('A`)に彼女ができたようです

  
1: 代理投稿日 :2006/10/10(火) 21:40:23.94 ID:T6u60i620
  
冬の始まりを告げる風が吹き付けた。
先月の同じ日と比べると、外はかなり肌寒くなっている。
俺は缶コーヒーを買い、タバコに火をつけた。
('A`)「……ふう」
長時間バイクを走らせ続けたせいで、すっかり冷え切った体に温かいコーヒーが染み渡る。
そして何より、寒い季節に吸う煙草は、やはりうまい。

そういえば、煙草を吸い始めたのも、確か―――

深夜の閑散としたパーキングエリア。
そこから見える夜空には、あのときのような星空が広がっていた。



  
5: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 21:43:07.80 ID:HSceFjPV0
  
もう何年も前の話になる。
桜が満開に咲き乱れる中、晴れて中学生になった俺。
ド田舎の山の中にある学校。どうせ地元に一生住むんだから適当にやってろ、という教育。
元から運動神経なんか無いに等しかったが、そこは田舎だけあって部活には入らなくてはならない。
都会育ちの人にはわからないと思うが、田舎には「男子運動する義務あり」みたいな風潮がある。
完全な体育会系。サボりに遅刻、退部などご法度極まりない。
御多分に漏れず、俺もテニス部に入ることになった。
入部した理由は「家にラケットがあったから」としか言えない。
どの部活も厳しかったし、どこに入っても俺の能力では伸びないだろうから。

それが大きな間違いとも気付かずに。



  
6: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 21:46:16.43 ID:HSceFjPV0
  
(;'A`)「痛ってええええええ!」

入部早々、横っ面にボールが直撃した。

DQN「ヒャハハハハwwwwこいつ馬鹿じゃねーのwwww」
(;'A`)「………」

当ててきたのは、三年の先輩方だった。
部活で先輩に逆らうというのは、どの部活でもタブーだ。どうなるか容易に想像がつく

反抗すれば、この先三年間は真っ暗だろう。
高校に進学したときもし同じ学校だったら…それこそアウトだ。



  
8: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 21:48:44.19 ID:HSceFjPV0
  
自分が目をつけられた理由はわかっていた。
俺の親父が地元のテニスクラブに所属していて、息子が言うのも何だが実力は一番だろう。
元インターハイベスト8、大学リーグで優勝という実績がそれを裏付けていた。
その栄光が、素振りひとつもろくにできない息子をサラブレッドに仕立て上る。

「お前、ほんとにあの親父の息子か?」

かかる過剰な期待は、駄馬を押しつぶしていった。



  
10: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 21:54:19.51 ID:HSceFjPV0
  
素振りばかりをやらされ、練習は玉拾い。
しだいに他の一年も先輩と同じような態度をとり始め、続いて学年中にそれは広まっていく。
お袋はそんなことより学業成績のほうが気になるらしく、勉強しろと俺の話をはぐらかす。成績が下落した理由もわからないのか。
駄馬のレッテルを貼られ、いったい何キロ痩せただろうか。
いいダイエットになってる。そんなプラス思考はもう出ない。

月に二回、単身赴任から帰宅する親父の目を、まともに見ることはできなかった。



  
13: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 21:57:31.32 ID:HSceFjPV0
  
肌寒い空気が通り抜ける中、俺は二階のベランダに立っていた。
死のう。
素直にそれしか考えられなかった。
遺書を残す必要はないだろう。
周りの人間も、こうすれば原因に気づくだろうから。
いや、気づいてほしい。

未練があったらよかった。

自殺なんて、考えないから。


俺は、柵から半身乗り出した。



  
15: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 21:58:43.68 ID:HSceFjPV0
  
「…って!」

…ん?

「待って」

…なんだ、これは。

「待って!死なないで!」

後ろを振り向く。部屋には誰もいない。
だが、俺は部屋の中に戻った。

そうか。
ここまで来ると、人間、こうなるのか。

抵抗もクソもなかった。

俺の頭と人生が、おかしくなった瞬間だった。



  
16: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 21:59:42.88 ID:HSceFjPV0
  
次の日、いつものように部活から帰宅すると、俺は一目散に自分の部屋へと入っていった。

('A`) 「ただいま」
川 ゚ -゚)「おかえり。ドクオ、今日もお疲れさま」
('A`) 「……うん」

別に目に見えるわけではない。
「目に見えない」ということがわかっているから、俺は別に誰にも言わないし、独り言を呟くわけでもない。
ただ、俺が「いることにした」だけだ。
俺の中では「そこにいる」のだ。



  
17: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:00:50.39 ID:HSceFjPV0
  
彼女は、俺が帰ると必ず「お疲れ様」と声をかけてくれる。
その日あった嫌なことも聞いてくれるし、慰めてくれる。
学校も家庭もつらいが、彼女がそこで溜まったものを消してくれる。
誰より俺をわかってくれる。

こんな俺を、誰が哀れだと思うだろうか?

