( ^ω^)がどこまでも駆けるようです
- 61: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:25:19.37 ID:M9rbxiAPP
- とは言え、それは無理な相談であろう。
- 一度航海に出れば、やはり肉類は貴重品だ。
- 自然、食台には必ずと言って良いほど魚が並ぶ事になる。
- 彼らの魚の調理法は、料理と名のつく物は一切不得手としている給士ですら習得出来たほどに単純な物だ。
- 吊り上げた魚を卸し切り分け、魚醤をかけて酢を利かせた米の飯と共に口に放り込むのである。
- 一部には生の肝を好んで喰う者もいるし、ハインもその苦味を嫌いではなかったが、
- 流石に自身の吐瀉物に寄って来た魚の肝を喰う気にはなれない。
- 余談だが、大航海時代に多くの冒険家を死に追いやった壊血病は、ビタミンの欠如が原因である。
- ビタミンは野菜や果物だけでなく肉類にも含まれ、そしてそれは熱を加える事で破壊される。
- 彼らは生活の知恵として、その事を知っていたのかもしれない。
- 斥;'ゝ')『それにしても……船酔いなど、3日も揺られていれば治ると言うもんだがな』
- 从ii -∀从『……嘘だ。迷信だ。作り話だ。年寄りの戯言だ』
- 斥#'ゝ')『年齢は関係ねぇ!!』
- 憎まれ口を叩きながらも、給士自身おのれのていたらくに閉口していた。
- 海の民は、海の上で産まれ死んでいく者達である。
- 今でこそ寝ているだろうが、昼にもなれば幼子達ですら甲板上を駆け回っている。
- 更に言えば、給士は己のルーツがこの海の民にあると信じていた。
- 理由は数多くあり、まず幼い日々を過ごした隠密の村が、元々陸に上がった海の民の者達によって拓かれた物であると言う事。
- 当然、村には海の民出身者が多く【金剛阿吽】流石兄弟もその名から分かるよう、海の民の出身である。
- また、母より叩き込まれ得意とする高岡流の隠密術も海の民が伝えた物だろうし、
- バーボンの梅の木やニイトの桜を眺めながら茶を啜っている時、どことなく懐かしさを感じたものだ。
- だと言うのに……これでは、あまりにも情けない。
- 62: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:26:25.18 ID:M9rbxiAPP
- もう一つ。ハインは海の民に対して全面的な信頼を与えている訳ではない。
- 実を言えば、執事アインハウゼもそれは同じだ。
- 確かに、レモナ救出・国教会軍の打破・そして聖杯探索と3者共通の行動理由はあろう。
- が、問題はその後だ。
- 主である【天智星】ショボンの読みが正しいとすれば、妹者はモテナイのダイオードと手を結んでいる事になる。
- そして、全てが終わった後、聖地モスコーの支配へと動き出すだろう。
- それは避けさせなければならない。
- つまり、聖杯の探索という目的が共通していたとしても、誰が最終的にそれを手中に収めるかという事については
- 考えが割れている可能性が高いのだ。
- アインハウゼにしてみても、海の民は取引相手としては文句のつけようも無いが、聖地管理を無神教者に委ねたくはない。
- _、_
- ( , ノ` )『……船底に近い場所に部屋を取らせておいた』
- \ζ
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『揺れも小さいだろう。今日はそこで休むといい』
- 从ii -∀从『……ありがてぇ。そうさせてもらうわ』
- とは言え、海の民とモテナイが結んでいるという確証も無く、それを探るには今の自分はあまりにも無力すぎる。
- 漏らすような声で答えるハインを、渋沢はひょいと肩に担ぎ上げた。
- 从ii゚∀从『て、てめぇ……何を……』
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『自力では歩けんだろう。連れて行ってやろうというんだ。ありがたく思え』
- 从ii Д从『やめ……腹を押すな……吐く……』
- 給士服の裾を両手で押さえ、バタバタと足を振って抗議するが、聞く耳は持たぬらしい。
- そのまま、渋沢は艦内に続く階段を下って行った。
- 63: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:27:49.00 ID:M9rbxiAPP
- 从ii Д从『げろげろげろ〜〜〜』
- 新たに用意された寝室の扉を潜り、床に下ろされると同時に給士は前もって準備されていた桶に顔を突っ込む羽目になっていた。
- まるで関心の無さそうな顔をしつつも、渋沢は換気の為に壁につけられた丸窓を開いてやる。
- 夜の潮風が波のざわめきを伴って、部屋に流れ込んできた。
- 何とか吐き気が収まったのを待って、給士は麻を格子状に編みこんだ寝台に、這うようにして身を乗せる。
- それを確認してから、渋沢は外套のポケットから懐紙に包んだ何かを取り出し、寝台横の簡易卓に置いた。
- 从ii Д从『……なんだ、それ?』
- _、_
- ( , ノ` )『木喰い蟻の幼虫だ』
- \ζ
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『噛まずに水で胃に流し込め。船酔いにはこいつが一番良く効く』
- 从ii Д从『……うぞうぞうねうねだろ? ……気持ちだけありがたく受け取っておくよ』
- 本来なら“うぞうぞ”や“うねうね”が同じ室内に存在するだけでも嫌なのに、それを窓から放り捨てる元気も無い。
- バーボン荘やヴィップにいた頃は、それらが室内に出没する度にヒートやショボンが“撃退”に狩り出された物だ。
- 不思議な事に、ハインが苦手とするのは“うぞうぞうねうね”だけであって、所謂昆虫関係は何でもなかったらしい。
- よく、厨房に黒光りしていて触角の長い“あれ”が出現し、主が石のように固まりヒートが半狂乱で騒いでいた時、
- 飛刀の一投で串刺しにして仕留めてやったものだ。
- 从ii -∀从『……まだ、何か用か?』
- 指で弾くようにして、それまで吸っていた紙巻を窓から投げ捨てた渋沢に、給士は声をかけた。
- それには答えず、彼は銀製の紙巻き入れから新たな一本を抜き取り口に咥えると、簡易火口箱で火をつける。
- 窓に向けて紫煙を吐き出し、やや逡巡するような間を置いてから口を開いた。
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『お前は……両親の事を覚えているのか?』
- 66: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:29:36.41 ID:M9rbxiAPP
