( ^ω^)ブーンは侍になるようです

  
165: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:19:44.37 ID:4G7yNiVv0
  
5.

(><)「ありがとうございましたー」

 バイトの店員の投げやりな声が響く中、コンビニを出て閑散とした道路を歩く。
 美府市を通る道路は、表通りと呼ばれる、街を一本貫く主道と一部の道以外は細々とした狭い道路が九割近くを占める。

 今歩いているのはそんな狭い道の中のひとつで、二つの市の中心街から離れているだけあって人影もまばらだ。
 そんな中、ペットボトルの飲料水や炭酸飲料が入ったコンビニのビニール袋を下げて歩いていると、背後から何者かが迫ってくる気配を感じた。

( ´∀`)「内藤ホライゾン、だな?」
( ^ω^) 「あ?」

 まず聞こえてきたのは声だった。そして次に風切り音。
 背後からかけられた声に振り向くと、目の前には太刀を振りかぶった男が居た。

 避けられたのは半分偶然と言っても差し支えないだろう。
 反射的に足を半歩下げ、後ろに体重をかけながら首から上だけ逸らす。
 その眼前を銀影が通り過ぎるまで半瞬とかからなかった。

 内心凍りつきながらも、そのまま体重を移動させて後ろに数歩下がって相手を注視する。
 突然襲ってきた相手は二十代後半ほどの容姿の男だ。
 かなりの長身で、白黒のストライプ柄のシャツの上に黒のライダースジャケットを羽織り、ボトムはブーツ・イン・ジーンズ。



  
167: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:20:20.97 ID:4G7yNiVv0
  
 腰には太刀の鞘の他に、太刀と同じほどの長さの打刀が長脇差としてさしており、太刀の方は水平に振られたままの姿勢で男の手の中に握られている。

( ^ω^)「龍機兵か」

 太刀を握る男の手が金属質の輝きを放っているのに気づき、なんと無しに呟く。
 呟きつつ、バックステップで距離を稼ごうとするが、男は有無を言わさず間合いを詰めて切りかかってくる。
 その剣速に内心舌を巻きつつも手から下げていたコンビニの袋を相手に投げる。

 それをただの悪あがきと見たのか、男はさして焦る事無く冷静に振るった刀をそのままの軌道で打ち払う。
 それがいけなかった。
 袋から水が勢いよく飛び出し、男の視界をふさいだ。

 コンビニ袋の中には飲料水以外にも、炭酸飲料やビール等が入っていたのだ。
 おそらくそのうちのどれかのボトルを切ってしまったのだろう。

( ´∀`)「ぐ…………ッ」

 龍機兵同士の戦闘では一瞬の隙が命取りになる。
 次に男が目を見開いたときには、既に俺は相手の懐の中だ。
 顔を引きつらせながら男が太刀を構えなおすが、踏み込むと同時に繰り出された俺の右の手刀が男の鳩尾を強打。
 男が息を詰まらせて悶える。



  
169: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:23:42.68 ID:4G7yNiVv0
  
 しかし、これで終わりではない。
 手刀はあくまで相手の内臓の位置を確認するための布石にすぎない。
 俺はそのまま右の手のひらを地面に向けると、さらに踏み込んで全体重をかけた掌底を放つ。

 強打するでもなく、押し込むような動きに、掌底の骨に軽い手ごたえとともに、何かが折れる感触が伝わる。
 相手の胸骨の先端、折れやすい剣状突起をへし折ったのだ。

(;´∀`)「げぇ………………ッ」

 男は激痛に太刀を取り落として数歩下がる。
 俺は男の取り落とした太刀を拾い上げると、そのまま痛覚神経を走る痛みの波に体を震わせる男に近づきつつ、尋ねる。

( ^ω^)「で、誰だお、おまえ」
(;´∀`)「おまえ………龍機兵か?それともコテか?」
( ^ω^)「質問に質問で返してんじゃねーお。まずは名前から歌え。どこの誰で、なんで俺を襲ってんだお?」 
(;´∀`)「………………」

