( ^ω^) 僕の婆ちゃんが死んだ日のこと。  のようです

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 22:34:09.68 ID:jqSRJFMf0
 
 昨年の4月21日の午後八時のことだった。婆ちゃんが死んだ。

もしかすれば最後の会話になるかも知れないから、と言う母の判断で、
家にいた僕と姉たちが呼び出され、病院へ向かうタクシーに乗ってる最中のことだった。
あと五分、十分の出来事だったのに、僕は間に合わなかった。婆ちゃんの死に目に会えなかった。

婆ちゃんに一番世話になったのは僕だったのに、
婆ちゃんに一番迷惑かけたのは僕だったのに、
婆ちゃんの一番大事な死に目あえなかった。

後悔とかそう言うんじゃなくて、ただ婆ちゃんには申し訳無い気持ちで一杯だった。

生きてる最中にありがとうって声をかけられなかった。
いっぱい心配掛けて、いっぱい迷惑かけてごめんなさいって言えなかった。
いっぱい手間をかけてくれて、いっぱい楽しい時間をくれてありがとうって言えなかった。

いつか言おうとしていた言葉は、伝わらなければ意味の無いものだって事に
病室に入って婆ちゃんの手を握った瞬間に僕は気付いた。


遅かった。全部。


     ( ^ω^)僕の婆ちゃんが死んだ日に。 のようです。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 22:42:45.17 ID:jqSRJFMf0
午後7時ごろ、バイト帰りの俺が晩飯のカレーくってた時のことだった。
電話が鳴り、それを受け取った長女がしゃべりながらタウンページをめくっていたんだ。

ミセ*゚ー゚)リ 「タクシーの電話番号探して」

長女は姪をつれて遊びに来ていた次女へ、真剣な顔でそう指示した。

ノパ听)「すぐ行った方がいの?」

ミセ*゚ー゚)リ「当たり前」

ノパ听)「わかった。じゃあ私こっち見とくから、オカンはなんて?」

ミセ*゚ー゚)リ「ああ、それが……」

姉たちの会話は大体こんな感じだ。
ただならぬ気配なんてものはまったく感じなかった。残念ながら僕は空気が読めない。
だから長女とタウンページをパラパラめくってる次女に「何かあったん?」と聞いたのだけれど返答は

ノパ听)「んーちょっと」

の一言だけだった。
この時点で何かしらあったのかと気づいたのだけれど、
その思考もきゃっきゃはしゃぎながら青いも虫の絵本を読む姪の声でかきけされた。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 22:51:56.02 ID:jqSRJFMf0
そういうやり取りがあって、十分も経たない内に送迎タクシーが家の前へきた。
流れのまま僕が助手席へ座ることになり、姪っ子がはしゃく以外の言葉も特になく席に座った。
後部座席のドアが自動で閉められると

「お客さんどちらまで?」

タクシーの運ちゃんの台詞が、まるでドラマのワンシーンの台詞みたいに聞こえたのをよく覚えている。
姪っ子が黄色い声ではしゃいでいた。タクシーの独特の匂いが新鮮なのだろうか。


ミセ*゚ー゚)リ ノパ听)「「○○病院までお願いします」」


異口同音に行った姉妹の内、僕だけが何も言えずにただうなづいた。
とりあえず、と言った体裁でタクシーが走り出して、僕はここでやっと本題に入った。


( ^ω^)「なにがどうしたんだお?」


助手席に乗ってるから、必然的に首は後ろへまわされた。
そろりと無音で寄り添ってくるような、まるで静かで冷たい暗がりの中、次女が口を開くのが見える。

ノパ听)「お母ちゃんから電話あった。おばぁ、やばいみたい」

( ^ω^)「……意識がある内にってことかお? そんなに?」

婆ちゃんはここ一ヶ月前くらいから病院に入院していて、その経緯と言えば肝硬変だった。
響き的にももうだめぽな感じがあるが、それでもここ最近はよくなって来たと聞いている。
そろそろ在宅医療に移るかとの話をしてる父の姿も見受けられたのに。なんでそんな急に。



