( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

68: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:54:45
( //∀゚)『モテナイはどう動くかね』

碗の中に視線を落としていたショボンは、義兄の声にハッと顔をあげた。
元々【戦士の街】ネグローニと呼ばれていた彼の地は、今や失地の民モテナイを受け入れ、
更に強大な軍事国家としてその名を轟かせている。
二年前、バーボン領主代理となった【鉄壁】ヒッキーと一戦を交えて以降大きな戦に関わっていないが、
当時の圧倒的な快勝劇は今でも古い記憶では無い。
その後、国内に侵入した賊の掃討や国政の整理に専念していた様子だが、
両面で優れた戦果をあげているらしいと言う事は複数の情報網から伝わるとおりだった。

(´・ω・`)『うん。この混乱が収まるには3通りの結末が考えられるんだけどね。
     まず、最上が法王と教皇が和解し、国教会軍に大人しくこの島を退場願う結末。
     次いで、実力行使で侵略者を追放する結末。
     最後が、国教会と手を組み受け入れる結末』

( //∀゚)『……どれもこれも楽な道はねぇな』

(´・ω・`)『そうだね。最初の結末は陛下やブーンが如何にも好みそうだけど、現実的じゃあない。
     両者が和解を考えなくちゃいけない頃には、とっくにこの島がラウンジに占領されてそうだよね。
     次の結末は、国教会とメンヘル連合軍……少なく見ても150000の大軍が相手だ。
     その場合はおそらく、ヴィップ・ニイト・リーマン・シーブリーズ……全諸侯を巻き込んだ大合戦になるよね。
     最後の結末は最も楽な道だ。だけど国教会がモスコーの支配権獲得だけで大人しくしてくれたとしても、
     海の民と結んだ法王との戦は泥沼化する。そうなれば、ラウンジが遠慮してくれるハズが無い。
     もし、アルキュ全域の支配なんてしてきたら、それこそ北と南の全面対決になるよ』

南の大国の分裂は、単純な大乗派と小乗派。信仰上の争いの枠に収まる程度の物ではない。
過去より長く続く支配者階級と繋がりを持つ教皇庁。
新たな台頭の兆しをみせ始めた富裕者階級を傘下に治める法王庁。
両者の衝突は、次世代の担い手を決定する為の代理戦争、歴史の必然とも言える戦いだ。
そして、その争いが未だ収束どころか本格化もしていない今、和解の道は果てなく遠いと言うショボンの判断は正しいと言えよう。



69: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:55:06
( //∀゚)『んなもん、結局選択肢は一つしかねぇじゃねーか』

(´・ω・`)『うん。故に、まだモテナイは動かないと僕は見る』

( //∀゚)『まだ?』

義兄の声には応えず、白眉の青年はそろそろと立ち上がった。
書棚から一本の巻物を手に取ると、それを無造作に床の上に広げ、自身もその前に腰を下ろす。
ジョルジュもまた、彼に習うようにして巨体を床に下ろした。

(´・ω・`)『僕はダイオードと言う男を良くは知らないけどね。
     いくつか断言できる事がある。それは、黒犬の王が面倒なほどに慎重で、そのくせ野心家だ、と言う事だ。
     ラウンジが侵攻してこない理由が無いのと同様、モテナイも動かぬ理由が無いと思う。
     まずは、これを見て欲しい』

言って、ショボンは広げた巻物を指差した。
それは、アルキュ島の地図。かつて、彼がバーボン荘の馬鹿息子と呼ばれていた頃、給士ハインを使って製作した綿密な物である。
義弟の声を聞きながら、ジョルジュは熊のような巨体を丸め込むようにして地図を覗き込む。

(´・ω・`)『もし、僕らが国教会との決戦を選んだ場合、モテナイには2つの選択肢が与えられる事になる。
     同盟関係にあるメンヘルと組むか? 同盟を破棄して僕らと組むか、だ。
     でも、実は前者の選択は有り得ないと言っても過言じゃない』

同盟関係にあるとは言え、モスコーとモテナイは領土を隣接させていない。
アルキュ島東部を南北に分ける境界的位置に国土を横たえるモテナイは、
その四方をヴィップ・ニイト・バーボン・デメララに囲まれているのだ。

(´・ω・`)『分かるだろ? つまり、モテナイがメンヘルと手を組み続けた場合、一番に攻められるのは自分だって事さ。
     身を削ってメンヘルに尽くす……って道もあるけど、そんな筋合いも無いだろうからね。
     それに、戦が長引けば北からラウンジがやって来る。そうなれば結局得る物は何も無い』



70: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:57:20
( //∀゚)『……って事は、モテナイも俺達と組むって言うのか?』

(´・ω・`)『おそらく、ね。だが、野心家と言う像に当て嵌めれば、領土拡大に動かない筈が無い。
     最小の犠牲で最大の戦果を得ようと考える筈だ。
     つまり、動くのは……』

( //∀゚)『……っ!! 終戦直後、か』

ジョルジュの言葉に、ショボンはコクリと頷く。

(´・ω・`)『そうなると逆にモスコーと領を面していない事が大きく有利になる。
     ヴィップ・リーマン勢やシーブリーズはモスコーと接しているからね。
     戦力を温存する言い訳は幾らでも出来るって寸法さ。そして、狙うは……』

言いながら、ネグローニをさしていた指を、グイと地図の下方に動かした。
その指は、多くのアルキュ人民や【金獅子王】ツン=デレらにとって大きな意味を持つ一点でピタリと止まる。
彼の地の名は……

(;//∀゚)『デメララ……王都を直接狙うってのかよ?』

(´・ω・`)『僕なら、そうする。北との玄関口、ネグリタとラパランを制圧し、鉄の貿易権をリーマンから奪う。
     何故なら、それこそが最も利が大きい行動だからだ。
     逆に、ニイト・ヴィップ・バーボンを攻めるのは利が少なく害が大きすぎる』

