( ^ω^)ブーンは侍になるようです

  
121: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:44:54.73 ID:4G7yNiVv0
  

4.
 神山市から美府市に入って十分ほど歩いた場所に、その建物はあった。
 俺とツンの暮らすマンションだ。
 美府市の中心街からも神山市の中心街からも離れているため、
 4LDKのかなり、というか物凄い良い物件なのだが、家賃は割かし良心的だ。
 軍の退役後補償のおかげで、無職ニートでも経済的に結構余裕があるとは言え、
 気兼ねなく浪費する、というわけにも行かないので選んだ物件だが、
 立地条件と中途半端な家賃のせいで入居者は少ない。
 なんとなく、自分以外誰も乗ってないバスで、
 「貸切ー」とか言って喜んでた子供の頃の気分に近いものを感じ、
 相変わらずの自分の小市民ぶりに気が滅入る。

ξ゚听)ξ「毎度のことだけど、これだけは面倒だわ」

 美府市郊外に立っているため治安は(美府市内では)結構いいのだが、それでも念をいれて、エントランスには網膜認識型の鍵がとりつけられている。
 ツンがカメラの前に右目を持っていくと、センサーから光が出て照合がはじまった。

( ^ω^)「あー、なんとなくわかるお。なんか気持ちわるいっていうか、不安っていうか」
ξ゚听)ξ「でしょ?なんか落ち着かないのよね、この光」

 やがて、照合完了の電子音が響き、強化ガラス製の両開きの自動ドアが開く。



  
122: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:48:37.63 ID:4G7yNiVv0
  

川 ゚ -゚)「おかえりなさいませ、お嬢様」

 ロビーに入るなり声をかけてきた女は、このマンションの管理人をしているクーだ。
 長くつややかな黒髪の持ち主で、伸びた前髪が鬱陶しそうな気もするが、
 しっかりと整えられているせいか清潔そうな印象しか沸かない。
 可愛い系というよりカッコいい系の顔をしているが、最も目を引くのはその格好だ。
 服装そのものはジーンズに、大き目のベルト、
 厚めの黒のタートルネックのセーターというラフな格好だが、
 腰には柄もいれて150cmはありそうな大太刀を足緒で吊るしている。
 すらりとした長身と相まって、よく似合っている。

ξ゚听)ξ「ただいま」

 親しげに返事を返すツンから軽く顔を反らし、俺にも会釈をするクー。
 クーはオーナーとも知り合いらしく
 (マンションの管理人なので当たり前なのだが)
 オーナーの娘であるツンを「お嬢様」と呼ぶ。
 常に無表情であるクーが、ツンと接するときだけは微かに微笑んでいるように見えるところからも、
 二人がかなり親しい間柄であることは容易に想像がつく。

川 ゚ -゚)「お嬢様が迷惑をおかけしたようですね」
( ^ω^)「別に、ちょっとそこで会って歩いてきただけだお」
ξ゚听)ξ「そうよ。保護者の私が内藤に迷惑かけるわけないじゃない。内藤もこう言ってるし」
( ^ω^)「社交辞令だお、アホ」



  
126: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 19:55:06.97 ID:4G7yNiVv0
  
 そんな事を適当に話した後、俺は二人と別れて自分の部屋へと向かった。

ξ゚听)ξ「明日の約束、絶対忘れんじゃないわよ」

 別れ際にツンが強い口調でそう言った。

ξ゚听)ξ「九時くらいにここ集合ね。絶対よ」

 さらにしつこく念を押すツンに、軽く片手を上げて返事を返す。
 エレベーターに乗り、11までの数字が羅列してあるボタンのなかで4と書かれたボタンを押す。
 すると、途中で平たい箱をいくつも持った女が乗り込んできた。

 三階に住んでいる大学生の子だ。
 ロゴがプリントされたシャツの上からジャージを羽織って、
 ボトムにはスウェットパンツを履いている。

 頭には耳あてがついたニットキャップを被っており、
 その下からは印象的な大きな目がのぞいている。
 軍事マニアらしく、俺が退役軍人だと知っているらしく、
 出会うと何かと質問してきたり、話を聞こうとしてくる。

(*‘ω‘ *) 「こんにちわ、内藤さん」
( ^ω^)「ん、おいすー」



  
134: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:07:22.42 ID:4G7yNiVv0
  

 軽く挨拶を交わすと、彼女は腕に抱えた小箱のうちの一つを差し出してきた。

(*‘ω‘ *) 「これ、サークルで旅行行ってきた時に買ってきたんです、今みなさんに配ってて」

 どうやらお土産らしい。銘菓・エアロバキバキと書かれているが、箱に書かれた絵を見る限り饅頭のようだ。
 甘いものはあんまり好きじゃないんだが………。そんな事を考えている間に、エレベーターが三階に着く。