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:00:57.52 ID:jqSRJFMf0
 
ミセ*゚ー゚)リ「ううん、、母の一存だよ? 先生は、何にも言ってないって」

( ^ω^)ノパ听)「「マジで?」」

話が違うよ、と付言した次女と何だおそれ、と付け加えた僕の声が重なった。
地べたを這うように、だけれど割と早い速度で進むタクシーの中に微妙な沈黙が生まれる。
その間にも住宅街の暖かな光が、前から後ろへ流れて行っている。


( ^ω^)「じゃー急ぐ必要なんてないんじゃないのかおー?」

ミセ*゚ー゚)リ「もしかしてって事もあるでしょ。山岸のおばちゃんにも呼び出しかかったみたいだよ?」


山岸のおばちゃんと言うのは、父の姉。つまり俺にとっての叔母にあたる人だ。
大体山一つ超えたベットタウンに住んでいて、病院からは二時間ほどかかる。
――そのおばちゃんにも、お呼びが掛かったって事は。と僕は独り言のように言った。

( ^ω^)「やっぱりダメなのかお?」

でも母の一存だおね。なんかチグハグだ。

ノパ听)「佐藤さんの洗脳じゃないの?」

ふいに次女が言い出した。かもねぇ、と軽い長女の声色が相槌で返される。
――出てくるのが固有名詞ばかりですまないけれどこれは十割方、僕の愚痴だから聞き流してくれても構わない。
佐藤さん、と言うのは婆ちゃんにお付きだったヘルパーさん、言ってしまえばお手伝いさんのことだ。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:08:11.63 ID:jqSRJFMf0
ミセ*゚ー゚)リ「佐藤さん、やばいやばいばっかり言うもんね」

ノパ听)「この前の父への洗脳っぷりもすごかった。やれあの医師の腕がー。とかね」

( ^ω^)「……僕は知らない」

……詳細はどうでもよかったので省く。
しかしヘルパーの適性試験、お喋りの項でもあるのだろうか。

l从・∀・ノ!リ人「私ちゃんと座ってるよー! 座ってるよー!!」

耳に響く姪の声。三歳児はこんなときにもパワフルだった。
押し殺したような笑い声を聞いて隣を見ると、タクシーの運ちゃんが苦笑していた。

ミセ*゚ー゚)リ「おっ、えらいなー、ちゃんと座れてるんねー」

l从・∀・ノ!リ人「おー! 危ないでー! ちゃんと座ってるかー!?」

( ^ω^)「あ、今ちょっと急ブレーキとか、して頂いてもいいですか。別料金?」

ちょっと和やかな空気が流れると、料金メーターが一つ回った。
とくに信号にも掛かる事なく病院への道をひた走っていた。

婆ちゃん、大丈夫かな。とうっすら思うと

『ありがとうと、君に言われるると』

姉の携帯が鳴った。うただひかるの着うただ。
メールか、と一瞬思ったが――どうやら違うようだった。 ボタンを押して、次女が携帯を耳元へ持っていったからだ。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:12:30.87 ID:jqSRJFMf0
 

ノパ听)「え、あ。おかん」


それが次女の第一声。
そしてもれたのは、忘れもしない、あの言葉。


ノパ听)「は? ――――――そっかぁ。」


静かな声だった。
普段の気性の荒さをまったく感じさせない、次女らしからないとても穏やかな声だった。


『そっかぁ。』


そのたった四文字が、次女を納得させたんだろう。響きから全部伝わってきた。
直接見えたわけじゃないけれど、次女が肩を落として背もたれに全てを委ねたのが空気の動きでわかる。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:21:48.58 ID:jqSRJFMf0
 
ミセ*゚ー゚)リ「え、なに? ちょっと……」

ノパ听)「うん、わかった。……うん。」

携帯で会話を続ける次女に、どうしたの、と聞き返す長女。
――タクシーの運ちゃんは多分、僕達を乗せた時点でこう言う展開を読んでいたのだろうなと、あの時を思い返すと解かる。

