('A`)僕の、今夜だけのシンデレラのようです

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:33:19.39 ID:Aiv4fnVpO
受話器の前で正座する事二時間。
 
ただひたすらに先輩からの電話を待つ僕は、たぶん僕の十四年の歴史の中で、一番純粋な気持ちでいると思う。
 
先輩は「考えさせて」と言った。後は審判が下されるのを待つのみだ。
 
こういう時、普通はもっとおどおどしたり、びくびくしたり、マッチ棒で家を建ててみたり、もっと情緒不安定になるものかと思っていたが、実際告白が終わってみると、鬼がでるか蛇がでるか、楽しみな気持ちの方が強いような気がする。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:37:04.23 ID:Aiv4fnVpO
……満足だ。たとえ振られる事になったとしても、僕の二年間の思いのたけを伝える事ができた。それでいい。
 
なんだかんだで最悪の事態を想定して保険をかけている僕は、やはり情緒不安定なんだろう。
 
そう思って部屋の隅に置いている大量のマッチ箱に手をかけた時、不意をつくようにして電話のベルがなった。
 
その音に呼応するようにして心臓が高鳴る。
 
……覚悟を決めろ。意表をつくのは先輩の十八番だ。僕は受話器を取った。
 
「……もしもし?」
 
「……もしもし、私の可愛い後輩クンですか?」
 
先輩の声は若干寂しそうに聞こえた。先程から頭の中をループしている最悪の事態がフラッシュバックしたが、僕が思っている最悪の事態と、先輩が口にした最悪の事態は、あらゆる意味で食い違っていた。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:39:16.59 ID:Aiv4fnVpO
覚悟を決めろ。もう一度自分に言い聞かせた。
 
「先輩、僕です」
 
「あ、どうも! あなたの先輩ですよーて」
 
発言はいつも通り。だが電話ごしに緊張しているのがわかってしまう。サザエさんでいうところのワカメのパンツばりに丸見えだった。
 
無論僕も緊張している。だがここは男の僕がなんとかしなければ、そう思った。
 
というか、この先の話に希望が持てなくなっていた。自信過剰かもしれないが、伊達に二年間先輩をみてきたわけじゃない。
 
振られる。そんな気がした。
 
「ところで先輩、ゲロマミレクエスト2買いました?」
 
「あぁ買った! 買ったよ私! なにあのツンデレ主人公ふざけてんの?」
 
「いやいやゲロクエはツンデレが売りみたいなとこありますからねー」



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:41:32.93 ID:Aiv4fnVpO
他愛もない話に花を咲かせながらも、脳内では既に僕の僕による僕のための残念会が、二次会を越えて三次会のビンゴ大会に向かう勢いであった。
 
('A`)『大体考えさせての時点でアウトだろ』
 
('B`)『なに期待してんだよバカじゃね?』
 
('C`)『お前にはマッチがあるじゃないか』
 
('m`)『喰っちゃらハピハピ』
 
ショート寸前の思考回路ではまともな雑談など続くはずもなく、ほどなく沈黙が訪れた。
 
来る……電波の先、ごくりと息を呑む音。僕は目を閉じた。
 
「私も後輩クンのこと、好きだよ」
 
「はぃ?」
 
僕の先輩への想いはリーチもかけずにいきなりビンゴした。
 
春の訪れである。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:46:00.07 ID:Aiv4fnVpO
脳内の僕はビンゴカードと引き換えに桜の木をゲットした。
 
「私も、後輩クンのこと、みてた」
 
またも意表をついた先輩の告白に、僕は頭の悪い金魚のように、口をパクパクさせるばかりだった。ようやく口をついて出た言葉は、
 
「ど、ドッキリじゃ、ないですよね?」
 
という失礼にも程があるもので、
 
「てめっ、ぶっ飛ばすよ?」
 
ときたもんだひゃっほうっ!
 
