( ^ω^)ブーンは侍になるようです

  
94: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 17:59:48.49 ID:4G7yNiVv0
  

3.

(´・ω・`)「―――内藤ホライゾン君」
( ^ω^)「あ?」

 薬の効き目が切れたらしい。
 ショボが口にした彼の名前に反応し、俺は返事を返した。
 いや、それは返事と呼べるようなものではない。
 殆ど反射的なものに近い、ただのうめき声と言った方が正しいだろう。
 未だに夢心地の脳味噌に活を入れるべく、
 軽く頭を振ってついでに周囲を見回す。

(´・ω・`)「また飛んでたのか?」

 そう問うたショボの声には、どこか揶揄するような響きが篭っていた。

( ^ω^)「昔の記憶にトリップしてたみたいだお」

 それに対してショボは、「ああそうか」と短く応えた。
 ショボの表情には暗い影が差し、目の奥には悔恨と懐古の色が浮かぶ。
 おそらくショボも思い出しているのだろう。
 俺たちが失ってしまった、もう二度と戻らないあの日々を。
 俺が守れなかった仲間達を。
 ショボはその思いを振り切るように軽く目を瞑り、
 懐から黒いパッケージの箱に収まった煙草を取り出して、それを咥える。
 巻紙もこれまた黒く、ショボが火をつけた瞬間にココナッツミルクの甘ったるい香りが周囲に広がる。



  
95: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:00:35.57 ID:4G7yNiVv0
  
 俺はあからさまに顔をしかめた。
 しかし、ショボは平気な顔で吸い続ける。
 嫌煙家では無いが、重い煙草に馴れていない俺には、
 煙草のパッケージに描かれた三又の槍を手にした悪魔の、とぼけたようにニタついた顔と、
 ショボの顔が重なって不快に思えた。 
 眉を顰める俺を満足げに眺めるショボ。
 わざとらしく紫煙を吹きかけて、そのまま口を開いた。

(´・ω・`)「てめぇまだヤクなんかやってんのか?いい加減にしとかねえと脳味噌溶け出すぞ」
( ^ω^)「おまえこそ、いい加減その糞臭え上に重たい煙草止めないと、肺ガンになるお」

 ちなみに、俺もショボも遺伝子改造と薬物強化、さらには肉体の一部の機械化が施されているため、
 軽い麻薬や煙草程度は大した害にはなり得無い。
 お互いにそんなことは理解しているが、
 このような言葉の応酬はほとんど習慣化している。
 俺たち流の挨拶とでもいったところか。

(´・ω・`)「バーカ。軽いヤツはニコチンの少なさを誤魔化すために、
       もっと色んな化学物質使ってるから、余計に体に悪いんだよ」
( ^ω^)「だからって重いの吸い続けても体に悪いお。どんだけアホなんだお、おまえは」



  
97: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:02:57.01 ID:4G7yNiVv0
  
(´・ω・`)「”おっ!おっ!おっ!”て、さっきから煩えんだよキモゴミが。
        気持ち悪い喋り方すんなボケ                」

( ^ω^)「痴呆かお?俺があの戦闘機の墜落の時の怪我の後遺症でこうなってるのは知ってんだろうがお」

(´・ω・`)「痴呆はてめえだ。元はてめえの投げた手榴弾のせいで、
       あんな広範囲に破片が飛び散ったんだろうが。
       ふざけたこと抜かしてると、はらわた抉り出してケツから詰めなおすぞ」 

 麻薬でトリップした記憶の中、
 あの戦闘で墜落してきた飛行機の破片を頭部に受けて以来、
 俺の脳には後遺症が残っている。

 言語野だか、脳髄だかはよくわからないが、
 甲種龍機兵として頭に機械がぶちこまれているため、
 下手に脳の手術をすることができないらしい。

 以来、薬をキめている最中は饒舌になるのだが、
 それ以外は語尾の母音が「お」になる言葉の子音が消えて「お」になったりと、
 俺の舌は上手く回らなくなっている。



  
98: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:05:21.04 ID:4G7yNiVv0
  
( ^ω^)「あ?ヤニまみれで体力落ちた今のてめぇにできんのかお?
       まずそのくっせえ煙草やめてから吠えろお。
       自分が毒吸うだけのド変態マゾならともかく、他人にまで毒吸わせんなお」

