( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

6: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 20:59:19.84 ID:07GFOiVz0


     第9章 それから。それから。


アルキュ北東部より、中央南部に向けて流れる雄大なるバーボン河。
この河の左右に広がる広大な平地帯…例えばバーボン領やローハイド草原…こそが
この島に生きる人々の食料自給を支える文字通りの食糧倉庫である。

そのバーボン河に繋がる支流の一つ。
デメララ川を遡る事、十数キロの地に王都デメララはあった。

統一王ヒロユキによって建設され
【白鳥城】【湖上の要塞】とも呼ばれる王都デメララは、その異名が示すようデメララ湖中央。
ちょうどお碗型に盛り上がった孤島にあり
幾十もの塔の集合体からなる姿を湖に映しだしている。

ただ、優雅なだけではない。
王都に入るには【ビックブリッジ】と呼ばれる大橋を渡らねばならないのだが、
いざ戦時ともなれば川との境目に作られた水門を閉じる事によって
水位を上昇させ唯一の侵入経路を水没させる事が可能となっていた。

更に城を守るは禁軍が一。
【全知全能】率いる水軍艦隊が湖上に威風堂々と旗印をたなびかせている。

正しく難攻不落。
勝利を約束された者達が暮らす地に、傷つき肩を落として戻る騎士団があった。
泥に汚れ炎に煽られて見る影もないが、頭上にあるは黒地に巨塔を描いた戦旗。

【鉄壁】ヒッキー率いる【鉄柱騎士団】の生存者達である。



7: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:01:35.75 ID:07GFOiVz0
???『…謝罪も賠償も必要ないニダ』

(-_-) 『は!?』

数刻後。
マホガニー製の巨大な机を挟んで2人の男は対峙していた。

敗将の常として床に膝をつくヒッキーは、思わずその声に顔を上げる。
対して、やはりマホガニー製の座に腰を下ろす人物は
机の上に山と詰まれた書類から目も離さずに続けた。

黒髪を後頭部で束ね、その目は糸のように細い。
体の線は細く無駄な贅肉は一片として無かったが、質素な服の下の肉体は戦場で負った多数の傷と筋肉に覆われていた。

(;-_-) 『い、今なんと仰られましたか?』

自身の耳を信じる事が出来ずにヒッキーは問いかける。
その彼の目の前で机の男は、次々と書類の山を片付けていった。
ある書類は印を押し。ある書類は床に置かれた『不採用』の箱に投げ捨てていく。

みるみるうちに、一つの書類の山を片付け終えた男はようやく顔を上げた。
恐るべき実務能力の高さ。
それは【天智星】ショボンや【天使の塵】フッサールと比べても勝るとも劣らないであろう。

だが、それはこの男にしてみれば正に日常茶飯事。
赤子の手を捻るより容易い事。
彼こそは、王無きアルキュの事実上最高権力者。有名無実化した評議会を只一人牛耳る者。
【評議長】にして【翼持つ蛇】の異名を持つ者。

その名をニダーと言った。



10: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:04:05.42 ID:07GFOiVz0
思い切り伸びをして、固まった筋肉をほぐす。

<丶`∀´>『謝罪も賠償も必要ない…と言ったニダ』

言いながらニダーは新たな書類の山を自身の目の前に移動させた。

(-_-) 『しかし…僕…いえ、私は評議会の命を守れずに敗れた…』

再び書類に目を落とし、ひらひらと左手を上下させる。

<丶`∀´>『報告はウリも聞いているニダ。
      勝敗は兵家の常。しかも【急先鋒】と【天智星】が裏切ったとなれば仕方ないニダ』

(-_-) 『……』

あまりにも意外な展開に、ヒッキーは唖然としていた。
自身の身を保全する為の言い訳が、ここまで功を奏するとは思っていなかったのである。

<丶`∀´>『将軍。後ほど正確な命を下すが、将軍は軍を再編成しバーボンに常駐していただきたいニダ。
      バーボンは南西部〜西部にメンヘル。北〜北西に王女が逃げたと言うギムレット。
      北東部にはニイト自治区がある…ローハイドと並んで戦略上重要な拠点ニダ。
      が、バーボン領主の【常勝将】は南部の反乱鎮圧に手こずり、帰還の目処も立たないのが現実。
      領主代理としてバーボンに向かい、
      ネグローニのダイオード将軍と協力して北部安定に尽力するニダよ』

(-_-) 『ぼ…ぼk…私がバーボンの領主代理に!?』

これは決して敗将に下される処置ではない。
むしろ、封土を持たないヒッキーが領主代理に任命されるのならば、
出世と言っても良い程である。



11: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:07:24.82 ID:07GFOiVz0
<丶`∀´>『話は以上ニダ。後日使者を出す故、それまで戦場の疲れを癒すと良いニダ』

(-_-) 『は、はい!! 了解いたしました!! 失礼致します!!』

立ち上がり、両手を胸の前で組んで一礼する。
その胸の内は喜びで溢れかえっていた。
敗戦の処罰を覚悟していた所に、急な出世の令が下ってきたのだから当然と言えよう。
飛び上がりたい気持ちを抑えつつ、踵を返して扉の前まで歩を進める。

だが。
それを開けようとしたヒッキーの背に冷たい声がかけられた。

<丶`∀´>『…将軍。過ぎた出世欲は身を滅ぼすニダよ』

(-_-) 『……!!』

【翼持つ蛇】と呼ばれる男は全てを知っていたのだ。
……そう。全てを。

<丶`∀´>『ウリにも影はいるニダよ。母上を悲しませる真似をしてはならんニダ』

(-_-) 『…な、何の事だか私にはさっぱり分かりかねます』

<丶`∀´>『そうニダか…。それならいいニダ』

それでも表情一つ変えずヒッキーは部屋を出る。
が、その重厚な扉を閉めた瞬間。
彼は大きく息を吐き出すと同時に、倒れこむように扉に背を預け天を仰いだ。
彼自身の物ではないかのように足が震え、冷たい汗が全身を濡らしていた。



15: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:11:27.10 ID:07GFOiVz0
<丶`∀´>『ふぅ…』

ヒッキーが扉の向こうで溜息をついている頃。
扉の中でも一人の男が大きな溜息を漏らしていた。

???『殺さないのですか? 随分と寛大な処置で。貴方らしくありませんね』

そのニダーに声をかける者がいる。
その男は、確かにそこにいなかった。
まるで、空気の中から滲み出すようにそこに現れたのだ。

派手派手しい外套の下に黒装束。
絹のように細い髪を腰まで伸ばして、阿片のパイプを手にした男。

<丶`∀´>『【狐】。盗み聞きとは趣味が良くないニダよ』

【狐】と呼ばれた男は、深く阿片の煙を吸い込むと満足げに微笑んだ。

???『何を仰る。私の存在に貴方は最初から気付いていたのでしょう?
    ならば、それのどこが盗み聞きですか?』

その言葉にヒッキーは大きく首を左右に振る。

<丶`∀´>『…詭弁ニダ』

???『詭弁で結構ですよ。それより、私の質問に答えていただけませんか?』

ニダーは諦めたように立ち上がり、窓際まで移動して城下を見下ろす。
その手にはいつの間にか芳香豊かな茶が注がれた碗が持たれていた。



17: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:14:12.34 ID:07GFOiVz0
<丶`∀´>『将が…人が足りんニダ。
       確かに今回の騒動の発端は【鉄壁】将軍の権勢欲によるところが大きい。
       それによって我らは重要な駒を幾つも失った…その罪は大きいニダ。
       だが、あのような小物でもまだ役に立つ…罰するのは簡単でも、役に立つうちは殺すわけにはいかないニダ』

???『ほぉ。なるほどなるほど』

毒々しい紫色の煙を燻らせながら頷く【狐】。

???『確かに今回の騒動で我々リーマンは王女、【天智星】【急先鋒】を失いました。
    が、それがどうしたと言うのです?
    【天智星】や【急先鋒】の叛意は以前より明らかだった物ですし、
    王女などいなくても貴方さえいればリーマンは動く。
    いえ。王女など存在しない方が貴方の野望にとっては有利な筈ではないですか?』

<丶`∀´>『…ウリが一人で動かしたところで…意味は無いニダ。
      国は人が作る。【七英雄】に変わる次の存在。
      それが育たぬ事には…我が野望も成就したとは言えないニダよ』

???『あなたも頑固な人ですね』

とろんとした目で【狐】が言う。

???『ならば、我が可愛い人形をお使いなさい。
    私が丹精込めて作りあげた子供達なら貴方のご要望に沿えるはずですから』

その言葉は会話の流れからしても、心からニダーを想っての物。
が、それを聞いたニダーは瞬時にして感情を沸騰させた。
振り替えるや否や、発言者の足元に手にした碗を叩きつける。
派手な音を立ててそれは割れ散り、【狐】の外套に染みを作った。