「はぁ、すいません。夢みたいで……こういうのを、棚から金塊っていうんですかね」
 
「どんだけ嬉しいんよwぼた餅でしょー」
 
今度は受話器から照れているのが伝わってきて、自然とにやけてしまう。
 
「あ、じゃあ、ひょうたんから金塊とか」
 
「コマった奴だなー」
 
先輩かわいいよ先輩。僕は歓喜のあまり聞き分けのない子供のように足をバタバタさせた。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:47:50.61 ID:Aiv4fnVpO

その勢いでそばにあったマッチ棒で作った1/128スケールの魔神ガーゼットなどが一式吹っ飛んだが、なに、気にすることはない。
 
最初に感じた振られる予感など、杞憂に過ぎなかったのだ。
 
「でも、ごめんね」
 
突然先輩が発した言葉は、今までに聞いた事のない、切なさを感じさせるほどの心細い声だった。
 でも?でもってなんだ?大正デモクラシー?
 
……どうも僕の勘違いなんかじゃなかったようだ。自分の勘の良さが恨めしい。次の先輩の言葉で、杞憂は現実のものとなり、僕は再び、脳内残念会アゲインを開く事になった。
 
 
「……私、引っ越すんだ」

今度は棚から引っ越しオバサンがやってきたのである。



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:51:11.02 ID:Aiv4fnVpO
小学生の頃から金銭欲にとり憑かれ、ノリノリで買っていた年末ジャンボ宝くじ。
 
休日はもっぱら寝ていて、どこにも連れて行ってくれない親父を恨めしく思いながら新聞に目を通すと、なんと一等三億円が大当たり。
 
この金で土地を買おうか、株を買おうか、ひえひえソーダガムを三千万個買い占めようか迷った挙げ句、ゲロクエのバトルエンピツを近所の駄菓子屋に三百万本注文して、よくよく新聞を見てみると、一等の当選番号とは、惜しくも二万とんで十八番違いだったという。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:52:12.43 ID:Aiv4fnVpO
昔からぬか喜びには慣れていた僕でさえ、今回の事件は相当なダメージを与えてくれた。
 
次々に絶望という名の刄が、僕の桜の木にハサミを入れていく。介錯はもちろん、例のおばさんである。
 
 
「引っ越すって、どこに?」
 
「インド」
 
「いつか、帰ってくるんですよね?」
 
「一生」
 
「いつ、引っ越すんですか?」
 
「明日の……朝」
 
お手上げだった。手も足もでない悪条件のコンボに、目の前が真っ暗にみえる。僕は言った。
 
A:「それじゃ、元気で」僕は電話を切った。
  
B:今すぐ先輩に会いにいく。
 
ここで僕にAの選択肢を選ぶ権利はない。なぜなら先輩は、考えさせてくれといった。考えた末に、こんな僕が好きだと伝えることを選んでくれたのだ。……僕らの恋愛が始まる事はないと、がってん承知の上で。
 
「い、今すぐ、行きます……!」
 
「え?」



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:53:19.16 ID:Aiv4fnVpO
先輩好きです。大好きです。震える声を押し殺すように僕は言った。
 
「今から迎えにいきますから! 待っててください!!」
 
返事も聞かずに僕は電話を切った。張り詰めた糸がきれたように、涙が溢れだした。
 
インドはねぇよ……



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:56:27.22 ID:Aiv4fnVpO
迎えにいく。そう言ってみたものの、今の僕になにができるのだろうか。会ってどうするつもりなのか。自分でもよくわからない気持ちを抱えたまま、僕はゆっくりと立ち上がった。
 
確か、六千円ぐらいはあったはずだ……憎たらしいガマカエルの貯金箱をぶんぶん振り回し、すんごい勢いで机上にぶちまけた。
 
どれくらいの勢いかというと、修学旅行のバスの中で、あられをこれでもかというほどぶちまけて、場の空気を凍らせた記憶を思い出すほどだった。
 
まぁ、それはいい。問題はどうみても二百四十八円しか入っていない事だ。

('A`#)「親父の野郎! またガメやがったな!」
 
しかし親父は昨晩、
 
( ^ω^)「俺より強い奴に会いにいく」
 
とかいう謎の言葉を残して旅にでてしまった。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:57:39.09 ID:Aiv4fnVpO
今度会ったらズラごとふっ飛ばす。僕は舌打ちしながら家を飛び出した。
 
