( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/05(水) 23:43:38.47 ID:NawaL9/P0
- 伝記を読んでいる内に気になる記述が目についた。
- 勇者は世界各地に散らばっている神殿に立ち寄り、徐々に力に目覚めていったらしい。
- 今まで斜め読みしかしたことが無かったので気がつかなかった。
- そういえばこれまでの旅で、数回程神殿のある街に立ち寄った事がある。
- 神殿は基本的に立ち入り禁止だったし、神道に興味も無かったので入ろうとはしなかった。
- まさか重要なイベントを見過ごしていたのでは、と今更恐怖に陥る。
- いつもの要領で、神殿の情報を探し始めた。
- すると『大神殿』と呼ばれる、神官連の総本山だという場所の情報が手に入った。
- 『神官連』とは神殿を管理する神官たちの組合のようなものだ。
- 大神殿に行く途中の道で、二つの神殿がある事もわかったので、ひとまずそこに向かう事にした。
- まずは一番近い『光の神殿』を目指す。
- 険しい陸路を行くのが勇者らしいが、俺はエセ勇者なので楽がしたい。
- もっとスマートに、海路を使って光の神殿に行く事にした。
- 俺たちが今いるのは、港町サンアンドレナス。
- 漁業と貿易により発展したこの街は、血気盛んな船乗りたちが闊歩する海賊の街だった。
- 海賊といっても山賊のようなならず者たちの集団を指している訳では無い。
- 海の秩序を守る守り神という意味で、功績を挙げた船乗りに贈られる栄誉ある称号の事である。
- 船乗りたちは海賊の称号を手にする為、今日も帆を上げ、海に出る。
- 4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/05(水) 23:46:25.89 ID:NawaL9/P0
- #10
- *――ブラックジャック――*
- 5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/05(水) 23:51:16.68 ID:NawaL9/P0
- カモメたちが悠々と舞う空が、海と同じ色をして空に張り付いていた。
- 風に乗ってくる潮の臭いが鼻につく。
- 通りを吹き抜ける風に合わせて、隣を歩くクーの黒髪がふわふわとそよいだ。
- サンアンドレナスはなだからな傾斜に作られた街で、平坦な道など存在しない。
- 全ての道は海へと続き、人々は海と家をその足で往復する。
- 港は大きく、隣には湾曲した海岸があり、遊泳が出来るようになっている。
- 港では船の大群が行き来し、海岸では水着の若者たちが群がり各々の時間を楽しんでいた。
- 今俺たちが歩いている、石畳の道の両側には、いくつか出店が建っていた。
- 既に宿屋のチェックインを終えた俺たちは、昼食の為に出店の並ぶ通りを気ままに進んでいた。
- ( ´_ゝ`)「何が食べたい?」
- 川 ゚ -゚) <何でも>
- ( ´_ゝ`)「うーん」
- ▼・ェ・▼「ワン!」
- クーに抱きかかえられている蘭子が、しっぽを振り回して吠える。
- 残念だが、お前の言葉はわからない。
- 肉嫌いのクーと肉好きの蘭子との旅は、時々食事の際に支障を生じる。
- 結局果物を売っていた出店に立ち寄り、適当なものを漁って食事とする事にした。
- 輸入物らしき果実の味は、癖があったが中々美味しく、歩きながらでも瞬く間に食べ終わった。
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/05(水) 23:55:27.62 ID:NawaL9/P0
- 食事を終えた後は、光の神殿へ連れて行ってくれる船乗り探しだ。
- 金の交渉の為、俺たちは港へ向かった。
- 川*゚ -゚)
- 海へ近づくにつれ、徐々にクーの歩きが速くなっていった。
- そういえば彼女は村から出たことが無いんだっけ。
- 初めて見る広大な水の塊は、彼女に大きな感動をもたらしたようだ。
- 坂が急なところもあり、途中から駆け下りるようにして彼女は下っていった。
- いつの間にか蘭子を手から離している。蘭子は彼女の後ろで、同じように地面を駆けていた。
- 嫌な予感がした俺は、全速力で駆け出し、海しか目に映っていない彼女の横についた。
- 案の定石畳の隙間に足を引っかけ、彼女は空中に放り出される。
- 予め予測していた俺は彼女と地面の間に体を滑り込ませ、落ちる前にキャッチした。
