( ^ω^)ブーンは侍になるようです

  
214: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:43:28.38 ID:695ZLBtI0
  

6.

(;^ω^)「マジかお………………」

 呟いてみるが、現実は変わらない。
 目の前にそびえるマンションの最上階、ツンが住んでいたあたりは酷い有様だった。
 何かが爆発したのか、窓ガラスは割れとび、ところどころに焦げ目がついて煙を吐き出している。

 小走りに玄関に向かうと、そこに首と胴体が離れた女の死体が転がっていた。
 右目が抉られているために判別しづらいが、三階に住んでいた大学生の子だ。
 おそらく、網膜認証の鍵を開けるために目を抉られて殺されたのだろう。その顔は苦悶の表情にゆがんでいる。

 昨日のエレベーターの中での出来事が思い出される。あの時もらった土産物の饅頭。
 眼球の収まっていない眼窩が彼女の無念を訴えかけてくるようだった。



  
216: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:45:37.62 ID:695ZLBtI0
  

( ^ω^)「饅頭………、まだ部屋に置きっぱなしで手つけてなかったお………」

 網膜認証の鍵を開けてマンションの中に踏み込むと、そこに少し萎びた眼球が落ちていた。
 血溜まりの中央に鎮座する、赤黒い神経と血管をぞろりと生やした眼球と目が合う。
 そこに至って、やっと俺は自分があの八頭身と名乗った男に襲われた理由を理解した。

 俺のような退役軍人の無職ニートを狙うような奴は居ない。居るわけがない。
 ただ、ツンを確実に襲うのに、ギリギリまで相手に襲撃を悟られないようにするため、網膜認識用の手ごろな眼を求めていただけだったのだ。

 そこに、偶然俺が外出したため、俺の後を尾けて機を見計らって襲撃したに過ぎない。
 おそらく、先ほどのツンの電話は、その襲撃を俺に知らせるためだろう。
 何のために?多分、助けを求めていたのだ。

( ^ω^)「………………………」

 自分は狙われているから巻き込みたくない?自意識過剰もいいところだ。
 俺ごとき無職を狙って誰にどんな利があるというのだ。
 そんな馬鹿馬鹿しい妄想で、ツンの電話を切ってしまったのだ。



  
217: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:47:42.07 ID:695ZLBtI0
  
 俺に頼ろうと助けを求めたのを拒絶してしまったかもしれないのだ。
 なんだよ。糞。死んじまえよ、俺。
 罪の意識にさいなまれながらも、ゆっくりと、慎重に歩を進めて階段を上っていく。

 エレベーターは使わない。何があるか、何が待ち構えているかわからないからだ。
 多少息を乱しながら最上階に着くと、ツンの部屋の入り口へと向かう。 
 ツンは最上階の部屋をすべて貸しきり状態にして住んでいる。

 が、どの部屋のドアも爆破されて吹き飛んでいた。
 遅かったか?心の中で思う。
 ”遅かった”だと?間に合うとでも思ったか?心のどこか片隅で、冷静な自分が思う。

 わざとらしいんだよ。糞。どう考えても手遅れだ。
 警戒しつつ室内に入る。室内の壁は一部、綺麗にくりぬかれていた。
 これはおそらく、ツンが開けたものだろう。別の部屋へ出入りするのに、いちいちドアの外へ出て居ては手間だ。

 貸しきっている部屋のすべての壁に穴を開けてつなげたのだろう。
 気にせず、奥へと進むと部屋中の家具の破片や壊れた写真たて、人形が足に当たる。
 物音はしない。おそらく、誰も居ない。多少急ぎつつすべての部屋を確認するが、ツンどころか襲撃者も居ない。

 やはり、遅すぎたのだ。何もかも。
 失意の中、自然とひざが曲がり、地面へとへたり込む。



  
218: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:50:19.24 ID:695ZLBtI0
  
( ^ω^)「またかお………………」

 誰も居ない、様々な物の破片が散乱する室内に自分の声だけが虚しく木霊した。
 突如、何時もの孤独感と虚無感がせり上がってくる。
 どれくらいの時間がたっただろうか。まだ夕陽は注していない。まだ夜にはなっていないのだろう。

