( ^ω^)は殺人者のようです

2:◆irDDQfcPYE :02/09(金) 04:41 im7SS5LuO

2月1日。深夜。

( ^ω^)「ブーン、任務完了ですお」

短い報告だけを携帯で入れ、一息つく。

先程の現場からは既に数十キロ離れており、同じ組織の人間が明日の朝早くに第一発見者として警察に通報するだろう。

一通りの手順を踏んだ後は突発的な通り魔の犯行として片付けられるはずだ。

彼が所属する組織「VIP」にはそれだけの権力がある。

―「VIP」

表向きには世界に名を轟かす大企業。
だが一皮めくれば影ではライバル会社の暗殺すらやってのける。
またそれだけの能力を持つ人間を雇い入れている裏の顔を持つ組織。

保安部門対外警備課所属、それが彼、内藤ホライズン通称ブーンに与えられた肩書きだった。

誰に捕まる恐れもなく人を殺せるところから快楽殺人者や気が触れた人間まで。
一定のルールさえ守れるならば平気で雇い入れるところから社内では「殺人課」の通称で呼ばれている。

ブーンはこの仕事が大嫌いだった。

彼自身は学生時代にスポーツに汗を流したものの、特別に運動神経が発達している訳でもなければ血を見て興奮する性癖もない。

だが彼には仕事を続けなければいけない理由があった。



3:◆irDDQfcPYE :02/09(金) 04:42 im7SS5LuO

2月2日。昼。

市内のある病院に真っ白い車が止まった。
中から出てきたのは彩り豊かで豪奢な花束と大きな包みを持ったブーンだった。

ここはVIPが経営する市内でも最大の規模を誇る病院。

ブーンは手慣れた手つきで面会者に自分の名前を書くと、何度往復したかもわからない廊下を抜け、2階の一番奥の個室へと辿り着いた。

―コンコン

軽くノックをして、扉をスライドさせるとベッドの上から今年で23になる彼女の満面の笑顔が出迎えてくれた。

ξ*゚听)ξ「ブーン!」

今にもベッドから飛び出しそうな彼女を手で制して花瓶に花束を活け、傍らに備え付けられたパイプ椅子に腰掛ける。

( ^ω^)「ツン、元気にしてたかお?」

ξ*゚听)ξ「うん!あのね、あのね!こないだ遠足行ったの!」

一週間ぶりに会えたのが余程嬉しかったのか、ツンはかなりの大声で話した。

( ^ω^)「それはよかったお。どこまで行ったんだお?」

ξ*゚听)ξ「んーとね、お山!」

( ^ω^)「そうかお。あ、そうだ。今日はツンにプレゼントを持ってきたんだお」

言いながら片手に持ったままだった包みをツンに渡す。

ξ*゚听)ξ「なになにー!?」

聞きながら袋をバリバリと破る。
出てきたのは大きなクマのヌイグルミだった。

ξ*゚听)ξ「…」

ツンは両手でクマを抱えながら沈黙している。

(;^ω^)「あれ?気に入らなかったかお?」

ミスったかな…そんな言葉が脳裏を掠める。
だが、ツンは首をぶんぶんと振ると両腕でクマを力一杯抱き締めた。

ξ*゚听)ξ「ブーンありがとう!大切にするね!」

( ^ω^)「おっおっ。気に入ってくれてなによりだお」

その時タイミングを見計らったようにドアがノックされた。
目をやると白衣を着た初老の医者がこちらを向いて立っている。

雰囲気を察して椅子から立ち上がりツンに声をかける。

( ^ω^)「ツン、ちょっと先生とお話してくるから待っててお」

ツンはクマになんという名前を付けるかを夢中で考えており既にこちらは意識の外だったみたいだ。



4:◆irDDQfcPYE :02/09(金) 04:43 im7SS5LuO

静かに病室を抜け、医者の後に続き個室に入る。

( ^ω^)「先生、ツンは?」

置かれたコーヒーに手を付ける事もなくゆっくりと、だが簡潔に尋ねる。
ブーンの昔からの癖だった。

「我々の開発した薬でツンさんの症状の悪化は止まっておる。しかし…」

そこまで言いかけて医者の表情が曇る。

( ^ω^)「状況に変化はないって事ですかお?」

結論を焦るのは自分の悪い癖。
それは理解しながらも押さえられなかった。

「我々の研究は間違いなく世界で最先端じゃ。このまま続ければ必ずツンさんの精神退行は完治する。今はまだ時間がかかるがのう…」

完治。

その単語にブーンは場所も忘れ、数年前のツンを思い出していた。

出会った頃の知的で聡明な彼女。
幾度となく迎えたブーンのピンチを一言のアドバイスで救ってくれた彼女。

「今は大体7〜8歳まで退行しておるが既に退行は止まっておる。後は研究の進行を待つしかない」

医者からの報告に感謝を述べ、ブーンはツンの個室へと戻った。

はしゃぎ疲れたのか部屋に入るとツンはプレゼントにあげたクマをしっかりと胸に抱いたまま、深い眠りへと落ちていた。
ふと目をやるとクマの腕に括り付けられたプラスチックボードに「ブーン」と書いてある。
どうやら光栄にもクマはブーンと名付けられたらしい。

暫く静かに眠るツンを見つめた後、暗くなってきた病室を出て、車のシートに腰を下ろす。

退行が治り相応の知力を取り戻した時、ツンは自分を詰るだろうか?
今後数年間、人を殺し続ける罪悪感に自分は耐えられるだろうか?