- 彼女は頬を赤らめて、親指を突き出した拳を胸の前で向かい合わせ、右手の親指を折り曲げた。
- ( ;´_ゝ`)「謝るよりも先に起きあがってくれ」
- 俺の腕の中にすっぽりと収まっているクーは、慌てて飛び退いた。
- 一拍遅れて、体についた砂を取り払いながら、俺も起きあがる。
- 受け止めた衝撃で背中を強く打ったが、実のところ、頭の中は手に残る尻の感触で一杯だった。
- こんな事を言えば殴られるか引っ掻かれるかされるのはわかっているので、平然とした顔で黙っていた。
- *―――*
- 10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/05(水) 23:58:49.25 ID:NawaL9/P0
- 港に着くと、早速船乗りたちの元へ交渉に向かった。
- しかし場所が場所なので、普段行かない海に船を出そうとしてくれる船乗りは少なかった。
- いたとしてもこちらの顔色を伺い、足下を見られた額をふっかけられるだけである。
- 一切の金の余裕が無い以上、譲歩する訳にもいかず、交渉は難航した。
- そろそろクーと蘭子も飽きてきたらしく、あくびの回数が多くなってきた。
- 暇だったら海岸で遊んできても良いと言うと、彼女たちは喜んで去っていった。
- 少し空しかったが、言葉を喋れない以上付き添って貰っても意味が無い。
- 一人になっても、粘り強く交渉を続けていった。
- *―――*
- 俺が諦めだしたのは、太陽が夕日に変わる頃だった。
- 船乗りが最も恐れるのは未知なるものらしい。
- そして俺が行こうとしているのはこの街の船乗りならまずは行かないだろう未知の海域だ。
- 交渉がすんなりといかない事は重々承知していたのだが、あまりにも保守的な船乗りばかりだったのは落胆した。
- 海賊の街だと聞いて勇んで来たのに、期待はずれである。
- 海岸の方を見通すと、防波堤の向こうでクーと蘭子が未だにしゃぎ回っていた。
- 波打ち際を二人で駆け回っている。楽しそうで何よりだ。
- 「どうやら困っているようだな」
- 劇団員のような芝居がかった声が、後ろから聞こえた。
- 振り返ると、夕陽に顔を赤く染めた、チビで貧相な男が立っていた。
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:02:21.01 ID:/drc3RAe0
- ('A`)「船乗りを捜しているようだが、何処に行くつもりなんだ?」
- 格好を見るとこいつも船乗りらしいが、体格はどう考えても海の男って感じじゃない。
- やせ細った体に、日焼けしていない肌は、まるで病人のようだった。
- かといって人を選んでいる状況では無いので、無駄だろうとは思いつつも光の神殿に行きたいと教えた。
- ('A`)「いいぜ。連れていってやらぁ」
- ( ´_ゝ`)「本当ですか? 助かります」
- 人間は見た目じゃないんだな。さらに男は『金はいらねぇ』と続けた。
- 何と男気のある人なんだろうか。こういう人間こそ海賊と呼ばれるべきだ。
- 海岸で走り回るクーたちに声をかけ、手を振ってこちらに来いと伝える。
- 彼女たちは旅の疲れを感じさせない走りを見せて、俺の元へ向かってきた。
- ('A`)「ただし船は無い」
- 遊び回っていた彼女たちは、俺とは別の意味で疲れ切っていた。
- ひとまず俺たちは宿屋に戻る事にして、船乗り探しは一旦打ち切った。
- 一日目で見つかれば幸運だと思っていたので、これくらいでは挫けない。
- 明日になればまた別の船乗りたちが街にやってくるはずだ、それに賭けよう。
- 並んで歩く俺たちの後ろから声が聞こえた気がしたが、おそらく気のせいなので無視しておいた。
- *―――*
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:06:02.83 ID:/drc3RAe0
- ( ´_ゝ`)「酒場に行ってくる。留守番を頼むぞ」
- 宿屋のベッドの上で、蘭子を抱きながらうとうとしているクーに言った。
- 彼女ははっと目を覚ますと、ベッドから下り部屋を出て行こうとする俺の前に立ちはだかった。
- 川 ゚ -゚)「あぅ!」
- 『私も連れてけ』という事なのだろうが、そうはいかない。
- 一応クーも酒を飲んで良い歳だが、彼女は下戸で一滴も酒が飲めないのを知っている。
- 以前俺のスキットルに入っていた酒を間違って飲んで、べろべろに酔っぱらった時があった。
- 彼女はその時の事を何も覚えていないが、酔ったクーは本当に酷かった。