- 从ii -∀从『正直……あまり良く覚えてねぇ。物心ついた時から親父はいなかったし、お袋も殺されちまった』
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『そうか……。そう言えば、マインリッヒも海はまるで駄目だと言っていたな』
- 从;゚∀从『あ?』
- 思わぬところから上がった母の名に、給士は思わず跳ね起きる。
- それを制して寝台に横たわらせると、渋沢は寝台の足元に腰を下ろした。
- 足を組み、窓の外に視線を向ける。
- 吹き込んできた風が、白い柱のようになった紙巻の灰を吹き流した。
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『やはり麻印……マインリッヒの娘だったか。お前の母親は、先々代頭領・外印の娘さ。
- もっとも、幼い頃に船を降りて北に移り住んだらしいがな』
- 从;゚∀从『なんで……テメェがそんな事を……』
- その時、葉の詰まりが甘かったのか、渋沢が手にした紙巻からポトリと火種が落ちた。
- 眉をしかめ、外套から火口箱を取り出す。
- _、_
- ( , ノ` )『今では渋沢などと名乗っているが、俺は元々キュラソーの生まれだ』
- \ζ
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『キールで隠密術を学んだ事もある。マインリッヒとは共に腕を磨きあった仲さ』
- 从 ∀从『そう……か』
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『外印は麻印が子を産んだら、覇印と名付けたいと常々言っていたらしい。
- 麻印はそれを嫌がっていたらしいが……それでも、遠く離れた地にある父親を偲んで、
- お前にその名を与えたのだろうよ』
- 67: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:31:32.70 ID:M9rbxiAPP
- 从 ∀从『へへ……そうだったのかよ』
- 寝台に大の字に横たわっていた給士は、小さく漏らした。
- まるで、瞳に浮かんだ涙を隠すかのように、両手で顔を覆い包む。
- そう。
- 彼女は幼い頃を過ごしたキール山脈の日々を忘れた事など、片時として無い。
- 水のせせらぎ。風のささやき。木々の語らい。大地の香り。その全てを覚えている。
- 今となれば、兄者に追い掛け回されて、大嫌いな青虫まみれにされた事ですら懐かしく、美しい思い出だ。
- そして、強く優しかった母の最期。
- 作り物めいた笑顔を浮かべ、両手の大剣で何度も何度も動かぬ母を突き刺し続けた男の顔も忘れていない。
- その母を弔ったのは、村で唯一生き残った大人【金剛阿吽】流石兄弟である。
- 尤も、弟者は村を襲った者達に左腕を切り落とされたと言うから、本来であればハインは兄者に対して上げる頭も無い。
- が、ニイトで再会してから2年。ハインと兄者の関係に変化は一切見られなかった。
- 何故なら、毎月墓参りに行くたびに、その日を狙ったかのように蟲を満たした落とし穴や、
- 頭上から青虫を詰めた玉が落ちてくる罠が仕掛けられているからだ。
- 当然、このような悪ふざけをする者など1人しかおらず、その度に給士は犯人を蹴り飛ばしている。
- 何もしなければハインの気を引く事も出来そうな物だが……犯人の隠密に、そのつもりは無いらしい。
- おそらく、彼なりの美意識による物なのだろう。
- 从 ∀从『悪ぃ……ハインちゃん、嘘ついたわ。お母さんの事を忘れた事なんて……一度もねぇよ』
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『……気にするな。人は大切な思い出ほど、軽々しく口に出来ないもんさ』
- 言って、渋沢は紙巻の火を靴裏で揉み消した。
- それをひょいと、足元の桶に放り捨ててから、おもむろに立ち上がる。
- 68: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:33:05.01 ID:M9rbxiAPP
- _、_
- ( ,_ノ` )『少し長居しすぎたな。ゆっくり眠るといい』
- 从;゚∀从『ま、待ってくれ!!』
- 慌てて身体を起こした給士に、渋沢は振り返ろうともしない。
- が、閉ざされた扉の前。ノブに手をかけようともしないのが、彼なりの意思表示なのだろう。
- 从;゚∀从『テメェは……お母さんの事をどれだけ知っているんだ? ひょっとして、お父さんの事も……』
- _、_
- ( ,_ノ` )『言っておくが、俺がお前の父親だった……なんてオチはねぇぜ』
- 答えながら、渋沢は紙巻入れを取り出した。
- 給士がこの部屋に運び込まれてから、まだ四半刻(約30分)も過ぎていない。
- にも拘らず、この男は何本の紙巻を灰にしたのだろう。
- もしかしたら、これは渋沢と言う男の仮面を形作る、小道具なのかもしれなかった。
- _、_
- ( , ノ` )『お前はマインリッヒの若い頃によく似ている』
- \ζ
- _、_
- ( ,_ノ` )y━・~~~『郷愁に駆られた……って事で納得してくれねぇかな』
- それだけ告げて、ノブに手を伸ばした。
- もうそれ以上、何も聞き出せないと知った彼女は、ゆっくりと寝台に身を横たえる。
- 从 ∀从『……ありがとよ』
- 答える声はない。
- が、確かに小さく頷いてから、渋沢は給士の部屋を後にした。
- 75: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:34:55.30 ID:M9rbxiAPP
- 从 ゚∀从『へへ……そっか。ハインちゃんは海の民で……爺ちゃんは外印って言うのか』
- 揺れる波音を聞きながら、給士は天井を見上げていた。
- 从 ゚∀从『爺ちゃんがつけようとした名前が覇印で……お母さんがくれた名前がハインリッヒで……
- 御主人がくれたのはハイン。なんだよ、御主人。爺ちゃんとセンスが一緒じゃねーか』
- 呟く横顔は、柔らかく微笑んでいた。
- 紅髪の人斬り。心無き暗殺人形。
- 一度と無く己の死を願った事もある。
- が、自分は望まれて産まれ、愛しまれて育ち、今も多くの愛に包まれて生きている。
- その事が堪らなく嬉しく、誇らしい。
- 母が海の民の出身だからと言って、彼らに組するつもりはない。
- 彼女の主は北にあり、帰る家はヴィップにあるからだ。
- しかしそれでも、自身のルーツを知って、嬉しい事に変わりはない。
- 記憶にある母の姿はでっぷりと太った肝の強そうな女で、小柄な自分とは似ても似つかない筈なのだが……
- 年齢を経れば、自分もあのような貫禄のある姿になるのだろうか?
