( ^ω^)ブーンは麻雀の世界に生きるようです

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 20:51:46.15 ID:IMtRiN//O


【第十話:盛夏、その三】


 ばさり。

 ツンは、思わず持っていた荷物を落としてしまった。
 その視線の先で、意中の人であるブーンと
 サークル仲間であり良きライバルだと思っているクーが、
 仲良さげにオオカミの街を歩いていたのだ。

 ツンと彼らの距離は数十メートル。
 しかしながら駅前は多くの人で賑わっており、向こうはこちらに気付いていないようだ。
 そのため、もう一度目を凝らして確認する。

 …やはり間違いない。
 あのニヤケ顔はブーンで、さらりと伸びた黒髪はクーだ。
 そうなると、ツンの脳裏に一つの疑問が浮かび出す。

 でも、なんで?
 なんで、二人が一緒に歩いているの?

ξ )ξ。oO(まさか…サークルの皆に隠れて付き合って…)

 彼女がそう思うのも無理はない。
 年頃の男女が並んで昼下がりの繁華街を歩いていれば、
 誰しもがデートの真っ最中だと思うだろう。
 今は夏真っ盛り、そこかしこでカップルが生まれる季節である。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 20:58:27.08 ID:IMtRiN//O


ξ )ξ。oO(そっか…ブーンとクーが……)

 ツンは人混みの中、呆然と立ち尽くした。

ζ(゚ー゚*ζ「お姉ちゃん…?」

ξ )ξ「…」

 この時彼女は、妹のデレとこの街へ買い物に来ていた。
 その途中でブーンとクーを見つけてしまったのである。

 妹から心配そうに声を声を掛けられるも、上の空で一切反応しないツン。
 しばらくして、ようやく口を開いた。

ξ )ξ「デレ、ごめん…先に帰るね……」

ζ(゚ー゚*ζ「えっ、どうしたの?なんか顔色悪いよ?」

ξ )ξ「うん、急に具合悪くなっちゃった…。それじゃ行くわね…」

 呟くように言い終えると、駅の方へ足を向ける。
 なんだか精気が抜けきっているようだ。
 大丈夫かな、と思いつつデレはある事に気付く。

ζ(゚ー゚;ζ「お姉ちゃん、荷物置きっぱなしだよ!」

 そう呼びかけても、振り返らずにふらふらと歩いていった。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:05:24.59 ID:IMtRiN//O


──夕刻・ツンの部屋──

 電気をつけずカーテンを締め切り、部屋は薄暗い。
 かろうじて隙間から入ってくる西日の光だけが室内を照らしている。

 そんな中、ツンはベッドの隅でひざを抱えながら座りこんでいた。

ξ )ξ。oO(失恋…か…)

 やはり二人は付き合い始めたのだろうか。
 サークルの皆に内緒で一緒に繁華街にいるという事から、
 そうである可能性は極めて高く思える。 

 だとすると、頂上戦の予選をキッカケにして急速に仲を深めていったのだろう。

 思えば、ブーンもクーも麻雀が三度の飯よりも好きで、四六時中麻雀談義をしていた。
 サークル活動中も、まだ初心者の自覚のある自分は彼らの会話に加われず、
 ヤキモキした経験が何度もある。
 お似合いと言えばお似合いの二人だ。

 けれど、もしかしたら。
 彼らもたまたま居合わせたのかもしれない。
 あるいは、何かサプライズ的な事を二人で企画していて、
 それで一緒に行動していたのかもしれない。
 
 そんな淡い事を考えながら、ツンはくしゃくしゃと頭を掻きむしった。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:10:58.66 ID:IMtRiN//O


 うだうだ悩んでいても始まらない。
 いっそのこと、アイツに電話して聞いてやろうかしら。

 そう思って携帯を手に取って開くも、
 ディスプレイに“ブーン”と表示された所で再び閉じた。

ξ;凵G)ξ「やっぱり…聞けないよ…」

 怖いのだ。
 アンタ達付き合い始めたの?と聞いて、Yesと帰ってくる事が。
 
 それは、自分の初恋が完全に散ってしまう瞬間。
 もしそうなれば、世界が真っ暗になって、何も考えられなくなるに違いない。

 そしてきっと、嫌いになってしまうだろう。
 好きな人を奪ったクーと、二人を結びつけた麻雀を。

 自分でもこのひねくれた性格がイヤになってくる。
 クーも麻雀も、決して悪くはないのに…。

 悲しい。苦しい。
 
 失恋って、こんなにつらいものだったんだ。

 ツンがそう噛みしめると、ある曲を思い出した。
 他でもない、ブーンから借りたCDに入っている失恋歌だ。

 リモコンを手に取ってコンポのスイッチを入れ、その曲を流す。 
 初めて聞いた時は何とも思わなかったが、今は痛い程その身に突き刺さった。



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:18:05.65 ID:IMtRiN//O


 『 恋の花 』

 なぜ咲くの恋の花 なぜ震える恋の花
 誰の涙も見たくはないよ 何もいらない花がいい

 枯れてほしい恋の花 死んでほしい恋心
 踏み潰したい恋の花 わざとらしく濡れないで

 あなたは心のカドを削って、余った破片で私を刺した

 暗い森の中をさまようような日もあるけど
 空に星が光る 恋の花に話しかける

 恋の花の無い場所は、愛にあふれたとこだろう

 人は人と出会い何を想い消えるのだろう
 数えきれないほどの恋の花はどこへ行くの

 真っ暗で何も無い 真っ暗でわからない

 真っ暗で何も無い 明日がわからない


 (作詞:吉井和哉 『恋の花』オリジナルバージョン より)