(´・ω・`)「てめえごとき殺すのなんざわけねーよ。なんなら今ここで証明して―――」

 そこで、反論しようと意気込んでいたショボの舌が唐突に止まった。
 段々と近づいてい来る足音に気づいたからだ。
 俺が振り向くと、そこには適当にスーツを着崩した若い刑事が居た。

 先ほどショボに話しかけていた刑事だ。
 彼だけでなく少し離れた場所で事件の顛末を見守っていた野次馬達もまだ残っている。

「ショボさん、これから調書とるんで先に署に戻ってますね」

 煙草の煙と臭いを気にしつつも、
 ショボに敬意を払う新人刑事。
 すると、ショボは今までの舌戦からは想像もつかない様な穏やかさを伴って、
 貫禄の篭った声と表情で喋り始めた。

(´・ω・`)「ああ、わかった。俺も後から行こう。今はとりあえず彼からも事情を聞いておきたいんでな」

 ショボは同僚や一般の人々には、
 『煙草の趣味は悪いが面倒見のいい人格者』で通っている。
 その正体が、鼻の下についてる穴がケツの穴か、ゴミ箱の口なのではないか?
 と思えるほど口汚く、粗暴な奴だと知ってる人間は、
 この街では俺を含めて数人も居ない。



  
99: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:09:27.42 ID:4G7yNiVv0
  

 新人刑事は「わかりました」と残して、
 俺にも敬意の篭った挨拶をして二人から離れていく。
 彼の向かう先に居るのは、
 先ほどトリップ中だった俺に叩きのめされて腕を折られたらしい男だ。

 ぶらぶらと揺れる、折れ曲がった手首に掛けられた手錠を牽かれて、
 子供のように泣き喚きながらパトカーに乗せられている。
 少し気の毒なようにも思えたが、
 別に悪いのは俺じゃなくて、俺をトリップさせた薬なので仕方が無い。

 周囲に再び人が居なくなると、凍っていた時が溶け出したかのように、
 俺たちは罵詈雑言の応酬を再開した。

(´・ω・`)「軽い煙草しか吸えないチキンの癖に何言ってんだ?つーか、てめえも草ふかしてんじゃねーか」

( ^ω^)「俺のは乾燥させたハッパでもジョイントじゃなくてヴェポライザーだから、
       タールは出ないし、煙草みてーにニコチン中毒や肺癌にはなんねーお」



  
100: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:11:08.88 ID:4G7yNiVv0
  
(´・ω・`)「はッ!肺癌が怖くて喫煙できるかボケ。
      肺癌ごときに金玉縮み上がらせてブルってる低脳チキンが、
      勇気ある喫煙者様にたてついてんじゃねーぞ」

( ^ω^)「怖くないんじゃなくて、ニコチン中毒で我慢できないだけだお?いいからさっさと煙草やめろお。便所蛆が」

(´・ω・`)「今時煙草吸えないなんて、ガキかてめえは。
          俺のクソにキスしたらやめてやるよ」

( ^ω^)「いいお。してやるお。だから今すぐここでクソしてみろお。あ?コラ」

(´・ω・`)「っざっけんなヴォケ。
       てめえ兵学校時代もマラソン中に同じ事言って、俺がクソひねり出したら
      『うわ、なにマジになってんの?退くわぁ…マジ退くわ』
      とか抜かしやが―――――――――」

