( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:27:31.62 ID:BselTEep0
- 金が足りない、というのは旅に出た当時から危惧していたことだ。
- 少し計算してみた結果、王様から貰った資金が後三ヶ月もすれば無くなるという所まできていることがわかった。
- このまま旅を続けていけば、致命的な金銭難に陥ること必死だ。
- クーと話し合った結果、次の街に着いたら何かバイトでもして金を貯めようということになった。
- 世界を救う勇者パーティ、金に困ってバイトを始める。
- 喜劇としか思えない話だ。俺の自伝には絶対載らせないぞ。
- 6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:29:01.10 ID:BselTEep0
- #11
- *――資本戦士――*
- 7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:31:24.43 ID:BselTEep0
- 過酷な山越えの果てにたどり着いた街、シェンムーは、貧富の差が激しい街だった。
- 北地区ではレンガ造りの家々が建ち並び、オシャレなカフェに劇場などがある。
- 大きな屋敷やパルテノン風の役所は、美観に一役買っている。
- それに対し南地区は、貧しい労働層が住んでいるエリアだった。
- 小汚いバラックが所狭しと連なり、やせ細った体にボロ布を纏った住人たちが住んでいる。
- 人と商品がごっちゃになっている市場が地区の中心にあった。
- 安さは超一流だが、売っている商品は五流で、食べ物も腹を壊しそうなものばかりだった。
- 暗黙の了解か、彼らは地区を越えた関わりを持とうとしない。
- 同じ人間のはずなのに、決して踏み越えることを許さない壁が街を両断している。
- 彼らはそれに何ら疑問を持たずに生活をしているが、俺には苦笑いしか出来ない。
- *―――*
- 街に着いた翌日のことである、俺たちは仕事を探す為北地区のギルドへ向かった。
- ギルドとは依頼主と働きでを結ぶ紹介所の建物、もしくは商人の組合を示す言葉である。
- 北地区のギルドは平べったい長屋のような建物だった。
- 中に入ると、いくつかの窓口と、それに並ぶうざったい行列が見えた。
- 窓口は仕事の種類で分かれているようだ。
- 俺は力仕事を、クーはサービス関係を取り扱っている窓口の所に、それぞれ別れた。
- ちなみに蘭子はクーが抱きかかえている。
- 9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:35:34.99 ID:BselTEep0
- 行列の最後尾に混じり、十分ほど待った。
- ようやく窓口にたどり着いた俺は、透明な板を挟んで受付嬢と向かい合った。
- 『こんにちはー』
- 間延びした声が板を通してくぐもって聞こえた。
- 受付をしているのは、巻き毛を指で弄んでいる若い女だ。
- 染めたらしいブロンドの髪は所々痛んでいて、不揃いに切られた毛先が鈍い光を反射していた。
- ( ´_ゝ`)「すいません」
- 『この度はご利用ありがとうございます。会員証はありますかー?』
- ( ´_ゝ`)「いえ、ありません。これを」
- 会員証の代わりに、予め記入していたフォームを、板とカウンターの隙間から向こう側へ通した。
- 女はフォームを受け取り、ざっと項目をチェックすると、再び俺と向かい合った。
- ( ´_ゝ`)「数ヶ月は働ける仕事が欲しくて」
- 『あのですねー』
- いくつか想定していたことの一つだったが、現実になると関係無くへこむ。
- このギルドでは北地区の住人以外の“男”を受け付けていないとのことだった。
- わからないでも無い。旅人の中には法を犯している者だっている。
- 北地区の秩序を守る為のルールであるのだから、仕方の無いことなのはわかる。
- でも男だけ駄目ってどういうことなんだよ女は犯罪を犯さないのかよ差別だ人権侵害だちくしょう。
- 13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:38:25.58 ID:BselTEep0