(*‘ω‘ *) 「それじゃあ、また軍に居たころの話聞かせてくださいね」

 そう言って手を振ると、開いた扉から出て行ってしまった。

( ^ω^)「お土産、ありがとお」 

 その背に声をかけると、彼女は何事か返事を返したが、既に扉は閉まっており、よく聞き取れなかった。
 マンションの十人全員に配っているようだが、一階につき一人程度の割合でしか入居者が居ないので、楽そうだ。

 数秒の後、電子音と共に四階に到着し、扉が開くとそのまま自分の部屋へと向かった。
 404と書かれた部屋の鍵穴に鍵を差し込んで部屋に入る。
 この部屋を選んだのは、ただ単純に縁起が悪いという事で、他の部屋よりも安かったからだ。
 扉を開けて中へ入ると、見慣れた部屋が視界に映った。
 最低限の家具だけが置かれているため、殺風景だ。



  
135: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:09:22.02 ID:4G7yNiVv0
  
 瞬間、とてつもない孤独感とわけのわからない不安感に襲われる。
 軍時代の寮を思い出し、しかしもうあの頃には戻れないのだと理解し、圧倒的なまでの感情の奔流に、軽い欝に陥る。

 一人で居るとどうしても何かを考えてしまう。
 テレビの電源を入れてチャンネルを回してみるが、おもしろそうな番組は映らなかった。

 最悪だ。
 何が最悪なのかすらよく理解できないが、ともかく根拠不明の恐怖感と不快感に襲われた。
 俺はそれから逃げるようにダイニングに向かう。
 
 ダイニングに入るとソファに腰を沈める。
 中古家具屋で適当に買ったものだが、しかしすわり心地だけは気に入っている
 ソファにあわせた低めのテーブルの上に無造作に置かれたいくつかのビニール袋の中から一つを掴みとる。

 透明なビニール袋の中に入っているのは乾燥したアップルだ。
 アップルとは黄金の三日月地帯で育てられていた大麻が、 ”灰色の一年”やその後の環境に適応するために生まれた新種の植物で、
 大麻と同じく花穂や葉に陶酔成分を持つが、依存性も中毒性も大麻より格段に低く、
精神疾患を発祥した事例も皆無なため、法律では規制されていない。

 その上、陶酔感や大麻以上で、少量でも幻覚作用をもたらすこともあるため、
 現在出回っている麻薬のメインストリームとなっている。



  
136: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:10:49.78 ID:4G7yNiVv0
  
 俺は携帯している最新型の携帯ヴェポライザーに乾燥アップルとハーブを詰める。
 次に、スイッチを操作して加熱を開始する。

 ホースの先を咥えると、有効成分だけが混ざった蒸気がでてくる。
 美味い。

 500度以上に熱しなければタールやニコチンは発生しない上、
 燃やすのではなく間接的に熱するヴェポライザーは、まさに理想の喫煙具と言える。

 しかも、俺の使っているものは従来の電気式ヴェポライザーとは違い、
 葉を詰めれば自動で熱してくれる。
 まさに至せり尽くせりだ。

 なんとも心地よい水蒸気が嗅覚を刺激する。
 ふと、部屋の中を見渡すと、殺風景なダイニングの隅に一振りの日本刀がたてかけてあった。
 90cmほどの打刀で、抜刀隊の装備として支給されていたものだ。

 長い間方って置かれた鉄ごしらえの鞘には、錆が浮き出している。
 俺に支給されていたものではない。
 かと言って、誰のものかもわからない。

 小隊が全滅したあの日に拾ったものだ。
 俺の第二小隊か、ショボのところの第三小隊の誰かのものだという事しかわからない。



  
137: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:11:59.97 ID:4G7yNiVv0
  
 本来なら黒く塗られていたはずの、錆色に染まりつつある鞘を眺めるたび、心の奥底を抉られるような鈍痛を感じる。
 ならば、なぜ何時までも未練たらしく、俺はこんなものを持っているというのだろうか。

 それはおそらく、この刀だけが俺と未だに小隊の連中と繋ぎとめてくれているような気がするからだろう。
 あいつ等は、薬に逃げて退廃的な日々を過ごすだけの俺を見て、なんと言うだろうか。

