( ^ω^)は霊探偵になったようです

7: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:34:15.74 ID:3AGQ0CGo0
  二章   「狂識」








(`・ω・´)「ようショボン。元気にしていたか?」


あちゃー、来ちゃったか。

事務所の玄関先で轟く声。聞いただけで、軽く憂鬱な気分になる。
この人が来た時は決まって碌な事が起きない。
私は瞬きをするより早く視線を外して、すぐさま読みかけの推理小説に目を戻した。


(´・ω・`)「申し訳ありません、当局では宗教の勧誘は断っておりまして……」

(`・ω・´)「はっはっは、冗談が上手くなったな。ぶち殺すぞ」

(´・ω・`)「あ? ぶち殺すぞ」



8: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:36:52.11 ID:3AGQ0CGo0
二人が本気とも冗談とも取れない殺伐とした罵り合いを繰り広げる。
愛情の裏返し、なんて言ってしまえば聞こえはいいけれど、
実際の所は、ただの意地の張り合い。
毎度の事。テンプレートな展開過ぎて、笑う事さえ憚られてしまう。

(`・ω・´)「何だ何だ、刑事である俺が直々に捜査の話を持って来てやったと言うのに」

(´・ω・`)「休日にまで仕事とはな、どこまでワーカホリックなんだか」

(`・ω・´)「お前もそうだろ、稼ぎが薄いからって土日祝日も事務所を開けているくせして。
      ……ともかく、話だけでも聞いていけ。ちょっと席を借りるぞ」


――――マズイ。
これは非常にマズイ流れになってきた。
嫌な予感が、それはもうびんびんと。


(´・ω・`)「はぁ……。ツン、すまんが茶でも淹れてやってくれ」

ξ゚听)ξ「……はーい」


予想的中。ああ、なんて億劫なのかしら。



9: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:38:32.35 ID:3AGQ0CGo0
栞を挟み本を閉じて、ポットや湯呑みが備えられてあるシンクへと向かった。
せっかく物語が盛り上がってきた場面だったのに。


二人はそっくりな顔を見合せて、何やら話し込んでいる。

見慣れているジョルジュとドクオさんは特に気に掛けていないようだけど、
初めて見るブーンはぽかんとした顔をして、物珍しそうにその様子を眺めていた。


お茶の淹れ方、というか方法には二通りの手段がある。
すなわち、お茶っ葉とティーバッグだ。

どちらにしようかと、二、三秒だけ悩む。
――――どうせ気兼ねする相手でもないんだし、ティーバッグでいいか。
あら不思議。あっさりと決まってしまった。ホント不思議。

私は食器棚から急須を取り出して、
日本茶の葉を包んだ濾紙の袋をひょいと放り込み、ポットのお湯をなみなみと注いだ。

予めお湯で温めておいた湯呑みに、急須を傾けてお茶を注ぐ。
うん、香りだけなら葉から淹れた物と大差ないかな。
色もちゃんと出てるし。

……パッケージの見本よりちょっと薄いとか、気にしちゃいけないよね。うんうん。



13: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:41:02.34 ID:3AGQ0CGo0
ξ゚听)ξ「はいはい、お茶が入りましたよー」

お盆に乗せた二つの湯呑みを、零さないよう慎重に応接用の机の上に置く。

(`・ω・´)「おお、こいつは熱そうだ。猫舌の俺じゃあすぐには飲めないな。
      ツン、ついでと言っちゃ何だが――――」

ξ゚听)ξ「残念だけど、お茶菓子とかだったらありませんから。
      ……もう、ありがとうぐらい言ってよね!」

プイ、とそっぽを向いて、私はその場を離れた。
不機嫌そうに見えただろうな、と自分でも思う。別にいいけど。


( ^ω^)「ツン……ショボンと話している人は誰なんだお?」

椅子に腰掛けると同時に、事情を呑み込めていないブーンがひそひそ声で尋ねてきた。
「ああ、あの人はね」と言って、次の台詞を加える。


ξ゚听)ξ「お兄ちゃんのお兄ちゃんよ」


ブーンはさっきよりも混乱しているみたいだった。



15: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:43:18.74 ID:3AGQ0CGo0
あれは――――そう、十一年前。
私が七歳だった頃だ。


