( ^ω^)ブーンが転校して来たようです

  
491: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:04:28.97 ID:eYyNw3140
  

二学期が終わり、年が明けて三学期。

内藤ホライズンに対するクラスメイト達の印象は確実に変化していた。

それは、転校当時とはまるで別人のような今の彼の容姿を考えれば至極当然の結果だった。

小太りだった身体はスポーツマンらしく逞しく引き締り、
野暮ったいセンター分けはシャープなソフトモヒカンに。
顔もただ痩せて脂肪が落ちただけではなく、毎日の運動によって筋肉が引き締まり、
日焼けした肌と相まって以前より幾分精悍なイメージを受ける。
それでいて眉毛は不自然ではない程度に小奇麗に整えられているので清潔感もある。
着ている制服も何気に軽く着崩している。

イケメンとまではいかないが、最早どう間違ってもキモメンと呼ばれる事はないであろう外見である。
いや、この間の県の記録会で二つの種目で入賞を果たした陸上部のホープ、と言う肩書きを
踏まえれば、多少強引にイケメンに分類してしまったとしても案外違和感はないのかも知れない。


もはやイメージチェンジなどと言うレベルではない。正に豹変だった。



  
498: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:08:54.67 ID:eYyNw3140
  

更に、近頃の彼は休み時間に廊下で他のクラスの陸上部員やその友達と楽しそうに喋っている事すら
あるのだ。しかもまったくの標準語で、である。

そんな流れで彼が同じ陸上部員であるクラスメイトの大野と教室の中で会話を始めたとしても、
最早それ程大きな違和感を感じる人間はいないのだ。
そしてその繋がりが大野から周りの親しい友人へ、そのまた周りへと浸透していくのに
たいして時間は掛からなかった。

内藤はついにクラスの中に自分の居場所を確保したのだった。



  
504: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:15:58.62 ID:eYyNw3140
  

ようやくクラスメイトにその存在を認められた内藤は、クラス内において大野たちのグループの一員
と言う立場に落ち着いた。大野達たちのグループはクラスに4つある男子のグループの内
サッカー部の3人組、木下らのグループに続いての三番目のランクのグループだった。

決して良いポジションとは言えないが、今までの内藤の境遇からすれば天国と言っても良かった。

内藤 (やっとだ…、やっとここまで来た…)

内藤は今までひたすら努力に努力を重ねてきた日々を思い返し、一人感慨にふけった。

あのキモい喋り方の小太りのブサメンが、ここまでの地位に登り詰める事を一体誰が予想できただろうか?
ただ一人、内藤本人だけがその未来を強く信じ、ひたすらに努力してきた。そしてそれを勝ち取った。

達成感。

与えられた環境に甘んじるのでは無く、自ら望んだものを自らの意志で努力し、勝ち取った者だけが
味わえる極上の美酒に内藤は酔った。



  
508: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:21:47.85 ID:eYyNw3140
  


彼の努力が賞賛されるべきものである事は間違いない。並の決意で実行できる事ではないのだから。
しかしそれ以上に賞賛されるべきなのは彼の秘められた能力だったのではないだろうか?

いくら並々ならぬ努力があったとは言え、それまで周り空気と言うものを全く読めなかったキモメンの
彼が、僅か一年足らずでココまでのキャラを作り上げる事が出来た事は驚異と言っていい。

元々彼は有能な人間だったのだ。
やれば出来る子だったのだ。
ただ、今まで彼は自分を変えよう、改善しようなどと思った事はなかった。その必要がなかったのだ。
しかし転校、クラスでの村八分という急激な環境の変化が、彼に人生とは戦いであると言う事を教えた。

内藤は、今になって考えればあの苦境はむしろ自分にとって歓迎すべき出来事だったのかも知れない
とすら考えるようになった。
少なくとも今現在の自分はあの当時より遥かに価値のある人間であると言う自負が彼にはあった。