( ^ω^)「ああ………もういいお………。もう、疲れた」

 終わりの見えない思考は、薬の酩酊感と陶酔感の中にあっけなく沈んでいった。
 先ほどまで黄金色に街を照らしていた本物の陽光は、今はもう見えなかった。







(´・ω・`)「だからさ、」

 師団司令部のある基地の一角、下士官用にあてがわれた部屋の中でショボの声が響いた。



  
138: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:14:27.70 ID:4G7yNiVv0
  
 基本的に、年に一回程の割合で小競り合いがある程度の戦況なので、珍しい事に大晃龍国軍には申請した者には長期の休暇がある。
 抜刀中隊の面々はまさにその休暇の真っ最中で、
 本土に帰国してる連中を他所に、俺たち在留組は基地の中で貴重な休暇をダラダラとドブに捨てているというわけだ。

( ^ω^)「ん?」 
(´・ω・`)「何時までもこのスーファミ使ってんじゃねーよ。買い換えろって」
( ^ω^)「いや、それカセットが悪いんだお。カセットの下側にフーフー息かけりゃおkだって」
(´・ω・`)「そういや流石兄弟が、なんかカセットの下側舐めれば簡単に使えるようになるつってたな」
( ^ω^)「は?ふざけんなお。てめえのきたねえ唾液まみれのカセットなんか使えるかボケ。つーか錆びるだろ、常識的に考えて」

 そこでコンコン、というノックの音が響く。

(´・ω・`)「ん?誰さん?」
( ^ω^)「あー、木賀沢だわ。そういやあいつ今日帰ってくるって言ってたんだお」
(´・ω・`)「え?あいつ来んの?」
( ^ω^)「なんかガキに知らないオジサン扱いされてるから、休暇はまめに顔見せるつってたお」
(´・ω・`)「え?あいつガキ居んの?モロ死亡フラグじゃん」

 話しこんでいると、再びノックが響く。

( ^ω^)「おう!入れ!」



  
140: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:18:17.70 ID:4G7yNiVv0
  

 俺が応えるとドアが開いて紙袋を持った、お馴染みの金髪が見えた。

「こんちゃーす。ショボさん、頼まれてたもの買ってきましたよ」

 木賀沢は言うなり、紙袋の中から薄っぺらい箱を取り出した。
 何かの映画のDVDらしく、刀を構えた侍が箱の表面にプリントされている。

( ^ω^)「何それ?AV?AV?」
(´・ω・`)「内藤のアホハゲ低脳クソボケ、DVD見ればなんでもAVかよ。死ね」
「『死ぬこととみつけたり』って映画っすよ。なんかマジ流行ってんすわ、これ」

( ^ω^)「流行りモンはあんま信用できん。本当におもしれーのかお?」
(´・ω・`)「ところでおまえ、ガキ居たんだな。どんな感じだったん?ん?」
「あー、なんつーか、完っっっ璧に忘れられてましたわ」
( ^ω^)「なあ、おもしろいのかってば」
(´・ω・`)「ふーん。大変だね、おまえも」
「いや、なんか家業継ぐの嫌で家飛び出して、勘当されたんすけど、孫が生まれたってんで親父が家に入り浸ってて、顔合わすたびにマジ気まずいっすわ」
( ^ω^)「なあ!無視すんなお!マジ死なすぞコラ!」
(´・ω・`)「なにマジんなってんの?ちょっと返事しなかったくらいで」
( ^ω^)「うっせー、ショボ。それおもしろいのかって聞いてんだお」
「面白いってレベルじゃねえっすわ、これ。鍋島武士の生き様を描いた超大作で、葉隠に対するインスパイヤなんすけど、殺陣もマジでリアルだし」
( ^ω^)「へぇー、あっそ」



  
141: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:19:40.29 ID:4G7yNiVv0
  

「いや、マジ面白えんすよ。侍ってやつは女子供とか仲間は絶対に見捨てねえし、仲間に頼られたらなんだかんだで助けるし、どんだけリスペクトしてもしたりねえっすわ」
( ^ω^)「へぇーへぇーへぇー」
(´・ω・`)「聞いといてそれかよ。マジ死ねばいいのにね、おまえ。つーか木賀沢、おまえの持ってるそれ何?」

 ショボが木賀沢の持っている紙袋を指差す。

「ああ、これ、新しくビデオ買ったんすわ。会えないならせめてビデオメール送ろうって思って」

 木賀沢は紙袋から包装された箱を取り出し、包み紙をビリビリと破り始める。

( ^ω^)「ビデオメール。小学生?」
(´・ω・`)「クソ内藤のボケカス死ね。独身男が所帯持ちひがんでんじゃねーよクソ蛆」
「ちょ、別に隊長はいつもこんな感じだからいいっすよ、ショボさん」