- *―――*
- ギルドの外で待っていると、クーが意気揚々と扉を開けて外に出てきた。
- どうやら彼女はよそ者だからといって弾かれることは無かったようだ。
- 川 ゚ -゚) <今日面接だって>
- ( ´_ゝ`)「そうか。一人で大丈夫か?」
- 川 ゚ -゚) <頑張る>
- 何の仕事か訊いた所、屋敷で行われるパーティの、特待メイドの仕事が見つかったとのこと。
- 面接で落ちないように、服を買う為のなけなしの金を渡した。
- 言葉を喋れないというハンディはどうすることも出来ないが、理解ある雇い主だと信じて賭けてみよう。
- クーから≪兄者さんはどうするの?≫と聞かれたが、俺は曖昧に返事をしておいた。
- こうなったら南地区で働くしか無いのだが、そこでも弾かれたらと思うと、言葉にすることが出来なかった。
- 俺のちっぽけなプライドを見透かしたかのように、クーの腕の中にいる蘭子が呆れたような声で鳴いた。
- *―――*
- 南地区のギルドは、陽の当たらない路地裏の先にあった。
- 地面に座り込み、煙草をふかす者たちを抜けて、ギルドの扉を開ける。
- 中で受付をしていたのは、キャスケットを被った目の下にクマのある女だった
- 15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:40:52.12 ID:BselTEep0
- 『見ない顔ね。よそ者かい』
- ノースリーブから伸びる腕に、壁に書かれた落書きのようなタトゥーが彫られている。
- 咥えている葉巻から異様な匂いがした。おそらく麻薬だ。
- ( ´_ゝ`)「仕事が欲しいんだが」
- 『いいよ』
- 俺をちらりと見ただけで、彼女は簡単に承諾してしまう。
- 彼女は狭いカウンターに置かれていたメモ帳を一枚ちぎり取り、手早く地図を描いた。
- 『ここに行きな』
- 俺の履歴や、仕事の条件を何一つ聞かない内に話が進んでしまった。
- こざっぱりしていて個人的には好きだが、果たしてギルドの務めを果たしているといえるのか。
- 紙を受け取った俺は、まだ何かあるだろうと思い、しばらくその場で待っていた。
- 女は何を勘違いしたのか、ノースリーブをたくし上げ、黒ずんだ乳頭を見せびらかすようにもう片方の手で持ち上げた。
- 『2000Gでヤラせてやるよ』
- キマっているのだろう。目尻をとろんと垂れさせて、俺を見上げてくる。
- 彼女の口からはき出される煙が、視界を白く覆った。俺は踵を返し、さっさとギルドから出て行った。
- 肺に入ったであろう煙を吐き出す為に深呼吸をしようとしたが、この街じゃ逆効果だと思い直し、早足で路地裏を抜けていった。
- 17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:43:53.44 ID:BselTEep0
- *―――*
- タトゥー女から案内されたのは、近くの鉱山で働いている炭坑員の案内所だった。
- 岩屋のような場所に木のベンチや木のカウンターが置いてあるだけの場所だ。
- カウンターにいたスキンヘッドの男に、ギルドから来たと告げる。
- 彼はタトゥー女と同じように、俺をさっと一瞥しただけで採用すると言った。
- よほど人手に困っているのか、人を選ばない主義なのか、不安になるほど即決だ。
- スキンヘッドはカウンター横にいた男に目線で合図を送った。
- ガタイの良い半裸の男が、のしのしと俺に近づいてきた。
- 『給料は日給。一日4500G。その日の内に手渡し。
- いつでも辞めて良い。じゃあ行くぞ。ついてこい』
- 早口にまくし立てると、彼はさっさと歩き出して行った。
- 慌てて背中についていく。彼が歩く度に、背中の筋肉が左右に蠢いた。
- *―――*
- 南地区の雑居区を通り、街を出て、雑木林を抜けた先に、目的の炭坑があった。
- 山の中腹にぽっかりと開いた穴から、機械仕掛けのレールが外に延びている。
- レールからは絶えず石炭が流れてきて、途切れたレールの先に石炭が山積みになっていた。