21: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:17:56.29 ID:07GFOiVz0
<丶`∀´>『フォックス…貴公はまだあのような残酷な玩具を作っているニダかっ!!』

怒髪天を突く表情で詰め寄る。
しかし、【狐】は…フォックスは動じない。
相も変わらず、ねっとりとした視線でニダーを見つめている。

爪'ー`)y‐『それの何が悪いのですか?貴方の。いや、我らの野望達成のためには手段を選ばない。
      両手を血で染め上げ、それでも為すべき野望が我らにはあるはずです。
      御自身の手を御覧なさい。その穢れた掌…それでも尚カマトトぶるおつもりですか?』

<丶`∀´>『……』

ふぅと小さく笑いながらフォックスはゆるりと後退し、やがて部屋の中央。巨大な柱の影に辿り着いた。

爪'ー`)y‐『私はキール峠の【狐】。そして【人形遣い】の異名を持つ者。
      お困りの際にはいつでもお声をおかけ下さい。お力になりますが故』

<丶`∀´>『フォックs…』

仰々しく一礼するフォックス。
その彼にニダーが声をかけようとした時には、その姿は影の中に溶け込むように消え去っていた。
残された【翼持つ蛇】は、諦めたような溜息を漏らすと一人割れた碗の欠片を拾い始める。

<丶`∀´>『この島の為…我が野望の為…そして、散っていった友の為。
      ウリは手を汚す事を拒まんニダ。
      だが…国は人が作る。心無き人形では国は作れない…この島は守れないニダよ…』

その呟きは誰に向けられた物であったのか。
肩を落とし、背を丸めたその姿は…この島の事実上最高権力者のものとは思えない。
寂しげなものだった。



25: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:20:41.37 ID:07GFOiVz0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

湖上にあるが故、鉄壁の守りを誇る【王都】デメララ。
この難攻不落の【白鳥城】の最大の敵。
それは、湖上にあるが故の水害であった。

長雨が続き湖の水位が上昇すると、島の沿岸部。
つまり、比較的低地の部分は水没してしまうのである。

逆に全く雨が降らず、湖が枯渇してしまえば守備の要たる水軍が全く無用の長物と化してしまう為
湖と川の境にある水門こそが、この都市の生命線と言っても過言ではなかった。

それでもやはり自然、比較的裕福な者は高地。
つまり島の中心部に近い場所に高い塔を建てて暮らしていたし、
貧しい者は水害に怯えつつも、その恵みに頼って沿岸部で日々を過ごしていたのである。

その貧民街に限りなく近い、いわゆる平民地区。
『かつては』豪奢であったであろう建物の前にヒッキーはいた。

自身の代名詞たる重厚な鎧は一足早く少年従者が持ち帰っており、
今は簡素な平服の上に外套を羽織っただけの姿である。

その従者が彼の到着を待って門を開き、恭しく頭を下げる。
繰り返される出兵から帰還する度に繰り返されるお馴染みの儀式。
ヒッキーはそれが嫌いではなかった。

(-_-) 『フン』

順従な少年の脇を通り抜けて馬を降りた彼を待っていたのは、一人の召使。
そして、その召使が発した台詞もまた…彼が帰還する度に繰り返されるお決まりの台詞だった。



29: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:23:18.73 ID:07GFOiVzO

召使『…お暇を頂きたく思います』

怯えたように…思いつめた表情で自らの解雇を要求する中年男。
最後に彼を見た時、この男は豊かな体格と朗らかな笑顔の持ち主だった。
が、今ではその面影は微塵も無い。
頬は痩せこけ、疲労と精神負担によるものか目の周りにはどす黒いクマが出来ている。

(-_-) 『そうか…分かった。少しここで待っていろ』

門を潜る前から予想しきっていた台詞。
だからヒッキーは『何故だ?』とも『どうしてだ?』とも聞かない。
苦労をかけたのだな…と素直に思う。

自室に戻ると、部屋の隅に置かれた大壺の中から銀を掴み出し
皮袋に詰め込むと、給金として元・召使に手渡した。

召使『こ…こんなに頂けるので!?』

男の顔がぱぁと輝く。
当時であれば、1年は遊んで暮らせるであろうだけの銀を貰えたのだから無理もない。
しかし。
この直後、彼は幸福の絶頂から奈落の底へ叩き落される事になる。

(-_-) 『フン…勘違いするなよ。僕は君の功績なんか微塵も認めていない』

召使『は?』



31: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:25:31.72 ID:07GFOiVz0
(-_-) 『本来であれば…お前を此処で殺してしまうのが一番なんだ。
     そうすれば余計な出費はないし、面倒な事を口外される心配も無い』

言うやヒッキーは腰に差した長剣を引き抜き、召使の首元に突き当てた。
剣先が男の肌を押し、刺さらない程度に力を込める。

召使『ひぃっ』

ようやく自身の置かれた立場を理解した彼は、皮袋を地面に落とし腰から落ちるように崩れた。
命乞いの言葉も無く、顔は青ざめ浮いた奥歯がカタカタと嫌な音を立てる。

(-_-) 『だが…そうする事によって、いらない噂話がのぼる事を僕は恐れる。
     分かるか? お前を殺すのは簡単だが、次の召使が来なくなったら困るんだよ』

男は壊れた人形のように幾度も首を縦に振った。
その彼の眼前に再びヒッキーは剣先を突き出す。
【鉄壁】ヒッキーの顔からは完全に表情が消え去っていた。

(-_-) 『だから…これは口止め料だ。もし、今後余計な噂話が立った時には…僕はお前を犯人とみなす。
     お前がどこに逃げようと…僕はお前を追い詰めて九族諸共根絶やしにしてやる。
     分かったか? 分かったら…それを持って失せろっ!!!!』

召使『ひゃ…ひゃいっ!!!!』

ヒッキーの恫喝と男の半ば悲鳴のような返事が重なる。
男は銀の詰まった袋を抱えると、逃げるように屋敷の門を飛び出た。
おそらく、一生彼がこの屋敷に近づくことは無いだろう。
ヒッキーは『フン』と鼻を鳴らし、剣を納めると背後で膝をつく少年に問いかけた。

(-_-) 『嫌な物を見せたな。それでカーチャンは…母上は何処にいられるのだ?』



35: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:28:51.57 ID:07GFOiVz0
少年の言葉に従い、ヒッキーは家屋を抜け裏庭に向かう。
中途半端に整えられた芝の中に彼女はいた。
芝の中に座り込み、歌でも口ずさんでいるのだろうか?
ヒッキーが其処に姿を現した事など、まるで気付いていない様子だった。

(-_-) 『カーチャン…』

裏庭の入口。
【鉄壁】ヒッキーは、こちらに背を向けて座り込んでいる老女を発見する。
その姿は楽しげで、年端も行かない少女のようですらあった。

(-_-) 『……』

しかし。
対するヒッキーは悲痛な面持ちでそれを見つめる。
やがて、諦めと決心が同居したかのような表情で彼女に近づいた。

(-_-) 『カーチャン、ただいま。今帰ったよ』

老女は太陽の様な笑顔で振り返ると、それに答える。







J( 'ー`)し『あらあら。お帰りなさい。たけし』



40: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:34:33.65 ID:07GFOiVz0
(-_-) 『……』

J( 'ー`)し『いつもご苦労様。今日はカーチャン腕によりをかけてご飯作ってるからね、たけし』

その言葉にヒッキーは母の手元を覗き込む。
そこには竹細工の包丁と幾つかの泥団子が転がり、
彼女の服や顔、白髪だらけの頭までが泥だらけだった。

(-_-) 『カーチャン。僕はたけし兄さんじゃない。弟のヒッキーだ』

J( 'ー`)し『ヒッキー? 誰だい、それは? たけしの友達かい?』

カーチャンは立ち上がり、ヒッキーに皿に盛った泥団子を差し出す。

J( 'ー`)し『お前はたけし。カーチャンの可愛い可愛いたけしだよ。
      さぁ、出来た。たけしが大好きな肉団子だよ』

(-_-) 『……そうだね。ヒッキーって誰だろう。勘違いしてたみたいだ』

言いながらヒッキーは小粒の泥団子を掴むと、それを口に放り込んだ。
溢れそうになる涙と吐き気を押さえ込んで飲み込むと、にぃっと笑顔を作って見せる。
それは彼女にしか見せたことの無い最高の笑顔。

