( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

55: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:39:10.50 ID:jh/Is8O50
(´・ω・`)『まぁ、敵さんの正体は十中八九掴めてるんだけどね』

言ってショボンは黒の給士をチラと見た。
騒動も治まり、一同の為に茶を点てるその背中。
一見してか細く頼りない彼女だが、【天翔ける】の異名を許された者が齎す(もたらす)情報に間違いはない。
それを知っているからこそ、ショボンの視線に気付いた彼女らは静かに続く言葉を待った。

(´・ω・`)『このギムレットに我が義兄を斬れる長刀使いなど一人しか存在しないよ。
      三華仙が一人。【九紋竜】のギコ。それが敵さんの名前さ』

ξ;゚听)ξ『九紋……竜……』

呟くツンの心境は複雑であった。
北の大地が誇る三人の英傑【三華仙】。
そのうちの一人である赤い燕こと、しぃは自軍に参加して剣を振るっていてくれている。
が、白き狼【無限陣】クーはニイトの地で王を名乗り、事もすれば今回の反乱に便乗する可能性すらありえる存在だ。
そして月下の剣士【九紋竜】のギコは反乱軍に手を貸し、よりによってヴィップ軍の中軸たるジョルジュを負傷させている。

ξ゚−゚)ξ。oO(……)

彼女とて、自身の持って産まれた血から逃げていた、いつかの彼女ではない。
己と。そして数え切れぬほど多くの人々と向かい合い、
何故人は戦うのか? 何の為に人は戦うのかひたすらに問い続けてきた。
だから、だからこそ『戦う理由』に正解など無く、正義が一つではない事も今では理解している。
それは愛国心であり、復讐であり、思想であり、我欲であり、ただ生きる為であり……。
どのような理由であれ、是を持って己の芯とするならば、人は戦わねばならない。
そして、それこそが生きると言う事だ。



58: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:42:14.04 ID:jh/Is8O50

      『僕…じゃなくて、我は汝が剣。我は汝が盾。我ここに絶対の忠誠を誓う。
       汝、我が半身たる剣を受け取りたまえ。そして命じたまえ』

かつて彼女の前にはそう誓った友がいた。
陽光を浴びた雪の色をした髪の青年。
対して彼女はこう答えた。

      『我が剣として生き……そして我が友として生きよ。
       何があっても……どんな事があっても生き抜きなさい!!!!!!』

ξ゚−゚)ξ。oO(……)

その彼も呆気なく生を終え、今はいない。
そして、突如姿を現した【王家の猟犬】を名乗る白面の剣士ブーン。
銀色の髪を持ち、風よりも早く走る。あまりにも死者との共通点を持ちすぎる者。

ξ゚−゚)ξ。oO(……もしも。もしも、人が戦う為に理由が必要なのであれば……)

仮面の剣士は言った。

       僕らは【持たざる者】。名前も。魂も。生きる意味も全てを亡くした者。
       けど。
       僕らは王家の猟犬。黄金獅子の剣にして盾。
       我ら皆君の為。掲げる理想の為に戦う事を誓うお。

もしも、人が戦う為に理由が必要なのであれば。
あの青年は何故戦うのだろう。何故彼女の為に戦おうと言うのだろう。
彼女には分からない。答えてくれる者はこの場に存在しない。
だからであろうか? 彼女の細い指は、そっと首から下げられた黄金の鈴に添えられていた。



60: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:45:00.26 ID:jh/Is8O50
……か?

ξ゚听)ξ。oO(……)

……いか!?

ξ゚听)ξ。oO(……)

つ(     ´   ・ω・   `     )⊂『陛下っ!?』

ξ;゚听)ξ『……………………………………………………………………………………………ひゃうっ!?』

ふと我に返れば目の前には巨大な【何か】がある。
それが人の顔だと理解した瞬間、至高の存在はワケの分からぬ叫び声と同時に座から転げ落ちた。

从 ゚∀从『? 何考え込んでんだ? さっきから呼んでんだぜ』

つ(     ´   ・ω・   `     )⊂『……君が呆けてるから僕がこんな目にあってるんだけどね』

ξ;゚听)ξ『!! ご、ごごぎょご、ぎょめんなしゃいっ!!』

男物と大差無い戦服を着込んでいるとはいえ、気分がさせる物なのか?
慌てて乱れた服の裾を直す彼女を見て、ようやく給士は主の頬を解放した。
そのショボンは赤く腫れた頬を撫でながら言う。

(´・ω・`)『で。今後我らが取るべき作戦なのだけれども……』



62: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:47:35.52 ID:jh/Is8O50
【急先鋒】ジョルジュの離脱と言うアクシデントで【金獅子王】一行らが思わぬ足止めを喰っていた頃。
彼女達が陣を構える、その更に北に地に陣を構える一団があった。
この王がおわす地において、だがしかし彼らは黄金の獅子ツン=デレの臣下ではない。
その陣門は南。つまり、王軍に向けて展開され、甲冑を着崩した兵士達が見張りに立っている。
『若く政道を知らぬ王を誑かす姦臣を討つ』を御旗に掲げ、正史上『反乱軍』と明記される者達であった。

その中央、設置に10の兵士が半日を費やしたと言う無駄に豪奢な幕舎の上には、
これまた煌びやかな旗が風に踊っている。
アルキュ島に住まう四民族の中でも最大級の勢力を誇るリーマン族。
その中において19代に亘り繁栄を続けてきたテネシー公の旗印である。

