('A`)の奇妙な冒険

1: 名無しさん :2006/10/23(月) 22:04:29
  

 『それ』を見た僕は、驚きの余りただ呆然としているしかなかった。
 『彼』の体は未成熟な少年の体から、まるでビデオの早送りでも見ているかのように、
凄まじい速度で成長し、大人のそれへ――

 ――いや、大人なんてものじゃない。
 180センチは超えているであろう体躯。
 一目見ただけで常人を遥かに上回ると分かる、引き締まった筋肉。
 何より、僕の知っている『彼』とは似ても似つかぬ顔。
 『彼』は『彼』のまま大人になっているのではない。
 全くの『別人』になろうとしているのだ。

 『彼』の着ていた服の伸縮力が彼の体の変化に追いつかなくなり、音を立てて破れる。
 そこでようやく、『彼』の変身も治まってきた。

 もしかしたら、『別人』なんてものではなく、人間とは別の『何か』に変わろうとしてい
るのかもしれない。
 そんな突拍子も無いような考えに捉われてしまうほど、
 『彼』の変化は常軌を逸していたのだ。

「――ぁあ……」
 僕の意思とは無関係に、口から声が漏れた。
 言葉にならなくとも、何か口から発しなければ、恐怖の余り狂ってしまいそうだった。

(……恐怖?)
 馬鹿な。
 僕はあの変てこな仮面で人間を遥かに超越した存在になったはずだ。
 それが、ついさっきまではただの平凡な高校生に過ぎなかった『彼』に恐怖などと……

「――――!」
 『彼』だった『何か』が、無言のまま視線をこちらに向けた。
 瞬間、僕の体中の血液が沸騰でもしたかのように、全身に怖気が走る。

「〜〜〜〜〜〜!」
 声が出ない。
 どころか、呼吸すら出来ない。

 今のは!?
 殺気か!?
 もし『彼』がその気だったなら、今ので殺されていた!?



2: 名無しさん :2006/10/23(月) 22:05:23
  


「ぉ……うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 反射的に、僕は『彼』に飛び掛っていた。
 10数メートルはあったであろう距離を、ただの一跳びにより一瞬で詰める。
 人間を止めることを代償に手に入れた、吸血鬼の持つ筋力だからこそ可能な行為だ。
 そう、僕は、人間を超えた存在なんだ。
 そんな僕が、『彼』如きに恐怖するなどあってはならない……!

「――――?」
 気がつくと、僕はその場にへたりこんでいた。
「? ??」
 何で。
 どうして僕はこんな時に座っている。
 早く立たないと……

「!!?」
 立てない。
 半秒後、立てない理由に気づいた。
 足が、無い。
 僕の両足が、消えてしまっている。

「あ……」
 周囲を見回すと、地面にさっきまで僕の体にあった筈の両足が転がっているのを見つけた。

 まさか――
 まさか、『彼』がやったのか!?
 あの一瞬のうちに、『彼』は僕の一撃をかわして、僕の両足を!?
 僕にすら知覚出来ない速さで……

「――――!」
 そこまでが、考えることが許された時間だった。
 八つ裂きにされ、滅びに向かう僕の体。
 発狂しそうな激痛。
 ちょっとやそっとのことでは死ねない吸血鬼の強靭な生命力が、
 この時ばかりは呪わしかった。



3: 名無しさん :2006/10/23(月) 22:06:01
  




         *        *        *



 雑魚を掃除し終え、私は一息ついた。
 全く、微塵にも手応えの無い相手だった。
 如何に優れた身体能力を有しているとはいえ、それを生かし切る技術を備えていない。
 まあ、吸血鬼に成りたての単なる凡夫だった者など、所詮こんなものだろう。

 しかし困った事になった。
 本来なら、私が表に出てくるのはもう少し後にしたかったのだが。

 まあ起こったことを今更嘆いても仕方があるまい。
 起こってしまったら起こってしまったで、それに応じた対応を考えるだけだ。
 幸いなことに、さっきの雑魚を始末したことで発生する問題は、
 そこで覗き見をしている『彼女』がどうにかしてくれるだろうからな。

 『彼女』に目を向ける。
 向こうもこちらが自分のことに気づいていることなどお見通しのようだったらしく、
 無言のまま動かずにこちらを見据える。
 さて、『彼女』はこの一件を上にどう報告するのだろうか。
 あったままをあったままに報告するのが、『監視者』としての役割だろうが、
 果たして、『彼女』はそこまでに忠実な手駒に徹し切れるかどうか。

 ほくそ笑む私の顔を見て私の考えていることを察知したのか、
 『彼女』はあからさまに不快を表す表情を見せた。
 おやおや、いつもは張り付けたような無表情だというのに、
 今日は随分と感情を剥き出しにしたものだ。
 それほど私――いや、『彼』が大切ということか。

 安心するがいい。
 『彼』は私が守ってやろう。
 何せ、私の大事な住処なのだからな。

 意識にノイズが混じる。
 どうやら『彼』が目覚めるようだ。
 ではそろそろ、私も休むとしよう。
 久しぶりに体を動かして、多少疲れたみたいだ。


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