- 音程の外した鼻歌を叫ぶように歌い、手話で話す事も忘れ延々とわめき散らすのだ。
- おまけに彼女は、脱ぐ癖があった。最終的に当て身で気絶させた苦い思い出だ。
- ( ´_ゝ`)「駄目だ。すぐ帰るから、蘭子を見ておいてくれ」
- 有無も言わさない強い口調で言うと、クーは渋々といった様子でドアの前から退いた。
- ベッドの上でお座りしている蘭子に、『クーを頼むぞ』と言うと、クーは顔を膨らませた。
- 川 ゚ -゚) <私、犬と同じ扱い?>
- 緩慢で歯切れの悪い手話は、拗ねた気持ちがよく表れていた。
- ( ´_ゝ`)「俺にとっちゃ、どちらも大切な仲間だ」
- クーの膨らんだ頬が元のように縮んでいく。悪い気はしないわ、なんて表情だ。
- 部屋を出て行くとき、蘭子が一度だけ鳴いた。見えていない事を承知で、後ろ手に手を振った。
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:10:04.22 ID:/drc3RAe0
- *―――*
- 薄暗い酒場には多くの客たちが集まっていて、テーブル席は満席状態だった。
- カウンターの隅の席が一つ余っていたので、俺はそこに座った。
- 『お客さん、何飲みます?』
- 席に着いた途端、三人いるバーテンダーの一人から注文を聞かれた。
- 適当なカクテルを注文して、待っている間ちらちらと周りを観察した。
- 来ている客はやはり船乗りが多い。仕事着では無い者も多いが、ガタイの大きさで大体わかる。
- 船上での水分補給は主に酒で、それゆえに船乗りには酒好きが多いと聞いたが、噂通りだ。
- 船乗りたちはまるで水のように酒を飲み干していく者ばかりである。
- 酒の強さなら多少の自信があったが、こいつらには到底適いそうにない。
- 『お客さん、旅の人でしょう?』
- バーテンダーがコップを磨きながら、俺に話しかけてきた。
- ( ´_ゝ`)「はい、そうです」
- 『今頃は旅も辛くなったでしょう。魔王復活の影響がそこかしこに出てるから』
- 確かに、以前と比べるとモンスターが凶暴になったり、災害が多くなったりしている。
- 街にいる時ならまだしも、街から離れている時には度々魔王の影を感じた。
- 17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:14:16.58 ID:/drc3RAe0
- とある僧侶から、魔王を筆頭とする魔族たちの魔力が、世界をおかしくしていると聞いた事がある。
- 勇者に選ばれた俺の仕事とは、バランスが崩れた世界の修復という訳である。
- 一刻も早く奴を倒さなければならない俺は、
- ( ´_ゝ`)「辛いですが、やめる訳にはいきませんから」
- 場末の酒場でいちいち弱音を吐いてはいられないのだ。
- 『どうぞ』
- 細長いグラスに注がれた薄いオレンジ色のカクテルが、カウンターにそっと置かれた。
- 指で底の方をつまむように持ち、カクテルに口をつける。
- ぴりっとした辛さが舌の上で弾け、甘い匂いが口の中で広がった。
- 『勇者の方、ですよね?』
- ( ´_ゝ`)「え……」
- 否定しない俺を見て、バーテンダーはやっぱり、という風に数度頷いた。
- 『神殿に行きたがっている旅人の話を聞きまして、ひょっとしたらと思ったんですよ』
- なるほど、そういう事か。何となく気恥ずかしいのだが、ちゃんと名乗っておいた。
- 俺が噂のエセ勇者だとわかっても、バーテンダーは態度を変える事無く話を続けた。
- まだ若いバーテンダーだが、物腰は柔らかく、礼儀正しい男だった。
- 19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:18:26.03 ID:/drc3RAe0
- ( ´_ゝ`)「お聞きしたい事があるのですが」
- 『何でしょう』
- 人の良さそうな感じがするので、何か情報をくれないかねだってみる事にした。
- 神殿の情報についてはあらかた調べ尽くした。
- だから俺が気になっているもう一つの事について聞く事にした。
- ( ´_ゝ`)「闇鴉という人物についてです」
- 無表情に近かったバーテンダーの顔が一瞬だけ曇る。
- 彼はカウンターから少し身を乗り出し、口に手を添えて小声で喋った。
- 『詳しい事はわかりません。ただ、その名前はタブーと聞かされています。
- あまり口に出して良いものでは無さそうなので、気をつけて』
- 体を引いた後は、また元の表情に戻っていた。
