('A`)ドクオが現実にスクゥようです

3: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:54:20.09 ID:wY66P5E/0

 天気が良いとは言え、季節は変わらずに冬。
 春の足音など一向に聞こえて来そうにない窓の外では、
車の速度に合わせて景色が流れていく。
 どことなくグレーを思わせる世界の中で、己の置かれた状況について、
少し考えてみる。。
 例えば私は、それはもう自分自身驚きを隠せない程の勢いで、
仕事をサボり、こうしてそう遠くない故郷を目指している訳で、
それは結構な一大事で、気付けば浮かれて鼻唄なんかを口ずさんでいたりする。



5: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:54:49.86 ID:wY66P5E/0

 「仕事なんかに縛られたりしないぜ!! ワーキングビューティー(笑)」

 こんな姿勢はなかなかに悪くなくて、何だかんだで私もまだ若いんだ。
そういう発見が単純に嬉しいはずなのに、
いつの間にか止んでしまった鼻歌の合間に茶々が入る。

「それで、それからどうするの?」

 途端にどん底だ。



6: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:55:21.65 ID:wY66P5E/0

 義務教育課程を終了してしまった私の居場所は、もう実家にはないんだ。
 その主であるはずの私の親は年々、目に見えて衰えていく。

ξ゚听)ξ「いつか死ぬのかなぁ……」

 当たり前の事実は、無理矢理再開した鼻歌に消えた。



6th_reed.



7: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:55:54.48 ID:wY66P5E/0

(;'A`)「(死にたい……いや、死ぬ……)」

( ・∀・)「へー、じゃあベースとかやるんだ?」

(*゚ー゚)「全然ヘタクソですけどねー」

 場所は保健室。時は放課後。
 俺という例外を除いて、どうやら会話は盛り上がっているようだった。
 そもそもの始まりは遡ること数時間。



8: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:56:30.04 ID:wY66P5E/0

「コーヒーうめぇ」

「良くそんな真っ黒いもん飲めるね」

「……うめぇ」

「それ飲んだら学校行こっか」

「うん……は?」

「だって、結局何もできてないじゃん」

「俺、二往復目なんだけど……」

「よし、ギネス狙え」

「……あ、お腹痛いかも……」

「ケアルにする? ベホマにする?」



9: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:57:00.58 ID:wY66P5E/0

('A`)「(高校生でこのノリはないわ……)」

( ・∀・)「聞いてないね、これは」

 ――と、どうやら会話の矛先が俺に向いたようだった。
 この手の経験は誰にでもあると思う。
 「聞いていない」、などというワードが出ると途端に会話に入り辛くなるのだ。
 ここで、「何?」などと返そうものなら、聞いていたのに無視していたようであるし、
だからといって前の会話は本当に聞いていないので、正しい返答が出切る筈もない。



11: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:57:30.87 ID:wY66P5E/0

('A`)「……」

 世の中には、解っているからといって、どうにもならないことがある。

( ・∀・)「やっぱり聞いてなかったね。もう一回言ってあげて?」 

(*゚ー゚)「ベース教えて下さい!!」

 会話の流れを掴もうと必死な俺に、例の、やけに魅力的な笑顔が向いていた。

(;'A`)「え? 何? 聞いてない。聞こえない」



12: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:58:01.19 ID:wY66P5E/0

( ・∀・)「弾けるでしょ? ベース」

(;'A`)「いや、弾けないし知らないし知らないし……」

( ・∀・)「二回言ったね」

(*゚ー゚)「弾けるんですよね? ベース」

 場の雰囲気は明らかに二対一。
 途中参加の俺は、明らかに形勢不利のようだった。
 だが状況は至ってシンプル。つまりは「ベース教えて下さい」ということらしい。
 ことらしい。



13: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:58:31.45 ID:wY66P5E/0

(;'A`)「……」

( ・∀・)「へぇ、女の子に嘘吐くんだ?」

(;'A`)「ちょっとだけ……」

( ・∀・)「教えてあげるんだよね?」

(;'A`)「……また今度ね」

 「また今度ね」、と俺は言った。
 深い意味はない。また、今度、だ。
 同時に酷く突き放した言い方だ、と思った。
 思ったところで、一度口から出た言葉の回収は不可能だ。
 失敗したな、と思った。
 今回もまた、思うだけだった。



14: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:59:01.90 ID:wY66P5E/0

(*゚ー゚)「絶対ですよ」

('A`)「……絶対だよ」

 彼女はいたずらっぽく笑って、もう一度だけ「絶対ですよ」、と言った。
 少し嬉しくて、同じように「絶対」、と繰り返した。

( ・∀・)「だいぶニヤけてるね。二人して」

 会話もどうやらひと段落して、見上げた窓の外は真っ暗だった。
 彼も、壁に掛かった時計を気にしているようだった。
 彼女は、曇ったガラスをキャンバスに見立てて、何やら描き始めた。
 ガスストーブの上では、ゆらゆらと空気が歪む。
 途端に訪れた静寂が、耳に痛い。



15: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 18:59:32.81 ID:wY66P5E/0

('A`)「……帰るか」

( ・∀・)「だね。そろそろ先生もきそうだし」

(*゚ー゚)「ですね。今日は楽しかったー」

 何かしらの達成感みたいなものを胸に、それぞれ帰り支度に取り掛かる。
 何が楽しいのか、彼はニヤニヤと顔を歪め、彼女は鼻歌を唄っていた。
 その鼻歌が俺の好きなバンドのものだと判り、
校門を抜ける頃にはニヤけ面が三人に増えていた。



16: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 19:00:16.43 ID:wY66P5E/0

( ・∀・)「お前、送ってってあげなよ」

(;'A`)「え、え? 何が?」

(*゚ー゚)「あ、良いですよ。家近いし!」

 それだけ言うと、少し急いだ様子で、彼女は俺たちから離れて行った。
 街灯もまばらな道の真ん中で、
彼女は振り返ると手を振って、一度おじぎしてから歩いていった。



17: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 19:00:47.14 ID:wY66P5E/0

( ・∀・)「……イラッとするぐらい良い子だったな」

('A`)「イラッとはしねぇよ」

 男二人、トボトボと歩く帰り道はやはり暗い。

( ・∀・)「お前と良い感じなのが主に不愉快だね」

('A`)「何でだよ。嫌われてるだろ。どう見ても」

( ・∀・)「あー……。はぁ……」

('A`)「……はぁ」



19: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 19:01:17.53 ID:wY66P5E/0

( ・∀・)「もう良い。奢れ。所持金が許す限り奢れ」

('A`)「俺にチロルチョコ四つも奢らせる気? あ、消費税あるから三つか」

( ・∀・)「……。また今度奢れよ」

 どこかいたたまれない空気を、携帯電話の着信音が遮った。
 明らかに「着信音1」、デフォルトのものだった。



20: ◆hNdx3bVk06 :2008/04/03(木) 19:02:23.98 ID:wY66P5E/0

( ・∀・)「あ、姉ちゃんからだ。じゃあまたね。明日はサボんなよー」

 おう、とジャスチャーで応え、再び帰路につく。
 後ろから、「いま帰ってるところ!!」とか何とか聞こえた。

 平凡ながら、良い日だ。
 「保健室で女の子と喋る」などという平凡は、俺にとって十分に非凡と呼べるが。

('A`)「ベースねぇ……」

 もうひとつの目的を忘れていたことを思い出したが、無理矢理もう一度忘れた。
 明日はきっと、遅刻せずに登校しよう、と思った。

('A`)「思うだけじゃ終わらねぇぞ」

 そう思った。

6th_reed...end.



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