- 18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:47:48.66 ID:BselTEep0
- 山積みになった石炭は、シャベルを持った炭坑員が手押し車に少しずつ移していた。
- その横で、石炭で一杯になった手押し車を、汗だくで押す炭坑員がいる。
- 彼らは俺の横を通り、街に向かってのろのろと手押し車を押し進めていた。
- 手押し車を押す炭坑員が連なり、軽い行列を作っている。
- こんなにも魅力を感じない行列を見たのは初めてだ。
- 『外の仕事はきつい。お前じゃ無理だ。さっさと中に入るぞ』
- 立ち止まって観察していた俺に、半裸の男が乱暴な口調で言った。
- その時シャベルを持っていた炭坑員が、ふらふらと空を仰ぎ、その場に崩れ落ちた。
- 周りの者は見向きもせず、倒れた男を放置している。
- 近くにいた別の炭坑員が、落ちたシャベルを拾い、男の仕事を引き継いだ。
- ( ;´_ゝ`)
- 本能が危険を告げていたが、半裸の男が後ろにいるので、逃げるに逃げられない。
- 後ろから追い立てられるようにして、俺は暗い穴の中に進んで行った。
- *―――*
- 当たり前だが、炭鉱内に太陽の光など一片も通っていなかった。
- 天井を這うコードにぶら下がっている裸電球が無ければ、足下さえおぼつかない暗闇なのだろう。
- 炭鉱の中は洞窟のようになっていて、周りの壁が木の枠で固定されていた。
- これで落盤を防いでいるのだろうが、何とも頼りない。
- 20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:49:45.68 ID:BselTEep0
- 薄暗い炭鉱を奥に進めば進むほど、様々な恐怖がわき起こってきた。
- 電気が途絶えて真っ暗になったらどうしよう、落盤が起きたら、火災は、爆発は、逃げ場はあるのか。
- 心なしか電球の光が徐々に弱まってきているように感じる。
- 自分の心細さを見せつけられている気がして、それがまた余計に不安を煽ってくる。
- 右に、左に、分かれ道を躊躇無く進んで行く男に、ただ愚直についていった。
- 男の足音と俺の足音が混じり、壁に籠もって反響する。死神の先導で地獄に案内されている気分だ。
- やがて前方から人の気配がしてきた。
- 目を懲らすと、ずっと奥に広まった空間があるのがわかった。
- 近づくにつれて、甲高い音、人の足音、シャベルで掘る音、微かだった音が聞き分けられるようになってくる。
- 『あそこがお前の仕事場だ。俺は戻る。詳しい仕事はそこらにいる奴に聞け』
- 男はぶっきらぼうに言い捨てると、来た道を一人で戻って行った。
- 帰り方を知らない俺は、奴がいなければ炭鉱を出ることが出来ない。
- ( ´_ゝ`)(チェックメイトキングツー。こちら持ち場についた。
- 無性に宿に戻りたい。許可を頼む。どうぞ)
- こちら本部、許可は出来ない。さっさと戦場へ行け。
- ( ´_ゝ`)(了解)
- グッドラック、俺。
- 22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:51:15.81 ID:BselTEep0
- *―――*
- 仕事とは至極簡単な流れ作業だった。石炭を掘り、手押し車に積み、レールに乗せるだけ。
- 辛いのは、どの作業も相当な体力が必要だということだ。
- 作業を開始してから数時間で、足はふらつき、腰は痛み、目の前が霞んできた。
- そういえばあの半裸男が、辞めたかったらいつでも辞めて良いって言ってたな。
- だからといって現実は甘くない。周りでもくもくと作業にはげむ炭鉱員がいる以上、休むことさえ憚られる。
- ここで『帰ってもいいですか?』とのたまえばシャベルで頭を殴られるだろう。
- ただただシャベルを突き刺し、掘り続ける。舌がざらついて気持ちがわるい。
- 汗まみれになった体に、砂埃が張り付いてきて、皮膚が一層厚くなったように感じる。
- ( ;´_ゝ`)(はぁ)
- シャベルを地面に差し、一旦手を休めた。
- 作業を始める前に渡されていたタオルで顔を拭い、呼吸を整える。
- 「疲れたか?」
- 野太い声が聞こえ、顔を向けた。岩のような筋肉をした大男が俺を見ていた。