 相手の反応を待ちながらも軽く周囲を見回すが、先ほどまで僅かながらも存在した人影が完全に消えている。
 触らぬ神になんとやらで、関係の無い暴力の気配からはできるだけ遠ざかるのが、この街で長生きするコツだ。



  
171: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 21:38:20.73 ID:4G7yNiVv0
  
 頭の片隅でそんな事を考えながらも返事を待つが、男は立ち上がっただけで一項に口を開く気配は無い。
 情報を得るのは難しいと判断した俺は、対話を放棄して男にむけて袈裟切りに切りかかる。 
 が、男はそのまま数歩後ろに後退すると、腰の長脇差を抜いて対抗。

 お互いに相手の刃を紙一重で避けて切り返す攻防が続く。
 ただの鉄製でしかないこの太刀では、相手の刀を受け止めたら折れてしまうのではないか、という理由もあるが、
 相手の剣の動きを読んで受け止めるよりも、腕を振り上げた時点で大雑把に予測して避け、すぐさま切り返したほうが効率がいいからだ。

 最も、ただ単純にそれだけの技量が無いだけでもあるのだが、それはなんとなく悔しいので考えないようにしておく。
 しばらく一進一退の立ち回りが続いたが、やはり先ほどのダメージもあってか、不利なのは長脇差で対抗している男の方だ。
 一度、大げさに俺の太刀を避けると、そのまま膝をつく。



  
173: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:08:09.16 ID:4G7yNiVv0
  

( ^ω^)「そろそろ、何か喋りたくなってきたかお?」

 聞くが、返事は無い。代わりに、男は八双の構えをとった。
 その姿を見て我知れず鼻で笑ってしまう。

 龍機兵同士の戦闘では、動きの予測しやすく、避け易い銃器よりも、刃物類を使うのが定石であるため、軍のブーツキャンプでは最低限の剣術の稽古を施される。
 しかし実戦では、相手の高強度タクティカルスーツ等の装備を切り裂いて敵の肉や骨を絶たねばならないため、
 唐竹割りか袈裟切りの斬撃が主戦術になってくる。

 というか、普通はは乱戦以外では袈裟切りにしか刀を振るわない。
 よほどの達人、それこそ現存している剣術流派、三十三家筋の目録レベルにでもならなければ、構えなど戦闘では大した意味を成さないだろう。

 が、嘲る俺の目の前で、鉄と鉄が擦れる時特有の高い音と共に、男の両腕の上腕と前腕、それぞれの半ばに切れ目が入ったかと思うと、次の瞬間に勢いよく伸張した。
 男の口の端が嘲弄の形に持ち上がる。

 先ほどの俺の笑いを真似したつもりなのか、皮肉げに。

(;^ω^)「…………ッッッ!!!!!」

 慌てて間合いを広く取るが、遅い。先ほどの二倍以上の長さになった腕で、男が刀を振るう。



  
174: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:14:24.02 ID:4G7yNiVv0
  
 甲高い音と共に、俺が掲げた刀と男の長い腕の先に握られた刀が交差する。
 遠心力がついているせいか、とてつもなく重い斬撃。腕の強化骨格と、埋め込まれた補助フレームが軋みそうになるが、なんとか耐えて、激突の衝撃を利用して後ろに跳び退る。

 距離をとった俺の視線の先、体に不釣合いなほど長大な腕を備えた男がさらに口の端を吊り上げた。
 にらみ合ったのは一瞬。その半瞬後には互いに切りかかる。

 男はリーチを生かして間合いをとって切りかかり、俺はそれを避けながらも、その射程の長さ故に空いている懐に潜り込んで刀を振るう。
 しかし、相手のリーチが長すぎて、十分に懐に潜り込む前に距離を取られてしまい、決定打が放てない。

 一方、男は長い腕を大振りに振り回して遠心力ののった重い一撃を連続して繰り出してくる。
 軽く奥歯をかみ締め、舌打ちしたい気分を堪えながら考える。

 まず、いくつか分かったことがある。
 何故俺が狙われているのかは分からないが、目の前の男は丙種龍機兵だ。
 最新型の丙種には、対龍機兵戦闘に特化した、様々な能力や特徴を備えられた者が居る。

