( ^ω^)ブーンは侍になるようです

  
5: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 16:47:35.30 ID:4G7yNiVv0
  
Ep.1 楽園での暮らし方

 1.

 南中状態から決して動くことの無い、エクメーネ(居住区)の天頂パネルに映し出された人口太陽の光を浴びながら、警察官達は緊張した面持ちでコンビニエンスストアの入り口を半円状に取り囲んでいた。
 彼らの眺める先、コンビニの入り口に立っているのは二人の男達だ。
 一方は人のよさそうな顔の青年、もう一方は白髪の混じり始めた四十代後半ほどの壮年の男だ。
 男は青年の首を左腕で押さえ、首筋に右手で握った包丁を突きつけている。
 男の体の震えにあわせて、その手に握られた包丁も震え、突きつけられた切っ先が男の前に立つ青年の首の表皮を掻き毟る。
 男は今日、意を決して初めての強盗に踏み切った、いわば犯罪者デビューしたてのルーキーだった。
 故に、警察に囲まれたこの状況に、どう対処すればいいのか皆目見当もつかなかった。
 四日前に自宅から離れた金物屋で購入した包丁を片手に、客の居ない時間を見計らって、これまた自宅から離れたコンビニの店員を脅して金を奪い取り、逃走。
 しかし、偶然店のトイレに入っていた別の店員からの通報を受けた警官隊が駆けつけようとしており、逃げ切れないと腹を括った男は、偶然傍を通りかかった通行人の青年を人質に取り、駆けつけた警官隊と睨み合う事数分、今に至る。
 新人強盗と運の悪い通行人。それが最も端的な二人の身の上になるだろう。
 そんな二人を遠巻きにして包囲している警官隊の列の後方に、集まっている野次馬を押しのけて二十代前半ほどの新人の刑事がやってきた。
 現場責任者の上司の刑事に、犯人の男についての調査報告を行いに来たのだ。



  
6: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 16:48:28.80 ID:4G7yNiVv0
  
(´・ω・`)「早かったな」

 上司はどこかのんびりとした口調で、額に汗を浮かべながら、野次馬の群れを抜けてきた刑事に話しかけた。
 この刑事の方もこれまた若い。もしかしたら新人の刑事よりも若いかもしれない上、背も低い。
 柔和そうな顔立ちに、下がり眉毛が印象的な男だ。

「ここ一週間でここに流れてきた奴を洗ったら、簡単に見つかりましたからね」

 少し得意げな顔で、新人刑事はそう言った。
 しかし上司は黙ったままで、新人刑事の表情は戸惑ったものに変わるが、報告を促されているのだと気づいて再び口を開く。

「犯人の名前は西園智明、一ヶ月ほど前まで商社で課長を勤めていましたが、会社の金を横領したとしてクビになってますね。
 どうも商社が、懇意にしていた貿易会社と共に行っていた密輸が公正取引委員会にバレそうになって、その蜥蜴の尻尾切りのようです。
 本人は工作には関わってないようなので、何がなんだか分からないうちに解雇されたようです」

(´・ω・`)「その後は、職を失くして警察に追われて、この第十八エクメーネに逃げ込んできて”はじめてのお使い”に手を染めた。ここじゃ落伍者、犯罪者の典型だな」

 ため息をつきながら、呆れたように言った上司の刑事は、来ていたスーツの胸ポケットから煙草を取り出した。全体的に黒いパッケージの上に、三つ又の槍を持った黒い悪魔が描かれた赤い円状のロゴがプリントされている。
 そしてさらにその中から、これまた巻紙の黒い煙草を一本取り出して口にくわえると、どこかのクラブの名前が入った百円ライターを取り出して火をつける。
 辺りにココナッツミルクの甘い香りが広がり、新人刑事が顔をしかめたが、上司の刑事は全く意に介す事無く煙草を吸い、やがて煙を吐き出すと、口を開いたまま言葉をつむいだ。



  
7: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 16:49:06.13 ID:4G7yNiVv0
  
(´・ω・`)「あのな、調べてもらっておいて悪いんだが、どうも俺達に出る幕は無さそうだ」

 煙草を片手に申し訳なさそうな表情を作って言う。
 それに対し、新人刑事は不可解だとでも言いたげに眉を顰めた。
 その様を見て、上司の刑事は「あれ」とだけ言って、コンビニの入り口に立つ二人を指差し、それっきり黙って再び煙草を口元に持っていった。
 上司の指の先に視線を向けると、彼は納得したのか、思わずといった感じで「ああ、成る程」と呟いた。

