてた。
俺に似て案外小心者なんだ。女の子の誘いを断るのもそのせいだと俺は思ってる。

俺はぼんやりと月を見ていた。
あそこに何があるんだろうか。こことあっちじゃ、どっちがいいところなんだろうか。
そんなことを考えながらな。



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:54:50.54 ID:3Jog3TQD0
その時、森の方でがさっと音がして、何となく俺は目線を下げたんだ。

(´<_`;)「……いたな」

l从;・∀・ノ!リ人「いたのじゃー……」

二人は唖然として、何もない真っ暗な森を見ていた。

( ´_ゝ`)「何がいたんだ? 幽霊?」

(´<_` )「いや……キツネだよ。本当にいたんだな」

l从;・∀・ノ!リ人「びっくりなのじゃ」

( ´_ゝ`)「またまたー」

二人とも影響受けすぎー、くらいの気持ちで、俺は言った。
そうしたら弟者がムキになって。

(´<_` )「よーし。写メでも撮って来るからちょっと二人はここで待ってろ。動くなよ?」

弟者の携帯は強いライトがついてたから、確かに暗闇でも問題なく写真が撮れる。
まあ、見つからなくてもすぐに戻って来るだろう、と俺は思って。
ついでに洒落で、さっき貰った油揚げを一切れ弟者に渡した。

(´<_` )「行ってくる」

弟者はざかざかと森に分け入り、やがて見えなくなった。
繰り返しになるが、
さっきかき氷を買ってきた時みたいに、弟者はすぐに帰って来るだろうと、俺はそう思ってたんだ。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:55:56.14 ID:3Jog3TQD0

弟者はなかなか帰ってこなかった。
しばらく俺たちは(言いつけを破って)境内をうろうろしてたんだが、
そのうち妹者がうずくまって、その場を動かなくなったんだ。

(;´_ゝ`)「妹者!? 大丈夫か!?」

l从;・∀・ノ!リ人「頭……痛いのじゃ……」

妹者の顔は月明かりにも分かるくらい真っ青だった。

(;´_ゝ`)「夜更かししすぎたか? 弟者には悪いが、帰るぞ、妹者」

俺は手早く弟者に事情をメールすると、返信を確認する間もなく、妹者を背負って家に走った。
家に着くころには、妹者はぐったりとしていた。
眠っているって感じじゃなかった。とにかく、全身から力が抜けきってる感じだった。

母者にはこっぴどく叱られたな。こんなになるまで連れまわすなんて何考えてるんだ! ってな。
妹者は布団を敷くなり倒れこむようにして眠ってしまった。
無茶させてすまなかったな、と思った。

その後もこってり3時間は正座で説教を聞いてたな。
その間も、弟者からの返信はなかった。
母者の説教が終わっても、弟者は帰ってこなかった。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:57:37.47 ID:3Jog3TQD0
翌日には大騒ぎだ。流石の家の出来のいい方が消えたってな。失礼な話だ。
普通の子どもなら他愛もない家出と思われて、しばらくは放っておかれるんだろうけど、
うちの弟者は外面が異様に良かったんだな。すぐに町内会で森周辺の捜索を始めた。

けど弟者は見つからなかった。
母者が単身で捜索しても見つからなかったんだ。
この世にはいないんじゃないかなんて、物騒なことを言う奴もいたな。

( ´_ゝ`)「んなわけあるかい」

俺の弟だぞ? そんな簡単にくたばるかよ、と俺は思ってた。
実際そんなに心配もしてなかった。弟者が帰ってこないのは、それなりのことがあったんだろうとは思う。
でも弟者のことだから、それなりのことなんか自分で何とかして、わりとすぐに帰って来るんじゃないかと、そう思ってた。

むしろ俺は妹者が心配だった。
妹者は夏祭り以来、高熱で毎日うなされていた。
医者には見せたが、風邪だと思う、というような曖昧なことしか言わない。

( ´_ゝ`)「んなわけあるかいその2だ」

こんなに苦しんでるんだぞ! と怒鳴りつけても、まったく効きやしない薬を三日分くれるだけ。
俺と母者は焼いたネギやら梅干しやら、つまらない民間療法に頼ってみたりもしたが、やっぱり効果はなかったな。