- 彼はやってきた新しい客の元へ向かった。一人にされた俺は、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
- 闇鴉と初めて出会った夜は、今でも忘れていない。
- あれから何人もの人間に奴の事を聞いて回ったのだが、まともな情報は手に入らなかった。
- 何も知らないと言うか、今のバーテンダーのように口を閉ざす者ばかりだった。
- 世界最強と謳われた盗賊団を、一夜にして全滅させた。
- これがどれだけ恐ろしい事か、わからない訳では無い。
- 例え魔王を倒したとしても、奴がいる世界が平和だといえるのだろうか。
- 20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:23:05.99 ID:/drc3RAe0
- 「奴の事は少し知ってるぜ」
- ぼんやりと考え事をしている間に、隣にいた客が入れ替わっていた。
- 目を向けると、夕方港で出会ったあの貧相な船乗りが、ビールを傾けていた。
- ('A`)「闇鴉。奴は十年前突然現れた」
- 格好良くポーズを決めて喋っているが、体格が体格なのであまりさまにならない。
- しかし貴重な情報が手には入るチャンスだったので、余計な横やりは入れず黙って話を聞いた。
- ('A`)「魔法使いが召還した悪魔とか、魔族と人間のハーフだとか色々と噂は飛び交っている。
- どれも信憑性の無い話だが、共通している事が一つある。それは奴が人間では無いという点だ」
- 実際に会った事があるので、それは俺にもわかる。
- ('A`)「噂の中には、神官連の私設部隊って話もある。
- 政治の影に隠れた暗殺部隊、それが闇鴉だって訳だ。
- これも証拠は無い。神官連は何かと裏が多いから、それにこじつけてるだけにも思える」
- 暗躍する部隊、その象徴的な名前である闇鴉、こう考えれば謎は少し解けてきそうだ。
- もっともあんな奴が他にもいて、部隊を組んでいるなんて考えたくも無い。
- ('A`)「結局、闇鴉の事は誰も知らないって訳だ。
- ただ一つ言える事は、神官連が何かを知っていて、それを隠したがっている事だけ。
- 闇鴉と関係あるかどうかは知らないけどな」
- 22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:27:25.37 ID:/drc3RAe0
- 何だかややこしい話になってきた。
- 勇者と魔王なんてまるで置いてけぼりになっている。
- 男は考え込んでいる俺の横で、バーテンダーに二杯目のビールを注文した。
- 注文の際に指を鳴らそうとしているのが見えたが、音はしなかった。
- ('A`)「ところで勇者さんよ」
- この男にも俺が勇者だという事はばれているようだ。
- ひょっとしたら街にいる船乗りにはとっくに知られていたのかもしれない。
- ('A`)「神殿に行きたいなら俺が連れて行ってやるよ。
- 何はともあれあんたに魔王を倒して貰わないと、おちおち海にも出られなくなるからな」
- ( ´_ゝ`)「それは有り難いのですが」
- 船も無いのにどうやって連れて行くつもりなんだ。
- ('A`)「話は最後まで聞け。船は明日中には手に入る。
- ようやく金が溜まったから、一隻買える事が出来たんだ」
- そういう事か、無視した事を少し後悔した。
- ('A`)「世の中にはあんたの事をエセ勇者だと言う人間もいるが、俺はそうは思わない。
- 精霊の言う事は絶対なんだ。あんたが選ばれたのには、相応の理由がある。
- 街の人間は平和を知りすぎて、頭がぽんこつになってるんだ。
- 勇者の重要性をまるでわかっていない。だから俺だけは協力するぜ」
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:32:32.83 ID:/drc3RAe0
- 彼の言うことはもっともである。
- 俺が世界の運命を背負って旅をしているというなら、本来ならもっと協力してくれていいはずだ。
- 確かにエセ勇者という汚名を着せられている俺に期待出来ないのはわかる。
- ただそれ以上に、みんな危機感というものが欠如している風に思えた。
- ( ´_ゝ`)「ありがとうございます」
- ('A`)「礼を言われる筋合いは無い。持ちつ持たれつ、利得の一致だ」
- ( ´_ゝ`)「いえ、それでも貴方は立派だと思う」
- 男は照れ隠しか、顔を伏せてぽりぽりと頭を掻いた。
- 彼が再び喋り出そうとした時、言葉をかき消す程の喧騒が酒場を覆った。