病院までの直線道路で、運ちゃんが力強くアクセルを踏んだ。

加速によりぐん、と圧力がかかり、僕は思わず背もたれに体を預けた。それと一緒に胸も捕まれたように感じた。
一秒でも早く着かせてあげたい、と言う思いが圧力分伝わってくるような気分だ。
もういいです。と声をあげそうになったけれども、歯を食いしばって我慢した。


ドラマみたいに、死ぬ間際に家族皆が揃ってお別れの言葉を言う余裕なんて用意されてないんだと思ったから。

きっとそれは、とても得の多い人たちに、たまたまに用意されるような特別なものなんだ。

もしかすると都合のいい、頭の中だけで許された展開なのかもしれない。

次女は言った。


ノパ听)「だめだった。死んだって」


沈黙が痛かった。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:34:21.73 ID:jqSRJFMf0
 
l从・∀・ノ!リ人「危ないよー!」

空気を読めない2歳児の声が三人の沈黙を割り、
長女は空笑いを漏らしながら姪っ子の頭を撫でた。やさしい手つきだった。

( ^ω^)「…………そうかお」

僕の言葉を最後にして、ひとしきりの沈黙があった。前方を見ると病院が見えた。
市立病院に通院、入院出来ない市民はほぼこっちに来ると言われている私立の病院だ。

ああ、うん。これはまさに白い巨塔だなぁ、と病院の外見を見ながら、ぼんやり僕は思った。

この中に、一体どれだけの悲しみや喜びが詰め込まれているのだろうか。
きっとそれは、察しようのないことだ。そして永遠に解らなくてもいいことでもあるのだろう。

料金を運ちゃんに払い終わった後、助手席の僕だけが手動でドアを開けた。

降り際に「ありがとうございました」と一言述べると、運ちゃんは帽子を軽く浮かせる事で返答してくれた。
僕の声が少しばかり揺れていたのを、感じ取ったのかも知れない。

( ^ω^)「…………」

車から出、空を見上げると雲が夜空を覆っていた。
風は感じ取れなかったが、雲の流れがずいぶんと速いように見えた。
下は凪でも、上では強い風が吹いている。――何事もそんなものなんだろう。
気づいた時には雲が形を変えているのもしかりだ。



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:40:49.89 ID:jqSRJFMf0
ミセ*゚ー゚)リ「婆ちゃんの病室、何階だっけ」
( ^ω^)「五階」

言うが早いか歩くのが早いかで歩き出す。
ここでやっと姪っ子が「どうしたん?」と彼女の母である次女に質問した。

ノパ听)「んー、ちょっとねぇ」

そう言い、次女は曖昧な言葉で返答を濁して、姪の手を引いた。
引かれるままに歩き出す姪っ子は、まるで僕だった。
家の事情も何も知らなかった頃の僕だ。……今はどうなのかと言われると、少し苦しい。
一言の重みを知らず、空気を殺すこともしょっちゅうだし。 ……これはどうでもいいかお。
そんなこんなで、僕の道案内で迷うとなく病室の前についた。
間違いがないようにネームプレートを確認すると、確かに婆ちゃんの名前だった。

病室の扉は閉じられたままだったので、僕と長女が同じタイミングでその扉をノックした。
返事が返るよりも早くに僕が取っ手に手を掛けてスライドさせる。

廊下と同じように白い病室が視界に飛び込んできた。

 J( 'ー`)し「あ」
( ^ω^)「お」

意の一番に母と目が合った。その目元には涙が浮かんで、口元はだらしなく緩んでいる。
久しぶりに見る母の泣き顔だった。ああ、この人でも泣くんだなぁと思うと少し安心した。

僕の家は俗に言う嫁姑問題が結構あって、
(最近になってやっとのこと知らされた話ではあるのだけど、) 婆ちゃんは家で唯一の男児である父のことを溺愛していたらしく、
それを横から掻っ攫っていった母を泥棒猫のように思っていた節があった
(らしい。おくびにも出さなかったので僕は驚いた。)