(-_-) 『美味いよ、カーチャン。やっぱりカーチャンのご飯はアルキュ一番だ』

J( 'ー`)し『おやおや。たけしは口が上手くなったね。でも、残りは晩御飯までお預けだよ』

そう言って老女も笑い、再び泥料理に没頭し始める。
すでに、数秒前まで自分と会話をしていた事すら覚えていまい。
こみあげる嘔吐感に耐え切れず、ヒッキーは裏庭を後にした。



49: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:39:29.77 ID:07GFOiVz0
屋内に戻り、母から自身の姿が見えなくなってからヒッキーは厠へ駆け込んだ。
喉に指を突っ込み、無理矢理胃の中の異物を吐き出す。
じゃりじゃりとした泥の食感が酸っぱい胃液と共に口内に戻ってきて
ヒッキーは何度もそれを吐き戻した。

やがて胃の中に吐く物が何も無くなると、ヒッキーはげんなりした顔で自室に戻る。
その目に浮かぶ涙の原因は、嘔吐によるものか。それとも別の何かによるものか。

自室の机の上には蜂蜜を垂らした檸檬水の入った水差しが置かれていて、
彼は気配りの利く従者に感謝した。
それを碗に注いで飲み干すと、ヒッキーは倒れるように寝台に身を埋める。

(-_-) 『……カーチャン』

彼が大好きだったカーチャン。
優しかったカーチャンは兄の戦死をきっかけに壊れてしまった。
今では、ヒッキーの存在すら分からなくなってしまっている。
魂が天に召される日も遠くないだろう。

(-_-) 『ならば…それならば…』

自身が兄に代わって…家を再興してみせよう。
自身が兄として…幸せな夢を見ながらカーチャンには残り少ない年月を過ごしてもらおう。
それは幼い日の誓い。
その為ならば…。

(-_-) 『この身が…どれほど泥と血に塗れても構わない…』

あの頃と比べて低くなったように感じる天井を見上げながら、
【鉄壁】ヒッキーは一人呟いた。



55: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:44:04.14 ID:07GFOiVz0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(´<_` )。oO(此処は…?)

漆黒に支配された視界がぼんやりと世界を構成していく。
目に入って来たのは蜘蛛の巣だらけの粗末な木目天井だった。
やたらと眩しく感じるのは、どこからか差し込む光が自身の顔を照らしているから…のようだ。

痛む体を捻って、光の侵入口を探す。
どうやらここはどこかのぼろ小屋の中らしく、割れた窓から日光が差し込んでいた。
ただ、一応は差し込む光を遮る工夫はしているのだろう。
天井の梁にロープを結びそこに掛けられているのは…

(´<_` )。oO(…黒装束? 俺と…兄者の物か?)

そこでようやく弟者は自身が全裸で横になっている事に気がついた。
全身が…特に臀部が酷く痛い。
やがて、足元からガサガサと何かを漁るような音と聴き慣れた鼻歌が聞こえてくる。

(´<_`;)『なんだ…?』

目を向けると…そこには。
子供の腕ほどのサイズの木の棒を手にニヤリと笑う…自分と同じく全裸姿の実の兄。
背筋をぞっと虫が走る。
虫の知らせ…と言うわけでもないだろうが、隠密としての本能だろう。
常識ではありえない…だが、この兄ならばありえない話ではない。
そう言えば、性器や肛門などに木の棒などを差し込んで喜ぶ性癖の者がいると聞いた事がある。
弟者は焼けるような痛みを無視して跳ね起きた。



69: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:52:53.75 ID:07GFOiVz0
(´<_`;)『あ、兄者!! 一体何をしているのだ!!?』

( ´_ゝ`)『おぉ、弟者。ようやくお目覚めか』

手にした棒は、兄者玉の中身を調合する時に使うすりこぎの様だった。
兄者はそれで肩を叩きながら振り返る。

( *´_ゝ`)『これを見て…分からんか?』

その頬が赤く染まっているように見えるのは、はたして日の光によるものだけではあるまい。
やはり…そうなのか。痛みは全身を貫くかのようだが、構ってはいられない。
這いつくばる様にして距離を取る。

(´<_`#)『ふざけるな!! そんな物を使われてたまるか!!』

( ´_ゝ`)『ふざけてなどいないさ。な〜に。最初は痛むかも知れんがじきに良くなる筈だ』

(´<_`#)『いやだ!! 俺達は兄弟ではないか!!
       事前か…それともまさか事後か!!!?
       誰の指令だ!!? それとも兄者自身の趣味なのか!!?』

(;´_ゝ`)『事前…? 事後…? 指令…? 趣味…?』

(´<_`#)『……』

(;´_ゝ`)『………』

そこで兄者は何かに気付いたようにポンと手と手を叩きあわせた。

(;´_ゝ`)『おk。全て把握した。少し落ち着け弟者よ』



75: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 21:56:56.56 ID:07GFOiVz0
(´<_`;)『…薬草?』

( ´_ゝ`)『うむ』

ゴリゴリとすり鉢で刺激臭のする葉を潰しながら兄者が答える。
それを薄紙に伸ばすと、弟者の体に貼り付けた。
一瞬傷口に染みるが、やがて蒸発するように痛みが引いていく。

(;´_ゝ`)『兄者玉にも薬草系の物はあるが…やはり新鮮な方が効力は高いからな。
       それにしても…弟者が俺をそんな目で見ているとは…』

(´<_`;)『面目ない…実は、先日【魔術師】に男と男が絡み合う春画本を見せられてな…つい…』

2人の脳裏に自作の春画本を楽しそうに見せて回る一人の女性の姿が思い浮かんだ。
明るい茶髪を左耳の上で縛り上げたメンヘル十二神将が一人【ふはいの魔術師】。
【天使の塵】が右腕と言われながらも、【光明の巫女】と並ぶメンヘル族で一二を争う問題児。

(;´_ゝ`)『【不敗】のバカか…。確かにあやつならやり兼ねんな』

(´<_`;)『【腐敗】のバカだ…。本当に申し訳ない』

言いながら、弟者はある疑問に辿り着いた。
兄の説明によれば、2人は【闇に輝く射手】ハインリッヒの飛刀乱舞108連を身に受け
気を失ったという。
しかし、その全身にあるのは裂傷ではない。
多少の切り傷・刺し傷はあるものの、打撲傷が大半である。

(´<_` )『何故…俺達は生きている? それに、兄者の説明が本当ならば…何故こんなにも尻が痛むのだ?』



83: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:01:45.90 ID:07GFOiVz0
( ´_ゝ`)『…あぁ。これを見れば分かる』

兄者が手元から1本の飛刀を投げてよこした。
それを拾い上げた弟者は一瞬でその正体を見抜く。

(´<_` )『なんだコレ? とんでもないナマクラではないか?』

( ´_ゝ`)『うむ。これでは打撃を与える事は出来ても…【あの頃】のような必殺の一撃は与えられん。
       ショックで気を失わせる事は出来るだろうがな。
       …ちなみに尻が痛むのは、こいつが見事に突き刺さっていたからだ。
       相変わらず…いや、【あの頃】以上のコントロールだな』

(´<_`;)『狙ったとでも言うのか? そんな事が人間に出来るはずが…』

ない。
と言おうとした弟者だったが、グルグルに包帯が巻かれた兄の下腹部急所を見て動きが止まった。
まさか…そんな事は…。

(;´_ゝ`)『そのまさかだ。乱舞と言いつつ、殆どの飛刀がここに集中してきたわ。
       知ってるか? 人間あまりに痛みが酷いと気を失う事も出来んのだぞ』

兄者は泡を吹き痙攣する自身の前に仁王立つ、ハインリッヒの姿を思い出していた。
えぐえぐとしゃっくりあげながらも、その口が小さく動いている。
自らの身に迫る死を理解しながらも動けない恐怖。
だが、発せられる声は…

         今のハインちゃんは【あの頃】のハインちゃんじゃねぇ。
         もう誰も殺さねぇ。殺したくねぇんだ…。

確かにそう言っていた。



87: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:04:38.49 ID:07GFOiVz0
( ´_ゝ`)。oO(【あの頃】のハインちゃんじゃねぇ…か)

兄者は囲炉裏の前に胡坐をかくと、目を覚ました弟の為に冷め切った粥に火を入れる。
埋めておいた炭を灰の中から掘り返し薪を足すと、
やがて囲炉裏は生を取り戻したかのように炎を立て始めた。

くつくつと煮えてくる粥の表面を見ながら兄者は想う。

8年ぶりの再会。
確かに【あの頃】と今のハインリッヒは違いすぎていた。

自らが命を奪ったばかりの者の臓腑を生のまま食事として与えられ、
まるで表情を変えずに湯気の立つそれを貪る姿。
ぜんまいを巻くが如く淡々と生きる為の栄養分を補給する姿。

何時しかついた異名が【心持たぬ暗殺人形】

そして、最後に見たのは自身の糞便に塗れ鎖に自由を奪われ…生きる意志すら失った姿。

8年。
幼かったハインリッヒが『女性』になるには十分な年月だ。
だが。
裏切られ。欺かれ。犯され。心を破壊された者が『人間』を取り戻すには十分な年月と言えるだろうか?