- 何事かと振り向くと、一つのテーブル席を大勢の船乗りが囲んでいるのが目に入った。
- ('A`)「始まったか」
- 彼にあの集団の事を聞くと、この酒場では週一で腕相撲大会が開かれていると教えてくれた。
- 屈強な船乗りたちが次々と挑戦していき、負けた者から抜けていくというルールらしい。
- 酔って顔を赤くしたチャンピオンが、次の挑戦者を待って席に座っているのが見えた。
- ('A`)「ちょっくらやってくっかぁ」
- 彼はカウンター席から立ち上がり、酔っているのかおぼつかない足取りで人だかりに歩いていった。
- ( ;´_ゝ`)「あの」
- 24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:34:41.50 ID:/drc3RAe0
- 怪我をするかもしれないと思って、引き留めようとした。
- 男は立ち止まり、目線だけを俺に送って言った。
- ('A`)「俺の名前はドクオ。ブラックジャックの下に生きる海賊。
- どんな勝負でも、俺は負けた事が無い」
- 彼が近寄っていくと、周りの船乗りたちは道を開けた。
- ドクオがチャンピオンの向かいの席に座ると、筋肉の塊のような人だかりが、もう一度円を作る。
- 彼の姿は完全に人の輪に隠れてしまった。
- 『セット! レディー』
- かけ声だけは聞こえてくる。もう勝負が始まるみたいだ。
- 野次馬は一瞬静まりかえったが、次の瞬間には音の波が押し寄せてくるような騒ぎになっていた。
- 笑い声ややじが聞こえてくる。結果はどうなったんだろう。
- 見に行こうと席を立とうとしたとき、人の間をかき分けるようにしてドクオがすり抜けてきた。
- 右腕を押さえて痛そうな顔をしている。
- 俺の隣に戻ってくると、バーテンダーにもう一杯ビールを頼み、後はずっと黙り込んでいた。
- 勝敗を聞くのはやめて、俺も黙って酒をあおり始めた。
- *―――*
- 次の日、俺とクーたちは、昨夜あの男と約束した時間に港に集まった。
- 晴れ渡った空、青い海、心地よい風、出航には丁度良い天気だ。
- 25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:36:23.43 ID:/drc3RAe0
- _,、_
- 川 ゚ -゚)
- _,、_
- ( ´_ゝ`)
- _,、_
- ▼・ェ・▼
- 視界一杯に広がる雄大な自然とは裏腹に、俺たちの顔は曇っていた。
- ドクオが用意していたのは、数人乗ったら満杯になるような小舟だったのだ。
- マストの上に立てられた黒旗(ブラックジャック)が、もはや風に遊ばれている風にしか見えない。
- ('A`)「さあ、行くぞ!」
- ( ;´_ゝ`)「いやいやいやいやいや」
- 川;゚ -゚)「あぅ! あぁあう!」
- ▼・ェ・▼「ワン!」
- 一斉抗議にあっても、ドクオは表情一つ変えず、船に乗り込んでいく。
- 着々と出航の準備を進めるドクオをよそに、俺たちは呆然と突っ立っていた。
- ('A`)「何やってんだ。もう出るぞ。早く乗り込め」
- ( ;´_ゝ`)「これで海に出たら漂流してしまう」
- ('A`)「大丈夫だ。俺は海賊になる予定の男だからな」
- 28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:41:22.06 ID:/drc3RAe0
- ( ;´_ゝ`)「予定は未定と同じです。これじゃあ死にに行くようなもんだ」
- ('A`)「だから大丈夫だ。この船は絶対に沈まない」
- 昨日だって絶対に負けないと豪語した上で腕相撲に負けた男だ。
- 信用してしまったら下手すると命を落としかねない。
- それにしても、この男の自信は何なんだ。
- ('A`)「絶対に大丈夫だ。命を賭けてもいい」
- ▼・ェ・▼「……ワン!」
- ( ´_ゝ`)「蘭子?」
- 蘭子は小舟にぴょんと飛び移り、こちらを向いて尻尾を振り出した。
- まるで私についてきなさいと言わんばかりだ。
- ('A`)「お犬様は行く気満々みたいだぞ。おまえらは?」
- ( ;´_ゝ`)「い、いやしかし」
- 助け船を貰おうとクーの方に向き直った。
- 彼女は真っ直ぐな目をして、ドクオに向かって手話で語りかけた。
- 川 ゚ -゚) <何で沈まないんですか?>
- ('A`)「え?」
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:43:45.05 ID:/drc3RAe0