そうして夏休みが終わろうとしてた。弟者は相変わらず行方が知れない。
妹者は可哀そうに、布団から満足に起きることもできない。

妹者の部屋には夏祭りで貰った狐面が飾ってあった。
おいキツネさんなんとかしてくれよ、と俺は毎日のように思ってたな。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 21:59:09.21 ID:3Jog3TQD0

学校が始まってから、俺は少しだけ嫌な思いもした。
俺と弟者は同じ学校で、リア充の弟者と非リア充の俺じゃ存在感がダンチなんだな。
弟者がいなくなって、どことなく沈んだように見える学校の雰囲気の中で、やっぱりチラリと聞こえてくるんだよな。

「あーあ。弟者じゃなくて、兄者だったらな」

へこむよな。こっちは身内が二人も大変な目にあってるってのにな。
だけど、こんなこと言われてもへこんでる場合じゃなかった。
弟者が帰ってきたらノートを見せてやろうと思って、普段は取らないノートをせっせと書いたりな。

余談だけど、結構レベル高いうちの大学に、不真面目な俺が受かったのは、
やっぱりこの時からの頑張りが大きいんだと思うな。

けど、ノートは見せる相手もなく、どんどん溜まっていった。
成績は上がったけどな。あんまり嬉しくはなかった。
季節は秋が来て、冬が来て、春が来ようとしてた。



31: 試し :2008/08/30(土) 22:34:59.96 ID:3Jog3TQD0

春になったらクラス替えで、俺はなぜか特別進学クラスにいた。
うちの高校じゃ一番優秀な奴らが入るクラスだ。
本当なら弟者もここにいたんだろうなって思うと、ちょっと哀しくなった。

弟者は休学って扱いになってた。
戻ってきたらもう一度高校二年生をやり直さなきゃいけないが、仕方ないだろうとは思う。

妹者も小学校をずっと休みっぱなしだった。
原因不明の高熱は、実際のところ二ヵ月くらいで引いていた。
今までの高熱が嘘みたいに、台風が一晩で過ぎ去るような呆気なさで熱は下がったんだ。

でも、熱が引いたら今度はやたらとぼんやりするようになった。
明るかった妹者だったけど、喋ることはほとんどなくなって、だんだんだんだん人間味っていうのかな、そういうのが失われていった。
ついには殆ど部屋から出てこなくなったんだ。

今思えば、虚ろな目はここではないどこかを見ていたんだと思う。

l从 ∀ ノ!リ人「……」

だから妹者は、この時になってもまだ、狐面の飾ってあるあの部屋で独りぼんやりとしていたんだ。



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:37:36.95 ID:3Jog3TQD0
ところで、夏祭りで俺に油揚げをくれた女の子を覚えてるか?
変人で有名だって娘だ。
優秀な連中揃いの特別進学クラスの中に、彼女がいたんだな。

lw´‐ _‐ノv「ども」

( ´_ゝ`)「よろ」

奇しくも隣の席だった。
最初は特に会話もなかったけどな。
あの時何で油揚げをくれたんだって聞いても、もう覚えていないだろうから。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします [花園テラウザ] :2008/08/30(土) 22:39:08.18 ID:3Jog3TQD0

三年に上がっても、生活は特に変わらなかった。
もちろん進学クラスに上がったのだから大学受験に向けた勉強はちょこちょこやってたけど、
特に塾に通ったりはしなかった。妹者が心配だったからな。なるべくそばに居てやりたい。

だから学校が終わればまっすぐ家に帰り、妹者の様子を見ながら少し勉強をする。
そんな生活だった。去年の夏祭りまで俺は不真面目で、友達づきあいもわりに良かったんだが、
友達だったそいつらもだんだん離れていったな。