 再度、足音が近づいてきて、ショボが言葉を止める。
 足音の主を見て、チッと舌打ちする。



  
101: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:11:51.31 ID:4G7yNiVv0
  
(´・ω・`)「糞。保護者のお出ましだ。今日はここまでだな」
( ^ω^)「ふざけんな。誰が保護者だお」

 そんなやり取りをして、ショボは俺にしか見えないように、
 帰りの挨拶代わりに中指を立てて去っていった。

 そしてショボと入れ替わるように、俺の前に一人の少女が現われる。
 年のころは中学校高学年か、高校に入りたてくらいだろうか。

 黒いタートルネックの細身のセーターの上から、少し短めのシックな感じの茶色のワンピースに、
 ニーソックス。そこにさらに茶色のブーツを履いている。
 肩から背中にかかっている長めの髪は明るく染められており、
 その先には最近流行の縦ロール気味のカールのかかったパーマがかけられていて、胸には首から下げた銀のアクセサリーが光る。

ξ゚听)ξ「内藤、見てたよ!大活躍じゃない」

 軽い調子でそう話しかけてきた少女の名はツン。
 自称・俺の保護者で、俺が借りているマンションのオーナーの娘だ。
 あくまで自称であり、どこまで本当なのかはわからないが、
 マンションの管理人と親しく接している様子や、
 最上階の一番高い部屋に住んでいる事などから考えるに、信憑性はある。



  
103: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:29:11.79 ID:4G7yNiVv0
  

 数少ない、というか実質俺とツンしかいないマンションに住んでる隣人同士な上、
 短い付き合いでも無いためか、結構馴れ馴れしく接してくる。
 それがたまにウザい時もあるが、ありがたくもある。

ξ゚听)ξ「いやぁ、あんたの保護者としては鼻が高いわ」
( ^ω^)「誰が保護者だお、誰が」

 少し不機嫌になり応えるが、全くお構いなしだ。
 ツンは軽く体を揺らして薄い胸を反らしてみたりしている。
 その度に彼女の首から下げられたアクセサリーが揺れて、きらきらと輝く。

 ネックレス部分は黒いレザーで、トップ部分には銀製の十字架がついている。
 だが、十字架にしてはそのシルエットはやけにゴツゴツとしているのが分かる。

 注意して見れば、その十字架に巻きつくように、
 人間の内臓を模した精緻な銀の装飾が施してある。
 具体的には食道から小腸の先までが十字架の縦軸に、
 そして気管支から伸びた左右の肺が十字の横軸に乗っかっているようなデザインだ。

 確か、無駄にリアルな内臓や骨などを扱ったシルバーアクセサリーで、
 最近ゴス系の若者や一部のギャング気取りのガキどもの間で人気の、
 エド・ゲインとかいうブランドのものだ。



  
104: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:32:02.30 ID:4G7yNiVv0
  
 記憶の倉庫を漁りつつそんなことを考えている俺を他所に、
 ツンはそのアクセサリーを強調するかのように気持ち背を反らせながらじっとしている。

( ^ω^)「………………………………?」

 俺がはて、と無言で首をかしげていると、
 ツンの表情がだんだんと不機嫌なものへと変わっていく。
 なんだか面倒なことになってきたぞ。
 柳眉を逆立てて行くツンを視界に納めながら、俺はそう思った。

ξ#゚听)ξ「何よ!何か気づいたことないの!?」
( ^ω^)「エド・ゲインのクロスかお?」

 声を荒げたツンだったが、俺がそう言うと、
 途端に機嫌を良くして満足げに微笑みだした。
 その喜怒哀楽の激しさに俺は、
 ころころと表情が変わってまるで信号機のようだな、と思った。

ξ゚听)ξ「どう?」

 ツンは買ってもらった玩具を砂場遊びの仲間に自慢する園児のような調子で、
 アクセサリーをつまんで掲げてみせる。



  
106: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:35:36.61 ID:4G7yNiVv0
  
 ツンは買ってもらった玩具を砂場遊びの仲間に自慢する園児のような調子で、
 アクセサリーをつまんで掲げてみせる。

( ^ω^)「重厚感があるのに堅苦しくない感じ。タイトだけど最高にドープで似合ってるお」

 よくわからないが、
 とっさに思いついた適当な若者っぽいスラングで褒めておく。
 ドープというスラング自体に「最高!」という意味もあるので、
 意味が二重になっているが、細かいことは気にせずともかく褒めておくのが吉だろう。

