('A`)駄目人間は覚悟するようです
- 16: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:18:56.92 ID:klw6FrSk0
- 【高校二年 夏の話】
ショボンという男は、顔は結構なイケメンで清潔そうな雰囲気をもつ好男子だ。
しかしその実、性格は奇妙奇天烈。
ショボンのことを説明するのは難しい。
とにかく変わり者で、ニートのぼくが言うのもおかしいが
折角いい大学に入ったのにサボりがちで しょうもなかった。
彼との出会い話はお互いが十六歳の頃まで遡る。
その頃ショボンは 顔立ちが女っぽいとか仕草が男らしくないとかで、
男子からの評判が芳しくなく、しかしその分女子からは人気があった。
本人は無理して男子とつるむ事もないと思ったか、当たり前のように女の子のグループにいて
それが男子からしたら尚更面白くなかったのだ。
さて、当時のぼくはというと、彼のように目立つことなく
地味グループで平和な日々を過ごしていた。
( ^ω^)「どくおー帰り図書室いくお!」
('A`)「おけ」
偶然にショボンとぼくは三年間同じクラスだったし、
顔なら高校入学から毎日合わせていたのだけれど
ぼくが言いたい「出会い」は、二年生の夏に訪れる。
- 19: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:20:49.22 ID:klw6FrSk0
- 汗で湿ったシャツが肌に張り付く。七月の教室はさながら地獄のように暑かった。
( ^ω^)「はやくしろおー」
('A`)「すみませんまんこフヒヒ」
放課後、他のクラスメイトは委員会活動やら部活動やら、
あるいは真っ直ぐに家に帰っていった。
帰宅部のぼくたちが学校に残る理由。
それは『図書室』だ。
( ^ω^)「はやくー」
高校時代、ぼくが特に仲良くしてたのは内藤という奴で、
どういうわけかあだ名は「ブーン」、運動音痴の癖に逃げ足だけやたらに速い男だった。
('A`)「えーっと、四時限目の内容は……」
日直日誌を書くぼくを急かしながら、内藤は机に座って足をぶらぶらさせていた。
校庭から陸上部の掛け声が聞こえてくる。
県下一を誇るゆとり高校の陸上部は、その日も気合の入った練習をしているようだった。
('A`)「はぁー青春してるよなぁ」
( ^ω^)「いやいや、若さを部活に捧げるのは勿体無いお」
('A`)「若さ!若さってなんだ?」
- 20: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:22:28.82 ID:klw6FrSk0
- ( ^ω^)「ためらわないことさ」
('A`)「……そりゃあ、愛だ」
ぼくの言葉に「そうだっけ?」と首を捻る内藤。
日誌を書き終えたぼくが消しゴムを投げつけてやると、
待ちくたびれたというように肩を落として見せた。
( ^ω^)「それより!終わったかお?」
('A`)「先生!終わりました!」
( ^ω^)「れっつごー図書室だおー」
言うや否や内藤は両手を広げながら教室を飛び出していく。
あいつがあんなにも図書室に拘るのは、本が読みたいからじゃあなかった。
ぼくは読書が嫌いなほうではないけれど、内藤は違う。
内藤は、世界最高の歌姫が子守唄を歌ってくれるとしても、
小学生向けの書籍のほうがよっぽど催眠効果があると笑った。
つまり、カナヅチで日焼けお断りなデリケート野郎が海に行くようなものだ。
さぁ、そんな野郎が海に行く目的といったらもちろん水着の女性なわけで。
内藤が図書室に行く目的も然り。
- 22: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:24:58.31 ID:klw6FrSk0
- (*^ω^)「早くツンデレさんに会いたいお!」
('A`)「顔にケツ穴ついてるぞ」
図書委員のツンデレという女生徒が、内藤の意中の人だった。
クラスが離れているので普段会うことはない彼女だが、
廊下ですれ違ったときいい匂いがしただとか
たしかそんなことがきっかけで内藤は熱をあげていた。
ツンデレが図書委員で、
毎週月曜日の昼休みと金曜日の放課後は彼女が開館当番だということは
内藤が一目惚れた翌日にぼくが仕入れてやった情報だ。