が、残念な事に。
このテネシー公の旗印を現在に伝える資料は存在していない。
時を空けずしてテネシーの血筋は絶たれ、微かながらにそれを受け継いだ者達も『風に戸板』とばかりにその事実を隠そうとしたからだ。
正史においても
『その幕舎は木を解いて織った布を五重に重ねあわせ、陽光を防いだ。
 外装は金箔で竜討の絵巻きが描かれ、内部に熱が篭もらぬよう常に複数の兵士が巨大な扇で風を当てていた。
 その風が内部に届く事は無かったが、熱を冷まし快適な空間を作り上げるには十分であった。
 頭上にはテネシーの公旗が掲げられ、これは戦を終えた頃には影も形もなくなっていた』
と、記述にあるだけである。

それでもこの旗が戦乱のアルキュにおいて一際絢爛であったのは間違いないようで、
アルキュ戦乱の数年後を舞台にした【金剛後記】にはテネシー公の旗から抜き取った金糸銀糸で
一財を築きあげた商人の話が登場する。
【金剛後記】はあくまで史実の二次創作、後年になってから民が作りあげた作品に過ぎないのだが、
その細やかな史観調査の点から当時を知る貴重な資料の一つに数え上げられている事は、皆も知る通りである。



63: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:50:01.85 ID:jh/Is8O50
その不必要なまでに豪奢な幕舎の中では、三人の男が酒宴を楽しんでいた。
中央に座る男はぼろきれと間違えるような戦外套を身にまとい、ぶすっとした表情で酒を飲んでいる。
その両脇、身に着けた衣服の一枚だけで平民の家族が一年生活出来ようというほどの贅を尽くす者が二人。
前者の名をギコ。人呼んで【九紋竜】。
後者の二人の名をテネシー公ジャックとダニエルと言った。

( `貴´)『いやはやwwwあのジョルジュめを一撃とはwww流石はギコ殿ですなwwwww』

( ・貴・)『いよっwwww憎いよwwwww色男wwwwww』

( ,,−Д−)『けっ』

両脇から順に注がれる酒は、専用の酒米を研ぎ澄ました高級品なのだが、ギコはそれをさも面白く無さそうに飲み干していく。
酒の質云々よりも、見え見えのおべっかが気に喰わないのが明らかなのだが、二人の貴族はそれに気付く素振りも見せない。

( `貴´)『ジョルジュのいない王軍などwwww我らの相手ではないでしょうwwwwwwww』

( ・貴・)『机上の空想家【天智星】や女子供に戦の何が分かるのかwwwwwwこの戦wwwww勝ちも当然wwwww』

実際にジョルジュを斬ったのはギコであるし、戦を知らぬのは二人の貴族も同一なのだが
そのような事はお構い無しと騒ぎ立てる男達には呆れるしかあるまい。

( ,,゚Д゚)。oO(そんな簡単に事が運ぶかねぇ)

早くもお祭り気分のジャックとダニエルを横目に、ギコは無精髭に覆われた顎を撫で回しながら考える。



66: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:52:59.86 ID:jh/Is8O50
【急先鋒】ジョルジュ。
当時のアルキュに住む者で、その名を耳にした事のない者は存在しないと言っても過言ではあるまい。
【七英雄】の後釜と言われたリーマン五虎将の一人。
無敵の旗印を背負った死神。
攻撃、特に近接戦闘に特化した【薔薇の騎士団】は最速をもって謳われ、一介の戦士としても超一流。
猛将と呼ばれるにも関わらず戦術に通じ、弁も立つ。
部下を可愛がり、多くの将兵が彼の為に命を捨てる事を誇りに思っている。
言動は兎も角、将官としては非の打ち所が無い人物であろう。

( ,,゚Д゚)。oO(確かに【急先鋒】が王軍の支柱である事は間違い無いんだろうけどよ……)

今でこそ最果ての地まで落ち延びているとは言え、ジャックもダニエルも嘗てはこの島の中枢、
【王都】デメララに居を構えていたのだ。
故に。いや、だからこそある意味において彼ら以上にジョルジュを知る者はいないと言っても良い。
出陣する度に戦果を挙げるジョルジュと、日に日に減っていく彼らの蔵の財産。
高みに昇っていくジョルジュと反比例するかのように落ちていく名家の誇り。

悔しかっただろう。
妬ましかっただろう。
が、その感情があったからこそ、この没落貴族たちは【急先鋒】と言う将を知り尽くす事が出来た。
今回の革命(、と号していたと正史にはある)においても、まずは彼を警戒しつくした。
愛用の大鎌を奪い。
子飼いの部下達と切り離し。
北の最強剣士と名高いギコを使い、エドワード軍壊滅と言う犠牲まで払って。
遂には合戦から退場させる事にまで成功した。
この執念に限っては褒めざるを得まい。



68: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:57:13.63 ID:jh/Is8O50
だが。
それでもギコは考える。

( ,,−Д−)。oO(どうにも……視界が狭すぎやしねぇかゴルァ)

確かにジョルジュは恐るべき将であり戦士だ。
が、それに捕らわれすぎてはいまいか?

( `貴´)『ジョルジュさえいなければwwwww王など世間知らずの小娘にすぎませんwwwww』

( ・貴・)『正にwwwww正にその通りwwwwwwwww』

主と崇めるべきツン=デレに対する軽率な言動も気に喰わぬが、
それ以上にジョルジュ以外の将官を軽く見すぎている傾向がある。
それが何より不安だった。
事実としてこの北の地に足を踏み入れて以来、王軍は敗北の二文字を知らない。
【天智星】ショボンは本来専門外の戦術においても才能を如何なく発揮したし、
【赤髪鬼】ヒート率いる歩兵隊の士気の高さは目を見張る物がある。
そして、これに限ってはギコの預かり知らぬ所だが、
【天翔ける給士】ハインによってもたらされる情報の正確さは全土をあげても類を見ないほどの物だった。
そして何よりも。

( ,,−Д−)。oO(……)