- 作業中は話をしていはいけないと思っていた俺は、周りを見渡して反応を伺ってみた。
- どうやら、咎められる心配は無さそうだ。
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:55:03.52 ID:BselTEep0
- ( ´_ゝ`)「はい。きついです」
- ( ゚∋゚)「二、三日で慣れる」
- ( ´_ゝ`)「だといいんですけど」
- 俺の様子が見たかっただけか、それ以上何も喋ることなく作業に戻っていった。
- 彼は周りにいる男たちと比べると、体格が二回りほど大きく、また手際も良かった。
- 長くこの仕事に就いているみたいだ。バイトじゃなくて正式な社員かもしれないな。
- こんな仕事じゃ、社員もバイトも使い捨ての人間には違いないだろうが。
- *―――*
- 炭鉱から出ると、外はもう真っ暗になっていた。
- 汗ばんだ体に当たる夜風が、素晴らしく心地良い。
- むさ苦しい炭鉱内の空気をはき出すように深呼吸を繰り返した。
- ( ゚∋゚)「お疲れ」
- 横から声をかけてきたのは、あの作業場にいた大男だった。
- ( ´_ゝ`)「お疲れ様です」
- 26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 00:58:27.59 ID:BselTEep0
- ( ゚∋゚)「案内所で給料が貰えるぞ。そこまで歩けるか?」
- ( ´_ゝ`)「大丈夫です」
- ( ゚∋゚)「そうか。見た目より頑丈な体みたいだな。
- 初めてここで働く奴らの半分は歩けなくなってここに泊まる。その場合給料は貰えないんだ」
- ( ´_ゝ`)「何でですか?」
- ( ゚∋゚)「今日中に案内所に行かなきゃいけないんだよ。給料は“その日”の分だけ渡される。
- “その日”が過ぎれば無かったことにされるって寸法だ」
- こき使うだけこき使って金も寄越さないなんて酷い話だ。
- 旅の道中で体の酷使に慣れておいて良かった。
- ( ゚∋゚)「明日も来られるか?」
- ( ´_ゝ`)「もちろん」
- ( ゚∋゚)「オーケー」
- 親指を立てた拳で、俺の胸を軽く小突いてきた。
- 軽くというのは見た目の話で、頑強な筋肉が放った拳は、実際にはハンマーで叩かれたような感触と痛みがした。
- ( ゚∋゚)「俺の名前はクックル。しばらくよろしくな」
- 挨拶を返そうと思ったが、小突かれた胸が痛んで上手く言葉が出なかった。
- 27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:01:27.59 ID:BselTEep0
- *―――*
- 足を引きずるようにして北地区まで歩き、宿屋に着いた頃には、月が空高くから見下ろしていた。
- 二階の部屋の前まで行くと、中から仲良くじゃれ合っている音が聞こえてきて、その時初めて疲れを覚えた。
- ( ´_ゝ`)「ただいま」
- 川 ゚ -゚)「あぅ!」
- ▼・ェ・▼「ワン!」
- クーは床で寝そべったままの体勢で蘭子を抱いていた。
- 上半身だけ起こすと、蘭子の毛玉みたいな前足を掴んで、無理矢理手話をさせて話しかけてきた。
- 蘭子の顔の前に右足を構えさせてから、胸の下の方へ引き寄せる。
- 左足で受け手を作らせ、右足で足首を叩いた。
- 酷く疲れていたのと、蘭子の短い足のせいで、『おかえりなさい』と頭の中で訳す作業が億劫だった。
- ( ´_ゝ`)「バイトどうだった?」
- 川*゚ -゚)v「うぃ」
- クーは少し照れた顔をして、顔の前でピースサインを取った。
- 彼女の頭を撫でてやると、なついている犬のように気持ちよさそうに笑った。
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:03:04.81 ID:BselTEep0
- ▼・ェ・▼「うー」
- クーの膝の上にいる蘭子が、吠えかかってくるような勢いで低く唸る。
- 顎の下を掻いてやると、だらしのない顔で満足げに尻尾を振ってきた。
- 川*゚ -゚)「むぅ」
- ▼・ェ・▼「はふぅ」