両親が私たちを残して、遠く南アメリカの地へと旅立ったのは。


父は民族学者だった。
自慢な事に、いや、この場合は厄介な事に、冠に「著名な」が付くほどの学者だった。
もっと言えば「探究心旺盛な」まで付属する。


そんな父が突然、母を連れて家を出ていった。


ちょくちょく送られてくる手紙を読むと、
何でも、現地でラテンアメリカの歴史について調査しているらしい。

呑気なものだ。



16: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:45:37.19 ID:3AGQ0CGo0
とっくに不惑を過ぎているというのに、心だけはいつまでたっても少年のままなんだから。

しかも、その遺伝子が二人の兄に受け継がれているのだから、
私からすれば堪ったもんじゃない。


もちろん、生活に不自由しないだけのお金は置いていってくれた。

だけど、当時まだ甘えたい盛りだった私には、
父も母もいないという環境は、何よりも寂しくて耐えがたい事だった。

けど感謝すべき事に、兄達が両親の代わりになって私に愛情を注いでくれた。
だから私にとって、二人は兄であり、父でもあるのだ。

私達は歳の離れた兄弟だ。

長兄であるシャキンお兄ちゃんは次兄とは二歳しか違わないが、
私とは十歳も開いている。
そうした年齢差も、兄に対して「父らしさ」を感じる要素になっていたのだろう。



17: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:47:20.52 ID:3AGQ0CGo0
高校を卒業した後、シャキンお兄ちゃんは警察学校に通い、
ほどなくして資格を取得して、警視庁に就職し予てからの夢だった刑事になった。

まあ、警視庁と言っても、ここは都会の外れ。
お兄ちゃんが配属された部署は、それほど大層な署じゃなかったけれど。

ただ本人が遣り甲斐を感じているのなら、それで良いのだろう。
私としても、お兄ちゃんが出ていかないで済んだ事は素直に嬉しかった。
こうして、ささやかな生活が続いていくものだと思っていた――――この時は。



そして訪れた、もう一つの転機。



五年前の春。
私が中学の制服に袖を通した頃。


初本家の長男が家を出て。
次男が大学を中退し、自宅を改築してこの事務所を設立した。



18: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:49:43.09 ID:3AGQ0CGo0
シャキンお兄ちゃんの件はまだ諦めがついた。
中央の警察署に配属が転換されたからだ。不可避な理由だし、仕方がない。


だけど、ショボンお兄ちゃんの場合は違う。


あまりにも突然だった。何の相談も無かった私にとっては。
けどお兄ちゃんが言うには、突発的な行動という訳ではなく以前より決めていた事らしい。
本当の話かどうかは、今でも疑わしいけれど。

その際、パートナーとして連れてきたのがドクオさんだった。
ドクオさんはお兄ちゃんの大学の同級生だったらしい。

「らしい」と言うのは、私自身が確認した訳ではないからだ。
二人の関係が友人だったのか、それともただの顔見知り程度だったのか、
そんな初歩的な事さえも分からなかったし、教えてもくれなかった。
お兄ちゃんから聞かされたのは、ただ、同級生だという変にあっさりした紹介だけだった。


四階の両親の部屋を取り壊し、そこに二人は探偵事務所を構えた。
私としてはいい迷惑。
その上、舞い込んでくる仕事も例外を除いては不可解なモノが少なからずあった。

……大半を占める普通の依頼を、例外と呼ぶのはおかしいかもしれない。
けれど、お兄ちゃん達にとってそれは紛れも無く「例外」だった。



21: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:53:03.38 ID:3AGQ0CGo0
今現在、所員の数は倍に増え探偵局としては恰好が付くようになってきたが、
経営自体はお世辞にも上々とは言えない。