天空の王【白鷲】フィレンクトと大空を自由に翔ける【紅飛燕】しぃの存在。
没落貴族達に言わせれば『老いぼれ』と『小娘』に過ぎないのだが、彼らの恐ろしさは誰より彼が良く知っている。
彼らが最も恐れた【急先鋒】の師は厳格な用兵術で岩山が如しであったし、
型に囚われないしぃの用兵術は剛に頼る彼にとって天敵とも呼べる存在であった。
もし、彼らのうちのどちらかが戦場に出てくれば苦戦は免れず。
それだけは避けたいところであった。



69: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:59:57.02 ID:jh/Is8O50
( ,,−Д−)。oO(……)

少し冷静になれば、貴族達の考えなど砂糖菓子のように甘く脆い物である事は容易に想像できる筈なのだ。
しかし、目の前の彼らはそうはしない。
この場を何処ぞの艶町であるかと勘違いしているかのような馬鹿騒ぎに興じている。

ギコはかつて一度だけツン=デレを目にした事があった。
宮殿の二階部分から張り巡らされたテラスより階下の民衆に手を振っていた。
先の春に子が生まれたと報告する街女に笑顔で賛辞を贈っていた。
身を包む衣服は、庶民からすれば豪奢でも、至高の者とすれば最低限の物であろう事は一目で予想できた。
素直に美しい王だと思った。

それが、目の前にいる者達はどうだ?
着ている衣服こそ彼女のそれ以上に絢爛を極めているが、そこから気品は微塵も感じ取れない。
身に着けている物の価値を知る者ならば、それに見合った生き様を歩むだろう。

しかし、それがない。
ただ価値も分からず身にしているだけだから、所々に皺や食い物の染みがこびり付いていた。
これが顔にニキビの痕を残した青年貴族であれば、『若さゆえ』で片付けられる問題であったろう。
が、中年を過ぎた男のそれは醜さすら感じ取れる物であった。

( ,,゚Д゚)。oO(もしも……もしも俺が王軍に参加していたら……)

かつて肩を並べ、剣を交えたフィレンクトやしぃを敵に回す事に頭を悩ませる必要は無かっただろう。
【急先鋒】ジョルジュという敵ながら天晴れな男を不意打ち同然に討つ様な真似をせずに済んだだろう。
当然、あの美しい王女の側にいられただろう。



70: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:02:45.49 ID:jh/Is8O50
( ,,−Д−)。oO(……)

未練だと分かっている。
が、思わずにはいられない。
と、そこへ。

( `貴´)『ほれwwwwwwギコ殿wwwwww酒が進んでおりませぬぞwwwwwww』

( ・貴・)『酒じゃwwwwwww酒を持てwwwwwwwwwwww』

両脇からかけられた声で現実に引き戻された。

( ,,゚Д゚)。oO(そうだ。今の俺はテネシー公の臣だぞゴルァ)

彼らには恩がある。
その恩を返すまで、戦い生きる事が仁義の道。男の道と言う物だと思う。

( ,,゚Д゚)。oO(何があろうと勝ってみせるぞゴルァ)

そう心に誓い、酒を飲み干した。
強いアルコールがカッと食道を焼きながら流れていく。
どんなに不器用でも、これがギコと言う男の生き方だった。




そして数日後。
ギコの一つの懸念は的中する。
沈黙を破って陣を出た王軍の片隅に、見慣れた赤い燕の旗印を見つけたのである。



73: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:05:15.69 ID:jh/Is8O50
( ,,−Д−)『あ〜、やっぱり援軍待ちだったかよゴルァ』

言いたくはないが、つい愚痴がこぼれた。
襤褸切れを巻きつけた頭を掻き毟る。
それはメンヘル族の男達が、自身の階級を示すのと直射日光を避ける為に着用しているターバンに似てはいたが、
ギコのそれは汚れ色褪せて、元の色も分からなくなっていた。
単純に伸びざらしになっている髪を押さえられるのであれば何でも良かったのかもしれない。

王軍は主力となっている歩兵1000を前線に出し、横長に陣を構えている。
その背後には数少ない弓騎兵隊200。
ギコから見て左側、つまり弓兵の東側には援軍と思わしき騎馬隊が集を為し、頭上には赤い燕の描かれた旗が揺れていた。
先のぶつかり合いで【急先鋒】ジョルジュが率いていた騎兵100は最後方にある。

援軍を率いているのは間違いなく【紅飛燕】しぃであろう。
中央の弓騎兵はヴィップ城で難を逃れた【黄天弓兵団】の一部。であれば【天智星】ショボンはそこにいる筈だ。
前線の歩兵はおそらくアマレットでフィレンクトに鍛え上げられた一軍で、
その中央で腕組みをしてこちらを睨みつけている猫を模した簡易武装の赤毛が【赤髪鬼】のヒート。
となれば、最後方の騎兵隊の中にツン=デレがいると見てよいだろう。
かの騎兵は前戦において王軍の主軸を為した精鋭部隊。
王の身を護る、と言う意味でもこれ以上の適任は無いと思われた。

( `貴´)『将軍、将軍』

と、そこへ甲高い声でジャックが声をかけてくる。
これは男性ホルモンの分泌とか、小難しい理屈でそうなっているのではない。
単に酒の脂でそうなっているだけなのだ。
戦に生きる日々の中で必然的に質素倹約を良しとしてきたギコには、それが本能的に不愉快でならない。

( `貴´)『将軍は王軍の陣構えを見て、どう動くとお考えですかな?』



74: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:08:25.80 ID:jh/Is8O50
( ,,゚Д゚)『まずはこっちの出方を伺う…って感じだなゴルァ』

