( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

37: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:07:53
ばっかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!

一瞬。
難攻不落と言われたヴィップ城は、確かに小さく震えた。
城壁を取り囲む湖面は大きく波うち、鶏小屋の鶏がこの世の終わりとばかりに騒ぎたて、火がついた様に赤子が泣き出す。
大浴場で湯を楽しんでいたツンは飛び上がった拍子に足を滑らせ、浴室の石床にしたたかに腰を打ちつけた。
早風呂を済ませ、一足早く身を横たえていたニダーやフッサールは何事かと飛び起きる。

从つД从『うわああああああああああああああああああん!!』

数秒遅れて、給士服で身体を隠すようにしたハインが脱衣所を駆け出した。
逃げるように裸足で廊下や階段を走り去ると、そのまま自室に飛び込む。
扉の内側から滅多に使わない鍵をかけ、大声で泣き散らしはじめた。
それとほぼ同時に与えられた客室を飛び出した2人の老人が、廊下でバッタリと顔を合わせる。

<;丶`∀´>『フッサール!! これは何が起こったニダ!?』

ミ;,゚Д゚彡『分からぬ!! もしや、すでに国教会軍が侵攻してきているのかもしれんぞ!!』

<;丶`∀´>『だが……ならば何故、兵がこうも落ち着いているニダ!?』

【評議長】ニダーの言うよう、この“事件”に対してヴィップの将兵や城民に動揺する者は見られなかった。
二人組で警邏をしている兵士達など、一瞬驚いた表情を浮かべはするものの、
お互い顔を見合わせ苦笑いを浮かべるだけで終わりである。

当然、急時に備えて城内を見回っている彼らが、こう判断したのには理由があった。
ヴィップ有数の個人戦闘技術を誇る給士の、堰を切ったような泣き声を耳にした彼らは只一人の例外も無く『あぁ、またか』と考えたのだ。
そして、彼女の身に起こったであろう“悲劇”を思えば、同情の息を吐く以外に何が出来ようか。
むしろ、この日彼らは慌てふためく老将や、裸のまま廊下に飛び出してきた訪問者達へ
事情を説明するのに骨を折らなければならなかったと言われている。



39: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:09:44
さて。
給士が立ち去った脱衣所に人影は無く。
浴室に続く木の扉は完膚なきまでに破壊されていた。
周囲には木片があたりかまわず散乱し、巨大な穴の空いた開いた扉はすでに扉としての機能を完全に失っており、そこから浴室が。
更に言えば、静かに揺れる乳白色の湯面から二本の足が垂直に生え出しているのが見てとれた。

やがてそれは突然。
正に言葉どおり“息を吹き返したかのように”バタバタともがきはじめると、いったん完全に湯中に姿を消す。
数秒遅れて、勢い良く一人の男の上半身が飛び出した。
官服と垂れた白眉を肌に張り付かせた男は、暫くの間激しくえづいてから、ほうほうの体で浴槽から這い出す。
そして、そのまま洗い場にどっかと座り込んだ。

(;´メω・)『流石に……やりすぎたかなぁ』

誰もいなくなった脱衣所を眺めながらぼそりと呟く。
ハインを南に潜入させようと考えていたのは本心であるし、
実を言えばのんびり湯に浸かる給士を驚かせるだけのつもりであった。

悪戯心が先立った為に彼女が浴室に消えるより早く脱衣所に入り込んだのは大失敗だったし、
深い傷が幾重にも刻まれた白い肌を見て頭が沸騰し、目的を忘れかけたのもまた、真実である。
いや。この男の最大の失敗は“目的を完全に忘れてしまわなかった”事。
もしくは“目的を思い出すのが早すぎた”事にあるのだが、それに気付く様子は無く。

(ii´メω-)『まずはちゃんとごめんなさいして……もう一度お願いして……
     それから、陛下にも説明して……あと何発殴られるかなぁ』

殴られるだけで済めば御の字である。
最悪、復官した翌日に殉職する覚悟で望まなければならぬであろうが、自業自得以外の何物でもあるまい。
濡れて顔に張り付いた白眉を撫でつけながら、ショボンは大きい大きい溜息を吐き出した。



40: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:10:45
         ※          ※          ※

【金獅子王】ツン=デレとは如何なる人物であったのだろうか?
誇り高き獅子と讃えられるこの女王は、仁愛の人として後世に伝えられている。
平和を愛しながらも星数多の英雄豪傑達を照らす太陽であり、強大な軍閥集団の頂点に立つ黄金の王。
当代に生きた戦士達の物語は正史外史を問わず、数多く現代まで伝えられている。
にも拘らず彼女が今ひとつ影が薄いと言われるのは、
単に王としての姿ばかりが拡大視され、ひとりの人間としての像を描いた歴史資料が少ない為だ。

当時から残る温泉の多くに名を残し【温泉卿】とも呼ばれる【紅飛燕】シィ。
アルキュ飲茶文化の基礎を築いた【天翔ける給士】ハイン。
【急先鋒】ジョルジュは男子健康を祈願する神として。
【天智星】ショボンは農耕神、【神算子】レーゼは商売繁盛の神として今も祭られている。

ヴィップの将に限らず、【天使の塵】フッサールや【打虎将】ジタンの教えを継ぐ者達は現代アルキュの政界中央を占め、
アルキュ史上初めて銃器を本格的に戦場に持ち込んだとされるアリス=マスカレイド。
姿絵本の大家【不敗の魔術師】ツーと【光明の巫女】シュー。
アルキュ独自の楽器・猫尾琴の考案者【国士無双】ロマネスク。
【無限陣】クーと【王家の猟犬】ブーンの父【勝利の剣】モララーの旅物語は世界各国で読み語られている。
彼らのように良くも悪くも癖の強い者達に囲まれていると言う不幸もあったであろうが、
これ程までに名を知られつつも人間像が伝えられていない者は、彼女とモテナイの戦士ドクオくらいなものであろう。