「これは僕等の出る幕は無さそうですね、ショボさん」
 ショボと呼ばれた責任者の刑事は、もはや喋らず、満足そうに目を細めて煙草の煙を燻らせながら、コンビニの入り口を眺めていた。
 彼らの視線の先では、相も変わらず、人のよさそうな顔のつくりをした青年が犯人の男、西園に包丁を突きつけられているだけで、その周囲に他の人影は無い。
 そう、男の左腕で首を抑えられ、包丁の先で喉の皮膚を出鱈目に削られながらも、最初から最後まで全く同じ、人のよさそうな顔のままでいる青年が。
 



「っざっけんな、てめーら散々俺の邪魔しやがってぶっ殺すぞ」
 血走った目を見開いて、興奮した様子で男が叫ぶ。
 先ほどから彼の体は小刻みに震えており、血走った目の奥には怯えの光が宿り始めている。
 黙っていてはそれ等の恐怖に押しつぶされてしまいそうなのだろう、不安をかき消すかのように男は怒鳴り続けた。
 彼の前には相変わらず、ぴくりとも動かない青年が居る。恐怖に駆られて縮こまっているのだろうか。
 後ろに居る彼からでは現在の顔は見えないが、人質に取った時の記憶からでは、目が細く、何時でも笑ってるように見える、人のよさそうな顔をした青年だったように思える。
 青年は先ほどから一心に何事かを呟き続けている。何かの祈りだろうか。
「畜生、俺がなにしたってんだよ………」
 これまで怒鳴っていた男は、一転して声の調子を弱くして呟いた。



  
9: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 16:49:51.65 ID:4G7yNiVv0
  
 自分がこれからどうなるのか、どうすればこの状況を脱することができるのか、ということに対する不安から、つい愚痴のようなものをこぼしてしまう。
 彼は二十年近く真面目に働き続けてきた会社から、突然「テロリストに対するミサイルの発射台に転用可能なトラックの密輸」という濡れ衣を被せられ、逮捕状を携えた刑事達の訪問を受け、逃げ出さねばならなくなった。
 その理不尽を思うと、彼の目頭は厚くなり、弱気を吹き飛ばして再び怒りがこみ上げてくる。
 そんな時、自分自身の声が小さくなり、不意に周囲の音に意識が傾いたことから、人質の青年が呟く声が彼の耳に入ってきた。 
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」
「…………は?」
 初めて青年の呟きの内容を理解し、戸惑う男に対して、突如包丁を突きつけられていた青年の首が九十度ほど動き、男と顔を合わせた。
 包丁の先端がさらに喉の肉を軽く抉ったが、お構い無しに振り向いた青年の顔は笑っていた。
 いや、笑っているわけではない。元の顔が笑って見えるようなつくりをしているだけで、観察力のある者がよく見れば、それが全くの無表情であることに気づくだろう。
 青年はそのまま、顔の筋肉を一切動かすこと無く、口の筋肉だけを使って男にむかって喋り始めた。
「あのさ、俺が死ねって言ってるんだよ。死ね。何で死なないんだよ。死ね。うぜえ。俺が神だとわかっての無礼かクズ。死ね」
 表情は一切変わらず、声の調子からも何の感情も読み取れないにもかかわらず、明確な殺意だけが伝わってくる。
 叫んでいるようにも聞こえるが、声はそれほど大きくも無く、どこか淡々とした印象を受ける。
 男の表情が戸惑いから、青年の言葉を理解しようと必死に思考するそれへと変化する。
 だが、返事を返さない男を無視して、青年は一方的に喋り続ける。
「いいか、俺は神だ。これは大前提だ。死ね。もちろんお前は俺が神だということを証明してみろよ、と思うだろう、糞蛆が。死ね。
 『喉が渇いたと思ったら、ちょっと歩いて147円払うだけで喉の渇きが潤った』
 『腹が減ったと思ったらちょっと電話をかけて500円払っただけで空腹が満たされた』
 わかるか?わかるよな。死ね。願いが何でもかなってしまう。死ね。これは俺が神でもない限り説明がつかない。そうだよな?なのによ、なんで―――」
「ひ…………ッ」
 そこで初めて男は青年の目を直視し、本能的に恐怖を感じて一方後ろに下がる。



  
10: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 16:51:26.13 ID:4G7yNiVv0
  
