( ^ω^)がどこまでも駆けるようです
- 94: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:16:09.35 ID:3Vc1+XSSP
- しかし、これは彼らが特別、職務に怠慢と言うわけではないのだろう。
- 何せ、人を買いたがる者は数多くいるのだし、戦乱が続く限り“仕入先”には永劫と困らない。
- 需要と供給の天秤が、悪魔の指先の上で水平に保たれている。
- 努力や勤勉は人売りの持つ辞書には無縁の言葉なのだ。
- 人売りB『賭けるか? 首吊りか、壁に頭を叩きつけたか。舌を噛み切ったってのもあるな』
- 人売りC『面白い。俺は……丸めた布を飲み込んだ、に銀1片だ』
- 言って、もう一人の男が卓に銀を放り投げる。
- 見張りと言っても定刻に“客室”を覗き込むような物好きはいない。
- 精々、恐怖で気の触れた者が暴れ出した時、他の“商品”に傷をつける前に殺すくらいなものだ。
- 『自殺なら勝手にすれば良い』というのが彼らの共通する情けであり、
- 日が昇ってから“客室”を覗き込んだ時に、絶望感から自ら命を絶った死体があれば、引きずり出して湖に放り捨てる。
- それが見張り番の為すべき職務であった。
- 人売りA『だけどよ!! 今日はラウンジの給士や、法王庁の紋が入った剣を持ってたオッサン……上客が多いんだぜ!?
- もし、何かあったら俺達があとで責任とらされるんじゃねーのか!?』
- が、この時最初の男は必死になって2人を説得にかかった。
- 彼の手元に詰まれた銀の山は他の2人と比べて数段低くなっていて、賭け事の女神に嫌われているのであろう事が一目で分かる。
- 何とかして今回のゲームをうやむやにしてしまいたいのだろう。
- そんな態度がありありと見えていたから、2人は追い払うように手を振りながら答えた。
- 人売りC『行くなら一人で行けよ。付き合いきれねぇ』
- 人売りA『へへっ。今回こそは勝てるカードだったんだけどな。俺も運がねぇぜ』
- 己の不運を嘆きつつも嬉しそうな顔で、男は笑う。
- 油を染み込ませたボロを巻いた松明に天井のランプから火を移し、いそいそと“客室”へ繋がる扉をくぐっていった。
- 96: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:18:03.64 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りA『うるせぇぞ、クソども!! 痛い目見ねぇと静かに出来ねぇのか!?』
- 怒鳴りつけると同時に、赤錆の浮いた長剣の腹を鉄格子に叩きつけた。
- がぁん、と耳障りな音が鳴り響き、身を寄せ合っていた者達が悲鳴をあげる。
- 恐怖に身を震わせる姿と、自身が絶対的優位にあるという思いが、下卑た自虐心を満たした。
- 牢の中には、性別関係なく“商品”が詰め込まれている。
- このような状況下で性的なトラブルを引き起こせる者など存在しないだろうと、彼らなりの計算もあったし、
- それならそれで退屈な見張りの時間を潤してくれる上等の見世物になると言う考えもあるからだ。
- カード遊びの鬱憤を晴らせるような事件が起きていてくれれば……とかすかな期待を持って、鉄格子の中を覗き込む。
- 人売りA『あ? 何やってやがるんだ!?』
- 部屋の中央では、数人の男達が必死に藁をかき集めている。
- その山の中から、給士服の袖から伸びた細い腕が、覗いているのが分かった。
- 頭に血の滲んだターバンを巻いた男が、作業の手を休めず、すがるような視線を人売りに送る。
- 斥;'ゝ')『新入りが寒痛の発作だ!! 舌を飲みかけてやがる!! 何とかして暖めないと死んじまう!!』
- それを聞いて、湖賊の男はすぅと目を細めた。
- 確かに、絶望的な恐怖から心身に異変を及ぼす“商品”も、決して少なくはない。
- が、数刻前まであれほど激しく自分らを睨んでいた女が、こうも早く壊れるだろうか?
- 常に不遜な態度を崩さず、鉄格子の奥から自分らを嘲り笑っていた男が、こうもパニックに陥るだろうか?