 おそらくは男もその内の一人で、俺のような退役軍人か逃亡兵だろう。
 男の振るう太刀は忠実にブーツキャンプで教えられる基本に従っている。
 が、この際男の身の上はどうでもいい。



  
175: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:19:30.91 ID:4G7yNiVv0
  
 問題は、どうやって長い腕を掻い潜って男に一太刀浴びせるかだ。
 まずは邪魔な、この糞長ったらしい腕から切り落としてやろうかとも考えたが、おそらく完全に機械化されている腕を、ただの鉄製の太刀で切り落とせるかどうか疑問だ。

 ならば、狙うなら関節の―――

( ^ω^)「継ぎ目ッ!!!」

 思わず、単語が口から漏れるが、気にせず刃を突き出す。
 瞬間、世界が停滞した。甲種龍機兵にのみ埋め込まれた、脳内の思考加速器によって思考が加速されたためだ。
 戦闘時には常時僅かながら起動させているものの、負荷がかかるため、滅多にこれほど集中して起動させはしない。

 殆ど進まない、緩やかなときの流れの中で、俺の太刀の切っ先が正確に男の右手首の付け根、関節部の隙間に潜り込み、内部の人口筋肉と人工血管を切り裂き、抉りぬいた。

(;´∀`)「ぐ……ッ」

 男が呻く。だが、これで終わりではない。
 男はブーツキャンプで軍の基本訓練を徹底的に叩き込まれているはずだ。
 起きていても夢の中でもそれこそ糞している時でも、何かが起きれば自動的に体が動く程、心血に染みこんでいるはずだ。
 俺がそうであるように。

 ならば、そこにこそ付け入る隙がある。
 そう考えている間にも、男の手首からは血液と擬血循環剤が溢れる。どうやら、人口動脈ははずれたようで噴水のように、とはいかないがそれなりの勢いだ。
 まずは、その程度の出血で十分。



  
178: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:26:28.94 ID:4G7yNiVv0
  
 男は顔をしかめながら、殆ど反射的な動作で刀を左に持ち替えて、右手首を高く挙げる。
 何らかの理由で傷口の止血ができない場合は、心臓より高い位置に患部を持っていって止血しろと教わっているためだ。
 思わぬ出血で混乱しているのだろう、戦闘中に腕を挙げれば、それは大きな隙になる。

 リーチが長く、腕の先の手首を掲げるためには時間がかかるため、なお更だ。
 失敗に気づいた男が構えなおそうとした時には、俺の体は完全に懐に入り込んでいる。
 右腕を掲げた男の懐右側は格好の餌食だ。例えるなら、羽根をもがれてひっくり返された上に、節足も全て引きちぎられた蝉のようなものだろう。

 完全に詰んでいる。
 男が左手に握った長脇差で俺を刺し貫こうとするが、俺はそのまま擦れ違うように男の右側を通り抜ける。
 右に回された、男の左腕では自らの背後を刺すことはできない。

 目を見開いて焦る男を尻目に、俺は思いっきり腰を捻って太刀の柄の端を男の背に抉りこんだ。



  
179: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:29:35.80 ID:4G7yNiVv0
  

(;´∀`)「げぇええええぇぇえげげげげげげげぇげぇぇえ!!」

 人が発するものとは思えない奇怪な苦鳴が男の口から漏れ、男の体がすっと落下する。
 足から力が抜けて膝小僧が地面と激突し、まるで正座をしているような形で前に倒れこむ。