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:44:39.43 ID:jqSRJFMf0
結婚当初、父の地方の常識を知らない母(母は九州のド田舎生まれ。)へ婆ちゃんは


「まあ、あんな親に育てられたんですものね」


と鼻で笑ったらしい。えげつない。
まあそんなエピソードがあるものだから、家の母は婆ちゃんと接触するのを何かと嫌がっていた。

でも今、そんな母は婆ちゃんの死に涙している。
犬猿の仲という言葉がある。猿も犬が死んだら悲しいのだろうかと僕は思った。
倦厭の仲と言っても、やはりそこに腐っても『仲』があるのだろう。ツンデレか。

見渡した病室には、母以外にヘルパーの佐藤さんと椅子に座る父が居た。
入り口からではベットの足の部分しか見えなかったけれど、
その脇へ添えられるように見慣れない機械があるのは見えた。
小さくて、コードがいっぱい刺さってる、四角形の白い箱。

心肺を計る機械だと、確認してもないのに僕は思った。



J( 'ー`)し「みてあげて。」



我が母ながら、開口一番にこの人は残酷な事を言うものだ。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:53:12.16 ID:jqSRJFMf0

(・∀ ・)「………………」

椅子に座ったままの父が何か小声で言葉を言っているようだった。聞き取れない。
独り言が多いのは父の特性だ。それは僕に遺伝されている。うん、どうでもいい。
姉たちが佐藤さんに会釈するよもり早く、その段階をすっとばして、僕は婆ちゃんの元に行く。

腕を擦る。まだ暖かいんだ。
額を撫でる。まだ暖かいんだ。
手を握る。まだ暖かいんだよ。

その感触はいつか味わったものだった。鹿児島の、爺ちゃんの時だ。

うん、死んでる人って言うのは暖かいのに、違う。
具体的にどこが違うとか、ここがこう違うから死んでるとかはいえないけど、
感覚の中の深い部分が、手から伝わってくる感触が、死んでるっていうんだ。皆も一回触ってみれば解ると思う。
痛いほどに自分の感覚が、奥底から言うから。この人は死んでんだよーって。
だから僕は混乱はしない。だから僕は泣かない。
「この人ただ寝てるだけじゃね?」とか、子供だましなことは思わない。

それでも、同時にこうも思ってしまうんだ。
この人は僕の手を握り返してはくれないって。
もうこの人は、あの声で僕の名前を呼んでくれないって。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/21(日) 23:59:08.57 ID:jqSRJFMf0
从・∀・ノ!リ人「お婆ちゃん、寝てるの?」

姪っ子が言った。
僕は眩暈を覚えた。
なんて。

J( 'ー`)し「うん。寝てるんだよ」

なんてこの人たちは、ドラマくさいこというんだ。
――なら。ここまでもう寸劇臭いなら、僕のこれも許されるんじゃないのかな。
なんて思って、婆ちゃんだけに伝わるように、小さな声で言った。

婆ちゃんのおかげで、僕はこんな世間に甘い奴になっちゃったんだ。
婆ちゃんのせいて、僕はこんなに家の事情をしらない奴になっちゃんったんだ。
どうしてくれるんだ。責任取ってくれお。
それに僕は今年大学受験で大変なんだ。なんでそんとき死ぬんだ。何で今なんだ。
大学入って、婆ちゃんにおめでとうって言って欲しかったのに。
今までの感謝の気持ち、その時言おうと思ったのに。
ダメならダメでがんばろうっていって欲しかったのに。
大学に入って、晴着を見せるって約束まだだよ。婆ちゃん長生きするってゆったじゃん。僕の結婚式にでるってゆったじゃん。
老い先短いとか、それまで生きてるかわかんないねって婆ちゃんよく言ってたけど、
僕の晴着見るまでは死ねないねって言ったのも婆ちゃんだよ。

いっぱいいっぱい心配掛けて、たくさん迷惑かけてごめんなさい。
苦しかったね。痛かったね。これからは爺ちゃんと一緒だね。ご苦労様、でした。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:03:01.63 ID:G5Pzmzqg0
言葉を言う度に涙が溢れた。鼻がツンとした。
婆ちゃんの手を握るけど握り返してくれない。けれど暖かい。でも死んでる。