 とりあえず、今は時間の経過などどうでもいい。気がつけば、目の前に多くの警察と共に見慣れた顔があった。

(´・ω・`)「何糞トボけた顔で転がってんだ」

 どこか愛嬌のある下がり眉毛の童顔に、似合わない言葉遣い。
 ショボだった。
 俺は驚かない。これほどの大事件だ警察が来るのは当たり前だ。

( ^ω^)「ショボ」

 だから俺は話しかける。

(´・ω・`)「ん?」
( ^ω^)「説明しろ」

 俺がここの住人であることは知っているはずだ。
 ツンと、この部屋の住人と親しいことも。



  
219: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:52:50.74 ID:695ZLBtI0
  
( ^ω^)「なんでこんなに初動捜査が送れてんだお」

 そう、警察がここに来るのが遅すぎた。
 美府市の中心街や大穴に近いような場所の事件ならともかく、こんな美府市のはずれ、神山市から近い場所に警察が遅れるのは納得がいかない。

( ^ω^)「どこかの組織関連かお?」

 押し黙るショボにひたすら問いかける。
 やがて、ショボは観念したかのように口を開いた。

(´・ω・`)「どこまで知ってる?」
( ^ω^)「何のことだお?」
(´・ω・`)「ツンとかいうガキのことだ」
( ^ω^)「それは―――」

 尋ねられて気がつく。
 普通に、隣人として接していたが、そもそも俺はツンの事を何も知らなかった。

(´・ω・`)「何も知らないってことでいいんだな」
( ^ω^)「………………………」
(´・ω・`)「N.E.E.T.社創業者にして最大株主、神山新斗(かみやま にいと)」
( ^ω^)「は?」
(´・ω・`)「あのガキの祖父だよ」



  
220: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:55:05.25 ID:695ZLBtI0
  
 驚きのあまり、声が出ない。
 美府市内の犯罪組織として有名どころをあげるなら、まず人々の口に上るのは最大勢力のN.E.E.T.社で、その次がそれと敵対しているファスケス。

 それほど規模は大きくないが、過激さで有名なのはマスマーダラーズ・ユニオンという、ガキばっかが集まってる集団だろう。

(´・ω・`)「そのジジイが昨日死んだ。表に出てこないから一般に名前は知られてないがな。
      ちなみに、ジジイの息子は娘、ツンのことだな、を祖父に預けて出奔。絶縁されてるらしくて行方がわからない」

( ^ω^)「跡目争いか?」

 企業の有力者が死んで、その孫が狙われるとなるとそれしか思いつかない。
 N.E.E.T.社のお偉いさん達と話をつけていたため、こんなに出動が遅れたのだろう。
 果たして、俺の考えは正解だった。

(´・ω・`)「N.E.E.T.社のCOOで副社長の山口って奴が死んだのはニュースでやってただろう。
      N.E.E.T.社は今、本家派と社長派に分かれて抗争の真っ最中だ。
      社長でCEOのモララーに、本家派の筆頭でツンの後継人になってた山口がまず殺された。
      社長派の動きが用意周到すぎる。多分、死ぬのをずっと待ってたんだろうな。
      他にも役員や傘下のヤクザの組長クラスが何人か殺されてる。
      どこもかしこも炎上ブログの祭り状態だ」

 例えがよくわからないが、要は抗争でツンを支持してる派閥の一番えらい奴が殺されて、ツンがヤバイ状態にあるってことだろう。



  
221: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:57:34.09 ID:695ZLBtI0
  
(´・ω・`)「ツンのジジイが死ぬ直前にツン名義で持ってる株券全部を国外の銀行に保管してもらってて、
     資産だけじゃなくて今年度の儲け、無記名の金融債なんかを全部割引金融債で無記名の証券代行会社で換金して、
     海外の口座に資本を全部移したらしい。
     それも、契約時にあえて判子は使わずに拇印でやらせて。
     自分の孫が継げなかったときのための保険のつもりだったんだろうが、それが仇になった。
     連中、血眼になってツンを追ってる」