あの時戦場で感じた想いが再び兄者の心を支配する。

( ´_ゝ`)。oO(【射手】よ。 この8年で貴様に何があった。 なぜ貴様は…そんなにも人間なのだ)



93: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:09:45.02 ID:07GFOiVz0
(´<_` )『兄者!! 何をボンヤリしているのだ!!』

弟の声で兄者は我に返った。
見ると、目の前の粥はこれでもかと水分が蒸発しており
燃料にする以外使い道が無いまでになっている。
つまり完全な炭状態。部屋の中までもうもうとした煙が充満し、弟者が窓を開けて煙を追い出そうとしている。

(;´_ゝ`)『ぉおおおぅ!!?』

慌てて匙を突っ込むが、その手に伝わってくるのは
粥のふうわりとした感触でなく、ざらりと重たい手応えであった。

(;´_ゝ`)『…貴重な食料が……』

自身の失敗に落胆した兄者は、責任は無いと分かっていつつも弟者に糾弾の視線を送る。

(#´_ゝ`)『何故もっと早く教えてくれんのだ!! 鶏粥を一つ駄目にしてしまったではないか!!』

(´<_`#)『何を言うか!?』

対する弟者も負けてはいない。

(´<_`#)『俺が何度呼びかけても、問題ない。と言い続けたのは兄者ではないか!!?』

(;´_ゝ`)『え? マジ?』

(´<_`#)『マジだ!!』

どうやら、非は完全に自分にあると兄者は悟る。
大きく溜息を吐くと、がっくりと肩を落とした。



97: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:12:34.78 ID:07GFOiVz0
分かっている。
こんな事ではいけないと分かっているのだ。
分かっている。
生きる為。大切な弟の為。仮面を被り続けなくてはいけないと分かっているのだ。

しかし。一度揺れた水面は簡単には元に戻らない。

( ´_ゝ`)。oO(どうした…俺はどうしてしまったと言うのだ)

一度濁った水はすぐには元に戻らない。

( ´_ゝ`)。oO(まさか…俺は【射手】に嫉妬しているのか?
        何をバカな。俺が憧れたのは、あの完璧な暗殺者【闇に輝く射手】の筈!!
        あのように不安定で不完全な存在に何を憧れるというのだ!!)

だが、否定すれば否定するほど。
兄者の脳裏には、ハインの輝く笑顔が。破裂しそうな怒り顔が。子供のように喚き散らす泣き顔が浮かんでくるのだ。
どれほど必死に否定しても。
その全てが明るい生に満ち溢れ…羨ましい。
そう。羨ましいのだ。

( ´_ゝ`)。oO(認めん…認めるわけにはいかん。だが…俺はどうすればよいのだ…)

認めてしまえば、今まで仮面を被ろうと躍起になっていたことが無駄になる。
【変質者】であり【完璧な暗殺者】としての仮面をこれから被れなくなる。

( ´_ゝ`)。oO(だが…しかし…それでも…俺は…俺は…)

項垂れる兄者。親友を捨てた…ある一人の男と同じで、
仮面を外せば意外なほどにまで繊細な男である。



99: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:14:21.29 ID:07GFOiVz0
???『それにしても…ハインリッヒの奴、良かったな。
    すっかり3人で遊んでいた頃の…俺達が本当に好きだった頃のハインリッヒに戻っていて。
    正直、少し羨ましかったぞ』

(;´_ゝ`)『!!?』

兄者はその声がした方を振り返る。
そこに立っているのは…ボロボロの毛布を下半身に巻きつけた最愛の弟。
小屋の隅から小さな鍋を拾い上げ、『2人ならこのサイズでも十分だろ』などと一人語ちている。

( #´_ゝ`)『お…弟者!! 何を馬鹿な事を言っている!! 頭でも打ったか!!
       あのような不完全な存在など…どこが羨ましい!!』

(´<_` )『あ?』

炭を湛え厚く焼けた鍋を囲炉裏からどかしながら、弟者は間の抜けた声を上げる。
そして、肩を怒らせる兄をじっと見つめてから
やれやれとばかりに首を左右に振った。









(´<_` )『ぷっ。兄者… 必 死 だ な 。』



107: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:18:02.50 ID:07GFOiVz0
( #´_ゝ`)『…なっ!!』

訳も分からず煽られて、兄者は激怒した。
跳ねるように立ち上がり、弟者に詰め寄る。

( #´_ゝ`)『俺の何がひっしゅ…ひっちゅ……必死だというのだ!! 訳の分からん事をふぉざくと俺にも考えがあるぞ…』

(´<_` )『落ち着け変質者。噛みまくりではないか』

( #´_ゝ`)『変質者!? 俺のどこが変質者だというのだ!?』

(´<_` )『実の弟の顔面に包帯で包まれた下半身を押し付けようとしている全裸の男。
       傍目から見れば、どこの誰であろうと変質者に認定するのは間違いないだろうが』

自らが過去に犯した変態行為を棚に上げる兄者と、
その下半身が頬に密着せぬよう鍋蓋で押しのける弟者。

(´<_` )『第一、何をそんなに興奮している?
       その態度こそが 必 死 だ な と言われる要素を満たしている事になぜ気づかん?
       それに分かっているだろう!? 【射手】は…ハインリッヒは暗殺人形と呼ばれたあの頃より遙かに強くなっている。
       不完全だろうが何だろうが、それだけは変わらぬ事実の筈だ』

言われて兄者は途端に苦虫を噛んだような表情に変わった。
面白くなさそうに、どっかと腰を下ろすと
拗ねた子供のように囲炉裏に薪を投げ入れ始める。

(´<_` )『全く…この男は』

それを見た弟者はわざとらしいため息をひとつ。
火にかけた鍋に水を注ぎ込んだ。



110: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:20:10.49 ID:07GFOiVz0
兄者によって無駄に火力を高められた囲炉裏の鍋は、
底から小さな泡を立て始め、すぐに水面が踊るように沸騰しはじめた。

( ´_ゝ`)『…108式』

そこに乾燥させた飯の玉と、味付け用に兄者玉を一つ滑り込ませる。
どのような状況であろうと、この掛け声だけは欠かさぬらしい。
やがて元気良く暴れていた水面が、米の持つ粘りによって落ち着いていく。

普段であれば軽口を叩きながら完成を待つ2人であるが、
今日はそれを全て胃に流し込むまで終始無言であった。

(´<_` )『なんか変な味だったな。塩気も足りなかったのではないか?』

( ´_ゝ`)『…そうか? 済まない。何も感じなかったぞ』

(´<_` )『…舌までおかしくなったか?』

( ´_ゝ`)『…馬鹿を言うな。俺の下は汚れ一つない美しさ。魔法使い目指して一直線だ』

(´<_`;)『…そ、そうか…何と言うか…お大事に』

誰かの言葉に絶妙な下ネタで反応。
兄者の普段どおりの反応に思える。
が、弟者はその中に微かな違和感を感じ取っていた。
なんと言えばいいのだろう。
強いて言えば…長年の勘としか言いようが無いのだが。

石の下に住む虫の様に覇気を失った兄の姿に、弟者は何度目かのため息を吐き出す。
そして、ゴロリと横になると、蜘蛛の巣が張った梁や天井をそれとなく観察し始めた。



111: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:21:22.36 ID:07GFOiVz0
???『うん、認めるしかあるまい。ハインリッヒは変わった。いや…戻ったと言うべきか』

どれ程の時間が過ぎたのか?
なんとなく人の顔に見えるような見えないような。
そんな天井の木目をぼんやりと眺めていた弟者は、そんな独り言を耳にして思わず跳ね起きた。

弟者が口に出していない以上その言葉を呟いた者は一人しかいない。
いるはずがない。
男は囲炉裏を挟んだ向こう側で胡坐をかいて座っていた。
その顔は、まるで憑き物が落ちたかのようにすっきりとしている。

( ´_ゝ`)『あぁ、なんだか深夜の自主練(おとこ道編)を終えた時のような気分だ。
       不安定だろうが不完全だろうが、強い事には…羨ましい事には変わりない。
       認めてしまえばこんなにも楽な物だったのだな』