鉄の大国ラウンジからすれば、大切なのは貿易口を確保する事であり、
その取引相手がリーマンでなくてはならぬ理由は無い。
評議会内に大きな影響力を持っていた、親ラウンジ派の筆頭【人形遣い】フォックスが転落した今となっては尚更である。
であれば面倒事が起こる前に取引先をモテナイに移し変えるのは、決して悪い選択肢では無いし、
モテナイからしても、かつて自分達を裏切ったリーマン族全体に対する強烈な意趣返しとなる。
島内における人口数こそ多いとは言え、後ろ盾を失ったリーマンは没落を免れないであろう。



71: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:58:48
( //∀゚)『そう思わせておいてモテナイがニイトやヴィップに攻め込んでくる可能性は無いのか?』

(´・ω・`)『無い。だって、理由が無いよ』

言ってショボンは手を伸ばし、床に転がっていた薬壺の欠片を拾い上げた。
それを地図上に並べ置きながら、説明を続ける。

まず、ヴィップ城はモテナイの主城ネグローニから距離がありすぎる。
ニイトは比較的近距離に位置しているとは言え、この2城を奪う事によるネグローニの利は決して大きくない。
何故なら【金獅子王】ツン=デレ治めるヴィップを支える物は、島中の流通システムだからである。

(´・ω・`)『闇市の支配権なんて物はあくまで形の無い物だからね。領土を奪ったからと言って、手に入る物じゃない。
     短時間的視野で考えれば、我が国に打撃を与え、財を奪う事は出来るだろうが……
     それが結局一時的な物に過ぎないなんていうのは、少し考えれば分かる事さ。
     慎重な野心家、【黒犬王】ダイオードが採る策じゃないよね』

更に言えば、ネグローニから見れば両城は大鵬の翼のように位置している。
ヴィップを狙えばニイトが南下するだろうし、ニイトを攻めればヴィップに側面を襲われる。
個別撃破は不可能と言って良く、軍を分けての両面作戦は困難を極めるだろう。
こう言った状況から、ダイオードにどうしてもツンを狙う理由が無い限り北上はありえないと、白眉の戦略家は判断したのだ。
また、バーボンは本城バーボン城がネグローニから遠く、上手く攻め落としたとしても周囲を完全包囲される事になる。

( //∀゚)『でもよ、デメララを奪ったって、集中攻撃を受けるのは変わらねーんじゃ……』

(´・ω・`)『いや。互いに兵を移動させやすい位置にあるネグローニとデメララ。
     この2つの要害を押さえれば状況は全く変わってくる。それと、もう一つ』

そこでショボンは、手元に唯一残していた薬壺の欠片を、島の最南部の位置にコトリと置いた。

( //∀゚)『……っ!! シーブリーズか』



72: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:59:54
(´・ω・`)『うん。財貨収入に興味が無いモテナイと、領土拡大に興味が無い海の民。
     これ程までに相性が良い組み合わせも無いだろうね。
     同盟条件はおそらく、製塩権のモテナイへの譲渡と、デメララ領内港街のシーブリーズへの開放。
     ラウンジとの貿易権の3割でも餌に釣れば、海の民は必ず喰らいついてくる。
     彼らにとってもこれ以上美味しい話はないし……むしろ、すでに秘密裏に同盟関係にあるかもしれない』

この同盟が成立すれば、モテナイは北部からの攻撃に対しては、少数の兵をネグローニに残すだけで対応できるようになる。
西方からの攻撃に対しては、要害デメララさえ押さえておけば、シーブリーズからの援軍が来るのを待てば良い。
もし、ショボンの考えどおりに事が進めば、鉄の貿易ルートを支配し、製塩権を持つモテナイ。
塩の貿易ルートを持ち、独自に鉄の輸出入を管理できる海の民。
そして、ヴィップの3国が鼎立する形になるだろう。
リーマンと【評議会】の権威は没落し。メンヘルは戦の傷から立ち直れず。
ヴィップは南北の大国の支援を受けた2勢力に単独で立ち向かう事になる。

( //∀゚)『……そこまで考えてるって事は。当然、対応策もあるんだろうな?』

(´・ω・`)『勿論。まず、北との貿易はギブソンを開放する事で対応できる。
     だから、僕らとしては南との貿易ルート確保を考えなくてはならない。
     具体的には、モスコーに親ヴィップ勢力を築きあげるんだ。
     ここで初めて、僕らの側でもフッサール老やマスカレイド家のお姫様と言ったカードの使い道が生まれて来る』

法王から直接モスコーの管理指令を受けたフッサールと、法王の娘であるアリスやレモナ。
彼らの存在は、今後南の大国との共存を望む上で必要不可欠な物となってくるだろう。

(´・ω・`)『でも、この策は聖地管理者の証・聖杯をこちら側で押さえて初めて生きてくるんだ。
     当然、国教会やシーブリーズも聖杯を狙ってくる。ハインを潜入させたのは、一日も早く聖杯の情報を得る必要があるからさ』

言ってショボンは太く垂れ下がった白眉を僅かにしかめた。
聖杯の情報は勿論だが、黒衣の給士が側にいないのは彼にとって片腕をなくしたような物であり、一日も早く無事な姿を目にしたい。
そう思えば、全身の痛みもいとおしい物に感じるのが、少しだけ可笑しかった。



73: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:02:51
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

( ・−・ )『では、条約の件。これにて成立したとさせて頂く』

/ ゚、。 /『…あぁ。貴殿の主にも宜しく伝えてくれ』

一礼して使者が立ち去っていく。
男が謁見の間を出て、大扉が閉じられてから、ようやくダイオードは玉座より立ち上がった。
仮面の下で小さく息を吐き出し、大きく伸びをしたい衝動を必死で押さえ込む。
それは、如何に彼が退屈な。本来望まぬ時間を耐え過ごしていたかを示す物であった。