 箱の中から取り出したビデオのスイッチを、説明書を読みながら操作する木賀沢。
 ビデオが回っていることを示す赤いライトが数度、瞬く。

「おk、点いた点いた」
( ^ω^)「そんなんいいからさ、とりあえずDVD見ようぜ、DVD」
(´・ω・`)「おまえ、散々興味無さそうな事言っといてそれかよ」



  
142: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 20:22:25.37 ID:4G7yNiVv0
  
 ショボが悪態をつくが無視してDVD再生機器をテレビに繋ぐ。
 それまでテレビに繋がれていたスーファミは邪魔なので適当に蹴飛ばして移動させる。
 もしかしたら、こういった扱いが最近のスーファミの動作不良を招いている可能性も、万に一つくらいはあるかもしれないが……。
 それでも未だマニアが多く、量産され続けているスーファミは安く買い換えることが可能なので気にしない。
 再生機器のフタを開けてDVDを入れると、再生する。

(´・ω・`)「おい、カーテン閉めろよ」
( ^ω^)「なんで?」
(´・ω・`)「だからさ、映画館みたいにしたいから」
( ^ω^)「は?自分でしめろお」

 しぶしぶといった感じでショボがカーテンを閉める。 
 ふざけんな、とか死ね、とか聞こえてくるが、DVDのメニュー画面が映ると静かになった。
 静まり返る木賀沢とショボにならって、俺も黙ってリモコンを操作し、メニューの中から本編再生を選んだ。
 薄暗く、沈黙が支配する部屋の中で、テレビの発する音と光だけが存在感を誇示していた。

(*^ω^)「うは、侍マジかっけぇー!やれ!そこだ!斬れ!切り殺せ!」
(*´・ω・`)「うるせーぞ内藤!死ね!死ね!自分の眼球抉り出してその穴で眼姦セルフフェラして脳に直接射精して死ね!」
「なんかいい感じに盛り上がってきた?っていうんすか?なんかそんな感じのふいんき(←何故か変換できない)なんで、もうビデオ回しまスわ」



  
153: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:06:09.50 ID:4G7yNiVv0
  
 一時間後、顔を高潮させてテレビや互いに向けて怒鳴りあう俺たちがいた。
 結論から言うと、この映画はおもしろかった。
 べらぼうにおもしろかった。

 鍋島藩に生きる浪人達の物語で、浪人集の纏め役になっていく剛毅な主人公と、彼に勝るとも劣らぬ豪傑達が、
 藩を潰そうと画策する老中などの策謀から守るために奔走する様を見事に描ききっていた。
 しかし、俺たちの顔の紅潮の原因は映画が面白かったから、というものだけではない。

 俺たちの目の前にはそれぞれ、空になった缶ビールがいくつか転がっている。
 誰が最初に飲み始めたかは覚えていない。
 気がつけば一缶あっという間に飲み干し、つまみの柿ピーやらあられやらの袋を開け始めていた。

 結果、下士官用の寮部屋には完全に出来上がった酔っ払いが三人、
 大声を上げて笑い転げていた。



  
160: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:09:15.66 ID:4G7yNiVv0
  
「はい、本番はじまりまーッス、3、2、1、スタート!」
(*´・ω・`)「いいぞ!撮れ撮れ!この映画と出会えた記念すべき日を永遠に残すぞ!」
(*^ω^)「え?もうカメラ回ってんのかお?え?マジで?」
「はーい、パパです、元気してる?今日はパパの職場の上司を紹介すっから、よく見とけよ!」
(*^ω^)「うは、パパとか、きめぇ」
(*´・ω・`)「うるせえ内藤ぼけカス死ね。独身男が(ry」

 木賀沢が、ビデオカメラを俺に向ける。

(*^ω^)「おいすー。俺、内藤ホライゾンは今日から侍になるから、なんか困った事あったらすぐ言え。どいつでもぶった切ってやる」
「いや、影響されすぎっしょ、隊長。じゃあ俺は今日から殿様に!」
(*´・ω・`)「うわ、お前等マジキモいわ。退く、すげえ退く」

 そんなこんなで騒いでいるうちに、別の部屋の連中まで合流して一大宴会が催されることとなった。
 適当にトレーニングして、装備を磨いて、たまに出撃して、休みは集まって馬鹿やって。
 そんな暮らしがずっと続くと思っていた日々の、日常のほんの一コマだった。



  
161: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:09:53.42 ID:4G7yNiVv0
  

( ^ω^)「………………………………」

 目が覚めて思ったことは、子宮から現実に放り出された赤ん坊もこういう気分なのだろうか?という事と、喉が渇いたという事のふたつ。
 どうやらクスリをキめてからの記憶が曖昧だ。