(´<_` )『兄者!!!』

歓声を一つ。
弟者は兄者に飛びついた。

( ´_ゝ`)『道を違えて8年。
       【射手】に何があったのかは分からん…が、きっと我らが持たない何かを見つけ手に入れたのだろう。
       ならば我らもそれを…【射手】を変えた何かを探し出し手に入れる。
       その時我らも…きっと失った物を取り戻す。そして、その時こそハインリッヒを超えるのだ!!』

(´<_` )『兄者…嬉しいぞ…!! それでこそ…それでこそ俺の兄者だ!!!』
       
力強い兄の言葉に弟者の涙腺は思わず緩む。
一つ弱さを克服した男の瞳には、自身の姿が映っていた。



113: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:23:34.28 ID:07GFOiVz0
( ´_ゝ`)『……』

(´<_` )『……』

( *´_ゝ`)『……』

(´<_`;)『……』

さて。いつの間にか日は落ち、狭い小屋の中を照らすのは囲炉裏の薄明かりのみ。
そしてそこには半裸の…いや。全裸に下半身を毛布で包んだだけの姿で手を取り合い見つめあう男が二人。
これが異性同士であったなら自然と瞳を閉じて接吻コース直行であっただろうし、
腐った思考を持つ者…例えば【ふはいの魔術師】や【光明の巫女】であれば
男2人であるからこそ思わずガッツポーズをとりたくなる様な空気である。

(´<_`;)『…な、なんだかスマン』

(;´_ゝ`)『…い、いや。俺の方こそなんだかスマン』

思わず2人は握り合った手を離し、飛び跳ねるように距離を開ける。
何となく目を合わせる事すらはばかわれる。
気まずい。ひたすら気まずい空気が流れた。

(´<_`;)『ね、寝るか!! 俺はあっちの壁際で寝るから兄者はそっちの壁際で休むとしよう』

(;´_ゝ`)『そ、そうだな!! 何となくそうしなければいけない気がする!!
       隣り合って寝ようなどと言ったら色々と冗談じゃ済まない気がする!!』

言って2人はいそいそと埃臭い毛布を移動させた。
固い床にひかれた藁を直しながら、弟者は窮屈でも褌を固く絞める事、
兄が本当の本当に眠るまで自身は眠らないようにする事を固く誓っていた。



116: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:26:23.07 ID:07GFOiVz0
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

バーボン領北部。
街道も無い原野をひたすら進むと、マティーニ大河が旅人の行く手を遮る。
別名【大地の割れ目】をさえ呼ばれる激流の向こう側に突如として姿を現す岩の壁。
人馬が3列にもなれないほどの狭く、馬車が登れないほど急激な坂道を抜けると目の前に広がるのは貧しい荒野。
それこそが一行の目指すギムレット高地である。

本来アルキュ島は島がある緯度も低く、寒冷地に属する。
にも関わらず、南西部のメンヘル族居住地区が熱帯地区の様な厚さを誇るのは
ちょうどこのギムレット高地の壁を伝う様にして吹く南風の影響であった。

とにかく複雑な地形の。世界的に見ても稀有なほど複雑な気候を併せ持つ島である。
北西〜北部の寒冷なギムレット高地。
北東部のニイト自治区と、その南部に隣接するネグローニ。
ネグローニの更に南部。島の東部で、王都を在するデメララ地区。
デメララの西部、つまり島の中央部には中立地帯たるローハイド草原と、バーボン領。
ローハイド草原の南部には、中立地帯でありながら【海の民】が勢力を誇るシーブリーズ地区。
島の西部〜南西部。ステップと砂漠が広がり、【神都】を要するモスコー地区。

アルファベットのCを左右反転させた形で、ぐるりと時計回りに一周。
それだけでその地の気温もガラリと変わってしまうのだ。

御存知の様に、交通手段の発展によって【塩と鉄の道】としての役割を終えた
現在のアルキュは、観光資源によって国庫を支えている。
北部はこの時代に掘り起こされた温泉やウィンタースポーツで賑わい、夏にもなれば南部に陽光を求めた北欧人が殺到する。

だが、この時代。
【呪われた島】とさえ呼ばれたアルキュに足を運ぶ酔狂な旅人はいなかったし、
この日もギムレット高地に血の雨を降らせる騎馬の群れがあった。



119: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:29:28.77 ID:07GFOiVz0
( ゚∀゚)『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……ぱいっ!!!!!』

粗末な皮鎧と、ろくに手入れもしていない錆だらけの短剣を手にした自称【義賊】。
その集団の中に愛馬を飛び込ませ大鎌を振るえば、四面八面の賊の首が宙に舞う。
その体は自らの死すら覚えず、【無敵 急先鋒】の旗を背に挿した騎士が過ぎ去った少し後になって
どうと地面に倒れこんだ。

(´・ω・`)『【薔薇】だけにいい格好をさせるな!!』

ジョルジュを先頭に敵陣を両断する【薔薇の騎士団】前方に、
【天智星】ショボンの号令下【黄天弓兵団】が矢の雨を降らせる。

ノパ听) 『うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!』

混乱の極みにある賊共は、とどめとばかりに突入するヒート率いる歩兵部隊に蹂躙された。

(賊`ハ´)『あ…あかんアル!! 退却!! 退却するヨロシ!!』

戦場で鍛えられ統率された軍隊と、武器も持たない者を襲うだけの賊の違いである。
勝機など全く無い事をいち早く悟った賊の頭は戦場を離脱しようとした。

山賊A『うはwww逃げwwwやがったwww』

山賊B『やってられねぇwww俺達も逃げ……!!!?』

その言葉が最後まで続けられる事は無かった。
彼らの間を縫うように、戦場に一陣の…いや。二陣の風が吹く。

そこから放たれた飛刀と場違いな竹箒。鋭い戦爪の一撃が彼らを地に倒したからである。



122: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:31:56.75 ID:07GFOiVz0
\(´・ω・`)/『【薔薇の騎士団】によって賊軍はバラバラ…プッ。
        さぁ、あとは賊将を片付けるだけだ!!』

【黄天弓兵団】の先頭で愛弓【轟天】を振り回しながらショボンが叫ぶ。
聞く者全てのやる気を削ぐ様な命である。
気のせいか。
戦場に吹く風の中から『ご主人…あとでゆっくり話がある』と、呟くような声が漏れた。

(賊`ハ´)『ヒッ…ヒィィィっアル!!
      お…お前等は戦うアルヨ!! 朕は逃げるのではないアル!! 援軍を呼びに行くだけアルヨ!!
      お前等はここで敵将の首をあげるアル…莫大な褒美をくれてやるアルヨロシヨ!!』

配下の者どもを蹴散らし、逃げる賊頭。
若干頭の弱い者が十数名。
彼と暴力を纏った風の間に立ち塞がるが、ただ一人の例外もなく吹き飛ばされた。
彼らは皆、自身の脳味噌が足りない事を後悔しながら生きるだけの人生を歩む事になるのだろう。

(賊`ハ´)『ア…アイヤーーーーーーッ!!!』

ついに二陣の暴風は賊頭の背後を捕らえた。
逃げても無駄だが、戦っても無駄であろう。
それならば…溺れる様な仕草で賊頭は必死に迫る風から逃げる。
その時。

『捕らえたお』

声と同時に、銀髪の青年が将の眼前に姿を現した。
身を隠す場所などない平原で。
最初からそこにいたかのように忽然と。



125: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:34:43.10 ID:07GFOiVz0
(賊`ハ´)『リリリリリリリ、リンシャンカイフォーーーーーッ!!!』

駆ける勢いは簡単には止まらない。
賊は、『ついに初勝利だお』と呟き戦爪を身構える青年向けて突っ込んで行き…

(賊`ハ´)『!? タンヤオっ!!?』

盛大に転んだ。何者かが、彼の足を払ったのだ。

『あーーーーっ!! ずるいお!! 反則だお!!』

『へへへっwwwこれも戦術の1つってねwww』

『酷いお!! インチキだお!!』

『負け犬乙www何とでも言いやがれってんだwww今日も飯当番はお前だからなwww』

『ズルっ子!! イカサマ師!! 仕込み乳給士!! つるぺったん!!』

『…仕込み? 知られたからには生かしちゃおけねぇな…つか、殺す!!』

もろに顔面を地面に強打し、意識が飛びかけた賊頭。
何とか顔を上げると、いつの間にか現れた竹箒を持った黒衣の給士に銀髪の青年が必死に食って掛かっていた。
もとい。給士の放った飛刀を額に受け、倒れこんだ青年を給士が足蹴にしているのは…目の錯覚か幻覚によるものだろう。

