( ^ω^)ブーンがお迎えにあがるようです

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:31:20.06 ID:MWYPLXc10
一年。この期間で、日本中の人間が何人死んでいるかご存知だろうか。


ミ,,゚Д゚彡「じゃあ次。お前、自分の名前言えるか?」


一年。この期間で、世界中の人間が何人死んでいるかご存知だろうか。


( ^ω^)「はい、僕は内藤ホライゾンですお!」


世界ならば5600万人、日本で限れば140万人の人間が一年間の間に死亡している。


ミ,,゚Д゚彡「オーケィ、じゃあ次だゴラァ。享年と死因」


病死、事故死、水死、出血死、圧死、轢死、感電死。
死亡原因は多岐に渡り、様々である。


( ^ω^)「はい! 享年は18歳。死因は服毒ですお!」



2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:32:08.87 ID:MWYPLXc10
貴方には、理想の死に方があるか? 


ミ,,゚Д゚彡「よしよし、いい感じだぞゴルァ。じゃあ最後の質問だ」


突然訪れるそれに、問題なく対処できるか?


ミ,,゚Д゚彡「お前の生涯に、一片の悔いも――」


またその時、後悔もなくあちら側にいけるのか?


( ^ω^)「ありませんお!」


その問に自信を持って答えられる人間は、極めて少ない――




( ^ω^)ブーンがお迎えにあがるようです



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:33:17.77 ID:MWYPLXc10
ミ,,゚Д゚彡「合格だ! くれぐれもしっかりとな、『ブーン』!」

(; ^ω^)「は、はいですお!」


豪快に笑い、口元に蓄えた無精ヒゲを満足げになぞる上手の男。
くたびれた黒スーツのせいか、所々に混じる若白髪のせいか、50代後半位に見える。
切れ目の長い目は少しばかり険が強く、
その雰囲気に気圧されたようにブーンと呼ばれた青年は少し震えた声で返答し、握り拳を一段と強く締めた。



学校の職員室でよくみる事務用の机と、それに対なすように配置されたパイプ椅子。
どこまでも俗界じみた光景であるが、間違っちゃいけない。どうあってもここは――




ミ,,゚Д゚彡「まあ何と言うか、初のアルバイト店員ってぇ事で色々と言われるかも知れんが
 煩わしい事言う奴は片っ端から殴り飛ばして行けゴルァ」

(; ^ω^)「は、はぁ……」



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:34:49.56 ID:MWYPLXc10
ミ,,゚Д゚彡「規定やら規則やらは先日配布した社員手帳に書いてるから熟読しとけよ」


( ^ω^)「はいですお! えーと、ギコさん。それで一つ質問が……」


幼稚園児よろしく手を上げて質問する。
黒スーツの胸ポケットからタバコを取り出したギコが、幾分か鋭い目つきでそちらを見やった。
二人の頭上にある空調ファンは、緩やかな速度で回っている。


( ^ω^)「僕は死んで、ここは――」


ミ,,゚Д゚彡「ああ、まあテメェの言う『あの世』だな」


( ^ω^)「…………」

言葉を遮られたからではない理由で絶句する。かなりライトな感じに肯定された。
そうなのである。どこまでも俗界じみた光景であるが、間違っちゃいけない。
どうあってもここは『あの世』なのだ。


( ^ω^)「……の割には、めちゃくちゃ『この世』テイストなんですお」

まだ手は顔の横にあって、ブーンは先日見たあの商店街の風景を思い浮かべてみた。
家とかコンビニとか普通にあった。八百屋とか魚屋とかも普通にあった。
――週刊雑誌に掲載されていた漫画の書き手は手塚治だったけど。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:38:50.82 ID:MWYPLXc10
ミ,,゚Д゚彡「ハッ、テメェの常識で物事の全部を考えるなよ。
あれか? 天国は一面のお花畑で綺麗な川流れてて、地獄は鬼がウヨウヨ居やがって、」


