( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

7: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:50:30.67 ID:M9rbxiAPP
・登場人物紹介

・アルキュ正統王国

ξ゚听)ξ 名=ツン(ツン=デレ) 異名=金獅子王 民=リーマン 武器=禁鞭 階級=アルキュ王

ミセ*゚ー゚)リ 名=ミセリ 異名=花飾り 民=リーマン 武器=槍 階級=尚書門下戸部官(戸籍・租税)・千歩将 ツンの付き人

( ゚∀゚) 名=ジョルジュ 異名=急先鋒 民=リーマン 武器=大鎌 階級=司書令(司法長官)・万騎将・薔薇の騎士団団長

(´・ω・`)名=ショボン 異名=天智星 民=リーマン 武器=槍 階級=中書令(立法長官)

从 ゚∀从 名=ハイン 異名=天駆ける給士 民=キール隠密 武器=仕込み箒・飛刀 階級=太府門下内部官(情報・流通)・千歩将

ノパ听) 名=ヒート 異名=赤髪鬼 民=リーマン 武器=鉄弓・格闘 階級=尚書門下工部官(土木・建築)・千歩将

(*゚ー゚) 名=シィ 異名=紅飛燕 民=リーマン 武器=細身の剣と外套 階級=司書門下刑部官(刑罰・警備)・千騎将・黄天弓兵団団長

( ,,゚Д゚) 名=ギコ (本名ハニャーン) 異名=九紋竜 民=メンヘル 武器=黒い長刀 階級=尚書門下工部官(土木・建築)・万歩将

( ^ω^) 名=ブーン(本名ニイト=ホライゾン) 異名=王家の猟犬 民=ニイト 武器=勝利の剣 階級=近衛侍中(王の警備)・千歩将・白衣白面隊長

(,,^Д^) 名=プギャー(本名タカラ) 異名=鉄牛 民=モテナイ 武器=拐 階級=白衣白面副長

川 ゚ -゚) 名=クー(本名ニイト=クール) 異名=無限陣 民=ニイト 武器=斬見殺 階級=軍務令(軍務長官)・ニイト公主

爪゚ー゚) 名=レーゼ 異名=神算子 民=ニイト 武器=長剣 階級=太府令(財務長官)

爪゚∀゚) 名=リーゼ 異名=金槍手 民=ニイト 武器=突撃槍 階級=近衛侍中(王の警備)・千騎将・天馬騎士団団長



9: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:51:30.89 ID:M9rbxiAPP
・モテナイ王国

/ ゚、。 / 名=ダイオード 異名=狂戦士 串刺し公 黒犬王 民=モテナイ 武器=二本の短槍 階級=モテナイ王

(=゚ω゚)ノ 名=イヨゥ 異名=繚乱 民=モテナイ 武器=斧槍 階級=黒色槍騎兵団長 万騎将

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi 名=スパム 異名=天光弓姫 民=モテナイ 武器=大弓 階級=千歩将 遊撃歩兵部隊長

('A`) 名=ドクオ 異名=第三の男 三番目 民=モテナイ 武器=短槍 飛礫 階級=???

・メンヘル族
 
(´∀`) 名=モナー 異名=預言者(七英雄) 民=メンヘル 武器=??? 階級=指導者

ミ,,゚Д゚彡 名=フッサール 異名=天使の塵 砂漠の涙(七英雄) 民=メンヘル 武器=天星十字槍 階級=司祭。神聖騎士団団長(十二神将・第一位)

(*゚∀゚) 名=ツー 異名=不敗の魔術師 民=メンヘル 武器=三本の山刀(かみつき丸・つらぬき丸・なぐり丸) 階級=砂亀騎士団団長(十二神将・第二位)

lw´‐ _‐ノv  名=シュー 異名=光明の巫女 民=メンヘル 武器=??? 階級=十二神将・第三位

( ゚∋゚) 名=クックル 異名=神の巨人 民=??? 武器=拳術 階級=十二神将・第五位(モナーの護衛)



10: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:52:19.06 ID:M9rbxiAPP
・神聖ピンク帝国・法王庁

??? 名=トマス1世 異名=無し 民=ピンク人 武器=??? 階級=法王

ル∀゚*パ⌒ 名=アリス=マスカレイド 異名=無し 民=ピンク人 武器=神槍 階級=法王の娘

斥 'ゝ') 名=アインハウゼ 異名=無し 民=ピンク人 武器=2本の蛮刀 階級=隠密

・神聖ピンク帝国・教皇庁(神聖国教会)

??? 名=ストーン1世 異名=無し 民=ピンク人 武器=??? 階級=教皇

(’e’)  名=セント=ジョーンズ 異名=無し 民=ピンク人 武器=??? 階級=教皇の息子

・海の民

l从・∀・ノ!リ人 名=妹者 異名=小旋風 民=海の民 武器=??? 階級=帆船【グラッパ号】艦長
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~ 名=渋沢 異名=破軍 民=海の民 武器=死神の爪 階級=帆船【グラッパ号】副艦長



12: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:53:19.22 ID:M9rbxiAPP
・MAP 〜南クンの恋人編〜

http://up3.viploader.net/news/src/vlnews017222.jpg

@キール山脈 未開の地。
 隠密の故郷とも呼ばれる。
 
Aヴィップ(ギムレット高地) 首都は【獅子の都】ヴィップ城
 北部からの寒風の影響で気候は厳しいが、地熱に恵まれている。

Bニイト公国 ヴィップの副都【経済都市】ニイト城を有する
 ニイト族居住地。ヴィップほど寒風の影響はなく、比較的なだらかな地形である。 

Cモテナイ王国 首都は【戦士の街】ネグローニ
 モテナイ族居住地。山岳地帯。メンヘル族と同盟している。 

Dバーボン地区 首都はバーボン城。 本来は中立領だが、リーマンの影響下にある。
 領主は【元帥】シャキン。現在は【鉄壁】ヒッキーが領主代行を務めている。

Eデメララ地区 首都は【王都】デメララ
 リーマン族居住地。アルキュの中心とも言える土地。もっとも気候がよく住みやすいとされる。

Fローハイド草原
 中立帯だが、リーマンの力が強い。

Gシーブリーズ地区 首都はシーブリーズ。
 海の民の根城であり、表面上は中立地帯。メンヘル族と友好関係に有り、リーマンとは度々諍いを起こしている。

Hモスコー地区 首都は【神都】モスコー。
 メンヘル族居住地。その大半が岩と砂に覆われている。



13: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:54:12.34 ID:M9rbxiAPP
・アルキュ正統王国(ヴィップ)
 国主は【金獅子王】ツン=デレ。国旗は黒地に黄金の獅子。
 王都の評議会派と差異を明らかにする為、国号は首都名と同じくヴィップを使用している。
 ※打倒神聖国教会軍を目的に大号令を発し、南征を開始する

・ニイト公国
 公主は【白狼公】ニイト=クール。公旗は青地に白い狼。
 “天に二王無し”の考えから、王家の正統後継者であるツン=デレに王位を返還した。
 とは言え、ヴィップの繁栄はニイトなくしては成らなかった物であり、事実上クーはツンと比肩する実力者である。

・モテナイ王国
 国主は【黒犬王】ダイオード。国旗は赤地に黒犬。
 小さいながらも【黒色槍騎兵団】【赤枝の騎士団】と言う強力な騎士団を持つ軍事国家。
 ※大号令に同調するも、国主は病に臥せっている……?

・メンヘル族
 指導者は【預言者】モナー。
 南の大国【神聖ピンク帝国】の支持を受けている。
 ※神聖国教会軍によって事実的に支配されている。

・海の民
 指導者は艦長【小旋風】妹者。
 島の南部シーブリーズ地区を占拠し、島で唯一塩の製造権を持つ。
 ※特になし

・リーマン族
 指導者は【評議長】ニダー。
 北の大国ラウンジ王国の支援を受け、今もなお最も栄える民である。
 ※ヴィップと和睦し、共にモスコーへ向けて兵を挙げる



17: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:55:39.61 ID:M9rbxiAPP



     第34章 月下美人

突然だが、諸兄らは【金獅子王】が御世当時のアルキュ文化と言えば、何を思い浮かべるだろうか?
例えば、ギムレット地方の温泉。
【黒犬王】ダイオードによって甦った、モテナイ族の彩色豊かな伝統衣装。
海の民によって伝えられた、緑茶や包など東方に由来する生活様式。
【王都】デメララでは貴族層が競って高い塔を建設し、【神都】モスコーでは華やかな絵画文化が咲き誇っている。
当然、姓を持たないアルキュの民が持つ、異名の存在を挙げる方々も少なく無いだろう。
だが、私は何よりも全土に共通する、重厚感溢れる石造建築物の存在を挙げたい。

アルキュと言う島は、極端に木造建築物の数が少ない。
モスコー領スピリタスやキール山脈などで良質の花崗岩が採掘される為、建築石には不自由する事が無いのだ。
その最たる例が【羅王】ミルナの治める【大神殿】シルヴァラードであり、
岩山を刳りぬいて都市を為している程である。
そして、何より面白いのは、世界的に稀有なほど気候差の激しく、4つの民族が覇を競った小島において、
全土で平等に石造建築文化が発達したと言う事実であろう。

北部では厳しい寒波から身を護る為に。南部では陽光と潮風を避ける為に、人々は石造家屋を築いてきた。
それでもやはり、そこには個性豊かな各民族の特色が現れている。
宗教が生活の一部として根付いていたメンヘル族は、石柱や飾り窓に神話の1シーンを彫り込む事を好んだ
実質剛健、鉄の大国ラウンジからの影響を強く受けるリーマン族は、より高い塔を建てる事で権威を誇示しあった。
ニイト族は【無限陣】ニイト=クールによって商業国家への転身を遂げているが、
彼女が文化面では強固なまでの復古主義者であった為に、独特の素朴な文化は失われなかった。
もし、草原の一角に家畜小屋と一体化した石造建築物を見つけたら、それはニイト族の住まいと見て、ほぼ間違いが無いだろう。

例外的なのは失地の民モテナイ族で、元々遊牧生活を営んでいた彼らは土地に対する執着が薄く、重厚な家屋に対する拘りも殆ど無い。
彼らの帰る家は油でなめした獣皮のテントであり、大自然の驚異に立ち向かうのではなく、受け入れてきた、ただ一つの民族であった。



18: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:56:48.88 ID:M9rbxiAPP
天為・人為の違いはあれど、リーマン・メンヘル・ニイトの3民族の間で
石造建築文化が発達した背景にあったのは、外敵からの防衛。もしくは避難と言う目的が主であろう。

隆起した大地の高低差。
南北から吹き付ける季節風の影響。
そして、戦火に焼かれる時間があまりに長すぎたアルキュ島における必然的傾向として、
人々は常により頑強な家屋の建設に頭を悩ませ続けてきた。
今も尚、数百年前の戦火を耐え抜いた建築物に、当たり前のような顔をして人々が生活をしているのだから、
その頑強度は折り紙つきである。

だが、この日の夜【神都】モスコーの神殿宮を形作る石壁は、外部からの防衛とは異なる形で、
自身の存在意義を主張させられていた。
預言者の間に通ずる樫材の大扉は固く閉じられ、その前では無表情な2人の兵士が周囲に睨みをきかせている。

兵士『……』

皮鎧の左胸に貼り付けられた聖印を見れば、それが【預言者】モナーの新たな支援者、
神聖国教会の者だと容易に想像できる。
が、不思議な事に深く被った兜の下の素顔を見知っている者など、10万の国教会軍の中に一人として存在しない。
当然、国教会の兵に扮したメンヘル族の兵と言うわけでもない。

つまり、今この時、預言者の間は国教会軍でもメンヘル族でもない、別の勢力の者によって警護されていたと言う事になる。
では、国教会の者もメンヘルの者も例外なく近づく事すら出来ぬ密室で、何が起こっているというのか?

もし、何らかの手段で扉をくぐれる者があったならば、
その者は天井のステンドグラスを通す柔らかな月明かりに照らされた
数人の男達の姿を目にする事が出来たであろう。



21: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 21:58:04.51 ID:M9rbxiAPP
老人『一体、この先……どうなってしまうのかのぅ』

青年『そんな事俺に聞かれても……』

神の都と讃えられるこの街の夜は浅い。
日中、強すぎる陽光から身を隠していた住人達は、夜が更けて気温が下がってから、市を出歩くのを好んだ。
肌を焼く陽射しにも負ける事無く街中を走り回っていた子供達を寝かしつけると、大人たちの時間が始まる。
夫婦の営みを為す者も少なくはないが、男達は酒場で札遊びに興じ、女達は書を捲るのが、一般的なメンヘル族の夜の楽しみ方であった。

普段であれば一定の間隔を開けて立てられた灯柱に明かりがともされ、街を照らしている時刻。
しかしこの夜、灯柱に光は無く、市に人影も少ない。
囁きあう人々の視線の先では、モスコーの象徴たる神殿宮が普段と変わらぬ姿を薄闇の中に浮かび上がらせ、それが一層不安を掻き立てる。

中年の男『とにかく……マタヨシ様にお祈りするしかないだろう……』

商人『祈る? 祈ってどうなるって言うんだ? 祈って救われるなら、何故こんな事になっている?』

男の悲観的な嘆きの言葉を、不敬であると咎められる者などいなかった。
ヴィップの【金獅子王】ツン=デレが聖地に駐屯する神聖国教会に対して大号令を発した事も、
そのヴィップが評議会と共に侵攻して来るであろう事も、このモスコーでは路地裏の乞食ですら知っている。
同盟関係にあった筈のモテナイは一方的に条約を破棄してツン=デレに従い、シーブリーズの妹者が国教会と交戦を開始したとの噂もある。
このような状態では酒を飲んでも味が分からず、書を開いても言葉が頭に入らないのが当然だったと言えよう。

こんな時、アルキュにおける神の代理人。【預言者】と呼ばれる事を許された者が姿を見せていれば、どれ程彼らの不安も和らいだ事か。
が、神殿宮は相も変わらずひっそりと其処にあるだけで、普段であれば歩き回っている筈の、夜間警備の兵の姿すら見当たらぬ。
夜の帳は重苦しく人々の頭上に覆い被さり、彼らに出来る事といえば祈るような気持ちで天を仰ぐ事だけであった。

外部からの防衛とは異なる意味での石壁の存在意義。
それすなわち、外界と屋内の境界を遮断し、情報漏洩を防ぐ事。
つまり、今この時、預言者の間では決して公には出来ない密談が交わされているのである。



25: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:00:05.19 ID:M9rbxiAPP
『どうするモナ!? まさかツン=デレとニダーが手を組むとは……完全に想定外モナ!!』

甲高い叫び声が密室の空気を揺らした。
月光に照らされた者達の数は4人。
ただし、落ち着きなく騒いでいるのは先の男のみ。
1人は絹張りの座に浅く腰を下ろして、それを愉快そうに。
1人は綽々たる笑みを浮かべて。最後の1人は我関せずと言ったふうに彼を見つめている。

(’e’)『はっはっは。確かにこれは困ったな』

(#´∀`)『笑い事じゃないモナ!!』

その時、風に雲が流され、一際強く月明かりが室内を照らし出した。
まず、悠然と腰を下ろす男に今にも掴みかからんとしているのは【預言者】モナーである。
メンヘル族最高指導者の証たる五色のターバンに髪を包み、ゆったりした純白の被りの絹衣を身にまとっている。
が、その表情に数多くの計略策略をもって評議会と渡り合ってきた男の影はない。
差し迫る破滅の足音に怯え、狼狽する男の姿がそこにあった。