そのような中、ツン=デレの数少ない趣味は髪飾りの収集と市場の散策であったと伝えられている。
自身を慕う民の声を耳にしながら、彼女は物事を考え込むのを好んだ。
一国の王としては褒められたものでは無いこの奇癖は、後にどのような臣が諌めても改められる事はなかったと言う。
また、髪飾りの収集も自身が使うのではなく、その大半が【花飾りの官女】ミセリに与えられたと言うから、
女王自身は友たちとの他愛も無いおしゃべりが唯一の娯楽だったのではないだろうか。

生誕祭の翌日。
目の周りに青痣をこしらえたショボンから昨晩の報告を受けたツンは、いつものように官女ミセリを従え朝の市を出歩いていた。



41: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:11:47
(,,^Д^)『おっ?』

ξ゚ー゚)ξ『あら?』

ミセ*゚ー゚)リ『おや?』

( ´_ゝ`)『おう。奇遇だな、このような所で』

爪;゚ー゚)『お、おお、おはようございます』

5人がバッタリと顔をあわせたのは【鉄牛】プギャーの経営する小物屋の店頭であった。
ヴィップ将兵には当然給金が支給されるのだが、下級将官以下の者達は常に軍部に属する訳でなく、交代制で警備などの任に当たっている。
白衣白面副長プギャーは百歩将として百歩長を従える地位にあるのだが、
平時はかつて【王都】デメララ一番の髪結い師と呼ばれた指先を生かして、小物屋の主に落ち着いている。
同じく白衣白面部隊の【笑面虎】ハートマンは、百歩長として新兵の訓練を指揮する事が性にあっているらしく
刀剣鍛冶師として店を構えてはいるものの、繁盛はしていない様子であった。

ξ゚ー゚)ξ『あらあらまぁまぁ。お邪魔だったかしら?』

爪;゚ー゚)『な、何の事でございましょう? 私は市場の調査をしているだけでありまして……』

ξ^ー^)ξ『あら、そう。でも、市場調査にしては随分と着飾ってるみたいじゃない?』

爪;゚ー゚)『……っ』

両手をブンブンと振るって言外に伝えられる意思を必死に否定するレーゼだが、新調したと思しき薄桃色の絹服がそれを許そうとしない。
更に言えばツンとミセリは兄者の腕に抱きつくようにしながら嬌声をあげる彼女の姿を確認しているので、逃れようも無いのだ。
もっとも、隠密の方は昨夜随分と遊び歩いていたらしく『どうでもいい』と言った顔をしているのだが。

爪ii- -)『……くっ。この事は……どうか御内密に』



42: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:13:26
爪ii- -)『不覚……この私とした事が……最悪』

それから彼らはレーゼが“自主的に”買い求めた焼き菓子の山を囲んで店奥の卓についた。
時折、店を覗きこんだ女達が金髪の王の姿をとらえて手を振ってくる。
当のレーゼは店の隅で膝を抱えて座り込み、地面に渦巻きを描いていた。

ミセ*゚ー゚)リ『それにしても……結構お客さん多いんですね。
     ボクはこーゆーお店ってお祭りの前の日が忙しいと思っていたから、ちょっと意外です』

( ´_ゝ`)『あぁ。それは、昨夜が一番の稼ぎ時だった者もいるからだろう』

(,,^Д^)『そーゆー事っすねwwww』

キョロキョロと店内を見渡しているミセリに、眠そうな顔の兄者が答える。
皆の前に茶を運び終えたプギャーが、どんよりと暗い顔をしたレーゼを促して卓につかせた。

爪ii- -)『……最悪。っていうか、何で貴方はそんなに落ち着いてるのよ?』

( ´_ゝ`)『あ? だって、俺は帰って寝ようとしていたところを貴様につかまって引っぱって来られただけだろう?』

ミセ;*゚ー゚)リ;゚听)ξ。oO(……うわぁ)

兄者の返答に、レーゼが重い重い息を吐き出す。
自棄になったかのように薄いミルクティー色の髪を掻き毟ると、薄い焼き菓子を両手で掴み取り、ほうばりはじめた。

( ´_ゝ`)『そのような喰い方をすると美容に悪いぞ』

爪#゚皿゚)『うるさいッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

( ´_ゝ`)『良かれと思って……忠告しただけ……だよなぁ』



44: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:14:36
(;,^Д^)『と、ところで、ニダーやらフッサールの件はどうなったんすか?
      昨夜も姐さんの泣き声が派手に響いてたみたいっすけど……』

ξ;゚听)ξb『そ、そう!! その事よっ!!』

全身にずっしりと覆い被さるような空気に客足が遠のく事を怖れたのだろうか?
プギャーが半ば強引に会話の流れを切り替えた。
黄金の王もまたレーゼを煽った事に若干の責任を感じていたのであろう。
ビシリと親指を立て同意の声をあげる。

だが。

( ´_ゝ`)『ん? あぁ、あれはやはりハインリッヒの声だったのか』

だが。
そんな彼らの思いも虚しく、会話の流れは水が高みから低みに流れるように
再び悪い方向へと戻っていく。

爪#゚ー゚)『……随分。鋭いのね?』

ボソリと漏らすレーゼの声は暗く、重い。
そして、隠密の男はそれには全く気づかぬのか、先程の“忠告”に対する反応がよほど面白くなかったのか。
つまらなそうに鼻毛を引き抜きながら答えるのだ。

( ´_ゝ`)『当然だろう。アレの事でこの俺にわからぬ事など何一つ無い
       弟者とハインリッヒは、俺にとって命よりも大切な存在なのだからな』

ξ;凵G)ξ。oO(もうやめてーっ!!)