(; ^ω^)「スト、ストップですお! 誰もそんな事は……いや言いましたけれども」


取り出したタバコの箱をグシャ、とやられて思わず言い直す。
相変わらずファンは鈍い速度で回っていて。ギコ、咳払いを一つ。


ミ,,゚Д゚彡「『ゲート』を超えると本格的にテメェの考える『あの世』になる。
ここはあくまで境界線、『あの世』でも『この世』でもない所――」


まあ、と彼は付言する。


ミ,,゚Д゚彡「そう言うのは俺じゃあなく先輩に訊いてけゴルァ。つーかぶっちゃけめんどい」


(; ^ω^)「今さらっと本心言いやがったですお!!?」


ミ,,゚Д゚彡「あんだとゴラ?」


(; ^ω^)「なんにもありませんお! ……って言うか、先輩って」



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:40:47.96 ID:MWYPLXc10
ミ,,゚Д゚彡「んん? ……ま、この調子ならそろそろ来るだろ。ちょっと待ってろ」
火をつけたタバコを咥え、紫煙を舞い上がらせるギコ。
ただただ首を傾げるしかないブーンの背後で、ドタドタと騒がしい靴音が聞こえて来ていた。


ミ,,゚Д゚彡「そぅら。噂をすれば何とやら、だ」


ニヤリと笑う彼の手の中で、小気味いい音を立ててジッポが口を閉じる。


( ^ω^)「どういうこ」



ξ#゚听)ξ 「どう言うことですかこれ――――!!!!!!!!!!」


バーーーン、と開かれた出入り口の扉。
それこそ魂に響くシャウト。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:41:25.46 ID:MWYPLXc10
ξ#゚听)ξ 「どう言うことですかどう言うことなんですかギコ先輩!!」


ミ,,゚Д゚彡「まあまあ、落ち着けツン。吸うか?」


ξ゚听)ξ 「結構です。と言うか私の前で吸わないで下さい、肺が汚れます」


ミ,,゚Д゚彡「死んでるんだから関係ねーだろゴルァ」



ξ゚听)ξ 「先日血糖値注意されてたの何処の誰でしたっけ?」


ミ,,゚Д゚彡「るせぇ」



そう言いながらギコはタバコを灰皿に押し付ける。 案外ジェントルマン。
呆然と座ったまま固まるブーンを尻目に、二人はやり取りを続ける。
ツンと呼ばれた女性(しかしやはり黒スーツだ)はその後無言でギコに歩み寄り、



12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:42:25.75 ID:MWYPLXc10
ξ゚听)ξ 「話が逸れました。って言うか、何ですかこの――!」

言葉はそこで区切られて、



ξ#゚听)ξ 「命令書!!」



変わりに叩き付けられた一枚の紙。



ミ,,゚Д゚彡「だから、命令書だってんだろゴルァ」

ξ#゚听)ξ 「そーれーはーしってます! だから、何で私が新人指導なんかしなきゃいけないんですか!」


ミ,,゚Д゚彡「適任だと思ったからだろ。上からの命令だぞゴルァ」

ξ゚听)ξ 「ただのそれだけなら、私だって素直に受けます。でもね、この新人――」



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:45:19.42 ID:MWYPLXc10

ミ,,゚Д゚彡「内藤ホライゾン、死因は服毒自殺」



ξ゚听)ξ 「……自殺者は問題があるから雇わないって方針じゃなかったんですか」



ミ,,゚Д゚彡「アルバイトだぞゴルァ」


ξ#゚听)ξ 「どっちにしろ同じです!」


心の底から憤慨しているらしい彼女。
仮にブーンの姿が見えていないとしても、ここまで人をコケにすると言うのも相当な芸当である。
究極に呆れ返ったようなため息を一つ吐いたギコが、身を横に反らしてブーンを見る。


ミ,,゚Д゚彡「だってよ。いっちょ引っ叩くか、ブーン」


ξ゚听)ξ 「…………」
(; ^ω^)「い、いや、結構ですお!」

振り向いた女性の形相をみた瞬間、脊椎反射で首を振る。
ライオンと対峙したシマウマの絶望感も方が、よっぽど救いがある。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:46:56.21 ID:MWYPLXc10
ミ,,゚Д゚彡「さて、こいつが今日からお前の先輩兼指導係になるツンデレだ。まあ、上手く折り合いつけ」
ξ#゚听)ξ 「れません!」

ミ,,゚Д゚彡「ろ」
ξ゚听)ξ 「無理です!」



ミ,,゚Д゚彡「ろってんだろ。なあ」


ξ゚听)ξ 「「…………」」(^ω^ )