- ( ´_ゝ`)「どうして沈まないかって」
- ('A`)「ああ、まあそりゃあ、俺が乗ってるんだから沈むはずが無いだろう」
- ( ;´_ゝ`)「答えになってませんけど」
- 渋る俺を見て、ドクオはため息をついた。
- ('A`)「はぁ。まあ勇者っていっても、所詮はこの程度かね」
- 単純な罵声よりきつい言葉だった。つまり『お前は期待はずれだ』と言っているのだ。
- 勇敢な船乗りばかりだと思ってこの街に来た俺が、船乗りたちに対して思った事と同じだ。
- 確かに俺はエセ勇者、エセ勇者なのだが、プライドがある。果たすべき使命があるんだ。
- ふつふつと怒りがわき上がってきた。ドクオに対してではなく、自分に対してだ。
- もしかすると俺が海路を使うのは運命の一部であり、ドクオに出会ったのは必然なのかもしれない。
- そうするとここで逃げ出すというのは勇者にあるまじき行為であり、許されない事だ。
- 大体一介の船乗りが勇敢にも船を出そうとしてくれているのに、勇者の俺が逃げても良いのか。
- 川 ゚ -゚)「あぅー」
- 考えが纏まらず悩んでいると、クーは俺の顔をのぞき込み、一声唸った。
- それから俺一人を置いて、船に乗り込んでいった。
- 蘭子と同じようにこちらを向き直り、何か言いたげな視線を送ってくる。
- 31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:46:16.38 ID:/drc3RAe0
- ('A`)「お仲間は乗るみたいだが」
- こうなったら俺に選択肢は無い。やはり運命だったと諦めざるを得ないだろう。
- いや、むしろ喜ぶべき事なのかもしれない。運命であるならばこの選択は正しかったという事なのだから。
- 悔しいのは蘭子やクーに先を越されてしまった事だが。
- ( ´_ゝ`)「乗るよ。俺も乗る」
- ('A`)「そうこなくっちゃな」
- 俺が船に飛び乗ると、不安を煽るようにぐらぐらと船体が揺らいだ。
- 何とも頼りない船だ。本当にこんな船で航海が出来るというのだろうか。
- ('∀`)「さぁ出発だ。ブラックドクオ号、発進!」
- クーが指を広げた右手を、顔の前から遠ざけるように動かしたのが見えた。
- 『ださい』という意味だが、訳して伝えようなどとは思わなかった。
- *―――*
- ('A`)「ヨーソロー!」
- 見渡す限りの海、海、海。
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:49:30.28 ID:/drc3RAe0
- 川*゚ -゚) <綺麗だね>
- 青く澄み渡る海の中で、魚たちの群れが船の下をくぐった。
- 確かに美しい光景だったが、クーに同意する気にはなれなかった。
- 水平線に囲まれた海の上で、ちっぽけな船だけが生命線というのは心許ない。
- 何よりも海の大きさが、自分という存在の小ささを強調しているような気がして、その圧倒的な存在感に押しつぶされそうになる。
- ('A`)「海が怖いか?」
- ぼうっと海を眺めていた俺に、ドクオが言った。
- ( ´_ゝ`)「ああ、怖い。船乗りには一生なれそうにないです」
- ('A`)「だろうな。しかしまあ、怖いのもわかる」
- ドクオは手で海水を掬い、投げ出した足下に数滴垂らした。
- まるで我が子を愛でるような優しい仕草が目についた。
- ('A`)「海は生と死が充満している。そこら中で魚が生まれ、死んでいく。
- 人間みたいに不自然な生活を送っている奴らはいない。
- みんな生きる事に何も疑問を抱かず、そして死も同様に受け止めているんだ」
- 詩を唄っているような口調で、哲学的な事を話し出した。
- 船乗りは粗野でたくましいイメージしか無いが、ドクオはそのイメージを何もかも覆す。
- ('A`)「人間は不自然の中でしか生きられない。魔族もそうだ。
- お互い文明を持ち、社会を形成し、自然を破壊しながら生きている。
- 生物としては異質だ。それに気付いていない奴らも多いが」
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:51:20.84 ID:/drc3RAe0
- ( ´_ゝ`)「確かにその通りだと思います」
- ('A`)「海と陸の違いは、人間が住めるかどうかだ。
- 究極の自然の前じゃ、人間なんてよわっちぃ生き物に過ぎないからな。
- 怖くて当たり前なんだよ」
- ドクオはひょろひょろの体をしている割にしっかりとした考えを持っていた。