三月とはいえ、夜の風はまだ冬の香りを残しており、家の前にある外灯の明かりがやたら小さくみえた。
 
もうすっかり錆付いてしまった自転車を庭から運びだし、先輩の家に向けて全力で漕ぎだす。気持ちが高ぶっているのだろう、冷たさは感じなかった。

一つ車輪が回るたびにキイキイと悲鳴をあげる。
 
絵文字でいうとK
 
泣きたいのはこっちの方だ。もう枯れたはずの涙腺からまた一筋、涙という名の聖水が頬を伝った。
 
なぜインドに行くのか、聞きそびれたが大体想像はついている。



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 19:59:26.24 ID:Aiv4fnVpO
本場で、ためしたくなったに違いない。
 
先輩の親父さん、苦手なんだよな……うまく連れ出せるだろうか。
 
最悪、誘拐しよう。悪びれる事なく、そう思った。
 

先輩の自宅、すなわち、カレー屋『米山運送』まで、あと数十メートル。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:02:06.50 ID:Aiv4fnVpO
カレー屋『米山運送』はこの町では色んな意味で評判の店である。
 
まず、カレーがマズい。大雑把な漢のカレーがこの店のコンセプトなんだよガッハッハとかなんとか親父さんは言っていたが、面倒臭いだけだと思う。
 
なんせ人参だろうがじゃがいもだろうが、まったく切り分けずにポンポン鍋に放り込んでいくのだからたまらない。

当然マニアな客しか寄り付かず、お店は傾くばかりだったが、親父さんが半ばヤケクソで始めた冷やしカレーそうめんなる新メニューがなんと大当たり、夏場は僕も駆り出される事があるほど忙しい人気店になったのである。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:03:20.03 ID:Aiv4fnVpO
ちなみに店名とは矛盾して配達は一切していない。
 
あの頑固な親父さんを説得するのは僕には無理だ。しかし、やらなければ僕に明日はない。
 
やってやる……! なにがなんでも、先輩に会いたい。
 
閉店作業中なのか、店には明かりが灯っていたが、表から人の姿を確認する事はできない。
 
裏手の駐車場に泣き上戸の自転車を止め、一つ小さく深呼吸する。
 
すると、どこからともなく声が聞こえた。
 
(*゚ー゚)「十二分三十秒、なかなかやるね!」
 
真後ろの塀の上、腕組みしながらううんと唸る人影。
 
('A`)「……やりました」
 
先輩その人である



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:07:46.30 ID:Aiv4fnVpO
よかった。とりあえず親父さんとのデュエルは避けれたようだ。
 
(*゚ー゚)「さあさあ宴もたけなわでございます。どこに私をさらってくれるの? ブラジル? リオデジャネイロ?」
 
先輩は首を右に左に忙しく傾けながら僕に問い掛けた。
 
('A`)「なんで南米ばっかなんですか……親父さんに話してきました?」
 
(*゚ー゚)「んん、夜明けには帰ってこいって」
 
あの頑固な親父さんが許すはずがない。僕のために、こんな僕のわがままのために、わざわざ抜け出してきてくれたのか。
 
シンデレラは十二時になると魔法が解けてしまうと言って逃げ出した。ちゃっかりガラスの靴を残してきたしたたかな女だ。
 
僕のシンデレラは夜が明けるとインドに行ってしまうらしい。なにこれ?
 
とにかく、魔法をかける役は僕しかいない、そう思った。
 
('A`)「先輩」



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:09:14.12 ID:Aiv4fnVpO

僕はテスト五分前の休み時間の時よりも数倍真剣な面持ちで、先輩を見つめた。
 
(*゚ー゚)「うん?」
 
先輩は予習済みなのか余裕の表情だ。くそう。
 
('A`)「僕の恋人になってください」
 
先輩は表情を変えぬまま、ポンと塀を飛び降りた。
 
(*゚ー゚)「後輩クン、君はあれだねぇ。人の話を聞かないって通知表に書かれるタイプだね。私、インドに」
 
('A`)「インドでもタイでも関係ない! 先輩が好きなんばっ!」
 
勢い余って噛んでしまった。ちくしょう。穴があったら入りたいです。生まれてきてごめんなさい。
 
だが先輩はいつものようにバカにするでもなく、にっこりと微笑んだ。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:10:35.56 ID:Aiv4fnVpO
(*゚ー゚)「私も後輩クンが好きなんばー。……夜明けまで、付き合ってね」
 