でも、そのことには何の不満もなかった。
妹者が元気になって、弟者が帰って来てくれればそれでよかった。

lw´‐ _‐ノv「つかれてそう」

隣の席の娘がそんなことを言ったのは、春と夏の境目くらいだったな。

( ´_ゝ`)「疲れてなんかいないぞう」

俺は無理やり胸を張った。いや、実際は疲れてたんだけどな。
妹者のこと、弟者のこと、俺のこと。
その頃の俺には、考えなきゃいけないことがあまりにも多かったんだ。

lw´‐ _‐ノv「そっちじゃなくて、いやそっちもだけど、今の兄者は憑かれてそう」

( ´_ゝ`)「へ?」

何を言い出すんだこの娘はって、俺は一瞬口が開けっぱになっちまった。すぐに締め直したけど。



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:40:33.59 ID:3Jog3TQD0

lw´‐ _‐ノv「お家大変そうだね?」

( ´_ゝ`)「べっつにー」

本当に辛い時って無意味な虚勢を張りたくなるよな。
それはやっぱり分かりやすい無意味な虚勢で、その娘にはばればれだったんだ。

lw´‐ _‐ノv「ふふん。そういうことにしといてやろう。今はな」

妙に偉そうだったんだけど、あれは多分心配してくれてたんだろうな。

( ´_ゝ`)「ふんっ! あんたには関係ないんだからねっ!」

実際そうだったんだけどな。でも、だからこそ、その娘の言葉は嬉しかったな。

家に帰ると妹者は相変わらず焦点の合わない目で中空を見ていた。
俺は反応がないって解りながらも妹者に話しかけたり、口におかゆを運んだりしてた。
そう、妹者は一人じゃ満足に食事もできなくなってたんだ。

日を追うごとに悪くなる。母者に世話を任せっぱなしにはできなかった。

そしたら、妹者がぼそりと言うんだ。

l从 ∀ ノ!リ人「キツネ……」

本当につかれてるんじゃないかって、俺は心配になった。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:42:19.54 ID:3Jog3TQD0

それからちょくちょく隣の席の娘とは話すようになった。
と言っても向こうからよく分からないボールが飛んでくるだけで、
まともなキャッチボールなんてできてなかったけどな。

lw´‐ _‐ノv「兄者は米は好きか?」

( ´_ゝ`)「まあ普通」

lw´‐ _‐ノv「だったら米米クラブに入ろう。一緒に浪漫飛行でin the skyしよう」

( ´_ゝ`)「嫌だ」

だいたい夏休みが始まるまでそんな感じで過ごしてた。
家では妹者の世話。学校では変人の相手。頭の中では弟者の心配。
でも、だんだんその日々にも慣れていった。どんな状況にだって、人間って慣れるもんなんだって、少し驚いた。

だけど、慣れないこともあった。
終業式の日、その変人に夏祭りに誘われたんだ。

lw´‐ _‐ノv「回らないか夏祭り一緒に」

( ´_ゝ`)「ごめん。妹者の世話をしないと」

俺は断った。本当はそんなにべったり張り付いてる必要はないんだけど、
やっぱり妹者を残して自分だけ楽しむのはよくないと思ったんだ。

lw´‐ _‐ノv「妹者ちゃんも弟者も心配なんだね」



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:44:12.29 ID:3Jog3TQD0
( ´_ゝ`)「ああ。誘ってもらえて嬉しかったけど、妹者と弟者が一緒じゃないと俺は行けない」

lw´‐ _‐ノv「ねえ、妹者ちゃんと弟者、どっちが心配?」

妙なこと聞く奴だと思った。

( ´_ゝ`)「そりゃ妹者かな。弟者も心配っちゃ心配だけど」

lw´‐ _‐ノv「大事なんだ?」

( ´_ゝ`)「大事だよ」

lw´‐ _‐ノv「自分と妹者ちゃんだとどっちが大事?」

俺は迷うことなく答えた。決まってるじゃないか。

( ´_ゝ`)「妹者」

lw´‐ _‐ノv「ふうん。流石だな、シスコン」

驚いた様子もなくその娘は続けて言ったんだ。

lw´‐ _‐ノv「じゃあ自分と弟者だとどっちが大事?」

( ´_ゝ`)「うーん……」



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:45:17.71 ID:3Jog3TQD0
その質問にはどっちとも答えられなかった。
別に自分と答えたら体裁が悪いとか、そういう見栄を張ったわけじゃない。
ただ、純粋に分からなかったんだ。