( `貴´)『それはそれはwwwwww私と全く同じ意見のようですなwwwwww』

( ,,−Д−)。oO(嘘つくんじゃねぇゴルァ)

思うが口には出さない。
王軍の前線にある歩兵部隊。その最も前に立つ者達は、2人がかりで扉ほどのサイズを誇る大盾を構えている。
文字通り、人をもって盾を為しているわけだ。
そして、その背後二列目には釣竿を思わせるような長槍の穂先を天に向けている兵士達。
ずらりと並ぶ長柄の列は、何処と無く櫛を連想させた。

( ,,゚Д゚)。oO(ありゃあ、フィレンクトの部隊と見て間違いねえな)

そう確信する。
【金獅子王】ツン=デレの一行はヴィップ城を脱出する際、足の速い騎馬隊のみを選出した為
歩兵は全くと言ってよいほど連れ出せていない。
そして、あの大盾と長槍は間違いなくメンヘルの襲撃、特に【不敗の魔術師】ツーと【打虎将】ジタンに備えての物だ。
速攻と強襲。
タイプこそ異なれど、二人は共に騎兵を率いた戦闘を得意とする。
メンヘルからの襲撃に備える目的で設立されたアマレット砦の将がその対策を練っていないとは思えず、
そしてあの兵装は騎兵に対する歩兵の採る物として基本的かつ的確な物であった。
つまり、最前列の大盾で騎兵の突進を喰い止め、長槍で威嚇し、騎兵の届かぬ距離を保つ。
そして、出足の弱まった所を弓兵が射殺すのである。
繰り返そう。王軍の歩兵部隊兵装は騎兵に対して最も基本的かつ的確な物。
そしてテネシー公軍の主力は━━━━━。

( ,,゚Д゚)。oO(ついてねえな)

自由騎士団によって編成された騎馬隊であった。



76: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:11:47.56 ID:jh/Is8O50
自由騎士(フリーナイト)。
『騎士』の名を語ってはいるものの、彼らのそれは称号を表す物にはあらず。
それは文字通り『騎乗の者』という意味に他ならない。

彼らは主に家督を継げず幾ばくかの金銭と共に家を放り出された貴族の三男坊主や、
幸運にも度重なる戦を生き延び、ある程度のまとまった金を手にする事に成功した傭兵・兵奴でなりたっている。
愛馬と共に島中を渡り歩き、ある時は村の護衛。またある時は港まで『商品』を輸送する人売りの護衛、と
節操無く磨き上げた腕を金銭で貸し与える。
つまりは私兵集団のような物だ。

頭領の実力や性格によって、その規模は大きく左右する彼らだが、どんな『自由騎士』にも共通する特徴が一つある。
それが『戦闘における拘り』だ。
長く生きてきた自由騎士であれば。いや、あれば尚更己を生かし続けてくれた『経験』に固執する。
それは彼らにとって譲る事の出来ぬ一線。己を支える誇りだ。
そのような集団であるからこそ例えば【薔薇の騎士団】等のように多人数をもって一つの『個』を為す事が出来ない。
あくまでも彼らは、目的が共通するだけの個人の集団なのである。

そして、今回のテネシー公ら『旧勢力貴族』の反乱において、公軍の主力となったのがこの自由騎士達だ。
連隊行動こそ不得手だが、個々の実力はピカイチとされる私兵団。
ジョルジュの【薔薇の騎士団】に対抗できる勢力として集められた彼らであるが……

( ,,゚Д゚)。oO(本当についてねぇそゴルァ)

その特性が騎上戦闘である以上、集団で訓練を受け鍛え上げられた対騎馬戦の熟練者達が相手となれば。

ギコがそう思ってしまうのもやむを得ない話だった。



77: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:14:01.94 ID:jh/Is8O50
そうなると、次なる思考は王軍がどう陣形を展開させてくるか、と言う事になる。

( ,,゚Д゚)。oO(鶴翼はねぇな)

鶴翼陣は、その字の如く『羽ばたく翼のように左右から敵軍を叩く』のが基本となる。
あくまで『羽ばたく』わけだから、その用兵は前進のみにあらず、押しては引いての繰り返しだ。
敵軍を左右から圧殺する【鉄壁】ヒッキーの【岩鶴陣】ならまだしも、
王軍歩兵が持つ大盾は前進と後退を幾度も繰り返すには不向きに思える。
あれは一つ場所に根を下ろし濁流を防ぐ為の武装と見るべきだ。
以上の材料からギコは即座に『鶴翼』は無いと判断する。

更に言えば、王軍は全軍をもって1つの機能を為す構えを取っている。
つまり、後方の騎兵はともかくとして、大盾・長槍・弓騎兵はその三隊をもって『騎兵潰し』と言う
機能に特化した部隊だ。
これらだけで騎兵を殲滅させるつもりなのであれば、わざわざ【紅飛燕】の援軍を待っていた意味が無い。
この戦い、王軍の切り札は赤い燕である事は間違い無く。
前線の三隊は『騎兵潰し』よりも、しぃの為に敵軍を牽制する目的が強いと考えるべきであった。

そうとなれば、おそらく王軍の初動は限定されてくる。
戦が始まれば王軍は左翼を後方に、右翼を前方に展開してくるだろう。
それは騎兵の突進を受け止めるのではない。
一つの力に対して斜に構える事で、受け流す為の陣構え。
『鶴翼』と並ぶ、もう一つの対騎兵陣。

( ,,゚Д゚)『……斜陣で来るだろうなぁゴルァ』

ボソリと呟くと同時にギコの元々細い目が眇められた。



78: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:17:29.32 ID:jh/Is8O50
ギコは将として軍を率いた経験を持たない。過去、仕官の誘いは数多くあったが全て断ってきた。
何故なら彼は将ではなく剣士だからだ。一介の剣士である己にこそ誇りを持っている。
だからギコには七面倒臭い用兵術の理屈など全く分からない。
が、自身が生き抜いてきた経験から王軍の動きを読み取って見せた。