こうして僕たちの最初で最後の夜が幕を開けたのだった。



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:14:22.23 ID:Aiv4fnVpO
海に行って『こいつぅ』『ふはははは捕まえてごらんなさい』的な事を一晩中やってみたい。
 
そう思ったものの、近くに海などないので諦めた。
 
海が駄目なら山だ。山だと聞くと、滑り知らずの芸人の、『今夜が山田』とかいう個人的には大好きなギャグが思い出されるが、この状況下においては、現実味がありすぎて笑えないだろう。
 
まさしく、今夜がヤマなのだから。
 
(*゚ー゚)「山にする? それとも公園とか?」
 
ご飯にする?それともお風呂?といった面持ちで先輩は言った。
 
('A`)「公園はまずいでしょう。人目につくし」
 
(*゚ー゚)「人気のない所に連れ込んでなにするつもり?」
 
先輩はニヤニヤしながら僕を舐めるように見上げた。別にいやらしい事を考えてるわけではない。十四、十五やそこらの学生がこんな時間にうろうろしていたら、否が応にも目についてしまう。
 
いや、舘ひろし似の僕はまだいい。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:16:08.23 ID:Aiv4fnVpO
なにより先輩の格好が問題なのだ。
 
黙って胸元を指差すと、先輩はあっと小さく声を漏らした。
 
(*゚ー゚)「んんーしまった! ずっと脳内で井戸端会議してたんよー」
 
先輩は考え事をしだすと周りが見えなくなる典型だ。しかし、夜のセーラー服というのはなんだか卑猥に見えてしまう。煩悩め。
 
('A`)「僕のことを、ですか?」
 
(*゚ー゚)「んにゃ、世界平和について」
 
卒業式に世界平和について考えるなんて、先輩はなんて高尚な人だ……と思い込もうとしたが、ちょっとへこんだ。
 
('A`)「で、世界平和に必要なモノは見つかりました?」



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:17:39.54 ID:Aiv4fnVpO
(*゚ー゚)「うん、みっけた。……カレー」
 
('A`)「……帰ります」
 
今度こそ確実にへこんだ。僕がくるりと背を向けると、待ったを連呼しながら服の袖をぐっと掴まれた。
 
(*^ー^)「嘘うそ冗談」
 
先輩はニッと八重歯を覗かせた。それはまるで、万引きした小学生をとっ捕まえた時のような、いい笑顔だった。
 
('A`)「タチ悪すぎますよ……確かに僕は十四にして舘ひろしに似てますけど」
 
(*゚ー゚)「聞いてない。それじゃーやーまにいこうつぎーのにちようー」
 
先輩はドリカムを口ずさみながら、助手席、というにはあまりに頼りない自転車の後部座席に乗り込んだ。
 
次の日曜は永遠にこない。そうツッコんだらまた泣きそうな気がしたのでやめた。
 
空は澄み切っている。きっと最高の夜景をみせてやれる。



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:25:48.68 ID:Aiv4fnVpO
('A`)「そういえば、先輩と出会ったのも烏帽子岳でしたね」
 
まだ起伏が乏しい道路をゆっくりと噛み締めるように車輪は回る。背中にほのかなぬくもりを感じながら、僕は出会った頃に思いを馳せた。
 
四月にある歓迎遠足は決まってこの山だった。小学生の頃から今まで、八年間ずっとだ。
 
僕の中学校はその近辺にある三つの小学校の生徒が集まるシステムになっており、他の小学校のもともとの生徒数が異常に多かった事も手伝って、僕のクラスには幸い、同じ学校の生徒はほとんどいなかった。
 
幸い、というのも、僕がいわゆる中学デビューを目論んでいたからだ。マッチ棒好きがたたって、小学校でのあだ名は『まいっちんぐマッチコ先生』、女子生徒の間では『常温放置したサバ』と呼ばれていたらしい。
 