- 彼の思想はかなり共感出来る部分があり、昨日今日の付き合いにも関わらず親近感を覚え始める。
- ( ´_ゝ`)「ドクオさんはどうして船乗りになろうと思ったんですか?」
- 『難しい質問だな』と言い置いてから、腕を組んで語り出した。
- ('A`)「サンアンドレナスじゃ船乗りになる事なんて全く珍しい事じゃない。
- 男なら家を継ぐやつ以外はほとんど船乗りになる。俺もその口なんだが、俺の場合は少し事情が違う」
- ( ´_ゝ`)「というと?」
- ('A`)「海は自然の源であり、不自然の中でしか生きられない人間は適応出来ない場所だ。
- でも船乗りは違う。文明の利器を使い海を征服しようとする。
- 人間社会とは逸脱した存在だ。だからこそ憧れた」
- あまのじゃくの彼らしい哲学だと思った。
- ( ´_ゝ`)「では、絶対に沈まないというのはどういう事なんです?」
- ('A`)「ああ、それはな、要は俺が沈まないと思い込めば沈んだ事にはならないって訳だよ」
- 37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:56:25.92 ID:/drc3RAe0
- 返答に困っていると、ドクオは先を続けた。
- ('A`)「俺は勝負事で負けた事が無い。これは“負け”を認めていないから“負け”が無いって意味だ。
- “海”を“海”と認める事で俺たちは“海”を認識し、その時初めて“海”は存在する。
- 俺たちが見ている世界は俺たちがいるからこそ存在し続けるものであり、実際は簡単に否定出来る。
- 世界は認識によって形作られているんだから、俺が沈まないと思っているこの船は沈まないんだよ」
- 屁理屈のような話だと思ったが、思わず頷いてしまいそうな説得力もあった。
- しかしこれは、俺の認識の中では沈む可能性があるという事では無いのか。
- だとすると依然命の危機は去っていない事になるが、突っ込んでもいいのだろうか。
- ('A`)「大船に乗ったつもりでいろよ勇者様。
- 言いたい事ってのはつまり、自分を信じろって事なんだから」
- 勇者である自分、エセ勇者である自分、何の取り柄もない旅人の自分、俺の中の俺は複数いる。
- 気分によってころころと移り変わる自分と、自分を取り巻く世界、不安定で曖昧な生命だと思った。
- ('A`)「考えすぎると体に毒だ。流れに身を任すのもまた自然の摂理だぜ」
- ( ´_ゝ`)「そうですね」
- ('A`)「結局はみんなああなるんだからな」
- ドクオは親指を立て、マストの上につけられた黒旗を指さした。
- 人間のしゃれこうべが刺繍された旗は、忙しなくばたばたとはためている。
- ('A`)「死を認めない人間に、生を感じる事は出来ない」
- ドクオは立ち上がり、双眼鏡を持って遠くの空を眺め始めた。
- 39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 00:58:18.41 ID:/drc3RAe0
- ('A`)「パラドックスこそが世界の本質なんだ」
- 冷たい風が吹きすさぶ中、ドクオの呟いた言葉が、妙にくっきりと耳に残った。
- *―――*
- てっぺんに昇った太陽が、徐々に落ち始めてきた頃だった。
- 俺の横にちょこんと腰を下ろしているクーが、急にそわそわし始めた。
- 川 ゚ -゚) <兄者さん>
- ( ´_ゝ`)「どうした?」
- 川 ゚ -゚) <トイレはどうするの?>
- 船に乗るのは初めてなので、船上での生活について詳しい事はわからない。
- といっても、大体検討はついていたが、一応ドクオに尋ねてみる事にした。
- ('A`)「トイレ? ああ、それなら」
- ドクオは立ち上がって船尾の方へ歩いていった。
- 床につけられたハッチを開き、ぽっかりと開いた口を指さす。
- 42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 01:00:21.49 ID:/drc3RAe0
- ('A`)「ここですればいい」
- 川 ゚ -゚)
- クーの肩がぷるぷると震え始める。
- 彼女は恥ずかしさと怒りが両方入り交じったような顔つきで、ドクオの方を睨んでいた。
- ('A`)「別にお前の排泄シーンに興味無いから、気にしなくていいぞ」
- 川;゚ -゚)「あぁぁ」
- ('A`)「俺はどちらかと言えば、三十代後半の体が熟れた頃の女の方があぁぁおお!?」
- クーは船のへりを掴んで力一杯船を揺らし始めた。