( ^ω^)「今日ははだしのゲン読むお」
図書室の前で高揚を隠し切れない気味悪い笑みを浮かべながら言う。
内藤はこういう色恋沙汰に興味がないものと思い込んでいたが、
話を聴くとそれなりに経験もあるようで、それがぼくは少し悔しかった。
('A`)「結局マンガかよ」
引き戸を開けると、貸し出しカウンター越しに ツンデレの仏頂面。
まったくこんな愛想のない女のどこがいいのかわからない。やっぱり女の子は笑顔が一番だろう。
……というのが昨日までのパターン。
こんなクドい言い方をするということは、もちろんこの日は違ったわけだ。
- 24: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:26:55.39 ID:klw6FrSk0
- ξ*゚ー゚)ξ「えー嘘だぁー」
ぼくは内藤がツンデレに好意を抱く理由が今一歩理解できていなかった。
確かに綺麗な人ではあったけど、いつだって つんと澄ました顔でいて
面白みがないように思えたし、それ以外に見せる表情といえば
まるで汚物でも見下げるかの如く顰める様子だけで、ぼくからしたら印象がよくない。
それが、どうだろう。
図書室の扉を開いて一番、目に入ってきたのは彼女の笑顔だった。
例えば、不良が猫に餌をやっているところを見かけると
根は酷く優しい人物なのだと思い直してしまう、という話がある。
穏やかな笑みを浮かべるツンデレを見て、ぼくの脳みそは
彼女はものすごくものすごく素敵な女性なのだと、そう解釈した。
ξ*゚ー゚)ξ「なんでよー」
ぼくがぼんやりツンデレの顔を眺めていると、
それをおかしく思ったか内藤が背中をせっ突く。
立ち塞がっているぼくのせいで図書室の中の様子が窺い知れなかった内藤は
多分、そのままぼくの後ろにいれば良かったのだ。
あるいは、目を瞑ったまま歩いていれば良かった。
ξ゚ー゚)ξ「だって密室でしょ?」
(´・ω・`)「いやいやーだからさぁ、そこがミソなんだけどね」
- 26: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:29:37.97 ID:klw6FrSk0
- 彼女はもちろん空に向かって独り言を呟きながら笑っている訳じゃあない。
そういうことを、ぼくはよくするけれど、まぁおよそ彼女には経験無いことだろう。
ξ*゚ー゚)ξ「勿体ぶるんじゃないわよー。教えなさいよっ」
ツンデレの話し相手は、ショボンだった。
ショボンはカウンターに腰掛けていて、
身振り手振りツンデレに何かを説明している。
随分話に夢中なようで、二人してぼくには気付かない。
いや、気付く素振りを見せない、か。
いよいよぼくの背中を突付くのに飽きた内藤が、ぼくの肩越しに室内を覗く。
そして一声。
( ^ω^)「……現実は非情だお」
気持ち悪いことに、内藤は目尻に涙を溜めて震えた。
年頃の男女が二人、これほど親密そうに会話しているのを見たら、
失恋を思うのも仕方の無いことだろう。
ぼくは内藤が予想より大人しいのに少し驚きながらも、
どうやらここを出て帰り道ジュースでも奢ってやるのがいいだろうと考えていた。
- 28: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:32:08.66 ID:klw6FrSk0
- 図書室から出るためにぼくは扉を引いた。
内藤の背中を軽く押してやりながら。
そして扉は、こんなときに限ってキィと鳴り、
その耳障りな音に引き寄せられるように視線を寄越したツンデレとショボンの瞳が
なんとも気まずそうな顔のぼくと かち合ったのだった。
ξ゚听)ξ「あ……」
(´・ω・`)「でも、実際は……おや、利用者さんだ」
自分だって利用者の癖にまるで客が来たのに気づいたバーのマスターみたいに
ショボンはぼくたちに向き直った。
ぼくは毎日鏡の前で優しい笑い方の練習をしているってのに
ショボンはなんて事無い自然な動作で、紳士的な親しみやすい笑顔を作って見せる。
ξ゚听)ξ「……」
数秒前まで親しげにショボンと話していたはずのツンデレは、
それは幻想だったと錯覚しそうなほど いつも通りの仏頂面で手元の本に目を落とした。
おいおい。随分失礼な女だ。それはあんまりに内藤にとって酷じゃないか?