そして、只1人、座に腰を下ろす男の名をジョーンズ公セントと言う。
神聖国教会初代教皇ストーン1世が長子。
また、モスコー駐屯軍を率いる国教会7太子が一角にして、最高司令官である。
その権力は聖地管理者たるモナーですら比較にならぬほど強く、
生まれつき人の上に立つ事を約束されていると信じきっているような振る舞いさえも様になっていた。

(’e’)『戯れだ。許せ。だが、想定外と言っても対処できぬ訳ではあるまい』

言って、座の背後に控え笑みを浮かべている男にチラと視線を送る。
応えるように、その者は唇に当てていたパイプを離した。
ややあって、毒々しい紫色の煙を静かに吐き出す。



26: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:02:19.66 ID:M9rbxiAPP
『くすくす。モナーよ。全く貴方と言う人は慎重を絵に描いたようなお人だ』

(;´∀`)『モナっ!?』

密室に阿片の甘い毒の香りが漂った。
薄闇の中にあっても、男の瞳が惑ろみの中にいるように虚ろなのが見てとれる。
讃える言葉で、ぞの実は嘲られていると分かって、モナーは怒りと羞恥から顔を赤らめた。

( ゚∋゚)『……』

最後の一人。
【神の巨人】クックルは主が貶められていると知って尚、表情一つ動かさない。
むしろ、この力関係が当然の物と受け取っているのではないだろうか。

( ´∀`)『慎重で何が悪いモナ!! ……モナはこうやって生きてきた……このモスコーを守ってきたモナ!!』

(’e’)『悪くないさ。策に頼り圧倒的な力に惧れを抱くのは、臆病者の本能。弱者の特権だ。
    そんな惨めな生き様を否定するほど私は傲慢ではない。
    真の支配者には無能な凡夫の不安を解消してやる義務がある……全く、損な役割よ』

( ´∀`)『……っ』

一人の男の哀れな自尊心をズタズタに引き裂いたのがよほど楽しかったのか。
セントは満足げに唇の両端を持ち上げた。
堪えきれぬと言うふうに、しばらく小さく笑ってから身体を捻り、背後に立つパイプの男に振り返った。

(’e’)『さて、親愛なる陰の王よ。【預言者】様は不安で不安で夜も眠れぬそうだ。
    我らが友に心の安らぎを得ていただく為の策を示してくれぬか?』

『ふむ……そうですねぇ』



29: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:03:41.40 ID:M9rbxiAPP
『では、神聖ピンク帝国の法王を名乗る逆賊が、7日後に暗殺される……と言うのはどうでしょうか?
トマスなる反逆者に裁きが下ったと知れば、正統なる神の代理人たる教皇庁のつわものどもの士気は否応にも高まりましょう』

(;´∀`)『っ!!』

モナーは愕然と立ちつくした。
男の言葉は、予言の体裁を借りた予告だ。
少なくともモナーは、暗殺と言う分野に関してこの男の予告が外れたのを知らないし、
法王の暗殺予告など、これまた【預言者】の地位にある彼ですら聞き及んだ事の無い程の不逞行為である。
深酒をしすぎた場での軽口であっても許される言動ではない。
だが、しかし。

(’e’)『あっさり殺すなよ。恥辱にまみれ、苦しみぬいての死こそヤツには相応しい』

『……御意』

セント=ジョーンズはあっさりとそれを容認しただけでなく、死に様の注文までつけてみせた。
男もまた、深々と頭を垂れ、その言葉に従う意思を表す。
政治闘争に敗れたとは言え、セントにとっても法王とは傅くべく存在である筈だ。
にも拘らず、その言動。
権勢欲とはかくも人を狂わせる物なのか? それとも、彼の生まれ持った性質なのか?
その事がモナーの常識では考えられず、また空恐ろしく感じる。

『どうなさいました? なにやら、まだ不満がありそうですねぇ』

( ´∀`)『……』

と、そこでモナーは男の視線が自身に注ぎ込まれている事に気付いた。
その者は、わざとらしく黒い長髪をかきあげてみせる。
首に巻いた瀟洒な桃色の薄絹がふわりと揺れた。



30: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:06:05.67 ID:M9rbxiAPP
『では……そろそろ、目障りな魔女めを討ち取るとしましょうか?
そろそろ準備が整うとの報告も入っておりますので』

(’e’)『ちょうど良い……退屈をしていたところだ。我自ら出陣してやろう。
    ツーとか言う女は、裏切り者フッサールの娘なのだろう?
    血祭りにあげ我らが神への戦勝祈願の供物としてやろうではないか』

( ´∀`)『……そんな事をしても無駄モナよ』

モナーの呟きは、セント=ジョーンズの大笑に掻き消された。
信仰の道に目覚めてより、五十幾年。
彼の崇める神が血の捧げ物を好んだなどと言う話は聞いた事もない。
そして、もし天上の住人がフッサールの血縁と言う理由で砂漠の魔女の命を求めるならば、
それもまた意味のない事だという事も、彼は知っているのだ。

『しかし……ジョーンズ公だけに面倒事を押し付けると言うのも、心苦しいですねぇ』

( ゚∋゚)『あぁ。俺も出陣しよう』

ここにきて、それまで沈黙を貫いてきたクックルが低く声を発した。
チラ、とモナーをさげずむように一瞥する。
おそらく【預言者】の力無き呟きは、赤毛の巨人の耳にだけは届いていたのだ。

( ´∀`)『……』

だが、クックルは主である筈のモナーに賛同するそぶりも見せなかった。

つまりは、そう言う事なのだ。
呟きなど聞こえなかったと言うふうに振舞ってくれれば遥かに気が楽だと言うのに、
そのような心遣いをする気も、する必要も既に無いのであろう。



32: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:07:46.84 ID:M9rbxiAPP
( ´∀`)『……モナの知らぬうちに種は蒔かれ……深く深く根を張り巡らせていたと言う事モナか』

(’e’)『己の無能を嘆く必要は無いぞ、モナーよ。それが貴様の生まれ持った器であったというだけの話だ。
    我からすれば、驚きに満ちた人生を送る貴様が羨ましくてならぬわ』

モナーの漏らした言葉の真意など読み取れていない、的外れな嘲笑などまるで気にかからなかった。
が、その無反応を愚鈍による物だと判断したのだろう。
セント=ジョーンズは殊更満足げに頷いた。

『私の不可視の糸は、既に全てを絡め取っております。御安心下さい』

(’e’)『おいおい、親愛なる陰の王よ。その糸はまさか、この我すらも絡め取っていると言うのではあるまいな?』

『御冗談を。巨象を絡めるに糸では役に立ちません。神話にある天の鎖でも用いなければ』

言って、長髪の男はペコリと芝居じみた礼をしてみせる。
あまりにも見え見えのおべっかであるのだが、それすらも上機嫌な公子殿の琴線に触れたのだろう。
天を仰ぎ、両手を叩き合わせながら大笑した。
しばらくし、両目に浮かんだ涙をふき取ってから、おもむろに座から立ち上がる。

(’e’)『賢き友との一時は愉快でならぬが……今宵はここまでにしようか。
    明日は楽しい楽しい“狩り”が控えているのでな』

白く輝く絹外套を翻し、答えも待たずに大扉に向けて歩を進めた。
まるで時を示し合わせていたかのように、扉がゆっくりと外より開かれていく。

(’e’)『5000だ。夜が明けるまでに、我に相応しい精鋭を揃えておけよ、モナー』

吐き捨てるような口調で告げ、高笑いを響かせながら大扉の先にある闇の中に歩み去る。
【神の巨人】クックルも巨体を揺らしながら己の寝所に向かい、長髪の男は何時しか阿片の煙だけを残して消えていた。



35: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:08:57.31 ID:M9rbxiAPP
         ※          ※          ※

( ´∀`)『……』

一人だけになった謁見の間。
ようやく己のもとに帰ってきた絹貼りの座に腰を下ろし、モナーは脱力したかのように天井を見上げていた。
謁見の間のシンボルとも言える大天井のステンドグラスにはポルカ・ミゼーリア。
つまり、聖美母神が彼に向けてたおやかな笑みを浮かべている。

( ´∀`)『くだらぬ……夢を見たモナ』

小さく呟いていた。
己の理想を。野望を実現させる為に、この座を誰かに譲るわけにはいかなかった。
いや、権勢欲を持たぬフッサールであれば、いずれは自身に席を譲り渡そうとしただろう。
そうなれば、かつてよりも互いの立場を理解でき、良い関係が築けていたかもしれない。

しかし、当時の彼はそこまで考えが回らなかった。
悲観し、酒に逃げるほか無いと思っていたところに投げ込まれた甘い誘惑。
それに夢中で飛びついた。そして、気付いた時には只の数日のうちに全ては手遅れになっていて……このザマだ。

どれ程強大な権力を持っていようと、セント=ジョーンズなど怖くはない。
何故なら、セント=ジョーンズとは傀儡(くぐつ)の糸の存在にも気付かず踊り狂う、哀れな人形に過ぎないからだ。
踊らされているという意味では、預言者も教皇家の公子も違いはない。
が、糸繰る者の存在を知っているかいないかでは、そこに天と地ほどの差が生じる。

結局のところ、本当に戦うべき相手は“あの男”ただ1人なのだ。
一体、いつから策を練っていたと言うのか?
十数日前まで忠実な護衛であった男が神将の座に着いたのが14年前。
きっと、クックルは“あの男”と何らかの密約を結び、メンヘルに潜入していたのだろう。
ならば、その頃には既に“あの男”は確かな野心を抱いていたと言う事になる。



38: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:10:47.54 ID:M9rbxiAPP
( ´∀`)『考えてみれば……当然モナね』

14年前。
それは【王都】デメララに暗殺人形が暗躍した年であり、【勝利の剣】モララーが命を落とした年だ。
更に、その前年には【統一王】ヒロユキが急逝を遂げている。
もし、ヒロユキの娘【金獅子王】ツンの公表した事実が正しいとすれば、
“あの男”は己が野心の為にその全てに関わっている筈なのだ。

( ´∀`)『14年……気が遠くなるような時間モナね』

権謀術策で己の右に出る者はいないと思っていた。
しかし、今となってはそれも児戯に過ぎない程度の物だったと思う。
“あの男”も、常にこうなる事を考えていたわけではないだろう。
が、逆を返せばどのような状況に追い込まれようとも最前の一手を打てるだけ根を深く張っていたと言う事。
深く、広く、幾重にも。
朝露を集めて碗を満たすような思いで、舞台を整えてきたのに違いないのだ。

それを陰湿とか、執念深いとかと嘲る者もいるだろう。
しかし、世の中の深慮遠謀を刃とする者達に言わせれば、それは裏返せば辛抱強いと言う事。
すなわち、優れた策術家の条件という事にもなる。
何故なら策とは突き詰めれば、荒地を耕し、石を取り除き、水路を引き……最後は豊かな農地に生まれ変わらせるような。
確かな計画性と強い意思力を無くして成り立たないものだからだ。

モナーとて策士の端くれであるから、分かってしまう。
自身と“あの男”の間には乗り越え難い壁がある。
そして、その壁を越えて先に進むには、彼はあまりにも無為に時を過ごしすぎてしまった。
何と言う事は無い。
彼もまた、セント=ジョーンズと同じく、箱庭を世界の全てだと思い込んでいる蟻に過ぎなかったのだ。
今となれば、その考えの矮小さが恥ずかしく思えてくる。
けれど、世界の真の広大さに気付いた今。箱庭は完全に閉ざされてしまっていて。



41: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:12:23.97 ID:M9rbxiAPP
( ´∀`)『だが……モナもこのままでは終わらないモナよ……』

だが、それでもモナーは諦めるつもりは無かった。
ぎゅうと音が鳴るほど強く、座の肘掛を握り締める。

既に兵権も政権も、その内実を失い、首を縦に振るだけの人形としての価値しか己には無い。
かの北の大英雄すらも葬り去った“あの男”に、自身が勝てるなどとは思っていない。

けれど、彼もまたヒロユキを支えた英雄達の一人にして、一つの民の頂点に立つ者。
【統一王】七英雄。【預言者】。聖地管理者。
メンヘル族1000年の歴史の中で育まれ、引き継がれてきた誇りを継ぐ者として。
そして、己の名と名誉に賭けて。
このまま敗れるわけにはいかぬのだ。

“あの男”の真意までは計りきれない。
表面では【金獅子王】ツン=デレと【評議会】への復讐。
互いに利害の一致した、神聖国教会と結んでいるに過ぎぬと公言している。
しかし、策術家の本能が『それだけではない』と叫んでいる。
もっと、恐ろしい。
全てを無茶苦茶にしてしまうような、何かをまだ胸の奥底に隠し潜めているような気がしてならぬ。
故にまだ、道を降りる事は出来ない。

例え一度は権力の誘惑に心揺らごうとも、彼の根底にある物はメンヘルの民への、
アルキュという島への、そして神への揺るぎない愛だ。
だからこそ、自分だけの。
自分にしか出来ないやり方で戦わねばならない。

( ´∀`)『フッサール……許すモナ。
     モナはきっと、お前の娘に最低最悪の絶望を与える事になるモナよ……。
     でも……モナ達の時代の残り火は……何としてでも次を生きる者達に繋げてみせるモナ……』



43: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:13:57.95 ID:M9rbxiAPP
モナーに残された武器は少ない。
まず、聖地管理者の証・聖杯。
次に、限られた者しか知らぬ幾つかの小さな秘密。
最後に、評議長ニダーと長年渡り合ってきた頭脳。
たったの、それだけだ。

おそらく、既に“あの男”の眼中に己の姿は無い事は承知している。
今のモナーが命を保っていられるのは聖杯の行方を明かしていないからだけであって、
もしそれを明かしてしまえば、次の夜明けを待たずして“処分”される程度の存在に過ぎない。
そして、だからこそ策を成就させるだけの隙が生じる。

( ´∀`)『モナも……甘く見られた物モナ。これだけ揃っていれば十分モナよ。
     貴様が繰る糸の数本くらいは噛み千切ってやるモナ。
     例え、この島の全てを暗黒で覆おうとも、地を照らす光明の一筋だけは護ってみせるモナ』

力強い眼差しで、彼を見おろす聖母図を見つめる。
既に裁きを受ける覚悟は整った。
欲に染まり道を踏み外した身が、死した後に天上の楽園に招かれる事は決してあるまい。
紅蓮の業火に焼かれ、無限の苦しみを味わう事となるのだ。

だが、己が死は必ず明日を歩む者達の道となる。
であれば、何を恐れる必要があろうか。
もし、恐れる物があるとすれば、それは暗闇の中で神の慈愛を忘れてしまう事のみである。

( ´∀`)『モナは……この美しい微笑みをあと何度見る事が出来るモナかね……』

ならばせめて、生きているうちに美しき女神の微笑みを両の目に焼き付けておきたい。
男の擦れた様な呟きが、閉ざされた空気の中に悲しく溶け込んでいった……。



45: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:15:33.99 ID:M9rbxiAPP
         ※          ※          ※