 男は長い両手の肘を地面についてなんとか上半身を支えている。

( ^ω^)「で、まだ喋れるならお前の身の上を吐いて欲しいんだけど?」
(;´∀`)「…………え…ったな」

 喋りかける俺に帰ってきたのは、男の呟きだった。
 不信に思いつつも、男の手から落ちた長脇差を踏みつけてへし折っておく。  

( ^ω^)「あ?」
( ´∀`)「"まずは名前から歌え"、だったな」

 今度はハッキリと聞こえた。



  
180: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:31:33.83 ID:4G7yNiVv0
  

( ´∀`)「名は体を現すって言葉があるけどよお…」

 呟くように滔々と語りながら、男がゆっくりと立ち上がる。
 地面に手をついたせいで再び流れ始めた手首の血を気にすることも無く、口を動かさずに目だけで不気味に笑う。
 何をする気かは分からないが、大人しく身の上を喋ってはくれそうに無い。

( ^ω^)「やめとけお、もう詰んでる。完全に"死に体"になってんのがわかんねーのかお」

 言葉をかけるが、男は全く聞く耳持たずに一歩前に踏み出す。
 すると、男の体の各所からがちり、がちり、という歯車が噛み合うような金属質の高い音が聞こえてきた。

( ´∀`)「俺の場合は体格がこんなだから、そこから名前がつけられたんだよ……」

 そこで一度言葉を切ると、今度は一転して声を張り上げる。

( ´∀`)「"八頭身"、そう呼ばれてる」

 叫びが終わるか終わらないかの内に、金属同士が擦れる音が響き、男の足が二倍以上の長さまで伸びる。
 先ほど腕が伸びたように、脛と大腿の中心辺りから切れ目が入り、男の身長が極端に上に伸びる。
 異変は足だけに留まらない。



  
181: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:33:26.98 ID:4G7yNiVv0
  
 男の両手首の付け根、その小指側と親指側から折りたたみ式のギミックナイフ一本ずつ、都合四本のブレードが飛び出した。
 まるで、飛行機の翼のような、奇妙な形状のブレードだ。

(;^ω^)「………………」

 俺は男の動向を見守るように軽く息を呑んで構える。
 元から上背のあったその体は、今や二メートル半、
 いや、もしかしたら三メートル近くはあるかもしれない異形の巨躯へと変貌している。

 アンバランスな体型にもかかわらず、安定した姿勢で立っているのは、おそらく体のどこかにオートバランサーが埋め込んであるからだろう。
 ブーツの中に押し込められていたジーンズの裾は、今や男の膝の上まできており、常人と変わらぬ胴体から細長い手足を生やした様はどこか蜘蛛のようでもある。

 その特徴的な体型と、手首から生えたブレードから、俺は軍に居た頃の記憶から、ある種類の龍機兵の話を思い出した。
 丙種龍機兵の中には、甲種のような大規模な脳手術とはいかないまでも、頭にバランサーや演算装置を埋め込むタイプの龍機兵が居る。

 両手の計算されつくされたフォルムのブレードを高速で動かし、そこに受ける揚力を計算して予測しづらい攻撃を繰り出してくる白兵戦闘用龍機兵で、確か開発コードは空中翼(エアロフォイル)。

( ´∀`)「お前も呼んでくれよ、俺の特徴を。俺の存在そのものを!」

 痛みを麻痺させるために脳から分泌されたエンドルフィンが、恍惚感と快感をもたらしているせいか、はたまた自らを鼓舞しているのか、
 やけに興奮した口調で叫んだ”八頭身”に、俺は冷ややかに言葉を返した。



  
182: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:35:34.87 ID:4G7yNiVv0
  
( ^ω^)「言ったはずだお、おまえはもう"死に体"だって」
(#´∀`)「あ?本当に死んだかどうか、試してみるか?」

 そう言って前かがみの前傾姿勢で長い腕を振り回してくる。
 が、その先のブレードが俺に当たる寸前で、八頭身の腕は失速して地面に落ちる。
 いや、腕だけでは無い、体全体が陸揚げされた魚のように、出鱈目に地面に投げ出されている。

(;´∀`)「………が……ッ…?………あ…?」
( ^ω^)「やれやれ、脊髄をへし折るつもりで攻撃してやったのに、随分頑丈な奴だお」

 八頭身はなんとか立ち上がろうとするが、手を突いて膝を立てようとした瞬間、足がぐらりと傾いてあらぬ方向に倒れこむ。
 無駄な努力を続けようとする八頭身を哀れんで、心優しい俺は忠告してやる。