 果たして、内藤のその考えが功を制したのか、
 ツンはさらに表情を崩して満面の笑みを浮かべる。

ξ゚听)ξ「でしょ?気品があるのに、その中にもタイトな感じがあるって言うか、風情があるって言うか」

 エド・ゲインは特殊なセンスを持った人間や、特定の層の人間に好まれる。
 いわばマニア好みのブランドなので、俺にはとてもそうは思えなかったが、
 あえて波風を立てようとも思わないので黙っておく。

 そもそも、内臓が巻いてある十字架のどこに風情があったり、
 気品があったりするのか全く理解できない。
 が、ツンの喜びようを見る限り、
 俺の言葉選びは失敗してはいなかったようだ。



  
108: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 18:37:46.14 ID:4G7yNiVv0
  


ξ゚听)ξ「ところでさ、もう帰るんでしょ?」

 ひとしきり満足そうに、アクセサリーの良さ
 (残念なことに俺には全く理解できなかった)
 を語ったツンは、そのまま俺の前に進むと、振り返ってそう言った。

( ^ω^)「あー、うん、まあそんな感じだお」

 何がそんな感じなのかはわからないが、とりあえず帰ることにする。
 人として最低限の常識と、まともな神経をしていれば当たり前の事なのだが、
 ツンは俺が薬をキめていることを快く思っていない。 

 まさか、
 『クスリキめてトリップしてて、気づいたら外を歩いていて強盗事件に巻き込まれました』
 などと言えるはずも無く、適当に誤魔化したのだ。

ξ゚听)ξ「ふーん」

 ツンが訝しげな視線を浴びせてくるが、
 どうでもいいや、とでも言いたげにさっさと歩き出した。
 俺もさっさとツンの相手をやめて、家に帰って寝転びたいので、それに続く。

 野次馬の人だかりを超えていく時に、何人かが「内藤さん」とか言いながら挨拶をしてくるので、
 俺も軽い会釈でそれに応えた。



  
111: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:27:11.25 ID:4G7yNiVv0
  
 今回のように、飛んでいる間に何かの事件に巻き込まれて解決してしまったり、
 人助けをしているなんてことが、今までに何度もあったため、
 一部の間で彼はちょっとした有名人になっているのだ。  

ξ゚听)ξ「明日あたり、このクロス買った店に行かない?この前できたばっかの店で、
     まだあんまり知名度無いけど、オリジナルの銀細工も扱ってんのよ」

 前を歩くツンに適当に返事を返しながら、俺は空を見上げた。
 エクメーネの天井パネルに映った太陽は、今日も南中したまま動かない。
 いや、動けないのか。
 なんとなく、この街で燻っている自分に照らし合わせて見た。
 てめえと一緒にすんじゃねーよ。
 太陽からそんな声が聞こえたような気がした。

ξ゚听)ξ「そーいえばさ」

 ツンが話しかけてくる。

ξ゚听)ξ「この前の地下闘技場の中継見た?TVSの」
( ^ω^)「ああ、鶴田甲鬼VS荒巻スカルチノフかお」
ξ゚听)ξ「不覚にも感動したわ、あれは。
      泣きながら家族同然に育った仲間達にチャンピオンベルト渡してたところとか、特に」



  
112: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:28:11.87 ID:4G7yNiVv0
  

( ^ω^)「いや、普通にやらせだお、あれは」
ξ#゚听)ξ「は?鶴田バカにすると承知しないわよ。髪型は最悪にドークだけど」
( ^ω^)「いや、だってダウンしてたし」

ξ#゚听)ξ「減量に慣れてなかっただけでしょ?言っとくけど、
      私は明日のジョー三巻まで読んでんの。
      いわばボクシング知識に関してはプロと遜色ないレベル。
      その私が言うんだから間違いない。
      鶴田が万全のコンディションだったら、一ラウンドめでスカルチノフは糞もらしてリングで芋虫状態になってた」