ミセ*;ー;)リ『陛下!! 目の前が霞んでレーゼさんの顔が見えません!!』



45: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:16:00
( ´_ゝ`)『で、そのハインリヒは何処で何をしているのだ? 大方【天智星】あたりが悪企みでもしているのだろうが』

爪#゚ー゚)『そうね、それが問題よ。ハイン内部官は太府省に所属している筈だわ。
     太府令たる私に何の相談も無いと言うのは、越権行為じゃないかしら?』

レーゼの言うよう、太府門下であるハインは太府省に身を置き主に島中の情報掌握を任されている。
同じく太府門下である【祝福の鐘】ハルトシュラーは各都市の闇市場を取りまとめ流通一般方面を取り仕切っており、
職務内容に違いはあれど共にヴィップの根底を支える経済力の支柱であり、太府省筆頭であるレーゼの指揮下にある。
が、立法機関・中書省の筆頭ショボンもまた、内部官への命令権を所有しているのだ。
一国の方向性を定める立法と言う行いにおいて、各地の情報や経済状態を把握しておく事は不可欠だからであり、
レーゼの言動は八つ当たりに等しい物なのだが、誰一人として彼女に異を唱えようとする者はいない。

何故なら、レーゼと言う経済の専門家は政務面において絶対的な信用を得ているからだ。
これを因として中書省との関係が悪化したりなどしないと判断されている事の裏返しでもあり、
好きこのんで煮え滾る油に火を放り込もうとする愚者がいないと言う事でもある。

そもそも、全ての原因はとぼけ顔の隠密にあるといって良い。
司法の長であり騎兵部の筆頭である【急先鋒】ジョルジュ同様、兄者は男を解放するのを隠そうとしない。
むしろ、部下や友人に昨夜抱いた女の話を披露するのを楽しんでいる節すらある。
しかし、この2人は共に複雑な想いを胸に秘めた者同士でもあるのだ。
わざわざ特定の人物へ聞こえるように“冒険譚”を公開し、白い目で見られて『完全には無関心ではなさそうだ』と胸を撫で下ろす。
良く言えば想い人と実の兄妹のように親密な関係を築いており、悪く言えば幼く、イマイチ煮えきれてない。
故に想いが届く事も無く、哀れにも彼らに対する微かな期待を捨てきれぬ女も現れるのだ。

( ´_ゝ`)『いや、だが、言いたい事があるならキッパリと【天智星】に言ってやった方が良いぞ。
      気持ちとは言葉にしなければ伝わらない物なのだ』

ミセ#゚Д゚)リ『黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!』

爪#゚皿゚)『あんたが言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!』



47: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:18:44
( ´_ゝ`)『…………世の中とは理不尽に満ち溢れていると良く分かったよ』

ξ#^ー^)ξ『お願い、黙って。貴方を殴りたくないの』

( ´_ゝ`)『……凄く帰りたいぞ、俺は。むしろ消えてなくなりたい』

ツンとしては、男達が夜ごとの“大冒険”に挑むのを釈然とはしないまでも、半ば諦め半分の気持ちで認めており、
王と言う立場を利用して禁じようとするつもりもない。
苦界に堕ちてなお生きようとする者達を、彼らの労苦も知らぬ自分が排除しようとするのは傲慢であると理解しているし、
所詮は一時的な金銭契約にすぎないからだ。

が、それでもやはりあまり堂々とされるのは面白くなく、多少の心遣いはして欲しいとも思う。
ショボンやフンボルトなどはよほど上手くやっているのか、夜街に出たそぶりすら見せた事が無いし、
一度コソコソと宮殿を抜け出ようとしていた某銀髪の青年とバッタリ遭遇した時は、
数秒冷ややかな目で見つめてやったところ、ガックリと肩を落としながらも大人しく自室に戻っていった。
男女の秘め事に興味が無い訳でもないが、秘め事と言うからには秘めておいて欲しい時もある。

そんなロクデナシ集団と一線を引くように、女達から尊敬と羨望の視線を送られているのが【九紋竜】ギコだ。
ヴィップの上級将官で唯一の妻帯者である彼がシィに婚姻を申し込んだ際のエピソードは、
今もなお歌劇でも語られているから御存知であろう。

自身が赤い燕に惚れこんでいる事を自覚した黒刀の使い手は、その日のうちに愛刀一本を担いでマティーニ城に乗り込んだ。
そこで彼女の保護者を自称する隻腕の老将と、改築中の物見櫓を破壊するほど派手な殴り合いを演じ
激闘の末、首を縦に振らせたのである。
顔面を見事に腫れあがらせた九竜の剣士がヴィップに帰城した時、その手には巨大な花束が握られていたと言う。

以来、かつての乞食剣士は常に良き夫として、妻の側にある。
子宝にこそ恵まれていないものの、市を歩けば仲睦まじい2人の姿を見る事が出来た。
その度に女達はうっとりとギコの純愛を褒め称え、
一部の男達が肩身の狭い想いをする事になっていたのである。



49: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:20:31
爪゚ー゚)『シーブリーズか……それは確かに厄介ね』

古来から洋の東西を問わず、色恋事は戦いに例えられる事が多々ある。
が、実際の戦争が勃発する可能性を前にしては、彼らも表情を改めざるを得なかった。
ツンの形の良い眉は僅かにしかめられ、座の前足を持ち上げて後ろ足だけで器用にバランスを取っている兄者も、目の奥は真剣である。