( ^ω^)「やめとけお。言っとくけど、オートバランサーの故障とか、そんなちゃちいレベルじゃねーから。
       あんま動くと脊髄の傍の神経とか切れるから辞めた方がいいお」

 俺の言葉が聞こえているのか、いないのか、まだ足掻こうとする八頭身の腹を蹴り上げて動きを止めさせる。
 先ほど折ってやった剣状突起が変な具合に刺さったのか、八頭身は大げさに顔をしかめる。
 もはや目の前に倒れるこいつは、精肉場で吊るされ、解体を待つだけの絞められた牛にも等しい。



  
184: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:38:40.70 ID:4G7yNiVv0
  
( ^ω^)「さてと、それじゃあ色々歌ってもらおうか――」

 勝利者の余裕で高々と、笑いながら言葉を紡いだその時、背後から右肩に衝撃を受けて真横に倒れこんだ。
 滅茶苦茶に横転する視界の中、背後で拳を握る大柄な人影を見て、その人物に後ろから肩を殴られたのだと理解する。
 その人影は体中を隙無く黒い高強度タクティカルスーツで覆っている。

 体躯はやけに大きい印象を受けたが、それは肥満故ではない。
 タクティカルスーツの上からでも分かるほど筋肉がついている。
 上背が高いことと、体から放たれる鋭い気配のせいで、まるで熊と相対しているような気分になってくる。

 顔に注意を向けると、人影は顔まで真っ黒なフルフェイスのヘルメットで隠している。
 どこか見覚えのあるデザインだ。
 確か公安警察の特殊部隊Armoured Assult、通称AAの旧正式装備のタクティカルスーツとヘルメット。

(;^ω^)「な―――」

 なんだおまえ、という問いは発せず、口の中に留まった。
 黒ヘルメットが俺に向かって突進してきたからだ。
 何故かは分からないが、顔を覆う遮光性のヘルメットから除く鋭い眼光を見た瞬間、俺の心の奥底で何かが疼き、怯んだ。



  
185: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 22:40:51.75 ID:4G7yNiVv0
  
 一も二も無く立ち上がってその場から跳び退ると、右肩に鈍い痛みが走る。
 おそらく、脱臼している。
 それ程に重い一撃だった。もう一度殴られれば、どうなるかわからない。

 いや、どうにもならない。
 どうにもならずに、殺されるだけとなる。
 が、目に見えて狼狽している俺を他所に、フルフェイス野郎は倒れている八頭身を肩に担ぎ上げてその場から走り去っていった。

 追いかけようにも、心がくじけていて気力がわかない。
 その背はあっという間に見えなくなった。
 後には、ただただ縮み上がった心を宥めるために、必死で呼吸を整えようとしている俺だけが残った。

(なんなんだ、あいつの目は!)

 心の中でそう叫ぶ。
 何故あんなにも男の表情に、鋭い視線に怯えたのか。
 全くをもって分からなかった。

 ふと、脱臼した右肩を眺めると、力の入らない右腕がぷらぷらと揺れていた。
 そこで初めて体が小刻みに震えているのに気がついた。

(;^ω^)「かっこ悪すぎだお………」



  
190: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 23:13:06.93 ID:4G7yNiVv0
  
 思わず自嘲気味の声が漏れた。
 睨まれてびびって、蛆虫のように震えている男が一人。
 いっそ素敵なまでに惨めだった。

(;^ω^)「………糞」

 毒づいて歩き出す。
 だが何処へ?
 追いかける気力なんて無い。そもそも、もう男達の姿は見えず、何処へ行ったのかわからない。

(帰ろう………)

 そう思った矢先、携帯が着信音を鳴らした。
 体がビクリと震えてしまう。
 気分じゃないので無視しようかとも考えたが、画面に表示された発信者がツンだとわかって通話ボタンを押した。