ここで舞台は南へ移る。
金銀に輝く海の上、錨を下ろした数隻の船が静かに揺れていた。
その中央には、一際巨大な船が鎮座している。

帆船グラッパ号。
海上戦闘にて敵無しを謳われる、海の民が主艦である。
10を数える大船の中でも最も巨大なそれは、甲板に1000人の大人を並べる事が可能。
左右には12門ずつの大筒を、船尾には竜を模した一際大きな鉄筒が備え付けられている。
投石台や射槍砲も完備しており、あたかも海上の要塞とでもいうべき風体であった。

それだけではない。
海に生まれ海で死ぬと言われる者達にとって、船とは一種の“街”でもあるのだ。
深夜ゆえ暖簾を畳んではいるが、陽も出れば衣服や調度品。はたまた飾り細工や家具までも扱う市が甲板上に広がる。
刀剣の類は支給されるとは言え、砥ぎ屋も商売に精を出していたし、
唯一見ない物といえば完全配給制の飯を扱う者達。
とは言え、酒や菓子、果実類などの嗜好品を売る店は連日賑わいを見せている。
今は深い眠りの中にあっても、女子供や腰の曲がった老人まで船に乗り込んでいるのだ。

そんなであるから、当然夜の見張りも厳重に行なわれている。
帆を畳んだマストの先では2人の男が遠見眼鏡を手に鋭い視線を走らせ、
甲板には一定間隔で水では消えぬ炎を湛えた灯台が並んでいた。
更に、当直の男達が精度の低い酒を手に、寝ずの番を務めている。

海原に煌く銀の輝きは月明かり。
金の輝きは炎の煌きである。
アルキュ海沿いに住む者達は、その美しさを讃えて“夜海の宝石”と呼んだと歴史書には残っている。



48: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:16:49.13 ID:M9rbxiAPP
从ii Д从『……ちくしょう……』

その甲板で、給士は仰向けに倒れこんでいる。
男達が土足で駆け回った板貼りの甲板。
清潔を好しとしている筈のハインであるが、そんな事を気にするだけの余裕もなかった。
指一本動かすのも。息をするのも辛い。
視界には夜の帳に散りばめられた、満天の星。
夜露が頬を濡らし、風が頬を撫でていくのが、妙に心地よく感じられるのがどこか不思議だった。

从ii Д从『……この……ハインちゃんともあろう者が……』

【統一王】ヒロユキの時代から戦場に立っているジョルジュやフッサールほどの経験は無いが、
彼女もまたヴィップが誇る勇者の一人である。
山を駆け、草原を走り、河上を行く。様々な戦場で幾多の敵と戦い、その全てに勝利してきたのだ。
しかし、今回の敵は勝手が違いすぎた。
彼女が戦ってきた者達の中で最も強大であり、恐ろしかった。
勝てない。
心の底からそう思った。

从ii Д从『っ!! また……きやがった……』

突如、給士は内臓をかき回されているかのような衝動に襲われた。
跳ね起きるように立ち上がると、夜警の兵を突き飛ばし、船縁から上半身を海上に乗り出す。
─────そして。





从ii Д从『おぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜……げろげろげろ』



52: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:19:27.52 ID:M9rbxiAPP
斥;'ゝ')『……なんだい、ちびっこ。また吐いてやがるのか』

星空を肴に酒を楽しんでいた男が、呆れ果てたふうに給士の背をさすりはじめた。
が、給士にはかけられた声に答えるだけの余裕もない。
胃は腹の中で暴れまわり、五臓を海に放り捨てられたら、どんなに楽かと思う。
ようやく人心地つけたハインは、懐紙で口元を拭い、それを海に放り捨ててから甲板に倒れこんだ。

斥;'ゝ')『部屋で大人しく寝ていれば良かろう。夜の風は身に毒と言うものだ』

从ii Д从『……だってよ……部屋で吐きたくねぇんだもん』

斥;-ゝ-)『まぁ……そりゃ、そうだな』

給士ハインが出会った、人生最大の強敵。
それが船酔いである。
共にこのグラッパに乗船した、この男がケロリとしているにも拘らず、彼女は連日の船酔いにひどく苦しめられていた。
眼に見える敵ならば一部の例外を除いて負けるつもりは無いが、
己の三半規管に敵があるとなると、【天翔ける給士】といえども勝ち目は無いらしい。

斥 'ゝ')『だが、ちびっこ。お前も船旅は初めてではない筈だろう?』

从ii Д从『うるせぇよ、オッサン。……海は初めて……うぷっ』

落ち着く事無くハインは再び海上に身を乗り出させ、男はわざとらしく肩をすくめた。
この者は、名をアインハウゼ=クーゲルシュライバーと言う。
姓を持つ事からも分かるよう、彼はアルキュ島の住人ではない。
神聖ピンク帝国・法王トマス1世が長女レモナに仕える執事にして隠密である。
給士とは数日前に初めて出会い、互いの初印象は最悪だったものの、今では憎まれ口を叩きあえる仲となっている。

从ii Д从『げろげろ〜〜〜』



54: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:21:13.11 ID:M9rbxiAPP
l从・∀・ノ!リ人『なんじゃ……騒がしい客人達じゃな!!』

と、そこへ新たに語りかけてきた者がいる。
バッサリと切り揃えた赤茶色の髪の上に、肩幅ほどもある麦藁帽子を乗せた少女だ。
身に纏うは、年季の入った黒絹の戦外套。背には帆に描かれているのと同じ、黄金の髑髏が刺繍されている。
小柄なハインより更に2指(5〜6cm)ほど背が低く、その為外套の裾を引き摺ってしまっているが、気にもかけていないようだ。
その身長に比例するように体つきもハインとどっこいどっこいであるが、
年明けに元服を迎えるという彼女にはまだまだ成長の可能性が残されているのが、給士には少々口惜しい。

斥 'ゝ')『妹者よ。騒がしいのはこっちのちびっこだけだぜ。一緒にしないで欲しいもんだ』

l从・∀・ノ!リ人『そうか? それはすまなかったのじゃ、オッサンハウゼ』

斥 'ゝ')『……テメェ、今わざと間違えやがっただろ?』

あからさまに執事が落ち込んだのを見て、少女はケラケラと笑った。
彼女の名は妹者。
一見して年端も行かぬ少女のように思えるが、彼女こそ海の民頭領にして、帆船グラッパの艦長である。

10年前、リーマンとメンヘルの大戦争にメンヘル陣営として参戦した海の民は、
その戦いで当時の頭領【花和尚】父者を失った。
所謂ローハイド事変であり、その彼を斬った者こそ【急先鋒】ジョルジュであったのだが……閑話休題。
まだまだ男盛りであり、ヒロユキの革命においても一角を担った最高指導者を亡くした海の民は大混乱に陥る。

その2年に亘る混乱を治めたのが、先の頭領の忘れ形見・妹者と言うわけだ。
父の残した忠臣の働きもあったであろうが、当時彼女は僅か齢6歳であったのだから、只者ではない事が御理解いただけよう。
後世の歴史家達の中には、水上戦闘に限定すれば評議会水軍提督【全知全能】スカルチノフや
ヴィップの軍神【無限陣】クーを凌駕する才能の持ち主であると評価する者も少なくない。
人呼んで【小旋風】の妹者。
全ての海の民の信望と尊敬を身に浴びる存在であった。



56: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:23:05.41 ID:M9rbxiAPP
l从x∀xノ!リ人『痛っ!!』

だが。
そんな少女の頭を、背後から小突く者があった。
ほっそりした長身に、やはり黒絹の戦外套を纏い、その背に刺繍された髑髏は月明かりのような銀色。
尖った顎に、細く垂れた瞳。潮に焼けた顔には深い皺が刻まれているが、決して老けこんでいるというわけではない。
針金のような身体は引き締まった筋肉に包まれており、どことなく引き絞った長弓を連想させる。
  _、_
( , ノ` )『オッサンにオッサンって言うんじゃねぇよ』   
  \ζ
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『本当の事を言うのは失礼ってもんだ。
         頭髪が気になりだす年齢の男って言うのはデリケートな生き物なんだぜ』

斥;'ゝ')『そそそそそそそんな事は無いっ!! 俺はオッサンでもなければ禿げでも無いっ!!!!』

慌てて若草色のターバンを押さえ込んだアインハウゼを見て、一同の頭の中に『図星』と言う単語が思う浮かんだ。
この男、名を【破軍】渋沢という。
父者が妹者に残した忠臣の1人であり、海の民副頭領である。
何故だか、当時はまだ珍しい紙巻を常に唇の端に銜えており、妹者などは事につけて『煙い』『臭い』と文句を言っていた。
実を言えば、渋沢はアインハウゼよりも随分と年長者にあたるのだが、だからと言って彼を擁護するつもりはないらしい。
続けて甲板に大の字に横たわる給士に視線を移すと、ニヤと薄い唇の片端を持ち上げた。
  _、_
( , ノ` )『よぉ。食料係が感謝してたぜ』   
  \ζ
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『お前さんがゲーゲー吐くから、魚が寄ってきて簡単に捕まえられるそうだ』

从ii -∀从『あぁ……そうかよ。感謝するなら、明日からハインちゃんの飯には魚を出すな、って伝えておいてくれ』



61: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:25:19.37 ID:M9rbxiAPP
とは言え、それは無理な相談であろう。
一度航海に出れば、やはり肉類は貴重品だ。
自然、食台には必ずと言って良いほど魚が並ぶ事になる。

彼らの魚の調理法は、料理と名のつく物は一切不得手としている給士ですら習得出来たほどに単純な物だ。
吊り上げた魚を卸し切り分け、魚醤をかけて酢を利かせた米の飯と共に口に放り込むのである。
一部には生の肝を好んで喰う者もいるし、ハインもその苦味を嫌いではなかったが、
流石に自身の吐瀉物に寄って来た魚の肝を喰う気にはなれない。

余談だが、大航海時代に多くの冒険家を死に追いやった壊血病は、ビタミンの欠如が原因である。
ビタミンは野菜や果物だけでなく肉類にも含まれ、そしてそれは熱を加える事で破壊される。
彼らは生活の知恵として、その事を知っていたのかもしれない。

斥;'ゝ')『それにしても……船酔いなど、3日も揺られていれば治ると言うもんだがな』

从ii -∀从『……嘘だ。迷信だ。作り話だ。年寄りの戯言だ』

斥#'ゝ')『年齢は関係ねぇ!!』

憎まれ口を叩きながらも、給士自身おのれのていたらくに閉口していた。
海の民は、海の上で産まれ死んでいく者達である。
今でこそ寝ているだろうが、昼にもなれば幼子達ですら甲板上を駆け回っている。

更に言えば、給士は己のルーツがこの海の民にあると信じていた。
理由は数多くあり、まず幼い日々を過ごした隠密の村が、元々陸に上がった海の民の者達によって拓かれた物であると言う事。
当然、村には海の民出身者が多く【金剛阿吽】流石兄弟もその名から分かるよう、海の民の出身である。
また、母より叩き込まれ得意とする高岡流の隠密術も海の民が伝えた物だろうし、
バーボンの梅の木やニイトの桜を眺めながら茶を啜っている時、どことなく懐かしさを感じたものだ。
だと言うのに……これでは、あまりにも情けない。



62: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:26:25.18 ID:M9rbxiAPP
もう一つ。ハインは海の民に対して全面的な信頼を与えている訳ではない。
実を言えば、執事アインハウゼもそれは同じだ。
確かに、レモナ救出・国教会軍の打破・そして聖杯探索と3者共通の行動理由はあろう。

が、問題はその後だ。
主である【天智星】ショボンの読みが正しいとすれば、妹者はモテナイのダイオードと手を結んでいる事になる。
そして、全てが終わった後、聖地モスコーの支配へと動き出すだろう。
それは避けさせなければならない。
つまり、聖杯の探索という目的が共通していたとしても、誰が最終的にそれを手中に収めるかという事については
考えが割れている可能性が高いのだ。
アインハウゼにしてみても、海の民は取引相手としては文句のつけようも無いが、聖地管理を無神教者に委ねたくはない。
  _、_
( , ノ` )『……船底に近い場所に部屋を取らせておいた』   
  \ζ
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『揺れも小さいだろう。今日はそこで休むといい』

从ii -∀从『……ありがてぇ。そうさせてもらうわ』

とは言え、海の民とモテナイが結んでいるという確証も無く、それを探るには今の自分はあまりにも無力すぎる。
漏らすような声で答えるハインを、渋沢はひょいと肩に担ぎ上げた。

从ii゚∀从『て、てめぇ……何を……』
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『自力では歩けんだろう。連れて行ってやろうというんだ。ありがたく思え』

从ii Д从『やめ……腹を押すな……吐く……』

給士服の裾を両手で押さえ、バタバタと足を振って抗議するが、聞く耳は持たぬらしい。
そのまま、渋沢は艦内に続く階段を下って行った。



63: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:27:49.00 ID:M9rbxiAPP
从ii Д从『げろげろげろ〜〜〜』

新たに用意された寝室の扉を潜り、床に下ろされると同時に給士は前もって準備されていた桶に顔を突っ込む羽目になっていた。
まるで関心の無さそうな顔をしつつも、渋沢は換気の為に壁につけられた丸窓を開いてやる。
夜の潮風が波のざわめきを伴って、部屋に流れ込んできた。
何とか吐き気が収まったのを待って、給士は麻を格子状に編みこんだ寝台に、這うようにして身を乗せる。
それを確認してから、渋沢は外套のポケットから懐紙に包んだ何かを取り出し、寝台横の簡易卓に置いた。

从ii Д从『……なんだ、それ?』
  _、_
( , ノ` )『木喰い蟻の幼虫だ』   
  \ζ
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『噛まずに水で胃に流し込め。船酔いにはこいつが一番良く効く』

从ii Д从『……うぞうぞうねうねだろ? ……気持ちだけありがたく受け取っておくよ』

本来なら“うぞうぞ”や“うねうね”が同じ室内に存在するだけでも嫌なのに、それを窓から放り捨てる元気も無い。
バーボン荘やヴィップにいた頃は、それらが室内に出没する度にヒートやショボンが“撃退”に狩り出された物だ。
不思議な事に、ハインが苦手とするのは“うぞうぞうねうね”だけであって、所謂昆虫関係は何でもなかったらしい。
よく、厨房に黒光りしていて触角の長い“あれ”が出現し、主が石のように固まりヒートが半狂乱で騒いでいた時、
飛刀の一投で串刺しにして仕留めてやったものだ。

从ii -∀从『……まだ、何か用か?』

指で弾くようにして、それまで吸っていた紙巻を窓から投げ捨てた渋沢に、給士は声をかけた。
それには答えず、彼は銀製の紙巻き入れから新たな一本を抜き取り口に咥えると、簡易火口箱で火をつける。
窓に向けて紫煙を吐き出し、やや逡巡するような間を置いてから口を開いた。
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『お前は……両親の事を覚えているのか?』



66: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:29:36.41 ID:M9rbxiAPP
从ii -∀从『正直……あまり良く覚えてねぇ。物心ついた時から親父はいなかったし、お袋も殺されちまった』
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『そうか……。そう言えば、マインリッヒも海はまるで駄目だと言っていたな』