アルキュ島第五の民族とも呼ばれる海の民は、ある意味において特別な存在だ。
まず、土地に対しての執着が薄く、大海原こそが彼らの生きる場所である。
そして、何よりもアルキュ島で唯一塩田の所有権を持つ事が何よりも大きいのだ。

都市の大小を問わず、当時のアルキュでは各地で竹を売る商人と遭遇する事が出来た。
竹は貧富を問わず、人々の生活に結びついている。
水筒として。縦に割れば飯を盛る器として。花を刺す花瓶として。また、上質の油を取る事も出来る。
これだけであれば他の物などで代用する事も出来るであろうが、竹にはもう一つ大きな利用価値があった。
その中には、シーブリーズ原産の塩が詰められ、“闇塩”として売られていたのである。

本来、シーブリーズの塩田はあくまで海の民が自分達で使用するだけの量に限り生産が許されている。
が、これらの闇塩の存在に異を唱える者は存在しない。
この闇塩が存在しない頃、塩の供給は全て神聖ピンク帝国の意思に左右されていた。
当然価格も安定せず、海水を煮ただけの物や質の悪い岩塩が生活を支えていたと言う。

海の民が歴史上初めて登場したのは、モテナイ族がアルキュに定住を始めた頃と前後する。
海上戦闘において無敵を誇った彼らは、長年に亘って数え切れぬほどのラウンジ・神聖ピンクの船を襲い物資を奪った。
そして、アルキュ島内にてこれらの戦利品を売り払う市を開いたのが、闇市の起源だ。

やがて神聖ピンク帝国とは幾度にもわたる合戦の末、和平条約を結ぶと塩の製造権を入手するにいたる。
統一王の時代になる頃には闇市は海の民の手を離れていたが、闇の塩はアルキュ人民にとって無くてはならぬ物となっていた。
こうして得た財貨は、神聖ピンクの血気盛んな個人商人達との貿易に使用され、更に海の民を栄えさせる。
主に南の大陸東部に多く存在していた個人商にとっても、海上にて取引を成立させる事が出来るわけだし、
正式貿易ルートであるメンヘルと違って税も取られない海の民との関係は貴重であった。



51: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:22:23
つまり、海の民の居住地・シーブリーズとはもう一つの南との玄関口。もう一つの塩の道とも言える存在なのだ。
表向きの玄関口であるモスコーが西部7国連合、神聖国教会に押さえられているとなれば、
彼らの動向は今後の政策を決めるにあたって無視できない物となる。
更に言えば、経済の専門家レーゼにとって、彼らは各闇市に広がるギルドの基盤を築いた存在であり。
兄者や弟者、メンヘルの貞子、リーマンの七英雄スカルチノフ、大きく遡ればハインにとっても同胞と言う事になる。

( ´_ゝ`)『海の民か……あいつらが神聖なんたらに大人しく従うとは思えぬがなぁ』

(,,^Д^)『そういや、兄さんはシーブリーズの出身だったっすね』

( ´_ゝ`)『あぁ。国教会とやらの動きにもよるが、土地を持たない連中にとっての財貨は俺達が考える以上の貴重品だ。
      なにしろ、収入が無ければ安定した補給が出来なくなるわけだからな。
      略奪生活を送る事に不満は出ないだろうが……後手に回る前に戦いを選ぶと俺は読む』

ミセ*゚ー゚)リ『神聖国教会やメンヘルが、今までどおりの関係をシーブリーズと取る可能性は……?』

( ´_ゝ`)『薄いだろうな。貿易ルートの占領が今回のモスコー侵攻の目的と考えてみろ。
      シーブリーズを放置しておいたら画竜点睛を欠くと言う物だ。
      それに、モスコーと言う貿易口を潰された以上、東部5国。法王がどう動くと思う?』

そこでポンと掌を叩きあわせたのは【金算子】の異名を持つ女だ。
真剣な面持ちの兄者の横顔を見つめる彼女の頬は、僅かに薄紅色に染まっている。

爪*゚ー゚)『そっか。法王としては海の民との友好関係に今後の戦略が関わってくる事になるのね?』

( ´_ゝ`)『そういう事だ。逆に海の民にとってはまたとない商売の好機だ。これを逃がす筈が無い。
      国教会とシーブリーズが手を組む可能性もあるが、あの連中の事だ。
      表では従う素振りを見せながら、裏では法王さんと商売続けるだろうさ。
      もし、国教会とやらに多少でも先を見れる奴がいれば、この程度はすぐに気付くだろう。
      遅かれ早かれシーブリーズはメンヘルとの同盟を破棄し、国教会と戦火を交える事になる』



52: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:23:45
ξ゚听)ξ『……教皇庁とメンヘル、法王庁と海の民って形になるわけね。
     その場合、シーブリーズに勝ち目はあるの?』

( ´_ゝ`)『言っておくが……奴らは強いぞ』

アルキュ島北部に位置するヴィップにとって、海の民は唯一領土を接していない民族であり、故に未知数の部分が大きい。
ラウンジ・神聖ピンクの連合部隊をも撃破し、塩田を勝ち取った歴史は知っている。
しかし、今ではリーマン禁軍元帥【常勝将】シャキンと領境を巡って長年睨み合いを続けているだけである。
当然、南北の連合軍と比べればシャキン軍など物の数にも入らない筈だから、かつての猛勇は失われたと考える者も少なくないのだ。
が、兄者はそれを強く否定する。