 すると、聞きなれた声が耳に響いてきた。

ξ;゚听)ξ『内藤?あのさ、今日の約束だけど―――』
( ^ω^)「悪いけど、用事ができたお。いけそうに無い。ごめんお」
ξ;゚听)ξ『え?ちょっと―――』



  
192: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 23:17:40.49 ID:4G7yNiVv0
  

 有無を言わさずにそれだけ告げると、電源を切った。
 ツンが何事かを喚いていたが気にしない。
 一体何故狙われているのかはわからないが、相手は俺の名前を呼んでいた。

 明らかに俺が狙われている。
 ならば、ツンを巻き添えにするわけには行かない。絶対に。

(まずは、家に帰って色々準備しながら情報でも整理す―――)

 思考は唐突にさえぎられた。
 別に、先ほどのように誰かが殴りかかってきたわけではない。
 ただ、視覚に理解を超える光景が入り込んできただけだ。

(;^ω^)「え………?」

 無意識に呟いた俺の視線の先、角を曲がってすぐ見えるお馴染みの建物、俺やツンの住むマンションから派手に煙が上がっていた。
 




  
195: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 23:20:28.75 ID:4G7yNiVv0
  

/ ,' 3 「おい、大丈夫か」

 先ほど内藤と合間見えた場所から離れた路地の一角で、フルフェスのヘルメットを被った男が八頭身の体を揺さぶる。
 しかし、八頭身に反応は見られない。

 八頭身は手足が伸張されたままなので、殆ど引きずるような形でここまで運んできたのだが、その間も殆ど反応は無かった。
 男はタクティカルスーツの一部であるヘルメットを外すと、その下からは体格に似つかず、穏やかそうな顔立ちが覗いた。
 ひとつひとつのパーツは無骨だが目が細く、どこか眠そうにも見える顔つきだ。

 男が耳を八頭身の鼻の傍に寄せると、僅かだが呼吸音が聞こえた。
 呼吸はある。だが、弱弱しい。
 急いで治療を施さなくてはならない。

 そう思い、八頭身を担ごうとした所で、背後から何者かが近づいてきた。

/ ,' 3 「斉藤か?」

 男は慌てずにそう問いかけると、はい、と背後の人影から声が上がった。
 和服姿にも見えるが、袖広の和服を羽織った下にはロゴの入ったランニングを着込んでおり、銀のネックレスをいくつも首にかけている。

(・∀ ・) 「荒巻さん、八頭身の奴どうしたんスか?死んじゃった?」
/ ,' 3 「いや、死んでない。が、治療が必要だ」



  
196: ◆VIPKING98o :2007/03/04(日) 23:22:31.67 ID:4G7yNiVv0
  

 和服の男、斉藤は、軽く八頭身の体を眺めると「エグイ攻撃くらってますね」と軽い口調で言った。
 内藤の一撃は八頭身の脊髄を直撃していた。八頭身の脊髄からは髄液が漏れ、そのため、脊髄液量が減って下垂した脳のために激しい脱力感や頭痛等に見舞われたのだろう。
 荒巻と呼ばれたタクティカルスーツ男は軽く眉間にしわを刻み、八頭身の体を再び担ぎ上げ、歩き出すと口を開いた。

/ ,' 3 「俺たちはこのままこいつを治療するために一度退く。襲撃の首尾の方はどうなった?」
(・∀ ・) 「あー、なんか偶然外出てた女使って襲撃かけときましたわ。荒巻さん達遅すぎですもん」
/ ,' 3 「女?」

(・∀ ・) 「殺しときましたけどね。もうね、うるさいしウザいし、なんつーの?軽くゲキリン?っていうの?ギャクリン?もうそんなんに触れまくりで完璧プッツンしちゃいまっした」

/ ,' 3 「そうか」

 斉藤の長く小うるさい言葉をそれだけで片付けると、荒巻はさっさと歩く速度を速める。
 彼自身、その殺された女には悪いことをしたとは思うが、同情はしない。
 もはや今の彼に、そんなことをしている余裕など無いのだから。



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