僕の言葉は全部、生きてる間に言いたかった言葉だった。
生きてる間に言わなきゃ意味のない言葉だった。
「じゃあまだしねないね」って返して欲しかった。

でもやっぱり、余裕なんて用意されてなかったのだろう。それはあんまりにも高望みだ。
僕は自分自身にそう言い聞かせた。そうじゃなきゃやってられなかった。
そして思う。もしかすると父も同じ気持ちだったのではないかって。
椅子に座って呟く父も、僕と同じような言葉を、同じような気持ちをぶつけていたのではないだろうか。

それも、もう真偽は解らないけれど。
姉が泣きながら婆ちゃんの手を握っているのが見えた。

从・∀・ノ!リ人「婆ちゃん、痛い?」

J( 'ー`)し「もう痛くないよ。ご苦労様っていってあげて」

从・∀・ノ!リ人「ごくろうさま」

ごくろうさま。もう一度僕はそっと呟いた。
そんで、見た。父の口の形が、僕と一緒だった。



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:07:19.34 ID:G5Pzmzqg0
婆ちゃんの枕に漏れた赤黒い何かに気付いてはいたが、それが血だと言うのにはあえて知らんぷりしていた。
婆ちゃんの顔をじっくりと見て、そこで受け入れたくらいだ。

枕の血は割と広範囲に広がっていて、かなりの量を吐き出したことが解った。
苦しかったろうにと、吐血もしたことない俺は思う。


ふと、婆ちゃんの細い腕に点滴の針が差しっぱなしなのに気付くいた。
抜いてやれお、と思った。その気持ちは姉も一緒だったようで、

ミセ*゚ー゚)リ「点滴の針、抜けないの?」

と聞いていたのを遠めに僕も聞いた。
佐藤さんが苦笑い気味で、抜くためには何か特殊な液体が必要だと言う事を教えてくれる。
看護婦さんの領分だと、そう言う佐藤さんは少し悔しそうだった。

( ^ω^)「姪、貸して」

電池の切れたように眠りへ入った姪っ子を抱いていた次女に告げると、次女はすんなり僕に姪っ子を寄越した。
生きている重みが腕に伝わってくる。しっかりと自分の腕の中に抱く。

姪っ子は一つ、あくびを入れた。



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:13:08.87 ID:G5Pzmzqg0
佐藤さんが何も出来ずにすみません、と父に謝罪していた。
いいえ、いいえ、と父が何度か繰り返し、押し問答のようなやり取りが続いた。

「では私はこれから会社に連絡など入れますので。」

そう言い、荷物をまとめさせていただきます、と深々と礼をする佐藤さんに、
母が今までご苦労様でしたと労いを入れた。
僕も軽く会釈し、それからずれて落ちてきた姪っ子をまた担ぎなおした。

佐藤さんが帰って、何十分かしたころ、 姪っ子が愚図ったり
(小さい子って、眠いととりあえず泣くおね。なんでだろう。)
次女が入院の荷物を家に運んだりと病室内は忙しなかった。

30分か一時間ほど経ったころ、山岸のおばちゃんとおじちゃんたちが到着した。
病室に入るなりおばちゃんは長女に走りより、何か言葉を言いながら
(どうして、とか、昼行った時は笑ってたのに、とか言っていたような気がする)
拳を姉の胸にたたきつけていた。叫ぶように言葉を繰り返していた。


ミセ*゚ー゚)リ「おばちゃん、うちが痛いんだけど」


苦笑い気味で長女が言う。
多分姪っ子を抱いてなかったら僕に来たんだろうなと思った。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:17:10.09 ID:G5Pzmzqg0
それからいくばくか時間が経った。
落ち着いてきたおばちゃんとおじちゃんが、ベットの両脇に立った。