- 彼の経験では……答えは、否、だ。
- 故に人売りは心の中で笑みを浮かべて。表面上は牢の中の者達が納得する程度の狼狽ぶりを見せて、言う。
- 人売りA『冗談じゃねぇぞ!! そいつは結構な高値で売れる代物なんだ!! どうすりゃぁいい!?』
- 98: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:21:23.50 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')『何でも良い!! 毛布か何か……身体を暖めるものを!!』
- 人売りA『分かった!!』
- ターバンの男の視線が、自身の腰に下がった鍵の束に注がれているのを、チラと確認して走りだした。
- 廊下の隅に置かれた棚から、何年もそのままであっただろう埃臭い毛布を引き出す。
- 鉄格子に背を向けているとは言え、笑いを堪えるのに必死だった。
- 人売りA。oO(馬鹿が。その手はお見通しなんだよ)
- 急病人が出た事を理由に自分をおびき出し、鍵を奪うつもりだろう。が、その程度の作戦ならば、かつて何人も実行しようとした者がいる。
- そして、その度に彼らは自身の軽率な行動を悔い、自分が既に人間ではなく“商品”である事を理解するまで痛めつけられるのだ。
- 人売りA。oO(……その前に、少しはサービスしてやらねぇとな)
- 抱えた毛布で口元を隠し、舌なめずりをする。“商品”の反逆は彼らのルールでは大罪だ。
- 高値で売れるであろうとは言え、随分と自分達を見下してきた男に懲罰をくわえられる絶好の機会であったし、
- 緊急の事態に新入りの給士が何らかの“事故”に巻き込まれても、咎める者はいない。
- 積極的に牢に入って“商品”に手を出すのは禁じられているが、それが緊急時の事であれば見張り番の特権。
- 役得として黙認されているのだ。
- 人売りA『おら!! そっちからも引っぱりやがれ!!』
- 斥 'ゝ')『分かった!!』
- 松明を持たぬ方の片腕だけで、丸めた毛布を鉄格子の隙間から入れるのに手間取っている風に見せながら、声をかける。
- 千載一遇とばかりに男が駆け寄ってきた。
- その手が毛布の影から、鍵の束に伸びて……
- 人売りA『……なんて、言うとでも思ったか? 甘いんだよ』
- 100: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:23:13.94 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りA『おらぁっ!!!!!』
- 鉄格子越しに、男の身体を渾身の力で蹴り飛ばす。
- 拘束する際も随分と痛めつけてやったし、監禁生活で弱まっていたのだろうか。
- アインハウゼの身体は、湖賊が思っていた以上の勢いで地を転がり、真向かいの壁に激突した。
- 人売りA『馬鹿が。使い古された手ェ使いやがって』
- 言いながら、腰から外した鍵の束を、これ見よがしに指先で回してやる。
- そうこうするうちに、騒ぎが気になったのか、残る2人の男が見張り部屋の扉から顔を出した。
- 人売りA『へへへ……。おい、反乱だ』
- その一言で全てを察したのだろう。
- 男達は品性という単語とは全く縁のない笑みを浮かべ“客室”へ歩を進める。
- 彼らから少しでも遠ざかろうとするように、牢の隅の者達は限界まで身を縮めこませた。
- 人売りC『賭けは外れちまったか……クソッタレ』
- 人売りB『金はいらねぇぜ。その代わり、先にやらせてもらうからよ』
- 鉄格子の錠を開け、3人の男が牢内に踏み込む。
- 『賭けに負けた』と漏らした男が入口付近に待機し、もう一人の男が床でうずくまるアインハウゼに歩み寄った。
- 最初の男は壁に松明を掛けると、何の躊躇いもなく部屋の中央に小高く積まれた藁の山へ足を進める。
- 己の運命を察しているのだろう。
- 藁山から飛び出した給士服から伸びる腕は小さく震えていて、男はこれ以上は無い程に股間がいきり勃つのを感じた。
- その口の中で涎が、にちゃあと糸を引く。
- 人売りA『さぁて、可愛いお顔を拝見させてもらうかな。
- 安心しろ。すぐに気持ちよくしてやるから……よぉっ!!!!!!!』
- 101: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:25:24.62 ID:3Vc1+XSSP
- 吼えると同時に、藁の山を薙ぎ払った。
- その単純な一撃で小山は払い飛ばされ、牢内に藁屑が舞い上がる。
- だが。
- 少女『ひ……ひぃっ』
- 現れたのは、黒衣の給士服ではなかった。
- 確かに、肩口から先には、縦に裂いた給士服の腕部が巻きつけられている。
- が、少女が身につけているのは、どこにでもある前重ねの平民服であった。
- 予想外の光景に一瞬、人売り達は唖然とする。
- ハ#゚ー゚フェ『とりゃああああああああああっ』
- 人売りA『ぐぉっ!?』
- その隙に、部屋の隅に身を潜めていた、修道服の少女が襲いかかった。
- 肩からぶつかるように渾身の体当たりを喰らわせると、倒れた身体に馬乗りになる。
- その時には既に勝負は決していたと言うべきだろう。
- 完全に優位に立っていたと思い込んでいたが故、人売り達は“ありきたりな作戦”の先の可能性まで読み取る事が出来なかった。
- 慢心せず、固く牢の錠前をおろしていれば良かったのだ。