(;^ω^)「あうあう……」
とはいえ、彼女は好意を寄せられているだなんて知らないのだし、
面と向かって、女性に文句を付けられるほど、ぼくに男気はなかった。
- 30: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:34:49.90 ID:klw6FrSk0
- (´・ω・`)「なんだ。どっくんじゃない」
(;'∀`)「あ。あはは……」
( ^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「……」
さて、ぼくが生きてきた中で、最も修羅場と呼ぶに相応しい状況が出来上がっていたのだが、
しかしそう思っているのは、ぼくと……精々内藤くらいのものだったのだろう。
(´・ω・`)「二人とも図書室なんてくるんだね。意外だなあ……。
あ、これは決して君たちに悪い意味じゃあないんだよ。
ただ、僕も読書が好きなんだけれど、だから趣味が合うって嬉しいなぁって
そう思ったんだよね。最近は江戸川乱歩読んでるんだけれど、
どっくんは太宰とか好きそうだね」
('∀`)「あは、あははは、あ、江戸川乱歩、うん。ひひ」
ぼくは十六年間褒められたことの無い笑顔で、どうにかこの場を乗り切るつもりだった。
中途半端に開けっ放しの扉の向こうから、生温い空気が流れ込んでくる。
図書室はいつも冷房が効いていて涼しいのだが、
しかし廊下に身体半分乗り出しているぼくには関係ないことだ。
- 31: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:36:15.20 ID:klw6FrSk0
- と、高をくくっていたのだが
ξ゚听)ξ「……冷房かかってるんだけど」
('∀`)「うへへ……さーせん、へへ」
ツンデレにぴしゃりと言われ、ぼくは戸惑う。
とりあえず謝罪してはみたものの、やっぱり扉を閉めなさいということだろうか。
それとも、『行間を読む』じゃあないけれど、言葉の意味を汲んで……つまり出て行けってことか?
ξ゚听)ξ「……」
内藤は、ツンデレのことが好きだ。
ツンデレとショボンは親密だ。
さて、考え直せば明白なのだが、この問題にぼくは少しも関係ない。
三角関係に必要な人員はすべて埋まっているし、
強いて あてるとすれば所謂主人公の友人ポジションといったところであろう。
ならば、ごゆっくりぃーと叫びながら退場すべきなのかもしれない。
( ^ω^)「……ショボン君は、よく図書室に来るのかお?」
(´・ω・`)「……あぁ、そうか。僕の事はショボンでいいよ。
ふーん。なるほど」
( ^ω^)「図書室には……」
(´・ω・`)「うんうん。最近はね、ちょっと通ってるんだよ。
特に、月曜日の昼休みと金曜日の放課後、かな」
- 32: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:38:56.60 ID:klw6FrSk0
- 月曜日の昼休み。金曜日の放課後。
決定的だ。それはツンデレが図書委員としてここにいる日じゃあないか。
きっと、逢引みたいなものだ。
今回ぼくたちは運悪く、その場に出くわしてしまった。
内藤には可哀相だけれど、ぼくはもう図書室に居る気が失せていた。
ぼくは古本だとか中古同人誌だとかは嫌いなタイプで、
つまり自分で買った新品のものを読むのが好きなのだ。
図書室の本みたいに不特定多数の人間が手にするものは、なんだか少し汚いような気がして
嫌悪とまではいかなくとも、すすんで読む気は起こらない。
ただ内藤がツンデレをニヤニヤと見詰めるのを
からかうため図書室に来た野次馬のようなぼくは、
その目的も果せないと知って、考える。
内藤はショボンを睨み付けているし、ショボンはそれを見て不思議そうな顔をしている。
ツンデレは渦中の人だっていうのに我関せずという様相で、
やはりぼくは帰ったほうがよいのだろう。
('A`)「じゃ、じゃあ、おれ、帰ります……」
( ^ω^)「……さき帰っていいお」