 確かに、放っておけば業務に支障がでるし、ツンだ居なければ引き出すことは出来ないだろう。
 いや、それが無くても遺恨を残しておいては何が起こるかわからない。
 どっちみちツンは消されると言うことだ。

( ^ω^)「今はもう殆ど社長派の優勢で、このまま片付きそうだがな」 
(´・ω・`)「………………………」

 つまり、このままでは十中八九ツンが殺されて終わるという事だろう。
 それも、最悪拷問を受けて口座などを引き出させられるか、拇印目当てに親指切り取られるかだ。

(´・ω・`)「何を考えてるか知らんし、知るつもりもねーが馬鹿なことは考えるんじゃねーぞ」



  
224: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 11:59:55.80 ID:695ZLBtI0
  

 俺の考えを先読みするかのように、そう言う。
 馬鹿なこと?ツンが死ぬかもしれないのにか?
 ふざけるなよ。

 そう思ったが、ショボの目は真剣だ。逆らえばどんな罵詈雑言が飛んでくるかわからない。
 適当に同意して外へと向かう。

( ^ω^)「わかってるお。面倒ごとはごめんだお」

 バーカ!バーカ!誰がお前の言うことなんか聞くかアホ!
 助けに行くに決まってんだろうが。
 俺の心の声が聞こえているかのように、ショボが深々とため息をついた。









  
226: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:03:49.04 ID:695ZLBtI0
  

( ・∀・) 「そうか、八頭身はしばらく動けそうに無いか」

 美府市の中心部にそびえるビルの中でも一際高いビルの最上階、その執務室のデスクの上で手を組んだ男が厳かに言った。
 まだ若い男だ。少なくとも、見た目だけは。実年齢はわからない。

 一目見て良質とわかるブランドもののスーツを着ており、微笑んではいるが、男から友好的な雰囲気を感じ取れる人間など存在しないだろう。
 その原因は、男の目だ。にこにこと笑ってはいるものの、その目はまったく笑っておらず、細まってすらいない。

 瞬きすらあまりせずにいるため、まるで目ではなく、眉の下に二つ底なしの穴が口を開いているだけのようにも思える。

/ ,' 3「はい。治療用再生槽に入れていますが、全快まで時間が掛かりそうです。入居者の退役軍人の内藤とかいう男、かなり”使う”ようですね」

 その男の目の前に直立不動の姿勢で立っているタクティカルスーツを着た男がいた。荒巻だ。
 彼は恭しい口調で男に問いかける。

/ ,' 3「どうしますか?」

( ・∀・) 「ツンの奴が雇った護衛かもしれないけど、そんな情報も無い。
     邪魔するようなら殺してよ。そうでないなら無理に手を出す必要は無いんじゃない?」

 男の口調は友人に話しかけるかのように気さくなものだったが、会話の間、荒巻の体は緊張に硬まりピクリとも動かなかった。



  
227: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:05:52.26 ID:695ZLBtI0
  
 目の前にいるこの男こそが、株主総会から経営の全てを一任されている社長兼CEOであり、荒巻の雇い主でもあるモララーなのだ。

 しかも、現在N.E.E.T.社の全ての権力を掌握しつつあり、株主や役員の殆どを抱きこんだモララーは、名実ともにN.E.E.T.社のNo.1になっている。
 荒巻の態度も恭しくなるというものだった。

( ・∀・) 「そうそう、それとな」
/ ,' 3「?」
( ・∀・)「八頭身が動けるようになるまで、代わりの連中に動いてもらうことにしたから」

 その口調や態度からはまるで威厳を感じることはできなかったが、モララーの本性はとてつもない支配欲と向上心に満ちている。
 彼の生い立ちなど、詳しいことは定かではないが、元は N.E.E.T.社の下部組織であるヤクザの海津会の構成員で、そこからのたたき上げだと言うから驚きだ。