割と最悪な感じで第一接触。
それがブーンとツンとの出会いだった。


ああそれにしても、
僕たち死んでから出逢ったんですなんて笑い話にもなりゃしない。


■■■



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:47:45.88 ID:MWYPLXc10
(; ^ω^)「えーっと、そのぅ……」
ξ゚听)ξ「…………」

カッ、カッ、カッ、カッ。
リノリウムの廊下に響く二人分の足音。

ブーンの先を歩く彼女の結われたツインテールが規則的に揺れていた。
それをぼんやりと見ながら、ブーンは細く長い息を吐く。まだ現状を上手く受け入れられていないらしい。



一度も振り返る様子のない金髪を見ながら、その背中に言葉を投げる。


( ^ω^)「さっきギコ先輩が、僕の事ブーンって呼んだんですけど……」
ξ゚听)ξ「コードネームみたいなもんよ。アンタ一度死んだんだから元の名前は使えないの。当たり前でしょ?」


( ^ω^)「享年と死因を聞く意味は?」
ξ゚听)ξ「死んだって事をちゃんと受け入れられてるかどうかの判断をするため」

カッ、カッ、カッ、カッ。
真直ぐに続く白い廊下を歩く二人。
相変わらずツンが振り向く気配はない。けれど、何故か質問だけはしっかりと返すのだ。
きょときょと周りを見渡しながら、ブーンは間継ぎ代わりにと、先刻のやり取りで出てきた疑問を口に出す。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:48:23.88 ID:MWYPLXc10
( ^ω^)「自殺者は雇わないってどう言うことですかお?」
ξ゚听)ξ「未練や後悔の問題があるから」

――つっけんどんに返すこの人と上手くやれるなんて微塵も思っちゃいない、

( ^ω^)「この会社って、一体何ですかお?」
ξ゚听)ξ「極楽送迎会社。って言うかアンタそんな事も知らずに入社したワケ?」


――心底人を馬鹿にした態度のこの人を先輩なんて『死んでも』呼びたくない、けれど


( ^ω^)「ごくら……? いや、僕は街を歩いてたらいきなり、」
ξ゚听)ξ「説明しろなんて言ってない」


(; ^ω^)「す、すみませんお。あと――」




案外この人、



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:49:53.89 ID:MWYPLXc10

ξ#゚听)ξ「訊かないでよ私答えちゃう性質なんだから!」


面倒見良いのかも知れないなんて思ったりする。
その思考を読み取ったのか、ピクリとツンの肩が動いた。
踵を返した顔に張り付いているのは、あの面接部屋で見せた般若面だ。



ビッ、と指された人差し指が、ブーンの顔面を捉える。




ξ゚听)ξ「いい? 私アンタの事絶対の絶対に認めないから!!」




前言、撤回させて頂きます。



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:50:24.70 ID:MWYPLXc10
ξ゚听)ξ「――ビコーズ小林さん。享年61歳、死因は心筋梗塞」
くるりとまた方向転換して歩き出すツンが、独言するようにそう言う。
カッ、と革靴が地面を叩き、乾いた靴音が響いた。


(; ^ω^)「は?」

ξ゚听)ξ「今回のクライアント! ……後で資料渡すから、目通しておいて」

( ^ω^)「おっ、了解ですお! で、ビコーズ……その人が何か?」


ξ゚听)ξ「……アンタ本っ当何も知らないのね」


(; ^ω^)「す、すみませんお」


黒スーツの背中から、突っ張ねたような声があがる。




ξ゚听)ξ「これから私達がお迎えにあがる人よ」



■■■



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:51:22.71 ID:MWYPLXc10
褐色の月が雲に隠れ、世界はより濃い闇に包まれていく。
山向こうに見えるほの暗く赤い光は町のネオンが反射したものだろうか。