- ドクオはバランスを崩し海に投げ出されそうになる。
- (;'A`)「何やってんだ!」
- 川;゚ -゚) <無理! 引き返して!>
- (;'A`)「何!?」
- ( ;´_ゝ`)「引き返せって言ってる」
- (;'A`)「嘘だろおい! 冗談きついぜ!」
- 四つん這いになってクーに近寄ったドクオは、何とかなだめようと説得を始めた。
- まずい、クーが普通の女の子って事、正直忘れていた。
- 43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 01:02:11.20 ID:/drc3RAe0
- (;'A`)「いいか、ここは海の上だ。人間の常識なんて捨てちまえばいいんだ」
- 川;゚ -゚)「あぁぁうぅあ!」
- (;'A`)「別にトイレくらい恥ずかしい事じゃないんだぞ。犬も猫もそこら辺でしてるじゃねえか」
- 川#゚ -゚)「うぅぅぅぅ!」
- (;'A`)「だからその、つまりだな、恥ずかしいという認識はそもそも」
- ドクオの必死な説得は、クーに顔面を引っ掻かれて遮られた。
- 顔を押さえてもだえ苦しむドクオを横目に、哲学っていうのはやっぱり役立たずなんだなと再認識する。
- 川#゚ -゚) <兄者さん。帰りますよ>
- ( ;´_ゝ`)「クー」
- 川#゚ -゚) <帰ります。良いですね?>
- (メ;'A`)「待て待て待て。俺の大演説を忘れたのか。ここは究極の自然領域なんだ。
- 人間の排泄行為はいわば食事と同レベルの生活現象であって、それを恥ずかしいと思うのは人間の―――」
- 川#゚ -゚)「あぁ!」
- (メメ;゚A`)「痛い痛い痛い痛い! 何だよちくしょうここまできといてよ!
- 俺の大演説は何だったんだ!? 俺の話聞いてただろ!?」
- 44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 01:04:27.30 ID:/drc3RAe0
- ( ´_ゝ`)「ドクオさん。帰りましょう」
- (メメ;゚A`)「どうしたんだよ。ここからが本番なんじゃねえか」
- ( ´_ゝ`)「やっぱり人間は自然には勝てないんですよ」
- (メメ;'A`)「う、嘘だ。俺は自然と一体に生きる海賊なんだぞ」
- ( ´_ゝ`)「見てくださいよ、ほら」
- ( ´_ゝ`) 川#゚ -゚)
- ▼-ェ-▼ Zzz… ('A`;メメ)
- ( ´_ゝ`)「こんなに小さい船なのに、もう人間の世界が出来ている。
- ここは自然じゃない、不自然だ。紛れもない人間の世界なんですよ」
- (メメ;'A`)
- ( ´_ゝ`)「不自然の中で不自然になろうとしている貴方でも、自然といえるんですか?」
- 46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 01:06:41.81 ID:/drc3RAe0
- ドクオは何か言い返そうとしているが、中々言葉が出ないようだった。
- (メメ;'A`)「俺の認識は間違っていない。おまえらがおかしいだけだ」
- やっと返ってきた反論には、声に力が無くなっていた。
- 貧相だった体が、更に萎んでいるように見える。
- ( ´_ゝ`)「他人を認識する事で、自分を認識出来る。
- 俺たちの認識を無視した時点で、自分が見えていないって事では?」
- (メメ;'A`)「それは、その」
- 川 ゚ -゚)「あぅ!」
- 鼻先が顔に触れそうな程にじり寄るクーに、ドクオは顔を逸らす。
- 鬱陶しそうに手で払いのけようとするが、クーは全く引かなかった。
- こうなったらもう彼女の勝ちだろう。
- ドクオの言う自然領域は、既に彼女の世界に侵食され始めていた。
- (メメ;'A`)「長ったらしい前振りのくせにこんなオチかよ!」
- 黒旗が風に揺らぎ、しゃれこうべが笑っているかのように波打った。
- 海を守るはずの海賊が、海から追い返されようとしているのが妙に滑稽でたまらない。
- よくよく考えれば、海が海賊に守って欲しいなんて考えてるとは思えないけどね。
- 人間の世界なんて、エゴの塊で作られてるんだから。
- 47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/06(木) 01:08:17.60 ID:/drc3RAe0
- #ブラックジャック
- 終わり
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