/ ,' 3「代わりの連中、ですか?」
( ・∀・)「こっちに引き込んだ大口の株主が私的に雇ってる連中らしい。俺に恩を売っておきたいんだろ。株主が好きに使ってくれと言ってきた」

/ ,' 3「はあ」
( ・∀・)「どうもな、その連中、」

 そこでモララーは相手の反応を確かめるように、一度言葉を切る。

( ・∀・)「コテらしい」



 同時刻。
 神山市の中心にあるオフィス街、その一角に建つとある企業の採用面接会場になっている部屋、そこに置かれたパイプ椅子の上にその男は居た。

 黒髪、細身のスーツ、ブランドもののネクタイに、銅色の大人しい印象のある眼鏡をかけた、理知的な顔立ちの男だ。
 彼はまるで彫像であるかのように、背筋を伸ばし、握った両手をひざの上に置いたままの姿勢から動かない。



  
229: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:08:57.02 ID:695ZLBtI0
  

( ゚д゚ )「ええと森川さん、あなたは東大卒ということで、特技がやけにたくさん羅列されていますが」
森川「はい」

 彼と向かい合うように設置された机と、三つの椅子にそれぞれ座る、面接官のうちの一人の問いに、彼は静かに返事を返した。

( ゚д゚ )「わが社で働く上で、これ等の特技がどのようなメリットになるのでしょうか」

 彼の学歴は、このような作りかけのエクメーネの都市の中小企業の面接を受ける者にしては驚くべきものだが、面接の要領は他の受験者達と変わらない。
 どのような話題を自己アピールを展開するのかは楽しみではあるが、そうそう大して変わった応答はしないだろう。

 面接官たちのその思いは、彼の次の台詞で粉々に打ち砕かれた。

森川「メリット?むしろそれはあなたが説明すべきでしょう」

 一瞬、面接官たちは彼が何を言っているのか理解できなかった。

( ゚д゚ )「は?」

 質問を放った面接官から間の抜けた声が漏れる。

森川「生まれついてのキャリア組、根っからのエリートのこの私がここで働くことで、私にどのようなメリットがあるのかと聞いているんですよ」



  
231: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:11:00.51 ID:695ZLBtI0
  

 が、彼は面接官たちの狼狽などお構い無しに、淀みなく言葉を紡ぎだす。
 本当に、小学校の授業で1+1が2になるのだと、当たり前の事を教えているかのようにすらすらと。

( ゚д゚ )「はぁ………」
森川「早く答えなさい。勘違いしないで欲しいが、就職する会社を決める選択権は私にあるんですよ」
( ゚д゚ )「あの……、すいませんが何故わが社の面接を……?」
森川「自惚れないでもらいたい。この会社以外にもいくつも面接は受けています。私という人材が、ダイヤの原石が欲しいなら早く自社のアピールをしなさい」
( ゚д゚ )「………………」

 今や、完全に面接官たちは黙り込んでしまっていた。
 だが、目の前の彼は面接官の様子などまったく気にかけず、己の喋りたいことを、冷静に喋り続ける。

森川「いや、あなたがたの気持ちはわかる。だが、私はジベレリンだ。知っているかな?
  植物の成長を促すホルモンの一種で、ギベレラから発見されたものだ。
  私はこの企業にとってまさにそれだ。
  例えば、これからの企業には顧客の満足度、会社の利潤だけでなく、さらにもう一段階上の”社会貢献”が求められる。
  だが、貴社ではこの分野のマーケティングがライバル社と比較して明らかに遅れている。
  もし私が入社したら、この遅れは簡単に取り戻せるだろう。
  まずは手始めに、環境保護系のNPO法人やNGOと提携して、顧客層と彼等の持つ環境保護系のノウハウやを(ry
  確かに、君達三流大出身者には私が妬ましく思えるときはもあるだろう。しかし―――」