今までツンを見舞う度に頭を過った疑問がまた沸いてくる。

太陽が完全に地平線に隠れる頃、今までと同じ結論にブーンは達していた。

全てはツンが治ってから。それまでは人に蔑まれても罵られても人を殺し続けよう。

夜の帳が世界を包む。

殺人者の夜の幕が開く。



5:◆irDDQfcPYE :02/09(金) 05:50 im7SS5LuO

2月2日。夜。
VIP本社ビル13階
保安部門対外警備課会議室にブーンはいた。

10人掛け程度のテーブルが置かれた狭い会議室に男が自分を含め、3人いる。

(,,゚Д゚)「今回の作戦は少し複雑だからペアで行動してもらう」

最初に口を開いたのは対外警備課課長のギコだった。
(,,゚Д゚)「作戦の説明の前に、お前達は互いに初対面だろうから紹介しておく」
ギコは先にブーンを指差した。

(,,゚Д゚)「こっちが内藤で、こっちがドクオだ」

( ^ω^)「よろしくお願いしますお」

( 'A`)「…よろしく」

随分と陰気な男だな。
それがブーンのドクオに対する第一印象だった。

この仕事は課長以外の同僚と顔を合わす事はほとんどない。
会った事があるのは同期のショボンと新人の頃に同行した先輩のジョルジュの2人だけだった。
その二人とも入社以来3年間、顔を合わせていない。

その数少ない経験からわかることは…

( ^ω^)(この人はまともな人みたいだお…)

そう。数年間も人を殺し続けると人は必ず2つのパターンに分かれる。
1つは陰気に。
もう1つは快楽殺人者に。
そういう意味で陰気な人間は比較的「まとも」だと言えた。

(,,゚Д゚)「今回はライバル会社のラウンジ製薬に侵入。その場の職員を全滅させた後、開発中の薬を奪取してきてもらう」

ホワイトボードに黒ペンで書き殴りながらギコが説明を始める。

( ^ω^)「それはうちの仕事じゃなくて…」

( 'A`)「工作課の仕事じゃないのか?」

ブーンの台詞をドクオが続ける。

工作課。
正式名称は長すぎて覚える気にならないが、主にライバル会社に侵入や潜入し、目的の品物や情報を持って帰る事を主任務とする課。
言うなればスパイ活動をする課だ。

武力行使で目標を達成する警備課とは大きく担当範囲が異なる。

(,,゚Д゚)「今回潜入してもらうナース工場は中も外もガードが堅すぎて奴らでは戦力不足らしい。
 そんな訳でうちで比較的潜入が得意なお前達に任務が回されたって訳だ」

納得いくような出来ないような説明だが、会社の命令とあればどの道逆らう訳にもいかないだろう。

(,,゚Д゚)「詳しい内容はファイルに纏めた。1時間後の便で向かってくれ」

ギコの締めの言葉で会議は終了となった。



6:◆irDDQfcPYE :02/09(金) 05:50 im7SS5LuO

ドクオと一緒に作戦部にエレベーターで向かい、ファイルを受け取りお互い一言も喋らないまま飛行機に乗り込む。

目的地までは2時間のフライトだ。

( 'A`)「今回の作戦は何か妙だな」

ドクオがその口を開いたのは飛行機が飛んでから30分後の事だった。

( ^ω^)「確かに。いくらガードが堅いからって工作課だって戦闘訓練は受けてるはずだお」

まさに自分が今考えていた事を話し掛けられ少し焦りながらも同調する。

( 'A`)「内藤は処分の噂を聞いた事があるか?」

( ^ω^)「ブーンでいいお」

相手の発言をやんわり訂正し、少し眉間に皺を寄せる。

( ^ω^)「使い物にならなくなった社員を作戦と称して同僚の手で殺す、とかって話かお?」

( 'A`)「あぁ。なんでも必ずペアで作戦中にするらしいがな」

そんな話は聞いた事がない。
慌ててドクオの顔を覗くが薄暗くて表情までは読めなかった。

(;^ω^)「まさか…」

ごくり、と唾が喉を通る音がはっきり聞こえる。

( 'A`)「すまねぇな。これも仕事なんだ…」

絶望。
その二文字だけが頭の中で反響する。

この飛行機の中で殺るか?幸い自分のナイフはX線を通過させる特殊ガラス製の為、今も胸元の鞘に入っている。

もしくは着陸直後の混乱に乗じるか?