  
510: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:28:01.59 ID:eYyNw3140
  

内藤 「俺…結構凄くね?」

自分はこれだけの事をやったのだ。この喜びを誰かに伝えたい。しかしこればかりは
クラスメイトや陸上部員に話せる内容では無かった。

内藤 「…そういやアイツらどうしてるかな」

内藤は前の学校のクラスメイト達の事を思い出した。
転校当初は割と頻繁にメールや電話をしていた気がする。
特にツンは面倒くさいなどと言いながらも週に一度は内藤に電話を掛けて来た。

クラス中にハブられていた当時の内藤にとってそれは心の支え、厳しい現状からの
逃避の場であるとさえ言えた。
しかし彼はその現状を以前の仲間達に打ち明ける事はしなかった。
心配させたくないと言う思いもあったし、恥ずかしさもあった。
それにそれを打ち明けたところで現状が変わるとも思えなかった。
もはや遠く離れてしまった仲間達が自分を取り巻く現状に対して出来る事など無いのだから。



  
513: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:33:19.80 ID:eYyNw3140
  

そうなると自然と自分の事を話す事が無くなる。
仲間達は皆自分の身の回りの出来事を内藤に報告するのだが、
反対にそっちはどうなのか、と聞かれてもただ『それなりにやってる』『結構楽しい』
などと曖昧な返事しか返せなかった。

ツンにはそれが気になったらしい。内藤が何か悩みを抱えているのではないかとしきりに心配した。
内藤はそれを適当にはぐらかす。そんなやりとりが段々苦痛になってきてその内仲間達とも
疎遠になってしまった。

内藤は自分を変えようと決意した時、自分がそれなりの人間になったら、仲間に話しても
恥ずかしくない現状を手に入れたら、その時こそは胸を張って彼らに報告しようと思っていた。
向こうに帰って再会するのもいいかも知れないと思っていた。

内藤 「ああ、そうだった」



  
516: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:38:06.94 ID:eYyNw3140
  

内藤は実に半年ぶりにドクオに電話をしてみた。

プルルルル プルルルル

『もしもし?』

内藤 「よぅ、久しぶり?憶えてる?」

『久しぶりってレベルじゃねーぞこの野郎!全然連絡よこさーねでお前は!』

転校前とまったく変わらないドクオの口調に懐かしさを憶えた。

内藤 「wwわりぃ、てかお互い様じゃね?w」

『………』

『………もしもし?』

内藤 「おお、もしもーし、聞こえる?」

『……え?……ブーン?』

そのあだ名で呼ばれるのも随分久しぶりだ。

内藤 「そうだよ、俺だって、ブーンだよブーン」



  
518: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:41:13.75 ID:eYyNw3140
  

『え?…マジでブーン?てか何その喋り方』

まあそう来るだろうとは思っていた。

内藤 「え?なんつーか、その……高校デビュー?」


『………』

内藤 「……」


『ぎゃははははwwwwwwwwwなんだその一発ネタはwwwwwwwwwww
イキナリ電話してきてそりゃねえだろwwwwwwwwwつーか逆にキメェよwwwwwww』