( ´_ゝ`)『あれは、陸戦を不得手とするシーブリーズと、砂地によって戦車隊を封じられたシャキン。
      決め手を欠いた者同士が動けないでいるだけだ。
      砂地や海岸沿いに引き込めばシーブリーズが勝つし、平地での戦いになればシャキンが勝つ。
      共に攻め込んだ方が不利になるし……海の民としてはシャキンさえ見張っておけば、
      同盟相手のモナーから大量の戦支援金を引き出す事が出来る。楽な仕事だな』

そこで兄者は卓に腕を伸ばし、茶を満たした碗を手に取った。
故国シーブリーズの事が会話の中心となっている為、口を動かすのはどうしても彼に集中してしまう。
渇いた喉を潤したくなっても無理は無いだろう。

( ´_ゝ`)『【白花蛇】の阿部と【破軍】の渋沢と言うオッサンがいてな。
      阿部は鉄鎖使いだが、【急先鋒】や【九紋竜】と良い勝負をすると思う。
      渋沢は元々キールで隠密術を学んでいたようだが……正直、ハインリッヒでも勝てるかどうか』

ミセ;゚ー゚)リ『化け物じゃないですか……』

( ´_ゝ`)『厄介な中年だよ。妹者は奴が赤子の頃に俺達はシーブリーズを出てしまったから、よく知らん。
      が、そんな化け物2人を従えるだけの幼女だって事は間違いないだろう。
      その上、ヤツラの船には水の上で燃える炎が備えられていてな……どう考えても負けるイメージが沸かんな』



53: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:26:14
兄者の言葉に、誰かが生唾を飲み込む音が続いた。
【急先鋒】ジョルジュ。【九紋竜】ギコ。【天翔ける給士】ハイン。
彼らはヴィップに身を置く戦士達の中でもずば抜けた実力者である筈だ。
当時まだ幼かった兄者の記憶によるものだとしても、【小旋風】妹者が従える双璧はよほどの手腕と見るべきだろう。
海の民とは【金剛阿吽】流石兄弟に『このままここにいても埋もれるだけだ』だと感じさせ、故郷を捨てさせる者の集まりなのだ。

ξ゚听)ξ『……やっぱり、戦争になるのね』

( ´_ゝ`)『残念だがな。だが、これは自衛の為の戦いだ。
      放っておけば、モスコーだけでなくこの島の全てが焼き払われる事になる。
      我らは我らの生きる場所を護る為に戦わねばならぬのだ』

ξ゚−゚)ξ『分かってる……分かってる、けど……』

それでも、ツンの眉は深く皺を寄せていた。
兄者の話を聞けば聞くほど、この島が大戦争に向けて突き進んでいる現実を思い知らされるからだ。
隠密の隠密たる所以は、徹底した現実主義にある。
その意味で言えば【金剛阿】兄者は、ヴィップに籍を置く3人の隠密の中で最も隠密らしい男だ。
今でこそ誰も言葉にしないが、ニイトとヴィップの戦において、銀髪の青年に謀反を唆した事すらあるのだから。

そんな兄者の言葉だから、一層言葉に重みが増す。
獅子の異名を持ちながら黄金の王は元来、戦を好む性格ではない。
如何に海の民が優れた戦士集団であり、自衛の為の戦いだとしても、多くの者が命を落とす行為は望む物ではないのだ。

卓の下でレーゼに軽く足を蹴られて、兄者はそれに気付いた。
少しだけ気まずくなって、前脚を持ち上げていた座を正す。
あまり人の心の機微を気にかけない兄者だが、その彼をして『助けてやりたい』と思わせる何かが、この王にはあるのだ。

(;´_ゝ`)『あ〜、何と言うか、これは避けられぬ戦だ。数の上だけでは勝ち目も薄い戦だ。
      だが、出来るだけ犠牲を出さずに勝利する方法は、無いわけではない……と思う』



55: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:28:08
ξ゚听)ξ『っ!! 本当!?』

(;´_ゝ`)『ここで嘘を言っても仕方あるまい。
      おそらく【天智星】はその為にハインリッヒを南に送り込んだはずだ』

思わず立ち上がり、ずいと乗り出してきたツンから逃げるように、兄者は身を仰け反らせる。
もし、座を正していなかったら、背後に倒れこんでいた事だろう。

( ´_ゝ`)『準備期間に一月かかるとして、おそらく半年。
      どうせ正攻法で行けば、それだけの短い時間で我らは混乱を収めなければならん。
      法王にしても教皇にしても、時間がそれしか残されていない事に変わりは無い。
      故に法王は間違いなくシーブリーズに接触を図るだろうし、教皇はモスコー駐屯の大義名分を確立しようと躍起になっている筈だ。
      そして、考えられる大義名分とは……“聖杯”か、この島の完全支配以外にありえんのだ』

そこで兄者は周囲がポカンとした顔で自分を見ている事に気がついた。
シーブリーズの出身であり、島中を旅してまわっていた事があり、メンヘル十二神将の座にいた経験もある兄者である。
彼が当たり前だと思っている事でも、北部の住人には分からぬ事も多いのだ。
己の考えが足りなかった事を恥じ、誤魔化すように後頭部を掻いてから再び口を開いた。

( ´_ゝ`)『聖杯と言うのはな。かつて唯一神マタヨシが磔刑にあった時、胸に突き刺された槍から滴った血を受けたとされる杯の事だ。
      その胸を刺した槍がフッサールの天星十字槍、最後に首を刎ねたのが七星宝剣と言われているがな。
      所謂、聖骸・聖骸布・聖杖・聖冠などと並ぶ聖遺物の一つ……らしい』

最後に『らしい』と付け足したのは、神将に属しながらもマタヨシを崇めていなかったが故、記憶に自信が無いからだ。
兄弟にとって信仰とは他人にさせる物であり、己が行なう物ではなかった。
それを証明するかのようにニイトに仕えてからは、頭に巻いていたターバンも捨て去っている。