( ,,゚Д゚)『……』

『T』型に陣取った王軍は戦が始まると共に『イ』型に軍を展開させるだろう。
前線の歩兵隊が自由騎士団の突進を喰い止めている内に、
中右翼に控えていたしぃ隊が自軍右翼を大回りする格好でテネシー公軍の後方に進出してくる。
狙うは公軍総将ジャックとダニエルの首だ。
緒戦でエドワード軍が壊滅し、その彼も逃走した今となってはこの2人を失う事は即敗戦を意味する。

対して、公軍はツンを討つ事が出来ない。
彼らの目的はあくまでも王都における評議会の再現、つまりは傀儡政権の樹立であるからだ。
その為に、その勝利条件に『ツンを殺す』と言う物は含まれない。
しかし、王軍は違う。
最上は反乱の首謀者を生きたまま捕らえて刑に処す事だろう。
が、ベストに拘らなくともベターな選択肢として首謀者を討つ、という選択肢は十二分にありえる。
いや、【急先鋒】ジョルジュという最強の手札を欠く今。
一発逆転の手段として考えれば、それこそが最上級の戦術と言えなくもない。

( ,,゚Д゚)『……ちっ』

兎にも角にも、これでギコは自由を奪われた。
当初は合戦のドサクサに紛れて単身ツンの身柄を押さえようとも考えていたが、それも叶わぬ。
王軍がテネシー公兄弟の首を狙ってくるならば、その近辺を離れる事は出来ないからだ。
そして。
双方の陣から銅鑼が鳴り響き、合戦の火蓋が切って落とされる。



80: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:22:28.76 ID:jh/Is8O50
         ※          ※          ※

北の大地にて、獅子が身中の虫に手を焼かされていた頃。
過ぎた祭の興奮も冷めやらぬまま、日々を送る者達が住む都市があった。
翻るは赤地に黒犬の国旗。
今はモテナイ王国を名乗る新興国家が首都。【戦士の街】ネグローニである。

市ではその土地に住み慣れた古い住人に混ざって、ちらほらと粗末なボロを纏って馬を引いている男達の姿が見て取れる。
用心深く腰に下げた剣の柄に手をかけ、襲撃に備えている。
痩せこけた愛馬の背にはやはり何時から着っ放しなのか分からぬほどに擦り切れた衣服を纏う妻の姿。
ギラギラと輝く瞳も、初めて見る市の喧騒にはしゃぎ回る子の姿を見る時だけは自然と細められた。

彼らは失地の民モテナイの戦士達だ。
【黒犬王】ダイオードは新たな王国の礎として、この住まうべき土地を失くした民族の復興を掲げた。
現代におけるイスラエルの例を見るまでも無く、このような場合新旧住人の間で諍いが起こる事は珍しくない。
しかし、彼の地においてそれは全くの皆無であった。
それは何故か?

答えの一つに、宗教的対立が地盤として存在しなかった事がある。
むしろ【戦士の街】として名高いこの街は『力こそ正義』と言った考えが人々の中にあり、
優れた戦士であれば民族の垣根を越えて尊敬するのが当然となっていた。
更に、生産に向かぬ土壌を逆に生かし、各地に傭兵や兵奴を商品として送り出していたネグローニは
闇市の本拠と言われ島中の商人が集まるニイトと同様に人の入れ替えが激しい。
つまり、生活観のズレが原因で起こる軋轢が起こりづらい環境にあるのだ。

今も商人から形の崩れた飴玉を貰った子供達が、初めて味わう甘味に感動して目を丸くしている。
それを見たモテナイの夫婦は慌ててペコペコと頭を下げ、商人は新たな住人と商売相手を歓迎するように右手を差し出した。
最初こそ戸惑っていた戦士であったが、固く握られた手の温もりにようやっと肩を降ろした。
そして、遂に安住の地に辿り着いた事を実感する。
そんな彼らの横を通り過ぎる、二人の男の姿があった。



81: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:25:43.18 ID:jh/Is8O50
一人は女かと間違えるかのような艶やかな黒髪の男である。
阿片のパイプを吹かし、身を包む外套は黄金で唐草が刺繍された鮮やかな紺色。
遊女の好む薄絹を首に巻きつけたその姿は、どこぞの貴族か成りあがり商人の放蕩息子といった風だった。
この男がその青春を統一王の革命時代に終えたなど、誰が信じられようか?

彼こそは【隠の王】。
キールを根城とする隠密集の棟梁にして統一王七英雄が一人。
【人形遣い】の異名を持つ男、フォックスである。

爪'ー`)y‐『ふぅ。良い街です。そうは思いませんか、オワタ?』

\(^o^)/『はい。おもいますフォックスさま』

フォックスの言葉にオワタと呼ばれた男が答える。
阿片の煙によって蕩けるような瞳のフォックスは、とても幾多の戦場を越えてきた英雄には見えない。
そして、それはこのオワタも同じだ。
ニコニコと笑みを絶やさない顔は、市の片隅で童向けの人形芝居でも開いていた方が似合うように思える。

しかし、だ。
暗殺人形が壊れて以来、フォックス率いる人形衆の頂点にあるのはこの男である。
その異名である【帝雲天君】の響きを聞いてなお、その事実を人々は信じられぬだろう。
そのような者達は、彼が背に交差させている青竜刀を鋏のように使って人体を切断していく様を。
今と全く同じ笑顔で人を生きたまま解体していく姿を見て、ようやく事実を事実として認めるのである。