ただ、この質問、弟者だったらどう答えるんだろうってのは、気になった。

( ´_ゝ`)「パス1」

lw´‐ _‐ノv「パスは認められません。罰ゲームッ!」

( ´_ゝ`)「なんだよ」

lw´‐ _‐ノv「妹者ちゃん、早く良くなるといいね」

そう言って、その娘は罰ゲームの内容もさよならも言わずに帰っちまった。かんらかんらと笑いながらな。


夏休みに入るっていうことは、その時の俺にとっては、妹者と過ごす時間が増えるってだけのものだった。

l从 ∀ ノ!リ人「……」

物を言わない人形みたいな妹者の様子を見ながら勉強して、時折携帯のメールをチェックした。
弟者からのメールがあるんじゃないかって思ってたけど、やっぱり無くて、随分がっかりしたもんだった。

狐面は黙って壁に飾られてた。相変わらず日陰みたいに不気味で、花弁もないのに美しくて。
俺もどうかしてたんだろうな。その狐面が、まるで妹者みたいだって、少しだけ思ったんだ。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:46:59.42 ID:3Jog3TQD0
夏祭りの当日の早朝。隣の席の変人から一秒間だけ着信があった。
俺はその時寝ていて、気づいたのは随分日が高くなってからだった。少し迷ったけど、掛け直しはしなかった。

今年は母者も新しい浴衣は縫わなかったみたいだ。
感傷的になんかなってたまるかい、と本人は言っていた。
そうだろうな。誰も着ない浴衣を縫うことほど、哀しいことはない。

その日一日ばかりは俺もぼんやりしていたかった。
ついに一年経っちまったと思う。俺は弟者の声を一年聞いてないんだ。顔は鏡を見れば見れるのにな。
弟者の声が聞きたかった。一緒に妹者を良くする方法を考えてほしかった。

一年経っても俺には何も思い浮かばない。

やがて俺は眠ってたらしい。

夏祭りが終わった頃になって、長く続く着信音で目を覚ましたんだ。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:49:31.19 ID:3Jog3TQD0
( ´_ゝ`)「……」

信じられなかった。それは奇しくも弟者にメールを送ったのと同時刻だった。

着信は弟者からだった。

( ´_ゝ`)「もしもし?」

( <_   )「もしもし。俺だ」

( ´_ゝ`)「俺? 詐欺か?」

( <_   )「声、忘れたか?」

( ´_ゝ`)「忘れるかよクソ馬鹿野郎」

( <_   )「流石だな、兄者」

それは間違いなく弟者の声だった。一年ぶりに聞く弟者の声だった。

( ;_ゝ;)「お前どこにいるんだ!? とっとと帰ってこい! 帰ってこれないんならすぐ行くから場所言えよ!」

エンディングまで泣くんじゃないって有名なキャッチコピーがあるけどさ。名言だと思うな。
全然まだ何もかも解決してないのに、俺は弟者の声を聞いただけでほっとして泣いちまった。
泣くのはまだ早かったんだ。起承転結で言えば、これはまだ転かそのちょっと前だったんだろうな。

( <_   )「まだ帰れないんだ。けど兄者には来てほしいところがある」

神社の境内に来てくれと、弟者は言った。



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:51:47.65 ID:3Jog3TQD0
着のみ着のままで俺は家を飛び出して、神社の境内に向かった。
空は相変わらず透き通るように綺麗で、一年間時間が止まっていたんじゃないかって、俺は思った。
夏祭りからの帰り客が俺のことを不思議そうに見てたっけ。人の流れに逆らって全力で走るのは骨が折れることだったけど、全然苦にはならなかった。

弟者が待ってるんだからな。

そして俺は神社の境内に辿り着いた。
夏祭りはすっかり終わっていて、辺りには人影は見えなかった。

たった一つを除いては。

そいつは紙コップを二つ持って立っていた。
そいつは相変わらず陰気な雰囲気で、俺をじっと見て、やっぱりにっこりと笑ったんだ。

('A`)「よう。待ってたぜ。一年ぶりだな」

お面屋のあんちゃんだった。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:52:57.07 ID:3Jog3TQD0
( ´_ゝ`)「……弟者は?」