 彼はそこでいったん言葉を切り、自信に満ちた顔と声色で、強く続けた。



  
232: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:13:41.10 ID:695ZLBtI0
  
森川「私が入社した暁には、この企業に第一エクメーネへ進出するほどの営業成績と躍進を約束しよう」

 それまで、ただうろたえるだけだった面接官たちの目が見開かれ、その奥で彼に対する理解の光が輝いた。
 面接官たちが彼の本質を理解した瞬間だった。




 十数分後、とある駅のトイレに備え付けられた手洗い場で男の怒声が響いた。

森川「っざっけんな!マジふざけんな!あの糞ども!」

 先ほど、面接官たちに森川と呼ばれていた男だ。
 森川は叫びつつもざあざあと蛇口から出しっぱなしにしていた水に髪を洗っている。
 すると、彼の髪を伝う水が黒くにごり始め、逆に彼の髪からは黒の染髪スプレーが落ちて、明るい茶色の頭髪が覗き始めた。

森川「マジふざけんじゃねーぞ、糞、何が『もう結構です、帰ってください』だ。ふ、ざ、け、る、な!糞ったれ!
   俺が入社したらあんな凡俗どもすぐに追い抜くんだぞ!!?ゴマすれやキモゴミどもが!!!!!!!」



  
233: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:15:44.00 ID:695ZLBtI0
  
 森川は己の心の中に溜まった不満を言葉に乗せ、ひたすらぶちまけ続ける。
 タイル張りのトイレの壁のせいか彼の呪詛の声は大音量で響き渡るが、彼の叫び声が外にも漏れているため、彼以外にこのトイレに入ってくる者は居ない。 
 が、まともな神経と最低限の危機意識を持っている人間なら近づかないはずの場所に、もうひとつの声が響いた。

「どうせまた何かやらかしたんでしょ?」

 無遠慮に響いたその声は場違いなほどに明るい。
 また、声のトーンも高かった。それもそのはず、その声を発したのはまだ年端もいかない少年だった。
 少年、なのだろう。少女のようにも見える中世的な顔立ちで、目鼻の通った整った顔と、少し茶色がかった長めの髪にストレートパーマをかけた少年だ。

森川「うっせーよ。なんだよ、素の自分を隠してエリート系路線でいったのに、なんで落ちるんだよ、マジありえね」

 森川は突如響いた声に全く臆する事無く返事を返す。

「いつもどおりの下品な君を丸出し状態だったら、多分面接を受けることすらできなかったと思うよ」

森川「は?死なすぞ糞ガキ。糞糞糞糞糞、またてめえと組むのかよ」

「うん、悪いけど”また”なんだ。謝って許してもらおうとも思わない。仕事だからね」



  
234: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:17:52.42 ID:695ZLBtI0
  
 森川の憤りなどどこ拭く風とばかりに、無邪気に笑いながら言葉を返す少年。
 その顔にはどこか余裕と、それと同程度の純粋な楽しさが見て取れる。

森川「Fuuuuuuuuuuuuuuuuucccccckkkkkkk!糞が!ひと段落ついたら俺ァ引退すんぞ、糞」
「でもそのための再就職先の面接、落ちちゃったよね」
森川「Fuckit!!てめえ見てやがったのか!」
「こんだけ叫んでれば誰だってわかるよ………」
森川「糞!みんな死ね!わざわざ社会人受験で東大卒業って箔つけてきたのに、就職できねえとか、マジでなんなんだよ!」

 森川の怒りの矛先にあるのは少年の態度か、それとも先ほどの面接官たちの対応に向けられたものか、あるいはその両方か。
 彼は怒りに任せて自らの眼鏡を掴み取り、フレームをレンズごと握りつぶすと懐からメガネケースとピアスケース、それにピアッサーを取り出して洗面台に置いた。

 まずはピアッサーで左耳に二つと唇の左端に一つの穴を開けると、ピアスケースの中から銀製のピアスを三つ取り出し、そこにをはめる。
 彼の痛覚神経を鋭い痛みが襲うが、端を軽く食いしばって耐える。そこへ、再び甲高い声がかかる。