自分を変えたい。その一心で僕が選んだのは、歓迎遠足のクラス対抗の出し物に一人で挑むというものであった。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします [すみません書き込めなかった] :2008/09/21(日) 20:28:27.32 ID:Aiv4fnVpO
当日、他のクラスが一丸となり、一通り合唱や寸劇を繰り広げ、いよいよ僕の番がやってきた。
 
度胆抜いてやる。
 
用意してきたそれを全校生徒の前に掲げ、僕は叫んだ。
 
(>A<)「サワガニの踊り食い、いきます!」
 
手のひらサイズと言えば聞こえはいいかも知れないが、それを口の中に入れるとなると話は別である。
 
足からそっと詰め込んだサワガニは、所狭しと口内で暴れまくり、頬は妖怪が転移したかのように奇妙な動きを繰り返した。
 
見たか愚民ども。よし、あとは飲み込んで終わりだ!
 
その時だった。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:29:50.35 ID:Aiv4fnVpO
('血`)「ふがっ!? ふががががぐばぼぉぉ!!」
 
サワガニと共に吐血しながら僕は倒れた。な、なんだこれは……喉が、喉が焼けるように熱い。
 
慌てふためく先生達、静まり返る生徒をよそに、一人の女生徒の笑い声だけが山頂に響き渡った。朦朧とした意識の中、僕はその生徒を見つめた。
 
(*^ー^)

なんて、嬉しそうに笑うんだろう……悪魔かこいつは。
 
それが僕と先輩との出会いだった。
 
ちなみに僕はサワガニにのどちんこを切られていたらしく、病院に搬送された。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:32:54.28 ID:Aiv4fnVpO
間違った意味で全校生徒の度胆を抜いたあの事件を経て、僕は三つの物を得た。
 
一つは、サワチンコという新しいあだ名。いっそ殺せ。
 
二つめ、サワガニは踊り食いするものではない事。
 
そして三つめは、僕にとって一人きりの先輩ができた事だ。
(*゚ー゚)「んん、サワガニ買ってくればよかったね、ね?」
 
先を歩く先輩が嬉しそうに振り返った。傾斜がきつくなってくると、二人乗りでは、老い先短い爺さんほどのスピードしか見込めないのもあって、先輩には登山を楽しんでもらっている。
 
('A`)「絶対に嫌です」
 
なにが悲しくて好きな女性の前でカニを踊り食いしなきゃならんのだ。
 
(*゚ー゚)「なんでよーもう一回見たいなぁ。ふががががぐしゃーってさ」
 
('A`)「ぐしゃーってなんですかぐしゃっーて」



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:33:58.70 ID:Aiv4fnVpO
僕の真似をしているのだろう、先輩は頬を右に左に膨らませた後、大袈裟に倒れこむジェスチャーをしてみせた。
 
(*゚ー゚)「死んでるの、サワガニ殺人みたいな」
 
('A`)「犯人は先輩です」
 
(*゚ー゚)「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」
 
先輩はぺこりと頭を垂れて、顔を見合わせた。薄暗い山道とは対照的な笑い声が響く。夜であることを除けば、それはいつもと変わらない、言葉のキャッチボール。
 
(*  )「それにさ」
 
今度は振り向かずに先輩は言った。
 
(*゚ー゚)「出会いも……別れも、サワガニなんて、素敵だと思わない?」
 
素敵なもんか。素敵な別れなどありはしない。まして、運命の赤い糸を、カニに切らせてたまるか。



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:35:26.74 ID:Aiv4fnVpO
('A`)「……思いません」
 
(*゚ー゚)「……そっか」
 
切るなら、この手で――
 
グリップを強く握りしめると、呼応するように、風が雑木林の声を届ける。
 
生温い風の声、木々のざわめき、錆付いた車輪、、
 
全ての景色が、僕の気持ちを代弁するかのように、絶望のアンサンブルを鳴らし、僕らの胸を締め付けた。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:38:24.09 ID:Aiv4fnVpO
切なさを振り払うように、僕らは話し続けた。
 