- 34: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 00:40:37.23 ID:klw6FrSk0
('A`)「う、うん……そうする」
ぼくが廊下に踏み出したのと、四時半を告げるチャイムが鳴るのとが同時だった。
ショボンが立ち上がったのと、ツンデレが顔を上げたのが同時だった。
内藤とぼくは同じくらいに事態を理解できていなかったけれど、内藤は理解する必要も無かったのだ。
そしてぼくは……。
- 42: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:05:17.34 ID:klw6FrSk0
- 二十時間眠り続けた事があった。
徹夜明けに夜行バスで旅行に行った、その次の日の話だ。
慣れないバスの中ではもちろん眠れず、ぼくは丸二日寝ていない状態だった。
体調が芳しくなかったことも手伝い、
旅行先についた昼から翌朝まで死んだように眠ったのである。
目が覚めたとき、何がなんだかわからなかった。
頭が働かないというのはああいうことなのだろう。
ぼんやりと時計を見たとき、ぼくは不思議な心地だった。
それは何故だか泣きたいような惨めな気持ちでもあり、
眠りすぎたという罪悪感があったのかもしれない。
今が夜なのか朝なのか、ここがどこなのか、夢なのか。
それらがすべて、何一つ理解できなくて、なのに懸命にすべてを考えた。
('A`)「……」
今思えば、このときのぼくの状況は、二十時間の眠りから覚めた瞬間に似ていた。
体に残る倦怠感や、脳みそが溶けてしまったような感覚まで。
(´・ω・`)「あ、目が覚めたか。おはよう」
('A`)「あれ……ん?」
- 43: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:07:16.52 ID:klw6FrSk0
- (´・ω・`)「えーと、すまない」
('A`)「!!」
ぼくが飛び起きると、覗き込むようにしていたショボンがサッと身を引いた。
辺りを見回す。ここはどこだ。何かがおかしい。
ぼくが寝転がっていたのは図書室の床で、
ぼくの目に入ったのは間違いなく図書室の本棚で、カーテンで、窓で、
だけれど、ぼくの知る図書室とは決定的に違うのだ。
ぼくはゆっくりと思い巡らした。
何回考えても、最後の記憶は図書室から踏み出したこと。
それが今の状況と、どうあっても繋がらない。
(´・ω・`)「おかしいなぁ。失敗した。でもいやぁ目覚めてくれてよかった」
('A`)「ここは?今、おれ夢見てる?」
(´・ω・`)「いや、夢じゃないよ。たぶん。
僕もきちんと理解しているわけじゃないんだけど」
('A`)「……『失敗した』って何を」
(´・ω・`)「ツンデレさんとか」
('A`)「は?」
- 45: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:11:46.35 ID:klw6FrSk0
- ぼくは、夢を見ているのだと思い込むべく こめかみに指をあてた。
そうすることで精神安定が得られるのであれば、やっぱりそうするしかないのだ。
ここは夢の中なのだ。
だから、ショボンが指差す先に居たのがツンデレで、
なぜか五十パーセント透過処理したかのように透き通っていて
しかも身動ぎせずに固まっていようとも、比較的落ち着いて答える事が出来た。
('A`)「あれなんですか?」
(´・ω・`)「急だったから失敗した。自分だけで精一杯だったんだ。
内藤君だっけ?彼に至っては、いない」
('A`)「……え?ここどこですか?」
(´・ω・`)「案外、君って落ち着きがあるんだね。もっとパニックになるかと。
ここはねぇ、うーん。ちょっと変な場所?」
('A`)「え?じゃ、じゃあ、あの、ツンデレさんはなんで透けてるんですか」
真っ黒なはずのセーラー服も、真っ白なはずの彼女の肌も、
その向こう側が薄っすら見える具合に透けている。