(賊`ハ´)『い、今のうちアル!! やはり神は侵略者より朕を選んだアルヨ』

日頃感謝などした事のない神に感謝し、言い争う(正確には一方的な暴力行為)2人から這うようにして逃げる。
距離を開けたところで目の前に白く細い2本の【何か】が出現し、逃走経路を塞ぐ。
賊は一刻も早く逃げる為にもまずは身を起こそうと、暖かく柔らかい【それ】を掴んだ。



129: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:36:45.61 ID:07GFOiVz0
(賊`ハ´)『チャンタッ?』

立ち上がろうとした彼の頭に、何かが被せられた。
目の前には、水色と白のストライプ模様の逆三角形。

(賊`ハ´)『ななな、何アルカ?』

もがく様に両手を動かすと、頭上で彼の掌には随分と余る…大きくて柔らかいモノがあり
意味も分からぬままそれを鷲掴みにする。

(賊`ハ´)『こ、これは…どこかで触った記憶があるアルヨ…』

必死に記憶を探り出し、何かしらのヒントになればと両手を弄る。

(賊`ハ´)『これは…もしかして…』

この感触は…あれに違いないアル。
だが…あれがこんな戦場にあるはずがないアルヨ。
いや、あの黒衣の給士を見るアル。
侵略者はあれを持つ性別の者を戦場に投入しているアル。
あれがあってもおかしくないアルネ。
いやいやいやいや、おかしいアルヨ常考。
こんなに立派なあれは過去何十人もの女性と強引に愛を交わしてきた朕でも見た事がないアルヨ。

賊頭は、何となくそろりそろりと被せられた布から頭を引き抜く。
少し離れた場所。仰向けに倒れる銀髪の青年に馬乗りになって殴りつけている黒衣の給士と目があった。



131: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:39:55.33 ID:07GFOiVz0
从;゚∀从『あ〜ぁ。やっちまったな、オイ。こりゃハインちゃんにもどーする事も出来ねーぞ…』

(メ)ω )『…僕も貴方も…これはもう駄…目かも分から…んね』

何が?何が駄目だと言うアルカ!?

何となく自身の置かれた立場を察しながらも、賊頭はゆっくりと顔を頭上に向けた。
視界に入るのは、豊かな胸を鷲掴みにされている赤い給士服の女性。
肩口で短く切りそろえられた赤い髪はくるりと毛先が踊り、屈辱に身を震わせている。
全身から立ち上る赤い殺気。原因は間違いなく、その胸を揉みしだいている己の両手。

(賊`ハ´)『…チ…チートイツ…失礼したアルヨ』

言いながら静かに手を離し、その場を立ち去ろうとする。
が、背後からがっしりと腰を掴まれドサクサ紛れの逃亡は失敗に終わった。

ノハ# )『御姉様にしか…御姉様にしか触られた事無いのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!』

誰がどう聞いても誤解を招くような事を叫びながら、赤い給士の体が綺麗な虹を描く。
現代風に言えば、ジャーマンスープレックス。

(賊`ハ´)『や、やっぱり神なんていないアルヨーッ!!』

叫びながら後頭部を地面に叩きつけられた賊はその一撃で完全に気を失い、戦いは終わりを告げた。

だが、もし神が彼の最後の言葉を耳にしていたら憤怒した事だろう。
彼が最初に手にした白く柔らかい【何か】はヒートの美しい足。
被せられたと思い込んでいる物は、給士服のスカート。
ストライプ模様の逆三角形は彼女の下着。
非道の限りを尽くしてきた者が最後に見る風景にしては、贅沢すぎる物を彼には与えたのだから。



134: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:42:07.39 ID:07GFOiVz0
瀕死寸前に傷ついた2人の男。
つまり、賊頭はヒートに襟首を掴まれ引きずられる形で。
ナイトウはやり過ぎを自覚したハインに背負われる形で野営地に凱旋した。

(´・ω・`)『この野蛮人は自殺せぬよう口に縄を噛ませろ。
      こいつが荒らした村に連行する。
      死んだ方がマシだと思えるほどの責め苦を与えてから、身柄をくれてやれ』

温和な顔で茶を啜りながらショボンが一般兵に言い渡し、賊頭は檻車に放り込まれる。
ナイトウは野営地に戻るや否や意識を取り戻し、ミセリとツンによる治療を受けていた。

ξ;凵G)ξ『ナイトウ…酷い傷…何で…何で…いつもいつも、こんなになるまで戦うのよ…』

(メ)ω )『…記憶が完全に飛んでるお』

ミセ;゚ー゚)リ『姫様、申し訳ございませんが。傷口を抉っております』

ξ;凵G)ξ『え? え? じゃあ…これをこうして…えいっ!!』

ミセ;゚ー゚)リ『人間の関節はその方向には曲がりません…』

戦場以外ではナイトウの側を離れようとしないツン。
慣れぬ手つきで治療を手伝う姿は本当にいじらしいのだが、
彼女が手を出す度に明らかにナイトウの傷の数は増えていく。

从;゚∀从。oO(言えねぇ…毎回毎回ナイトウが大怪我してるのは
      全部ハインちゃんのせいだなんて絶対言えねぇ…)

最初こそ自身の手で治療を…と思っていたハインであったが、どうにも入り込める空気では無さそうだ。
後ろめたい気持ち全開でコソコソと救護用幕舎を後にした。



138: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:45:58.99 ID:07GFOiVz0
???『これで戦績はナイトウ君の0勝16敗9引き分け…か』

从;゚∀从『きゃうんっ!?』

幕舎を出た直後。
いきなり背後からボソリと耳元で囁かれ、黒衣の給士は文字通り飛び上がった。
とりあえず下手人の顔面に、肌身離さず持ち歩いている愛用の竹箒を振り落とす。

(メ)ω・`)『…僕、何か悪い事した?』

从;゚∀从『な、なんだよ、ご主人か…驚かせやがって。日頃の行いって奴じゃねーのか?』

飛び出しそうな勢いで暴れる心臓を押さえつけるように、両手を左胸にあてる。

(メ)ω・`)『男の僕には分からないけど…やっぱり胸が大きいと心音も聞きづらいのかな?』

从#゚∀从『あ? なんか言いてぇ事がありそうだな、ご主人』

(メ)ω・`)『いや、別に。意味も無く殴られた腹いせとか全く考えてないよ』

言いながらショボンはその白眉を撫で付ける。
目の前で頬を膨らませる給士の淹れてくれる茶が欲しかったが、いきなり言っても彼女を困らせるだけだろう。
仕方なく、側を通りかかった兵を呼びとめ水の入った竹筒を受け取った。
戦を終えたばかりの身に冷たい水は悪くなかったが、やはりギムレットは寒冷地だけあって身が冷える。
とは言え、戦場に立っていたのは彼女も同じ。主として疲れているであろう配下に余計な負担をかけたくない気持ちがあっt

从 ゚∀从『ん? なんだよご主人。のど渇いてるんなら言ってくれればすぐ茶淹れてやるのによ。
     …って、まさか遠慮なんかしてねぇよなwwwキメェwww』

(メ)ω・`)『…何でだろう。今凄く泣きたい気持ちになったよ』



143: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:51:34.81 ID:07GFOiVz0
それから2人はショボンの幕舎に向けて並んで歩き出した。
自身の代名詞たる白眉のせいもあって、ショボンは実年齢よりも遥かに年上に見られる事が多い。
が、【正史・ショボン伝】によれば彼は外見だけなら落ち着いた物腰の好青年であったと伝えられている。

その彼と給士が事ある毎にいそいそと幕舎の中に消えていく。
何も知らない者が見れば、彼らが男女の仲であると思い込んだであろう。
だがまぁ。その実はショボンが愛用している茶器が、彼の幕舎にあるだけ…と言うのが全ての真相なのだが。

(;´・ω・)『よっこいしょ…っと。ふぅ…やっと一息ついた感じだよ』

年寄りじみた独り言を呟きながら、ショボンは寝台に腰を下ろした。
ハインは一直線に木炭を放り込んだストーブの元に向かい、上に掛けられた薬缶の中。
湯の温度を確かめている。

从 ゚∀从『おいおいご主人wwwオヤジかお前はwww』

(;´・ω・)『そんな事言ったって仕方ないだろ…って、痛ててててて』

バーボン領を一同が後にしてから、2つの季節が過ぎ去っていた。
ギムレット高地の住民が言う『下界』。
つまりバーボンやローハイドなどの温暖な地域は、まだまだ夏が終わりきっていないような日もあるだろう。
だが、ここギムレットでは早くも秋の終わりを。そして待ち構える厳しい冬を感じさせる時すらあった。