爪'ー`)y‐『しかし、あまりに良い街すぎます。あのダイオードには似合わない。
      そうは思いませんか?』

\(^o^)/『はい。おもいますフォックスさま』



83: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:29:04.02 ID:jh/Is8O50
オワタの声に抑揚は無い。
それもその筈。
抑揚とは、心の揺れが起こさせる物。
そして彼もまた哀れな暗殺人形と同じ【心無き人形】なのだ。
ただ、話しかけられた言葉に相応しい答えを返すだけの、血の通った玩具にすぎない。

爪'ー`)y‐『ふふ。やはり貴方もそう思いますか』

\(^o^)/『はい。フォックスさま』

それを知ってなお【人形遣い】はオワタに声をかける。
オワタもまた、瞳の奥に虚無を湛えた笑顔で答えた。

おぞましい風景である。
これは既に人と人の関係ではない。
玩具と玩具の所有者との関係だ。

だがしかし、この関係こそ彼らにとっての『当たり前』の風景。
死ねと命じられれば即座に己の首を刎ね飛ばし。
殺せと命じられれば幼子であろうと容赦なく殺し。
主の命であれば、四肢が?げようと完遂する。

それこそが【隠の王】によって作られた隠密集団。
人として産まれながらも、心を持たず人形として生無き生を歩む者達。

━━━━━後の世に【生き人形】と呼ばれる者達である。



85: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:33:20.84 ID:jh/Is8O50
         ※          ※          ※

爪'ー`)y‐『お久しぶりですね、ダイオード。いや、これからは【黒犬王】とお呼びした方がよろしいのでしょうか?』

/ ゚、。 /『……』

新王朝モテナイの宮殿は、旧ネグローニ領のそれをそっくりそのまま流用したものである。
【戦士の街】の名に相応しく、四角く切り出した岩を組み合わせて建てられた宮殿は、
一領主の住居としては十分すぎる物だが一国の王の物としては随分とこじんまりした物だった。
領主の宮殿をそのまま王の住処に変えると言うのはヴィップの首都でも行なわれているのだが、
統一革命後に王であるヒロユキ自ら再興を命じたヴィップとネグローニでは余りに条件が違いすぎる。
そのささやかな謁見の間で両雄は静かに睨みあっていた。

背に腹臣オワタを控えさせたフォックスは座も与えられず、立ったままで。
しかし、その応対に不満を漏らす事も無く阿片の煙を燻らしながら、残った手は外套のポケットに突っ込んでいる。
対するダイオードは石畳に直接敷いた絨毯に片膝を立てて座り込んでいる。
その背後には槍斧を手にした小柄な騎士が立ち。
ダイオードの脇に置かれた肘掛に体重を任せて座る姿と、仮面の下に覗く眠たげな瞳は
如何にも『義務だから仕方なく此処にいます』と言った風で、歓迎の意思など微塵も感じさせぬ物だった。

爪'ー`)y‐『貴方が【繚乱】イヨゥですか。武人でありながら政にも長けているとか。
      今後は是非良いお付き合いをしていきたい物です』

(=゚ω゚)ノ『丁重にお断りさせていただくヨゥ』

ダイオードの背後に立つ騎士が答えた。
一見して少年かと間違えるような体格と顔つき。それにはそぐわない右頬に刻まれた二本の刀傷。
漆黒に桜舞い散る柄の外套の裾を常に引きずって歩き、既知の者はそれを『イヨゥの床掃除』と呼んでからかった。



86: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:36:23.57 ID:jh/Is8O50
爪'ー`)y‐『おやおや。つれないですねぇ』

言って肩をすくめる。
大袈裟に芝居がかったその姿がイヨゥの癇にさわった。
挑みかからんとばかりに声をあげる。

(=゚ω゚)ノ『…っ!! 当たり前だヨゥ!! お前達リーマンの人間は自分達が何をやったか分かっているのかヨゥ!?』

先の統一革命において、モテナイの民はリーマンの尖兵として統一王率いるニイト・メンヘル軍と戦った。
しかし、革命後期においてリーマンは前触れも無くモテナイとの同盟を破棄する。
これは戦が優勢になった事で勝利を確信したリーマン上級貴族達が、戦後の土地分譲条約を蔑ろにする為に行なった物なのだが、
それが原因となってモテナイは統一王に滅ぼされた。
この事件は統一王が参謀【全知全能】スカルチノフによって計画された離間の計であったのだが、
この時の勝利で勢いづいた統一王は最終的にアルキュ統一に成功したのである。
つまりは、モテナイの民にとってリーマン族や統一王の後継を名乗るツン=デレ、ニイト=クールは憎むべき仇、という事になるワケだから
モテナイの出身である小柄な騎士の怒りも当然と言えば当然なのだが……

爪'ー`)y‐。oO(ふむ)

ここでフォックスは微かな違和感を覚える。
【繚乱】イヨゥと言えば、かつてのダイオードによる暴政と一人戦った名臣であると聞いている。
先の見えぬ戦いを根気強く続けた彼にしては、随分と短気に過ぎる…という訳だ。

対し、目の前のダイオードは興味なさげにこちらを見据えてくる。
ダイオードと言えば【狂戦士】の異名を持つほどの男だ。
七英雄達を退けネグローニの領主になるなど、ただ凶暴なだけでなく狡猾さも持ち合わせていたと言う記憶もあるが、
やはり基本的な性格は餓えた狂犬であるはず。
それがただ座しているだけ、それどころか興味なさげな風をしてその実は値踏みするかのような視線を向けてくるというのは、
ただ歳を取ってより老獪になったと言うだけでは説明できない不気味さがあった。



88: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:51:51.79 ID:jh/Is8O50
それでフォックスは話の方向を変える事にする。
懐に一物も二物も潜ませての腹の探り合い。
これが彼は大の好物だった。
まるで闇夜に針山を歩くような高揚感を与えてくれる。