幼い頃祖父から聞かされたような、戦火に見えなくもない。



この界隈では一等高い病院の屋上、その航空障害灯のポールにしがみ付きながら、
なだらかな曲線を描いて空に真っ黒な切り抜きを作る山を私は見ていた。


山に灯されたいくつもの家庭の光。
あの光の元にどれだけの幸せが宿っているのだろうかと、ゆったりと思う。



「ビコーズ小林さんですね?」



刹那。私の背後から聞こえてきたその声。振り返れば、女がいる。
私よりも頭二つ分低い彼女の、その凛した瞳が私を射抜いた。

そしてそれは伝えてくるのだ。
ああ、とか細い声で返し、小さく笑った。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:51:53.70 ID:MWYPLXc10
( ∵)「私は……死んだのだな」
ξ゚听)ξ「はい」


( ∵)「――そうか」


緩やかに吐いた息と一緒に、心に詰っていたものも出たのだろうか。
確認した事実は、驚くほどすんなりと私の体中に浸透した。
強い風が吹き、前髪はぐしゃぐしゃにされていく。――ああ。


( ∵)「皮肉な物だな。世界の美しさや柔らかさを、手遅れになってから気付くなんて」


自嘲気味な笑みを深めるけれども、黒スーツの女は酷く真摯な目で私を見ていた。
そこに侮蔑や畏怖の念はなく、女も私と《同じモノ》なのだと直感する。


――――確か私の心に詰っていたのは、日頃の不摂生が祟った血栓だったか。



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:53:47.88 ID:MWYPLXc10
( ∵)「本当に、皮肉な物だ」
ξ゚听)ξ「……私は極楽送迎会社、VIPの者です」


( ∵)「最近の死神は、死んだ後に尋ねてくるものなのか?」


ξ゚听)ξ「いえ。そもそも、死神ですらありません」


( ∵)「……では、なんと?」


ξ゚听)ξ「全ては顧客サービスの為 ――皆様に後悔なく浄土へ渡って頂く為に」


( ∵)「…………」


全身黒スーツの彼女は、謳うようにそう言う。
微笑み、またあの真摯な瞳で私を射抜き、形のいい唇で微かに息をする。



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:54:53.50 ID:MWYPLXc10
風鳴きの音が耳に残る夜だった。
清々しいほどの快晴に見舞われた、星の光がうんと眩しい夜のことだった。





ξ゚听)ξ「貴方の生涯にある『一片の悔い』を晴らしに来ました」





女はそう言う。その真意を測ることがどうしても出来ず、数秒黙考してから私は尋ねる。
彼女の着込む暗闇の色をしたネクタイが風ではためいていた。



( ∵) 「それは、つまり――?」



(; ´ω`)「ビ、ビコーズ小林さん、お迎えにあがりましたお!」



バッコーンと開いた屋上の扉。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:56:08.43 ID:MWYPLXc10
ξ゚听)ξ「「……………」」(∵ )


私達は固まる。


思わずそちらを向けば、肩で息をする青年の姿があった。
何とも情けない感じに笑う膝を両手で押さえ込みながら、荒い呼吸を漏らす彼。
――――しかしやはり、着る服は黒スーツであり――――



ξ#゚听)ξ「雰囲気ぶち壊した上……人の決め台詞盗んなボケェエ!」


壊れかけた雰囲気にトドメを刺す女の怒声が、夜陰に響く。
す、すみませんお! ビクリと青年は震える。



(; ∵) 「な、なんなんだね、君たちは……」


私のこの声も尽く、夜陰に紛れては消えていくばかりなのであるが。



■■■



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:57:01.63 ID:MWYPLXc10
一人娘の成長を祝う事が、何よりの生きがいだった。