「わざわざ面接のためだけにピアス穴塞いできたの?」
森川「ああ、そうだよ!糞、保険きかねえから再生槽に軽く浸かるだけで17万もかかっちまった!Bugger!Shit!Dammit!」
「わざわざ英語で言うのやめなよ。正直痛いよ」
森川「これだから留学経験無え三流大学出は!」
「………いや、僕まだエレメンタリィすら卒業してないんだけど」



  
235: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 12:20:15.57 ID:695ZLBtI0
  
 呆れた様に突っ込む少年を無視して、森川は銀製の細いチェーンを二本取り出すと、それぞれのピアスにチェーンの端を繋ぐ。
 さらに指輪を二つ取り出して、それぞれ右手の人差し指と中指にはめる。リングに合うようにカットされ、押しつぶした硬貨が表面に貼り付けられたものと、サンスクリットのお経が彫ってあるものだ。
 そして仕上げとばかりに、メガネケースからこれまた銀色の少し奇抜な感じのする眼鏡を取り出す。

 ブリッジ部分は銀で、レンズにはサングラスのように少し黒とブルーが入っており、ツルの耳にかかる直前までの部分にも精緻な彫刻が施してある。

森川「あーあ、それじゃあ糞おもしろくもねえ仕事をとっとと始めますかね」

 そう言って彼が鏡を見ると、そこには先ほどまでのエリート然とした面接受験者とは全くも別人が映っていた。
 先ほどと変わらぬスーツ姿で顔立ちはあくまでも理知的だが、印象が180度変わってしまっている。
 まるでホストみたいだね、と少年は呟いたが、それは森川には聞こえなかった。

森川「貰ってる金の分は働くさ」

 そう呟き右手の親指と中指で眼鏡の両端を上げて位置を正すと、森川はそのままトイレから出て行った。
 後に残された少年が一人で静かに呟いた。

「いや、まだ詳細何も話してないんだけど………」





  
242: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 15:06:13.81 ID:695ZLBtI0
  




 美府市を歩く連中の中から、N.E.E.T.社の連中を探し出すのは簡単だ。
 普通、美府市住人は面倒ごとに巻き込まれないように、早歩きで極力余計なものを眺めないようにして歩くのだが、
 そいつ等は何かを探すように、ゆっくりと周囲を見渡しながら、左右に体を揺らして肩で風を切って歩いていた。

 もしも間違えて相手がマスマーダラーズ・ユニオンのような過激な団体だったら大変なことになるが、ここら辺はN.E.E.T.社の連中の縄張りのようなものなので気にしない。
 数人のコテが中心になっているマスマーダラーズ・ユニオン、通称MMUは、構成員の殆どが若気の至りで暴れまわってるようなクソガキどものため、縄張り意識が非常に強い。
 彼等は本物の犬さながらに、あちこちの壁にグラフィティアートでマーキングしたり、自分たちのステッカーを貼り付けている。

 それらを不用意に剥がしたり、汚した組織が襲撃を受けて潰された事件は記憶に新しい。
 ともかく、特に理由が無くても何にでも噛み付く危険な連中だ。
 そんな彼等が横暴を突き通すことができているのは、ひとえにコテの力に依るところが大きい。

 閑話休題。
 ともかく、俺の目の前を三人組のスーツを着た男たちが通り過ぎて行く。



  
243: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 15:08:17.56 ID:695ZLBtI0
  

( ^ω^)「あのさ、あんたらN.E.E.T.社の人かお?」

 三人組が足を止める。怪訝そうな表情を隠そうともせずに振り返る。
 が、俺は問答無用でその中の一人の襟首を掴み上げて吊るしあげる。 
 抵抗しようと手足をバタつかせるが、抵抗を許さず手近な家の閉じられたシャッターに叩きつける。

( ^ω^)「こっちは聞いてんだお。早く答えろお」

 男が何事かわめき、残りの二人が止めようと腕を掴んでくるが、俺の腕はびくともしない。

<ヽ#`∀´> 「てめえ、俺たちを誰だと思ってんだ!早くおろせ」
( ^ω^)「誰なんだお?」

 そこで、男が言葉に詰まる。N.E.E.T.社の名前を出せば脅しになるかもしれないが、俺が先ほどN.E.E.T.社の人間かどうかを聞いてきたのを思い出したのだ。
 それで何か不都合が生じるかもしれないかと考えると、ここで無闇に名前を出すのも得策ではないように思えたのだろう。
 男の目が逡巡に揺れる。