――僕はその日1日で、色々な感情の篭もった声を聞いた。
全てを悟ってあきらめた次女の声。
事実を疑う、信じられないと伝えてくる長女の声。
残酷に事実に向き合えという母の声。
事実を知らないけれど、それでも優しい姪の声。
そして、おばちゃんの

('、`*川「おかーちゃーん、ほら、娘が来たよ。おきーな、ほら」

おばちゃんのいつも通りの声。
いつも通りの、母を起す娘の声。
だからこそだろうか、それを聴いた時に、僕の背筋に何かうすら寒い物が流れたのだ。
婆ちゃんの点滴の跡よりも、それは痛々しい声だったから。

('、`*川「おきて。なぁ。起きて。起きてよ。……なぁ、おかーちゃん、なぁ」

次第に叔母ちゃんのトーン落ちて、声が震えていく。その過程が、今でも耳に残っている。

その時のこと、一言で言うと寸劇みたいだった。
おばちゃんは、ドラマのワンシーンのようにむせび泣いた。
何かの呪文のような言葉を繰り返し繰り返し言って、婆ちゃんの体にしがみ付いたんだ。

「おかあちゃん。」

おばちゃんが繰り返していたのはその一言だけだった。



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:23:23.28 ID:G5Pzmzqg0
姪っ子が愚図る。連動して抱いていた俺が少しあせる。

ミセ*゚ー゚)リ「わかるんやろ、外出てあやしたり」
( ФωФ)「小さい子は、そう言う空気に敏感やからな」

目じりに浮かんだ涙を拭いた叔父が薦めてきた。姪のけたたましい泣き声で少し落ち着いた叔母も頷いた。
だから僕は、姪っ子と一緒に追い出される形で病室を出た。

廊下に出ると、その明りは落ちていた。
消灯時間は過ぎているし、当たり前と言えば当たり前のことだった。
うす暗い廊下を、姪っ子を抱いて少し歩く。
端っこにある、非常階段とベランダに通じる扉に立って僕は姪っ子をあやした。
子供をあやす心得が無いので下手くそだったろう。ごめん、姪。

丁度大阪に向いた扉からは夜景とビル郡の陰が見えた。
病室からかすかに漏れていたのは、叔母が声を張って叫ぶ声だった。 「おかぁちゃんが、」と叔母の声が聞こえる。
――そのとき僕は、ああ、小さい子供の手前、叔母も我慢してたんだなぁと思った。
この場合、その『小さい子供』には僕も含まれているのだろうか?

病室から、母の声が聞こえていた。婆ちゃんの様態は、崩れるように悪くなっていったのだと言う。
しかもそれは、ほんの5分10分の出来事だったそうだ。
昼には平気そうな顔をして笑っていたのにと、母は続けた。

僕はそんな、言い争いのような声たちが落ち着いたのを見てから病室に戻った。
病室の空気はただただ重い。婆ちゃんの顔は安らかなのが救いだった。
イレギュラーなのは枕もとの血だけだった。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:29:56.56 ID:G5Pzmzqg0
姪が再度瞼を落としては上げ、落としては上げを繰り替えす頃に、父が語りだした。
誰ともなしと言うのはこう言うことを言うのだろうか。

(-∀ -)「ほんの4、5分のことでしたんよ」
( ФωФ)「うん」

叔父が、優しく相槌を入れる。叔父は普段から物腰の穏かな人だった。
それに父も助けられたのだろうか、父は相貌をほろりと崩してこう続けた。

(-∀ -)「素人目から見てもかなりの量を吐血したから、先生をよんだんです。
 また胃からの吐血でしてね、先生は『胃の中にバルーン入れるか』って聞いて来て。」

父が冷静に説明する。その声は震えてなかった。
多分、そう言う義務があると父は思ったんだろう。
最期を看取った人間として、最期の様子を伝える義務が。

『胃の中にバルーン』と言うのは、内臓からの出血を止める為の方法の一つで、
しぼんだ風船を体の中へ入れ、膨らまして出血部分を圧迫し、それで内臓の中にかさぶたを作ることを言う。
体内からの出血の場合、薬かこの方法かのどちらかしか取れないそうだ。