爪'ー`)y‐『ところで……【一枝花】のロシェ殿は何処に居られるのかな?
      黒犬の王が自ら足を運んで召喚した智謀の士。
      その顔だけでも拝見したいと思っていたのですが……』

(=゚ω゚)ノ『無駄足だったヨゥ、フォックス。ロシェはここには居ないヨゥ』

嘲るような物言いが、わざとフォックスを怒らせようとしているような、そんな気すらしてくる。
では、何故?
【七英雄】【隠の王】と呼ばれた自分を怒らせて何の得がある?
答えが知りたければ更に踏み込む他無い。
【人形遣い】は、華奢なパイプを口元に運び数秒の後に毒々しい煙の輪を吐き出した。

爪'ー`)y‐『……どちらに?、と訊ねて答えて頂けるのでしょうかね?』

(=゚ω゚)ノ『知りたければ教えてやるヨゥ。ロシェは王命によりメンヘルに行ってるヨゥ』

爪'ー`)y‐『……』

表情は変わらない。
が、心中では自身の選択が正しかった事を知ってニタァと笑っているところであった。



91: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:57:30.55 ID:jh/Is8O50
新国家ネグローニとメンヘルとが同盟を結ぼうとしていると言うのは、王都でも実しやかに囁かれている噂である。
それは両陣営のメリット・デメリットを考慮しても、真となる類の噂話だろう。
そして、誰もが信じるであろうが故に断言できる事がある。
イヨゥは嘘を言っている。
ロシェはメンヘルになど行っていない。この【戦士の街】のどこかにいる。

爪'ー`)y‐。oO(上手いリードの仕方ですね)

素直にそう思った。
会話の主導権を握りたい時、最も簡単なのは『対象の希望を叶えてやる』事である。
例えば、戦時の和平交渉においてこちらから一歩身を引いてやる。
例えば、逢引の際に着飾った相手の服を褒めてやる。
そうする事で相手の警戒を解き、後々の展開を進めやすくするのだ。

今、イヨゥはフォックスを挑発しようとする余りに口を零した風を見せかけている。
が、それこそがありえない事だ。
いずれ発覚する事とは言え、怒りに身を任せて機密を口外するなどあってよい話ではない。

爪'ー`)y‐。oO(芸達者な事です)

彼が頭に血を昇らせているのも間違いなく芝居であろう。
であれば自然フォックスが選ぶべき道も限られてくる。
【人形遣い】は苛立ちを押さえ込むように阿片の煙を吸い込んだ。
無論これは『挑発に乗っている』風に見せる為である。
そして。

/ ゚、。 /『用は済んだか? ならば去れ。目障りだ』

此処に来て沈黙を保っていた仮面の王が口を開いた。



92: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:03:20.88 ID:jh/Is8O50
爪'ー`)y‐『ふふ……ふふふ……』

それでフォックスは理解する。自分は彼らが導きたいと思うゴールに辿り着いたのだろう。
耐えて忍んだ堪忍袋の尾をズタズタにする、最後の言葉がその証。

爪'ー`)y‐。oO(さて。どのような素晴らしい御褒美が待っているのでしょうね)

ここまで付き合ってやったのだ。つまらぬ褒美で満足する気はない。
フォックスは外套のポケットに突っ込んでいた左手を、だらんとダイオードに向けて差し出す。
脱力加減から見ても、ちょうどピアノの演者がするような腕の姿勢だ。
そして、怒り頂点に達した風にして口を開くのだ。

爪#'ー`)y‐『随分と……生意気な口をきいてくれるではありませんか、ダイオード。
      その仮面の下のやけど傷……誰がつけたものか忘れたと見えますね』

/ ゚、。 /『……』

瞬間、空間がひび割れたかのような緊張が走る。

爪#'ー`)y‐『一生治らぬ傷をつけて差し上げたつもりでしたが…勘違いでしたか?
      それとも、その事実すら記憶に無い……もしくは知らない、とでも言う様に見えますが?』

/ ゚、。 /『煩いぞクズ。今すぐ私の前から消えて失せろ』

爪'∀`)y‐『ちょうど良い。【一枝花】に会えなかった憂さ晴らしです。
      我が【九尾】でその仮面を打ち壊し、私の知らない貴方と対面させてもらうとしましょうか。
      【黒犬王】ダイオード、いや。━━━━━【三番目】よ』

言うと同時に差し出した左手の中指をくい、と折り曲げた。
それと共にフォックスの外套の背がゾワリと膨れ上がって━━━━━



94: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:07:43.50 ID:jh/Is8O50
(=゚ω゚)ノ『…………』

\(^o^)/『…………え』

/ ゚、。 /『…………』

爪'ー`)y‐『……まるで虚無のようなお方ですね』

否。
フォックスはダイオードに襲い掛かることも無く、その場に立ち尽くしていた。
【隠の王】の背から飛び出した凶器が、ダイオードの仮面をズタズタに切り裂く。
オワタがその光景は錯覚だと気付くまでに数秒を要した。

何故、フォックスは動かなかった。いや、動けなかったのであろうか?
何故なら。
二人の上級隠密に悟られるまでもなくフォックスの背後に迫った男が、その背に短槍の刃先を突きつけているから。
フォックスが例えたよう、まるで虚無が如く静かに潜んでいたであろう男は、
今や野の獣ですら逃げだすような殺気を放っている。

爪'ー`)y‐『お顔を拝見してもよろしいですかな?』

振り向かず、背後に向けて声をかけた。

???『…………』

二、三度呼吸をするだけの時間の後にフォックスの背から槍が引かれた。
それを許可の合図と受け止めた【人形遣い】はゆるりと背後を振り返る。
そして、そこにはやはり一人の虚無を思わせる陰鬱な男が立っているのだ。