- 勝ったと考えてしまった時、人は敗者に成り下がる。深く暗い落とし穴の蓋を踏み抜いてしまっているものなのだ。
- 斥 'ゝ')『へっ。やるじゃねーか。ちびっこ』
- 己を殴打せんと近づいてきた人売りの足をつかんで引き倒し、背後からしがみついたアインハウゼが、素直に感嘆の言葉を漏らす。
- 人売りの首には“商品”の自由を奪うための鎖が巻きつけられ、その顔は赤黒く変色を始めていた。
- この作戦の考案者は【天翔ける給士】ハイン。
- そして、相手の慢心を誘い勝利を手にするのは、彼女の主が最も得意とする作戦である。
- 103: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:28:06.56 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りC『……っば……がじ……っ……』
- そのハインは、入口付近に留まっていた人売りを相手にしていた。
- あらかじめ鉄格子をよじ登り天井に張り付いていた彼女は、戦いが始まると同時に真下の男に飛びかかっていたのだ。
- 肩車のような体勢から、両足を男の首に絡めつけている。
- 从#゚∀从『……っらぁっ!!』
- 当然、男は肩の上の給士を払い落とそうと、もがき暴れるが、気合一閃。
- 前転の要領で身を躍らせたハインによって、あえなく石床に叩きつけられる。
- 給士の両足から解放され、咄嗟に立ち上がろうとした時には、その鳩尾に全体重を乗せたハインの膝が叩き込まれていた。
- 斥 'ゝ')b『完璧、だな』
- 从 ゚∀从b『この程度……お互い、“嗜み”だろ?』
- アインハウゼの足元には、首をあり得ぬ向きに捻じ曲げられた人売りが、血の泡を吹いて痙攣している。
- 彼もまた、自身の“担当”を無事にこなしていた。
- 斥 'ゝ')『殺るか?』
- 从;-∀从『……いや、出来れば殺さないでやってくれ。殺しは嗜まない事にしてるんだ』
- つまらなそうに鼻を鳴らすと、アインハウゼは床に力無く転がる男の身を引き起こし、首に腕を巻きつけた。
- ごきん、と音がした後に人売りの身体が一瞬大きく震え、鼻からどろりと血があふれ出す。
- 後になって男が息を吹き返した時、危険に晒されるのは自分だけではないから、判断が正しいのはアインハウゼであろう。
- それでも、やはり給士はもう二度と人を殺したくないと思う。許すつもりは無いが、改心の機会だけは与えてやりたい。
- 彼女自身がそうであるように、人とは生きてさえいれば幾らでも変われるものだと信じるからだ。
- 斥 'ゝ')『さて。じゃ、作戦通り、道案内はパフェが押さえてるヤツにさせるとしてだな……』
- 106: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:41:01.39 ID:3Vc1+XSSP
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『お……びゅっ!! ぼぅ……やびぇっ!!』
- 从 ゚∀从
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『ぶふぇっ……死んだゃぶ……許しぶぇ』
- 斥 'ゝ')
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『お……ぶぇ……』
- 从 ゚∀从
- 斥 'ゝ')
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『…………』
- 从ii゚Д从『なん……だと……?』
- 108: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:44:21.77 ID:3Vc1+XSSP
- 斥ii'ゝ')『おいやめろ』
- ハ#゚ー゚フェ『ふーっ!! ふーっ!!』
- アインハウゼが力任せに、馬乗り状態の少女を人売りから引き剥がした。
- その顔面は真っ赤な果実のように歪に変形し、砕けた頬骨が突き出しているかと思えば、眼窩骨は陥没している。
- 当初、顔を守っていたであろう両腕の骨も完全に砕かれ、反物の様にだらしなく石床に広がっていた。
- 道案内どころか、この男が現世の大地を歩む事は2度とないだろう。
- 斥;'ゝ')『……道案内が』
- 从;゚∀从『……撲殺しちまいやがった』
- 呆然と立ちすくむ給士と執事を余所に、少女は息を整える。
- 点々と返り血を浴びた顔の前に、赤く染まった拳を構えると、無邪気に笑った。
- ハ*゚∀゚フェo『神の御意思です!! 邪悪必滅!! 悪即斬!!』
- 从ii゚Д从。oO(神様ってこえぇ)
- 斥ii'ゝ')。oO(馬鹿言うんじゃねぇ、ちびっこ。こいつは例外だ!!)
- 大のおとな同士であっても、素手で相手を殴り殺す事は困難を極める。
- 少女の細腕でそれが可能とも思えず……2人は思わず顔を見合わせた。
- 相当、執拗に。“神の意思”に従って殴り続けたのだろう、と思う。
- あまりにも予想外の撲殺劇であった。
- それでも、見張りの全員を行動不能にしてしまう事は想定内であったから、給士と執事は何とか気を取り戻した。
- 首から上を熟れきったざくろの様に変形された死体から鍵の束を取り上げ、手首の鎖を外す。
- 廊下の棚から引き出した毛布で3つの遺体を包むと、なおも怯える男女を残して牢を出た。