- 口に出せば怒られるだろうが、うちのパーティは単純な性格をしていると思う。
- *―――*
- 毎日毎日掘って掘って、毎日毎日運んで運んで。
- 口の中を砂だらけにして、汗ばんだ体にほこりを纏って、俺の日々は過ぎていった。
- 流れ作業の間ずっと考えごとをして気力を保っていたが、それすらも面倒になってきた頃、俺は考えるのを辞め始めていた。
- 考えごとをしない方がよほど時間は早く進む。仕事をしている時以外でも、それは変わらない。
- クーとのお喋りだって生返事の方が体力を使わずに済むし、仕事の同僚はみんな寡黙な男ばかりで、そもそも話しかける必要が無い。
- 無駄なことは何一つせず、ただ掘って掘って掘って、運んで運んで運んで。
- 金だけを受け取って、宿屋に帰って寝る。いつの間にかそういう生活に安息を感じるようになってきた。
- なにせ一切のストレスから解放されたのだから、楽に感じるのは当たり前だ。
- 掘って掘って、運んで運んで、食って飲んで、寝て起きて。
- 一生をそうやって費やしても良いかと考え始めた頃だった。仕事帰りに、クックルに捕まった。
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:08:42.23 ID:BselTEep0
- *―――*
- 連れられるままに、南地区の飲み屋街を歩いていた。
- 道ばたでたき火をしている浮浪者たちの横を、うつむき加減で通り過ぎていく。
- 街の住人はクックルを見かけると例外なく道を空けてくれた。
- 彼は炭鉱員の先輩であり、この街のボスのような存在なんだろう。
- 今夜は絡まれる心配をしなくても良さそうだ。
- 『クックルちゃん。良いの手に入れたよ』
- そう思ったのもつかの間、男か女か判別出来ないような客引きが、潰れた喉を鳴らしながら近寄ってきた。
- 格好は女物の服を着ているが、体格は妙に角張っていて男らしい。
- 元の顔がわからないくらいメイクが濃い。
- ( ゚∋゚)「レベッカか。また顔を変えたな」
- 『やっぱり気付いちゃう?』
- ( ゚∋゚)「お前そんなに鼻高くなかったろ」
- クックルと三言二言交わすと、レベッカと呼ばれた男(?)は路地裏に消えていった。
- 36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:11:07.41 ID:BselTEep0
- ( ゚∋゚)「行くぞ」
- あいつについて行くらしく、クックルは巨体を揺らしながら、同じ路地裏に体を滑り込ませていった。
- 夜の南地区の治安の悪さは重々承知している。今クックルと離ればなれになったら今日の給料は風前の灯火だ。
- あまり気は進まなかったが、ついて行く他道はなかった。
- *―――*
- じめじめした路地裏を手探りで進んでいくと、ネオンのささやかな飾り付けがされてあるバーの入り口に出くわした。
- クックルと一緒に中に入ると、小さなカウンターと、先ほどの男がシェイカーを振っているのが目に入った。
- カウンター席にクックルと座ると、ほぼ満席状態という窮屈なバーだった。
- 体を横にしないとすれ違うことも出来ないバーなんて、初めて入った。
- ( ゚∋゚)「ラピッドファイアくれ」
- いきなりアルコール度数七十以上のカクテルを頼むクックルは、流石というかイメージ通りというか。
- お前も飲むかと聞かれたが、ぶっ倒れたくは無いので軽めのマッドジンジャーを頼んだ。
- レベッカの甘ったるい香水の匂いを嗅ぎながら、カクテルが出来るのを待つ。
- 久々にゆっくりしてるな、と思い始めたら、妙に心が浮き足立って、落ち着かなかった。
- 『はい、どうぞ』
- 大して時間もかからず、カクテルが運ばれてきた。
- 受け取る際、腰をくねくねさせて胸元を強調するようなポーズをされたが、レベッカにされると逆に怖かった。
- 38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:13:47.30 ID:BselTEep0
- クックルと乾杯を交わし、一息で三分の一ほどカクテルを飲み干す。
- マッドジンジャーは微炭酸で、カクテルの方ではかなり味が薄い方である。