そうでなければ、学生の私が貴重な休日を潰してまでこんな仕事を手伝ったりなんかしない。
――――いや、違うかな。
私自身も、興味が一切無いわけではないのだから。


(`・ω・´)「とりあえず、ドクオを呼んでくれ。解析してもらいたい要件がある」

(´・ω・`)「ちょっと待て。解析ってのはどういう事だ?」

(`・ω・´)「後で話す。現物の画像と一緒にな」


言葉で制して、湯呑みに手を伸ばした。
本当に熱そうに、お茶をちびちびと啜っている。

読書をしている振りをして、チラチラ様子を覗き見ながら二人の会話に聞き耳を立てた。
どうも、ドクオさんが必要とされているらしい。

それは本人も聞いていたようで、
ドクオさんは立ち上がると、二人の元に向かいショボンお兄ちゃんの隣に座った。
少しだけ床が軋む音がした。



23: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:55:45.42 ID:3AGQ0CGo0
――――私はそこで盗み聞きをやめた。

他二人を呼ばずに話を進めると言う事は、
つまり、それだけ内密に執り行いたい依頼なのだろう。
正式な所員でさえ制限されているのだから、そこに私が入り込む余地なんて欠片もない。

結局、私が役に立てるコトなんて来客が来た際のお茶汲みぐらいだ。
この場合、厄介事に首を突っ込まないで良かったと考えるべきなのかな。


( ^ω^)「ちょいちょい、あの人は一体誰なんだお?」

( ゚∀゚)「お前……ツンちゃんが説明しただろうよ。あの説明で分からなかったのかよ」

ブーンが何か、ひそひそ声でジョルジュに尋ねている。
……どうやら私の説明を理解していなかったようだ。頭が痛い。

( ^ω^)「そうだお。……悪いかお」

( ゚∀゚)「流石ゆとりwwwwwwwww」

( ^ω^)「バーローwwwww義務教育すら受けてないからそれ以下だおwwwwwwww」


ブーンが自虐すると、ジョルジュまで可笑しそうに頬の筋肉を緩めた。



24: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 22:58:27.44 ID:3AGQ0CGo0
ξ゚听)ξ(何の自慢になるのかしら……)

この二人には悩みなんてないんだろうな。
羨ましい限りだ。


ブーンに視線を移す。
着ている服は、私が買い物に付き合って選んだ洋服だ。

上は古着屋で購入した赤いチェックのネルシャツ、下は洗い晒しのジーンズ。
着こなし方も教えた通り、ラフなスタイルを守っている。偉い偉い。

少しだけ、昔流行ったアメカジを意識している。
唯一私なりにアレンジした点と言えば、インナーに白色を選んだ事ぐらいか。
我ながら上手くコーディネート出来ていると思う。

だけどこの頃、ブーンは自分でお洒落に気を遣い出した。
最近では、生意気にもアクセサリーで自らを飾り立てたりなんかもしている。
恐らくはジョルジュの影響だろう。

けど私からすれば、それは減点対象にしか成り得ない。



25: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:00:31.31 ID:3AGQ0CGo0
ドクオさんを含めた三人は、何やら真剣な顔つきをして一枚の写真を眺めている。
喋り声は聴こえてこない。
小声で話しているのか、はたまたただ単に黙っているだけなのか、それも分からない。
知る必要など何処にもないのだけれども。


そう言えば、ブーンがここに来てから随分経つ。
実際に過ぎていった時間以上に、そんな風に感じられる。

最初は抵抗感があった。
四階が改造されたとは言え、曲がりなりにも我が家に居候すると聞かされた時には、
まさに驚天動地。お兄ちゃんは一体何を考えているのかと思った。


……まあ、家族が増えたのは嬉しかったけど。



戻る