- 110: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:48:11.92 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 見張り部屋を出た3人は、砦内部とおぼしき石床の廊下を進んでいた。
- 途中、木板を貼っただけの階段を見つけたが、やりすごす。
- 囚われた時、目隠しこそされていたが20段ほどの階段を登り、しばらく廊下を進んだ後に今度は階段を下ろされた。
- つまり、現在地は1階であり、このフロアのどこかにデメララ河かアーリー湖への出口が存在すると予想しての行動である。
- 逆に、階段を登って行った場合、湖賊達の居住フロアに顔を出す事も考えられた。
- そして、取り上げられた武装品の類も、人売り達が金に替えようと考えていれば、この階にある可能性が高い。
- アインハウゼが言ったように、その方が取引の際に好都合だからである。
- 売却予定の商品倉庫と外部の間を階段が妨げているというのは、どう考えても利便性に欠けるだろう。
- 斥 'ゝ')『ろくでもねぇクソ刀だ。こんなんじゃ斬るどころか、殴る事しかできねぇぜ』
- 先頭で両手に錆びだらけの剣を下げた執事が、囁くような小声でぼやいた。見張り小屋の壁に立てかけられていたものである。
- 彼は剣だけでなく、天井でランプをぶら下げていた針金や、手鏡まで持ち出していた。
- パー゚フェ『わたしも、自分の刀を返して欲しいです』
- 从;-∀从『ハインちゃんは、とっとと荷物を取りもどして……着替えてぇよ』
- その背後には、やはり赤錆の浮いた剣を手にしたパフェが、ランプで道を照らしている。
- 唯一、湖賊の武器を手にする事を拒んだハインは最後尾だ。
- 腐りかけた藁を敷き詰めた牢の中は、清潔好きの彼女にとってあまりに不愉快な環境だったのだろう。
- しきりに、髪や服の匂いを気にしている。
- 更に言えば、作戦の為とは言え片腕部分を切り捨てた給士服。
- その、むき出しになった二の腕の方が気になっているのだろう。
- アインハウゼもパフェも口に出さないが、彼女の肌にはかつて【闇に輝く射手】と呼ばれた頃から刻み付けられた、幾多の傷跡が残っている。
- それを人目に晒すという事が、どうしてもハインは堪えがたく感じてしまうのだ。
- 113: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:50:57.31 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')。oO(このまま進むと、曲がり角か。向こうに人がいたら、気付かれちまう。灯りを最低限まで絞ってくれ)
- パー゚フェ。oO(はい、分かりました)
- ようやく聞き取れる程度の指示に従って、少女がランプのシャッターを下ろした。
- それまではランプのともし火を中心に暖かく照らされていた彼らの周囲の空間が、灯り一つ無い廊下の薄闇と混ざり溶ける。
- たっぷり20ほど数えて暗闇に目を慣らさせてから、執事は歩みを再開した。
- 从 ゚∀从。oO(……)
- ハインは思う。
- 執事アインハウゼと言う男は相当に優秀な隠密であるようだ。
- 靴の底に毛皮でも貼り付けているのか、音も無く滑るように歩を進める。
- 石床に無造作に積まれた薪の山や、水がめ。ガラクタの並んだ棚などを見つけると
- 背後の2人を押し止め、その影に潜んでいる者がいないか注意深く探ってから行動に移った。
- 一口に隠密と言っても、ハインが得意としていたのは暗殺業務であり、潜入捜査などの分野では流石兄弟に遥かに劣る。
- 神速の移動術・瞬歩法の使い手であるメリットが、この部門における両者の穴を埋めてはいたが、
- 純粋な技術だけで見れば、やはり【金剛阿吽】の兄弟に大きく差をつけられているのは否めないのだ。
- そして、この男は間違いなく、潜入捜査に長けた隠密。
- 傲慢で憎たらしいところもあるが、その技量が今はありがたかった。
- 少なくとも、自分ひとりであったら、瞬歩を多用した力押しでの脱出しか出来なかっただろう。
- しかし、これ程の手腕を持つ隠密を従える者は、一体どのような人物なのであろうか。
- 斥 'ゝ')。oO(しーっ。静かにしろ)
- 廊下の曲がり角、手鏡を使って進路を確認していた執事が、人差し指を唇にあてて注意を促す。
- そっと鏡を覗き込むと、闇の中。真っ直ぐ伸びた廊下の突き当たりに、てのひら大の光が浮かび上がっているのが目に見えた。
- その光によって周囲はぼんやりと明るくなっており、どうやら小窓を備え付けた扉があるようだった。
- 117: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:53:07.91 ID:3Vc1+XSSP
- 从 ゚∀从。oO(人がいるな)
- 斥 'ゝ')。oO(あぁ、少なくとも3人)
- 扉の向こう側で火を灯している事から給士はそう判断し、
- 彼女ですら聞き取れなかった人の声を聞きあてた事から執事はそう断定した。
- 从 ゚∀从。oO(どんな感じだ?)
- 斥 'ゝ')。oO(………………笑ってやがるな。こっちに気付いてる様子は無さそうだ)
- 幸い、突き当りまでの道に物影は無く、人がいる様子も無い。
- 小さな鼻から息を吹き出し、給士は緊張を緩める。
- 从 ゚∀从。oO(どーすんだ、オッサン?)
- 斥 'ゝ')。oO(俺が様子を見てくる。あと、俺はオッサンじゃねぇ!!)