流行のテレビの話、ゲロクエの攻略、親父が家出した事、校長のズラがモップにしか見えない事、そして、話題は卒業式へ。
 
('A`)「そういや、言ってなかったですね。先輩、卒業おめでとうございます」
 
苦笑しながら頭を掻いた。今日は先輩に告白する事しか頭になかったから、すっかり忘れていた。
 
(*゚ー゚)「んん、まさか日本からも卒業するとは思わなかったでしょ?」
 
('A`)「さすがに、予想外でした」
 
僕らの歩く道路側に向かって、木々が背伸びをするように枝を伸ばしている。先輩はその葉を何枚かちぎっては、放り投げて、まるでそれは桜の花びらのように、ヒラヒラと頭上を舞っていたが、どうみてもただの環境破壊だった。
 
('A`)「……先輩、さっきから何やってるんです?」
 
(*゚ー゚)「環境破壊ですがなにか?」
 
('A`)「謝れ! 緑化運動してる人たちに謝れ!」



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:41:14.09 ID:Aiv4fnVpO
(*゚ー゚)「後輩クン、中国は緑化運動と称して、枯れた草に緑のスプレーぶっかけてるらしいですぜ」
 
('A`)「な、なんてこった……先輩は中国人だったんですか?」
 
(*゚ー゚)「明日からインド人だよ」
 
「……」
 
先輩はさっきからこちらを見ようとしない。ずっと進行方向を見据えたままだ。
 
今、どんな顔してるんだろう。何を考えているんだろう。
 
そう思った時、一陣の風が吹き、先輩の、肩より少し長い髪を止めていた髪留めを吹き飛ばした。
 
髪留めは追い風を受けて、上り坂とは思えない勢いで転がっていく。



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:43:08.56 ID:Aiv4fnVpO
(;゚ー゚)「わ、わ、私の髪留めー!!」
 
そう言うや否や、先輩は髪留め目がけて一目散に駆け出した。
 
なにを髪留めごときで必死になっているのか。僕は小首を傾げた。やっとこちらを振り向いてくれた先輩は、『追いかけてくれなきゃ泣くぞ!』と目で合図してきた、ような気がする。
 
いってらっしゃい、の意味を込めて、首を傾げたまま微笑む僕。泣きだしそうな顔で先輩は叫んだ。
 
(*゚ー゚)「家 宝 な の ! !」
 
な、なんだと!?
 
慌てて自転車に飛び乗ると、視界に映る黒豆ほどのそれを、いや、先輩の髪留めは青いから青豆か?
とにかく家宝をロック・オンしてペダルを踏み込んだ。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:46:44.07 ID:Aiv4fnVpO
必死で立ち漕ぎし、ようやく捕まえた時には、息も絶え絶えになっており、僕はぜえぜえと肩を動かした。
 
青いビーダマにゴムがついただけのそれは、幸い目立った傷はついておらず、月明かりに照らされてキラリと輝いた。
 
水晶かなんかか? 目を凝らして見ると、そう見えなくもない。
 
('A`)「追い付いたーっ」
 
いつのまにか先輩が隣に立っていた。額にはうっすら汗を浮かべている。
 
('A`)「はい先輩、これ」
 
僕は家宝を差し出した。
 
(*゚ー゚)「ん、あげるよ。別に家宝じゃないし」
 
家宝じゃなかった。
 
('A`)「な、な、なんですと!?」
 
こ、この女は……わざわざ上り坂を立ち漕ぎまでして追いかけた苦労はなんだったんだ。僕は素っ頓狂な声をあげたが、先輩はひるむ事なく、小さく笑った。



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:48:08.04 ID:Aiv4fnVpO
(*゚ー゚)「一生懸命なとこ、見たかったんだ」
 
ペロリと舌をだし両手を合わせる彼女を見て、僕は言葉を詰まらせた。恋しさと切なさと、ほんの少しの心強さ。気分は篠原涼子だった。
 
なんだか照れ臭くなって、ジーンズのポケットに、家宝ではないそれをねじ込む。
('A`)「……そういえば、世界平和に必要なモノって、なんだったんですか?」
 
(*゚ー゚)「そんなの決まってるじゃない」
 
先輩は空を見上げながら、まるで星に語りかけるように、そっと呟いた。
 
(*゚ー゚)「……愛だよ、愛」
 
僕は何も言えなかった。同じように見上げた空には、うっすらと霧がかかっていた。
 
時間がない。頂きが近い事を、僕らは知っている



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:50:38.26 ID:Aiv4fnVpO
頂上に向かうには、森の中に人工的に整備された木の階段を登らなければならないので、僕は自転車を止めてそれと向き合う。
 