56: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:29:20
( ´_ゝ`)『で、この聖杯と言うのは……純銀で作られた山羊の角らしいのだがな。
       聖地管理者……つまるところ、メンヘル最高指導者の証のような物と考えれば間違いが無い。
       これさえ持っていれば浮浪者だろうがリーマン族だろうが指導者となれるし……そう言った前例もあったらしい。
       もっとも、1・2を争う短命指導者だったそうだがな』

兄者は、続けて教皇側の求める“大義名分”について語り出した。
教皇にしても法王にしても泥試合的に長期化した内戦は希望する物ではない。
が、例えモナーをこのままモスコーの指導者に据え置いたとしても、法王とシーブリーズが手を組むとなれば放置は出来ぬ。
それは南の大国の内乱が泥沼化する事を意味しているからだ。
また、シーブリーズと言う脅威が控えている以上モスコー駐屯は必要条件となる。
何故なら、海の民に聖杯を奪われれば、神聖国教会は貿易ルートを失う事になるからだ。

彼らにとって最も都合が良いのは聖杯を自分達の手に入れてしまう事だろう。
そうすれば、聖地管理者の名の下、何処に身を置いていてもモスコーの。貿易の玄関口の所有権を持つ事が出来る。
この場合、もしシーブリーズがモスコーを侵略したとしても、法王を叩く材料が増える事になる。
問題は如何にして聖杯を手に入れるか、だ。
現在の聖杯管理者モナーにとって聖杯は命綱であり、これを失う事はいつ殺されてもおかしくない事を意味する。
更に言えば国教会ほど世俗にまみれていない彼は、聖遺物が政争の材料に使われる事を好しとしないだろう。
あくまでもモナーにとっては唯一神マタヨシこそが全ての頂点に立つ存在だからである。

( ´_ゝ`)『そして、最後の可能性が聖杯などお構いなく、アルキュ自体を完全に支配下に置く事だが……』

と、そこで兄者はまたしてもミセリやプギャーが不思議そうな顔をしているのに気がついた。
レーゼやツンなどは、なぜ神聖国教会がそれほどまで“大義名分”に拘らなければならぬのか分かっているだろうが、補足の意味も込めて言葉を紡ぐ。

( ´_ゝ`)『それが最も手早く勝利できる方法だからだ。良いか? 膠着期間に一月、更に半年が過ぎれば春になる』

ミセ;゚ー゚)リ『……はい』

( ´_ゝ`)『春になれば……北が必ず動く』



57: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:31:50
ミセ;゚ー゚)リ『……ラウンジが攻め込んでくる、と言うんですか!?』

( ´_ゝ`)『当然だろう。ラウンジからすれば、むしろ動かない理由が無い』

爪ii- -)『内乱に巻き込まれ混乱したアルキュを救い、更に悪の総本山たる神聖ピンクをも叩く、か。
     ラウンジにとっては非のうちどころがない“大義名分”になるわね……最悪』

そこでミセリやプギャーも、兄者の言う“半年の猶予”の意味を理解した。
季節は雷竜の月。現在の暦に換算すれば8月の前半である。
今から出兵準備をしたとしても一月は必要となるから、北のラウンジでは秋支度も必要となる季節だ。
つまり、今すぐラウンジが侵攻しようとすれば、長く厳しい冬の期間に兵を動かす事になるのだ。
歴史上、北の大国が長期遠征を行なう際、その大半が冬が終わってから行なわれてきた。
冬将軍と言う勝ち目の無い大敵との戦を恐れての事である。
だがしかし。冬が終わればラウンジは必ず動くだろう。それまでにメンヘルの混乱を収束させなければならない……。

( ´_ゝ`)『我らにとって最も都合が良いのは、国教会軍がこの島から全面撤退してくれる事だ。
      そうなればラウンジは侵攻の大義名分を失い、動く事が出来なくなるからな。
      だが、許された時間は短く、立ち向かわねばならぬ者は強大に過ぎる。
      ならば、策を絡め……聖地管理者の証を奪い、国教会が駐屯できる大義名分を無くしてしまうのだ
      まぁ、その辺りは、今頃【天智星】や【無限陣】が策を練っているだろうがな』

かつて無い混乱の中にあるモスコー。南の大国の内乱を左右するであろうシーブリーズの動き。そして、聖杯の行方。
複雑に絡み合ったそれぞれの思惑を探る為、漆黒の給士は旅立った。
願うべくは、一日でも早く彼女が帰還する事のみである。

【金剛阿】兄者は遠く離れた南部の情勢やラウンジの意思を完全に読み取って見せた。
今後はヴィップが誇る2人の天才の出番となるだろう。
そして、もし兄者に見落としがあるとすれば━━━━━。
戦略の天才は全身の打撲で身動き一つとれず。戦術の天才は今だ寝台で惰眠を貪っている、と言う事だけであったに違いない



60: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:46:42
         ※          ※          ※

(´゚ω゚`)『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!』

ノハ#゚听)『泣くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!! 男の子だろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!』

( //∀゚)『……もう、男の子って年齢でもねーけどな』

場所は宮殿外。
【天智星】ショボンの真新しい邸宅である。
つい先日、中書令に復帰し城外の庵を引き払った邸宅の主は、寝台に半裸でうつ伏せていた。
全身には乱暴に包帯が巻きつけられ、むきだしの肩口には真新しい掌の痕がくっきりと浮き上がっている。
前者の原因を作ったのは彼に仕える黒髪の給士で、後者は赤髪の給士による仕業であった。

