( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:26:27.81 ID:FGx+Eqqu0

 勇者ものの伝記には必ずといって良いほど『勇者の剣』なるものが存在する。
伝記によって『聖剣』とか『ガイアの剣』とか、名前こそは違うのだが、役割は同じだ。
勇者と一般人を区切る為の要素の一つになっているのだ。
つまり、勇者しか扱えない『勇者の剣』があるおかげで、勇者という存在がより際だつ、という具合に。
勇者と名がついたものには、金に換算出来ない聖なる価値があったといえる。

 俺が今いる街は、俗に『勇者の街』と呼ばれている場所で、石造りの街並みが綺麗な所だ。
適度に残された自然と、人工なのに暖かい印象を与えてくれる石の建造物が素敵だと思った。
この街は旅人や商人が旅の途中で必ず寄る街だ。
交易路の途中に位置し、近くに人が住んでいる場所が無いので、ここで一旦休憩を取る人が多いからである。

 何故『勇者の街』と呼ばれているかというと、歴代の勇者たちがここを訪れ、数々の伝説を打ち立てたからだ。
近隣には多数のダンジョンが存在していて、モンスターを従えるボスも複数いたらしい。
ダンジョンっていうのはモンスターの街みたいなもの。
ボスは人間でいう市長の位置で、集団のモンスターを従える偉いモンスターだ。
なので度々モンスターの襲撃を受け、その度に勇者がこの街を救ったらしい。
だから、『勇者の街』なのだ。

 ところが今ではダンジョンが開拓され、近隣に好戦的なモンスターはいなくなった。
平和になったこの街で、勇者の存在を心の底から望むような人なんていなかった。

 勇者っていうのは、敵がいて初めて英雄になれるもんなんだな。
本当に乱世を望んでいるのは、魔王じゃなくて勇者の方なのかもしれない。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:27:55.70 ID:FGx+Eqqu0













#3

*――伝説の価値――*



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:29:59.96 ID:FGx+Eqqu0

 この街に来た目的は、宿だけじゃない。
『勇者の剣』があるという噂を聞きつけ、やってきたのだ。俺は一応勇者だ。
勇者しか扱えない『勇者の剣』が使えるのなら、手に入れておくに超したことはない。

 初めて来た街で情報を集めるには、酒場で話を聞くのが一番賢明だ。
街についての情報はもちろん、旅人から仕入れた情報もマスターは知っている。
旅をする上では肉体的、精神的な強さも必要だが、情報も同じくらい重要だ。
マスターからの情報で命拾いした事も少なくは無い。

 酒場が開くのは夕方からが多いので、昼間の内は別の者から情報を集める事にした。
店を構えている商人を狙って、『勇者の剣』について問い出していく。
すると、みんな口を揃えてこう言った。

『勇者の剣なら、もう売ってないよ』

 どうやら『勇者の剣』という名前の武器が、普通の剣のように売り買いされていたようである。
観光客の為のお土産の一つなんだそうだ。他にも『勇者饅頭』、『勇者ステッカー』を見かけた。
俺が聞きたいのはそんなものではなく、もっと神がかった力のある聖なる剣の事だ。
いくらそう説明しても、渋い顔をされて『それも売ってない』と言われるだけ。
空しくなってきた俺は、『勇者の剣』は諦めて、大人しく宿屋へ向かった。

 観光地らしいので、それなりに宿泊施設も多かった。
王様から貰った金も限りがあるので、一番安そうなぼろい宿を選んで中に入った。

(*゚∀゚)「いらっしゃい」

 カウンターにいたのは、背が低くまるで子供にしか見えない女だった。
派手な化粧をしている所を見ると、見た目よりずっと年を取っていそうだが、わざわざ聞く気は無い。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:32:29.35 ID:FGx+Eqqu0

( ´_ゝ`)「犬は良い?」

(*゚∀゚)「犬?」

( ´_ゝ`)「これ」

 カウンターの女にもよく見えるように、蘭子を胸の位置まで抱き上げた。
女はぽかんとした顔で蘭子を見つめていたが、やがて破顔し、顔を押さえて静かに笑い出した。
彼女の笑いが収まるまで、俺は蘭子の首の下を指でさすっていた。蘭子はきゅんきゅんと唸った。