从 ゚∀从『今日のところは戦いは無さそうなんだろ? だったら、そんな鎧なんか脱いじまえよ』

(;´・ω・)『うん…そうしようかな』

言ってショボンは外套を脱ぐと、身に纏った白銀の薄鎧を外すべく幕舎の前に立つ兵士を呼びつける。



146: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:53:55.65 ID:07GFOiVz0
【薔薇の騎士団】400名。
【黄天弓兵団】400名。
歩兵・約1000名。
そして、その家族達。
希望する者だけを選抜した一行は、4000名程であろうか。

女子供を交えた、遅々とした逃避行である。
それでも、バーボン領を出るまでは【天智星】ショボンの名声と悪名によって
敢えて敵対しようと言う者はいなかった。

バーボンを出てからは、【急先鋒】ジョルジュの出番が増える。
その頃には【天智星】【急先鋒】造反の知らせは各地に広まっており、
命知らずの愚か者や、自身の実力を過信する無能者が度々立ちはだかる様になった。
だが、その様な者どもはジョルジュが手にした大鎌を振るい
一瞥しただけでスゴスゴと引き下がっていった。

問題は、ギムレットに入ってからである。
無法地帯と化しているこの地で【領主】を名乗る者や、
自称【義賊】が幾度と無く一行の前に姿を現した。
最初こそは7日に一度の襲撃であったが、奥地に進むにつれ頻度を増し
5日に一度。今では3日に一度は襲撃を受けるまでになっている。

所詮山賊崩れや、ヒロユキによる【第一次統一革命】の残党。
正規に訓練を受けた【薔薇】や【黄天】の敵ではない。
が、ショボンは表情には出さないまでも焦っていた。

(´・ω・`)『本格的な冬を迎える前に、本拠地を定めておきたい。
      いや。このままでは全滅しかねない…なんとかしないと…』

それを思うと、胃がキリキリと痛くなるのである。



150: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 22:56:41.16 ID:07GFOiVz0
(´・ω・`)。oO(それにしても…まさか此処までギムレットが無法地帯と化しているとは…。
        このショボン、一世の不覚だよ。深く反省しないといけないよね。ぷっ)

从#゚∀从『……』

鎧を外し座に腰を下ろしたショボンの前に、ドンと碗が置かれた。
暖かい液体の大半がテーブルに飛び散る。

(;´・ω・)『え? え? 僕、何か悪い事した?』

从#゚∀从『してねぇけど…何故か本能的に頭にきた』

言いながらハインはショボンの前に座り、自身の為に茶を注ぐ。

从 ゚∀从『でよ…一部の兵に不安が囁き始められてるんだわ』

ふぅふぅとそれを冷ましながら、本当に言い辛そうに。視線を合わせずそう告げた。

(´・ω・`)『うん…そうだろうね』

白眉の間に挟まれた眉間に皺を寄せて答える。
ショボンは生まれながらにして名門の出である。
その為か、いまいち一般の兵や人々の思考に疎い部分があった。
そんな両者のパイプ役。それも給士ハインの仕事の一つなのだ。

(´・ω・`)『分かっては…いるんだけどなぁ』

言って大きな溜息をつく。
そして、体の中から抜け落ちた何かを補充するかのように
手元の茶を一息に飲み干した。



154: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:00:33.74 ID:07GFOiVz0
これまでの旅の途中でも、ショボンは密かに本拠地決定の為に奔走してきた。
一つ戦を終え、賊から地を解放する度に殊細かい検分を行っているのである。

だが、それらのある地は城壁や街が修復不可能なまでに破壊され
ある地は田畑がひび割れるまでに放置され荒野同然となっていた。
ある地では人々が完全に疲れ果て軍を駐屯させるどころではなかった。

それでもショボンは温和な表情を一つ変えずに我慢強く情報を集めて回った。
そして、僅かでも可能性があれば。
そこに傷ついている民があれば。
軍を向け、剣を振るってきたのである。

(´・ω・`)『ふぅ』

目の前に置かれた碗に、新たな茶を注ぐ給士の美しくも気の強そうな横顔を眺めながら
ショボンは己の右肩を擦った。
日頃鍛錬しているとは言え、この男の本質は文官である。
右肩…いや。
全身に薄手とは言え鉄の鎧による擦れ傷が出来ていて、愚痴こそ吐かないが少々不快であった。

从 ゚∀从『ま、兵の不満は筋肉ダルマが何とか動いてくれてるみてぇだから今はまだ心配ないと思う。
     明日にはハインちゃんもちょっと情報集めに行って来るからよ。
     ご主人は不満を持ち始めてるヤツがいるって事だけ頭に置いといてくれや』

八重歯をチラリと見せながら、敢えて明るくハインが振舞う。
それでこの話は打ち切りになり、2人の会話はもう一つの問題に移っていった。

(´・ω・`)『で、ナイトウ君はどうだい?』



156: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:03:06.00 ID:07GFOiVz0
从 ゚∀从『あぁ。ハインちゃんの思ったとおりだ。ありゃ、天然の瞬歩使いだな』

限界まで省略された問いに対して、完璧な返答をする給士。
瞬歩とは、隠密であるハインが得意とする高速の移動術の事である。
ハインのそれは厳しい訓練によって身に着けたものだが、
銀髪の青年ナイトウは生まれながらにしてその才があるという。

(´・ω・`)『そうか…。彼は多人数の戦闘経験も多い。上手く行くと良いんだけどね』

真剣な顔で言いながらも、こっそりとハインの碗に手を伸ばすショボン。
それに口をつけようとして、一瞬で奪い返された。
やむなく自身の碗を両手で包み込むように持ち上げる。

将の不足。
それこそがショボンが頭を抱えるもう一つの問題であった。
前述したように、【黄天弓兵団】と言う私兵団を持ちながらもショボンの本質は文人である。
優秀な戦士ではあるが、頭に血がのぼりやすいヒート。
一人で多人数を相手に出来る実力を持ちながらも、本質が隠密であるが為か指揮官には不向きなハイン。
ミセリが将向けとは到底思えない。
現状、指揮官として隊を操れるのは【急先鋒】ジョルジュ一人なのである。

そんな中、長年戦場で生き抜いてきたナイトウの成長は
ショボンの野望達成にとって最低必要な条件の一つであった。

从 ゚∀从『ま、まだまだハインちゃん程じゃねーけどなwww
     このまま鍛えれば、相当な使い手になると思うぜ』

取り返した碗に口をつけ、実に自然な仕草で主から手が届かない位置にそれを置く。
が、ショボンはそれを見逃さなかった。



159: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:06:26.34 ID:07GFOiVz0
(´・ω・`)。oO(……)

从;゚∀从『ん? どーしたよ、ご主人』

口よりも早く手が出るような性格と、あっけらかんとした口調。
元・暗殺者としての過去、百戦錬磨の戦闘技術からは想像も出来ないが
給士として。いや。一人の女性としてのハインは誰よりも『乙女』な一面を持っていた。

この厳しい旅の途上でも、暇さえあれば愛用の竹箒で幕舎内を掃き清め
将兵に手づから淹れた茶を振舞う姿が幾度も目撃されている。
一度、酒に酔ったショボンとジョルジュがハインの入浴を覗いた事があった。
その時は全身に飛刀の雨を受けた後、箒で数刻に渡って殴られ続け…その上数日間口も聞いてもらえなかったのだが
それでも…だからこそ、ショボンはこの給士をからかうのが楽しいのである。

(´・ω・`)。oO(どうやって遊んでやろうかなぁ)

今も、彼と目を合わせずに吹けもしない口笛を吹く振りをしているハインを見て
ショボンのいたずら心がムクムクと頭を持ち上げて来ていた。

(´・ω・`)。oO(そうだ。そう言えば、このネタがあったっけ)

心の中でにんまり笑ってショボンは口を開く。

(´・ω・`)『何でもないよ。で、今日のナイトウ君の実践訓練の件だけど…』



160: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:08:06.73 ID:07GFOiVz0
从;゚∀从『ほぇ? …あ、あぁ、さっきの話の続きなwww』

一瞬間の抜けた顔をしてから、ホッと息を吐く。
給士服のエプロンからハンカチを取り出し、汗を拭った。

从 ゚∀从『さっきも言ったけどよ。いい線行ってると思うぜ。
     ま、何にしろ今日もハインちゃんの勝ちだからよwww晩飯当番はナイトウで決まりだなwww』

そう。
ハインとナイトウは、敵将をどちらが捕らえるか?
敗者はその日の将官達の晩飯作り…と言う罰ゲーム付きで連日勝負をしていたのだ。
ふざけた勝負に思われるが、ショボンには【ある理由】から
この条件であればハインが一切手を抜かない…つまり、本気でナイトウを負かしに来る事が分かっていた。
短時間でナイトウを鍛える為の、ショボンの策である。