- 喉に通した後のほのかな甘みと、鼻を抜ける感じが好きだ。
- ( ゚∋゚)「なあ」
- 適当に煽っていると、案の定クックルが話を切り出してきた。
- 単なる飲みの誘いじゃないことくらい、話しかけられた時からわかっていたことだ。
- ( ゚∋゚)「お前最近笑ってるか?」
- ( ´_ゝ`)「はい?」
- ( ゚∋゚)「笑ってるか?」
- 間を稼ぐために、グラスに残っていたカクテルをちびちびと飲んだ。
- 考えるような質問では無いが、裏に込められた意味を疑ってしまう。
- ( ´_ゝ`)「まあ、それなりに」
- よくわからない質問には、曖昧に答えるしか無かった。
- ( ゚∋゚)「俺はもう何年も笑ってない」
- そういえば、もう一ヶ月以上働いているのにクックルの笑い顔を見たことが無い。
- いや、クックルだけじゃない。あの炭鉱で働いている者たち全員に当てはまることだ。
- 40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:16:01.68 ID:BselTEep0
- ( ゚∋゚)「面白いと感じる感情はかろうじて残ってる」
- 言いながら、クックルはラピッドファイアを喉に流し込んだ。
- ( ゚∋゚)「だが、笑った顔はもう忘れちまった。お前はまだ笑えるか?」
- ( ´_ゝ`)「……」
- ( ゚∋゚)「笑えるうちに、この仕事は辞めた方が良い」
- いっそ笑い飛ばしてやろうかと思ったが、顔の筋肉が固まって、何の表情も作れなかった。
- 思えば最近、クーとまともに会話をしていない気がする。俺はまだ、笑顔を作れるのかな。
- ( ゚∋゚)「お前はこの仕事で何を得た?」
- ( ´_ゝ`)「日給、4500G」
- 今度は考えることなく答えられた。
- まるで自分が言った言葉じゃないように聞こえ、思わず身震いした。
- *―――*
- 結局クックルが何を言いたかったのか、何を聞きたかったのか、分からず終いで帰路についた。
- 宿屋ではいつものようにクーがいて、蘭子に手話を教えようと四苦八苦していた。
- 42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:17:54.68 ID:BselTEep0
- 彼女は最近とても生き生きしているように見える。
- この街に来る前みたいに、突然落ち込んだり、泣いたり、勝手にいなくなったり、なんてことは無くなっていた。
- 彼女からは、仕事は大変だけど楽しいというような内容を、毎晩聞かされていた。
- 『自分を必要としてくれる人を見つけた』。言葉の端々から、そんな意味が聞き取れた。
- 川 ゚ -゚) <兄者さんは、お仕事楽しくないの?>
- いつも自分の話しかしないクーが、その日珍しく質問側に回った。
- クックルといいクーといい、どうして答えづらい質問ばかりするんだか。
- ここで楽しくないなんて言えば、いらない心配をするに決まってる。
- ああ―――。
- ( ´_ゝ`)「楽しいよ。きついけど」
- そうか、楽しくなかったんだ、この仕事。
- *―――*
- あの日以来、クックルと飲みに行く機会が増えた。
- 最初のうちはクックルのおごりだったが、南地区の酒は安く、500Gも使わない内に酔えるので最近は自腹だ。
- 順調に金も溜まってきているので、出来る限りの節約をするべきなのだろうが、飲まずにはいられなかった。
- レベッカの品の無い話と、クックルとのボキャブラリの無い会話は、生活の唯一の楽しみとなっていた。
- 44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:20:28.04 ID:BselTEep0
- クックルは仕事で疲れている時や、ペースを考えずに飲んだ時に酔うことがあった。
- 彼は酔うと、必ず北地区の人間の愚痴をこぼす。
- ( ゚∋゚)「大して仕事もしていないくせに、上手いもん食って良いもの着てやがる。
- 不公平だとはおもわねえか。同じ人間なのによぉ」
- 同じ話を何度も何度も、飽きずに繰り返し、最後には潰れる。