(*゚∀゚)「良いよ! 他に客は誰も泊まってないからさ」

( ´_ゝ`)「これから来るかもしれないだろう」

(*゚∀゚)「来ないよ。昨日も一昨日も来なかったし、明日も明後日も来ないだろうから」

 女はケラケラと笑っているが、笑っていられる状況じゃないだろう。
赤の他人が営業している宿屋を俺が心配しても仕方無いんだが、今のままじゃいずれ潰れてしまう。
俺が考えている事を読んだのか、女は小さな顔についた大きな目で、俺を見上げてにやりと笑った。

(*゚∀゚)「いいんだ。この宿屋はおばあちゃんの遺産で、潰れるまで頼むって遺言を守ってるだけだもん。
    本気で経営する気なんて無いし、アタシはただの男待ちだから」

 『男待ち』と言った時、俺に向けて下手くそなウィンクをした。
嫁に貰ってくれる男が来るまで、この宿屋のカウンターに座り続けるという事らしい。
本気かどうかわからないが、ここに居続ける限り出会いは無いような気がした。



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:34:45.04 ID:FGx+Eqqu0


*―――*


 金銭面の問題で俺は一日二食しか食事を取れない。二食とは昼食と夜食の事だ。
野営する時は夜通し歩き続け、日が昇ってから眠りにつくので、そのような習慣がついてしまった。
モンスターに夜襲されればどんな豪傑だってひとたまりも無いが、起きているなら話は別。
人間のように悪知恵が働く訳では無いので、真正面からやってくるモンスターがほとんどだ。
なので見つけやすいし、逃げやすい。

 加えてモンスターは半夜行性で、夜は強く朝には弱いという弱点がある。
つまりモンスターが寝ている時間に俺も寝れば奇襲は避けられ、安全という訳だ。

 この街には昼過ぎにやってきたのだが、街に入る前に固形スープとパンで食事を済ませてしまっていた。
二食で十分動ける体になっている上に、風土料理を楽しむ体力も無い為、チェックインした後は部屋でずっと横になっていた。

▼・ェ・▼「ワン」

 部屋の扉をノックする音に蘭子が反応したのは、窓の外で夕日が燃えている時刻だった。
物音に過敏になっているのは蘭子だけじゃなく、俺もそうだ。
旅をしていく過程で、僅かな信号を察知し危険から身を守る術を体得するのは比較的容易な事だった。
いつもの癖で、腰から短剣を引き抜き、ベッドの上で臨戦態勢を取った。

「入っていい?」

 聞こえてきた声は、モンスターが吠える声じゃなく、酒で少々喉が潰れている女の声だった。
肩に入れていた力を抜き、短剣を皮の鞘に戻した。

( ´_ゝ`)「いいよ」



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:36:30.72 ID:FGx+Eqqu0

 開かれたドアから、アイラインの入った目が俺の姿を捕らえる。
きょとんとした顔で彼女は『何やってんの?』と俺に聞いた。
モンスターかと思ったなんて言えば、彼女はどんな顔をするんだろう。
ちょっと見てみたい気もしたが、失礼なので適当に誤魔化しておいた。

(*゚∀゚)「ご飯作ろうと思うんだけど、あんたも食べたい?」

 腹は正直減っていない。日付が変わる時刻まで何も口にしなくても良いくらいだ。
第一宿代に食事の代金は含まれていないという説明を聞いた後だったので、丁重に断ろうとした。

(*゚∀゚)「お金は取らないからさ」

 ケチ臭い俺の性格をわかっているみたいだ。
体の隅々まで染みこんでいる貧乏根性が、彼女の気遣いに反応し、ぎゅるぎゅると腹を鳴らせた。
蘭子を見ると、しっぽを振って今にも彼女に飛びかかりそうな程顔を輝かせていた。


*―――*


 彼女は自分の事をつーと名乗った。
特徴的な風味のシチューと彩り鮮やかなサラダを口にしながら、俺は彼女の話に耳を傾けていた。
つーはこの街の生まれで、ずっとここで育ってきたらしい。
いつか結婚して、別の街で暮らすのが夢だそうだ。

(*゚∀゚)「兄者の故郷はどんな所なの?」



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:38:55.52 ID:FGx+Eqqu0

 手を休めて、頭の中で故郷を思い浮かべた。俺の故郷はこの街に比べれば結構な大都市だ。
夜でもやっている店のせいで、街が暗闇に包まれる事は無い。
月に一回は祭があり、浮浪者が日陰で溜まり、子供たちは狭い路地の中で駆け回る。
大勢の人間がいて、いろんな人生があるが、決して交わらない冷たい街。俺はそう説明した。

(*゚∀゚)「都会なんだ。憧れるなあ」

 たっぷり皮肉を込めて説明したはずなのに、つーは夢見がちな少女のようにほくほくと笑った。
そんなに羨ましいなら、今すぐ宿を売り払って、用心棒でも雇って街を抜け出せばいいだろうと思った。