从;゚∀从『あ?』

思わぬところから上がった母の名に、給士は思わず跳ね起きる。
それを制して寝台に横たわらせると、渋沢は寝台の足元に腰を下ろした。
足を組み、窓の外に視線を向ける。
吹き込んできた風が、白い柱のようになった紙巻の灰を吹き流した。
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『やはり麻印……マインリッヒの娘だったか。お前の母親は、先々代頭領・外印の娘さ。
         もっとも、幼い頃に船を降りて北に移り住んだらしいがな』

从;゚∀从『なんで……テメェがそんな事を……』

その時、葉の詰まりが甘かったのか、渋沢が手にした紙巻からポトリと火種が落ちた。
眉をしかめ、外套から火口箱を取り出す。
  _、_
( , ノ` )『今では渋沢などと名乗っているが、俺は元々キュラソーの生まれだ』   
  \ζ   
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『キールで隠密術を学んだ事もある。マインリッヒとは共に腕を磨きあった仲さ』

从 ∀从『そう……か』
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『外印は麻印が子を産んだら、覇印と名付けたいと常々言っていたらしい。
         麻印はそれを嫌がっていたらしいが……それでも、遠く離れた地にある父親を偲んで、
         お前にその名を与えたのだろうよ』



67: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:31:32.70 ID:M9rbxiAPP
从 ∀从『へへ……そうだったのかよ』

寝台に大の字に横たわっていた給士は、小さく漏らした。
まるで、瞳に浮かんだ涙を隠すかのように、両手で顔を覆い包む。

そう。
彼女は幼い頃を過ごしたキール山脈の日々を忘れた事など、片時として無い。
水のせせらぎ。風のささやき。木々の語らい。大地の香り。その全てを覚えている。
今となれば、兄者に追い掛け回されて、大嫌いな青虫まみれにされた事ですら懐かしく、美しい思い出だ。
そして、強く優しかった母の最期。
作り物めいた笑顔を浮かべ、両手の大剣で何度も何度も動かぬ母を突き刺し続けた男の顔も忘れていない。

その母を弔ったのは、村で唯一生き残った大人【金剛阿吽】流石兄弟である。
尤も、弟者は村を襲った者達に左腕を切り落とされたと言うから、本来であればハインは兄者に対して上げる頭も無い。

が、ニイトで再会してから2年。ハインと兄者の関係に変化は一切見られなかった。
何故なら、毎月墓参りに行くたびに、その日を狙ったかのように蟲を満たした落とし穴や、
頭上から青虫を詰めた玉が落ちてくる罠が仕掛けられているからだ。
当然、このような悪ふざけをする者など1人しかおらず、その度に給士は犯人を蹴り飛ばしている。
何もしなければハインの気を引く事も出来そうな物だが……犯人の隠密に、そのつもりは無いらしい。
おそらく、彼なりの美意識による物なのだろう。

从 ∀从『悪ぃ……ハインちゃん、嘘ついたわ。お母さんの事を忘れた事なんて……一度もねぇよ』
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『……気にするな。人は大切な思い出ほど、軽々しく口に出来ないもんさ』

言って、渋沢は紙巻の火を靴裏で揉み消した。
それをひょいと、足元の桶に放り捨ててから、おもむろに立ち上がる。



68: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:33:05.01 ID:M9rbxiAPP
  _、_
( ,_ノ` )『少し長居しすぎたな。ゆっくり眠るといい』

从;゚∀从『ま、待ってくれ!!』

慌てて身体を起こした給士に、渋沢は振り返ろうともしない。
が、閉ざされた扉の前。ノブに手をかけようともしないのが、彼なりの意思表示なのだろう。

从;゚∀从『テメェは……お母さんの事をどれだけ知っているんだ? ひょっとして、お父さんの事も……』
  _、_
( ,_ノ` )『言っておくが、俺がお前の父親だった……なんてオチはねぇぜ』

答えながら、渋沢は紙巻入れを取り出した。
給士がこの部屋に運び込まれてから、まだ四半刻(約30分)も過ぎていない。
にも拘らず、この男は何本の紙巻を灰にしたのだろう。
もしかしたら、これは渋沢と言う男の仮面を形作る、小道具なのかもしれなかった。
  _、_
( , ノ` )『お前はマインリッヒの若い頃によく似ている』
  \ζ  
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『郷愁に駆られた……って事で納得してくれねぇかな』

それだけ告げて、ノブに手を伸ばした。
もうそれ以上、何も聞き出せないと知った彼女は、ゆっくりと寝台に身を横たえる。

从 ∀从『……ありがとよ』

答える声はない。
が、確かに小さく頷いてから、渋沢は給士の部屋を後にした。



75: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:34:55.30 ID:M9rbxiAPP
从 ゚∀从『へへ……そっか。ハインちゃんは海の民で……爺ちゃんは外印って言うのか』

揺れる波音を聞きながら、給士は天井を見上げていた。

从 ゚∀从『爺ちゃんがつけようとした名前が覇印で……お母さんがくれた名前がハインリッヒで……
     御主人がくれたのはハイン。なんだよ、御主人。爺ちゃんとセンスが一緒じゃねーか』

呟く横顔は、柔らかく微笑んでいた。
紅髪の人斬り。心無き暗殺人形。
一度と無く己の死を願った事もある。
が、自分は望まれて産まれ、愛しまれて育ち、今も多くの愛に包まれて生きている。
その事が堪らなく嬉しく、誇らしい。

母が海の民の出身だからと言って、彼らに組するつもりはない。
彼女の主は北にあり、帰る家はヴィップにあるからだ。
しかしそれでも、自身のルーツを知って、嬉しい事に変わりはない。
記憶にある母の姿はでっぷりと太った肝の強そうな女で、小柄な自分とは似ても似つかない筈なのだが……
年齢を経れば、自分もあのような貫禄のある姿になるのだろうか?
出来ればそれは避けたい物だが、それもまた喜ばしい事であるような気もしてくる。

从 -∀从~゜『……寝るかな。おやすみ、お母さん。おやすみ、御主人。……ついでに兄者』

小さな欠伸を一つ。給士は目を閉じた。
何故、最後に兄者の名が口から漏れたのかは、彼女にも分からない。
が、即座に、彼こそが彼女にとって海の民と言う者達の。そして、隠密の代表格のような存在であるからだろうと結論付ける。

从 -∀从『……』

やがて、一定のリズムで刻まれる波の音を子守唄代わりに、給士の口から微かな寝息が漏れ始めた。
この日、ハインは海に出てより初めて、心安らかに眠る事が出来たのである。



77: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:37:32.20 ID:M9rbxiAPP
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

ξ゚听)ξ『水は持った? 食料は? 下着の替えは忘れてない?』

( ^ω^)『下着は多分……大丈夫。水と食料はレーゼが輜重隊にいるから大丈夫だお』

ξ;゚听)ξ『甲冑に傷はついてない? 剣は折れてない? 外套は破れてない?』

( ^ω^)『外套と甲冑は昨日ツンがくれた新品だし、【勝利の剣】は鉄を斬っても刃こぼれしないから問題ないお』

ξ;゚听)ξ『あとは、えっと……そうだ!! 懐紙と清潔な手巾!!傷を汚れた布で包むと肉が腐るって言うわよ!! 
      あ、薬!! どうしよう、忘れてたわ!! 何やってたのかしらアタシ……』

(;^ω^)『……おっおっおっ』

雷竜の月・1日。
ヴィップ城外では、全住人をあげての盛大な式典が執り行われた。
モスコーに出兵する将兵の戦勝祈願と帰還を願っての式である。
正未刻(午前8時)より始まった式典は1刻(約2時間)に亘って行なわれ、
百将以上の官職にある者は1人の例外もなく【金獅子王】ツン=デレ自身の手で改めて官位を授与された。
官職にない者であっても、夫を兵役に出す妻、父と長く離れる事になる子、息子を出征させる親には
それぞれ銀を詰めこんだ袋が与えられ、長職にある者には更に絹の反物や高価な玉などが贈られたと言う。

式典は最後に、王の血を垂らした神酒を全ての将官が飲み干して終わりを告げた。
それから、全将兵に1刻の自由時間が与えられる。
これが家族や親友、恋人に長い別れを告げる最後の機会となるのだ。



80: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:38:57.72 ID:M9rbxiAPP
(;//∀゚)『何をやってんだかな、ありゃぁ……』

( ,,゚Д゚)『……全くだぞゴルァ』

東北方面からの季節風の影響を強く受ける、ギムレット台地の夏は短い。
雷竜の月(9月)ともなれば、草原は徐々に鮮やかな緑色から悲しげな枯葉色に姿を変え始める。
その大地に愛馬から下ろした鞍を置き、隻眼の勇将は腰を下ろしていた。
磨き上げられた白銀の甲冑の上に純白の戦外套を纏い、背には『金獅子王万騎将』『無敵急先鋒』と書かれた2本の旗を挿している。

その傍らで退屈そうに胡坐をかいているのは歩将筆頭『九紋竜』のギコだ。
隆々たる肉体の上に鉄を塗りこんだ獣皮鎧を着込んでいる。
異名の元となった彫り物は目にする事が出来なくなっているが、灰色の外套の背には九匹の竜が舞い踊っていた。
2人の男の視線の先にいるのは、当然金髪の王と銀髪の青年である。

( //∀゚)『よぉ。悪くない酒があるんだが……呑むか?』

( ,,゚Д゚)『ありがたくいただくぞ、ゴルァ』

ジョルジュから差し出された竹筒を、素直にギコは受け取った。
栓を抜き、その中身を口内に流し込む。
一飲みで筒の中身を殆ど空にして、ギコは重苦しい息を吐き出した。

『急先鋒』ジョルジュは家族を持っていない。
邸宅には老いた庭師の夫婦がいるのみであり、既にしばしの別れは告げてきた。
老夫婦もジョルジュの帰還を信じて疑わず、湿っぽい事を嫌う彼の意見を取り入れて、この場には姿を見せていない。

が、ギコはヴィップ将官で唯一の妻帯者だ。
彼の妻に対する溺愛ぶりは城下でも知らぬ者は無いほどの物だったし、無口な妻も彼を深く愛している。
にも拘らず、ギコの妻─────【紅飛燕】シィの姿はここに無く。
それが黒刀の使い手の心を、鬱蒼とした物にさせていた。



92: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:55:32.99 ID:M9rbxiAPP
( //∀゚)『で、まだ怒ってやがるのか? なんつーか……女は怖ぇよ』

( ,,゚Д゚)『あのな。本当の女の怖さってのは結婚しねぇと分からねぇぞ。
     その言葉を口に出せるうちが華だと思いやがれゴルァ』

(;//∀-)『……苦労してやがるんだな』

(#,,-Д-)『勝手に言ってやがれ、猪馬鹿』

こうなってしまった理由は非常に単純だ。
数日前から、些細な仲違い─────ジョルジュに言わせれば『傍迷惑な痴話喧嘩』をしているのである。

( //∀゚)『シィも、あー見えて結構頑固だからなぁ……』

(;,-Д-)『あぁ。まぁ、そこがまた可愛いんだけどなゴルァ』

(#//∀-)『…………ちっ』

この喧嘩が始まってから、ギコは妻と口をきいていない。
いや、聞いてもらえないと言うべきだろうか?
以来、黒刀の使い手は事あるごとにジョルジュと行動を共にしていた。
孤高を気取りたがるくせに、寂しがり屋の男である。

が、そうなると迷惑を被るのは隻眼の勇将だ。
別れを惜しむ“家族”こそ無いものの、宮殿裏の艶街に行けば馴染みの女も数人いる。
夜も更ければそんな女達の元に顔を出したいところだったが、
すぐ後ろで『妻を裏切れない』とか『愛する女は一人だけ』とかブツブツ言われれば、娼室に入り浸るのも気が引ける。
そう言った“実害”もあってジョルジュとしては2人に一日も早く仲直りして欲しかったのだが……。
結局、そんな願いも虚しく出兵当日を迎えてしまっていた。



95: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:57:13.08 ID:M9rbxiAPP
( //∀゚)『さて。じゃ、俺様はそろそろ行くとするかな』

( ,,゚Д゚)『あ? 何だよ、酒に付き合ってくれるんじゃねぇのかゴルァ?』

(#//∀-)『馬鹿言ってんじゃねぇよ。おっぱいぽよんぽよんの可愛い子ちゃんならまだしも、
     なんで無精ヒゲ生やした筋肉ダルマと2人で時間潰さねぇといけねぇんだ』

ぼやきつつ立ち上がり、すぐ側で草を食んでいた白馬の背に鞍を乗せはじめた。
それでもまだ怪訝そうな顔のギコに笑いかける。

( //∀゚)『総将ともなると色々と忙しいんだよ。
     テメェもこんなトコでグダグダやってねぇで、とっととシィを探して来い』

(;,-Д-)『余計な世話だゴルァ。終生の別れってワケじゃあるまいし……』

( //∀゚)『テメェの心配なんかしてねぇよ、筋肉チビ。
     ただ、これから出征ってのに、歩兵部隊長がかみさんとの
     夫婦喧嘩に負けてイジけてるってのは縁起悪ぃだろうが』

その言葉にギコは眼尻を吊り上げるが、
ジョルジュは彼をこれ以上相手にするつもりなど無いらしい。
愛馬に跨ると、脇腹に軽く合図をいれ、草原を駆け去っていった。



98: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:00:05.15 ID:M9rbxiAPP
『やぁ、義兄。随分なお節介、ご苦労様だね』

1町(約100m)程、駆けさせたところで突如声をかけられ、ジョルジュは愛馬の足を止めさせた。
見れば、官服に銀作りの兜と言う出で立ちの青年が、木の陰に立っている。
くりんとした瞳の上にもっさりと生えた眉は、仙者を思わせる白。

( //∀゚)『なんだよ、ショボン。盗み聞きってのは良い趣味じゃないぜ』

(´・ω・`)『目に入っただけだよ。声は聞こえていないさ』

南征軍第一軍師【天智星】ショボン。
彼もまた、自身を見送る家族の無い者の一人だ。
尤も、彼の場合は“家族”と言うべき人間は2人とも南征軍の要職に携わっている。
血縁者たる父。【常勝将】シャキンとは、聖地の何処かで再会を果たす事になるのだろうか?