- 出来ればそれは避けたい物だが、それもまた喜ばしい事であるような気もしてくる。
- 从 -∀从~゜『……寝るかな。おやすみ、お母さん。おやすみ、御主人。……ついでに兄者』
- 小さな欠伸を一つ。給士は目を閉じた。
- 何故、最後に兄者の名が口から漏れたのかは、彼女にも分からない。
- が、即座に、彼こそが彼女にとって海の民と言う者達の。そして、隠密の代表格のような存在であるからだろうと結論付ける。
- 从 -∀从『……』
- やがて、一定のリズムで刻まれる波の音を子守唄代わりに、給士の口から微かな寝息が漏れ始めた。
- この日、ハインは海に出てより初めて、心安らかに眠る事が出来たのである。
- 77: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:37:32.20 ID:M9rbxiAPP
- ※ ※ ※
- ━━━━━━━━━━
- ━━━━━━━━
- ━━━━━━
- ξ゚听)ξ『水は持った? 食料は? 下着の替えは忘れてない?』
- ( ^ω^)『下着は多分……大丈夫。水と食料はレーゼが輜重隊にいるから大丈夫だお』
- ξ;゚听)ξ『甲冑に傷はついてない? 剣は折れてない? 外套は破れてない?』
- ( ^ω^)『外套と甲冑は昨日ツンがくれた新品だし、【勝利の剣】は鉄を斬っても刃こぼれしないから問題ないお』
- ξ;゚听)ξ『あとは、えっと……そうだ!! 懐紙と清潔な手巾!!傷を汚れた布で包むと肉が腐るって言うわよ!!
- あ、薬!! どうしよう、忘れてたわ!! 何やってたのかしらアタシ……』
- (;^ω^)『……おっおっおっ』
- 雷竜の月・1日。
- ヴィップ城外では、全住人をあげての盛大な式典が執り行われた。
- モスコーに出兵する将兵の戦勝祈願と帰還を願っての式である。
- 正未刻(午前8時)より始まった式典は1刻(約2時間)に亘って行なわれ、
- 百将以上の官職にある者は1人の例外もなく【金獅子王】ツン=デレ自身の手で改めて官位を授与された。
- 官職にない者であっても、夫を兵役に出す妻、父と長く離れる事になる子、息子を出征させる親には
- それぞれ銀を詰めこんだ袋が与えられ、長職にある者には更に絹の反物や高価な玉などが贈られたと言う。
- 式典は最後に、王の血を垂らした神酒を全ての将官が飲み干して終わりを告げた。
- それから、全将兵に1刻の自由時間が与えられる。
- これが家族や親友、恋人に長い別れを告げる最後の機会となるのだ。
- 80: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:38:57.72 ID:M9rbxiAPP
- (;//∀゚)『何をやってんだかな、ありゃぁ……』
- ( ,,゚Д゚)『……全くだぞゴルァ』
- 東北方面からの季節風の影響を強く受ける、ギムレット台地の夏は短い。
- 雷竜の月(9月)ともなれば、草原は徐々に鮮やかな緑色から悲しげな枯葉色に姿を変え始める。
- その大地に愛馬から下ろした鞍を置き、隻眼の勇将は腰を下ろしていた。
- 磨き上げられた白銀の甲冑の上に純白の戦外套を纏い、背には『金獅子王万騎将』『無敵急先鋒』と書かれた2本の旗を挿している。
- その傍らで退屈そうに胡坐をかいているのは歩将筆頭『九紋竜』のギコだ。
- 隆々たる肉体の上に鉄を塗りこんだ獣皮鎧を着込んでいる。
- 異名の元となった彫り物は目にする事が出来なくなっているが、灰色の外套の背には九匹の竜が舞い踊っていた。
- 2人の男の視線の先にいるのは、当然金髪の王と銀髪の青年である。
- ( //∀゚)『よぉ。悪くない酒があるんだが……呑むか?』
- ( ,,゚Д゚)『ありがたくいただくぞ、ゴルァ』
- ジョルジュから差し出された竹筒を、素直にギコは受け取った。
- 栓を抜き、その中身を口内に流し込む。
- 一飲みで筒の中身を殆ど空にして、ギコは重苦しい息を吐き出した。
- 『急先鋒』ジョルジュは家族を持っていない。
- 邸宅には老いた庭師の夫婦がいるのみであり、既にしばしの別れは告げてきた。
- 老夫婦もジョルジュの帰還を信じて疑わず、湿っぽい事を嫌う彼の意見を取り入れて、この場には姿を見せていない。
- が、ギコはヴィップ将官で唯一の妻帯者だ。