ξ;凵G)ξ「うっ…ううっ…」

 初めての失恋を体験し、その歌詞に浸る。
 ツンの頬に、大粒の涙がこぼれた。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:25:25.40 ID:IMtRiN//O


──金曜昼過ぎ・キャンパス中庭──


 それから2日後。 
 結局ツンは、毎週金曜に行われている定例会に出る事にした。
 余程休もうかと思ったが、一度休むと戻るキッカケを掴めないような気がしたからだ。
 また、さりげなく二人の様子を伺ってみようという狙いもあった。

 だが…ツンの足取りは重たい。

ξ゚听)ξ「はぁ…」

 深く溜息をつきながら、中庭の木陰にあるベンチへ腰を下ろした。
 やはり、たまり場へ行きづらいのだろう。

 頬は痩せこけ、その目の下にはでっぷりとしたクマができている。
 あれから数日間ほどんど飲まず食わずの上、睡眠もロクに取っていないのだ。
 そんな具合では、その思考も自然とネガティブな方向へ進んでしまうもの。

ξ゚听)ξ。oO(二人の顔を見たらきっと…イヤな事を考えちゃうんだろうな…)

 そう思いながら、景色を眺めた。  
 中庭では、この暑い日中から映画研究会と思われる学生達がやや大掛かりなロケを行っている。
 おそらく秋の学園祭で発表するのだろう。
 じりじりと照りつける太陽にも負けず、各々が必死に作業へ取り組んでいた。

 それを見ながら、ぼんやりとまた考え事を始める。

ξ゚听)ξ。oO(みんな…頑張ってるなぁ……)



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:30:34.01 ID:IMtRiN//O


 彼ら一人一人にも色んなドラマがあるだろう。
 当たり前の事だが、それぞれの人生をそれぞれが主役として歩んでいるのだ。

 それでも今は、『作品を創り上げる』という目標に向かって全員で撮影に励んでいる。
 汗でTシャツをにじませ、声を荒げながら、懸命に。

 だが、そんな彼らを楽しそうだなと羨む一方で、目標を見失いかけている自分がいる。

ξ )ξ。oO(あたし…何がしたいんだろ…)
  
 ブーンに頼まれ、麻雀の面子に加わったのが4月。
 それ以来ジャン研に参加し、彼に好かれようと自分なりに頑張ってきたつもりだ。

 部員募集のチラシを朝から撒いたし、青空麻雀も手伝った。
 麻雀の点数計算を勉強して覚え、頂上戦予選でも決勝まで進出した。

 けれども、ブーンはクーと…。

ξ )ξ「はぁ…」

 そこまで考え、再び大きく溜息をつく。

 すると唐突に、携帯が震え始めた。
 カバンからそれを取り出し液晶に目をやると、“クー”と表示されている。

 あまりに予想外の出来事で一瞬ためらうも、
 ツンは慌ててボタンを押し、通話を始めた。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:34:38.53 ID:IMtRiN//O


ξ゚听)ξ『…もしもし』

川 ゚ -゚)『どうした、そんな所でボーっとして…』

ξ゚听)ξ『えっ?』

川 ゚ -゚)『そこからカフェテリアの方を見るんだ』

 そう言われ、ツンはそれのある新校舎3階を見上げる。
    
   
    川 ゚ -゚)ノシ
 

 そこには、窓際に座り、手を小さく振るクーの姿があった。
 昼食の最中にキャンパス内を眺めていて、たまたまツンを見かけたのだろう。

川 ゚ -゚)『なんだか調子が悪そうに見えるが…大丈夫か?』

 そう言われ、「うん、ちょっとね」と小声で返すツン。
 まさか、アンタのせいよとは言えるわけがない。

 だが、ここでツンは思い切った質問をぶつけた。
 このタイミングで電話が掛かって来た事に、何か運命めいたものを感じたのだ。

 「どうかしたのか?」とクーから返ってきた所で、少し間を取ってから切り出す。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:39:30.72 ID:IMtRiN//O


ξ )ξ『ねぇ…あたし、こないだブーンとクーが二人で歩いているのを見たよ?』

川;゚ -゚)『…えっ』

ξ )ξ『あれ…何してたの?』

川;゚ -゚)『……』

 クーは想定外の言葉に逡巡を見せる。
 その心中は、「バレてしまったのか…」という思いでいっぱいだった。

 何を隠そう、周りに伏せてブーンとフリー雀荘へ行くようにしたのは
 ツンを思っての事だったのだ。

 だが…とりあえず、知られてしまったのではこれ以上隠しても仕方が無い。
 腹を割って話そうか。

 そう決意したクーは、いつものトーンに戻して口を開いた。

川 ゚ -゚)『君は、ブーンの事が好きだろう?』

ξ;゚听)ξ『…えっ?ちょ、な、きゅ、急に…』

 質問を質問で返されただけでなく、
 その内容が心に土足で入り込むようなものなので、異常に狼狽するツン。

 クーはそれをなだめるように続けた。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:44:45.83 ID:IMtRiN//O


