( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:18:44.55 ID:EFqIBl7u0

 すでに相当量の酒を飲んでいるはずなのに、周りの囚人たちはまだ飲み足りない様子だった。
空になった緑色のウィスキーボトルが、部屋の隅に小さな山を作っている。
どうして囚人というのはこうも酒好きなんだろうか。

 『兄ちゃん、飲んでるか?』

 鼻に深い切り傷のついた囚人が、ボトルを片手にかかげながら、酒臭い息を顔に吹きかけてきた。
壁にもたれていた背中を少し離し、返事代わりに緩慢な動作で片手を上げる。
俺は「十分飲んでる」と伝えたつもりだったが、手に無理矢理ボトルを握らされた。
傷のある囚人は、角張ったいかつい顔をくしゃっと歪ませて笑っている。

 『おい! 旅人の兄ちゃんがもう一回やってくれるってよ!』

 部屋に散らばっていた囚人たちが、赤い顔をこちらに向けてきた。
ウィスキーボトルを零コンマ5秒で飲む技を見せてしまったばっかりに、宴会が始まってから何度もいっきをさせられていた。

 甲高い口笛の音や、ヤジに近い歓声が、20畳ほどの石造りの牢獄を覆い尽くす。
部屋の空気が震え、唯一の光源であるろうそくの微かな炎が揺らいだ。

 ここは紛れもない監獄の中で、俺たちは捕まえられた囚人だ。
しかしこの暗転と明転を繰り返す牢獄の劇場で、主役の無い演劇が毎晩のように行われている。

 初めて鉄格子をくぐったときからずっと違和感を覚えていた。
ここは本当に、牢獄なのか?



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:19:34.51 ID:EFqIBl7u0













#14

*――チェインズ――*



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:21:53.78 ID:EFqIBl7u0

 ランバスは無数の河が横切る水の都市だ。
いたるところに橋がかけられており、カヌーで河を進まないと入れない店や民家も存在する。
水のせせらぎが心地よい静かな街だった。掃除夫が毎日ゴミを片付けてくれるおかげで街にはちり一つ落ちていない。

 ダストボックスと同じ数くらいいる警兵がいつも目を光らせているから、治安もかなりいい方だ。
街にやってくる旅人は全て厳しい審査をされ、場合によっては街に入れさせてすらもらえないときもあるらしい。
またバーや“いかがわしい店”は夜の11時には閉店する。日付が変わる頃には、街は静まりかえるのである。

 汚れという汚れは一切除去され、人々は清潔で安全な暮らしを堪能している。
実に素晴らしいことである。しかしこの街には、河以外のもう一つの名物がある。
街の北に立てられた巨大な監獄施設だ。

 犯罪を犯した者はもちろん、犯した疑いのある者でさえそこに放り込まれる。
塀と鉄格子で区切られた空間は、臭い物にふたをしているように見えてならなかった。
ランバス自体が塀に囲まれたシェルター都市なので、監獄は塀の中でさらに塀に囲まれた場所ということになる。
言ってみれば、牢獄の中の牢獄ってことなんじゃないのか。
そんなことを口に出せば、公共物中傷罪だかなんだかでしょっ引かれるので、誰も言えないんだけどな。


*―――*


 『旅人の方には全員やって頂く決まりになっておりますので』

 この街を訪れて一番最初にしたことは書類の提出だった。
名前、年齢、出身地、職業、既婚か未婚か、予定滞在日数などを書いて、街の入り口にある受付に渡した。
街に入ってすぐのところに役所が建てられており、外からやってくる者を相手する外務係の部署だけが塀の外につくられているようだ。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:23:57.11 ID:EFqIBl7u0

 かなり詳細な記入フォームで、個人情報を根こそぎ奪おうとしているみたいだった。
早く街の中に入りたい一心で適当に書いたら、外務係の妙齢の女性は数人の警兵を呼び、俺たちは拘束されてしまった。
証拠もなく勇者と書いたのがまずかったらしい。

川#゚皿゚)「うあぁ! ああぁぁぁ!」

 屈強な警兵たちに両脇を固められつつも、クーは怒りに身を任せて咆哮していた。
旅の疲れがあり、早く休憩を取りたかったところに、こんな扱いをされたことで、溜まっていたストレスが爆発したんだ。

 ふだん物静かなぶん、怒ると鬼のように怖いのがクーだ。
数倍の体積を持つ警兵たちでさえ彼女をかなり怖がっていた。

 俺たちは身分の確認が取れるまで、監獄に放り込まれることになった。
俺は男性専用の刑務所、クーは女性専用、蘭子は、

▼・ェ・▼「くぅーん……」

 動物専用の刑務所に連れて行かれた。動物用の監獄まで作っているなんて病的だ。
用意が良いというかなんというか。呆れて抵抗する気さえ起こらなかったよ。


*―――*


 監獄という場所に初めて足を踏み入れた感想を一言で言うと、“雑”だった。
朝食、昼食、夕食、全て時間が決まっていない。
毎朝三枚のイートカードというものを渡され、食事をする際は食堂でそのカードを使うシステムになっていた。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:27:34.96 ID:EFqIBl7u0

 起床時刻は一応定められているが、守っている者は少ない。
畑を耕したり内職をさせられたりする、いわゆる囚人労働というやつは、思いきり手を抜ける。
また監獄内では外と同じように通貨が使え、酒やドラッグ、煙草などの嗜好品がバイヤーから手に入れられる。