モテナイ王国【戦士の街】ネグローニ。
もし今、北に目を移していれば【金獅子王】ツン=デレの生誕祭を祝う為にヴィップ城に到着した、
細目の隠密と経済の専門家の姿を見てとれる事が出来たであろう。
つまり、時は前日に遡る事になる。

この時、【黒犬王】ダイオードはヴィップの【金獅子王】より先じて南の混乱の情報を得ていた。
同盟国の強み、というだけの話のレベルでは無い。
ツン=デレにメンヘル族に起こった騒動の顛末を告げる事になる【砂漠の涙】フッサールは、ヴィップ領にすら到達していないのだ。

/ ゚、。 /『…告げる。遂に我らの悲願が達成される時が来た』

言って、鋭い視線を左右に並んだ将官に送る。
これが、先程ダイオードが息を抜こうとしなかった理由である。
流石に王たる者が、臣下が居並ぶ前で伸びをするわけにはいかない。



74: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:03:58
ダイオードの声に一瞬沸き立ちかけた諸官であったが、身動き一つせぬ王の姿に興奮する心を押さえ込んだ。
黒い王は思う。
我が事ながら、よくもここまで国力を高めた物だ、と。
二年前、評議会からの独立を果たした時、付き従う者は五指に満たぬ物だった。
それが今では、百官には届かぬまでも、謁見の間を縦断するだけの文官武官が立ち並んでいる。

右手には武官。
政策補佐官にして万騎将。黒色槍騎兵団が長。【繚乱】イヨゥが長すぎる外套の裾を石床につけて立っている。
その隣に歩兵団長・万歩将【青面獣】ラギ。
一つ空席があって、千将級の将官が列を成していた。

左手には文官。
軍師にして、赤枝の騎士団が長。【一枝花】ロシェが相変わらず眠そうな顔で彼を見つめている。
そこからズラリと官僚が並び、その最末端でかつての奸臣シラネーヨが脂ぎった身体を気まずそうに縮めていた。
既に、この男を気にかける者など一人として存在しないであろう。

(=゚ω゚)ノ『我が君……どうかしたかヨゥ?』

右頬に2本の刀傷をつけた小柄な騎士の声に、黒犬の王は思わず我に返った。
そうだ。
感嘆にくれるのはまだ早すぎる。
真の戦いはこれから始まるのだ。

仮面の下で、ダイオードはゆっくりと息を吸い込んだ。
やがて、物音一つ無い室内に、【黒犬王】の声だけが響きわたる。



/ ゚、。 /『…今、この時をもって我が国はメンヘルとの同盟を破棄する。
      また、神聖国教会なる侵略者を我らが地より駆逐し……統一が為の戦いを始めようぞ』



75: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:04:56
         ※          ※          ※

/ ゚、。 /『…ナナか?』

その日の夜。
窓すら無い自室で顔を拭っていたダイオードは、扉を叩く音に慌てて仮面をつけた。
フードを深く被りなおした所で扉が開かれる。
しかし、現れたのは彼が期待し、覚悟していた物とは違った顔であった。

(=゚ω゚)ノ『我が君、お疲れさまだヨゥ』

(.≠ω=)『ししし。期待外れで申し訳なかったねぇ、ク・ロ・さ・ま』

/ ゚、。#/『…年齢考えろ、嫁かず後家』

(#.≠ω=)

言いながらも、許可も得ずに扉横の外套掛けに脱いだ外套を掛けている2人に、厚い絨毯を指しめしてやる。
自身も片膝を立て、直接そこに座り込んだ。
イヨゥとロシェの2人も、それに習って腰を下ろす。

3人の中心に、どんとイヨゥの持ち込んだ酒甕が置かれた。
誰ともなく、突っ込まれた柄杓で手元の碗に白濁色の酒を注いでいく。
数日前に仕込んだばかりの乳酒は、ヨーグルトを思わせる酸味の強い香味を放っていて、
その場には主従の境など無いようにも思える。

北へ目を送れば【金獅子王】ツン=デレもまた、彼らと同じように親しい者達を自室に招いて酒を酌み交わしている頃だろう。
このような酒宴が日を置かず開かれているのもまた同じ。
唯一の差と言えば、ツンが他愛も無いおしゃべりを交わしていたのと違い、ダイオードらは主に政策について語り明かしていた事だろう。
それでも、気心の知れた者との楽しげな時間である事に違いは無いのだが。



76: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:06:05
(.≠ω=)『で、どうやってツン=デレに接近するんだい?』

会話を切り出すのは、常にこの女軍師の役目である。
櫛も入れていないボサボサの黒髪を見て、過去何人もの官女が身嗜みを整えるよう進言してきた。
が、その度彼女は、どれほど白粉を塗り隠せようとも隠せぬ右目の刀傷を指差し『とうに女は捨てた』と笑うのである。
もっとも、イヨゥに言わせればそれは単なる言い訳で、ズボラなだけであるのだが。

/ ゚、。 /『…今は待てば良い。必ずやツン=デレは大号令を発する。
     それしか国教会100000の兵に抵抗する手段は無いからな』

ダイオードの回答に、イヨゥは僅かに首を傾げ記憶を掘り起こそうと努める。
変わって声を発したのは【一枝花】ロシェであった。

(.≠ω=)『大号令……って、統一王がリーマンとの決戦を前に島中の民に決起を呼びかけたっていう……?』

/ ゚、。 /『…そうだ』

自慢げに両頬を吊り上げる軍師からの視線に、イヨゥはわざとらしく唇を尖らせる。
統一王ヒロユキは、生前3つの有名な声明を発していた。
一つがキュラソーにおいて、旧時代的な一部の人間による政治の独占からの脱却を訴えた、大声令。
続いてが、圧倒的なリーマン族との兵力の差を埋めんと義勇兵の決起を呼びかけた、大号令である。
この大号令によって、ローハイド南部で勢力を築いていた【引き千切る猛禽の爪】フィレンクトや、【狂戦士】ダイオード。
メンヘルの【預言者】モナー、海の民の【全知全能】荒巻などが加入し、後の電撃的和解へ繋がっていった。
ちなみに、残る一つが自身が暗殺されるきっかけとなった独立宣言である。