今、ショボンの目の前では満面の笑みを浮かべた給士が茶を啜っている。

(´・ω・`)。oO(これ位気分を良くさせておけばいいかな)

外面は穏やかに。
心の中では悪魔の笑みを浮かべてショボンは口を開いた。

(´・ω・`)『うん。でも、今日の食事当番は君だからね』



162: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:11:57.69 ID:07GFOiVz0
从;゚∀从『う゛ぇ!?』

ショボンの宣告を聞いたハインが、人間の声帯から漏れたとは俄かに信じられないようなうめき声をあげる。

|  ^o^ |< おちゃ おいしい です。

と描かれた愛用の碗が、その白い手をすり抜けるようにして床に落ちた。

从;゚∀从『ちょ、ちょちょちょ…ちょっと待てよ、ご主人!!
     負けたら食事当番がルールだろ!! なんで勝ったハインちゃんが罰ゲームなんだよ!!』

(´・ω・`)『何を言ってるんだい?
      勝ちの条件は、敵将の拿捕だろ? 今回も賊を捕らえたのは君達じゃなくてヒートじゃないか。
      つまり、勝者はヒート。君達2人とも敗者って事になるよね』

从;゚∀从『…う』

(´・ω・`)『もう一つ。ナイトウ君の怪我の原因はどう見ても君だよね。
      だったらハインはナイトウ君の分まで頑張ってご飯作らないといけないよね』

从;゚∀从『…う…うぐぐ…』

口喧嘩なら天下無敵を自称するショボンである。
更に、性格の捩れ具合も天下一品。
裏表が無いが故に素直なハインに勝ち目など最初から無いと言えた。



167: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:14:46.07 ID:07GFOiVz0
(´・ω・`)『言っておくけど。ミセリやヒートに手伝ってもらうのもダメだからね。
      一から十まで全部君が作るんだ』

从;゚∀从『そ…そんな!! 頼むよ、ご主人!! それだけは勘弁してくれよ!!』

(´・ω・`)『ダメ』

顔面蒼白で必死に頭を下げるハイン。
それを見て、ショボンは心の奥で満足げに頷く。

そう。彼女がナイトウとの勝負に真剣にならざるを得ない【ある理由】。
一見不得意分野が無いように見えるハインも、何故か【料理】に関しては全くのダメッ子であったのだ。

代表作は、表面が炭化した甘ぁぁぁい謎の生き物の肉(ハイン曰く『焼肉』)や
表面がぶくぶくと泡立つ紫色の液体(ハイン曰く『魚の潮汁』)など。
そんな彼女にとって皆に自身の料理を主以外の者に披露するなど、
市場を鳥の羽一枚だけの姿でねり歩く以上の屈辱的と言えた。

从;゚∀从『な、なぁ!! お願いだよ!! 他の事なら何でもするからさ!!』

(´・ω・`)『なんでも? じゃあ…しゃぶれよ』

从 ゚∀从『あ?』

ハインがその給士服の裾に手を差し込んだかと思った瞬間。
ショボンの首筋には飛刀が突きつけられていた。
ただ、2人とも本気でないのは明らか。
その表情には微かな微笑みが浮かび、日頃繰り返されてきたやり取りをなぞる事によって
身に纏わりつく重苦しい緊張感を少しでも取り除こうと言う、互いの配慮による物だった。



168: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:17:57.36 ID:07GFOiVz0
(´・ω・`)『ぷぷっ』

从 ゚∀从『へへっ』

両手を挙げて降参のポーズをとる主と、その首筋に飛刀を突きつける給士。
2人はしばらく時が止まったかのように見つめあっていたが、
やがてどちらかともなくこれ以上は我慢できないとばかりに吹き出した。
必死に押さえ込もうとしていた感情は爆発し、ついには2人とも腹を抱えて笑い出す。

(*´・ω・)『あ〜、面白かった。なんだい、今の必死な顔は』

从*゚∀从『ご主人こそwww真顔でしゃぶれとかwww反則だぜwww』

ショボンは給士から奪い取ったハンカチで。ハインは給士服の前掛けで涙を拭う。

(´・ω・`)『こんなに笑ったのは久々だよ。少なくとも旅を始めてからは初め…んむっ!? ごほごほっ!!』

笑いすぎて気管に唾でも入ったのか、いきなりむせかえる【天智星】。
それを見たハインは主の背後に回りこんだ。

从 ゚∀从『ホラホラwww笑いすぎなんだよ、ご主人はwww笑いの沸点低すぎるぜwww』

片手で背を擦ってやりながら、片手で茶を注ぐ。
ようやく落ち着いたショボンが、それを一口含んだ所で幕舎に飛び込んでくる影があった。
落ち着きがない赤い髪。同じく赤い給士服。火山の噴火を思わせる大声。

ノパ听)『御姉様!!! ついでにご主人!!! 50騎程の山賊の群れがこちらに迫っているぞ!!!
     ただ、ちょっと様子が変なんだ!!! ちょっとこっち来てくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!』

【燃え叫ぶ猫耳給士】ヒートである。



171: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:20:35.36 ID:07GFOiVz0
(;´・ω・)『ついでなの? 僕ってついでなの?』

言いながらショボンは高見櫓の梯子を登る。
主人の愚痴を華麗にスルーしながら、その後に続くのはヒート。
ハインは当然の如く、すでにそこにいた。

( ゚∀゚)『お、やっと来たか。ヒートから簡単に話は聞いてると思うんだけどよ。ちょっと見てみてくれや』

どうやら自ら周辺の見張りを買っていたらしいジョルジュが、言いながら遠見眼鏡をショボンに手渡す。

从 ゚∀从『おいおいwwwそんな物使わねーと見えねぇのかよwww老眼か?www』

ノパ听)『本ばかり読んでいるから目が悪くなるんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』

日はすでに西の山々の向こう側に半分近く姿を隠そうとしており、
周囲は早くも夜の世界に変わろうとしていた。

(;´・ω・)『いや…そんな事が出来るのは君達だけだから』

気圧されながらも反論し、遠見眼鏡を覗き込む。
確かにそこで展開されている風景は『様子が変』であった。

まず、戦闘で鹿毛の馬を走らせているのは少年である。
顔つきまでは確認出来ないが、最も小柄なミセリより頭半分以上小さいであろう事は間違いない。
その少年に山賊達が襲いかかっているのだが、彼らは皆少年に指一本触れる事すら出来ず馬から叩き落されていくのだ。

また、少年の戦い方が一風変わっていた。
手綱を持たず鐙(あぶみ)だけで騎馬を自在に操り、右手に持った細身の剣で山賊の攻撃を受け流す。
そして、体勢を崩した賊の顔目掛けてマントを振るうと
鋭利な刃物で切られたかのように鮮血が飛び散り、愚かな者どもは地に伏せていくのだ。



174: ◆COOK.INu.. :2007/08/14(火) 23:22:57.36 ID:07GFOiVz0
从;゚∀从『なんだ、ありゃ!? マントに刃でも仕込んでやがるのか!?』

(;゚∀゚)『おそらくそうだろうけどよ…あんな戦い方見たことねーぜ』

幾度と無く死地を潜り抜けて来た2人が口を揃えて言う。
返り血を浴びて少年のマントは赤く染まっていた。
緩急自在に宙を泳ぐそれは、まさしく紅い燕が如く。

敵か味方か。
行動に迷う一同の中心で突然叫び声をあげる人物があった。

(;´゚ω゚)『あれは…【燕】だ!!』

ノハ;゚听)『【燕】?』

いきなり奇行に出た主に驚き、叫ぶ事すら忘れたヒート。
いや。呆然と呟く程度でも口を開けたのは彼女だからこそ、と賞賛するべきかもしれない。
そんな一同を無視してショボンは梯子を駆け下りようとして足を滑らし、見事に尻から落下する。

从;゚∀从『きゃうっ…って、ご主人!! 何やってんだよ!!』

(´・ω・`)『僕の事なんかどうでもいい!!』

運良くと言うべきだろうか。
身体半分を櫓下に積み上げられた藁の山に埋もらせながら、ショボンが叫び返した。

(´・ω・`)『彼…いや、彼女は【キュラソー解放戦線】が将、
      北の【三華仙】が一角【紅飛燕】だ!!!
      彼女を賊などに討ち取らせてはいけない!! 早く救出するんだ!!!』



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