⌒゜(・ω・)゜⌒「パパ、私ね、おっきくなったらパパのお嫁さんになるの!」


娘が始めて私の事をパパと呼んだ日は、妻と共に泣きじゃくり、

⌒゜(・ω・)゜⌒「あのね、算数解らないから教えてくれる……?」


ビデオカメラなりなんなりを駆使して記録に収め、

⌒゜(・ω・)゜⌒「は? そんな事言ってないし」


小学生に上がって、少しづつ父親離れしていっても、

⌒゜(・ω・)゜⌒「親父の洗濯物と一緒に私の洗わないでくれる!?」


成長するに連れて邪険に扱われても、

⌒゜(・ω・)゜⌒「キモイしウザイだけだし」



一人娘の成長を祝う事が、何よりの生きが――



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:57:30.17 ID:MWYPLXc10

⌒゜(・ω・)゜⌒「パパ、ごめん出来ちゃった☆」




(# ∵) 「っ……私の家から出ていけこの親不孝者がぁぁぁ!!!!」




( ^ω^)「……で、追い出しちゃった訳ですかお」

( ∵) 「突発的な行動とは言え、反省はしていない」

ξ゚听)ξ 「後悔はしてらっしゃるんでしょう?」

( ∵) 「……いかにも」


( ^ω^)「で、小林さん。その一片の悔いとやらは――」

ああ、と小さく相槌を打って、私は屋上の金網に指を絡ませた。
指に感触はあるが、金属の冷たさや鋭さなどは伝わったこない。



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:57:59.52 ID:MWYPLXc10
( ∵) 「些細な、本当に些細な願いなんだ」

東棟を見下ろし、酷く弱弱しい声で私は言う。
風鳴りは止まない。ツン、と名乗った女は、何が言いたいか全て理解しているようだった。

ξ゚听)ξ「入れないんですね」
( ∵) 「……ああ」

( ^ω^)「入れない、ですかお?」
( ∵) 「ああ。あそこに、東棟に入れないんだ」

親指で指さし、私は声と同じように、脆弱に笑う。
何かの結界に縛られた見たく、私の足は乳幼児室へ続く東棟の扉の前でいつも固まるのだ。

( ∵) 「死者は何も得られないと言うのか?」
( ^ω^)「……小林さん」
( ∵) 「最期に、私が、最期に願ったことは――」


私の葬式でみた娘の腹と言葉を思い出す。


⌒゜(;ω;)゜⌒『どうして、どうしてよ! パパ、お前の顔は見たくないって言ってたけど――』



( ∵) 「孫の顔を見たい。ただ、それだけなのに……!」



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 20:58:43.96 ID:MWYPLXc10
私の五指が強かにフェンスを掴む。痛みはない。何の感触もない。
ただ言いようもない、やり場のない思いが、じわじわと広がっていく。


ξ゚听)ξ「生きている人間がプラスだとすると、死んだ人間はマイナスなんです」


( ∵) 「……?」


ξ゚听)ξ「殊にまだ生まれて間もない子供たちに、死者が与えられるのは悪影響だけ、」
( ^ω^)「ツンさん……?」

ξ゚听)ξ「だからこそ禁止されていて、実行も出来ないんです。赤ちゃんとの対面は」
( ∵) 「…………」
いっそう強く風が吹く。
私と青年がそれに押され軽くよろけるが、女は微動だにしない。
女の口だけが、まるで別の生き物のように動いていた。



ξ゚听)ξ「一個人がどれだけ切に願ったとしても、到底叶えられる問題ではありません」

(; ^ω^)「いくらなんでも、そんな言い方!」

ξ゚听)ξ「アンタは黙ってて」



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:00:22.47 ID:MWYPLXc10
ξ゚听)ξ「ビコーズ小林さん。申し上げたはずですよ」


女がスーツの懐から、何かを探る。



ξ゚听)ξ「全ては顧客サービスの為 ――皆様に後悔なく浄土へ渡って頂く為に」
( ∵)「…………」
( ^ω^)「…………」

彼女はまた、謳うようにそう言う。
青年と私は押し黙る。上天に浮かぶ雲が、緩やかにその形を変えようとしたその時に、


ξ゚听)ξ「私どもは極楽送迎会社、VIPの者です」


幾分かキツイ目線で、女は自分と同じ格好の青年を睨む。
私の横に立っていた彼は息を呑んでから背筋を伸ばす。……飼い慣らされているな。


ξ゚听)ξ「「貴方の生涯にある『一片の悔い』を晴らしに来ました」」(^ω^ )


女の懐から取り出されたのは、暗闇に輝く白金色の手錠だった。



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:01:15.80 ID:MWYPLXc10
( ^ω^)「……先輩、これなんのプレイですかお?」
ξ゚听)ξ「っ! 黙れってんでしょ!!」