(.≠ω=)『その確信は……やっぱり兵力差かぃ?』

/ ゚、。 /『…あぁ』

軽く頷いてから仮面を持ち上げ、器用に口元で碗を傾けた。



77: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:06:50
例えば、ヴィップ王国は兵力50000と謳っているが、その全てが戦場に立てるわけではない。
常駐軍は20000に満たないであろうし、本拠地防衛も考慮すればモスコーに派遣できる兵は25000が精々だろう。
同じく、75000の兵力を誇るリーマンが派遣できるのが35000。
領土に固執しない海の民5000の兵力はその大半が海戦に向かう事になるであろうし、
国民総兵制を用いているモテナイであっても総兵力は20000。
半数も派遣できれば御の字であるし、そのつもりもないのが本音だ。
ヴィップの【天智星】ショボンが読んだよう、対モナー戦はモテナイにとってあくまで前菜にすぎず。
主菜に備えておきたいところなのである。

つまり、これらの4勢力を合わせた所でモスコーに向かえる兵力は、ようやく70000程度でしかないのだ。
対するモスコーには、総兵力が65000。
現地の混乱や、フッサール派に属する者達も多い事を考慮しても40000の兵は動かせるだろう。
神聖国教会の兵が100000だから、およそ攻め手に倍する数の兵力が待ち構える事になる。
“守り手の3倍の兵力を揃えて初めて攻めるべし”と言う兵法学の基礎から考えても、あまりに無謀に過ぎた。

そこで、義勇兵の決起を呼びかける必要が出てくるのである。
剣を捨て羊と暮らすかつての勇者。心の奥で戦乱を待ち焦がれている自由騎士。英雄に憧れる青年。
彼らを招聘し、同時にメンヘル勢力から脱落者が出る事も期待出来るのだ。
こうして兵力の差を埋めさえすれば、慢心しているであろう国教会軍に初手で大打撃を与える猶予すら生まれてくる。

/ ゚、。 /『…わざわざ安売りしてやる必要は無い。求められてから重い腰を上げれば良いのだ。
      だが……俺もヒロユキの時代から戦場に立っていたわけだからな。もう若くない。
      残念だが……明日より病に倒れる事にしようか』

(=゚ω゚)ノ『ヨ?』

その言葉に目を見開いたイヨゥであったが、主の仮面の下に覗く眼光がいたずらっぽく揺らいでいるのを見てとれたのだろう。
その真意を理解し、思わず噴き出してしまった。



79: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:08:36
(=゚ω゚)ノ『それはいい考え……じゃなくて、残念だヨゥ。我が君が戦場に立てぬとは……いやはや残念だヨゥ』

(.≠ω=)『あちゃー、運が悪かったねぇ』

/ ゚、。 /『全くだ。だが、寄る年波には勝てん。残念だが、この戦。我が国は後方支援に徹するとしよう』

誰が見ているわけでもないのだが、わざとらしい芝居をうって3人は顔を見合わせ笑う。
モテナイはダイオードと言う強力な王が治める絶対王政国家だ。
愚鈍な王に支配された絶対王政国家は、ただあるだけで人民に害を及ぼす物だが、名君に率いられたそれは全人民を豊かにする力を秘めている。
決断力では民主政を遥かに凌ぎ、政策にブレが生じる事もないからだ。

王こそが法であり、彼だけが特別な存在となれる政治システムは、ある種において平等である。
それはイヨゥやロシェなどの古来の臣も例外ではない。彼らもまた城下の一住民同様に歯車に過ぎないのだ。
国民の尊敬・忠誠・憧憬・怨恨・悪意を身に受けるのは、王ただ一人なのである。

諸兄らの中にはお気づきの者も多いだろうが、このダイオードの政策は【金獅子王】ツン=デレの真逆をいく物だ。
ツンは父である統一王ヒロユキの死後、アルキュの政治システムが混乱した反省から権力の分離を実行した。
学問の重要性を訴え、科挙を採用し、一人の死が国内に引き起こす混乱を最小限の物に抑えるべく努めている。
もし、ツンが悲願半ばに倒れたとしても、ヴィップという国家は彼女の臣によって、倒れる事無く稼動し続けるだろう。

だが、絶対王政の君主にとって臣下とは政治システムの効率良く動かす為の道具に過ぎない。
王の死はすなわち国家の死であり、歯車は停止せざるを得ないのである。

こう言ったシステムであるがゆえ、王が病に伏せるというのは出兵を渋る最大の口実となるのだ。
かつてニイト王であった頃のクーも同様の策を取ろうと考えた事があり、
【狂戦士】と呼ばれたほどのダイオードであれば、彼が倒れたとなれば多くの兵を動かす事の出来ぬ理由として、これ程の物は無い。
が。
思わぬところから出た一言が、ダイオードの心を揺れ動かせる事となる。

(.≠ω=)『あ。でも、ナナちゃんには予め言っておかないとねぇ。心配するよん』



80: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:09:55
/ ゚、。;/『…うぐ』

思わず漏れ出た声は、表情無き仮面に遮られて2人の耳には入らなかったようだ。
黒髪の軍師は小柄な騎士に酒を注がせて、大袈裟に礼を述べている。
ロシェの言葉はダイオードにとって、失念していたと言うよりも敢えて考えぬようにしていた類の物であった。