残念ながら服の下の下着だとか、更にその下だとかが見えているわけではなく、
要は、彼女自身が消えかかっているような状態だった。
- 48: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:14:53.17 ID:klw6FrSk0
- ぼくはツンデレらしき人物のところまで歩み寄った。
カウンター越しによくよく見てみても、彼女は蝋人形のようで、
少し薄気味悪いとも思う。
(´・ω・`)「触っちゃ駄目」
(*'A`)「ばっばか当たり前だ」
夢の中だろうと、異性と触れ合うような真似は出来ない。
しかし、夢に出してしまうほどに彼女の存在を意識していたのか、
というところに、ぼくは恥ずかしさを覚えた。
(´・ω・`)「あ違う、いやらしい意味じゃなくて、触ったら危ないってこと」
(*'A`)「うううううるせええ」
ぼくはくるりと方向転換し、適当な椅子に座ると、机に突っ伏した。
図書室の長机の感触は、現実のそれと変わらない。
沈黙が苦しくて、ショボンに指示するように向かい側を指差すと
彼はそれに従い、正面の椅子を引いた。
腰を下ろすと同時にショボンが口を開く。
(´・ω・`)「もういっかい言うけど、僕は夢じゃないと思ってる」
- 50: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:17:29.26 ID:klw6FrSk0
- ぼくは、ショボンに気付かれないように頬を抓ってみた。
痛い。痛かった。
(´・ω・`)「簡単に言うとね、あぁこれが正しいかはわからないんだけど。
ここは時空の狭間みたいなところだと思うんだ」
('A`)「はざ……?」
小さな声で聞き返すも、ショボンは頷くに留まりそれ以上の説明はしない。
(´・ω・`)「僕は、ちょっと幾つか変なことが出来るんだけど、
その中の一つが今回のこれなんだ」
('A`)「これってなんすか」
(´・ω・`)「……時空の狭間にくる方法を知っているってことかなぁ」
(´・ω・`)「つまり、宇宙は一つじゃあなくって、即ち僕らの世界も一つじゃない。
それぞれは別々の時空に存在するだけなんだけど、
まぁ、僕たちの世界が一階、別の世界が二階だとするよ。
今僕たちのいるここは階段部分にあたるわけだ。時空と時空の間みたいな」
('A`)「はぁ。わかんねぇ。ここが変な場所なのはわかった。意味はわかんねぇ」
- 51: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:19:39.52 ID:klw6FrSk0
- 改めて図書室を見回す。
背の高い本棚、煤けた壁、傷だらけのカウンターに、長机、椅子。
様子は変わらないはずなのに、何かが決定的に違う気がしていた。
それは透けたツンデレだとか 罪悪感、居心地の悪さその類が原因なのではなくて
この図書室自体が、まるで偽物だという違和からくるものなのだろうか。
そう考えながら無意識に吸った呼気が、答えの一部だった。
('A`)「あれ……」
(´・ω・`)「どうした?」
('A`)「埃っぽくない。空気が、本の匂いがしない」
ぼくは確かめるように再び空気を吸い込む。
やはりそうだ、ぼくの苦手な、息を詰めたくなるような古本の匂いがない。
(´・ω・`)「あぁ……えっと、今ここは
まったく別の場所に図書室の張りぼてを作ったみたいな
そんな状態だってことなんだ」
('A`)「ハリボテ……」
意識しながら机に指を這わす。
本来の感覚なんて覚えていなくて、ぼくはただ首を捻った。
- 53: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:24:55.66 ID:klw6FrSk0
- 夢ではないということは、時間が経つと共に 嫌でも理解出来てきた。
かつて、リアルな夢、所謂明晰夢だとか幽体離脱を経験した事があるが、
その現実感をも凌ぐ質感、空気。
認めざるを得なかった。これは……やっぱり夢寐の出来事ではない。