- パー゚フェ。oO(高らかに聖歌を歌いつつ、正面から突貫しましょう。我らには神の御加護があるのです)
- 一部の積極的意見を黙殺し、執事は一人動き出した。
- 慎重に壁や床に罠が仕掛けられていないか、調べながら歩を進める。
- たっぷりの時間をかけて、10歩ほどの廊下を移動した。
- やがて無事、突き当たりに辿り着くと、まずはそっと扉に耳をつける。
- 斥;'ゝ')。oO(……)
- 声が発せられる位置から室内の人の位置を確認し、それからようやく扉に背をつける姿勢で小窓を覗き込んだ。
- 表面を軽く炙って曇らせた鏡があれば、光を反射させる事も気にせず中の様子を映す事も出来るのだが、贅沢は言えまい。
- 自身の顔が小窓を塞いでしまう事がない様、細心の注意を払わねばならなかった。
- 119: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:55:08.38 ID:3Vc1+XSSP
- 从;゚∀从。oO(……)
- 当然、離れた場所で待機する給士達には、部屋の中の様子など分かりようも無い。
- 己の背後にも気を向けながら、執事が戻るのを待つしかないのだ。
- 時折、首を伸ばすように中を覗いていたアインハウゼが、バッと身を翻すたび、思わず駆け出しそうになる。心臓が口から飛び出しそうになる。
- そして、少しの間。石のように動かなかった執事が再びソロソロと小窓に顔を近づけるのを確認してから、
- やっと飲み込んでいた息を吐き出せるようになるのだ。
- 衣擦れの音をたてる事すら躊躇われるような、緊張した時間が過ぎていく。
- 部屋の中の状況を調べ終えたアインハウゼが戻ってきた時、2人は脱力して座り込んでしまいそうになっていた。
- ハ;゚ー゚フェ。oO(どうでした?)
- 斥;'ゝ')。oO(正面と左側にも扉がある五歩四方の小部屋だ。……左側の扉は鉄製だな)
- 从;゚∀从。oO(……? 詰め所か?)
- 斥;'ゝ')。oO(いや、おそらく事務所だな。中で爺さんが良くわからねぇ書類に埋もれて……こいつは小さな鐘を手元に置いている。
- 正面の扉は食料庫に繋がってるらしい。急に人が出てきて目が合いそうになった。肝を冷やしたぜ)
- 答える執事の額にも、脂汗が滲んでいる。
- 囚われているのが彼らだけであれば、ここまで慎重をかさねる必要も無い。
- が、一つの落ち度が牢の中で震えている者達の命を左右すると思えば、どれほど気を張り巡らせても足りる事は無いだろう。
- 从;゚∀从。oO(って事は、騒ぎが大きくなったら援軍ゾロゾロってワケか。逃げるなら……左が外に繋がっていそうだな)
- 斥 'ゝ')。oO(同感だ。爺さんの他には、たぶん護衛……これが2人だ)
- その言葉に、ハインは深く頷く。
- 从 ゚∀从。oO(ここはハインちゃんに行かせてくれ)
- 121: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:57:39.74 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- きぃ…………。
- 軋んだ音を立てて、扉が開いた。
- 部屋の中で新たに仕入れた“商品”の帳簿をまとめていた老人、それに皮鎧を着込んだ2人の男が、ビクッと一斉に目を向ける。
- が、視界に映るのは、部屋から漏れた灯りに照らされた無人の廊下。
- その先には闇が広がっている。
- 3人の男達は、胸を撫で下ろし、自身の失態を誤魔化すかのように軽口を叩き始めた。
- 人売りD『畜生!! おどかしやがって!!』
- 人売りE『全くだぜ!! この扉、イカれてるんじゃねーのか!?』
- 老人『アーリー湖が間近だからのう。そろそろ寿命なんじゃよ』
- アインハウゼが睨んだよう、ここは商品管理事務所だった。
- 3つの扉はそれぞれ、アーリー湖・食料雑貨倉庫・奴隷収容倉庫に繋がっている。
- それらの資財を全て管理し、売却するか保管するか決定するのが老人に与えられた職務であった。
- 攫って来た者達は、その全てが売却されるのではなく、砦内の雑務用に残される者も少なくない。
- が、老人は自らの意思で人売りに手を貸していた。
- 金銀が積み重なっていく光景を見る事だけに、喜びを感じる質の男である。
- 老人『ほれ、とっとと扉を閉めてくれ。“売り物”どもの匂いが臭くてたまらん』
- 急かされ、老人の護衛の一人が憎々しげな笑みを浮かべ扉に歩み寄る。
- ノブに手を伸ばした時、ふと廊下の闇の中に輝く物を見た気がして─────
- 人売りD『え?』
- 122: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:59:34.88 ID:3Vc1+XSSP
- 次の瞬間、男の視界は燃えるような赤に包まれていた。
- いや、視覚だけではなく、両眼が燃えるような激痛に襲われている。
- 思わず悲鳴をあげようとした刹那、何かが彼の喉を突き、弾き飛ばされたと感じた時には気を失っていた。
- 人売りE『なっ!?』
- 叫んだつもりであったが、彼もまたやはり、声を上げる事は出来なかった。
- 目に映ったのは、両の目に飛刀を突きたてられ、血を吹き上げる男の姿。
- その喉を蹴り潰して踊りこんできた黒い影。