- 彼の妻に対する溺愛ぶりは城下でも知らぬ者は無いほどの物だったし、無口な妻も彼を深く愛している。
- にも拘らず、ギコの妻─────【紅飛燕】シィの姿はここに無く。
- それが黒刀の使い手の心を、鬱蒼とした物にさせていた。
- 92: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:55:32.99 ID:M9rbxiAPP
- ( //∀゚)『で、まだ怒ってやがるのか? なんつーか……女は怖ぇよ』
- ( ,,゚Д゚)『あのな。本当の女の怖さってのは結婚しねぇと分からねぇぞ。
- その言葉を口に出せるうちが華だと思いやがれゴルァ』
- (;//∀-)『……苦労してやがるんだな』
- (#,,-Д-)『勝手に言ってやがれ、猪馬鹿』
- こうなってしまった理由は非常に単純だ。
- 数日前から、些細な仲違い─────ジョルジュに言わせれば『傍迷惑な痴話喧嘩』をしているのである。
- ( //∀゚)『シィも、あー見えて結構頑固だからなぁ……』
- (;,-Д-)『あぁ。まぁ、そこがまた可愛いんだけどなゴルァ』
- (#//∀-)『…………ちっ』
- この喧嘩が始まってから、ギコは妻と口をきいていない。
- いや、聞いてもらえないと言うべきだろうか?
- 以来、黒刀の使い手は事あるごとにジョルジュと行動を共にしていた。
- 孤高を気取りたがるくせに、寂しがり屋の男である。
- が、そうなると迷惑を被るのは隻眼の勇将だ。
- 別れを惜しむ“家族”こそ無いものの、宮殿裏の艶街に行けば馴染みの女も数人いる。
- 夜も更ければそんな女達の元に顔を出したいところだったが、
- すぐ後ろで『妻を裏切れない』とか『愛する女は一人だけ』とかブツブツ言われれば、娼室に入り浸るのも気が引ける。
- そう言った“実害”もあってジョルジュとしては2人に一日も早く仲直りして欲しかったのだが……。
- 結局、そんな願いも虚しく出兵当日を迎えてしまっていた。
- 95: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 22:57:13.08 ID:M9rbxiAPP
- ( //∀゚)『さて。じゃ、俺様はそろそろ行くとするかな』
- ( ,,゚Д゚)『あ? 何だよ、酒に付き合ってくれるんじゃねぇのかゴルァ?』
- (#//∀-)『馬鹿言ってんじゃねぇよ。おっぱいぽよんぽよんの可愛い子ちゃんならまだしも、
- なんで無精ヒゲ生やした筋肉ダルマと2人で時間潰さねぇといけねぇんだ』
- ぼやきつつ立ち上がり、すぐ側で草を食んでいた白馬の背に鞍を乗せはじめた。
- それでもまだ怪訝そうな顔のギコに笑いかける。
- ( //∀゚)『総将ともなると色々と忙しいんだよ。
- テメェもこんなトコでグダグダやってねぇで、とっととシィを探して来い』
- (;,-Д-)『余計な世話だゴルァ。終生の別れってワケじゃあるまいし……』
- ( //∀゚)『テメェの心配なんかしてねぇよ、筋肉チビ。
- ただ、これから出征ってのに、歩兵部隊長がかみさんとの
- 夫婦喧嘩に負けてイジけてるってのは縁起悪ぃだろうが』
- その言葉にギコは眼尻を吊り上げるが、
- ジョルジュは彼をこれ以上相手にするつもりなど無いらしい。
- 愛馬に跨ると、脇腹に軽く合図をいれ、草原を駆け去っていった。
- 98: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:00:05.15 ID:M9rbxiAPP
- 『やぁ、義兄。随分なお節介、ご苦労様だね』
- 1町(約100m)程、駆けさせたところで突如声をかけられ、ジョルジュは愛馬の足を止めさせた。
- 見れば、官服に銀作りの兜と言う出で立ちの青年が、木の陰に立っている。
- くりんとした瞳の上にもっさりと生えた眉は、仙者を思わせる白。
- ( //∀゚)『なんだよ、ショボン。盗み聞きってのは良い趣味じゃないぜ』
- (´・ω・`)『目に入っただけだよ。声は聞こえていないさ』
- 南征軍第一軍師【天智星】ショボン。
- 彼もまた、自身を見送る家族の無い者の一人だ。
- 尤も、彼の場合は“家族”と言うべき人間は2人とも南征軍の要職に携わっている。
- 血縁者たる父。【常勝将】シャキンとは、聖地の何処かで再会を果たす事になるのだろうか?