- しかしべろべろに酔っぱらっても、次の日にはちゃんと仕事に来ているのが凄い。
- 北地区の人間には、仕事を断られた経緯もあって、あまり良い印象を抱いていない。
- しかし心の何処かで、彼らのような生活に憧れている部分があった。
- そもそもかたくなに北地区の宿屋に泊まり続けているのは、南地区の住人になりたくないという心の表れだ。
- クックルは俺が北地区から通っていることを知っている。
- 彼は俺のことを、愚痴の中で語る北地区の人間のように思っているのだろうか。
- *―――*
- 街に来てから三ヶ月が過ぎた。
- クーの給料が予想していたよりもずっと多かったこともあり、目標を大きく上回る資金が貯まった。
- これ以上この街に居座る必要は無いと考え、出発することを決めた。
- このまま仕事を続ければ、いつか本当に旅を辞めてしまうことになりかねないと判断してのことだ。
- クーは何も言わず、出発することに同意してくれた。
- いきなり仕事を辞める訳にはいかないので、出発は一週間後と決め、それまでに雇い主に話をつけると約束させた
- 46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:24:41.32 ID:BselTEep0
- クーは契約の上で働いていたが、俺の場合は違う。
- いつでも辞めて良いという条件の下で働いていた為、辞めるのに面倒な手続きはいらない。
- 元々同僚とそこまで親しい訳でも無いので、最終日に適当な挨拶でもしてから辞めるつもりだった。
- ただクックルにだけは、ちゃんとした挨拶をすべきだと思っていた。
- だからクーと街を出る話をした翌日に、彼には仕事を辞めるということを話しておいた。
- しかし何かが変わる訳でも無く、掘って掘って運んで運んで、砂埃と酒に喉を潰し、時が過ぎていった。
- 生活に変化が無いのと同様に、クックルにも何一つ変化は無かった。
- 相変わらずの無口に、相変わらずの愚痴。少しは感傷的になって欲しかったのに、表情にはもちろん態度にすら出さない。
- この街で過ごした三ヶ月は、何だったんだろう。
- *―――*
- 『それでね、手首くらい太かったからアタシびっくりしちゃってさ。
- 思わず、そんなのはいらねぇー! って叫んじゃったわぁ』
- ( ´_ゝ`)「裂けるな」
- ( ゚∋゚)「ああ。そりゃあ裂ける」
- 『でしょぉ!?』
- 仕事の最終日に、初めて俺の方からクックルを誘い、いつものバーに寄った。
- この『いつものバー』っていうのが好きだ。俺の“いつもの”がこの街にあると思うと、何だか安心する。
- 48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:26:17.72 ID:BselTEep0
- 『あの糞親父、今度会ったらローション入りのカクテル飲ませてやる』
- ( ´_ゝ`)「まずそうだ」
- ( ゚∋゚)「ああ。そりゃあまずい」
- レベッカの馬鹿話を肴にカクテルを煽るのもすっかり日常になっていた。
- この日常は今日で終わる。クックルの日常は、明日も続いていく。
- どちらが不幸なのか、考えてしまった自分に嫌気がさした。
- ( ゚∋゚)「いつ出発するんだ」
- クックルの声がいつもより甲高いのは、酔っているからだろうか。
- ( ´_ゝ`)「明日の昼頃に発ちます。あんたがまだ寝てる時間だ」
- ( ゚∋゚)「寂しくなるな」
- ( ´_ゝ`)「本当にそう思ってる?」
- ( ゚∋゚)「本当だ」
- ( ´_ゝ`)「そうは見えませんけど」
- 怒っているのだろうか、カクテルを傾ける仕草が少し乱暴に見えた。
- 49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:29:40.73 ID:BselTEep0
- 『兄者クンがいなくなったら誰がここ来るのよ』
- カウンターから身を乗り出す勢いで迫られる。
- 俺がそんなことを言われるほど金づるになっていたとは思えない。
- でもとりあえず、彼女のその言葉は嬉しかった。
- ( ´_ゝ`)「んー、誰か別の人が来るでしょ」
- 『来ないわよぉ。この人人付き合い下手だもん』