春風の笑顔を持つ少女、ナナ。
もし『ダイオード倒れる』の報が耳に入ったら、彼女は取る物も取らず駆けつけてくるだろう。
そして、それが虚偽の物と分かった瞬間、顔の半分を口にして怒りだす筈だ。
当然、戦の話も知られるだろうし、そうなれば何が何でも反対する立場に回るだろう。
戦場においては向かうところ敵無し。【狂戦士】と呼ばれたダイオードではあるが、少女の怒りは100の刃より恐ろしい。

【戦士の街】ネグローニにおいて、少女はほとんど唯一とも言える反戦論者である。
彼女にとって、どのような大義名分があろうとも戦争とは殺人行為に他ならないからだ。
モテナイと言う絶対君主支配下の国家において、ダイオードに面と向かって異を唱える事が出来る者は彼女一人であったと言って良い。

が、黒犬の王は決して少女を嫌ってはいなかった。
数多くの戦士達の死を間近に見てきたにもかかわらず、それでも盲目的に加害者を憎むと言う甘美な誘惑に染まらず。
ろくでもない世界で、よくぞ真っ直ぐに育ってくれたものだと、嬉しく感じている。

ダイオードが少女に向ける想いはおそらく、人が強すぎる光に向けるそれと同じ物だろう。
美しいと思いながらも、目を背けずにはいられず。
憧れながらも、身を焼かれる恐怖に襲われる。

だからこそ、ダイオードは少女を無碍に扱う事は出来なかったし、
モテナイに住む人々は、ある者は親しみを込めて。ある者は嫉妬と侮蔑を込めて、
ナナを“ネグローニの真なる王”と呼び、笑うのだ。



81: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:10:34
(.≠ω=)『そーいや、前から疑問だったんだけどさぁ』

/ ゚、。 /『…む?』

(.≠ω=)『なんで、ナナちゃんは我が君をクロ様って呼ぶんだい?』

彼らの酒宴の席において、議題を出すのがこの女軍師の務めであるなら、最初に脱線を始めるのも彼女の役目であった。
その頬は林檎のように赤く染まり、呂律も怪しい。乳酒の酒精度は高い物でないから、あまり酒に強い方ではないのだろう。

今でこそ漆黒の甲冑と常闇色の戦外套を好んでいるダイオードであるが、
ロシェがネグローニに召喚された当時“黒”と言えば【黒色槍騎兵団】が長・イヨゥの代名詞であった筈だ。
その頃には既に少女はダイオードを『クロ様』と呼んでいたから、呼び名の由来が外見による物でない事は容易に想像できる。

/ ゚、。 /『…昔の話だ。忘れた』

(.≠ω=)『ふぅん、そうかぃ』

つまらなそうに鼻を鳴らすと、それ以上を聞き出そうとはせず、酒甕に突っ込まれた柄杓に手を伸ばした。
元々特別に深い関心があったわけでもないのかもしれない。

忘れたと言うのは咄嗟に出た嘘である。
深い傷を負ってネグローニの山中を彷徨っていた仮面の王は、そこで初めて春風の少女と出会った。
彼女の家で傷を癒す事になり、兄と2人暮らしだったナナは客人が珍しくて、イヨゥの目を盗んでは彼の病室に忍び込んで来た。
彼自身も寝台に横たわっている身での退屈しのぎは他に無かったから、互いの名前など他愛も無いお喋りに付き合うようになる。
しかし、互いに小声での会話では完全には聞き取れぬ事も多く、以来ずっと少女は『クロ様』と彼を呼び続けているのだ。

少女だけに許された呼び名の由来を不思議に思う者も少なくなく、ナナもダイオードも幾度か同様の問い掛けをされた経験を持つ。
そのような時、少女ひとりの時はニコニコと笑って『内緒☆』と宣言し、仮面の王だけの時はぶっきらぼうに『忘れた』とだけ答えるのだ。
そして、場を共にしている時だけは、兄も知らない2人だけの秘密を愛でるように、
顔を見合わせて微笑みあうのが常だったのである。



82: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:11:47
/ ゚、。 /『…あれから7年か』

(=゚ω゚)ノ『ここまで来るのに7年もかかってしまったヨゥ』

/ ゚、。 /『…だが……あまりにも短い7年だった気がするな。それほどまでに密度の濃い時間だった』

しばし主従は共に過去へと想いをはべらせる。
が、小柄な騎士がかつての荒廃したネグローニを思っていたのと違い、
仮面の王が脳裏に浮かんでいたのは一人の少女の姿だった。

頭でっかちで危なっかしく彼の後ろをついて回っていた少女も、手足が伸び成長した。
少し前まで並んで市を歩けば甘い物ばかりに目を奪われていた筈が、今では飾り細工の屋台などに瞳を輝かせている。
流石に以前のように『大きくなったらクロ様のお嫁さんになる!!』と無邪気にはしゃぐ事はなくなったが、
優しすぎるくせに芯が強い性格は全く変わっていない。

細かった体つきも緩やかな曲線をおびはじめ、背伸びをしてみたい年頃なのだろう。
細い指先で唇に薄紅をひいている姿に、ドキリとさせられた事もある。
まるで、綻びかけた花の蕾のような若々しい生命力を感じるのだ。

学問にも興味があるようで、昔なら幼児向けの姿絵本を持っていた手に、
最近では初級の経済書を抱えている。
幸い、彼女の周囲には兄であるイヨゥ、軍師ロシェ、黒犬の王ダイオードなど優れた師も多かったから、
このままいけば数年後には次代のモテナイを担う人材になるだろうと、もっぱらの噂だった。