(*゚∀゚)「アタシも行きたいなあ。誰か連れて行ってくれないかな」

 俺は喉まで出かけた言葉を飲み込む事になる。
彼女が本当に望んでいるのは、都会暮らしでは無く白馬の王子様なんだ。
自分では何も出来ない、するつもりも無い、だから待ち続ける、そういう事なんだろう。

( ´_ゝ`)「いつか良い男に会えるよ」

 心にも無い事を言うのは胸がずきずきと痛んだ。
もっと気の利いた事が言えれば良いのだが、俺の乏しい会話能力じゃこれが精一杯だった。
彼女はまだ、ほくほくと笑っている。

(*゚∀゚)「会えないよ」

 プチトマトを摘み、口に放り込みながら、彼女はぼそっと言った。

(*゚∀゚)「昨日も一昨日も会えなかった。だから、明日も明後日も会えないんだ」



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:40:44.19 ID:FGx+Eqqu0

 俺が思っていたより、彼女はずっとずっと現実を見ているようだ。
諦めているんじゃなくて、受け入れているという感じだった。
笑った顔は子供のようにはつらつとしていたが、沈んだ顔は大人の色気があった。

( ´_ゝ`)「どうして街を出ないんだ」

(*゚∀゚)「遺言があるもの」

( ´_ゝ`)「死んだ人間が生きている人間の邪魔をしていい訳が無い。
       君のおばあちゃんだって、君の幸せを祈っているはずだ」

 柄にも無く、熱くなってる。他人の事で声を荒げるのは俺の性分じゃない。
でも止まらなかった。体の芯が熱くなって、言葉が溢れてきたんだ。
どうして自分がこんなに怒っているのかわからなかった。
彼女は冷静に、時折頷きながら、俺の話を黙って聞いてくれた。

(*゚∀゚)「この街、活気があるように見える?」

 しばらくして喋る事が無くなった俺に、彼女は唐突にそう言った。
誤魔化す事も出来たが、意味が無いと思って、俺は正直に「見えない」と言った。

(*゚∀゚)「昔は凄い活気があったみたい。勇者がいて、伝説があって、人が集まって。
    でもこの辺りが平和になっちゃったら、伝説はただの伝記になっちゃった。
    今までずっと勇者に頼って続いてきた街だから、一気に寂れちゃったの」

 街全体に漂う寂しい雰囲気は、昔の残り香だったのだろう。
需要と供給、勇者がいらなくなった今、この街そのものもいらないものになってしまったという訳か。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:42:39.55 ID:FGx+Eqqu0

(*゚∀゚)「おかしいよね。望んでいたのが平和じゃなかったなんて」

( ´_ゝ`)「今魔王は復活してる。世界全体で言えば、平和なんてカケラも無いはずだ」

(*゚∀゚)「いくら魔王がいても、アタシたちには関係が無いもの。
    街は荒らされなくなったし、人が襲われる事も無くなった。
    きっと何処かで、新しい『勇者の街』が生まれるんでしょう」

( ´_ゝ`)「間違ってる」

(*゚∀゚)「でもそうなのよ」

( ´_ゝ`)「街興しの方法が勇者だけなはずが無いだろう。ここは観光客以外に旅人がよく来るはずだ。
       彼らを対象にして新しい方法で商売を始めるとか、いくらでも方法があるはずだ」

(*゚∀゚)「そうね。アタシもそう思う」

( ´_ゝ`)「じゃあどうして」

 つーはふんわりと微笑んだ。
子供の笑顔では無く、大人の作り笑いでも無い、母親が我が子に向けるような優しい笑顔だ。

(*゚∀゚)「この街は生きた伝説が無いと駄目なの。儚い犠牲と涙を誘う物語が無いと駄目なのよ。
    ずっとそうやって続いてきた街に、今更新しい在り方なんて存在しないの
    誰もが作られたルールの中でしか生きられない。アタシがそうであるように」

 声を上げて叫びたかった。間違ってると喚きたかった。頬を叩いて目を覚ませと言ってやりたかった。
俺の体が動かないのは、つーの目にうっすらと涙が滲んでいたからでは無い。
作られたルールの中で生きているのが、彼女だけじゃなく俺もだという事実からだ。