( //∀゚)『……全く、イジイジしやがって。
     あの野郎の痴話喧嘩話を聞かされてると、惚気られてるみてぇで嫌になるんだよ』

(´・ω・`)『蜜菓子は見ている分には甘ったるいけど、蜜菓子自身は己を甘いと認識していない。
     ……まぁ、僕は蜜菓子になった経験は無いけど、そーゆー物さ』

言って、肩をすくめる。

( //∀゚)『面倒臭ぇな。理屈はどうあれ、菓子は甘いもんだろうが。
     だったら、ハナっから思う存分ベタベタすりゃぁいいんだ』

(´・ω・`)『……単純だね』

( //∀゚)『何言ってやがる。それが、生きてるもんの義務ってヤツだろうが』



100: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:01:15.79 ID:M9rbxiAPP
答えて、ジョルジュは馬上に振り返り、ショボンの視線を追う。
そこでは幾多の若者達が恋人と。両親と。妻と。子供達と別れを告げている。
彼らの中に己が死を望む者は1人としていないだろう。
が、あの中の何割かは確実に再びこの地を踏む事無く散っていく。
自分達が死地に連れて行く。
理想の為。未来の為。そんな御大層な謳い文句を旗に掲げ、彼らを殺すのだ。

( //∀゚)『……だからこそ、生きてるもんは死んじまったもんの分まで、精一杯生きてる事を楽しまないといけねぇ。
     そうじゃねぇと死んだ連中が浮かばれねぇんだよ』

(´・ω・`)『やっぱり義兄は単純だね。でも、その分……それは真理なのかもしれないよ』

人の輪の中に、相変わらずオタオタと走り回る黄金の頭髪と、合わせる様にオロオロしている銀色の頭髪が見てとれる。
2人の関係は複雑だ。
一度は死を装い、皆の前から姿を消した銀髪の青年。
かつての部下であり、今となっては掛け替えの無い友。
彼とももう一度、この地で酒を酌み交わしたいと思う。

( //∀゚)『そーいや、ナイト……ブーンとは一緒に艶街に行った事はあったけど、2人で酒を飲んだ事は殆どねぇな。
     しくじった。思い残しが出来ちまったぜ』

(´・ω・`)『良いじゃないか。生きて帰ってからの楽しみが増えたんだ。
     おや? どうやら、ようやくギコは探し人を見つけ出したようだね』

ショボンの言葉に、ジョルジュは顔を渋くした。
見上げれば、太陽は中天にさしかかろうとしており、城壁上では1人の兵士が銅鑼を前に時を計っている。

( //∀゚)『そろそろ、出発だな。イジイジしてやがるから時間がなくなるんだ、筋肉チビ』

柄にも無い気遣いをした事が照れ臭いのか。後頭部をボリボリとかきながら、歴戦の勇将は呟いた。



102: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:03:04.05 ID:M9rbxiAPP
( ,,゚Д゚)『……シィ』

(*゚−゚)『……』

目当ての灰色の短髪を、ギコはすぐに見つけ出す事が出来た。
人並み以上に背が低く、雑踏に紛れやすい彼の妻だが、黒刀の使い手は世界の何処にいても彼女を見つけ出す自信がある。
いや、もしかしたら彼女の方も彼の側にいてくれていたのかもしれない。

愛し合う夫婦の些細な仲違い。
それは、ギコが南征軍に組み込まれ、シィが残留組に決まった事に起因する。
この事に、彼女は猛抗議した。
無口で無愛想な彼女が、顔を異名の元となった赤い外套が如く染めあげ、クーにつかみかかった程である。

だが、ギコと離れたくないなどと言う個人的な事情で、決定は当然覆らない。
ギムレット台地の防衛と言う面で見れば、かつてキュラソー解放戦線を率いていたシィは正に適役なのであるし、
モスコー出身のギコを南征軍から外す利点は何処にも無い。
更に、ギコが妻の身の安全を考慮して、クーの味方についた事も火に油を注ぐ結果となる。
以来、シィは元々貝のように堅い口を一段と強く結んでしまい、誰とも顔をすらあわせようとしなくなっていた。

結局は、シィの可愛らしい我侭なのである。
が、生憎とヴィップには妻帯している将官は少なく、上級将官となるとギコひとり。
それどころか、女心の機微すら分からぬ者が雁首をそろえているのが現実だ。
半ば彼女の義父が如き存在であったフィレンクトは口を出そうとしないし、
新たに参入した妻帯経験者、第一騎兵部隊副長【天使の塵】フッサールは息子の嫁の性格をまるで知らない。

第一輜重部隊を率いる【花飾り】ミセリと交代しつつ南征に参加すると言う形で一応の決着はついたのだが、
こういった経緯もあって“傍迷惑な痴話喧嘩”は出兵当日まで及んでいたのである。

( ,,゚Д゚)『あの……シィ……悪かったぞゴルァ』



105: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:04:36.76 ID:M9rbxiAPP
(*゚−゚)『どうして謝るの?』

( ,,゚Д゚)『へ?』

(*゚−゚)『ギコは自分が正しいと思ったから、私の考えを否定した。自分が正しければ、謝る必要なんか無い』

(;,゚Д゚)『……すまねぇ』

多弁になるのは、彼の妻が感情を昂ぶらせている証拠だ。
【九紋竜】ギコと言えば35000を数えるヴィップ歩兵軍の筆頭。
騎兵筆頭であるジョルジュの様に五大令にこそ身を置いていないが、押しも押されぬ軍部の要である。
鬼教官としても知られており、彼が訓練に参加すると聞いただけで新兵達は泣き出しそうになるほどだ。

そんなギコであるが、どうしても克服できぬ苦手な物が一つだけある。
怒っている時の妻の視線だ。深く澄んだ湖のような瞳で見つめられると、心の奥底を。
ありもしない疚しい考えを見透かされているようで、何も言えなくなる。
この時も彼は、あたかも蛇を前にした鼠のように身動き一つとれなくなってしまっていた。
しかし。

(;,゚Д゚)『……あ』

そんなギコの眼に映る物があった。
城壁に立つ、一人の兵士。太陽を見上げながら、誰からも望まれぬ任務を果たす為、時を計っている。
そして、彼が手にしたバチを振り上げた時、ギコの心は決まった。
何も口に出せないのなら……出さなければ良い。

(;*゚−゚)『っ!! 何を……』

愛する妻の身体を、胸に抱きしめる。
それから、シィが言葉を口にしようとするより早く、その唇を己の唇で塞いだ。



107: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:06:31.50 ID:M9rbxiAPP
銅鑼の音の余韻が空に溶け込んでいく。それが完全に収まってから、ギコはそっと唇を離した。

(*゚−゚)『卑怯』

(;,゚Д゚)『……すまねぇ』

(*;ー;)『言った筈。自分が正しければ、謝る必要は無い』

ギコは妻の瞳が優しい曲線を描いているのに気がついた。
それでも堪えきれず頬を伝い落ちた涙を、そっと指ですくい取ってやる。

そこでギコは自分も過ちを犯していたのに気がついた。
シィは怒っていたのではない。不安だったのだ。
自分の夫の剣技を疑うわけではない。
けれども、不安で……寂しくて……そんな言葉を口にする事も出来なかったのだ。

( ,,゚Д゚)『やっぱり……すまなかったぞゴルァ。寂しかったか?』

(*;ー;)『うん』

( ,,゚Д゚)『これからもう少しだけ寂しい思いをさせるが……許してくれるか?』

(*;ー;)『うん』

( ,,゚Д゚)『俺は必ず生きて帰ってくる。あと……愛してるぞゴルァ』

(*;ー;)『うん』

2人に残された時間は、もう無い。
しかし、2人は許される限り。不器用な語らいを続けていった。



109: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:09:05.31 ID:M9rbxiAPP
(´・ω・`)『やぁ、御両人。仲直りは終わったかい?』

(#,,-Д-)『他人の事より自分の心配しやがれゴルァ』

( //∀゚)『何なら、陛下に頼んで出発を遅らせてもいいんだぜ?
     どうせ、最近は御無沙汰だったんだろ? 
     良い機会だから、どっかの物陰でガキ仕込んで来いよ。四半刻(約30分)もあれば4発や5発……』

(*゚−゚)『7回は余裕……死ねクズ』

結局、ギコが部隊に参列したのは、全将兵の中で最も後となった。
しかし、それを咎める者など何処にもいない。
何故なら、ギコの想いは自身の願いであり、シィの願いは自身の想いと同じ物だから。
故に、誰一人として彼らの逢瀬に口を挟む事など出来ない。
あたかも、自分達の想いを見つめなおすかのような気持ちで、人々は2人を見守っていたのである。

兵 ゚Д゚)。oO(マチ……俺、絶対デカい手柄を立てて帰ってくるよ。そうしたら俺と……)

町*゚ー゚)。oO(手柄なんかどうでも良いの。お願いだから生きて帰ってきて……)

整列を終えてからも、恋人達は視線で語り合う。
が、やがて少し前まで人の輪の中にあった黄金の王が城壁上に姿を現すと、全将兵が一斉に姿勢を正した。
ツンはその身に黄金の甲冑を着込み、竜鳳を刺繍した黒い戦外套を纏っている。
孔雀の羽を挿した兜は左脇に抱えており、むき出しの金髪が風に泳いだ。
泣き出しそうな顔で眼下に整列する将兵の顔を眺めてから、ようやく決意したかのように
支配の象徴、禁鞭を天高く掲げ、声高に叫ぶ。

ξ゚听)ξ『アルキュ王ツン=デレが全ての将官に告げます。
     時は来ました。愚かなる侵略者は我が慈悲に縋る事を拒絶し、尚もモスコーの地に居座っています。
     既に猶予はありません。我が戦士達に命じます!! 進軍せよ!! 全ての愚者に刃の裁きを!!』



112: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:11:36.70 ID:M9rbxiAPP
全ての者達が、“ある奇跡”を心のどこかで期待していただろう。
モスコーに駐屯していた国教会が軍を引き、出兵の必要はなくなったという奇跡を。
数多くの悲劇に繋がるであろう今回の出兵が、数年後には笑い話として語られる事になるであろう奇跡を。
けれども、現実には奇跡など起こらず、人の群れは静々と動き出す。

人の世に奇跡など起こりえない。
それは、歳を経れば大概の者が気付かされる真実だ。
奇跡は起こりえないからこその奇跡であり、その価値がある。
全ての物事の帰結には、必ず過程があり、起点が存在する。
その過程や起点の類を排除して突如発生する物こそが真の奇跡であり、必然と言う最強の札に対抗できる唯一のジョーカーだ。

果たして、世の奇跡と謳われる出来事の中で、一体どれ程それに値する物が存在するだろうか?
その多くが、奇跡の名を借りた紛い物。
無知と思考停止によって齎された粗悪品である。

かつて隆盛を極めた魔術師や呪術の使い手が没落していったのも、それを理由としての事であるし、
彼らに代わって事象を理屈づけて計算する戦略家や戦術家が宮中に勢力を広げて行ったのも、
そう言った“起点”と“過程”があっての“帰結”である。

しかし。それでも……人は奇跡を望むのだ。
ひょっとしたら、交戦前に国教会がいなくなるかもしれない。
突然の天変地異で戦どころではなくなるかもしれない。
もし……戦に敗れたとしても、自分の想い人だけは生きて帰るかもしれない。
そして。

ξ;--)ξ『出来れば……一人も欠ける事無く、生きて帰ってきてちょうだい』

戦を防げなかった。己の無能を詫びるかのように兵達の背に向けて頭を下げる。
黄金の獅子の呟きこそ、全ての者が最後に縋る奇跡であっただろう。
だが、その声は彼らの前途を示すかのように、虚しく風の中に消えていくのみであった。



114: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:13:33.72 ID:M9rbxiAPP
( //∀゚)『よし、出撃すんぞ!! 迷子になるんじゃねぇぜ!!』

( ^ω^)『第二軍、出撃するお』

2人の総将の号令の下、遂に南征が始まった。
【急先鋒】ジョルジュを総将とする第1軍・騎兵5000、歩兵10000は南へ。
【王家の猟犬】ブーンに率いられた歩兵1000は一旦東に向かい、ニイト公国軍と合流する。

街道や城壁上には、少しでも色濃く戦士達の姿を眼に焼き付けようと、人々が列を為していた。
彼らの背後には酒樽が幾つも並べられているが、これは飲んで騒ぐための物ではない。
魔を払い、死神の影を遠ざけんと、土地神の神台に奉納されていた清めの酒だ。
生還を祈る声と共に酒が兵士達の頭上に降りかけられ、陽光を浴びて虹を作る。
彼らは、その美しい虹の輪を潜って、死に繋がる道を歩んでいくのだ。

奇跡を望むと言うのは、裏返せばすなわち、奇跡にしか縋る物が無い状況に追い込まれている、と言う事である。
俯けば涙が零れ落ちる。
しかし、最後に見せるのは……最後に見るのは笑顔がいいから、人々は無理にでも頬をほころばせるのだ。
第1軍歩兵部隊の先頭を進んでいたギコの眼は、そんな人の列の中に愛しい小柄な身体を見つけ出した。

( ,,゚Д゚)『シィ!!』

(*゚ー゚)『うん』

( ,,゚Д゚)『モスコーには月明かりの下でだけ咲く花がある!! 俺は必ず……お前にその花を贈るぞゴルァ!!』

(*゚ー゚)『…………』



(*^ー^)『うん』



118: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:16:32.77 ID:M9rbxiAPP
ギコは思わず叫んでいた。
シィもまた、出来得る限り最高の微笑みで夫を見送る。

ミセ*゚ー゚)リ『なんか……やっぱり、あの2人って良いですよね』

ノハ*゚听)『あぁ。あたしにはお姉様がいるけど……ちょっと憧れるな』

そんな声も、ギコの耳には届かない。
共に【三花仙】と讃えられた英雄。
月下剣士が華の騎士に花を贈ると言うのは、これ以上は無い贈り物に思えた。

人々はいつまでも、いつまでも。
去って行く戦士達の後姿を、飽きる事無く見送っていたと言う。














そして、誰に想像できよう。
これが。この時が。
2人がこの世で愛を語り合った最後の時となるのである。



122: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:19:42.84 ID:M9rbxiAPP
         ※          ※          ※

( ^ω^)『……』

出立から半刻後。
【王家の猟犬】ブーンは、ふと背後を振り返った。
既に何度目かになろうかと言うほど、同じ行動を取っている。
【獅子の都】ヴィップ城は地平の彼方に姿を消し、影も見えない。
それでも、彼はその背中に自信を思い案じるかのような、暖かい眼差しを感じるのだ。

川 ゚ -゚)『どうした、ホライゾン』

そんな彼に声をかけたのは、青年に並んで四輪車を進ませる実姉。【無限陣】クーだ。
純白の鶴縫に羽毛扇と言う姿は相変わらずだが、この日は2頭の白馬に車を引かせている。

( ^ω^)『……いや、何でもないお』

川 ゚ -゚)『ならば、前を向いていろ。兵が不安を覚える。
     総将たる者の一挙一動は必ず兵の心理に影響を与えるものだ。
     出す物を出し、喰う物を喰う。そんな当たり前の行動ですら兵の心を左右すると知れ』

(;^ω^)『……おっおっ。把握したお』

姉の言葉に、青年は気を引き締めなおした。
緩んでいたつもりは一切無いが、総将と言う立場にある者として、甘さがあったのも否めない。
ブルンと首を左右に振って自身に気合を入れる。
それを見て、クーは満足そうに膝上に山と積んだ焼き菓子の一枚を口に運んだ。



125: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:21:49.54 ID:M9rbxiAPP
(,,^Д^)『いや、まぁでも大将は気ぃ張り詰めすぎないほうが良いッスよwwww
      細かい事は俺らがやるッスからwwww』

そんな姉弟に声をかけてきた者がいる。
2人の背後で葦毛の牝馬に跨った、白衣白面副長【鉄牛】プギャー百歩長だ。
筋骨隆々たる両の腕には、大人ひとりでは持って歩くのも困難であろう、頑丈そうな旗竿を掲げている。
そのそれぞれの先端には、黒地に黄金獅子の描かれた旗と、青地に白き狼の刺繍された旗が風に靡いていた。

本来、プギャーは経験や実力などからしても百歩長の座に収まっているような男ではない。
事実、ツンやショボンなどは南征にあたって彼を千歩将の座につけようと考えていたのだが、
彼自身の意思によってそれは叶わなかった。
プギャーは己の栄達よりも、どこか危なっかしいところがある総将を身軽な立場から補佐したいと訴えたのである。