('A`)「ここにはいない。けど、お前次第ですぐに会える。こっちに来いよ」

お面屋は賽銭箱のしたの階段に腰を下ろした。隣に座れってことらしい。

( ´_ゝ`)「あんたが原因なのか?」

俺はお面屋の隣に腰を下ろしながら聞いた。

('A`)「ミステリー小説じゃあるまいし。何が原因とも一概には言えないよ」

( ´_ゝ`)「弟者は一年帰ってこなかった。妹者も、家にいるけどやっぱり一年間帰ってこない」

('A`)「事故みたいなもんだったんだよ」

お面屋は持っていた紙コップを一つ俺に渡した。一息に半分ほど飲むと、一年ぶりの懐かしい味がした。



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:54:39.94 ID:3Jog3TQD0
( ´_ゝ`)「12時を過ぎたらすっかり不幸になったよ。王子様も現れないし」

('A`)「ああ。ただしお前はシンデレラでもなければ意地悪な義理の姉でもない。俺も魔法使いのおばあさんじゃない」

( ´_ゝ`)「だれがシンデレラで、誰が魔法使いだったんだ?」

('A`)「さてね。好きに解釈してくれ」

( ´_ゝ`)「俺はどうしたら良いんだ?」

('A`)「さあな。ちなみに今のジュースには毒が入ってる。直に気が遠くなるよ」

言った通りだった。俺の意識はすぐにぐしゃぐしゃになった。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:56:03.41 ID:3Jog3TQD0
気がつくと上下左右があやふやな透き通った空間にいた。
足をつけるべき地はなくて、俺は空間を漂っていた。海の中にいるみたいであり、空の中にいるみたいでもあった。

( ∀ )「初めまして」

そいつが喋った。そいつがいつからそこにいたのかは分からない。そもそも本当にそこにいるのかもわからない。
空間が水晶みたいに透き通っているかわりに、対象はひどくぼやけて、霞んで見えた。
そいつは、そいつとしか言いようがなかった。

人間か狐か、判然としなかった。

( ´_ゝ`)「本当に初めましてなのか?」

俺は聞いた。自分の声だってのに、ひどく遠くから響くように聞こえた。

( ∀ )「あなたの妹さんとは会いました。弟さんとも会いました。もしかしたらあなたとも会っているかもしれません」

( ´_ゝ`)「さっきまで話していたような気もするし、やっぱり初めてなような気もする」

( ∀ )「私はひょっとしたらあなたのクラスメイトかもしれませんよ」

( ´_ゝ`)「もしかしたら母親かも知れないし、血を分けた弟妹かもしれない」

( ∀ )「ははは。何でもありですね」

( ´_ゝ`)「好きに解釈していいんだろ?」

( ∀ )「その通りです」



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 22:58:30.60 ID:3Jog3TQD0
( ´_ゝ`)「弟者はここにいるのか?」

( ∀ )「あなた次第です」

( ´_ゝ`)「そっか」

( ∀ )「あなたに選んで欲しいのです。つまり、妹さんを助けるか、弟さんを助けるか」

( ´_ゝ`)「助けるとはどういうことだ?」

( ∀ )「そのままの意味です。残念ですが、二人しか助かりません。速やかに選んでください」

( ´_ゝ`)「二者択一じゃないのか?」

( ∀ )「妹さんと弟さんに関しては二者択一です。選べばあなたも助かって、二人助かります」

( ´_ゝ`)「助からないとどうなるんだ?」

( ∀ )「助からないと、助かりません」

( ´_ゝ`)「なんだそりゃ。助からないと死ぬのか?」

( ∀ )「助かっても助からなくても死ぬときゃ死にます」

( ´_ゝ`)「うん。さっきからか、もしくは生まれてからずっと思ってるんだけどさ、お前って凄くイライラするよな」

( ∀ )「さあ、早く選んでください」



55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:00:16.31 ID:3Jog3TQD0
俺は考えた。すぐに答えは出た。妹者に決まってる。

でも俺の口から出た言葉は違った。

( ´_ゝ`)「弟者に選ばせることは出来ないのか?」

( ∀ )「はあ」

( ´_ゝ`)「弟者に選ばせろよ。俺には選べない」

( ∀ )「いいんですか?」

( ´_ゝ`)「選ばれても選ばれなくても、死ぬときゃ死ぬし、生きるときは生きるんだろう? 俺はどうでもいい」

( ∀ )「じゃ、そういうことで」

もしかしたら、心のどこかでそいつもこういう答えを期待してたんじゃないかって思った。
俺自身、弟者がこの選択にどういう答えを出すのか、少しだけ興味があったからな。

( ∀ )「あなたは直に目覚めます。ご苦労様でした」

( ´_ゝ`)「そうなのか」

( ∀ )「あなたの選択は非常に満足いくものでした。流石だな、××」

最後の言葉はうまく聞こえなかった。シスコンだがブラコンだが兄者だがそういう言葉だったような気もするし、
もう一つの、今まで思いつかなかった言葉だった気もするけど、それを知覚する前に俺に意識はぐちゃぐちゃになったんだ。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:02:00.52 ID:3Jog3TQD0