(.≠ω=)『で、そーいや今日はナナちゃんどうしたんだぃ?』




がちゃん。



83: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:13:04
仮面の王の手から碗が転がり落ちた。
注がれていた酒は飲み干していたので厚い絨毯を酒浸しにする事はなかったのが幸いではあるが、一目で彼が動揺しているのを見てとれた。

(;.≠ω=)『おぉぅ?』

春風の少女ナナの不在。
誰も口にしようとしなかったが、これは些か珍しい事態である。
ダイオードの自室に彼ら3人が集まる際、少女もまた兄についてくるのが常だった。
大人達の小難しい話には加われぬから、絨毯に直接ねころがって姿絵本を眺める様は、彼らにとって親しみ慣れた姿である。
近頃では行儀悪く寝転がる事もなくなり、ロシェに乳酒を薦められて、
こちらの分野でも大物になる可能性を見せていた物だが、その少女の姿が無いのだ。

ナナと言う少女は口先だけの平和主義者とは違い、積極的な行動力も兼ね備えている。
だからこそ、凱旋する王に屋根から飛びかかったり、独立直後で多忙な筈のダイオードを市に連れ出したり出来るのだ。
間違っていると思えば相手が誰であろうと正面から抗議するし、
どこからか中古の戦外套を入手して軍議に紛れ込んでいた事すらある。

この世に恐れるもの無しである筈のダイオードに、もし恐れるものがあるとすれば、それこそが少女のまっすぐすぎる怒りであった。
さすがに謁見の間で諸将を前に声高に反対を叫ぶ事は無いだろうが、糾弾を受ける覚悟はしていた。
だからこそ、今この場でナナが彼の参戦宣言に反対してこないのは腑に落ちない。
そして、それが意味する事は一つしか思いつく事が出来なかった。

/ ゚、。 /『…とうとう、嫌われたようだな』

全ての怨恨を身に浴びようとも、理想を貫こうと決意した。
日に日に成長する少女の姿を眺めては、平穏に揺らぐ意思を鼓舞してきた。
この優しく、穢れを知らぬ少女の時代が為にも、自身の世代で戦乱を終わらせてみせる。
そう考えてきたのだから、自嘲気味な呟きが漏れるのも無理はない物であった。



84: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:13:46
(=゚ω゚)ノ『……ナナは我が君を嫌ってなんかいないヨゥ。ただ、今日はどうしても動けない理由が……』

/ ゚、。 /『…お前のその言葉で何度救われたか分からないな。
      だが、今回ばかりは愛想を尽かされたというところだろうさ』

言いつつ、ダイオードは柄杓で酒を注いだ。
その背中はどこか小さく丸まっている風に見えて。
嫌われたのでなければ、あのナナがこの場にいない説明がつかないのだ。

こんな気分の時は、素顔を覆う仮面や酒精度の低い乳酒すらも煩わしく思えてくる。
人目を気にせず思う存分に泥酔できれば、少しは気も晴れるであろうに。

/ ゚、。 /『…面と向かって罵倒される覚悟はしていたのだけどな。
      それすら許されぬと言うのは、流石に少し辛い』

(=゚ω゚)ノ『我が君!!』

再びダイオードが弱気な声を漏らしたと同時に、イヨゥが声を荒げた。
胡坐をかいていた両膝を揃え、自身の主と向かい合う。

(=゚ω゚)ノ『これは……言い出しづらかったけどヨゥ』

少し言いよどんでから、意を決めたのか一息に声を吐く。




(=゚ω゚)ノ『今日の朝……ナナは女になったヨゥ』

/ ゚、。;/『………は?』



85: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:14:32
女になる。
その意味は大きく考えて2つに分かれるところだ。
が、あの年頃の少女が男を知るのは、とてもでないが早すぎる。
生きる為に幼い頃から身体を売る少女や、赤髪の暗殺者ハインリッヒなどの例外はあるが、
春風の少女はこういった一部の例外からは遥かに遠く離れた環境で育ってきた筈である。
必然的に、残る意味合いはただ一つ。

/*゚、。 /『…女に……? ナナが?』

そして、それを察した瞬間、ダイオードは湯気を噴き出さんまでに激しく赤面した。
無表情な仮面と厚いフードで見られる事こそなかったが、のぼせあがったように目の前が回っている。

(=゚ω゚)ノ『それで……朝から顔も見せてくれなくて……ずっとスパムに付き添ってもらってるヨゥ』

イヨゥは兄としてこの日が来る心構えが出来ていただろうし、ロシェはそもそも同性であるから大して気にもかけない。
が、少女が大人となる事など考えた事も無かったダイオードの狼狽ぶりは見ているだけで哀れになる程であった。
当然ダイオードとて女の身体を知らぬワケではないのだけれど、
常日頃じぶんの周囲を駆け回っていた少女の話となると、また意味合いが違ってくる。
『優れた戦士は城下の娘の処女を奪う権利を有する』などと言っていた男とはまるで“別人”のような。
あまりに初心な仮面の王であった。

(=゚ω゚)ノ『もう一度言うヨゥ。妹は我が君を嫌ってなんかいないヨゥ。
     昔からずっと……いや、今の方がずっと我が君の側に居たいと思ってるんだヨゥ』

そこまで言って、イヨゥは額を床に押し付けた。そのまま言葉を続ける。

(= ω )ノ『これは臣として……兄として、友としてのお願いだヨゥ。
     どうか、妹を……ナナを娶ってやって欲しい。幸せにしてやって欲しいんだヨゥ』

/ ゚、。;/『…っ!!』



86: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:15:33
突如、ダイオードは仮面を剥がし捨てた。両手で酒甕を抱えあげ、一気に口元で傾ける。
深く被っていたフードが外れ。肩口まで伸ばした黒髪が顕わになる。
勢いよく流れ出た酒が、服や絨毯をびしゃびしゃと浸していくのも、全く気にならなかった。