川 ゚ -゚)『慌てなくてもいい。見ていたらわかるさ。で…そうなんだろう?』

ξ;゚听)ξ『…う、うん』

 そう言われると流石に違うとも言えないので、
 ツンは首を縦に振りながら正直に答えた。
 「見ていたらわかるさ」という台詞に、驚きを隠しながら。

川 ゚ -゚)『私は頂上戦の本戦へ向けて、実戦で見知らぬ不特定多数の相手をする事に慣れる為、
     フリー雀荘へ行きたいと思ったんだ』

ξ゚听)ξ『フリー雀荘…』

川 ゚ -゚)『そしてその付き添いには、ジョルジュやドクオよりもブーンが適任だと判断した』

ξ゚听)ξ『…確かにアイツは慣れてるし、教えるの上手いしね…』

川 ゚ -゚)『しかし、あいつと私の二人だけで行動するとなると君が快く感じないだろうし、
     余計な心配をさせるだけだと思った。私としては、君とも良い友人関係を…いや、
     これからもっと良い関係を築いていきたいと考えているのだがな』

ξ゚听)ξ『そ、そう』

川 ゚ -゚)『でも私は…恋愛沙汰に関しては、誰のものに対しても気付いていないフリをして、
     関わらないようにすると決めていた』

ξ゚听)ξ『…うん』



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:49:21.68 ID:IMtRiN//O


川 ゚ -゚)『だから、私から君にあいつの話をするつもりは無かった。
     無論、君から相談でもされれば別だが…君はこういう話を避けていたからな』

ξ゚听)ξ『…』

 「その通りだ」と思ったツンは、何も言葉を返せなかった。

 知り合ってから半年も経っておらず、サークル仲間とはいえ
 まだ心の内を全て話し合える程クーと親しくなったつもりは無かったからだ。

 ツン自身、もう少し仲良くなったら相談しようと考えてはいたのだが…。
 振り返ってみれば、一緒にランチを取るなど二人で行動する事も少なかったように思う。

川 ゚ -゚)『…それで私は、知られなければ良いだろうと考え、
     敢えて隠れてブーンと一緒にフリー雀荘へ行く事にしたんだ。
     あいつには適当な事を言って説得してな。そこに恋愛感情は無いよ』

ξ;゚听)ξ『えっ、てことはつまり』

川 ゚ -゚)『ああ、別に私はブーンと付き合ったりはしていないさ、心配するな』

ξ゚听)ξ「!」



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:53:09.02 ID:IMtRiN//O


 クーのその台詞を聞き終えた瞬間、心のモヤが全て取れたような気がした。
 自分の抱えていた大きな悩みが、一挙に解消したのだ。
 
 ああ…良かった。
 本当に…。

 ツンはそう思いながら、目頭が熱くなるのを自覚する。

 言葉を詰まらせつつ溢れ出た涙を拭いていると、
 クーは申し訳無さそうに続けた。

川 ゚ -゚)『まさか…君に知られて勘違いをさせた上、
     こんなに苦しませる事になるとは思ってもいなかったよ』

 この少し離れた場所からツンを見ても、明らかにやつれている。
 ここ数日間、悩み苦しんでまともな状態でいられなかったのだろう。
 それを察し、謝罪の言葉を述べた。

川 - )『…すまなかった』

 ツンを悩ませないようにとした配慮が、余計に悩ませてしまったのだ。
 クーの言葉は本心から出たものに違いない。

 ツンはそれをしっかりと感じ取った。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 21:57:55.54 ID:IMtRiN//O


ξつ凵G)ξ『ぐすっ…もう…いいわ……』

川 ゚ -゚)『そうか、許してもらえるならば今からそちらに行こう。
     それにしても…君は本当にブーンが好きなんだな』

ξつ听)ξ『えっ…?』

川 ゚ -゚)『…まぁ、その話は後にするか。とりあえず切るぞ』

ξ゚听)ξ『あ、うん』

 通話を終え、ツンは携帯をゆっくりと閉じる。
 そして目をつむりながら頭を下げ、小さく「良かった…」と改めて呟いた。

 結局の所、自分の思い込みで勝手に悩み苦しんだという事実を理解したツンだが、
 自身の馬鹿らしさを呪う感情よりも、明るい気持ちが強まっていくのを実感した。

 今回の一件で自分の気持ちの強さを改めて知る事が出来たし、
 よりクーと仲良くなれるように感じたのだ。

 閉じていた目を開くと、手に納められた携帯が視界に入る。

 夏の木漏れ日を浴びながら揺れる麻雀牌のストラップが、
 いつもより可愛らしく思えた。



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:01:37.23 ID:IMtRiN//O



━━━━━━━━━
━━━━━━
━━━


 そんな出来事の約1週間前。

 業界誌、“現代麻雀”の管理するニューソク対局場で、ある試合が行われていた。 
 “麻雀頂上戦”のプロ予選である。

 頂上戦の予選は、大きく分けて二種類あった。

 まず一つは、ブーン達も出場した、全国で行われているアマチュア向けの各ブロック予選。

 そしてもう一つは、いわゆる競技団体に所属している者と、
 主催である“現代麻雀”から招待された著名人だけが参加出来る、今回のプロ予選だ。

 アマチュア向けの予選は各会場で通過枠が3〜4席とかなりの難関であるのに対し、
 こちらは平均的に見るとレベルが高くなるという理由で、
 通過率はやや高めの約4分の1に設定されている。
 
 そのため、タイトル初奪取を目論む無名の若手から
 もう一花咲かせてやろうという業界全体に名の知れた古豪まで、
 数多くのプロが会場内に出揃っていた。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:06:22.95 ID:IMtRiN//O