ところで。
そのぐちゃぐちゃの中で、俺は思ったんだ。

ここも随分寂しいところだったんだなって。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:03:29.66 ID:3Jog3TQD0
目覚めた時、俺の隣には誰もいなかった。
夜空は相変わらず綺麗で、一瞬も時間が経っていないようだった。

俺の片手には空っぽの紙コップがあった。
最初から何も入って無かったみたいに、コップには水滴一つ付いていない。

俺にはそれらがまるで。

( ´_ゝ`)「まるでキツネにつままれたみたいだな」

手の中の紙コップをぐしゃりと潰した。
半分残ったジュースがあふれ出たような気がしたが、
しかしもちろん空っぽだった紙コップからは、空気しか漏れてこない。

( ´_ゝ`)「一年ぶりだな」

俺は目の前に立っていた人物に声をかけた。
隣には誰もいなかったが、前には彼女がいたのだ。

彼女は一年前と同じ浴衣を着ていた。成長期だってのに、ちっとも袖が短くなっていやしない。
一年間、彼女の時間は止まっていたんだ。

l从・∀・ノ!リ人「……一年ぶりなのじゃ、おっきい兄者」

去年と変わらない白地に緋色の裏地の浴衣。右手にはあの狐面。

いよいよ結だった。でもあらかじめ言っておくと俺は泣かなかった。受け入れる準備はできていた。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:05:08.88 ID:3Jog3TQD0
( ´_ゝ`)「浴衣、よく似合ってるよ妹者」

l从・∀・ノ!リ人「おっきい兄者はいつも遅いのじゃ……」

( ´_ゝ`)「そうだな。一年以上遅かった」

l从・∀・ノ!リ人「今年はもっと大人っぽいのを着たかったのじゃ。でも母者は作ってくれなかったのじゃ」

( ´_ゝ`)「来年着ればいいよ。弟者と妹者と俺と三人で、また夏祭り回ろうじゃないか。
      ひょっとしたら変人が一人加わるかもしれないけど、わりと面白いやつだから構わないだろ?」

l从・∀・ノ!リ人「妹者もそうしたかったのじゃ」

( ´_ゝ`)「そうかもしれないな」

l从・∀・ノ!リ人「ちっちゃい兄者が呼んでるのじゃ。妹者はいかないといけないのじゃ」

( ´_ゝ`)「俺はいっちゃいけないのか?」

l从・∀・ノ!リ人「駄目なのじゃ。兄者だけは来ちゃいけないのじゃ」

( ´_ゝ`)「俺だけ仲間外れか」

l从・∀・ノ!リ人「……そういうわけじゃないのじゃ」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:07:11.06 ID:3Jog3TQD0
( ´_ゝ`)「まあいいさ。元気でな、妹者。弟者にもそう伝えてくれ」

l从・∀・ノ!リ人「おっきい兄者……」

( ´_ゝ`)「どうやら俺はずっとここみたいだ。夢で見たような、ここじゃないどこかがあるとすればな」

l从・∀・ノ!リ人「きっとまた会えるのじゃ」

( ´_ゝ`)「その時は黒に赤い花を散らした浴衣を着てきてくれよ。ああいうの、結構好みなんだ」

l从・∀・ノ!リ人「あっちの母者に作ってもらうのじゃ」

( ´_ゝ`)「うん。待ってる。機会があればこっちからも会いに行くよ」

l从・∀・ノ!リ人「うん……」

( ´_ゝ`)「大丈夫だよ妹者。弟者と仲良くな」

l从・∀・ノ!リ人「ごめんなのじゃ、おっきい兄者」

そう言うと、妹者は狐面をかぶったんだ。相変わらずのぶかぶか。
でもやっぱり良く似合ってた。

l从 ノ!リ人「ばいばいなのじゃ……」

別れを告げる妹者の顔は、だから見えなかった。
そしてすうっと音もなく妹者は消えた。初めからいなかったみたいに。



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:08:35.84 ID:3Jog3TQD0
家に帰って、妹者がいないと大騒ぎしてる母者に、全部話した。
去年の夏祭りのこと、今年の夏祭りのこと。