(;=゚ω゚)ノ『……っ!! 我が君、何してるんだヨゥ!?』

(;.≠ω=)『ちょ……どこかに影が潜んでたらどうするんだいっ!?』

慌てたのは、臣下の2人の方だ。
主の仮面の下に隠された素顔を知るのは限られた一部の者だけであり、モテナイ最高機密事項の一つになっている。
現在ダイオードに従う者は彼自身の徳に惹かれて集まってきた者ばかりであるが、それでも慎重に慎重をかさねておきたかった。
故に黒犬の王は密室での酒宴においても仮面を外さなかったのだが……。
やがて、甕の中身を殆ど飲み干してから、ようやっとダイオードは口を離す。
大きく息を吐き出してから、口の周りを袖で拭い、イヨゥに向き直った。

『…ナナが顔を見せたら、伝えてくれ。必ず……迎えに行く、と』

(=゚ω゚)ノ『我が君!! それは、つまり……!?』

『…だが、それは全てが終わった後だ』

言って、ダイオードは仮面を拾い上げ、被りなおした。
胸の奥に痞えていた憂いが消え去り、心地よいほど澄みきっている。
戦いの道を選んだ事で、少女から軽蔑されるかもしれない。嫌悪されるかもしれない。
だが、自身が少女に向ける想いが変わる事だけは生涯ないだろう。

/ ゚、。 /『…絶対に……終わらせてみせる』

そして、次世代を生きる少女の手に、戦乱無き世界を。
仮面の王は、決意も新たに呟いていた。



87: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:16:30
         ※          ※          ※

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从#-∀从『……ちっ』

給士は苛立っていた。
理由は白眉の主による悪質ないたずらによる物では無い。
身体の自由を奪う、赤く錆び付いた鉄の鎖。
かつて自身を絶望の奥底で縛りあげていた、忌まわしい鉄の輪が今また彼女の手首に巻きつけられているからである。

主の命を受け、ヴィップを出てから5日。
ハインが選んだのは、マティーニ城から南下する道でなく、
アイラからカリラを経由し、水路を辿ってスミノフに向かうルートであった。

フッサールの話どおりであれば、モスコー地区東部の山岳地帯は戦が終わってまだ日が浅い筈である。
岩虎や大山蛇など獰猛な生物が出没する土地柄もあって、女の一人旅は不自然かつ危険極まりない。
更に、国教会派の兵と出くわした場合、蹴散らす自信はあってもその後の安全は保障されないのだ。
故に遠回りになるのを承知で、オルメカを出港した商船に乗り込んだのである。

商船での旅は、故国の混乱を知って駆けつけようとする旅人も少なくないから、身を隠すには最適である。
そして、何よりも情報収集に長けた商人達と寝食を共に出来るメリットがあるのだ。
デメララ河は一旦アーリー湖に流れ込み、そこから更にシーブリーズとモスコーの領境を流れていくから、
両地区に詳しい商人を見つけ出すのに困る事は無い。
船中で商いをする者もいたし、思った以上に多くの情報も手に入ったから、
給士は経験の少ない船旅を楽しんでやろうかと考える余裕すら持ちはじめていた。
が。
異変は、船が湖に差し掛かろうかという時に起こる。



88: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:17:00
デメララ河とアーリー湖の合流地点に、グサノ・ロホという街がある。

かつては、リーマン族とメンヘル族による争いの最前線であった街であり、
幾度にもわたって支配者が替わるのを目の当たりにしてきた街である。
住民は両民族の混血児が他地区より格段に多く、両親の顔すら知らぬ者も少なくない。
彼らは、その9割もが生れ落ちた瞬間から祝福を得られなかった、
戦乱の申し子とも言える者達なのだ。

小競り合いが起こるたび、麦は踏み躙られ、家屋は破壊され、家畜は奪われ、家族は殺された。
それでも彼らがこの街を捨てなかったのは、単に頼るべく者の無い人々しか残っていなかったからだ。
運良く成長した少年達は出生に関係なく、時の支配者に従って剣を取り、少女達は身体を預けた。

支配者が入れ替わると、彼らは掌を返したように次の支配者に仕える。
が、それは生きる為の知恵だった。
飯の種にもならぬ騎士道など、おとぎ話ですらありえない。
今日を生きるのは明日を生きる為の手段でしかなく、生きる目的などどこにもありはしない。
それが、この街に生きる者達であった。
『成人を迎えられる者は一握りに過ぎなかった』と歴史書に記述されているほどだから、その凄まじさが容易に思い浮かべられよう。

そして、統一王ヒロユキの登場から遡る事およそ100年前。ついに、グサノ・ロホに転機が訪れる。
デメララ河を挟んだ北岸・バーボン領内にアーリーと言う都市が新設されたのだ。
当時のバーボン領主が、鉄の大国ラウンジから直接資金を引き出し建設されたこの都市は、二重の城壁を備え持つ不落の要塞である。
外壁は鼠返しになっており、湖に繋がる港も広く、何より急時には渡河の必要なくバーボン城から援軍が駆けつけられるのが大きい。

この新都市の出現によってアーリー湖東岸は完全にリーマン族勢力下に治められるであろうと、多くの者が考えた。
が、対するメンヘル族は海の民との同盟を強化し、シーブリーズ地区最北端に新たな都市を建設したのだ。
砂漠を東西に分ける大河よりチチと名付けられたこの街の登場によって、アーリー湖東岸は均衡する戦力がにらみ合うだけの状態に陥る。
そして、やがて両陣営は互いの最前線基地を避けるかのように、ローハイド草原中央部やシーブリーズ地区東部に戦いの場面を移していった。
こうして、グサノ・ロホは両民族が奪い合う最前線基地と言う運命から解放されたのである。



89: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:17:32
だがしかし、残された者達に何が出来ようか。
彼らの前に広がるのは、岩の転がる田畑。船の寄り付かない港。埋め立てられた水路。そして、襤褸をまとう子供達である。
100年以上にわたって荒らされた地を復興させるには、彼らには知恵も、技術も、資金も、気力も足りなかった。
そして、南北に新設された都市には、既に彼らがどれほど背伸びしようと手が届かないほど、充実した設備が整っている。
にも拘らず、いつ攻め込まれるとも分からない街に手を差し伸べる酔狂者など、どこにいようか?