馬のそれと見間違えるような威力と速度で青年の脛が蹴り上げられる。

(  ω )「ぐ、ぐぉぉぉぉおおお!!」
(; ∵) 「お、おい君。大丈夫か?」
ξ゚听)ξ「……放って置いてください。新人教育の一環です」

座り込んだ青年につられ、私の歩みも止まる。そして掛けられるのはただの罵倒だった。
ジャラジャラと歩くたびに鳴る金属音は、私と青年が繋がっていると言う証明の音だ。

要するに、

ξ゚听)ξ「申し訳ありません。ニーズに答えられるようにするには、これしか方法がなかったものですから」
(; ∵) 「い、いや。別にそう言う趣味がある訳でもない、構わないよ」

(  ω )「犯罪やそれ系以外で手錠使うとは思わなかったですお……」
ξ゚听)ξ「るっさい」
(  ω )「ぐふぁっ……!」

青年が再び地に沈む。


ξ゚听)ξ『通行証のようなものです。私たちに与えられた特権の悪用、とでもいいますか』

そう言い、女が私と青年の手首をこの手錠で結んだのはつい五分前の事だった。
何でもこれを付ければそれを『共有』できるらしいのだが難しい話の部分は割愛されていた。
ただ強く印象に残っているのが女のすごぶる笑顔である。
……本当はただの趣味ではないのだろうか。喉まで出掛かった言葉は理性でかみ殺しておく。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:01:50.74 ID:MWYPLXc10
ξ゚听)ξ「……ここ、ですね」
( ∵) 「ああ」

反響するように聞こえてくる、子供の泣き声だった。
あの中に私の孫もいるのだろうか。そう思うと何かこう、突き上げてくる物がある。

(; ∵) 「しかし……この手錠だけで大丈夫なのか?」
( ^ω^)「きっと絶対、大丈夫ですお!」
( ∵) 「……前向きな意見ありがとう。では、」

満を持して私は東棟の敷居を踏む。ここからが肝心だった。
何千回目のリトライ。シャラリ、と鉄筋の音に似た金属音。

泣き声が耳の奥に響き、そして私は目を瞑る。
ああ、どうか願わくば――――


( ∵) 「ハレルヤ」


知らぬ間に漏らしていた言葉に、かかる返答。


ξ゚听)ξ「アーメン、です」



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:03:07.91 ID:MWYPLXc10
( ∵) 「…………っ!」
ξ゚听)ξ「行きましょう、小林さん」

( ∵) 「ああ!」

頷き、私は奥歯で喜びをかみしめる。

目の前に広がったのは、切望しても立てなかった場所。
いくら先に進もうと思っても、到達できなかった地点。


乳幼児室は目と鼻の先の東棟入り口に今立っている。私の背後には敷居。前方には女。


( ^ω^)「大丈夫ですお!」

隣には浪々と笑う青年。
また強く頷き、私は一歩を踏み出した。


シャラリ、と手錠がなる。


■■■



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:03:51.86 ID:MWYPLXc10
ぺタリ、と手がガラスに付く。
感触や感覚はやはりないけれど、それでもいいと思える何ががあった。

( ∵)「…………」
ξ゚听)ξ「…………」
( ^ω^)「…………」

赤子の声は幾重にも重なるようにして私の耳に届く。
淡いピンク色の制服を着た看護士がベットの前で右往左往しているのが見える。


対面室にいるのは私たちを含めた何人かだ。
皆一様に幸せそうに顔をほころばして雑談なりに花を咲かせている。
そんな中で、私たちはただ無言だった。

( ∵)「ぅ……ああ、ああ――」

喉が微かに動く。

( ∵)「そうだ。ちょうど、娘が生まれた時もちょうどこんな風な――」

風鳴きの音が耳に残る夜だった。
清々しいほどの快晴に見舞われた、星の光がうんと眩しい夜のことだった。


( ∵)「そうしてガラス向こうにいる娘も、ちょうどこんな風に――」

ぺたり、ぺたり。と私は何度もガラスを撫でる。
あの時も私はこうしていた。新しい命の誕生を心の底から祝ったのだ。



38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:04:27.53 ID:MWYPLXc10
|;;;;;;;|:::: (へ) ,(へ) |シ 「…………」

ふてぶてしく寝る、目の前の赤子。
ネームプレートを見て理解する。あれは、私の孫だ。

( ^ω^)「うっお、サルみた」
ξ゚听)ξ「教育的指導!」
( ゜ω゜)「ふごぉッッ」

青年が三度沈む。
やかましい事この上ないし、乳幼児室に死に装束と黒スーツなんて縁起でもない事この上ない。
しかしそれを咎める人がいない所を見ると、やはり私たちは彼らとはまた別物なのであると痛感する。