前回吐血した時もこの方法を使ったんです、と父は言い、こうも続けた。

それでもそれはいたちごっこで、かさぶたが剥がれると、
またかさぶたを作る為に風船入れるって感じになるのだと。

(-∀ -)「私、前回のそれを見てて、……拷問にしか思えなかったんですよ」

(-∀ -)「だから先生に、聞いたんです。
 もしこの人が、私の母でなく、先生の母なら先生たちはどうすると」



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:34:39.02 ID:G5Pzmzqg0
 

(-∀ -)「一人の先生は、『苦しんでいるのを見るのは嫌だから』と言いました。
だけれどもう一人は、それでも自分は医者だから、あきらめなれないから。
無駄な延命になるかも知れないけれど、自分はやると、入れるといいました。
そして私に、『もし延命せずここで死ねば、一生後悔しますよ』と。だから、」


父が一端言葉を切った。そして続けた。


(-∀ -)「少し待ってくれと私は」


父が両目を開け、ベットに横たわる婆ちゃんを見た。真摯な視線だった。


そのすぐ後です。と父が言う。


浮かべた微笑みには、負の感情は一分たりともなかった。
どこまでも愚直で、純粋な感情で満たされている微笑だった。その感情が何なのか、まだ僕には解らないけれど。

(・∀ ・)「思えばこれが母の最期の子孝行だったのかも知れないですねぇ。
 考える時間も、くれなかった。正直、ありがたいと思いますよ。
 ……そのかわり、孫たちは間に合いませんでしたが」

大体こんな感じの話だった。
婆ちゃんの最期の、一握りの優しさを伝える話だった。



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:43:26.01 ID:G5Pzmzqg0
婆ちゃんはいつも言っていた。 



『家族を大切にしろ。精一杯愛せ。
この世の中、他人は腐る程いる。他人のおかげで成り立ってるようなもんだ。
けれど肉親は、両手手足で足りるしかいない。腐るほどいる他人の中でたった数十人しかいない。
恨むのは他人でいいから、家族を後悔ないように、力いっぱい愛せ。いつ別れがきても良いように。』



僕は婆ちゃんを、力いっぱい愛せただろうか。
その答えをいまだ僕はつかめないでいるけれど、その足がかりになるような事が先日あった。


婆ちゃんの日記を見たんだ。


少し不躾のような気もしたし、後ろ髪を引かれる思いがなかったとは言いがたい。
けれどもそれ以上に、僕は何気なしに開いたページのたった一文に目を奪われたんだ。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:48:25.42 ID:G5Pzmzqg0
そこにはこう書かれていた。


『今日、ブーンちゃんが遊びに来た。何かの日だっただろうか?
 色々食べあさって帰ったけれど、とにかくうれしかった。』


達筆な文字で、この一文が書かれていた。
テレビ番組や今日食べたご飯の内容が、うっすいHBの鉛筆でつらつらと書かれている中、
少しだけ強い筆圧でこれが書かれていた。


だから、これを正解にしていいのかもなぁ、と僕は思う。
婆ちゃんが死んだ時の日から数えて、一週間前に書かれたこの文字を。
最後に一つ、僕からこれを見ている貴方たちへ。

『家族を大切にしろ。精一杯愛せ。
この世の中、他人は腐る程いる。他人のおかげで成り立ってるようなもんだ。
けれど肉親は、両手手足で足りるしかいない。腐るほどいる他人の中でたった数十人しかいない。
恨むのは他人でいいから、家族を後悔ないように、力いっぱい愛せ。いつ別れがきても良いように。』



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/22(月) 00:50:48.84 ID:G5Pzmzqg0
・おわりに
裏切りとか不仲とか喧嘩とか、あるかもしれない。家族も人間だから。
そん時は、ぶつかれ。言って駄目なら殴れ。それでも駄目ならも一回殴れ。
逃げ口も解決の道も、きっとそこから生まれるさ。



長い間付き合ってくれてありがとう。
ではまた、どこかで。



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