結果、リーマンもメンヘルも、互いに新設した都市に全ての兵を引いた。
グサノ・ロホは捨てられたのだ。
もし、この街に唯一残された物があるとするならば、それはどの陣営にも属さない。
眼前に広がる景色のように、荒みきった心を持つ人々だけである。

このような悲劇を為してなお、戦乱は終わらなかった。
救世主を願う人々の思いに反して、戦火がおさまる時は無く。
北の地に待望の英雄が出現する30年前、一人の男がこの都市に足を踏み入れる。

【盗賊王】ギルダス。
彼はグサノ・ロホの民を組織化し、私兵集団を作りあげると個有商船だけでは飽き足らず、
ラウンジや神聖ピンクの旗を掲げる船団をも襲い、一帯に大勢力を築く事に成功した。
得た財を惜しみなく使って城壁を強化し、噂を聞きつけた無法者達も集まって、都市は生き返ったのだ。

ギルダスは最終的に、度重なる流通の妨害に業を煮やしたリーマン・メンヘルの両勢力によって討たれるのだが、
それでも彼の作りあげた組織や思想は根強く残る事となった。
また、多くの有力諸侯が彼に付き従った者達に殺害される事件も立て続けに発生する。
見捨てられた都市に生きる者達にとって、彼は紛れも無い勇者だったのだ。
この【ギルダスの毒】と呼ばれた暗殺者集団の活動によってアルキュの混迷は更に深まり、やがてヒロユキ登場へと繋がっていく。
また、王都に暗躍した【闇に輝く射手】ハインリッヒに、彼らの存在を思い出した者も少なくなかったであろう。

グサノ・ロホ。
古い言葉で“自由の街”の意味である。
しかし、当時はこの“自由”の意味が大きく歪められて使われ。人はこの都市を【無法都市】と呼んだ。



90: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:19:20
         ※          ※          ※

『大人しくしてろよ。売り払う前に、ちゃんと可愛がってやるからな』

背中を強く押され、給士はつんのめるようにして、その部屋に放り込まれた。
直後、扉が勢い良く閉じられる。
下卑た笑いと錠前に鍵をかける音が背中に響き、彼女は完全に灯り一つ無い部屋の中に閉じ込められた。

从#゚∀从『……ふざけやがって』

強がる声にも、どことなく元気が無い。
奥歯が浮き上がりカチカチと音を鳴らしそうになるのを、ぎゅうと噛みしめて堪えた。
凍りついたかのように背筋が強張り、手足が酷く冷たい気がする。
飛刀を縫いこんだペチコートだけでなく、小太刀を仕込んだ竹箒まで取り上げられたのが、不安に拍車をかけていた。

あの頃と同じだ。
じっとりと濡れた石壁も、腐りかけた藁を敷き詰めた床も、すえた様な臭気も、家畜に向けるような男の台詞も、だ。
背後の壁だけは一面の鉄格子になっていたが、それは“住人”を監視しやすくする為だけであろう。
それを証明するかのように、格子越しに見る廊下には灯りも窓も無く、空気が澱みきっていた。

あまりにも忌まわしい、幼い頃の自分を壊し尽くした記憶が否応無く甦る。
もう一つ、あの頃と違うところがあるとすれば、その部屋は広く、隅の方から大勢の人々のすすり泣く声が聞こえてくる事だろう。

从#゚∀从『……っ!! 何者だっ!?』

闇の中、鋭い剣気を感じ取り、給士は咄嗟に身構えた。
越冬する昆虫のように固まった者達から離れ、何かがそこにいる。

???『何者だ、と言われてもな……。熟睡しているところを起こされたのは俺の方だぜ。
    いい迷惑ってヤツだ』



91: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:20:34
???『新しい被害者さんのようです。運がありませんでしたね』

???『いや、運が良かったって考え方もあるぜ。何せ、ここには俺がいるんだからな』

場違いに気の抜けた会話が、給士の耳に入った。
目が徐々に暗闇に順応していく。
まず、見てとれたのは、何やら白い塊だ。
やがて、それがマタヨシ教団の修道服であると気付く。
床に足を崩して座り込む神官が、声の持ち主の一人である事は間違いないだろう。

そして、もう一人。
のっそりと身を起こして胡坐をかき、伸びをする上半身裸の男。
面長の顔つきと、頭に巻いた黄色いターバン。
一見優しげに見えて、その実獰猛そうな瞳が薄闇の中に光っていた。

从 ゚∀从『……もう一度聞くぜ。何者だ?』

給士の声に、神官は両手を胸の前で組み合わせ、緩やかに微笑んで。
男は挑発的な笑みを浮かべて答える。

パー゚フェ『唯一神マタヨシが子羊、神官戦士のパフェと申します。
    御安心下さい。悪は必ずや正義の前にひれ伏す運命にあるのですから』

斥 'ゝ')『俺はアインハウゼ。同じく、マタヨシ様の敬虔な信者だ。
     ……そんなに怖い顔しないでくれよ』



マタヨシ教の神官パフェと、謎の男アインハウゼとの出会い。
【無法都市】グサノ・ロホを舞台に、給士の冒険が始まろうとしていた。



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