- ( ´_ゝ`)「わかる」
- レベッカがにやにやと笑っているので、釣られて俺も笑ってしまった。
- 上手く笑えていると思う。最後の最後で、上手く笑えたと思う。
- ( ゚∋゚)「オリジナルのカクテルとか作れないのか?」
- 『良いよぉ。作っちゃうよぉ』
- ( ゚∋゚)「こいつの為に作ってやってくれ」
- なんだ、ちゃんと別れの挨拶くらいはしてくれるんだな。
- 茶化してやろうかと思ったが、どうせ無愛想な反応しかしないのは目に見えているので自重しておいた。
- それに、この時の彼の横顔は、冗談を挟めないくらいに真剣だったのだ。
- 52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:31:24.80 ID:BselTEep0
- ( ゚∋゚)「本当は、本当はな」
- 少しの沈黙の後、言いづらそうにどもりながら、クックルは語り始めた。
- ( ゚∋゚)「俺は北地区の人間みたいに、余裕のある暮らしがしたかったんだ。
- 病気の母ちゃんと父ちゃんがいなかったらとか、まだ金を稼げない弟たちがいなかったらとか。
- もっと頭が良かったらとか、良い家に生まれていたらとか、そんなことをいつも考えてた」
- 無いものばかりをねだるのは、人間の性だと思う。
- ( ゚∋゚)「金さえあれば何とかなると思って、必死に働いた。だが残ったものは何も無かった。
- その日暮らしの生活しか出来ずに、時間だけが過ぎていった。
- 俺には何も無い。北地区の人間が簡単に手に入れることが出来るものが、一生かかっても手に入らない」
- ( ´_ゝ`)「あんたしか無いものだってあるよ。このバーだってそうだ」
- ( ゚∋゚)「気休めだ」
- ( ´_ゝ`)「どうかな」
- 『ねぇクックルちゃん。カクテル出来たけど、名前何にする?』
- 急な横やりに、クックルは面食らったように黙り込んだ。
- レベッカは無言で返事を待ち続けている。
- 寡黙なクックルと長い付き合いだからか、レベッカは彼との沈黙を苦にしない所がある。
- 53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:35:22.35 ID:BselTEep0
- ( ゚∋゚)「サウスランド」
- 恥ずかしいのか、ようやく口を開いたクックルは、普段より一層低い声だった。
- サウスランド、南地区という意味の名なら、ここではうってつけのカクテルだ。
- 『はぁい、どうぞ』
- ( ´_ゝ`)「ありがとう」
- サウスランドは済んだ青色をしていた。
- 分断されたシェンムーの、南地区と北地区両方の頭上に広がる、広い空の色だ。
- 何となく、これがこの街で飲む、最後の酒なんだとわかった。
- ( ゚∋゚)「お前、いつか言っていたな。仕事で得られるものは金だって。4500Gだって」
- ( ´_ゝ`)「ああ」
- グラスを鼻先に近づけて香りを嗅いだ。甘酸っぱい匂いが鼻についた。
- ( ゚∋゚)「俺はそれ以上のものを仕事から貰っていると思っている」
- 口元にグラスをつけると、手首を大きく返し、余韻も残さず飲み干した。
- 炭酸が喉を焼き、舌を焦がす。むせて目元がうずいた。
- 55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:36:52.57 ID:BselTEep0
- ( ゚∋゚)「だが、さらにそれ以上のものを、搾取され続けているんだ」
- クックルは無表情にカクテルを煽っている。彼は心の中で泣けているんだろうか。
- 南地区の人間は、泣いたり笑ったりすることさえ許されないのだろうか。
- 空になったグラスに、誰かの顔が反射した。
- 情けない顔をしたそいつは、涙をこらえきれなかった。
- 56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/23(日) 01:37:22.87 ID:BselTEep0
- #資本戦士
- 終わり
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