霧と暗さも相まって、それは今にも闇に吸い込まれそうな存在感を示しており、どこまでも続いているように見える。
 
実際、永遠に続くとしたら、どんなに幸せだろうか。しかし、頭の中では冷静に異議が唱えられていた。
 
わかってる。この階段は百八段しかない事を。
 
わかってる。わかってる。残された時間を噛み締めるように、ゆっくりと足を踏み出した。



55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:52:15.87 ID:Aiv4fnVpO
(*゚ー゚)「煩悩の数だけー階段を登ればーあぁー我らがー」
 
今年の遠足で披露された、作詞作曲・先輩による『烏帽子岳の歌』を熱唱しながら、先輩は力強く僕の前を歩いていく。
 
その後ろ姿を見つめながら、僕は先輩を想った。
 
先輩は無邪気で、明るくて、可愛くて、まっすぐで、猫みたいで、
 
そして、僕の恋人なわけで。
 
対する僕は、陰気で、根暗で、マッチ棒で、舘ひろしで……あれ?なんか目から汗が……
 
こんな僕と一緒にいてくれる。たとえ、一夜限りの恋人だとしても。その事が、今更ながらに嬉しかった。



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 20:54:08.64 ID:Aiv4fnVpO
同時に、神を恨んだ。親父さんはいい。はた迷惑なカレー作りに、インドでもアラスカでも行ってしまえ。やけになってカレーをそこら中の道にばらまこうが、公園にアフリカバイソンを放牧しようが、僕の知ったことではない。
 なぜ、先輩がそれに同涸されなければならないのか。そんないわれはない。僕の親父は妻と一人息子をほっぽって武者修業に行った。少しは見習ったらどうなんだ。
 
身勝手な主張をぶつぶつ繰り返しながら、山頂に辿り着く頃には、先輩の『烏帽子岳の歌』は六十二番に突入していた



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:00:38.17 ID:Aiv4fnVpO
山頂からは僕らの住む町が一望できる。街灯の白は、真珠のように淡く光を照らし、小さく映る車のライトは、さながら夏の蛍のように、暗闇の画用紙の上を、ゆっくりと駆け回る。
 
まさに最高の夜景が目の前に広がっている……はずだった。
 
('A`)「すいません……」
 実際はというと、いつのまにか空を覆っていた黒い雲と、思いのほか濃くなっていた霧のせいで、眼下には、暗闇の画用紙が放置されているだけだった。
 
('A`)「すいません……こんなはずじゃ……」
 
僕は謝る事しかできなかった。先輩はしばらく最低の夜景を眺めていたが、やがて諦めたのか、こちらにやってきた。
 
(*゚ー゚)「見えるよ」
 
('A`)「え?」
 
そう言うと先輩は僕の右手を、一回り小さな両手でしっかりと握りしめた。
 
(*゚ー゚)「こうすれば、私には見えるよ」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:01:37.12 ID:Aiv4fnVpO
先輩はそっと目を閉じると、にっこりと口元に笑みを浮かべた。戸惑いながら僕もそれに倣う。
 
目を閉じるとそこには、先程僕が思い描いた景色が、鮮やかに広がっていた――
 
 
――そうだ、いつだってそうだった。
 
陰気で、根暗な、暗闇の画用紙に、無邪気で、明るい色をつけてくれたのは、いつだって、先輩だった。
 
僕はたまらず先輩を抱き寄せた。
 
(;A;)「先輩……どこにも行かないで下さい……!」
 
閉じた瞳から溢れる涙で、ぼんやりと景色が滲んでいく。先輩は僕に体を預けたまま、
 
(*゚ー゚)「……ごめんね」
 
と呟いた。



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:11:38.98 ID:Aiv4fnVpO
帰り道、僕らは一言も口を聞かないまま、自転車に乗り込んだ。
 