('A`)「ショボンは今までこういうこと……あったのかよ?」
(´・ω・`)「……まぁ、こんな方法では初めてだよ。
でもね、僕が、図書室に時空の隙があるって知ってるってことはね。
推して量るべしっていうか、……来たことがあるんだ」
来たことがある?ぼくは無意識に眉を顰めた。
ショボンはこの意味不明な空間に来たことがあり、そして今回はおそらく二度目なのだ。
それは即ち「ここから脱出することに成功した」という過去の存在を 意味する。
ぼくの未来に多少の光が射したところで、両手を挙げて喜ぶわけにもいかないのだが。
なぜなら、まぁ、それこそ推して量るべしだった。
このショボンの申し訳なさそうな態度と、
何よりいつまでもおかしい図書室に居座っている自分が
ここから元の場所に戻るのは、夢から覚めるよりもずっと難いのだと証明していた。
(´・ω・`)「どっくん?」
('A`)「…………」
- 54: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:25:46.38 ID:klw6FrSk0
- 夢現の浮遊感は、もう欠片もなかった。
その代わりおかしなことに巻き込まれたという絶望に似た……けれど
それより幾らか複雑な感覚が身体の中に芽生えていて
猛スピードで成長を繰り広げていた。
ぼくは感情があまり顔に出ない。
楽しいのに「つまらないの?」と聞かれるのは苦痛だったし
怒っているのに気に留めてもらえないのも不快だった。
だからといって気持ちのコントロールが上手いわけでもなくて
むしろ気紛れで天気屋だと呆れられることも屡ある。
そして、特にこういうとき、
往々にして不安定な部分を自覚することになり、落ち込むのだった。
('A`)「う……ぅう」
状況に慣れたか、不思議なツンデレや図書室に関して
「夢だ」と自分に言い聞かせることを止めても
ぼくが比較的前向きでいられたのは幸いだったが。
(´・ω・`)「うん。先のことを考えようか」
- 55: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:27:28.62 ID:klw6FrSk0
- ('A`)「先のことってなんすか。今の状況もよくわからないのに……」
頭の整理が追いつかないのを悟られぬように、
とりあえず反発して体を装う。
ぼくは間違いなく混乱状態にあって、でもそれは焦るような感覚とは違った。
(´・ω・`)「じゃあ、説明からする。
聞きたいことがあれば答えるしさ。
まず、ここは僕らの知る図書室ではない」
(´・ω・`)「ツンデレさんは……半分だけ僕たちに付いてきちゃったみたいな状態。
内藤君は、合わなかったみたいで、来てない」
('A`)「合わないって?」
(´・ω・`)「例えるなら……霊感があるかないかみたいなもの。
僕は幽霊が見える、ツンデレさんは何となく霊の存在を感じる、
内藤君は霊感がない、君は……よくわからないけど。
そんなふうに考えていいと思う」
('A`)「その、波長が合うかどうか的な?」
(´・ω・`)「そう。それ」
- 56: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:29:07.72 ID:klw6FrSk0
- ('A`)「でも、さっき失敗がなんとかとか言ってたのはどうなの」
(´・ω・`)「えっと、言葉にするのは難しいんだけど。
こういう空間に入るには、それなりの手順というか段階を踏まなきゃならなくて
君が段階を飛ばしちゃったから、僕は急いでそれに合わせようとしたんだけど
ツンデレさんだけ手順を間違えちゃったっていうか……」
ぼくはあからさまにおかしな顔をしていたと思う。
ショボンがこちらをチラリと見たので、慌てて平静を装った。
('A`)「どういう……」
(´・ω・`)「本来なら、四時三十二分に時空の亀裂が出来る予定だった。
そこから、ツンデレさんを連れてここに来る手筈だったんだ」
ツンデレは、このおかしな空間のことを知っている?