(;//∀゚)『お前もよぉ。ちょっとは手加減してやれよな』

ノハ#゚听)『黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!! 話しかけるな、汚らわしいっ!!!!!!!!!』

叫ぶと同時に投げつけられた膏薬の壺を、ひょいと首を傾げてかわす。
それは見事に白塗りの壁とぶつかって割れ散り、汚れ一つ無かった筈の壁に傷をつけた。

ノハ#゚听)『世の為、人の為、揃ってもげろ!! ばか兄弟っ!!!!!!!!!』

(´・ω・`)『ばかじゃないよー』

( //∀゚)『義兄弟だしな』

ばか兄弟と言うカテゴリーにひと括りにされた者達の反論は、残念ながら赤い給士の琴線に触れなかったようである。
忌々しげに2人を睨みつけると、そのまま鼻息荒く主の寝室を立ち去った。



61: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:47:18
( //∀゚)『……ショボンよぉ。お前、ガキじゃねぇんだからさ……少しは自重した方が良いぜ』

(´・ω・`)『義兄に言われたくはないよ。昨夜は何戦何敗だったんだい?』

( //∀゚)『負けを前提に話すんじゃねぇ。俺様は無敵の急先鋒だぜ』

(´・ω・`)『どうだか。寝台の中でも猪みたいに突っ込んでいくだけだって、もっぱらの噂だよ』

憎まれ口を叩きながら、白眉の青年は身体を起こし前開きの服に袖を通す。
よほど身体が痛むのか、そろそろと確かめるように動作は鈍かった。

( //∀゚)『お前がハインをいじめると、ヒートが機嫌悪ぃんだよ』

(´・ω・`)『僕の給士が機嫌悪くしてるところに嬉々として火種を放り込んでいたのは誰だっけね』

【赤髪鬼】ヒートが不機嫌な理由。
それはまず、彼女に何も告げず“愛しのお姉様”が南に旅立ってしまった事にある。
その一点だけでも感情の沸点が低いヒートが機嫌を損ねるのに十分な理由であるのだが、
更にショボンが(彼女の許可無く)ハインの浴場に乱入したと知り、本来は殴り飛ばしてやりたいのを治療してやらねばならないという事。
とどめが『新居訪問の挨拶』という名目で乗り込んできたジョルジュが、
やけに肌をツヤツヤとさせながら臨場感溢れる猥談を披露してみせた事であろう。

つまりは“馬鹿兄弟”という区分分けには何ら間違いが無い。
いわゆる“どっちもどっち”というものであったから、義兄弟の争いは互いに勝機の無い戦であった。
それを自覚しているからこそ、2人は顔を見合わせてガックリと肩を落とす。

(ii´-ω-)『やめようか。馬鹿馬鹿しい』

(ii//∀-)『あぁ』



63: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:49:10
(´・ω・`)『それじゃ、義兄が愛しの我が家をわざわざ訪問してきた本題を聞こうか?』

( //∀゚)『おう。まぁ、察しはついてると思うけどな』

白眉の戦略家は寝台に、隻眼の勇将は紐解かれていない荷の一つに腰を下ろして向かい合う。
ヒートがその日の業務を放棄してしまったので、ショボンの手には白湯を注いだ碗が。
ジョルジュの手には生酒を満たした竹筒が握られていた。

(´・ω・`)『まず、確実に言える事から行こうか。フッサール老の扱いについて、だ。
     これはまだ王に進言していないけど……ヴィップはひとまず老の亡命を受け入れる方針でいいと思う』

( //∀゚)『良いのか? フッサールの爺さんはアルキュにおける小乗派の中心だ。
     法王さんもモナーと挿げ替えようとしてたらしいし……教皇陣営を刺激するんじゃねぇか?
     テメェなら爺さんをポイと引き渡して交渉の材料にするくらいしかねないと思ってたけどな』

(´・ω・`)『それも考えなかった訳じゃないけどね』

言ってショボンは苦笑する。
一介の給士に“馬鹿兄弟”扱いされてはいるが、2人はヴィップ国政の中心たる五大令だ。
立法の長と司法の頂点に立つ者。最優先せねばならぬ事は当然分かっている。

(´・ω・`)『でも、教皇側の立場から考えれば、フッサール老はモナーの対抗馬程度の存在でしかないんだよ。
     老が聖杯のありかでも知っているというなら話は別だけど……それは無いみたいだし。
     だったら、マスカレイド家のお姫様の方が、よっぽど外交のカードとして使い道があると考えるんじゃないかな』

そこでショボンは碗の中身を一口啜り、白眉をしかめた。
過去、黒衣の給士をニイトに派遣した時にも感じた事だが、やはり頭脳労働の際には彼女の淹れてくれる茶が欲しい。



64: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:50:51
( //∀゚)『やっぱり物騒な事、考えてやがったか』

(´・ω・`)『人聞きが悪い事を言わないで欲しいな。最悪の場合を想定しているだけだよ。
     それにフッサール老の話では、お姫様がもう一人モスコー領内に残されているそうじゃないか。
     国教会が彼女達を外交手段の一つとして使おうとした場合、まずは身近にいる方を手の内に納めようとするだろうさ。
     それすら出来ずヴィップに圧力をかけてアリス嬢を明け渡させようとすれば、それは自らの力量を問われる事になる』

とは言え、外交の切り札はやはり多いに越した事は無い。
もし、ショボンが教皇側に身を置いていたとしたら、姉には妹の。妹には姉の身の安全を餌に投降を迫るだろう。

( //∀゚)『その策を国教会が取ってくる可能性は?』

(´・ω・`)『限りなく低いだろうね。今の段階では……アリス嬢の周辺に気を遣っていれば問題ない程度だと思う。
     もし、教皇側がこの策を実行しようと思ったのなら、彼女がヴィップに来るより早く手を打っているだろうし……
     それにね、これは智者の策なんだ。智者と言えば聞こえはいいけど、つまるところ慎重。臆病。弱者の策なんだよ。
     兵法的視観から考えても、現時点から彼らが搦め手を選ぶ事は無いと思う』