そして、それはブーンにとって非常にありがたい申し出であった。
5年もの間、ヴィップ本隊を離れ秘密裏に行動していた青年を常に支えてくれたのは、この男だ。
お互いに気心も知れているし、頼れる男だと言う事も分かっている。
2年前にニイトに潜入し自身が囚われた時も、流石兄弟の網を潜り抜けて散り散りになった仲間を再組織しなおすなど、
急場にあっても平常心を失わず、時流が訪れるのを静かに待てる肝の太さも兼ね備えている。

だが、そもそも彼は自身の栄進出世には興味が無いのだ。
何故なら、彼は【白衣白面】。
血みどろの戦場に立つ事を贖罪と望み、それでも全ての戦場を憎む者。
例え、平和な日々を過ごし、時を送ったとしてもそれは変わらない。
心に燃える暗い炎は燻らず、牙は穿つ喉笛を欲し、瞳は己のどうしようもないほどの破滅を求めている。

その意味合いで鑑みれば、全ての白面兵士とは我欲の塊であり
また、それ故にたった一つの欲求を除いて、全ての事に平等に無欲である。
ある王の優れた側近が、主の覇道を行く姿を見たいと言う欲求の為に他の全てを捨てきれるように、
プギャーもまた優秀な副官の条件を兼ね備えているのだ。



130: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:24:21.43 ID:M9rbxiAPP
川 ゚ -゚)『だが、兵は皆、総将を見ている物だ。それによって軍の士気は変わってくるのだぞ』

(,,^Д^)『んなもん、今からやったって付け焼き刃っすよwwww逆に兵が困惑するッスwwww
     だったら、ありのままの大将を見せておいて戦場で大暴れした方が効果的ッスwwwwサーセンwwww』

川 ゚ -゚)『……むぅ。その考えも有りか』

その事が分かっているから、クーもプギャーには強く物が言えない。
かつての彼女にレーゼという副官がいたように、弟にはプギャーがいてくれる。
一つの組織の中において、総将とは当然重要な位置にあるわけだが、それと同程度に組織内に強い影響力を持つ者が補佐官だ。
総将の立場にあるブーンが超多数の兵を率いた経験が薄い為、本来軍師の任にあるクーが実質的な総将も兼ねねばならない。
ブーンにはプギャー、クーにはレーゼ。
2人の総将に2人の副将と言うのが、南征第2軍の編成になる。

そう。
北の大英雄モララーの子と言う事で名を知られていても、ブーンには大軍の将たる経験が少なすぎるのだ。
ツンと出会う前は一回の兵奴として生きてきたのであるし、白面の隊長となってからも精々1000人の将。
ヴィップに復帰してからは近衛侍中としてツンやクーの護衛と言った立場にあり、
時折賊の討伐に2000を率いたのが関の山と言ったところであろうか。
偉大な父の名が知られすぎているが為、南征において総将と担ぎ上げられてしまったが、やはり急ごしらえの感は否めないのだ。
ならば、プギャーの言うとおり、ありのままの姿でいさせた方が余計なボロを出さぬかもしれない。

(,,^Д^)『つか、出すもんは出して喰うもんは喰うって、なんか卑猥っすねwwww陛下相手に何するつもりッスかwwww』
  _,,_
川 ゚ -゚)『あ?』
   _,,_
( ^ω^)『お?』

(;,^Д^)『…………サーセンwwww』



132: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:26:18.21 ID:M9rbxiAPP
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

川 ゚ -゚)『ところで、ずっと疑問だったのだがな』

( ^ω^)『お?』

突如、ヴィップ国軍務令・ニイト公こと【無限陣】クーが口を開いた。諸将の視線が一斉に彼女に集まる。

川 ゚ -゚)『何故、男子は自慰行為の事を“抜く”と表現するのだ? あれは“出す”物ではないのか?』

爪ii- -)『何を言い出すのよ一体……知るはずが無いでしょう……』

爪*゚∀゚)『やはー』

時は、出征より2日後。所は、ヴィップとネグローニの領境に設立された幕舎内である。
夕餉を口に運んでいた一同は、クーの疑問が実にどうでも良い事であった事が分かると、呆れたふうにガックリと肩を落とす。
そして、乾し肉を浮かべたシチューを匙で口に運ぶ作業を再開した。
どこか遠くで夜の鳥が、ほうほうと鳴いている。

この日の夕刻、ヴィップを出た南征第2軍は、無事ニイトを出立した騎兵3000・歩兵6000と合流した。
今宵はそれを祝して全将兵の食事に肉が出されており、普段は割った“包”や豆を浮かべた麦粥が主である。
余談だが、当時の長旅には乾し肉が携帯食として欠かせなかった。
持ち運びが易く、疲労回復にも効果がある。
また、水で戻せば十分に肉の食感を楽しめるし、その水も肉の味が染み出して上質なスープの元となる。
更に言えば、塩をたっぷりと擦りこんだ乾し肉はアルキュ島において、
正規ルートを通さない塩の流通法としての役割も担っていた。



135: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:28:32.66 ID:M9rbxiAPP
( ´_ゝ`)『そう言えば……海の民では“手”が“友”だから“抜く”のだと言われていたな』

爪ii- -)『食事中に止めてくれないかしら……最悪』

一際真面目そうな顔で答える兄者の隣で、麦粥をチビチビと啜っていたレーゼが、手にしていた匙を卓に放り投げた。
ちなみに、彼女の皿にだけ肉が入っていないのは、出兵支度にまつわるゴタゴタで徹夜が続いた彼女が、
『夜に肉を食べると肌が荒れる』と主張した為だ。
レーゼの皿に浮かぶはずだった肉は、そう言った敏感さとはまるで無縁な彼女の妹の胃袋に、既に納まっている。

爪*゚∀゚)『やは? もう食べないんですかネ?』

爪ii- -)『……食欲なくなっちゃった。食べていいわよ』

爪>∀<)『やりぃっ!! ちゃんと食べないからレーゼはおっぱい失敗ちっぱい惨敗になるんですヨ!!』

キッと睨み、皿を取り返そうとするが、もう遅い。その時にはリーゼは皿を抱え込むようにして、粥を口に流しこんでいる。
長旅の必需品とは言え、乾し肉は高級品だ。
下級兵卒には10日に一度。長職にある者に対しても、特別な事が無い限り、5日に一度てのひら大の物が支給されるに過ぎない。
そのような環境下であるから、肉の味が染み出した粥を一度でも手放したレーゼにリーゼを責める権利などない。
尤も、自分では隠しているつもりのコンプレックスをいじられて、怒りを覚えた経済の専門家を非難する権利も誰にも無いのだけれど。

( ^ω^)『そう言えば……僕も疑問に思っていた事が一つあったんだお』

爪#- -)『……何かしら? もし、くだらない事だったら……削ぎ落とすわよ?』

(;^ω^)『おぉっ!?』

こめかみに浮かんだ青筋を小刻みに痙攣させるレーゼを見て、青年は思わず息を飲む。
が、彼の疑問は彼女の言う“くだらない事”に区分される物ではない筈だから、
少しだけ戸惑いの表情を浮かべた後、言葉を続けた。



138: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:32:16.59 ID:M9rbxiAPP
(;^ω^)『ど、どうして、アイラじゃなくてカリラを経由するんだお?』

爪゚ー゚)『ちょっと表出r……え? あぁ、その事でしたか』

一瞬、腰の刀に手を当てて立ち上がりかけたレーゼであったが、青年の言葉を脳が理解すると表情をパァと輝かせた。
余程、己の味方が現われた事が嬉しかったのだろう。

さて。彼らは、旧ヴィップ・旧ニイト・モテナイ王国、3つの領境となる地点に宿泊している。
ここから南下してカリラに入り、そこからバーボン城に向かう訳だが、そうなると幾つか問題が出てくるのだ。
まず、ネグローニ山地付近は勾配があり、大軍の移動には適さない事。
そして、カリラからバーボンに進むには大地の裂け目を時計回りに迂回せねばならず、
兵馬の疲労や移動日数を考えれば最適のルートとは言えぬ事である。

ならば、ヴィップ領内から直接南下してバーボン領に入り、アイラを経由してバーボン城に入った方が日数的に早い。
ギムレット南部山地を通過せねばならないが、それでも大幅な時間短縮である。
実際、ツンやブーンがギムレット台地に入る際も、後者のルートを使用しているのだ。

ル∀゚*パ⌒『確かに……地図を見る限り、遠回りとしか思えないにゃ。何か意味があるのかにゃ?』

既に食事を終え、両手で温めた酒を注いだ碗を包むように持っていたアリスが、青年に続いた。
マタヨシ教の信者は肉と言えば羊を好んで食し、豚は穢れていると言って嫌うのだが、
彼女の場合はそれは当てはまらない。豚でも牛でも構わず口に入れる。
“郷に入れば郷に従え”と言うわけではなく、マタヨシの信者にも色々いるという事だろう。

川 ゚ -゚)『人に会いに行くのだ』

(;^ω^)『人? 誰だお?』

その言葉にクーは答えない。
『楽しみにしていろ』とだけ言って、唇を軽く持ち上げた。



139: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:33:49.42 ID:M9rbxiAPP
翌朝。陣を畳んだ南征第二軍は、領境を南下。
カリラに向けて出立した。

山岳地帯でなく、台地の裂け目に沿って整備された街道を通っているのだが、それでも勾配のある道は疲労を蓄積させる。
中部特有の朝靄が火照った体に纏わりつき、誘い出されるように汗が噴き出してくる。
とは言え、山岳地帯を越えるまでは南風の影響も殆ど無い為、
多くの兵士が綿入れを着込んだまま、汗をひた流すと言う状態に陥っていた。

( ^ω^)『全軍停止するお!! このあたりで四半刻(約30分)休憩するお!!』

1刻(約2時間)進むごとに、山陰や風の心地よい場所を選んで、兵を休ませる。
故に進軍は遅々とした物となったが、気にはならなかった。
士気さえ低下していなければ、山岳地帯を抜けてから遅れは取り戻せるであろうし、
兵奴としての経験から、どの程度までの無理であれば兵が受け入れるかは十分に分かっている。

( ^ω^)『濡れた綿入れは着たままでいちゃ駄目だお。今のうち、しっかり汗を拭いて着替えておくんだお』

兵を休ませている間も、ブーンは馬を駆けらせ、兵を見て回った。
特に長期遠征の経験が無い兵達が体調を崩さぬよう、長職にある者達に指示を与える。
差し迫った問題と言えば、まずは水だ。
北部を抜けると、徐々に水質は柔らかくなってくる。
いきなり硬い水を飲んだ時ほどではないだろうが、慣れぬ水を飲んだギムレット出身の兵達が腹を壊さないかが心配だった。

(,,^Д^)『勝手に水を飲めない行軍中は、こいつを口の中で転がしておくと良いッスよwwww唾液が溢れて来るッスwwww』

ここでも、プギャーはブーンに従って若い兵に声をかけて回っていた。
平時には小物屋を営んでいる男の話を、兵達は真剣に聞き入っている。
この時、プギャーが配っているのは、ヴィップ出立前に集めた、川底の小石だ。
すっかり角の取れた小石は口内を傷つける事も無く、口の中を潤してくれる。
これもまた、些細な事ではあるが数多くの戦場を渡り歩いてきた者だけが持つ知恵だった。



141: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:36:23.57 ID:M9rbxiAPP
やがて、この日最も困難になるであろう登り坂を越え、カリラ城の遠影が姿を現した。
カリラからバーボンまでの距離は長く、この日はカリラ城外に陣をひく予定となっている。
急な下り坂は上りよりも体力を消費するが、それでも目的地が視認出来るのと出来ないのでは士気は大きく変わってくる。
坂上で足を休ませていた兵の顔にも、微かな微笑みが戻ってきていた。

(´<_` )『うむ。先の休憩で全兵に綿入れを脱がせておいたのは正解だったな』

空を見上げていた弟者が誰に言うでもなく呟く。
平坦に塗りたくったような青空に浮かぶ太陽は燦々と地上を照らし、彼らを悩ませた朝靄など影も見当たらない。
中天に輝く光球は僅かに西に傾きつつあり、あと二刻もすれば強く引き寄せられるように沈んでいくのだろう。

( ´_ゝ`)『だが、この程度で悲鳴をあげられては敵わんぞ。モスコーの蒸し暑さはこの比では無いからな』

爪;゚ー゚)『嫌になっちゃうわね。でも、雨に降られないのは運が良かったわ』

爪;゚∀゚)『やは〜。もし、リーゼが干物になったらおっぱいがレーゼと同じになっちゃいますよ』

爪#゚ー゚)『それは……どういう意味かしら?』

珍しく衣服を着崩し、首元からパタパタと風を送り込みながら、レーゼが妹を睨みつけた。
そのリーゼと言えば、戦外套を脱いでいるだけでなく、服の袖は肩までまくりあげ、
脚袢などは足の付け根の辺りから、ばっさりと切り落としてしまっている。

北の生まれ・北の育ちと言えば、彼女らがその代表例だ。
2年前までは北部どころかニイト領から足を出した事も無く、寒さには強いが暑さには滅法弱い。
対照となるのが、アルキュ全土を旅して回っていた流石兄弟や、南の大陸出身のアリス=マスカレイドであろう。

金竜の月後半から雷竜の月前半は、一般的にアルキュでは雨季にあたる。
ヴィップ城出立の数日前にも、この島は熱気を洗い流すような豪雨に襲われ、南征に向かう者達を心配させた。
しかし、いずれは雨天での戦いも覚悟せねばならぬだろう。



143: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:37:26.87 ID:M9rbxiAPP
( ^ω^)『どうやら……問題なく日没までにカリラに到着しそうだお』

将兵達の声を耳に、カリラ城の遠影を眺めていた青年が、ホッとした様に漏らした。
出立を前に地図を渡されてはいるが、丸めたままで開こうともしていない。
どのみち、地図上からカリラまでの距離を判断する技術など持っていないのだから、
中途半端に頼るよりも己の勘と経験を信じぬいた方が良い。
そう考えての事だった。

川 ゚ -゚)『……ホライゾンよ。地図も見ないで判断するとは、少し早計では無いか?』

( ^ω^)『おっおっ。問題ないお。みんなの声を聞いていれば、あとどれくらい進軍速度を上げられるか。
       十分に分かるもんだお。雨の匂いもしないし……街道が塞がれてでもない限り2刻半(約5時間)で到着する筈だお』

笑いかける愛弟を前にして、それでもクーは訝しげな顔を崩せない。
ある物事を判断する時、黒髪の戦術家が拠り所とするのは、徹底してその知識である。
例えばこのような場合であれば、地図を睨み、それまでの兵の行動や雲の動きなどから、進軍速度をはじき出す。
彼女を支えてきた物は、その卓越した智であり、その意味では弟と正反対であるのだ。

とは言え、彼女が兵の姿を鑑みないと言うわけではなく。
ただ、単にそれが己の中の分析力に頼るところが大きいと言う話である。
壮絶な過去を背負ってはいるが、【天智星】ショボン同様にやはり彼女も支配者階級の出身。
最下級層である兵奴としての生活を送っていた銀髪の青年のように、周囲の兵の気持ちを計り知る事など出来ないし、
“雨の匂い”などと言う不確かな物から天候を読む事など出来はしない。

この進軍の途中でも、彼女一人が膝の上に焼き菓子を積み上げていたり、すれ違った商人から蜜柑を買ったりしているが、
それでも兵の反感を買わないのは、その行動に悪気がない事を皆が知っているから。
机上の知識からとは言え、兵を労わる事を彼女が疎かにしないからである。
多少の欠点や悪癖を持ってはいてもある分野で優秀な指導者がこそ、国を導いていけるのは古今において変わりがなく。
欠点や悪癖だけしか持たぬ無能者が支柱となった時、国は崩壊の一路を辿る。
諸兄らの中にも心当たりのある者は多いのでは無いだろうか?