 が、俺は考える暇を与えず、男の懐をまさぐって財布を取り出す。
 男が、あ、と声を上げる間に片手で器用に、カード類だけ掴んで財布から手を放し、カード入れの中身を全て抜き取る。
 財布が地面に落ち、案の定、俺の手の中のカードには、N.E.E.T.社の社員証が入っていた。



  
244: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 15:10:25.51 ID:695ZLBtI0
  
 それも、表向きの従業員ではなく、荒事専門の保全部の社員のようだ。
 大当たりだ!心の中で手を叩いて喜ぶが、それは億尾にもださず、男をにらみ続ける。
 間違いなく、こいつ等はツンを探している連中だ。

( ^ω^)「なんだ、やっぱN.E.E.T.社の社員じゃん。で、ツンどこに居るんだお?」

 ツンという言葉を聴いた瞬間、男の目が驚愕に見開かれ、俺の後ろで目を白黒させている仲間二人に、合図をするかのように首を振る。
 合図を出しながらも男が叫ぶ。

<ヽ#`∀´> 「てめえ、ふざけんな。N.E.E.T.社の仲間が黙っちゃいねえぞ!」

 男が叫ぶ。すると残った二人の内、一人が俺の肩を掴んで殴りかかってきた。
 が、俺は身じろぎひとつせず、男の拳を無視して吊るし上げた男だけを睨み続ける。 
 まるで、殴られた痛みなど感じていないように。

 もう一人の男は、多少驚きつつも俺の襟首と肩を掴んで無理やり引き剥がそうとする。
 が、これまたビクともしない。
 本当は痛いのだが、相手にプレッシャーを与えるためにも無視する。

( ^ω^)「仲間?そんなもんどこに居んだお」
<ヽ#`∀´> 「う………ううう………」



  
245: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 15:12:43.17 ID:695ZLBtI0
  
 男が追い詰められた獣のように呻く。
 仲間の二人は俺を引き剥がそうと、引っ張ったり殴ったりしているのだが、俺は脳内に仕込まれた機械を使って痛覚を遮断している。

( ^ω^)「ツンはどこに居んだお。答えろお」

 仲間が目の前にいるのに、全く助けになっていない孤立感に、
 一人、全く仲間の暴力を気にせず別次元に立っているかのように振舞う俺への恐怖感に、
 男の心が挫けそうになる。

 が、ここに来て後ろの二人が懐から銃を抜いた。
 流石に龍機兵でも、こんな至近距離で撃たれてはマズい。俺の腕が男の襟首から離れて電光石火のごとく動く。
 先に銃の引き金に指が掛かったほうの拳銃の銃身を掴み、捻りあげる。

 骨が折れる乾いた音と共に、男の引き金に掛かっていた指があらぬ方向に曲がった。
 手を押さえて呻く男の鳩尾に膝を叩き込んで昏倒させ、銃を構え終えたもう一人の側頭部を逆さに握った銃のグリップ部分で殴打。

 その際、暴発してもいいように相手の銃の遊底を掴んで押し、狙いを俺から外す。
 殴打と共に鈍い音が響き、男は耳朶から血を流して倒れこんだ。

( ^ω^)「さて、質疑応答に戻るお。考える時間は十分あったはずだお」



  
246: ◆VIPKING98o :2007/03/05(月) 15:14:46.77 ID:695ZLBtI0
  
 仲間を二人、瞬時に失った男は震えながら背後のシャッターにもたれ掛かり、腰を抜かしていた。
 俺が軽く、バレルを握った銃を振り上げると、ひぃ、と情けない悲鳴を出す。
 次の瞬間には、男の口は震える体からは信じられないほど滑らかに動き、知っている情報を歌いだした。







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