母者はしばらく納得いかない顔をしてたが、やがて鬼の形相になって地面をぶっ叩いたんだ。

その時、ほぼ同時にわりとでかい地震が起こったんだが、母者の一撃で地震はやんだ。
人間ままならない怒りを抱えると、信じられない力を発揮するんだって、俺はひどく驚いたんだ。

地面に空いた大穴を見て、俺はちょっとだけ泣きそうになったけど、

もっと悲しいことも驚くことも沢山あったから泣かなかった。



ついでに少しだけ後日談をすると、隣の席の女の子は次の学期から学校に来なかった。
転校したらしいけど、どこに行ったかは誰も知らなかった。

翌年、つまり去年の夏祭りでお面屋を探したけど見つからなかった。

妹者と弟者にはあれ以来会ってないし、声も聞いてない。

以上で、俺の話は終わりだ。



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:10:02.48 ID:3Jog3TQD0
(……質問があるんだけど)

はい、ペニサスどうぞ。

(結局誰が『助かった』の?)

その質問にはこう答えるしかない。

さあな。自分で解釈してくれ。

少なくとも俺はそれまでと比べてもごく普通な生活をしてるよ。
妹者と弟者がいないだけでな。
それを助かったというなら、助かったのは俺だろうけど、
でもアイツの物いいじゃ、助かる奴は二人いるはずだ。今回ペアなのは妹者と弟者だから、
助かったのはきっとあの二人なんだろうな。

それとも、弟者が俺の思いつかないような選択をしたかだな。

(二人はどうなったんだお?)

もっともな質問だ。それは俺にも分からない。俺も気になってる。

言葉にすれば陳腐になるような事は、たくさん考えた。でもそれをここで発表する気はない。

だから、少なくとも。

解釈はお前らの想像力分だけあるよ。



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:13:04.26 ID:3Jog3TQD0
ところでこんな話を知ってるか?
百物語の、百本目の蝋燭を吹き消した後の話だ。

百本目の蝋燭を吹き消すと幽霊、妖怪が現れるってのは有名な話だよな。
百物語の原義ってのは彼岸と此岸を繋ぐための儀式だったんだな。
死者のいる彼岸と、生者のいる此岸が繋がった結果、此岸に死者が現れる。

拡大解釈かも知れないけどさ。

つまり、もういなくなった人と、もう一度会える。

もうグダグダで、蝋燭も消したり点け直したりしてるんだから、もう吹き消した後も何もあったもんじゃないけどな。

ひょっとしたら、この百本目の蝋燭を消したら、いなくなった奴らに会えるんじゃないかって、思ったんだ。

実は田舎の夏祭り、今日でさ。

もう意味はないと思ったから、今年は帰らなかったけど、やっぱり何かしたくて。

だから皆を誘って、百物語なんて時代錯誤なもんを始めたんだ。

あいつらは死んでるのか、生きてるのかはよくわからない。全部ひょっとしたら、だ。

ここまで付き合わせて悪かった。もうすぐ終わる。

じゃ、消すぞ。

ふっ……



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:14:59.48 ID:3Jog3TQD0
揺らめいていた炎が消え、ひとすじの煙が立ち上る。


あとは真夜中の静寂。


辺りはとろりと濃い闇に包まれて何も分からなくなる。


皆の顔すらよく見えない。


誰も明かりを点けようとしない。


何も分からない。


だから、俺以外の三人が誰なのかも、今の俺には分からない。






69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/08/30(土) 23:16:48.87 ID:3Jog3TQD0
というわけで、絵はNo.120とNo.2でした。そのまんまの構図は書けませんでしたが、
この二枚の絵がなければこの話は作ることはできませんでした。感謝です。
冒頭のブーンの話はNo.30の絵から。これもありがとうございました。

猿ったり花園ったりgdgdでしたが、支援ありがとうございました!



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