('A`)「ちゃんと、捕まっててくださいね」
 
先輩は黙ったまま僕の言葉に従った。車輪がぎこちなく僕らを運んでいく。
 
風が止んでいた。登りの時には狂ったように泣いていた木々も、今はひっそりと静まりかえっている。
 
もう煽る必要もないのだ、と僕は悟った。別れの時がきたのだ、と。
 
('A`)「今まで、ありがとうございました」
 
先輩は何も言わない。
 
('A`)「先輩の事、絶対忘れませんから」
 
僕の背中に頭を擦り付けたままだ。



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:13:08.85 ID:Aiv4fnVpO
('A`)「先輩もたまには、思い出してくださいね?」
 
先輩は何も言わない。
 
('A`)「ねぇ、先輩」
 
少しだけ振り返って、僕はようやく気付いた。
 
 
泣いている――
 
 
先輩の涙を見るのはこれが初めてだった。
 
ちゃんと、言わなきゃ、僕が、言わなきゃ。元気でねって、また会おうねって。
 
また溢れそうになる涙をぐっと堪えて、僕は言った。
 
(;A;)「ずっと、大好きですから……さよなら、先輩」
 
最後は声にならなかった。先輩は堰を切ったように声をあげた。



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:17:33.37 ID:Aiv4fnVpO
('A`)「大事な話があるんです」
 
いましがた、卒業式は終わった。私は今、たった一人の後輩クンの視線を一身に受けとめている。
 
(*゚ー゚)「なになに?」
 
この真剣な表情は、彼が『部屋とマッチ棒と僕』について三時間語りやがった時と同じ、もしくはそれ以上だ。私は身を乗り出して耳を傾ける。後輩クンは一つ大きく深呼吸をすると、ゆっくりと話しだした。
 
('A`)「僕はずっと、先輩の事、見てました。歓迎遠足の時、あの、血ぃぶちまけた時ですけど……先輩、笑ってましたよね。正直、悪魔かと思いました……でも、入院中ずっと、先輩の笑顔が離れなく…」



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:18:55.24 ID:Aiv4fnVpO
私は驚いて、あんぐり口をあけたまま、身動き一つ取れなかった。
 
('A`)「復学して、先輩が僕に話し掛けてきた時、心臓が飛び出すかと思った。体育祭のあと、映画、見に行きましたよね? 覚えてます?」
 
(*///)「……カサブランカ」
 
嬉しいやら、恥ずかしいやらで、なんだか体が熱い。全身の血が逆流してるような、そんな感じだった。
 
後輩クンは顔を真っ赤に染め上げて、少し顔をうつむかせた。あぁ、サワガニみたいだな、とは、さすがの私も思わなかったけれど。



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします [age] :2008/09/21(日) 21:24:07.52 ID:Aiv4fnVpO
('A`)「あの映画みたいな、キザなセリフは言えないけど、僕は、僕の瞳は、いつだって、先輩だけを見ていました」
 
そしてもう一度、私の瞳をまっすぐに捕らえた。
 
('A`)「先輩の事が、ずっと好きでした」
 
私はたまらなくなって、後輩クンに背を向けた。
こんな展開、聞いてないよ。私は神様を恨んだ。私は明日、この国からいなくなる。後輩クンにも、もう会えない。
 
振らなきゃ、振らなきゃ、でも、神様、もう少しだけ――
 
私は誰にも聞こえないような小さな声で、運命に逆らった。
 
大好きだよ、後輩クン。



78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします [age] :2008/09/21(日) 21:25:20.90 ID:Aiv4fnVpO

―――風に舞う桜の花びらだけが、そっと私たちを包んでくれる、そんな気がした。




〜完〜



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:29:33.51 ID:Aiv4fnVpO
ノンフィクション祭りに出そうと思ってたけど30行過ぎてるじゃん!

Σ( ̄○ ̄;)

82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:32:30.24 ID:Aiv4fnVpO
支援ありがとうございます♪本当に感謝しています。

青春狂騒曲のようですって面白いね!大好きなんだよね!



84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:35:28.89 ID:BCrMrv2NO
ノンフィクションなのになんで両方の視点から書けるの?

85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 21:47:13.81 ID:LlEVQRmn0
>>84
それは云わない約束よおとっつぁん



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