( ^ω^)「減量してたのはスカルチノフも同じ。
       というか、スカルチノフの方が重いから減量のダメージは大きい。
       言っとくけど、俺は医龍二巻まで読んでる。
       いわば医学知識に関しては医師と遜色ないレベル。その俺が言うんだから間違いない。
       スカルチノフが万全のコンディションだったら、
        一ラウンドめで鶴田はダウンどころか五臓六腑晒して死んでた」

ξ#゚听)ξ「………………………………なによ?」
( ^ω^)「………………………………………別に」



  
113: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:30:34.17 ID:4G7yNiVv0
  

 軽く睨んでくるツンから眼を反らすと、美府(びっぷ)市に近づいてきたせいか、
 周囲の建物も高層ビルが増えてきた。
 今俺たちが歩いているのは第十七エクメーネは二つの地域に分けることができる。

 二十世紀の町並みを模したオールドタウンの神山市と、
 治安が最悪のニュータウンである美府市だ。
 神山市ではある程度の治安機構が機能しているが、
 美府市は完全に放置状態で、さながら旧約聖書の背徳の街、ソドムとゴモラのような有様だ。

 おそらく、治安は二十世紀最悪といわれたヨハネスブルグやケープタウン並みだろう。
 死にたいヤツにはマジお奨めの街だ。
 このまま中央道を歩いていけば、いずれ高層ビル街をつき抜け、外壁に開く大穴が見えてくるだろう。
 第十七エクメーネの治安を最悪にした元凶だ。

 何を隠そう、この第十七エクメーネは未完成だ。
 ”灰色の一年間”の真っ只中、このエクメーネの建設を委託された企業と、
 現職議員との談合が発覚し、そこから監査が入って脱税や所得隠しが発覚。
 結局、建設途中だったこのエクメーネは途中で開発が中止され、
 信用がガタ落ちした企業の倒産も相まって、利権がうやむやになった挙句放置された。



  
115: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:32:59.72 ID:4G7yNiVv0
  
 が、一部の外壁に穴が開いている以外は空調設備も整っており、
 大穴から離れた地域は安全であるため、他エクメーネの下流層がこぞってやってきた。

 また殆ど建設の住んでいた神山市は、
 二十世紀の町並みを再現したオールドタウンという事で、
 物好きや道楽好きの金持ちが多く集まってきた。

 しかし、三千五百年ほど前から事情が変わった。
 ほぼ完全に大気や土壌の汚染が消え、核戦争の傷がこの星から癒えたのだ。
 これまで穴が開いていた美府市側にも人が住むようになった。

 汚染が軽くなったとは言え、外界への忌避感を捨て切れなかった当時、
 大穴から外の空気が入り込んでくる美府市側に住む人種は限られてくる。
 わけありの犯罪者や大穴から入ってきた密入国者、それに犯罪集団くらいだ。
 数年のうちに美府市は龍国至上最悪の街と化した。
 N.E.E.T社やファスケス、LOG(美食同盟)にマスマーダラーズ・ユニオンなどを代表とする、
 いくつかの犯罪組織が街を牛耳っているお陰で最低限の治安、
 畜生や修羅の闊歩する地獄にはならない程度の治安はあるものの………。

( ^ω^)「まあ、金さえ出せばクスリでも銃でもなんでも手に入るし、
       俺みたいな退役軍人には楽園みたいなとこなんだけどね」

ξ゚听)ξ「は?」



  
116: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:34:33.26 ID:4G7yNiVv0
  

( ^ω^)「いや、独り言だお」
ξ゚听)ξ「うわ、キモ」
(#^ω^)「…………………」

 そんな事を話していると、やがて街の風景ががらりと変わってきた。
 美府市に入ったのだ。
 高層ビルが立ち並ぶせいか、
 それとも街の天井パネルが半分近く機能不全であるためか、
 人工陽光は地上まで届かず、建設途中で放置されている壁際に行くほど地上は薄暗くなってくる。