内藤 「ははははwww」

勿論ウケは狙ったのだが、ドクオは自分の口調が完全にネタであると思っているようだ。
まあ無理もないかも知れないと内藤は思った。

内藤 「wwww。でもマジでこんなんだよ?最近のオレ」

『しつけーよwwwww』

内藤 「まぁいいやw。つか最近どうなの?そっちは」



  
522: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:46:09.78 ID:eYyNw3140
  


内藤とドクオは30分ほど話し込んだ。向こうの皆は相変わらずらしい。
内藤も彼のクラスメイトの事や、自分が陸上で賞を取った事などを話した。


『…まあさ、たまにはコッチに帰ってこいよ』

内藤 「そうだな。久しぶりにみんなで会うのもいいかもな」

以前の仲間達が今の自分の姿を見たらどう思うだろうか?
想像すると中々楽しみな光景だった。

『あと他のヤツらにも連絡してやれよ?きっと喜ぶから』

内藤 「わかった」

ドクオは最後まで内藤の口調がギャグだと信じていたようだ。



  
527: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:49:31.99 ID:eYyNw3140
  

プルルルル プルルルル

『もしもし』

内藤 「ショボン?久しぶり」

『やぁ、本当に久しぶりだねブーン』

内藤 「だよな、もう半年くらい喋ってないもんなー」

『…なにか不思議な喋り方をしているね』

内藤 「ww、まずそこだよなw。まあなんつーか周りに影響されてっつーかさ」

『そうなのかい?これは驚いたな』

ショボンのマイペースな喋り方も相変わらずだった。



  
529: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:53:42.18 ID:eYyNw3140
  

プルルルル プルルルル

ピッ『………』

内藤 「もしもし?ツン?」

『………』

内藤 「もしもーし?聞こえるー?」

『……アンタってヤツは…………』

内藤 「え?何?なんか声遠いんだけど」

『声遠いじゃないわよっ!!なによっ!何回メールしても全然返事くれなかったクセにっ!
 今更アンタと話す事なんて何も無いわよっバカっ!!』

ああ、彼女も相変わらずのようだ。



  
530: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:56:18.35 ID:eYyNw3140
  

内藤 「ごめんな、あの頃ちょっと忙しかったんだわ」

『………』

『…アンタ誰?』

内藤 「いやブーンだって。喋り方変わったけどツンの家の向かいに住んでた内藤ホライゾンだよ」

『………』

内藤 「いやマジだって。声で分かんない?」

『……ブーンなの?』

内藤 「ブーンです」

『……とりあえずふざけんのやめてフツーに話しなさいよ』

内藤 「いやいやw真面目だし、フツーに話してるしw」



  
533: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 03:59:57.49 ID:eYyNw3140
  

ツンの言う普通と言うのは内藤が転校する以前の、彼女達と一緒にいた頃の
彼独特のあの口調の事なのだろう。
それは内藤にも分かっていた。いっそそうした方がスムーズに会話が出来るだろうとも思った。

しかし彼にとってあの口調は、一番最初に発見した自分の中の『キモい』であり、
過去の不遇な時代の象徴でもあった。二度とその口調を使うつもりはなかった。


『ふざけないでって言ってるでしょっ!』

相変わらず彼女はすぐ怒る。頼むから信じてくれ。

内藤 「ごめん、でもふざけてないよ。今はこう言う喋り方なんだよ俺」

『……本気で言ってるの?』

内藤 「うん、ギャクとかじゃくてマジで」

『…なんで?』



  
537: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 04:05:25.65 ID:eYyNw3140
  

なんで…。
それを話すと長くなる。辛くなる。

内藤 「いやなんでっつーかさ。まぁさすがにいつまでもあんな喋り方してる訳にもいかないだろ、
   舌っ足らずな幼稚園児じゃないんだしw」

『………』

内藤 「そんな事よりさ、ツンの方はどうなの?元気でやってる?」

『うん……』


内藤とツンはお互いの近況などを報告しあったが、その会話はどこか歯切れの悪いものだった。



  
547: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 04:25:26.78 ID:eYyNw3140
  

内藤の口調に拘ったツンの態度は、彼にとってあまり面白いものではなかった。
忘れようとしてる昔の傷跡をつつかれているような気分だった。

内藤 「…まあ無理もないのか」

内藤が物心ついてから転校するまで、あの口調は彼のトレードマークのようなものだったのだ。
子供の頃から彼を知ってるツンにとってはそれなりのショックを受けても仕方のない事かも知れない。

内藤 「まぁいいや」

今自分が目を向けるべきものは、遠く離れた幼馴染では無く、周りにいるクラスメイト達なのだ。



  
551: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 04:42:41.86 ID:eYyNw3140
  