95: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:11:53.70 ID:jh/Is8O50
痩身猫背。まず、それがその男の全体像だった。
が、決して骨と皮と言う訳ではあるまい。
細身の外套に包まれた肉体は、無駄な贅肉を全て削ぎ落とし必要な筋肉を凝縮した物である事が見て取れる。
肩まで伸びざらしの髪の色は黒。
外套の色も同じく黒で、黄金の邪竜がその身に巻きつくように刺繍が成されている。
襟元までピッタリと閉じられたそれは、鼻の先まで隠してしまっていた。

左の手にはこの世の全ての呪いを煮詰め合わせたような赤い短槍。
右の手には童女向けの姿絵本。
そのような身形であるが、フォックスの注目は彼の瞳に集まっていた。

爪'ー`)y‐『……失礼ですが、その瞳で私の動きを読んだと言う事でしょうか?』

???『…そうだ。俺の目は未来を見る』

長すぎる前髪の奥で白炎が輝きを見せている瞳。
男の答えを聞いたフォックスの顔が邪悪に歪んだ。
そう。
まるで、堕ちた聖人を前にした悪魔のように。骨格から歪んだかのような笑みを浮かべる。

爪'∀`)y‐『お名前を聞かせていただけますかな?』

その言葉に男は右手の姿絵本を左腋に挟みこむと、空いた手で邪魔な前髪をかきあげながら答えた。





('A`)『…俺の名はドクオ。お前らには【三番目】って答えた方が分かり易いかもな。
    さぁ、それよりも我が主の命令だ。今すぐこのネグローニ城からご退出願おうか』



98: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:15:58.22 ID:jh/Is8O50
\(^o^)/『……』

それから。
一人の槍兵によって城を追い出された隠密達は再び市中を歩いていた。
先程ネグローニに初めて足を踏み入れた時は頭の真上に輝いていた太陽が、今では西の城壁に足をつけようかとしている。
夕餉の食料を買出しに来ている者たちの影も一つ方向に向けて長く伸びていて。
昼時と対して変わらぬ人の数が、まだまだ新しすぎるこの国の治安の良さと領主に対する絶対の信頼を語っていた。

爪 ー )y‐『……』

\(^o^)/『……』

フォックスの『所有物』にすぎないオワタが、彼と肩を並べて歩くなどと言う事はない。
だから、オワタには前を歩くフォックスの肩が小刻みに揺れている理由が分からない。
分かる事は一つ。

爪 ー )y‐『ふふ……ふふふふ…………』

時折漏れ聞こえてくる笑い声から、城を追い出された屈辱に怒っているのではない、という事である。
しかし、何が愉快でずっと笑っているのか?
それがオワタには分からないでいた。

そして、やがて。

爪'∀`)y‐『あーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
      はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっはっはっ
      はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっはっはっ!!!!!!』

突如フォックスが狂人のように笑い出した。



101: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:21:42.11 ID:jh/Is8O50
爪'ー`)y‐『素晴らしい!! 全く今日はなんと素晴らしい日なのでしょう!!
       この私の背後を取り、尚且つこの【隠の王】を試そうとする者が現れるとは!!』

振り返ったフォックスの顔は愉悦その物だ。
興奮気味に叫ぶ男を、人々が避けて通る。

爪'ー`)y‐『なるほど!! あれが【三番目】ですか!! ならばダイオードの正体とは……!!
      そして、彼らの目論見とは……素晴らしい!! 全くもって素晴らしい限りです!!』

一人勝手に納得し、子供のようにはしゃぐ主にオワタが声をかけた。

\(^o^)/『殺さなくてもよかったのですか?』

爪'∀`)y‐『殺す!? 殺せる筈がないでしょう!!
      あれは貴方や暗殺人形だけでなく、私ですら殺しきれぬであろう存在!!
      いや、正攻法に限ればあの者に勝てる者などこの世にいないでしょう!!
      そのわけを聞きたいですか!?』

\(^o^)/『……』

オワタに興味はない。
彼を動かす物は、ただ主の命令だけだからだ。
しかし、彼にはフォックスがオワタに教えたいのではなく、ただ自分の考えを吐き出したいのであろう事は
理解できた。
自己愛の強い者にありがちな行動。
【帝雲天君】の異名を持つ者は静かに主の声を待つ。



102: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:28:59.92 ID:jh/Is8O50
爪'∀`)y‐『夜見!! 直死!! 透視!! 模倣!! 悟り!!
       鷹の目!! 邪気眼!! 完全記憶!! 絶対魅了!!』

\(^o^)/『……』

爪'ー`)y‐『この世に邪眼魔眼の類は数多けれど、あれこそはその頂点たる存在!!
      今や御伽噺の中ですら見る事のない失われた神話の片鱗たる力!!
      未来視、時詠みと呼ばれる存在です!!』

フォックスは言う。
そう。
戦場において相する者の未来を読み、攻撃を避け回避不能な後の先を叩き込む。
それが【三番目】と呼ばれる男の力。
かつて友による必殺の一撃を掻い潜り、自身の命を繋いだ力。
神速を誇る瞬歩の使い手すらも捕らえるであろう魔眼の輝き。

爪'ー`)y‐『先を急ぎましょう、オワタ。この感じですと、この先もっと面白い事が待っていそうです』

言ってフォックスは外套を翻し歩き出す。
目指すはニイト=クール治める商業国家ニイト。
彼の地で待つ己の旅の目的の成功を思い浮かべながら、フォックスはまたしても邪悪に顔を歪めるのであった。








そして舞台は再び北の内乱に戻る━━━━━。



戻る第20章