- ( //∀゚)『……全く、イジイジしやがって。
- あの野郎の痴話喧嘩話を聞かされてると、惚気られてるみてぇで嫌になるんだよ』
- (´・ω・`)『蜜菓子は見ている分には甘ったるいけど、蜜菓子自身は己を甘いと認識していない。
- ……まぁ、僕は蜜菓子になった経験は無いけど、そーゆー物さ』
- 言って、肩をすくめる。
- ( //∀゚)『面倒臭ぇな。理屈はどうあれ、菓子は甘いもんだろうが。
- だったら、ハナっから思う存分ベタベタすりゃぁいいんだ』
- (´・ω・`)『……単純だね』
- ( //∀゚)『何言ってやがる。それが、生きてるもんの義務ってヤツだろうが』
- 100: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:01:15.79 ID:M9rbxiAPP
- 答えて、ジョルジュは馬上に振り返り、ショボンの視線を追う。
- そこでは幾多の若者達が恋人と。両親と。妻と。子供達と別れを告げている。
- 彼らの中に己が死を望む者は1人としていないだろう。
- が、あの中の何割かは確実に再びこの地を踏む事無く散っていく。
- 自分達が死地に連れて行く。
- 理想の為。未来の為。そんな御大層な謳い文句を旗に掲げ、彼らを殺すのだ。
- ( //∀゚)『……だからこそ、生きてるもんは死んじまったもんの分まで、精一杯生きてる事を楽しまないといけねぇ。
- そうじゃねぇと死んだ連中が浮かばれねぇんだよ』
- (´・ω・`)『やっぱり義兄は単純だね。でも、その分……それは真理なのかもしれないよ』
- 人の輪の中に、相変わらずオタオタと走り回る黄金の頭髪と、合わせる様にオロオロしている銀色の頭髪が見てとれる。
- 2人の関係は複雑だ。
- 一度は死を装い、皆の前から姿を消した銀髪の青年。
- かつての部下であり、今となっては掛け替えの無い友。
- 彼とももう一度、この地で酒を酌み交わしたいと思う。
- ( //∀゚)『そーいや、ナイト……ブーンとは一緒に艶街に行った事はあったけど、2人で酒を飲んだ事は殆どねぇな。
- しくじった。思い残しが出来ちまったぜ』
- (´・ω・`)『良いじゃないか。生きて帰ってからの楽しみが増えたんだ。
- おや? どうやら、ようやくギコは探し人を見つけ出したようだね』
- ショボンの言葉に、ジョルジュは顔を渋くした。
- 見上げれば、太陽は中天にさしかかろうとしており、城壁上では1人の兵士が銅鑼を前に時を計っている。
- ( //∀゚)『そろそろ、出発だな。イジイジしてやがるから時間がなくなるんだ、筋肉チビ』
- 柄にも無い気遣いをした事が照れ臭いのか。後頭部をボリボリとかきながら、歴戦の勇将は呟いた。
- 102: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:03:04.05 ID:M9rbxiAPP
- ( ,,゚Д゚)『……シィ』
- (*゚−゚)『……』
- 目当ての灰色の短髪を、ギコはすぐに見つけ出す事が出来た。
- 人並み以上に背が低く、雑踏に紛れやすい彼の妻だが、黒刀の使い手は世界の何処にいても彼女を見つけ出す自信がある。
- いや、もしかしたら彼女の方も彼の側にいてくれていたのかもしれない。
- 愛し合う夫婦の些細な仲違い。
- それは、ギコが南征軍に組み込まれ、シィが残留組に決まった事に起因する。
- この事に、彼女は猛抗議した。
- 無口で無愛想な彼女が、顔を異名の元となった赤い外套が如く染めあげ、クーにつかみかかった程である。
- だが、ギコと離れたくないなどと言う個人的な事情で、決定は当然覆らない。
- ギムレット台地の防衛と言う面で見れば、かつてキュラソー解放戦線を率いていたシィは正に適役なのであるし、
- モスコー出身のギコを南征軍から外す利点は何処にも無い。
- 更に、ギコが妻の身の安全を考慮して、クーの味方についた事も火に油を注ぐ結果となる。
- 以来、シィは元々貝のように堅い口を一段と強く結んでしまい、誰とも顔をすらあわせようとしなくなっていた。
- 結局は、シィの可愛らしい我侭なのである。
- が、生憎とヴィップには妻帯している将官は少なく、上級将官となるとギコひとり。
- それどころか、女心の機微すら分からぬ者が雁首をそろえているのが現実だ。
- 半ば彼女の義父が如き存在であったフィレンクトは口を出そうとしないし、
- 新たに参入した妻帯経験者、第一騎兵部隊副長【天使の塵】フッサールは息子の嫁の性格をまるで知らない。
- 第一輜重部隊を率いる【花飾り】ミセリと交代しつつ南征に参加すると言う形で一応の決着はついたのだが、
- こういった経緯もあって“傍迷惑な痴話喧嘩”は出兵当日まで及んでいたのである。
- ( ,,゚Д゚)『あの……シィ……悪かったぞゴルァ』
- 105: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:04:36.76 ID:M9rbxiAPP
- (*゚−゚)『どうして謝るの?』
- ( ,,゚Д゚)『へ?』
- (*゚−゚)『ギコは自分が正しいと思ったから、私の考えを否定した。自分が正しければ、謝る必要なんか無い』
- (;,゚Д゚)『……すまねぇ』
- 多弁になるのは、彼の妻が感情を昂ぶらせている証拠だ。
- 【九紋竜】ギコと言えば35000を数えるヴィップ歩兵軍の筆頭。
- 騎兵筆頭であるジョルジュの様に五大令にこそ身を置いていないが、押しも押されぬ軍部の要である。