145: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:40:05.21 ID:M9rbxiAPP
( ^ω^)『それじゃ、進軍開始するお。次の休憩は山岳部を抜けてからだお』

青年のどこか気の抜けた号令と共に、進軍が再開された。
彼らの目指すカリラ城は、通称【炎の街】と呼ばれる都市である。
大地の裂け目に近い為か地下水に恵まれ、北のラウンジから分け与えられた鉄の大半がこの街に集まる。
そして、鍋や鎌などの日用品。もしくは刀剣・甲冑などに加工されるのだ。

アイラ、ネグローニ、バーボン、オルメカ、デメララと言ったリーマン族勢力下にある主要都市の中心に位置し、
その戦略的重要性を知るヒロユキは、この街の奪還後に大号令を発している。
また、余談ではあるがカリラは【急先鋒】ジョルジュの生誕地であり、
革命の終結を待たずして戦死した彼の亡骸は【炎の街】付近の乳頭山に手厚く弔われた。
後に彼がその功績から『男子健康』『安産』の神として祀られるようになると、多くの人々がかの地を訪れるようになる。
産業革命によって、貿易の中継点としての価値をアルキュが失うと共に、カリラもまた鍛冶の街としての役目を終えるのだが、
偉大なる死神の大鎌の振るい手は、今もなお生誕の神として己の郷里を守り続けているのだ。

やがて彼らは山岳部を抜けきり、平坦な道に入る。
目的地となるカリラはもう目と鼻の先であり、足を重くしていた兵達も最後の元気を取り戻した。
それを見た将官達も、一日の肩の荷を降ろせるのも近いと、表情をほころばせる。
だが、それもまたすぐに緊張で硬く引き締められる事となった。

(;,^Д^)『ちょwwwwあれってwwwww』

川 ゚ー゚)『驚いたか? だが、言っただろう? 人と会う予定があると』

【炎の街】の北門を背に、3人の騎士が彼らの到着を待っていたのである。




/ ゚、。 /『…遅かったな。そろそろ帰ろうかと思っていたぞ』



150: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:43:27.34 ID:M9rbxiAPP
/ ゚、。 /『…戦装ゆえ、面倒な礼は省略させてもらうぞ。文句はあるまい、無限陣』

川 ゚ -゚)『あぁ。その方がこちらもありがたい。だが、本当に貴様自身が来るとは思わなかったぞ。
     病に倒れたと聞いていたのだがな……随分と元気そうではないか』

/ ゚、。 /『…そうでもない。今にも倒れてしまいそうさ』

クーの刺すような皮肉などまるで意に介さず受け流す。
漆黒の巨馬に跨り、甲冑は闇の色。夜を切り取ったかのような戦外套をまとい、深く被ったフードに白塗りの仮面。
それが、銀髪の青年が初めて目にするモテナイ王ダイオードのいでたちであった。

背後に控える小柄な騎士もまた、主と似た格好だが、彼の外套には風に散る桜の花弁が刺繍されている。
化粧をすれば少女と間違えられる事も多いであろう、幼い顔の右頬に2本の刀傷。
ダイオードの身体を労わるかのように、黒塗りの大傘を手に影を作っていた。

残る1人は茶色い髪を三つ編みにし、手巾を巻いた少女である。
将官職にある者としては珍しく外套は身に纏わず、身につけているのは太腿まで顕わな短い衣と、簡素な胸当てのみ。
腰には明らかに安物と分かる鞘に包まれた短剣と、皮製の矢筒を吊っている。
左腕に弦を張った長弓を下げる姿は、戦士と言うよりも村の狩人と言った風体であり、
乗馬に慣れていないのか落ち着きのない騎馬を宥めるのに四苦八苦していた。

(;^ω^)『人を待たせてるって……モテナイ王だったのかお』

川 ゚ -゚)『あぁ。目的を同じくするとは言え、アルキュの正統なる王に仕える我らが
     堂々と接触を持つのも躊躇われる相手なのでな。公言は避けねばならなかった』

言って、クーはわざとらしい咳を一つした。

川 ゚ -゚)『まずは紹介しておくぞ、ダイオード。この者の名は、ニイト=ホライゾン。
     ニイト公モララーと王妹ペニサスが一子。そして、最後のニイト王だ』



152: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:45:04.24 ID:M9rbxiAPP
(;,^Д^)。oO(ちょwwwwあの2人、知り合いなんすかwwww)

( ´_ゝ`)。oO(む? まぁ……当然と言えば当然なのだがな)

小指で耳をほじりながら、隠密はプギャーの囁くような問いに答えた。
レーゼにジロリと一瞥され、惜しそうに耳垢をふぅと吹き飛ばす。

大規模ではないにしろ、クーが王位にあった頃のニイトとネグローニは通商上の繋がりを持っていた。
経済都市として生まれ変わったニイトに商人達が出向くには、どうしてもギムレット台地かネグローニ山地周辺を経由せねばならない。
が、当時のギムレットにおいては【金獅子王】ツン=デレも地方の一勢力に過ぎず。
また、クーの個人的感情から、ヴィップ領内のみ闇市は開かれていなかった。
ネグローニもまた、かつての経済破綻状態からの復興を果たしておらず、ダイオードは安定した供給を求めて。
クーは通商ルートの保護を求めて、手を取り合っていたのである。

そして時は流れニイトはヴィップと和睦し、連合化を果たす。
しかし、ヴィップはモテナイという国家とダイオードの即位宣言を受け入れていない。
アルキュ島の王は彼らの主【金獅子王】ツン=デレ1人と言うのが彼らの認識だからだ。

故に、ヴィップとモテナイは国交上の繋がりを持った事はなかった。
ヴィップからすればモテナイとは唯一無二の存在である筈の王を名乗る逆臣であったし、
モテナイからすればヒロユキの血を引くツンは、かつて同胞を滅亡寸前まで追い込んだ仇の子である。

尤も、モテナイ族が滅びかけたのは【全知全能】スカルチノフによるリーマン族との離間の計による所が大きく、
当時のモテナイの戦士達を殺しつくしたのはリーマン族であったのだが、
ヒロユキはそのリーマン族と和睦し、支援を受ける形で王位についている。

つまるところ、モテナイの者がツンに向けている感情は見当違いな八つ当たりに等しいのだが、
どれほど神聖国教会の存在が驚異であるとは言え、金獅子王の大号令に従う事はモテナイの者にとって耐え難い屈辱であろう。
それ故、過去に結びつきのあったクーとダイオードの個人的な会合と言う形で、両者の再会は行なわれたのだ。



153: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:47:50.71 ID:M9rbxiAPP
/ ゚、。 /『ニイト王……お前がモララーの子だと言うのか……?』

川 ゚ -゚)『あぁ、そうだ。12年もの間行方が知れなくなっていたが、2年前に無事帰還した……我が弟だ』

そして、銀髪の青年、ニイト=ホライゾンがニイト王の座に就いていたのも、まぎれもない歴史上の事実だ。
両国が合併する際、クーはヴィップの1領地となるニイト人民の心中を考慮して、まず実弟である彼に王位を禅譲している。
“獅子の友”“白面を継ぐ者”“大英雄が残し形見”と両国で人気の高いブーンを緩衝材とする事で、
一つになる両国内に不要な諍いが起こらぬようにしたのだ。
ただの一日。王位を譲る為だけの任を持った王とは言え、それでも彼が最後のニイト王であった事に変わりはない。

( ^ω^)『……』

だが、そんな自身の境遇の事よりも、青年の意識は別の方向に向けられていた。
【狂戦士】と呼ばれていたとは思えぬほど細く、比較的小柄な体つきをした仮面の王。
骨の浮いていない手首を見れば、その体格が病によって痩せ細ったもので無い事は察しがつく。
そして、仮面の奥に輝く瞳は、確かに自身に向けて輝きを放っていた。

/ ゚、。 /『…ニイト……ホライゾン。そうか、お前がそうだったのか……』

(;^ω^)『お?』

/ ゚、。 /『…話には聞いていた。無限陣とクs……金獅子王の仲を取り持った者がいるとな。
     そいつは風よりも早く走り、かの聖剣【勝利の剣】を振るうと言う。
     ニイト=ホライゾン……その名前だけでは分からなかったよ』

(;^ω^)『あの……言ってる意味が分かりませんお』

/ ゚、。 /『…そうだな……だが、仕方ない。もう、あまりにも……違いすぎる』

言って、ダイオードは天を仰ぎ見る。しばらく青空を眺めた後、唐突に黒髪の軍師へと顔を向けた。



157: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:50:51.55 ID:M9rbxiAPP
/ ゚、。 /『…久し振りだな。7年振りか』

川 ゚ -゚)『いや、6年だ。最後に顔を会わせたのは、私がニイト王となった年だからな』

くもぐった響きの声を、クーが訂正する。

/ ゚、。 /『…あの頃は、このような形で再会するとは夢にも思わなかった。だが、これも宿命というべきなんだろうな』

川 ゚ -゚)『あぁ。当時、王の座にあった私は一介の臣となり、一介の臣であった貴様は王の座にある。運命とは分からぬものだ』

/ ゚、。 /『…再会は戦場だと信じて疑わなかったよ。不思議なもんだな』

と、そこでクーは仮面の王の意識が、自身に向かっているようでその実は、己の背後に向けられている事に気付いた。
果たして振り返れば、そこにはただ呆然と立つ実弟の姿がある。

川 ゚ -゚)『ホライゾン……ダイオードを知っているのか? 幼い頃、一度だけ王都で会った事がある筈なのだが……』

(;^ω^)『…………。いや、初めて会う……筈ですお』

姉の問い掛けに、青年は平坦な声で答えた。

しかし、だ。
不思議と何かが懐かしいのだ。心が何かを叫ぶのだ。
それが、何なのかは分からない。
しかし、その“何か”が全身を氷のように冷やし、血を熱く滾らせ、何かを告げようとしている。

(;^ω^)『でも……僕は……ネグローニで兵奴の訓練を受けたから……何処かですれ違ってるかもしれませんお』

が、それでも、その“何か”の正体が分からない。
故に彼には、自身を無理矢理に納得させるような、重い呟きを漏らす事しか出来なかった。



160: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:53:15.97 ID:M9rbxiAPP
/ ゚、。 /『…それで良いさ。今はまだ、相応しい時じゃないからな』

(;^ω^)『……?』

言葉の真意がつかめず、青年が口を開こうとしたのを制するように、ダイオードがスッと片手を挙げる。
おそらく、それが合図であると前もって決められていたのだろう。
背後に控えていた狩人風の少女が、前に出ようと馬の腹に合図を入れた。
が、馬は相変わらず首を振るって抵抗し、やむなく彼女はその背から飛び降りる。
慌てたふうに両の手を胸の前で組み、頭を下げた。
それを見届けてから、ダイオードは口を開く。

/ ゚、。 /『…本題に入ろうか。戦には出られそうに無いが、糧道の守備は任せてもらおう。
      約束の兵5000と10万本の矢は既にバーボンへ向かわせた。現地で合流するが良い。
      それと……兵を率いる将がいるだろう?』

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi『スパムと申しますです。モテナイでは遊撃部隊の千歩将を任されておりますです。
       どうぞ、宜しくお願いいたしますです』

(;^ω^)『……?』

姉に向けて語る口調が、何処か硬くなったのは、青年の思い過ごしであろうか?

/ ゚、。 /『…喜べ、無限陣。ニイト=ホライゾン。スパムの父は【勝利の剣】モララー。
      つまり、貴様ら2人の妹と言うことになる』

川;゚ -゚)『なっ!?』

(;^ω^)『おっ!?』

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『ダ、ダイオード様っ!!』



163: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:55:53.72 ID:M9rbxiAPP
爪;゚ー゚)『……まさか、本当にモララー様の……』

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『あ、いや、それはですね……』

(;´_ゝ`)『モララーは各地に妻を持っていたと言われるが……』

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『あの、そのですね……話を聞いてもらえませんです……か?』

ダイオードの告白に諸将が色めきだった。
【勝利の剣】モララーが“その分野”においても類稀な英雄であった事は広く知られている。
そして、彼が幼馴染であるクルウとの間に生した子は長じて【無限陣】クーとなり、
王妹ペニサスに産ませた子は【王家の猟犬】ホライゾンとしてヴィップの重鎮の座に就いているのだ。

スパムがモララーの落とし種であるとしたら、彼女もまた父より偉大なる才を継いでいる可能性が高い。
いや、そうでないとしても、人々は彼女を崇め、奉るだろう。
彼の残した数多くの伝説と功績は、それ程の価値を持つ。
北の大英雄の子と言う肩書きは、それのみでこの島の力関係を左右してしまえるまでに危険な魅力を秘めているのだ。
ちなみに現在。
モララーの子孫は“御三家”と呼ばれる直系を除き、殆ど残っていない。
それは、後の人々があまりにも“モララーが御落胤の末裔”を自称した為、そのありがたみが薄れてしまったからである。

爪*゚∀゚)『やは〜。あちこちに種を撒き散らして……タンポポみたいな人だったんですネ?』

川;゚ -゚)『…………』

堪らず顔を見合わせあう将官に囲まれ、クーはただひたすらに絶句していた。
そして、銀髪の青年はただ1人、平静を崩さずダイオードの次なる言葉を待つ。
何故なら、仮面の下に覗く瞳が、どこかイタズラな輝きを湛えているのを見てしまったからだ。

/ ゚、。 /『…戯れだ。どうやら柄にもなく気が昂ぶっているらしい。許せ』



165: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:59:26.92 ID:M9rbxiAPP
ル∀゚*;パ⌒『は?』

川;゚ -゚)『……戯……れ?』

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『は、はいです!! あたしの父様はモララー様と言うか、モララー様だったらいいなぁ……とか』

川  ー )『……は……はは……そうか、戯れか……。はは……これは、なかなかに傑作だ』

俯き加減に下を向き、肩を震わせる。
そして刹那。
空気がざわめき、諸将はぎょっと目を見開いた。
がしゃん、と重い鉄の音を響かせ、クーが立ち上がる。

川#゚ -゚)『この私が許せぬ物が、この世には3つある。
     一つが、不味い飯!!
     一つが、食料を粗末にする行為!!
     最後が、我が同胞と家族を嘲る行いだ!!
     貴様はこの【無限陣】の逆鱗に触れた!!
     その理由如何を問わず、今すぐこの場で肉片に変えてくれよう』