( ,,゚Д゚) 「…」
 
 その中に、ほんの2ヶ月前ジョルジュの勤務雀荘にふらっと現れ、
 彼を相手にして軽く4連勝した男の姿があった(※)。

 若干28歳にして六段の免状を持ち、
 “全日本プロ麻雀リーグ”の頂点・Aリーグに所属する、ギコと名乗った男だ。
 もっとも、ジョルジュ本人は直接会話をしたわけではないので、
 その事実をまだ知らないのだが。
 
( ,,゚Д゚)y━~~「ふう…」

 そのギコは、喫煙所で休憩時間中に一服を取っていた。

 ネクタイをせず、青地に白の縦線が入ったワイシャツを第二ボタンまで開けて、
 胸元に少し派手目なネックレスを覗かせている。
 そして、バレンチノのグレースーツを袖を通さずに羽織っていた。
 身長は低めだが、パッと見ではどこぞのホストかチンピラと思えるような出で立ちだ。

 ネクタイを締めた人間の多いこの場所の中で圧倒的な存在感を示し、
 かなり目立って…というよりも、明らかに浮いている。 
 そんな彼に、朗らかに声を掛ける者がいた。 
  _、_
( ,_ノ` )「おうギコ坊、相変わらずスカした格好だなオイ」


※…第四話参照



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:10:33.57 ID:IMtRiN//O


( ,,゚Д゚)「…お疲れ様です。来てたんですね、渋沢さんも」
  _、_
( ,_ノ` )「ああ…」

 彼の名は渋沢。
 “至高の理論派”という通り名を持つ、プロ歴20年の大ベテランだ。

 そのキャッチフレーズの通り緻密な理論をもって数々のタイトル戦を制し、
 競技界ではその名を知らぬ者はいない。
 麻雀番組にも出演する事の多い、いわゆるトッププロの一角である。

 競技麻雀のプロ団体は、プロレスと同じように複数の団体に分かれており、
 この渋沢は最も歴史のある“日本雀将戦連合”に所属していた。

 所属団体が異なり、まして若手に分類されるギコとは接点が無いように思える為、
 事情を知らぬ者は彼らが仲良さそうに会話するのを見て首を傾げていたが、
 共通の知人を介して知り合ってから、深い親交があったのである。

( ,,゚Д゚)「てか、渋沢さんもいつもと変わらない、いかつい格好じゃないスか」
  _、_
( ,_ノ` )「ふふ、そうか?」

 言われた渋沢は、濃い灰色のワイシャツにきらびやかな銀色のネクタイを締め、
 その手首で純金のロレックスを輝かせている。
 さらには、ロマンスグレーの整った頭髪でありながら独特の強面な顔立ちをしており、
 こちらはインテリ系大御所ヤクザを彷彿とさせる雰囲気を醸し出していた。

 率直に言ってこの二人、近寄り難い。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:14:34.28 ID:IMtRiN//O
  _、_
( ,_ノ` )「ま、それはさておき…調子はどうだ?」

( ,,゚Д゚)「イマイチすね…。ここまででほぼプラマイゼロ、最終戦次第ってとこっすわ」
  _、_
( ,_ノ` )「ふっ、情けねえなぁ…俺みたいな老いぼれですら連勝して当確だっつうのに」

 と、渋沢は余裕たっぷりな笑みを浮かべる。
 このプロ予選は全4半荘制。
 現在は3回戦目を終えた合間の、最後の休憩中だ。

( ,,゚Д゚)「まあ見ててくださいよ、スパっと勝ち上がってきますから」
  _、_
( ,_ノ` )「そうか…じゃ、達者なのは口だけじゃないのを見してくれや」

( ,,゚Д゚)「…ふふっ」

 そう言う渋沢を横目に、ギコは小さく笑いながらタバコを灰皿に当ててもみ消す。
 そしてそのまま「それじゃ」と言いながら軽く一礼し、対局ホールへ歩いて行った。

 それを受け、一度だけ首を縦に振って返事をしつつ、
 取り出したセブンスターに火をつける渋沢。
  _、_
( ,_ノ` )y━~~。oO(俺が現役でいる内に…あいつと大舞台でやりてえなあ…)

 くよらせた紫煙の向こうに見えるギコの背中を眺めながら、そんな風に思った。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:22:39.58 ID:IMtRiN//O


     ・
     ・
     ・

 最終戦の卓へ到着し、ギコは無言で相手を確認する。

( ・3・)コンチャ  ぼるじょあベネック・二段

(´・_ゝ・`)ドウモ  盛岡デミタス・三段 

(゜3゜)チュッス  田中ポセイドン・初段

( ,,゚Д゚)。oO(ぼるじょあと…デミに…田中か……)

 内心、ラッキーな組み合わせだと思った。
 相手が三人とも自団体の若手であり、雀風や手癖をおおまかに知っているからだ。

 ギコは所属団体で幹事を務めており、下位リーグの対局立会人を幾度かこなした経験がある。
 その際にじっくり観戦もして、こういった対局で戦う事を想定した上で
 若手の麻雀も頭に叩き込んでおいたのだ。

( ,,゚Д゚)。oO(ま、軽く揉んでやるか)
 
 自分の持ち点はほぼプラマイ0なのに対し、ボーダーは約40ポイント。
 通過するにはトップ縛りの最終戦である。

 それでも、相手は格下だと考え、いくらかの余裕をもって席決めをするギコ。
 賽が振られ、開局西家スタートとなった。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:28:58.10 ID:IMtRiN//O