( ∵)「……っは、っはははははは!!」

ξ゚听)ξ「小林さん……?」
(; ^ω^)「て、手加減なしですかお、先輩!」
ξ;゚听)ξ「うっさい! あの、小林さん気に障ることを言ったなら……」


( ∵)「い、いやすまない。違うよ。そうだ、私もそんな風にして妻に怒られたと思ってな」

手で口を押さえ、笑いをすり潰して行く。
懐かしき日は確かに過去になっていて、全てが同じようでまったく違うあの日は遠い。


( ∵)「私も、老いたな」



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:04:54.45 ID:MWYPLXc10
私はもう一度だけ目を瞑り、確かに過ごして来たあの日を反芻する。

そうして思い知るのだ。
いくら憎々しく思ったとしても、やはり娘は娘なのであると。
いくら憎々しく思われたとしても、やはり私は親なのであると。


そうしてただ、あともう一つだけ願う事が許されるのだとすれば、




( ∵)「幸せになってくれ。セバス」



死んでも涙くらいは流せるらしい。
ポロポロと出てくるそれを拭う術を私は知らない。

ξ゚听)ξ「小林さん」

( ∵)「ありがとう。私の生涯に、一片の悔いもない」

涙は流したままで、私は女を見た。歪む世界の中、私たちの体は光に包まれていく。
足から溶解していくような感覚。それが《お迎え》なのだと、理解できる。

本格的に死へ向かう私であるが、気分だけは極めて安らかだったのだ。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:05:25.98 ID:MWYPLXc10



「おんぎゃあ――……」



終焉へ向かう間際。最期の刹那に訪れたのは、新しい命の息吹だった。
微かに、だか確かに駆動する生ける音色。


そうして一欠けらの私は思う。
願わくば、ただ一つ。娘と孫に、加護がありますように。と。


そうして私は全部と溶け合った。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:05:57.98 ID:MWYPLXc10
■■■

(* ^ω^)「っぅあー! 先輩、かっこよかったですお!」
ξ゚听)ξ「るっさいわね!」

(* ^ω^)「小林さん、笑ってましたお!」
ξ゚听)ξ「…………うん」

お迎えして通常業務は終了した後の、休憩コーナーの一角。
少し興奮気味に初仕事を語るのはブーンだった。
二人きりの休憩コーナー。自販機の前でツンはうんざり気味に返答を返している。
糊の貼った黒スーツに着られたブーンは言う。


( ^ω^)「まだ色々と解らない事だらけですけど、僕頑張るんでいっちょご指導お願いしますお!」
ξ゚听)ξ「本当にね。勘弁してほしいわ」


ξ゚听)ξ「……アンタの事認めてないのは変わらず、だからね」


( ^ω^)「おっおーwww それ、認められるように頑張れってことですお?」
ξ#゚听)ξ「るっさい!」

二人とも扱いが慣れてきたらしい。自販機から缶コーヒーが吐き出される。
取り出し口に手を突っ込みながら、ブーンは軽く笑った。



45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:06:27.73 ID:MWYPLXc10
( ^ω^)「……お? あ。そう言えば資料まだ目ェ通してな」
ξ#゚听)ξ「教育的指導!」

( ゜ω゜)「ふごぅあぉあ――ッッ!」


貴方には、理想の死に方があるか? 


(;; ^ω^)「ちょ、先輩! すと、すとぉぉおおっぷ!!」


突然訪れるそれに、問題なく対処できるか?


ξ#゚听)ξ「問答無用!」


またその時、後悔もなくあちら側にいけるのか?


( ゜ω゜)「う、ぅぉぁぅぁぁあ!?」


その問に自信を持って答えられる人間は、極めて少ない――



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/29(日) 21:07:05.04 ID:MWYPLXc10
NO.134*****7
氏名 ビコーズ小林
性別 男
享年 61
死因 心筋梗塞

未練 孫の顔が見たい


管轄 第三課
担当 ツンデレ (補佐 ブーン)

PS・ 認められるように精々頑張ること!
                   ツン


第一話 終わり



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