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:44:16.95 ID:FGx+Eqqu0

(*゚∀゚)「貴方、エセ勇者でしょ?」

 何も言えないでいる俺に、つーはとんでもない事を言い出した。
蘭子がつーに向かって一声吠える。俺だって歯をむき出しにして吠えてやりたかった。
でも現実の俺は、否定する事さえ出来ずに俯くだけだった。

(*゚∀゚)「噂は聞いてるよ。犬と二人旅してる人なんて普通いないもん。一目でわかった」

 エセ勇者っていうのは、噂話の中での俺の呼称だ。
初めてその名を聞いたのは二つ前の街の酒場でだ。
俺が本人だと知らずに、旅のハンターはべらべらと喋り出した。

 『エセ勇者を知ってるかい。女神様が間違えて勇者と使命しちゃった奴の事さ。
  何でも犬と一緒に旅して、勇者とは思えないほどひ弱な奴らしいぜ。
  そんな奴が世界を救えるなら、俺は今頃神様になって立派なヒゲでも生やしてるぜ』

(*゚∀゚)「女神様が間違えちゃったって、本当なの?」

( ´_ゝ`)「あー、えーと」

▼・ェ・▼「きゅぅん」

 つーはテーブルから身を乗り出し、目をきらきらさせて顔を近づけてきた。
シチューの臭いに混じって、香水の香りが仄かに漂った。

( ´_ゝ`)「わからない。本当に間違えたのかも」



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:45:49.38 ID:FGx+Eqqu0

 腹を抱えて笑い出す、という表現があるが、彼女がまさしくそうだった。
椅子から転げ落ちそうな勢いで、声を上げて笑っていた。
ここまで大っぴらに笑われると逆に腹も立たない。俺は残った料理に手を付け始めた。
彼女が笑い終わったのは、俺が全ての皿を空にした後だった。

(*゚∀゚)「応援してるよ。勇者様」

 皮肉なのか、ギャグなのか、それとも真意なのか、俺にはわからない。
子供みたいで大人みたいな彼女の気持ちを探るのは難しかった。

(*゚∀゚)「ねえ、キスしても良い?」

 料理を食べ終わった後で良かった。もし何かを口にしてたら盛大に吹き出していた所だ。
間抜けな質問だが声が裏返りそうになるのに注意して「どうして?」と聞き返した。
答えは返ってこなかった。更に問い詰める事も出来なかった。
言い終わった時には、俺の唇は既に塞がれていたからだ。


*―――*


 街には二日ほど滞在したが、特に変わった事は無かった。
一日あれば隅々まで探し尽くせるような小さな街だったので、二泊した後はさっさと出発した。
二泊ともつーの宿屋に泊まったのは、俺が彼女に対し妙な気を起こしたのでは無く、宿泊代をタダにしてくれたからだ。
勇者からお金を取るなんて罰当たりだからと言っていたが、本当にそう思っているのか甚だ疑問な所だ。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:50:43.15 ID:FGx+Eqqu0

 出発の朝、彼女は宿屋をやめて、料理屋を始めるつもりだと言った。
あの独特な風味のシチューを、街の名物にするのだそうだ。

 「白馬の王子様はどうしたんだ?」と聞いた所、ただ待つのも面倒だからという答えが返ってきた。
何にせよ、彼女が重い腰を上げて行動を起こしてくれた事が嬉しかった。
これから寄る街で、彼女のシチューを宣伝していこうと思う。

 ちなみに店の名前は『伝説のシチュー屋』である。
勇者に頼ってきた街の名残があるような気がしたが、言わないでおいた。
平和な街で、血なまぐさい伝説なんていらない。
鼻を抜ける独特な風味のシチューの方が、この街には似合ってるんだ。

 そうそう、彼女から良いものを貰った。今はもう非売品の『勇者の剣』だ。
見た目は青銅の剣だが、素人でも扱えるように軽くなっている。
子供が触って怪我をしないように刃が丸まっているおまけ付き。
お値段なんと3980G。俺が使っている竜紋の短剣が19800Gだったからとても安い。
リーズナブルで庶民にも手の届く伝説である。

 魔王を倒せて、弟者を助け出す事が出来たら、帰りにこの街に寄ろう。
もう一度シチューを食べたいし、弟者にも味を堪能してもらいたい。
そして何よりも、コロコロと移り変わる魅力的な笑顔が見たいからだ。

 早いとこ魔王を倒さないとな。だってそうだろ。
昨日や一昨日はもう巡ってこないし、明日や明後日は何が起こるかわからない。
白馬の王子様と一緒にいる彼女は、あんまり見たくないからな。



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:52:19.28 ID:FGx+Eqqu0


#伝説の価値

終わり



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