- そしてその時、既に彼は眉間の中央を飛刀に撃たれている。
- 視界が暗くなり、膝から崩れ落ちた。
- 老人『ひょっ?』
- 老人の動きは、年齢の割りに機敏と言っても良い物だっただろう。
- 何かが起きたと考えるより早く、右手は人を呼ぶ為の鐘を掴んでいる。
- が、それを振るって鳴らそうとした時には、手の甲を何かが貫いていた。
- 手を滑り落ちた鐘が石床に衝突しそうになったのを影がすくいあげる。
- 気付いた時には後頭部をつかまれて、書類の山の中に顔を押し付けられていた。
- 从 ゚∀从『動くなよ、爺さん。これ以上痛いのは嫌だろ?』
- 老人『……』
- 老人に襲撃者の顔を見る事は出来なかった。
- もし、顔をあげていれば、彼はかつてこの【無法都市】グサノ・ロホ中央部で
- 徹底的に心を破壊された少女が成長した姿を見る事が出来ただろう。
- すぅ、と伸びた指が、頚動脈を押さえつける。
- 正確に5秒後、老人もまた先の2人同様、意識を失った。
- 最後に見たのは、のんびりと扉を潜ってきた上半身裸の男と、修道服の少女……。
- 125: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:01:00.79 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 斥 'ゝ')『3人を瞬殺かよ……瞬歩法ってのは聞いた事はあったが初めて見たぜ』
- ハ;゚ー゚フェ『怖い人ですねー』
- 从;-∀从『殺してない。それに、お嬢ちゃんに怖いって言われたくねーよ』
- 老人と2人の男は、アインハウゼの剣によって左胸を貫き、殺された。
- 心の臓を刺されただけでは、人は即死しない。
- 本来であれば首を刎ねておきたかったが、錆びついた剣ではそれが出来なかったのである。
- 斥 'ゝ')『それにしても……この島では、只の給士が瞬歩なんざ使いやがるのか?』
- 从 ゚∀从『……給士の嗜みだ。オッサンこそ、まるで隠密みてぇだぜ。ホントに執事かよ?』
- 斥 'ゝ')『っ!! ……執事の基本だ』
- それだけ答え、アインハウゼは給士に背を向けた。
- 無造作に正面の扉を開き、中を覗き込む。
- 斥 'ゝ')『塩漬けの魚の匂いか……? やはり、食料庫らしいな。ここで待ってろ。一人で見てくる』
- パー゚フェ『一人じゃ危ないですよ』
- 少女の声を無視して、身を滑り込ませる。
- 『この島では』という言葉は、明らかに執事の失言であった。
- 何気なく口から出た一言であったが、少なくともアルキュ島に住む者が使う言葉ではない。
- 自身が外部からやって来たと明かしているような物である。
- その失言に気付いたが故、彼は動揺を隠す為に、ひとり行動をせざるを得なかったのだ。
- 126: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:03:22.96 ID:3Vc1+XSSP
- ハインとアインハウゼ。彼らは共に隠密であるが、その目的は必ずしも一致していない。
- 給士は聖地管理者の証たる聖杯の探索の為。
- 執事は主の身を救い出す為、モスコーを目指していた。
- ハインは思う。
- 从 ゚∀从。oO(胡散くせぇ……。まさか、国教会の連中が何か企んでるんじゃねぇだろうな?
- あれ程の腕なら、それ位のもんに仕えてても不思議はねぇぜ)
- アインハウゼは思う。
- 斥 'ゝ')。oO(まさか、ラウンジの隠密ではあるまいな? いや、国教会に仕えている可能性も捨てきれん。
- レモナ様を救い出し、友好国の妹者か……アリス様もいらっしゃるアルキュ王の所まで送り届ける。
- それまでは、我が正体を国教会に知られるわけにはいかんのだ)
- そう。
- ハインは、アインハウゼが執事であるかどうかすら疑っているし、その目的すら怪しんでいる。
- アインハウゼは、主の身を案じるあまり、ヴィップが聖杯探索者を送り込んだという考えに至っていないのだ。
- 互いの正体を明かしあっていれば、警戒心を抱くどころか手を組む事も出来るのだが、それが出来るはずもない。
- 何故なら、この島の運命と主の救出。共に僅かな失敗も許されぬ作戦に挑んでいるからだ。
- 彼らには強大な敵がいる。神聖国教会とラウンジである。
- もし、彼が。彼女が、それらの陣営に属する者であったら……身を明かす事は作戦の失敗に直結しかねない。
- ラウンジ風の給士服。南の大国の出身者。卓越した技量。
- 互いに何かを隠している事は気付いているし、不幸にも、彼らには疑いを抱く材料が多すぎた。
- そして、自身が目的を隠していると言う意識が、楽観的な考えに辿り着く事を許さない。
- そのうえ、この無法の砦を抜け出るのに必要な優れた技術が、更なる疑念を呼び起こすのである。
- 128: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:05:21.36 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')『やっぱり、食糧倉庫だな。デカい瓜があったから投げれば武器になりそうだが……』
- 从;-∀从『いらねぇよ。給士の美学に反する』
- 斥 'ゝ')『だとしたら、あと武器になりそうなのは油だな。だが、これだけ目の荒い石床じゃ滑らせるのにも使えねぇし、