ツンはその後何度か内藤に電話して、二人で会えないかと持ち掛けて来た。
内藤は始めのうちは今は忙しいから無理だと断っていたのだが、ツンがしつこく食い下がるので
時間が出来たら必ずこちらから連絡すると言っておいた。

急に会いたいなどと言い出したツンの心境が少し気になったが、
彼女に会うと自分が昔の自分に戻ってしまうような気がして気後れした。

内藤 「まぁその内連絡するさ」



  
555: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 04:53:02.12 ID:eYyNw3140
  

クラスの輪にすっかり溶け込んだ内藤は、その中で更に自分と言う人間を洗練していった。
部活動は順風満帆で彼を慕う後輩も増えた。クラスメイトともプラベートで遊んだりするようにもなった。

この頃になると竹内の店に足を運ぶ機会も減った。中途半端なセレクトショップで全てを済ませるのでは無く、
1シーズンに1、2着くらいの割合で使用頻度の高い服を選びそれなりのショップで購入し、
あとは古着やユニクロでまかなう、と言う効率の良い買い方が出来るようになっていた。

そして彼はルックスやセンスよりも、なによりその人間のキャラクターと言うものこそが
一番重要なのではないかと考えるようになった。勿論顔がいい人間はモテる。
しかし外見がパッとしなくても周囲からの人気を集める人間もいる。
逆に結構良さ気なルックスであってもそれほどモテない人間もいる。

彼らの違いを考えてゆくと行き着くのはそのキャラクター、つまりは
コミニュケーション能力なのだ。

人の優位に立つ為に最も重要なこの能力を、
彼は最早自分のクセになっていた人間観察によって
着々と身に付けていった。

勿論これは誰にでも出来る事ではない。



  
556: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 04:59:24.73 ID:eYyNw3140
  

例えば転校前の自分を鑑みてみると、今まで彼の周りで笑いが起こる時は常に自分自身が笑いの中心、
ネタになっていた。『笑わせる』のではなく『笑われて』いた。これではいけない。
笑いと言うものは人を楽しませる、人を惹き付ける重要な要素ではあるが、自分をネタしてしまうと
その分ナメられる、自分の地位が下がってしまう。ならば人を『笑わせる』立場になるには
どうすればいいのか?
彼は自分では無く他人を指摘し、笑いをとると言う結論に達した。
いわゆるツッコミである。
これなら自分を起点に笑いを起こせるが、その対象は常に他人である。
自分の評価を落とす事無く『笑わせた』と言う評価を得る事が出来る。
内藤が思いつく中で最も簡単で効率的な方法だった。



  
561: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 05:04:50.09 ID:eYyNw3140
  


三年に進級してクラス替えが行われると、内藤は新しいクラスのトップグループに納まった。

彼女も出来た。
部活の後輩に告白されたのだ。
とりたてて美人と言う訳ではないが、まあかわいい部類ではあったし、
恋愛経験の無かった内藤にとっては、性格が素直で彼を尊敬している彼女は
とても扱いやすかったのでとりあえずOKした。

自分の努力がことごとく実を結び、内藤は毎日が楽しくてしかたなかった。



  
566: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 05:21:36.40 ID:eYyNw3140
  

学校内での地位を十分に確保出来た内藤にとって、
陸上部の部活動もその必要性を無くしていった。

一応のスティタスとして夏のインターハイまでは続けるつもりだが、
顧問の薦める特別メニューは全て辞退した。

陸上で生活が成り立つ訳でも無し、
受験生である内藤にとっては勉強の方が遥かに大事だった。



  
571: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/05/05(土) 05:40:20.45 ID:eYyNw3140
  

7月の中旬、ドクオから電話があった。
夏休みを利用して久しぶりにみんなで会わないか、と言う話だった。

そう言えばツンに連絡をすると言ってそれっきりだった事を思い出す。

内藤 「あのさ、ツンになんか言われた?」

『? 何が?』

内藤 「いや、いいや」

『?? つーかお前本当に喋り方変わったんだな』

内藤 「まあね」



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