なんにせよツンの為にもここで死ぬ訳にはいかない。

( 'A`)「嘘だけどな」

一瞬言葉が脳を通過してからまた戻ってくる。

(;^ω^)「おま…洒落にならん事を言うなお…」

('∀`)「フヒヒ!サーセン」

どうやら陰気だと思ったのは間違いだったようだ。

( 'A`)「でもその噂は本当だぜ。だから試させてもらった」

ドクオが言いながらブランケットの下の手を動かすと、自分の首に微かな違和感を感じる。

( 'A`)「特殊繊維だ。人の首くらい簡単に刎ねる」

( ^ω^)「それを引くのかこれが刺さるのかどっちが速いかお?」

言いながらブーンも右手を軽く押すと軽く、ドクオの丁度心臓の上あたりがチクリと傷んだ。

視線を下ろすとナイフが肋骨の隙間に垂直に構えられている。

('∀`)「どうやらお互い今回はセーフみたいだな」

特殊繊維をしまいながらドクオが言うと、

( ^ω^)「だお」

ブーンもナイフを鞘に戻しながら応えた。

外を見ると飛行機は緩やかに下降を始めていた。



10:◆irDDQfcPYE :02/09(金) 18:09 im7SS5LuO

( 'A`)「さて、着いた訳だが」

研究所を見下ろす小高い丘に腰を下ろし、双眼鏡を覗き込みながらドクオが口を開く。

( ^ω^)「いやーなかなか壮観だお」

こちらも同じく双眼鏡を覗いているブーン。
壮観とはまさに彼らが見ている研究所の警備の事だった。
外からわかるだけでライフルを構えた警備員が二十人は警備についている。

( 'A`)「作戦開始まで1時間か…」

基本的に警備課の仕事は各自に任される。
つまり本部からのバックアップは一切なく、現地到着後は各々の判断で作戦を遂行する。

( ^ω^)「ドクオの得物は特殊繊維だけかお?」

初めてのペアでの仕事。
相手についての知識はほぼ無いに等しく、それでは作戦の達成は難しい。

( 'A`)「ん?あぁそうだが…お前はナイフ以外になんかあんのか?」

警備課には色々な人間がおり、得意とする武器もそれぞれ違う。

そして主な仕事が暗闇に紛れての暗殺となれば、自然と手に取るのは刃物または近距離での射撃銃、遠距離からの狙撃銃に絞られていた。

( ^ω^)「いや、ナイフだけだお」

( 'A`)「なんだそりゃ」

人に聞いておいてそれか、と思わず突っ込む。

( ^ω^)「んじゃどういうプランで行くかお?」

( 'A`)「正直初対面で効果的な連携が取れるとは思えねえ。俺の提案するプランはこうだ」

言いながら自前のノートパソコンを開く。

画面には目標の研究所が立体的に表示されていた。

( 'A`)「まず入り口は前後2ヶ所。ここから別々に侵入する」

画面に現れたカーソルを操作しながらドクオが説明する。

( 'A`)「第一目標の薬は恐らく中央のラボにあるはずだ」

( ^ω^)「要は各々単独で目指すって事かお?」

こめかみを指で押さえながらブーンが尋ねる。



11:◆irDDQfcPYE :02/09(金) 18:10 im7SS5LuO

ドクオのプランはこうだった。
各個侵入後、通る道すがら警備員も全滅させる。
目標を手に入れた後、一度合流。その後研究所を爆破して脱出。
後は逃げてきた研究員を仕留めて終わり。

( 'A`)「どうだ?」

説明を終えたドクオがこちらを伺う。

ざっと脳内でシュミレーションを開始してみる。
ブーン自身は当然だがドクオも警備課で仕事をして長い。
戦力的にも問題はないはずだし、成功率は高そうだった。

( ^ω^)「把握したお」

ドクオに了承の意図を伝え、現地の支社から受け取った作戦用の装備が入った袋を開く。

VIPの開発部門が情熱を注いで作り上げた芸術品達がそこにあった。

まず出てきたのは真っ黒に染められた防弾対刃ジャケット。
これは警備課全員に配られる、通称「戦闘服」だ。
ただしブーンの物だけは独自装備として、数十本のナイフが仕込めるポケットがあちこちに付いている。

次に出てきたのは投げナイフの束。
ブーンが好む重心の取り方、グリップの太さ。
すべてが特注だった。
それらを手際よく全身のポケットに差し込んでいく。
作業を終えた後はその場で軽く屈伸をし、ナイフによって動きが制限されていない事を確認する。
そして最後に腰の後ろにある鞘に左右から一本ずつナイフを刺す。
左にはずっしりと重量のある軍用ナイフ。
右には薄く鋭い特殊ガラス製のナイフ。
どちらも大切な相棒だった。

準備を終えドクオを見ると彼も丁度支度を終え、両手の先に付いた特殊繊維の確認をしているところだった。

( 'A`)「よし。連絡の時間だ」

袋から衛星電話を取り出し本部に連絡を繋ぎ、電話を切る。

( 'A`)「目標は中央ラボ。遅れた方はホテルの朝飯おごりだ」

( ^ω^)「おっおっ。その賭け、乗ったお」

今から人を大量に殺すのに不謹慎だと思う。
だが、ゲーム感覚にでもしなければ精神が持たないのは自分もドクオもわかっている。

2月3日、夜明け前。
作戦は開始した。



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