 だが彼の余裕とは裏腹に、開局早々事件が起こった。

 まず、ぼるじょあが序盤に役牌をポンし、数巡後にそれを加カンをする。
 表示牌がめくられ、カンドラは5pに。

 配牌に恵まれなかったギコは様子見でいたのだが…。
 そのカンドラを確認した瞬間、ほんの少し眉をひそめた。
 カンが入ってその新ドラが数牌の使いやすい牌であった場合、
 必然的に場が荒れるからだ。 

(;,,゚Д゚)。oO(チッ…)

 実際この時、このカンにより新ドラが乗って、
 ぼるじょあの手牌は2000から5200までに変化した。

( ・3・)。oO(アルェー?カンドラ1枚しか乗らないのかYO)

( ・3・):13m456p西西 チー789s 加カン中中中中 ドラ1m、5p

 早々にオリを決めているのでギコが放銃をする事は無いのだが、
 高打点の手をツモられでもしたら、東1局とはいえどもそれだけで勝負が決まりかねない。

 「めんどくさいカンをしやがって…」とギコは思うも、
 ぼるじょあはこれまでにマイナスを重ねており、
 無理矢理にでも打点を上げようと彼なりに必死なのだ。

 だが、敵はぼるじょあだけではない。
 ギコは卓内の新たな異変に気付いた。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:35:55.82 ID:IMtRiN//O


(´・_ゝ・`)

((´・_ゝ・`)) フルッ

(´・_ゝ・`) …。


(;,,゚Д゚)。oO(親のデミが…ヤバい……)

 ギコは、盛岡が高打点の手をテンパイすると微かに震え出す癖を思い出した。
 ぼるじょあによる加カンの4巡後、その片鱗を見せたのである。
 その捨て牌も仕掛けに対して際どい所を勝負しており、注意深く見れば高手を匂わせるものだった。

(´・_ゝ・`):1123m556677p456s ドラ1m、5p

 察した通り、この時、親の盛岡はピンフ・イーペー・ドラ4の親ッパネ確定テンパイ。
 ダマテンでも高目のドラをツモれば8000オールにまで仕上がる大物手だ。

 だがまだ10巡目、何事も無く流局する可能性は限り無く低い。
 それを望むのは高望みし過ぎであろう。
 なのでギコは、こう念じた。

( ,,゚Д゚)。oO(ぼるじょあ…加カンまでしたんだ、せめてお前がアガリ切ってくれよ…!)

 親に高手を引かれるならば、子に満貫でもアガられた方がまだ楽という思考だ。
 場慣れした、現実的なものだと言えよう。
 
 しかしながら、ギコの恐れていた展開になってしまう。
 14巡目、盛岡が目当ての4mを掘り当てたのだ。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:40:54.27 ID:IMtRiN//O


(´・_ゝ・`)「ツ…ツモ」

 盛岡はやや緊張した面持ちで手牌を倒した。
 これまで黙々と表情を崩さずに闘牌をしていたギコが、
 その発声の瞬間、一瞬だけ険しさを見せる。

 安目引きとはいえ、親ッパネツモアガリの勃発。
 自分はトップ条件であるが、早くも盛岡ダントツの図式になってしまった。
 ギコは、手牌が開かれずともそれを理解したからだ。

(*´・_ゝ・`) ホッ…

 「6000オール」と点数申告した盛岡に、アガリ切れた事による安堵の表情が伺える。
 大きなアドバンテージを得て、多少のゆとりが出たのだろう。

 だが一方で、その仕草がギコの闘争心に火をつけた。

( ,,゚Д゚)。oO(ふん、東パツのハネ満くらいでいい気になるなよ…!)

 東1局で点差が開いても、まだ始まったばかり。
 劣勢である事に変わりは無いが、これからいくらでもチャンスがある筈だ。
 むしろ早いうちに叩かれた方が、追いかける身分としては残り局数が多い分標的を捕らえやすい。

 そう思考を切り変え、気合を入れ直し、同局1本場の配牌を手に取る。

( ,,゚Д゚)「…!」

 それで新たな戦略を思いつき、早速実践する事にした。



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:45:04.50 ID:IMtRiN//O


 9巡目、ギコは分岐点を迎える。

( ,,゚Д゚):11233m2334p5568s ツモ1p ドラ9p

 通常ならば、ピンフやイーペーコーを見て、打8sのイーシャンテンとするだろう。
 だが、ギコは違った。
 打、4p。ここでシャンテン取らずに構える。

 この対局に観客はいないが、もしいたとすれば全員が目を見開いて驚いたに違いない。
 特にリーチが掛かっているわけでも必要牌が出尽くしたわけでもないのに、
 この形から4pを切るのは通常であれば考えられないからだ。

( ,,゚Д゚)。oO(この手は…アガれる!)

 しかしながら、ギコはそう確信した。

 彼の持ち味に、独特のアガリへの嗅覚というものがある。
 これまでに十万局以上の対局をこなし、その経験則から育まれたものだ。

 また彼は、一般人よりも“やんちゃ”に見えるその風貌からは想像出来ない程に研究熱心だった。
 独自の理論を組み立て、それに捨て牌や局相、相手の雀風、理牌(※)の癖と視線、
 運気の大勢など多くの要素を加えて鑑み、敵手を読み切るのである。

 その上での、アガリへの確信を持った打4pだった。


※理牌…自分の手牌を見やすく並べ直す事



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 22:51:07.49 ID:IMtRiN//O


( ,,゚Д゚)。oO(この局、2mは持たれているが…1pとソウズの上は誰も持ってねえ、丸生きだ…!)