 奥まで行けば、高層ビル同士の隙間を埋めるように露店が居並ぶマーケットに出るだろう。 
 路行く人間の姿もだんだんと奇妙なものが目立つようになってきた。

 一昔前のビジュアル系バンドの衣装みたいな格好したガキどもや、
 黒を基調にしたファッションのゴスキッズ。
 あからさまに見た目DQN然としたアウトロー気取りに、
 ストリートチルドレンの癖に結構小奇麗な服装のデッドエンドキッズども。

 極めつけは、最近の侍映画や時代物小説に影響されて、ブームに便乗している連中だ。
 往来には、五つ紋付やら仙台平なんかの和服を着た擬古主義のサムライ気取りが結構目立つ。
 中にはそれら和服とストリートファッションを融合させた奇抜な出で立ちの連中もいる。



  
117: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:37:24.27 ID:4G7yNiVv0
  
 彼等の殆どが太刀や打刀を帯刀しているが、
 美府市内では銃刀法などあって無いようなものの上、
 小銃や重火器以外の拳銃や刃物の携帯は認められている。

 理由のひとつとしては医療技術の発達ということもあるが、
 この第十七エクメーネでは自衛の意味合いも兼ねている。
 ともかく、ここには古今東西のあらゆる服装が揃っている。
 ある意味人種の坩堝と呼べる光景は、なんというか、壮観としか表現のしようが無い。

ξ゚听)ξ「あ、そうだ」
( ^ω^)「ん?」
ξ゚听)ξ「あのさ、今うち水道工事中だから飲み水買わなきゃいけないのよ。コンビニ行かなきゃ」
( ^ω^)「ああ、そう。いってらっさい」
ξ゚听)ξ「は?あんたも来んのよ」
( ^ω^)「餡マン奢ってくれたらいいお」
ξ゚听)ξ「退役後補償の生活保護と退職金で片手内輪の高等遊民がケチくさいこと言うんじゃないわよ」
( ^ω^)「自首退役だから退職金はもらってねっつの」
ξ゚听)ξ「つーか、家のマンションが水道工事ってことはあんたも飲み水困るってことなんだけど」
( ^ω^)「は?聞いてねーお」
ξ゚听)ξ「先週言ったわよ。それとも元抜刀隊隊長のくせに飲料水持つくらいの力と器量も無いの?」
( ^ω^)「いや、ぜってー聞いてないお。つーかなんで俺の軍での所属知ってんだお?」
ξ#゚听)ξ「絶対言った!」



  
118: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:40:18.97 ID:4G7yNiVv0
  
( ^ω^)「絶対言って無―――」

 喋っている途中で、先ほど見かけたデッドエンドキッズのうちの一人が、後方から追い越し際にぶつかってきた。

(#^ω^)「痛えなぼけ!どこ見て歩いてんだお!親より先に墓の下入りてーかコラ!」

 貧民街の悪童どもというその名の示す通り、
 彼等デッドエンドキッズはスラム街のあたりを縄張りにしてる10代前半のガキどもだ。
 ぶつかってきたガキを目で追うが、
 髪を赤く染めたそいつはさっさと狭い路地に姿を消してしまう。
 どこかで見たことがあるな、
 そう思った瞬間、俺は自分のジーンズの尻ポケットを確認していた。 
 先程までそこに収まっていたはずの財布は、忽然と姿を消していた。

(#^ω^)「またやられたお!」
ξ゚听)ξ「バーカ。尻ポケットなんかに入れとくからよ。
     半分くらいはみ出てたし、チェーン付きでもないのに、ホントどこまで馬鹿なの?あんた?」

(#^ω^)「ってか、これで五回目だし、あのガキ。次見たらマジ死なす」
ξ;゚听)ξ「五回目て。完璧カモられてるし」 
( ^ω^)「うっせ。笑うなお」

 軽くツンを睨みながら俺達の住むマンションへと向かった。
 どうやら、このスリ騒ぎでツンはコンビニの件を忘れてしまっているようだ。
 途中、外壁の大穴の外から、沈み行く本物の太陽の明かりが差し込んできた。

 この夕方の数十分間だけは、街灯無しでは常に薄暗い美府市奥地でさえも赤銅色に照らし出される。
 今日も、楽園は赤く輝いていた。



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