まぁ、あれほど親しげにしていたのだし恋仲だとしたら、
尋常じゃない秘密だって共有するものなのかもしれない。
しかし……ぼくは振り向いて、まるで動かないツンデレの輪郭を捉えた。
彼女の代わりにぼくが来てしまったというわけか。
(´・ω・`)「ここからが解せない部分なんだけど、多分ね、
君が、無理矢理時空に亀裂を作ったんだと思う。
じゃなきゃあ、こんなことになるはずない」
- 58: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:32:07.18 ID:klw6FrSk0
- ('A`)「え?おれのせい?あれ?ツンデレさんはおまえのせい?」
(´・ω・`)「悪い人は誰でもない、あくの波長のせいだわ」
('A`)「L・O・V・E!ガンガレモモーイ!……じゃねーよ。
単刀直入に、おまえは何ができるわけ?」
ぼくは机に乗り出しながら聞いた。
ショボンが冷静でいることに、だいぶ救われている。
(´・ω・`)「僕は、こういう時空の狭間を探検するのが好きなんだけど。
でも、こんな普通じゃない入り方は初めてだし」
('A`)「……お前はここに慣れてるけど、
今回はおれってイレギュラーのせいで困ってるわけ?」
(´・ω・`)「あ、いや違う、気にしないで」
('A`)「くそー!今はつまりどういう状況なんだよ!」
- 60: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:36:41.41 ID:klw6FrSk0
- (´・ω・`)「例えるなら……」
ショボンが顎に手を当てて少し考える。
わかりやすく伝えようとしてくれているのだろう、
その心意気は嬉しいので、ぼくは大人しく黙っている。
(´・ω・`)「とにかく、大きなお屋敷の裏口から入って、でも裏口は締まっちゃったわけ。
正面玄関から入ったのなら、家主の人に頼めば出してもらえるけど、
今の僕らは不法侵入みたいなものなんだ」
('A`)「え?やばくないのそれ」
家主、という単語に引っかかりを感じたものの、
それよりも「不法侵入」に対しての胸のざわめきのほうが勝っていた。
異空間に迷い込んだ主人公は……一体どうなる?
その世界の住人から敵対されて、迫害されて、
それでも試練を乗り越えていったキャラクターがいたような気がする。
昔読んだ小説の人物は、そうして立ち向かったけれど、結局は元の世界に帰れなかった。
物語としてはハッピーエンド、ぼくも認めるが
ぼくが同じ目にあった時に幸せだと思えるかはまったくの別問題である。
(´・ω・`)「やばい、と思う」
- 61: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:40:31.93 ID:klw6FrSk0
- ('A`)「そりゃ、まぁ、いきなり時空の変なとこに来ちゃったなんて
その展開だけでも十分やばいよ?でもさ、
ここには他に人間はいないのか?助けは呼べないの?」
(´・ω・`)「僕は時空の狭間で『普通の人』に会った事はないけど、
味方が存在しないとは言い切れないかも。助けは……まぁね」
(;'A`)「おい!なんだそれ。ここは来ちゃいけない場所で
やっぱりおれたち見つかったら殺されるとかそういうことか?!」
(;´・ω・`)「いやいや、死んだりはしない。ここでは死って概念がないし」
('A`)「どういうことだよ」
(´・ω・`)「血も出ないはずだよ。自分たちが幽霊になったと思えばいいんじゃない。
けど……」
霊感があることになったり、幽霊になったりと忙しいな。
しかし、死なないという言葉で、ぼくが幾らかホッとしたのも事実である。
一転。
(´・ω・`)「僕たちが戻れなかったら、元の世界では僕たちは死んだ事になるけどね」