神様からの、最高のプレゼントじゃないか。



  
18: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:02:16.10 ID:HSceFjPV0
  
ある日、顧問に呼ばれた。
('A`) 「なんでしょう、先生」
(´・ω・`)「ちょっと素振りをしてもらえるかな」
ビュッ
(´・ω・`)「……君は、直す気があるのかな」
('A`) 「な…何をですか」

わかってるんだよ。何言われるかくらい。

(´・ω・`)「いつも言ってるだろう。どうして腰があがるんだ」
('A`;) 「そ、それは…」

頑張っても・・・頑張ってもなおらねえんだよ…!

(´・ω・`)「もう二年の中頃だぞ。そんなことだとまた玉拾いからだからな」



  
19: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:03:18.50 ID:HSceFjPV0
  
ある日、親父に呼ばれた
親父「お前、シューズに穴あいてないか?」
「ああ、それh」
親父「何で穴あけるんだよ!買ってもらったものだろ!」
('A`;) 「ご…ごめん…でも…」
親父「もっと大切に使え!ったく、買ってやるんじゃなかったよ



  
22: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:05:33.45 ID:HSceFjPV0
  
メニューが終わると、俺はいつも校舎の外壁で打っていた。
コートで乱打なんて、やらせてもらえないから。
でも、少しでも上手くなろうと、せめて一試合でも勝てるようにと。
ごつごつしたアスファルトの上でも練習はできる。

('A`) 「一試合でいい…たった一勝できれば…」

だからずっと、何日も何日も、それこそシューズに穴が開くほど壁を相手にして打ってた。

その結果が、これか。



  
24: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:07:01.86 ID:HSceFjPV0
  
川 ゚ -゚)「大丈夫、ドクオは悪くないよ」
('A`) 「……俺は間違ってたのかな…」
川 ゚ -゚)「そんなことない!ドクオは一生懸命やったじゃない」
('A`) 「……」
川 ゚ -゚)「みんな知らないだけ。どんなに努力してるか、どんなにつらい思いをしてるか…」
('A`) 「…そうなのかな」
川 ゚ -゚)「穴があいたのも、フォームが直らないのも、知ってたら誰も責めないよ」
('A`) 「……」
川 ゚ -゚)「本当に、よく頑張ったね…お疲れさま」



俺は、声を殺して泣いた。



  
25: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:08:58.51 ID:HSceFjPV0
  
試合で勝てない、素振りはろくにできない
なのに高いシューズに穴を開け、ラケットもぼろぼろにする
こんな駄馬に、他に誰が「お疲れさま」と言ってくれるだろう
毎晩のように話を聞いてくれるだろう
慰めてくれるだろう

君がいてくれるから、外で涙を流さないんだよ



一言「ありがとう」と呟いて、俺はまた、誰にも聞こえないように泣いた。



  
26: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:11:21.81 ID:HSceFjPV0
  
二年も終わりに近づくと、いよいよ同年齢が頭角を現す。
そのころの俺に対する暴言は、特にひどくなっていた。

「素振りひとつもできねえのにコート入んなwww」
「ラケットがかわいそうになってくるぜwwwww」

試合で勝ったこともないし、乱打もまともにできない。まあ当然のことだった。

だけど俺は頑張った。
ちゃんと部活に出て、素振りや壁打ちを繰り返し、自分の弱点を探していた。
探すというか、治していたというほうが正しい。



  
27: ◆dIeazkfFEk :2006/10/10(火) 22:12:45.93 ID:HSceFjPV0
  
もちろんその理由は
川 ゚ -゚)「あんな暴言、気にする必要ないよ。」
川 ゚ -゚)「ただ頑張ってるだけじゃない。結果が悪かったなら、それを次の試合の糧にすればいいんだよ」

涙を流すだけなら、努力をしようと思った。
ただ一人、結果を出せといわない彼女にこそ、少しでも報いたかった。

壁打ちくらいしか俺にはできない。

だけど、

愚痴を言わなくても済む日が
俺が彼女を喜ばせてあげられる日が

一日くらいあってもいいだろ。



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