爪;゚∀゚)『3つのうち2つがご飯の話ってどうなんですかネッ?』

爪;゚ー゚)『そ、そんな事どうでも良いのよっ!! 手伝いなさいっ!!』

黒髪の戦術家が仮面の王に蹴りかかろうとしたところを、左右から二組の双子が飛びかかり、四輪車に押し戻した。
それでもクーは隙あらば彼らをはねのけて黒犬の喉笛を喰い千切らんと、瞳を爛々と輝かせている。
そんな中、1人状況を見守っていた青年が、ダイオードに向けて歩を踏み出した。

( ^ω^)『……どういう事だお? 父様を馬鹿にすればどうなるか……分かっていたんじゃないのかお?』



169: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:02:46.10 ID:4GjOAcWpP
/ ゚、。 /『…言っただろ? 冗談さ』

( ^ω^)『言って良い冗談と悪い冗談があるお。
       もし、喧嘩を売るつもりなら……』

/ ゚、。 /『…やるか? まぁ……それも悪くない』

言うや、ダイオードは腰に差していた2本の短槍を引き抜いた。
振るえば必ず敵の心の臓を貫くと言われる呪いの槍と、子を間引く際に使われたと言う魔の槍。
青年もまた、背負っていた聖剣を包む布を払い捨て、身構える。

(;,^Д^)『ちょwwww大将、あんたまで何やってんすかwwww』

(# ^ω^)『プギャー……父様を冗談のネタにされて面白くないのは、僕も同じだお』

“勝利の剣”をゆらりと天へ掲げるように構えるブーンと、
双の手にした短槍をだらりと下げたダイオード。
【王家の猟犬】と【魔犬の末裔】は静かに。だが、激しく火花を散らせて睨み合う。
やがて、青の聖剣と朱の魔槍。白を纏った青年と黒に包まれた騎士、
両雄に挟まれた空気が軋みをあげるかと思われた瞬間、ダイオードがふぅと息を吐き出した。

(# ^ω^)『お?』

/ ゚、。 /『…やめよう。さっきも言ったが……今はまだ時が来ていない』

1人、さっさと短槍を腰に戻し、降参とばかりに両手を軽く上げて見せる。
戦意を削がれた青年が少し戸惑いの表情を浮かべるのを余所に、剣気で乱れたフードを整えた。

/ ゚、。 /『…だが、俺は嘘だけは言ってないぜ。スパム、お前の口から説明してやれ』



174: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:05:39.78 ID:4GjOAcWpP
ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『ひゃ……はい、です!!』

いきなり声をかけられ、どうしていいものかマゴついていた少女が、素っ頓狂な声をあげる。
予告も無しに群衆の前で演説を命じられた者がするように、
軽く咳払いをしてから、慎重に言葉を紡ぎ出した。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi『あの……あたしはカルア村……昔のネグローニとニイトの領境にある村の出身です。
       父さんはいなくて……母さんも、あたしを産んですぐに死んでしまいました』

少女の説明は、そう長い物ではなかった。
彼女を育てた祖父は、両親の顔も知らぬスパムを哀れと思ったのだろう。
父は北の大英雄モララーであると聞かせて少女を育て、彼女もまたそれを信じて成長したと言う。
長じた今となれば、それが自身を慰める為の罪の無い嘘だと理解できるが、
だからと言ってその全てを否定してしまう事など、出来よう筈もない。

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『多分……あたしの本当の父さんは異名も無い兵隊さんか、行商人だと思いますです。
        でも、やっぱり……モララー様が父さんだったら素敵だなってのは変わらなくて……。
        あの、心の中だけで良いんです!! モララー様を父さんと呼ばせていただけないでしょうか!?』

/ ゚、。 /『…あざけられたと思うなら、それは詫びよう。
      だが、スパムは祖父の言葉を信じ、モララーこそが己の父であると思い焦がれて生きてきた。
      血の繋がりはなくとも、モララーをまだ見ぬ父と信じて、心の中でそう呼び続けてきたのだ。
      ならば、俺の言葉の全てが嘘とも言い切れんだろう?』

川#゚ -゚)『…………ち』

その言葉に一応は納得をしたのだろう。
が、一度噴き上がった怒りをどうやって処理すれば良いのか分からず、クーは聞こえよがしに舌を打つ。
感情的になりやすいと言う彼女の欠点は一向に治っていないのだ。
しかしそれでも、なんとか流血沙汰だけは回避されたから、一同はとりあえずホッと胸を撫で下ろした。



176: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:08:13.45 ID:4GjOAcWpP
/ ゚、。 /『…それでどうする、ナイト=ホライゾン? まだ納得できないと言うなら、今度こそ相手になってやるぜ?』

(;^ω^)『お……おぉっ?』

と、そこで青年は自分が聖剣を構えたまま、立ち尽くしているのに気がついた。
慌てて蒼の大剣を引き戻す。
それを見てから、仮面の王はやや残念そうに言葉を続けた。

/ ゚、。 /『…異名を【天光弓】。モテナイでは祖父殿の情と【勝利の剣】モララーに敬意を表して、天光弓姫とか、姫と呼んでいる』

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『あの……あたし、ただの村娘ですので……本当は姫って呼ばれるのは勘弁して欲しいです』

/ ゚、。 /『…弓の腕前だけは俺が保証しよう。鍛えてやってくれ』

( ^ω^)『……』

チラ、と姉に視線を向けると、クーは薄い唇を子供のように尖らせながらも首を縦に振った。
ブーンとしてもダイオードが父モララーを愚弄したのではないとさえ分かれば、何一つ異論はない。

実を言えば、総将ブーンや軍師クー。白面副長プギャーを除けば、第二軍の将は指揮経験が些か乏しい者で構成されている。
意外なほど何でも卆なくこなす兄者は例外として、専門的な将といえばリーゼ1人と言うのが現実なのだ。
彼らの進む先はフッサール派の拠点たるスピリタスであり、その活動内容も直接戦闘より敗残兵の吸収や
潜入による内部との呼応など搦め手が多くなると読んでの事である。
国教会軍との直接戦闘はジョルジュ率いる第一軍や、ニダー率いるリーマン本隊が多く受け持つ事になるだろう。
が、補佐的活動が多いであろうとは言え、やはり何が起こるか分からないのが戦場だ。
専門的な将が増えるというのは、ありがたい話であった。

( ^ω^)『分かりましたお。こちらこそ宜しくだお、スパム姫』

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『……あうあうぅ』



179: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:10:21.14 ID:4GjOAcWpP
それで、野上の会談は終わった。
その事を意思表示するかのように、ダイオードの背後に控えていた黒騎士が手にしていた大傘を閉じる。
全く言う事を聞こうとしなかったスパムの愛馬は、プギャーの手にかかると嘘のように従順になり、
狩人はひたすらに平身低頭している。
仮面の王は漆黒の巨馬の腹に軽く蹴りを入れ、クーもまた兄者に四輪車の向きを変えるよう命じた。
だが。

(;^ω^)『ちょ、ちょっと待ってくださいお!!』

/ ゚、。 /『…なんだ? まだ、何か用があるのか?』

すれ違ったダイオードの背に向けて、慌てたふうに叫ぶ。
青年には、どうしても確かめねばならぬ事が一つだけあった。
失地の民が平穏の地となったモテナイ王国。
彼の地には、かつて己を裏切り、袂を分けた男が身を置いているという。
以来、自身の出生の秘密やニイト・ヴィップの連合化、ネグローニの独立など様々な出来事があった。
しかし、口に出さねど、その者の事を忘れた事など一度もない。

(;^ω^)『モテナイには僕の友達がいる筈なんですお』

/ ゚、。 /『………友達?』

そう。
7年間、捜し求めていた友なのだ。
7年前に姿を消して以来、微かに伝え聞く噂以外に消息のつかめなかった友なのだ。
ならば今、手を伸ばさずにいつ手を伸ばせと言うのだろう。

(;^ω^)『ドクオって名前ですお!! ドクオは……元気でいるのかお!?』

/ ゚、。 /『………』



182: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:12:46.87 ID:4GjOAcWpP
巨馬の鞍上で、青年に背を向けたままダイオードは微動だにしなかった。
ただ、沈黙だけが流れる。
かつて、ブーンから“友達”の話を耳が苔生すほど聞かされていたプギャーが、
少しだけ複雑そうな顔で2人を見つめていた。

(;^ω^)『おっ?』

やがて、ダイオードがゆっくりと首だけで青年に振り返る。
その仮面の下の眼光は、少しだけ嬉しそうで、少しだけ悲しそうに、青年には思えた。

/ ゚、。 /『…元気さ。いずれ戦場で合間見える事もあるだろう』

(;^ω^)『!! それじゃ、それじゃ……ドクオは今、何処n』

/ ゚、。 /『…だが!! その男はお前を裏切ったんだろう!? 刃を交え、道を違えたんだろう!?
      それでも……それでも、お前は友と呼ぶのか!?』

ここにきて、これ以上は感情を抑えきれぬとばかりにダイオードが声を荒げた。
激昂したクーやブーンを前にしても淡々としていた男の突然の豹変に、諸将は目を丸くする。
しかし、その問いは自身の中でも幾度となく反芻しつくしてきた物であったから、銀髪の青年は静かに首を縦に振った。

( ^ω^)『そうだお。ドクオは僕を裏切って……ツンを殺そうとしたお。
      あれから何年もたって……多分、お互いにあまりにも変わり過ぎてしまっている筈ですお。
      もう…………昔には戻れない。それは分かっているつもりですお』

/ ゚、。 /『…そうだ……その通りだ!! ならば、どうして……』

( ^ω^)『それは……僕達2人が、あの頃とは変わりすぎているからだお。
       あの頃のままだったら、きっと再会してもムズムズしてた筈だけど……今ならきっと、分かり合える。
       そんな気がしてならないんだお』



185: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:15:46.07 ID:4GjOAcWpP
/ ゚、。 /『………分かり合える……だと?』

( ^ω^)『だお』

絶句する仮面の王を前に、青年は己の言葉が足りていなかったと判断したのだろう。
ときほぐすように言葉を続ける。

( ^ω^)『何も分かり合えずに別れた、あの頃のままだったら……やっぱり、今も何も分かりあえませんお。
       でも、今はお互いに変わり過ぎてるから……あの頃より、分かり合えるはずですお』

/ ゚、。 /『…それでも……それでも、分かり合えなかったらどうする!?
      その時こそ、真に袂を分かつと言うのか!?』

ダイオードの絶叫は、どこか幼い抵抗のようで。
青年はニコリと笑うと、グッと握った拳を突き出して、口を開いた。

( ^ω^)『その時は……ぶん殴ってでも分からせてやるお。
      ドクオもきっと、同じ事をする筈で……僕達は、本当に大切な物が何なのか分からなかった、あの頃とは違いますお。
      今は歩く道が違っていたとしても、お互いに分かり合えれば……いつか必ず、もう一度肩を並べて歩ける日が来る。
      僕は、そう信じていますお』

/ ゚、。 /『……』

その言葉に、ダイオードは思わず天を仰ぎ見た。
静寂の中、何かを堪えるかのように拳を握る音が、ぎゅうと響く。
やがて仮面の王は、静かに青年へ視線を戻した。

/ ゚、。 /『…その言葉、一字一句違わず、必ずや伝えておこう。
      そして……ヤツに代わって礼を言う。ありがとう』



189: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:19:20.97 ID:4GjOAcWpP
/ ゚、。 /『…だが、勘違いするなよ!! これで違えた道が一つになる訳じゃねぇ!!
      既に語り合うは言葉じゃなく……刃を持って別れた宿命は、刃をして一つになる他ねぇんだ!!』

(=゚ω゚)ノ『我が君!!』

そこで初めて、沈黙を保っていた大傘の騎士が口を開いた。
その声に、ダイオードはハッと我に返る。
仮面の奥、金色に輝いていた瞳が、急速に熱を失い闇の色に戻っていった。

/ ゚、。 /『…無限陣よ。一つ、言い忘れていた事がある』

わざとらしく青年から視線を外し、怪訝そうな顔のクーに、ダイオードは言葉を紡げる。

/ ゚、。 /『…スピリタス西で抵抗を続けていた魔女は、敗れて囚われの身となったそうだ。
      貴様らの作戦に支障が無いと良いがな。兎も角、戦神の加護があらん事を祈っているぞ』

(;^ω^)『……ちょ、まだ聞きたい事が……!!』

しかし、青年の願いは聞き届けられなかった。
一方的に告げ終えると、仮面の王は漆黒の巨馬に鞭を入れ、振り返りもせずに駆け去って行く。
彼の忠臣もまた、銀髪の青年を鋭く一瞥すると、その後を追った。

爪;゚∀゚)『なんだか……大人子供みたいな人でしたネ?』

(´<_`;)『……あぁ。ダイオードと言えば、フィレンクトやフッサールと同世代の人間の筈なのだが……
       ヤツも、フォックスのように薬でも使っているのか?
       いや、どちらかと言えば、ガキが無理に背伸びしているかのような感じだったな』

ヽiリ;,゚ヮ゚ノi『あうあう〜。ダイオード様、どうしちゃったんでしょうかです……』



193: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:21:33.24 ID:4GjOAcWpP
(;^ω^)『……』

仮面の王が去った後、諸将が身勝手に囁きあうのを、青年はどこか遠くの景色を眺めるかのような気持ちで聞いていた。
しかし、彼らの行動は無理もないと思う。
何故なら、ダイオードの行動は、まるでこの場から逃げ出そうとしていたかのようだったからである。

そして、確実に言える事が2つあった。
まず一つが、己と仮面の王は過去に何らかの接触を持っていると言う事。
それは、自身に向ける言葉と姉に向ける言葉の響きに、隠しきれない違いがあった事からも明らかであるし、
おそらく最後に激昂した姿こそが、ダイオードと言う男の本質なのだろう。

が、どうしても彼の声に覚えがないのだ。
青年が過去の記憶を失っていると言っても、それは幼少期の頃の事。
もし、仮面の王と接触を持っているとなれば、【戦士の街】ネグローニにおいてを他に考えられない。
どこか懐かしい声触り。
けれど、予め口に綿でも含んでいるのか、素顔を包む仮面のせいか、もしくはその両方か。
もしくは……長い年月が壁となっているのか、どうしても思い出せぬのだ。
故に、青年は言う。

( ^ω^)『姉様。今日はここに陣を敷こうと思いますお』

川 ゚ -゚)『……いいのか、ホライゾン?』

姉の問いに、ブーンはニコリと笑って頷いた。
もし、思い出せぬとしたら、それはきっと“まだ相応しい時ではない”のだろう。
ならば、相応しい時は必ずやって来る。
仮面の黒犬と、かつての親友。
彼らと対峙する日が必ず来る。
それはどこか確信めいた予感であった。



195: ◆COOK./Fzzo :2010/07/05(月) 00:24:13.48 ID:4GjOAcWpP









─────そして、青年の予感は、正にその通りの物となる。

【王家の猟犬】ニイト=ホライゾンと【黒犬王】ダイオード。
猟犬を継ぐ者と、魔犬の末裔。
白衣白面と漆黒の騎士。
聖剣の担い手と魔槍の使い手。

あまりにも対照的な両者の運命は、この日を境に強く深く結びついていく事となるのだ。
2人はいずれ、戦場で再会する宿命にある。
泥濘の中、刃を交える定めにある。

だが……今はまだ“相応しい時”に非ず。
その時が来るまで、しばしの月日を挟まなければならなかった。








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