- 鬼教官としても知られており、彼が訓練に参加すると聞いただけで新兵達は泣き出しそうになるほどだ。
- そんなギコであるが、どうしても克服できぬ苦手な物が一つだけある。
- 怒っている時の妻の視線だ。深く澄んだ湖のような瞳で見つめられると、心の奥底を。
- ありもしない疚しい考えを見透かされているようで、何も言えなくなる。
- この時も彼は、あたかも蛇を前にした鼠のように身動き一つとれなくなってしまっていた。
- しかし。
- (;,゚Д゚)『……あ』
- そんなギコの眼に映る物があった。
- 城壁に立つ、一人の兵士。太陽を見上げながら、誰からも望まれぬ任務を果たす為、時を計っている。
- そして、彼が手にしたバチを振り上げた時、ギコの心は決まった。
- 何も口に出せないのなら……出さなければ良い。
- (;*゚−゚)『っ!! 何を……』
- 愛する妻の身体を、胸に抱きしめる。
- それから、シィが言葉を口にしようとするより早く、その唇を己の唇で塞いだ。
- 107: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:06:31.50 ID:M9rbxiAPP
- 銅鑼の音の余韻が空に溶け込んでいく。それが完全に収まってから、ギコはそっと唇を離した。
- (*゚−゚)『卑怯』
- (;,゚Д゚)『……すまねぇ』
- (*;ー;)『言った筈。自分が正しければ、謝る必要は無い』
- ギコは妻の瞳が優しい曲線を描いているのに気がついた。
- それでも堪えきれず頬を伝い落ちた涙を、そっと指ですくい取ってやる。
- そこでギコは自分も過ちを犯していたのに気がついた。
- シィは怒っていたのではない。不安だったのだ。
- 自分の夫の剣技を疑うわけではない。
- けれども、不安で……寂しくて……そんな言葉を口にする事も出来なかったのだ。
- ( ,,゚Д゚)『やっぱり……すまなかったぞゴルァ。寂しかったか?』
- (*;ー;)『うん』
- ( ,,゚Д゚)『これからもう少しだけ寂しい思いをさせるが……許してくれるか?』
- (*;ー;)『うん』
- ( ,,゚Д゚)『俺は必ず生きて帰ってくる。あと……愛してるぞゴルァ』
- (*;ー;)『うん』
- 2人に残された時間は、もう無い。
- しかし、2人は許される限り。不器用な語らいを続けていった。
- 109: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:09:05.31 ID:M9rbxiAPP
- (´・ω・`)『やぁ、御両人。仲直りは終わったかい?』
- (#,,-Д-)『他人の事より自分の心配しやがれゴルァ』
- ( //∀゚)『何なら、陛下に頼んで出発を遅らせてもいいんだぜ?
- どうせ、最近は御無沙汰だったんだろ?
- 良い機会だから、どっかの物陰でガキ仕込んで来いよ。四半刻(約30分)もあれば4発や5発……』
- (*゚−゚)『7回は余裕……死ねクズ』
- 結局、ギコが部隊に参列したのは、全将兵の中で最も後となった。
- しかし、それを咎める者など何処にもいない。
- 何故なら、ギコの想いは自身の願いであり、シィの願いは自身の想いと同じ物だから。
- 故に、誰一人として彼らの逢瀬に口を挟む事など出来ない。
- あたかも、自分達の想いを見つめなおすかのような気持ちで、人々は2人を見守っていたのである。
- 兵 ゚Д゚)。oO(マチ……俺、絶対デカい手柄を立てて帰ってくるよ。そうしたら俺と……)
- 町*゚ー゚)。oO(手柄なんかどうでも良いの。お願いだから生きて帰ってきて……)
- 整列を終えてからも、恋人達は視線で語り合う。
- が、やがて少し前まで人の輪の中にあった黄金の王が城壁上に姿を現すと、全将兵が一斉に姿勢を正した。
- ツンはその身に黄金の甲冑を着込み、竜鳳を刺繍した黒い戦外套を纏っている。
- 孔雀の羽を挿した兜は左脇に抱えており、むき出しの金髪が風に泳いだ。
- 泣き出しそうな顔で眼下に整列する将兵の顔を眺めてから、ようやく決意したかのように
- 支配の象徴、禁鞭を天高く掲げ、声高に叫ぶ。
- ξ゚听)ξ『アルキュ王ツン=デレが全ての将官に告げます。
- 時は来ました。愚かなる侵略者は我が慈悲に縋る事を拒絶し、尚もモスコーの地に居座っています。
- 既に猶予はありません。我が戦士達に命じます!! 進軍せよ!! 全ての愚者に刃の裁きを!!』
- 112: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:11:36.70 ID:M9rbxiAPP
- 全ての者達が、“ある奇跡”を心のどこかで期待していただろう。
- モスコーに駐屯していた国教会が軍を引き、出兵の必要はなくなったという奇跡を。
- 数多くの悲劇に繋がるであろう今回の出兵が、数年後には笑い話として語られる事になるであろう奇跡を。
- けれども、現実には奇跡など起こらず、人の群れは静々と動き出す。
- 人の世に奇跡など起こりえない。
- それは、歳を経れば大概の者が気付かされる真実だ。
- 奇跡は起こりえないからこその奇跡であり、その価値がある。
- 全ての物事の帰結には、必ず過程があり、起点が存在する。
- その過程や起点の類を排除して突如発生する物こそが真の奇跡であり、必然と言う最強の札に対抗できる唯一のジョーカーだ。
- 果たして、世の奇跡と謳われる出来事の中で、一体どれ程それに値する物が存在するだろうか?