 そのまま寝てしまったのだろうか。
 楽園から肥溜めに落とされたような気分を払拭するため、神の糞野郎、と声に出してみた。

 が、特に何も起きない。むしろ俺しか居ない空虚な部屋の中で声が微妙に反射し、より一層の孤独感と倦怠感を招いた。
 気分は最悪。
 これを神様の罰だと考えれば、神様はまだ死んでいないのかもしれない。

 新発見だった。

( ^ω^)「なんて馬鹿な事を考えてみても喉の渇きが潤うわけでも無しに………」

 自分で自分にツッコみを入れてみるが、余計虚しくなっただけだった。
 キッチンへ向かって冷蔵庫を探るが、飲料水どころか野菜などの食料品すら入っていない。
 このエクメーネの浄水機構は殆ど止まりかけで、あまり飲み水としてはお奨めできない。



  
162: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:13:36.03 ID:4G7yNiVv0
  

 それでも背に腹は変えられないとばかりに蛇口を捻るが、水が出る気配は皆無。
 そこで、昨日のツンの言葉を思い出す。

『今うち水道工事中だから飲み水買わなきゃいけないのよ』

 あー、という呻き声が自然に口から漏れて、ついでに昨日のことを思い出す。
 デッドエンドキッズに財布を取られた件で、コンビニに飲料水を買いに行くという話がうやむやになってしまっていたのだった。

 時間を確認しようと、腕時計を探すのが面倒なのでテレビの電源をいれて確認する。
 ニュースの端に表示された時間を見れば、まだ七時を回るか回らないかという時間帯。

 まだまだツンとの約束の時間までは余裕があると思いながらも、目が覚めて意識がハッキリするに従って這い上がってくる孤独感と不快感を誤魔化すため、ニュースを眺める。
 丁度、馴染みのニュース番組が始まったところだった。

 冒頭のヘッドラインで大きなニュースが三つほど紹介されている。
 一つめのニュースは子供ばかりを狙った連続殺人犯が、子供の姿をしたコテに返り討ちにされたという話。



  
163: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:14:06.65 ID:4G7yNiVv0
  
 コテというのは Coda of Techniqueの略称で、核戦争以前にこの国に存在した日本国と、アメリカ大陸の米国の共同開発のもとで生まれた生体兵器を指す。

 核戦争によって研究所が破壊されたり、研究者が死亡してしまったり、または研究していた国自体が崩壊してしまったなどの理由で、その技術の殆どが失われてしまっているが、
 現在は、復活させようと研究するような気概がある人間が何時まで経っても現われないため、そのまま放置されている状態にある。

 噂では、一部の技術は龍機兵の機械化、適化技術にも転用されているらしい。
 ともかく、現在の技術ではコテを作り出すことはできない。
 というより、作ろうとする奴が居ない。

 では、なにゆえ現在にコテ達は存在しているのか。
 一部の地下などに作られた研究施設や、素体凍結用のカプセル等が保存機械類の限界耐久年数を迎えたからだ。
 ここ数百年ほどになって、コテ達は永い眠りから覚めてしまった。

 かくして、失われたはずの技術達は現代に蘇った。
 まあ、この事件は見た目で人間を判断してはいけないといういい教訓だろう。
 老化抑制処理が自在に行うことのできる現代では、

 コテでなくともガキのなりした元軍人、なんてのも居るには居る。
 そんな事を考えていると、次のニュースが流れた。



  
164: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:16:29.00 ID:4G7yNiVv0
  
 美府市の闇を牛耳る組織の一つであり、電力会社としての表の顔も持つN.E.E.T.社。
 そのCOOであり、社長も兼任していた山口だかなんだかという名前の男が急逝したらしいこと。

 そして最後に、つい先日の地下レスリングでチャンピオンベルトの初防衛に成功したばかりの格闘家、鶴田も急逝したというニュース。
 超ローカル放送であるため、美府市内の身近なニュースばかり特集を組んでいる。

 防衛戦で鶴田が挑戦者である荒巻の大柄な体躯を殴り飛ばしている映像が流れるが、
 よく見れば新巻は器用に身を捌いて衝撃を受け流しており、見るものが見れば八百長とわかるようになっている。
 
 しかし、どうも鶴田が行う勝利後のパフォーマンスは気に入らない。
 テレビに映る鶴田のDQN丸出しの啖呵が癪に障ったので、さっさと電源を落として玄関へと向かう。
 近くのコンビニに飲料水を買いに行くためだ。



 そろそろ喉の渇きが限界だった。



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