 相手の手牌が読めれば、逆算して山に残っている牌もわかるもの。
 狙い通り1p、6sと連続で有効牌を引き込んで、最速のテンパイを果たす。

( ,,゚Д゚)「リーチ」

( ,,゚Д゚):1133m1133p55668s ドラ9p

 七対子だ。
 リーチをしても、ロンアガリで裏ドラが乗らなければ、3200点にしかならない。
 しかしながら、アガリ牌を自力で引ければトップ目の親と1万点近く差を詰める事が出来るし、
 裏が乗ればハネ満にもなる。

 また七対子は、手牌の読みやすい相手であれば、
 場に生きている牌を探し、必要牌を自由に選択出来る為に作り易い。
 ギコは、いくつか対子のあった配牌から、これを狙ったのだ。

( ,,゚Д゚)「ツモ…1600・3200は1700・3300」

(;´・_ゝ・`)「クッ…」

 そして、当たり前のように8sを引きアガった。
 日頃から研鑚を怠らない、彼にだからこそ出来た芸当だ。
 最終形だけ見れば普通の手に見えるが、隠れたファインプレーである。

 これでその差は約1万4千点。
 反撃開始だ。



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:00:11.00 ID:IMtRiN//O


 だがその後は一進一退の攻防を繰り返し、点差はほぼ変わらないまま南3局を迎えた。
 ラス前、ギコの最後の親番である。
 
( ,,゚Д゚)。oO(ここでどうにかしねえと…)

 力を込めて配牌を取り出す。
 が、それはあまり良いものではなかった。

( ,,゚Д゚):12459m68p268s南南北中 ドラ2s

 役牌である南が対子なのが救いか。
 これを含めて仕掛けて行き、軽くアガって積み棒を増やしたいというのが実戦的な考え方であろう。
 この親が流れたら、オーラスで満貫直撃or倍満ツモという
 かなり厳しい条件になってしまうのだ。

 もちろん、ギコもそう考えたのであるが…。
 この局は、珍しい展開を見せた。

 4巡目、盛岡が2連続でアンカンをする。

(´・_ゝ・`)「カン」

(´・_ゝ・`)「もいっこ、カン」

 1p、中と連続でアンカン。
 その捨て牌は、北、2p、5p、7s…と、
 早くも使いやすい筈のタンヤオ牌が切り出されており、明らかに異様だ。

( ,,゚Д゚)。oO(序盤からアンカン2つ…四暗刻か?おそらくイーシャンテン…)



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:06:00.68 ID:IMtRiN//O


 しかしながら、ギコも負けてはいない。
 場に出たらノータイムで喰いつこうと思っていた南が暗刻になるなど、
 あの配牌が予想外の伸びを見せていたのである。

 そして7巡目。

( ,,゚Д゚):345m6778p268s南南南 ツモ9p ドラ2s、2s、西

 ここで、アンカンが入ってダブドラとなった孤立の2sを切るか、
 カンチャン形の6s8sを払うかの二択を迫られる。  

 もちろん、単純効率であれば圧倒的に打2sが正しい。
 56789p678s引きでテンパイという、かなり広い受けが残るからだ。

 しかし2sは、それ1枚でドラ2の価値があるもの。
 もし捨てて、その近辺を引いてしまった場合、高打点の手をみすみす逃す事になってしまう。
 役牌が暗刻なので、2sを手の内で使えれば仕掛けて5800の手にしても十分な加点になるのだ。

 また、ここでドラを切ってリーチ・南の安い手をアガったとしても、次局もアガれるとは限らない。
 その差は約1万5千点。
 少なくとも、オーラスを迎える時には満貫ツモで盛岡を差し切れる一万点差以内にしたい。

 スピードか、打点か。
 手を止めて顔色を変えずに考えるギコ。
 場況を眺め、どの有効牌が残っているのかを予想する。
 
 12、3秒の長考だっただろうか。
 その後、ギコは決意の表情で2sを切り出した。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:14:12.50 ID:IMtRiN//O


( ,,゚Д゚)。oO(これでいい…はずッ!)

 スピードを重視して、面前でテンパイすればリーチに出る構えだ。
 カンが2つ入っており、裏ドラを期待出来ると踏んだのだろう。
 ギコは打ドラと同時、勝負気配を敢えて前面に押し出した。

 が、2巡後。

(´・_ゝ・`)

((´・_ゝ・`)) フルッ

(((´・_ゝ・`))) フルフルフル…


(;,,゚Д゚)。oO(震え過ぎだろ…jk……)

 対面のデミタスが、異常な程に件の癖を見せ始めた。
 テンパイを入れたのだろう。それもおそらく、四暗刻を。 

 プロとしてあまりに恥ずかしいので終わったらこの癖を注意してあげないとな…と思いつつ、
 とりあえず次のツモに手を伸ばす。
 持ってきたのは6s。テンパイだ。 

 「リーチ!!」と気合を込めて、ギコは8sを横に置いた。

( ,,゚Д゚):345m67789p66s南南南 ドラ2s、2s、西



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:18:03.09 ID:IMtRiN//O


( ,,゚Д゚)。oO(相手が役満だろうが…めくり合い上等ッ!ここは勝負だゴルァ!!)