- 火でもつけようもんなら、留守番してる連中まで蒸し焼きになっちまう』
- やがて、程無くしてアインハウゼが帰還した。
- その顔からは、完全に動揺の色は消え去り、ハインも表面上は友好的に答えを返す。
- ハ;゚ー゚フェ『……お腹空きましたね。偉大なる神はここでご飯を食べろと言っている気がするのですが……』
- 斥 'ゝ')『馬鹿言ってんじゃねぇ。どのみち、やはりさっきの階段が居住フロアに繋がってるんだろうな』
- となると、進行ルートは一つに絞られる。
- 从 ゚∀从『こいつを見た限りじゃ、他に備品倉庫ってのもあるみたいけどよ……』
- 給士が、老人が抱え込んでいた書類を覗きながら言う。
- 決して丁寧な字ではないが、それなりに分かりやすく纏め上げていた様だ。
- 何故、この才能を人売りの為などに使ったのか……理解に苦しむ。
- 斥 'ゝ')『この先にある事を願うぜ』
- 執事の言葉に、ハインとパフェは強く頷いた。
- 倉庫関係は1階にある筈、と言う読みはこれまで完全に的中している。この先も、そうであって欲しかった。
- 背後から襲われぬよう、食糧倉庫と奴隷倉庫。2つに繋がる扉の前に背丈大の書類棚と事務用の卓を移動させた。
- 扉は廊下側に開く為、腰までの高さしかない卓など簡単に乗り越えられてしまうだろうが、時間稼ぎにはなるだろう。
- 作業を終えると、3人は残された最後の扉を静かに開いた。
- 130: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:06:55.15 ID:3Vc1+XSSP
- ハ*゚∀゚フェ『あ』
- 少女は思わず声を漏らしていた。
- おおよそ30歩程の廊下は、道幅が今までと比べて倍近くに広がっている。荷車を2台並べて通る事も出来るだろう。
- 両左右には2つずつ扉が並び、壁や足元はやはり長方形に切り出した石を互い違いに並べた物。
- 木貼りの天井にはランプを掛ける針金がフック状につけられているが、人気の無い今は当然、火は灯されていない。
- それでも廊下の突き当り一面が観音開きの重厚そうな大扉になっているのが見てとれた。
- 膝をついてランプで床を調べていた執事がボソリとこぼす。
- 斥 'ゝ')『随分と車輪の跡がついてやがるな。って事は、あの大扉の向こうは……』
- アインハウゼの言葉を聞かずとも、終点が近い事が分かった。
- ここはおそらく、砦の主要倉庫だ。
- そして、大扉の奥にはアーリー湖が、水面に月を映し出している事だろう。
- 澱んでいた空気が新鮮な水の香りを含んでいるのが、その証拠だ。
- 斥 'ゝ')『……ここまでは順調に来たが、この先は大勢でお出迎えかもしれねぇぜ』
- ハ;゚ー゚フェ『うー。神の御加護が在れば怖くありませんが、やっぱり自分の刀がないと心細いです』
- 少女の意見は給士と執事の心中も代弁している物だったから、彼らは躊躇いなく左右の扉を調べ出す。
- 最初の扉にはやはり小窓がつけられており、灯りも漏れていなかったから警戒は必要なかった。
- 錠も備わっておらず、侵入も楽ではあったが、放り込まれた資財もたかが知れた物ばかり。
- 水に濡れた書の束や、縁の欠けた壺。竹筒や、汚れたままの衣が山となっている。
- 囚われた時、衣服を剥がれる事はなかったのだが……これらの持ち主は何処へ行ってしまったのだろう?
- 2つ目。3つ目の倉庫もまた、似たようなもの。
- かすかに諦めの気持ちがよぎるが、最後の扉を前に執事がニィと笑う。
- 斥 'ゝ')『見つけたぜ。ここに違いねぇ。執事の勘が言ってやがる』
- 132: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:08:42.65 ID:3Vc1+XSSP
- その扉は、先の3つの物とは明らかに違っていた。
- まず、四辺が鉄で補強されている。
- 中を覗き込む小窓が無く、大人の指を突っ込めそうな鍵穴が、青く錆びた金属製のノブの下に付けられていた。
- 从 ゚∀从『……なぁ、オッサン。やりづらくねぇか?』
- 斥;-ゝ')『黙ってろ、ちびっこ。気が散る』
- 从 -∀从『あー、そうかよ』
- 斥;-ゝ')『暗いな。もう少し、明かりを近づけてくれ』
- 見張り小屋から持ち出した針金を使って開錠に挑んでいるのは、執事アインハウゼだ。
- が、その姿勢が変わっている。
- 扉の前で身を屈め、鍵穴を直接覗き込むのではなく
- わざわざ手鏡に映し出した鍵穴を覗きながら針金を回しているのだ。
- 壁に右肩を押し付け、手首も無理な角度に捻っている為か
- 今までのこの男では有り得ぬほどに動きがぎこちない。
- 彼の頭の上では、ハインが言われたとおり、ランプで手元を照らしている。
- 間近で火に炙られて、執事の額には玉のような汗が浮かんでいた。
- 斥;-ゝ')『…………ちっ』
- 耳を澄ませば、執事の操る針金が、カリカリと鍵穴を探る音が聞こえた。
- 指先に感じていた確かな手応えが突如失われる感覚は、釣り針にかかった魚に逃げられた時に似ている。
- その度に、執事の口からは小さな舌打ちが漏れ出た。
- 135: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:11:11.80 ID:3Vc1+XSSP