 目が細いため分かり辛いが、青年の瞳孔はどこか焦点があっていない。男を見つつも、青年の目は男を見ていなかった。
 しかし、何かをその目は焦点が合っていないにもかかわらず、茫洋とした何かをにらみ続けているようにも思える。
 男は、何時だったか彼が見た、このエクメーネの裏路地で麻薬をキめていた連中がこんな目をしていたのを思い出す。
 ヤバイ、こいつ、ジャンキーだ。男がそう思ったときにはもう遅かった。
「―――なんでてめえはさっさと死なねえんだよ!神に対する反逆じゃねえか!死ね!死んで詫びろ!腐れ低脳がッ!」
 叫ぶと共に青年は包丁を持った男の右手首を掴み、握った。ぼきり、という鈍い音。
 たったそれだけのことで、男の右手首の間接は砕け、包丁を取り落とした。
 金属が地面とぶつかる高い音が響き、男の手首からさきは、ぶらりと垂れ下がり、関節からは肉を破って血と共に飛び出した骨の破片が覗いている。
 毛細血管がこびりつき、まだ新鮮な骨は微かにピンク色をしていた。 
 もはや、男と青年の立場は完全に逆転していた。
 男の表情はとっくに恐怖に染め上げられ、悲鳴を上げながら右手を押さえて無様にその場にへたれ込む。
 それでも足りないのか、急速に体中の神経を駆け巡る痛みに、地面の上をゴロゴロと転がった。
 対して、青年はと言うと、地面に転がった包丁の刃を踏み砕きながら淡々とした表情で、しかし表情とは裏腹に早口でまくしたてる。
「馬鹿め!包丁ごときで神が殺せるか!せめてチェーンソーを持ってくるんだな!死ね!背神者め!次は耳だ!!ひざまずけ!!命乞いをしろ!!三分間待ってやる!あと死ね!バカ!」
 待ってやるなどと言いつつも、青年は容赦なく転がる男のわき腹を踏みつける。
「げぇ………………ッッッ!!!!!」
 折れやすい肋骨を踏み折られ、内臓を圧迫されて、男の口からとても人間の声帯から発せられたとは思えない苦鳴が漏れる。
 対して力を込めている様子は無いが、男の神経をこれまで感じたことの無いほどの痛みが暴れ周り、脳内を犯し尽くした。
 男は白目を剥いて口角から泡を垂らしているが、青年はそれには目もくれず、虚空に向かって何事かを喋り続けている。



  
11: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 16:53:01.05 ID:4G7yNiVv0
  
「その石を大事に持ってろ!!小娘の命と引き換えだ!!」
 興奮してきたのか、いよいよ声のボリュームを上げ始めた青年の声は、遠巻きにしている警官隊や野次馬にも届きそうなものになり始めたが、
 突如として青年の声を掻き消すように警官隊の怒号が響き渡った。
「確保ォ―――ッ!!!」
 ものの数十秒で失神していた男は無理やり立たされ、無事な左手と、間接の砕けた右手を並べて手錠をかけられてパトカーに押し込められた。
 通常なら病院につれていくのが先だろうが、全エクメーネ中でも最も治安の悪いこの第十八エクメーネには、そんな母性の塊のような優しい警官は居ない。
 その方が素直になるだろう、という理由から、男は怪我の痛みに呻きながら取り調べを受けることになるだろう。
 一方、青年は叫ぶことをやめ、虚空を眺め続けている。

(´・ω・`)「よお、またおまえか。お手柄だな」

 全てが片付いたコンビニの入り口前で、一人の刑事が両手でスーツの両襟を引っ張り、整えながら、青年に話しかける。
 刑事は、あまり現場向きではない、皺一つ無く、動きにくそうな黒いスーツに、赤と紫のストライプ柄のネクタイを着ている。
 先ほど新人刑事から「ショボさん」と呼ばれていた男だ。
 付き合いが長いのだろう。ショボの声には遠慮がなく、どこか親しげな響きが篭っている。
 が、青年は一向に反応を示さず、ここではないどこか遠くを見つめている。

(´・ω・`)「ああ、またトんでるのか」

 しかし、これまた青年とは旧知の仲である彼も、青年の様子を意に介すことなく喋り続ける。

(´・ω・`)「さて、とりあえず事件の解決に多大な貢献と協力をもたらした君に感謝の意を示そうか―――」

 どこか格式ばった真面目な口調で、しかしどこかからかう様な、ふざけているような調子の声を出すと、そこでショボは呼びなれた青年の名前を口にした。

(´・ω・`)「―――内藤ホライゾン君」



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