 盛岡の手を見たわけではないのに、四暗刻と決めつけている。
 自分の読みに絶対の自信があるのだろう。

 確かにギコの読みは当たっていた。
 盛岡の手は、まごうことなき四暗刻。

 ただし、普通のそれではない。

(´・_ゝ・`):888m999s東 アンカン中中中中 アンカン1111p ドラ2s、2s、西

 四暗刻単騎、役満確定の形である。
 待ちは、場に一枚出ている、東。

 さすがのギコも、そこまでは読み切れていなかった。
 四暗刻は最も出現しやすいポピュラーな役満であるが、
 それはシャンポン待ちをツモり上げる形が主なのであって、
 単騎待ちというのは非常にレアなのだ。

 相手がスッタンとは知らず、気合を込めて一発目の牌を引く。
 東を掴めば、ジ・エンドである。

 が、持ってきたのは2s。数巡前に見切った、ダブドラだった。

 「我慢していればドラが重なっていたか」と眉をひそめながら、それを捨てる。
 すると、下家の田中がおもむろにポンの声を掛けた。



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:22:48.19 ID:IMtRiN//O


(゜3゜)。oO(俺も戦ってるっつーのッ!)

 切られた瞬間にドラが重なり間の悪さを呪っていたが、
 ギコの引いた2枚目のダブドラ・2sに今度こそと食い付く。
 これでタンヤオドラ6、アガればハネ満の変則3メンチャンテンパイだ。

(゜3゜):45666m33678p ポン222s ドラ2s、2s、西

 スッタンか、親のリーチか、ドラ6か。
 3人が、防御をかなぐり捨てて攻めに出ている。

 もし観客がいれば、ここが最高潮、大いに沸き立つ場面であろう。
 だが今はそれもなく、ただ静かに5巡程ツモ切りが繰り返された。

 そして───

 田中の捨てた8pに、ギコが局を締める声を掛けた。
 手牌を倒し、裏ドラを3枚めくる。
 そこにあったのは、田中の待ち牌であった3pと、盛岡の待ち牌であった東が2枚。

(;´・_ゝ・`)(;゜3゜)。oO(俺のロン牌は…そこにいたのか……)

( ,,゚Д゚)「…24000」

 リーチ・南・裏6。
 アガった本人も驚きの、親倍満である。

 勝負が、決まった。



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:28:24.16 ID:IMtRiN//O


     ・
     ・
     ・

( ,,゚Д゚)「言った通り、勝って来ましたよ渋沢さん」

 そう言いながら、ギコは一足先に対局を終え、
 喫煙所でタバコをふかしていた渋沢に駆け寄った。

 こういう所や、負けん気の強い性格など、
 時折子供っぽい一面を覗かせる所が渋沢に気に入られている点の一つでもある。
  _、_
( ,_ノ` )y━~~「ふっ…そうか」

 子供を見守る親にも似た視線を送る渋沢。
 もっとも、彼に子供はおろか配偶者すらいないのだが。
  _、_
( ,_ノ` )「んじゃ、本戦で俺とぶつからないように祈っておくんだな…」

 タバコを灰皿に投げ捨て、軽くほほ笑んでから、
 そうやって不敵な表情を見せた。

 だが、受けたギコも同じように返す。



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:31:54.19 ID:IMtRiN//O


( ,,゚Д゚)「ふふ…渋沢さんこそ、俺と戦う前にコロ負けしないでくださいよ」
  _、_
( ,_ノ` )「くッ、最初の予選で全力投球してるお前に言われたくねえなァ」

 二人は冷静を装いつつも、激しい火花を散らした。

 普段は親しい間柄でも、次に会う時は共に優勝を目指す敵同士である。

 彼らは麻雀プロ。
 それも、自団体のAリーガーという看板をお互いに背負っているのだ。
 負けたくない負けられないという気持ちは、どちらも人一倍強い。 

 彼らはその後、「決勝で会おう」という約束をし、この日は別れた。


━━━
━━━━━━
━━━━━━━━━



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:38:55.53 ID:IMtRiN//O


───本戦前夜・クーの家───


 時刻は深夜2時前。
 クーは日付が変わる前に床へ就いたが、眠ろうにも眠れないでいた。

川 ゚ -゚)。oO(…寝れないや)

 いよいよ明日は、大会本戦。
 全国から集った海千山千の猛者達と牌を交わすのである。
 普段あまり緊張というものをしない彼女も、ここに来て気が高ぶっているのだろう。

( ^ω^)『睡眠時間は7時間以上取らないとダメだお』

('A`)『対局の3時間前に起きるのが脳の活動的にベストって何かで読んだぜ』

 なんて直前の定例会で言われて頷いたが、守れそうにない。

 クーは一度ベッドから出て、キッチンへ向かった。
 苦手なのでエアコンを回しておらず、少し汗ばんでノドが渇いたのだ。
 深夜とはいえ今は8月、内輪代わりに手をパタパタさせたくなるくらい蒸し暑い。