- ハ;゚ー゚フェ『あの……わたしも、時間が勿体無いと思うんですが……』
- 斥;-ゝ')『うるせぇ。扉の正面に立つなって言っただろうが』
- なかなか開かぬ鍵に、苛立ちが募る。
- 無理な姿勢を長時間とり続けている為、傍目から見ても指先がこわばっているのが分かる。
- それでも、彼は体勢を改めようとしなかった。
- 从#゚∀从『なぁ、オッサン!! いい加減に……』
- 数度、同じようなやり取りを繰り返し、ハインが癇癪を爆発させかけたところで、
- 執事の指先がカチリと確かな感触を捕らえた。
- そして、その瞬間。
- ハ;゚ー゚フェ『っ!?』
- 渇いた音を響かせて、アインハウゼが手にした手鏡が粉々に砕け散った。
- 開錠に挑んでいた扉の、ちょうど真向かい。木製の扉に鉄製の短矢が突き刺さり、小刻みに震えている。
- 突然の事に何が起きたのかも分からず、少女はただただ立ちつくすしか出来なかった。
- 从;゚∀从『え……? あ、もしかして……』
- 徐々に気を取り戻し、頭が動き始める。
- その矢が何処から放たれた物なのか。鍵穴を直接覗き込んでいたらどうなったか。扉の正面に立っていたらどうなったか。
- 考えるだけでぞっとした。
- それでようやく、2人は執事の行動の意味を知ったのである。
- 斥 'ゝ')『俺が人売りの親玉だったら、身内だけは絶対に信用しねぇな。この程度の罠は必ず仕掛ける』
- 矢がかすめたのだろう。人差し指に浮かんだ血を舐めながら、事もなさげにアインハウゼは呟いた。
- 137: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:13:21.85 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 从*゚∀从『あ、ああ、あああ、あった!!』
- 扉を開くや否や、思わず踊り出したい気持ちを押さえ込んで、給士は飛びついた。
- シャッターを全開にしたランプの光に、愛用の竹箒。飛刀を鱗のように縫い付けたペチコート。
- 見慣れた旅具が積み上がっている。
- 旅具を紐解くと、丁寧に折りたたまれた黒の給士服が仕舞いこまれていて。
- 囚われてからさほど時間が経過していない為か、全く手を付けられていないようだった。
- 斥 'ゝ')『あんまり騒ぐんじゃねーぞ。……まぁ、大丈夫だと思うが』
- 言って、アインハウゼは木貼りの天井を指差した。
- なるほど、そこには大人ひとり通れるサイズの扉が備え付けられている。
- 執事が苦労の末に開錠した扉は搬入出用で、部屋の管理は上階の住人が担っているのだろう。
- 先の鉄矢の罠も、その者が仕掛けたに違いない。
- 从*゚∀从=3『着替える!! あっち向いてろ!!』
- 斥 'ゝ')『……ガキの裸なんか興味ねーよ』
- それでも、律儀に背を向けた執事の後頭部に、脱いだばかりの給士服がバサリと投げつけられた。
- ちょうど頭に覆い被さるようになったそれを、アインハウゼは面倒臭そうに払い落とす。
- 彼もまた、部屋の片隅に自身の旅装一式を見つけ出し、愉快そうに口笛を小さく吹き鳴らした。
- 積み上げられた旅具の中から適当に自らの体躯に合いそうな物を探し出すと、それを着込んでから白塗りの皮鎧を身につける。
- 藍色の袖無し軍縫(ぐんぽう。戦場用のコート)を纏い、やはり白い皮製の手甲と具足。
- 主から承った2振りの蛮刀は尾?骨の辺りで交差するように、腰に差した。
- 138: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:15:32.62 ID:3Vc1+XSSP
- 从*゚∀从『ハインちゃん、戦闘準備完了!!』
- 斥 'ゝ')『俺もいつでも行けるぜ』
- 真新しい給士服に袖を通したハインが、くるりと身を翻した。
- 一見可愛らしい仕草に見えるが、ペチコートに縫い付けた飛刀が、ぢゃりんと物騒な音を立てる。
- アインハウゼもまた、難民同様の姿であったのが嘘のような堂々たる出で立ちだ。
- そんな2人の姿を、パフェは羨ましそうに親指をくわえながら、見つめていた。
- 当然、給士と執事もそれに気付く。
- 斥 'ゝ')『どうした? お前の刀とやらは無かったのか?』
- 少女はコクリと頷く。
- 从;゚∀从『えっと……ちゃんと探したか?』
- ハ;゚ー゚フェ『探さなくても……マタヨシ様のお力で分かるんですよぅ』
- その言葉に、ハインとアインハウゼは顔を見合わせた。
- 何故“マタヨシの力で分かる”のかは不明だが、おそらくどさくさ紛れに賊に持ち去られてしまったのだろう、と思う。
- 少女の気持ちも考えず、はしゃいでしまった事をハインは軽く後悔した。
- oパー゚フェo『でも、大丈夫です!! きっと、神にお祈りすればわたしの元に帰ってくると信じていますから!!』
- それでも、少女が気丈に両拳を握ってみせた、その時である。
- 『敵襲!! 敵襲だぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!』
- 砦内に、けたたましい鐘の音と複数の男達の喚き散らす声が、響きわたった。
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