- その多くが、奇跡の名を借りた紛い物。
- 無知と思考停止によって齎された粗悪品である。
- かつて隆盛を極めた魔術師や呪術の使い手が没落していったのも、それを理由としての事であるし、
- 彼らに代わって事象を理屈づけて計算する戦略家や戦術家が宮中に勢力を広げて行ったのも、
- そう言った“起点”と“過程”があっての“帰結”である。
- しかし。それでも……人は奇跡を望むのだ。
- ひょっとしたら、交戦前に国教会がいなくなるかもしれない。
- 突然の天変地異で戦どころではなくなるかもしれない。
- もし……戦に敗れたとしても、自分の想い人だけは生きて帰るかもしれない。
- そして。
- ξ;--)ξ『出来れば……一人も欠ける事無く、生きて帰ってきてちょうだい』
- 戦を防げなかった。己の無能を詫びるかのように兵達の背に向けて頭を下げる。
- 黄金の獅子の呟きこそ、全ての者が最後に縋る奇跡であっただろう。
- だが、その声は彼らの前途を示すかのように、虚しく風の中に消えていくのみであった。
- 114: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:13:33.72 ID:M9rbxiAPP
- ( //∀゚)『よし、出撃すんぞ!! 迷子になるんじゃねぇぜ!!』
- ( ^ω^)『第二軍、出撃するお』
- 2人の総将の号令の下、遂に南征が始まった。
- 【急先鋒】ジョルジュを総将とする第1軍・騎兵5000、歩兵10000は南へ。
- 【王家の猟犬】ブーンに率いられた歩兵1000は一旦東に向かい、ニイト公国軍と合流する。
- 街道や城壁上には、少しでも色濃く戦士達の姿を眼に焼き付けようと、人々が列を為していた。
- 彼らの背後には酒樽が幾つも並べられているが、これは飲んで騒ぐための物ではない。
- 魔を払い、死神の影を遠ざけんと、土地神の神台に奉納されていた清めの酒だ。
- 生還を祈る声と共に酒が兵士達の頭上に降りかけられ、陽光を浴びて虹を作る。
- 彼らは、その美しい虹の輪を潜って、死に繋がる道を歩んでいくのだ。
- 奇跡を望むと言うのは、裏返せばすなわち、奇跡にしか縋る物が無い状況に追い込まれている、と言う事である。
- 俯けば涙が零れ落ちる。
- しかし、最後に見せるのは……最後に見るのは笑顔がいいから、人々は無理にでも頬をほころばせるのだ。
- 第1軍歩兵部隊の先頭を進んでいたギコの眼は、そんな人の列の中に愛しい小柄な身体を見つけ出した。
- ( ,,゚Д゚)『シィ!!』
- (*゚ー゚)『うん』
- ( ,,゚Д゚)『モスコーには月明かりの下でだけ咲く花がある!! 俺は必ず……お前にその花を贈るぞゴルァ!!』
- (*゚ー゚)『…………』
- (*^ー^)『うん』
- 118: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:16:32.77 ID:M9rbxiAPP
- ギコは思わず叫んでいた。
- シィもまた、出来得る限り最高の微笑みで夫を見送る。
- ミセ*゚ー゚)リ『なんか……やっぱり、あの2人って良いですよね』
- ノハ*゚听)『あぁ。あたしにはお姉様がいるけど……ちょっと憧れるな』
- そんな声も、ギコの耳には届かない。
- 共に【三花仙】と讃えられた英雄。
- 月下剣士が華の騎士に花を贈ると言うのは、これ以上は無い贈り物に思えた。
- 人々はいつまでも、いつまでも。
- 去って行く戦士達の後姿を、飽きる事無く見送っていたと言う。
- そして、誰に想像できよう。
- これが。この時が。
- 2人がこの世で愛を語り合った最後の時となるのである。
- 122: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:19:42.84 ID:M9rbxiAPP
- ※ ※ ※
- ( ^ω^)『……』
- 出立から半刻後。
- 【王家の猟犬】ブーンは、ふと背後を振り返った。
- 既に何度目かになろうかと言うほど、同じ行動を取っている。
- 【獅子の都】ヴィップ城は地平の彼方に姿を消し、影も見えない。
- それでも、彼はその背中に自信を思い案じるかのような、暖かい眼差しを感じるのだ。
- 川 ゚ -゚)『どうした、ホライゾン』
- そんな彼に声をかけたのは、青年に並んで四輪車を進ませる実姉。【無限陣】クーだ。
- 純白の鶴縫に羽毛扇と言う姿は相変わらずだが、この日は2頭の白馬に車を引かせている。
- ( ^ω^)『……いや、何でもないお』
- 川 ゚ -゚)『ならば、前を向いていろ。兵が不安を覚える。
- 総将たる者の一挙一動は必ず兵の心理に影響を与えるものだ。
- 出す物を出し、喰う物を喰う。そんな当たり前の行動ですら兵の心を左右すると知れ』
- (;^ω^)『……おっおっ。把握したお』
- 姉の言葉に、青年は気を引き締めなおした。
- 緩んでいたつもりは一切無いが、総将と言う立場にある者として、甘さがあったのも否めない。
- ブルンと首を左右に振って自身に気合を入れる。
- それを見て、クーは満足そうに膝上に山と積んだ焼き菓子の一枚を口に運んだ。
- 125: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:21:49.54 ID:M9rbxiAPP
- (,,^Д^)『いや、まぁでも大将は気ぃ張り詰めすぎないほうが良いッスよwwww
- 細かい事は俺らがやるッスからwwww』
- そんな姉弟に声をかけてきた者がいる。
- 2人の背後で葦毛の牝馬に跨った、白衣白面副長【鉄牛】プギャー百歩長だ。
- 筋骨隆々たる両の腕には、大人ひとりでは持って歩くのも困難であろう、頑丈そうな旗竿を掲げている。