神聖国教会がモスコーに派遣してきた兵の総数は100000と伝えられている。
大をもって小を討つは兵法の基本であり、王道である事は、かねてから繰り返し述べてきた通りだ。
が、そこだけに固執しすぎると、思わぬ落とし穴が待っている事も覚えておかねばなるまい。

その一つが兵糧である。例えば、1日に碗1杯の食料を支給すると考える。
碗に1杯の麦がおおよそ1合(約200g)だから、1日に消費する食料は100,000合。約2,000トン。
現在の単位に換算して334俵がたった1日で消えていく計算になる。
ちなみに、1ヘクタール(10,000平方メートル)の麦畑から収穫できる麦の量が、現代であってもおおよそ67俵(4,000kg)前後。
収穫率の高い米であっても83俵(5,000kg)前後と言われているから、巨大な軍隊はその消費も並大抵の物ではないのだ。

また、移動は制限され、身動きは遅く、戦場も限定される。
しかし、これらの事項は大軍を率いる者にとって当然の事であり、合戦においてはこう言ったデメリットを超えるメリットを大軍は持つ。
もっとも懸念すべきは、戦術視野が狭まる事なのだ。



65: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:51:41
(´・ω・`)『つまり、ね。数の暴力で押し潰すって言うのは戦において究極の王道なんだけど、だからこそ視野が狭まる事があるんだ。
      油断……と言うのとは違うんだけど、正道に身を置いているからこそ、行動や考えが制限される事もある。
      10000の兵で100を討つ時、小細工をしようとは考えないだろ?
      小細工をせず、跳ね返す為の大軍であり、そんな事をすれば指揮能力を疑われるかもしれない。
      巨象が鼠の知恵に気をかけないような物だけど……おかしな話だよね』

( //∀゚)『暗黙の了解に縛られてるって事か』

(´・ω・`)『うん。それに大軍ともなれば、指揮官の数も多いだろ?
     圧倒的大軍をもって侵攻し、故に「勝利は間違いない」と考えれば当然、褒賞のことも頭にちらつくよね。
     他人より良い所見せようなんて考え出したら、更に小細工に手を出しづらくなる。
     だからこそ、そこに付け入る隙があるし、相手の動きもある程度は読み取れるんだ』

圧倒的多数を揃えながら、王道に拘るあまり大敗する。
その代表的な例が、官渡の戦いであろう。
そして、こういった裏街道的な戦は【天智星】ショボンの独壇場。専売特許でもあるのだ。
二年前、ニイトとの戦においては影で暗躍した【人形遣い】フォックスに苦汁を舐めさせられたが、
当時は彼自身が謀略の中心に巻き込まれ、不透明なファクターが多すぎたと言う不幸が重なったが故の結果だ。
周囲の評価など気にもかけず、敵国が嫌がる戦略戦術を練る事に関しては、今でもアルキュ島随一の存在である。

( //∀゚)『で、テメェの考えでは戦になる事が大前提なわけだ?』

(´・ω・`)『収束点とそこに至る道は複数存在するけど、ラウンジの動きを考えると策は限られてくるよ。
     その最有力候補に、神聖国教会軍のモスコー撤退が挙がってくるのは、自然な流れだと思うけどね。
     もし陛下に考えを問われたら……迷い無く出兵を御意見させてもらう』

言ってショボンは瞳を閉じ、首を数回横に振った。
彼は今、ツンが兄者やレーゼと奇妙な会談を行なっている事を知らない。
だから、理想家の王が出兵を前に泣きそうな顔になるであろう事の方が、気がかりだった。



67: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:54:15
( //∀゚)『策は?』

(´・ω・`)『当然』

言ってジョルジュは竹筒の栓を抜き、口元で傾ける。
その間、隻眼は義弟から片時も離されず、ショボンは悠然と視線を受け止めていた。

( //∀゚)『数の不利』

(´・ω・`)『大号令』

( //∀゚)『短期決戦』

(´・ω・`)『聖杯』

まるで符号のようなやり取りを数度繰り返してから、ジョルジュは片頬を軽く持ち上げた。
おそらくは、自身の考えが白眉の青年と一致していた事が分かったからであろう。
逆にショボンは、義兄が大雑把のようで実は知略にも通じている事を知っていたから、特にリアクションも無い。
リーマンに属していた頃はローハイド草原中央部でメンヘル軍と剣を交えていたのであるし、
聖杯の事もその頃から知っていたのだろうと、予想する。

(´・ω・`)『結局、どんなに頭を悩ませても最後は、無断で人様の家に上がりこんできた客人に実力でお帰り願うしかないのさ。
     北風を避ける為には、火傷を覚悟で家を焼く炎を踏み消さなくてはいけないんだ。
     そして、この戦いは単なる殴り合いでは済まない。兵の戦いで勝っても、聖地管理者の証を巡る戦いで勝てなければ意味が無い。
     逆もまた然り。僕らが臨もうとしているのは、表では兵の命を。裏では聖なる杯を賭けた戦いなんだよ』

言ってショボンは冷めかけた白湯を啜り白眉をしかめた。
自身の導き出した結論に、不自然であったり無意識的に動かされた部分が無い事は断言できる。
だが、どこか不快なのだ。
選び取っているようで実は誘導されている。二年前に感じたような不快感は気のせいであろうか?



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