 冷蔵庫まで足を運んで冷えた麦茶を取り出し、コップに移してごくりと流し込むクー。
 何とも言えない清涼感が彼女を潤す。

 そして、あぁ…と小さな吐息を漏らした瞬間、背後から声が聞こえた。 
 2つ歳の離れた妹、ヒートだ。



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:44:56.41 ID:IMtRiN//O


ノハつ-)「あれ…クー姉寝てないの…?」

 髪をボサボサにして、目をこすりながらよろよろと台所に近寄る。
 物音で起こしてしまったのだろうか。
 その所作と寝ボケているような口調が、クーにそう思わせた。

川 ゚ -゚)「起こしてしまったならすまない。少し寝苦しくてな…」

ノハつ听)「私はいいけど…クー姉は明日麻雀の大会でしょ?いいの?」

川 ゚ -゚)「ああ、すぐに戻って寝るよ」

 言いながら新しいコップに麦茶を汲み、手渡しするクー。
 「ありがと」と返事をしつつ、ヒートは受け取る。
 そして、ぽりぽり頭を掻きながら、寝間着姿のヒートは一気にそれを飲み干した。

ノハ*゚听)「ほぁぁ〜…生き返ったぁぁぁ」

川 ゚ -゚)「…」

 そうやって少し大袈裟に声を出すヒートと、無言で見つめるクー。

 姉はあまり感情を表に出さず理知的であるのに対し、
 妹の方は直情的で表情が豊か、話せば賑やかになるタイプだ。
 顔立ちは似ているのに、中身はまるで正反対な姉妹である。



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:49:34.02 ID:IMtRiN//O


 しかしながら、妹は妹で、姉の事をよく見ているようだ。

ノパ听)「クー姉、最近ちょっと変わったよねっ」

川 ゚ -゚)「そうか?」

ノパ听)「うん、すっごく楽しそうだぞぉ」

川 ゚ -゚)「ふむ、お前にはわかるか…」

 ヒートの言う通り、クーはこの大学生活を楽しんでいた。 
 まだジャン研に入会して数ヶ月しか経っていないが、
 大学へ入学したばかりの昨年よりも毎日が充実しているのを彼女自身自覚している。

ノパ听)「麻雀、楽しい?」

川 ゚ -゚)「それはまあそうだが…」

ノパ听)「うん」

川 ゚ -゚)「いい友人達に出会えたからな」

ノパ听)「…そっか」

 やっぱり変わったな、とヒートは思った。
 以前のクーはあまりそういう前向きな事を言うタイプではなかったし、
 友達と言える友達も多い方ではなかったからだ。



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/26(土) 23:57:39.83 ID:IMtRiN//O


ノパ听)「ところでさ、もし賞金貰えたら何に使うか決めた?」

川 ゚ -゚)「ああ…」

ノパ听)「なになに?」 

川 ゚ -゚)「…ドイツに行くつもりだ」

ノパ听)「…!」

川 ゚ -゚)「元々、お金を貯めていつか行くつもりだったが、丁度良い機会になるからな…」

 ドイツは、彼女らの父が交通事故に遭って急逝した単身赴任先。
 軽い気持ちで切り出した話題のつもりだったが、
 ヒートの気持ちとは裏腹に突如として重たくなった空気が二人の間を包み込んだ。

川 ゚ -゚)「亡くなる直前の父さんが、どういう街で過ごしていたか」

ノパ听)「…うん」

川 ゚ -゚)「そしてどんな場所で逝ったか、見てこようと思っている。
     そこに行って、花を添えなければならない気がするんだ」

ノパ听)「…」

 ヒートは言葉を返さなかった。
 そして、クーが父の死を完全に断ち切れていない事を改めて察する。
 もちろんヒート自身もそれが出来ているわけではないのだが。



76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/27(日) 00:04:35.54 ID:7hyCGIGlO


 ヒートが無言でいると、クーは続けて口を開いた。

川 - )「それでようやく…私は一区切りが付けられるんだと思う…」

 クーはそう言って、少し悲しげにうつむく。

 二人の父が亡くなって、かれこれ丸4年経つ。
 それでもなお、クーは未だに心の一部分が欠けたような気分でいた。
 その喪失感はあまりにも大きい。

 だがヒートは、そんなクーの仕草を見て、敢えて明るく声を掛けた。

ノパ听)「じゃあさ、優勝して私も連れてってよっ!」

 それは、ヒートなりの優しさだった。

 どんな勝負でも、暗い気持ちで勝負に臨むより、明るい気持ちでいた方が良いに決まっている。
 父の事になるとすぐ感傷的になってしまう姉を励ますのはもとより、
 明日に向けて少しでも前向きにさせようという発想だ。

 クーは瞬時にそんな気持ちを汲み取り、
 「また悪い癖が出てしまったな」と妹に余計な気を遣わせてしまった事に反省しつつ、
 笑顔で返事をした。

川 ゚ー゚)「ああ、もちろんだ」



78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/12/27(日) 00:09:45.50 ID:7hyCGIGlO


ノハ;゚听)「…って、もう2時過ぎてんじゃん!」

川;゚ -゚)「げっ」

 時計に目をやり、急に慌て出す二人。
 流石にそろそろ寝ないと、翌日に影響しかねない。
 ヒートはヒートで、朝からバイトが入っているのだ。

ノパー゚)「それじゃクー姉、明日頑張ってねっ」

川 ゚ -゚)「ああ」

 こんなやり取りで会話を締め、慌てて部屋に戻るヒートを見送ってから、
 クーも自室に向かう。

川 ゚ -゚)。oO(さて、本当に寝ないとな)

 ベッドに入って、目を閉じるクー。 
 それからしばらくは妹の事を考えていたが、
 窓から入って来た風が微かに涼しさを感じさせ、ほんのりと眠気を誘う。

川 - )。oO(…おやすみ)

 それは、彼女にとって思い出に残る大会直前の熱帯夜だった。




続く。



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