- そのそれぞれの先端には、黒地に黄金獅子の描かれた旗と、青地に白き狼の刺繍された旗が風に靡いていた。
- 本来、プギャーは経験や実力などからしても百歩長の座に収まっているような男ではない。
- 事実、ツンやショボンなどは南征にあたって彼を千歩将の座につけようと考えていたのだが、
- 彼自身の意思によってそれは叶わなかった。
- プギャーは己の栄達よりも、どこか危なっかしいところがある総将を身軽な立場から補佐したいと訴えたのである。
- そして、それはブーンにとって非常にありがたい申し出であった。
- 5年もの間、ヴィップ本隊を離れ秘密裏に行動していた青年を常に支えてくれたのは、この男だ。
- お互いに気心も知れているし、頼れる男だと言う事も分かっている。
- 2年前にニイトに潜入し自身が囚われた時も、流石兄弟の網を潜り抜けて散り散りになった仲間を再組織しなおすなど、
- 急場にあっても平常心を失わず、時流が訪れるのを静かに待てる肝の太さも兼ね備えている。
- だが、そもそも彼は自身の栄進出世には興味が無いのだ。
- 何故なら、彼は【白衣白面】。
- 血みどろの戦場に立つ事を贖罪と望み、それでも全ての戦場を憎む者。
- 例え、平和な日々を過ごし、時を送ったとしてもそれは変わらない。
- 心に燃える暗い炎は燻らず、牙は穿つ喉笛を欲し、瞳は己のどうしようもないほどの破滅を求めている。
- その意味合いで鑑みれば、全ての白面兵士とは我欲の塊であり
- また、それ故にたった一つの欲求を除いて、全ての事に平等に無欲である。
- ある王の優れた側近が、主の覇道を行く姿を見たいと言う欲求の為に他の全てを捨てきれるように、
- プギャーもまた優秀な副官の条件を兼ね備えているのだ。
- 130: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:24:21.43 ID:M9rbxiAPP
- 川 ゚ -゚)『だが、兵は皆、総将を見ている物だ。それによって軍の士気は変わってくるのだぞ』
- (,,^Д^)『んなもん、今からやったって付け焼き刃っすよwwww逆に兵が困惑するッスwwww
- だったら、ありのままの大将を見せておいて戦場で大暴れした方が効果的ッスwwwwサーセンwwww』
- 川 ゚ -゚)『……むぅ。その考えも有りか』
- その事が分かっているから、クーもプギャーには強く物が言えない。
- かつての彼女にレーゼという副官がいたように、弟にはプギャーがいてくれる。
- 一つの組織の中において、総将とは当然重要な位置にあるわけだが、それと同程度に組織内に強い影響力を持つ者が補佐官だ。
- 総将の立場にあるブーンが超多数の兵を率いた経験が薄い為、本来軍師の任にあるクーが実質的な総将も兼ねねばならない。
- ブーンにはプギャー、クーにはレーゼ。
- 2人の総将に2人の副将と言うのが、南征第2軍の編成になる。
- そう。
- 北の大英雄モララーの子と言う事で名を知られていても、ブーンには大軍の将たる経験が少なすぎるのだ。
- ツンと出会う前は一回の兵奴として生きてきたのであるし、白面の隊長となってからも精々1000人の将。
- ヴィップに復帰してからは近衛侍中としてツンやクーの護衛と言った立場にあり、
- 時折賊の討伐に2000を率いたのが関の山と言ったところであろうか。
- 偉大な父の名が知られすぎているが為、南征において総将と担ぎ上げられてしまったが、やはり急ごしらえの感は否めないのだ。
- ならば、プギャーの言うとおり、ありのままの姿でいさせた方が余計なボロを出さぬかもしれない。
- (,,^Д^)『つか、出すもんは出して喰うもんは喰うって、なんか卑猥っすねwwww陛下相手に何するつもりッスかwwww』
- _,,_
- 川 ゚ -゚)『あ?』
- _,,_
- ( ^ω^)『お?』
- (;,^Д^)『…………サーセンwwww』
- 132: ◆COOK./Fzzo :2010/07/04(日) 23:26:18.21 ID:M9rbxiAPP
- ※ ※ ※
- ━━━━━━━━━━
- ━━━━━━━━
- ━━━━━━
- 川 ゚ -゚)『ところで、ずっと疑問だったのだがな』
- ( ^ω^)『お?』
- 突如、ヴィップ国軍務令・ニイト公こと【無限陣】クーが口を開いた。諸将の視線が一斉に彼女に集まる。
- 川 ゚ -゚)『何故、男子は自慰行為の事を“抜く”と表現するのだ? あれは“出す”物ではないのか?』
- 爪ii- -)『何を言い出すのよ一体……知るはずが無いでしょう……』
- 爪*゚∀゚)『やはー』
- 時は、出征より2日後。所は、ヴィップとネグローニの領境に設立された幕舎内である。
- 夕餉を口に運んでいた一同は、クーの疑問が実にどうでも良い事であった事が分かると、呆れたふうにガックリと肩を落とす。
- そして、乾し肉を浮かべたシチューを匙で口に運ぶ作業を再開した。
- どこか遠くで夜の鳥が、ほうほうと鳴いている。
- この日の夕刻、ヴィップを出た南征第2軍は、無事ニイトを出立した騎兵3000・歩兵6000と合流した。
- 今宵はそれを祝して全将兵の食事に肉が出されており、普段は割った“包”や豆を浮かべた麦粥が主である。
- 余談だが、当時の長旅には乾し肉が携帯食として欠かせなかった。
- 持ち運びが易く、疲労回復にも効果がある。
- また、水で戻せば十分に肉の食感を楽しめるし、その水も肉の味が染み出して上質なスープの元となる。
- 更に言えば、塩をたっぷりと擦りこんだ乾し肉はアルキュ島において、
- 正規ルートを通さない塩の流通法としての役割も担っていた。
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