('A`)「そんな……」
- 63: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:43:05.44 ID:klw6FrSk0
- ('A`)「でも!帰れるんだろ?おまえはいろいろ知ってるんだしさ!」
(´・ω・`)「……確実に戻れるとは言い切れないんだよ」
ショボンはやんわりと言った。
絶対帰れるってわけじゃあない。
ショボンの落ち着いた声色のおかげで恐ろしさが中和されて聴こえるだけ。
実際問題、ぼくを絶望させるに値する発言だった。
それを見通してか、ショボンは下がり眉を少し吊り上げて笑った。
頼りなさ気な雰囲気が一変、自信が顔を覗かせる。
('A`)「もしも……戻れたらどうなる」
(´・ω・`)「元通りだよ。大丈夫さ」
('A`)「ツンデレさんは」
(´・ω・`)「ツンデレさんは……わからない」
('A`)「はぁーそう」
わざとらしいくらいに素っ気無く相槌を打ち、ぼくは頭を抱えた。
(´・ω・`)「ツンデレさん……」
- 64: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:46:21.42 ID:klw6FrSk0
- ツンデレ……勝気そうな強い瞳と寡黙な唇が同居する美しい顔が
ゆっくりとぼくの頭に浮かんでくる。
内藤の想い人。図書委員。それ以外には、何も知らない。
振り返ればそこに本物の――といえるかはわからないが、
彼女がいるというのに見つめる気分にはなれなかった。
瞼裏のツンデレを無理矢理に掻き消すと、ぼくは自分のことを考える。
ずっとここに閉じ込めれていなきゃあならない?嫌だ。
やりかけのエロゲも、まだ汚れてない同人誌も残っているのに……。
このショボンとかいう野郎がちょっと頑張れば、元の世界に戻れるのではないか。
だって、現状の色々な部分がショボンの力に関わっているようだし。
('A`)「あぁ……な、なぁ俺たち帰れるんだよな?
おれずっとここに居るなんて嫌だよ」
思案を巡らすと同時に声が出た。
ぼくの問いに、ショボンは一度上げた眉をしょんぼりさせながら
それでも、先程までと変わらない調子で答える。
(´・ω・`)「そうだね。帰るだけなら……
あぁでも複雑な話だから簡単じゃないけど」
- 65: ◆Y0BMUrTaXI :2008/01/28(月) 01:49:02.19 ID:klw6FrSk0
- ('A`)「だったら!」
先行きが見えて安心したせいか、勢いよく食い付いてしまい、
次の瞬間には恥ずかしさが襲う。
コホンと咳払いをして照れ隠しを試みると、
知ってか知らずか、ショボンが口を開いた。
(´・ω・`)「そう。
今回なんで困ってるかというと、正しくない方法で来てしまったから。
それならば、帰り方も考えようを変えて……」
('A`)「つまり、思い当たることがあるんだな」
ぼくは、逸る心を抑えながら、努めて冷静に訊ねる。
ショボンのやや間延びした声が、やたらにもどかしく感じられ、
普段内藤に対するように脇腹突付き攻撃でも仕掛けてやりたかったが、
それでも大人しく彼の言葉を聞いた。
(´・ω・`)「うん。僕らが覚悟をすれば案はある、といえるかな」
(;'A`)「……え?誰?おれが?おれも覚悟すんの?」
覚悟。その尋常ならぬ響き。容易に口にすることは許されない、重い意味。
ショボンの言葉を受けて、ぼくの脳裏に浮かんだ単語はひとつ。
こんな時でも、そう、ただ、シンプルに……めんどくさいと思った。
あぁお母さん。命の危機だろうとぼくは駄目なやつです。
――つづく
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