 夜中になれば酒盛りが始まる。
就寝時刻を遵守する人間なんてもちろんここにはおらず、宴会は夜遅くまで続く。

 この牢獄では、看守の存在はほぼ無いに等しい。囚人と看守はお互いがお互いに対し徹底的に無関心だ。
看守の前で、囚人たちは堂々とドラッグの売買に精を出すほどである。

 就寝時刻後の巡回なんてものも存在しない。
それもそのはずだ。この自由の牢獄から抜けだそうとするやつなんていないだろう。


*―――*


 『兄ちゃん、今日は酔いがまわんのがちぃと早えんじゃねえのかい?』

( ´_ゝ`)「無茶言うな。お前らが馬鹿みたいに飲ませるからだ」

 『違いねえや! まだ飲むか?』

 鼻についた傷を、酔っているのか、赤く滲ませながら、男はけたけたと笑った。
この部屋で一番古株の囚人で、もうここには30年近くいるらしい。
ウィスキーを最後の一滴まで飲み干そうと、顔の上でボトルを垂直に振っている。
「貧乏臭いぜ」俺がそう言うと、男はもう一度笑った。一番強面の囚人は、一番気さくな性格をしていた。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:29:21.33 ID:EFqIBl7u0

 男は鼻に傷があるから、ハナキズと呼ばれていた。
ハナキズは刑期が終わり、外に出ても、数日の間に戻ってくるらしい。
その繰り返しで30年間をここで過ごしているとのことだ。

 牢獄にはハナキズのような囚人が何人もいた。
ハナキズほど短いスパンで戻ってこなくとも、一度牢獄に入れられた者は、高確率で戻ってくるらしい。
最終的には結婚して子供を育てたいという願望の方が強くなり、牢獄から離れるそうだが、ちょっと待ってくれ。
牢獄っていうのは本来囚人にとって辛く、厳しい場所であるべきなんじゃないのか?
この街はどこかずれている。牢獄の中はもちろん、外も含めてだ。

( ´_ゝ`)「なあ」

 ハナキズはウィスキーボトルを下ろして、俺の方を見た。

( ´_ゝ`)「どうして外に出ようとしないんだ」

 『なんだぁ?』

 ハナキズは眉間に皺を寄せて、『お前はなにを言っているんだ』という顔をしている。
俺は続けた。

( ´_ゝ`)「外に出て真面目に働いていれば、今頃孫の顔が見られたかもしれないんだぞ」

 『お前はここに来て、今日で何日だ』

( ´_ゝ`)「35日だ」

 一週間もしない内に出られるとふんでいたが、そう甘くは無かった。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:31:03.49 ID:EFqIBl7u0

 『一ヶ月以上もここに居てまぁだわかんねえのかよ!』

 ハナキズは酔うと声が大きくなる。
周りの囚人たちがこちらに注目しだした。

 『それは怠慢ってもんだぜ兄ちゃん』

( ´_ゝ`)「怠慢?」

 『怠慢だ! 生きることに怠慢なんだよ!』

 ハナキズの目が据わっている。
いやだいやだ、年を取ると説教臭くなって面倒なんだよな。

 『人間っていうのはなあ、自由が無いと腐っちまうんだ。外に自由はあるか?
  外で生きている人間は、本当の意味で生きているって言えるのか?』

 なにを悟っているのか、周りの囚人たちはうんうんと頷きながら、ハナキズの話を聞いていた。
自由か。囚人の口から出る言葉じゃないな。

 『俺たちは自由を求めてここに来たんだ。見ろ、この鉄格子を』

 ハナキズは握り拳を作って、通路と部屋を区切る鉄格子をごつんと叩いた。

 『この鉄格子はなあ、俺たちを閉じ込める為のもんじゃない。
  むしろ、俺たちは鉄格子の外にいるんだ。外にいるやつらこそが、自由を奪われた囚人ってこった』



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:33:36.78 ID:EFqIBl7u0

 『その通り!』

 『言うねえハナキズさん!』

 囃し立てる声が聞こえると、ハナキズは照れくさそうに頭を掻いた。
鉄格子の外には、がちがちのルールの中で生きている街の住人たちがいる。
鉄格子の中には、自由を謳歌する囚人たちがいる。
やはりこの街は、どこかずれている。

( ´_ゝ`)「俺からしてみれば」

 ハナキズが新しく開けたウィスキーボトルを奪い取り、一気に半分まで飲み干した。
安酒で喉が焼け付く感覚を、噛みしめるように、息を吐き出す。

( ´_ゝ`)「あんたたちは、自由に縛られてるって感じがするよ」

 一度騒がしくなった牢獄が、しんと静まりかえった。
ついさっきまで馬鹿笑いしていた囚人たちが、きょろきょろと顔を合わせ合う。
なにか言いたげに口を動かしているが、声は出ていなかった。

 『そうさ。人はしょせん、なにかに縛られていないと生きてはいけないんだよ』

 今まで聞いたことの無いような、沈んだハナキズの声だった。
ハナキズは俺の手からウィスキーボトルを取り上げ、残りを全て飲み干した。

 『牢獄の外なんて、この世界には存在しねえのさ』



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:35:09.54 ID:EFqIBl7u0

 珍しく落ち込んでいるのかと思ったら、ハナキズは突然服を脱ぎだした。
全裸になったハナキズは、ウィスキーボトルをマイク代わりにして、音程の外れた歌を熱唱し始めた。

 部屋の中がまた騒がしくなる。
手拍子と口笛に合わせて、ハナキズは部屋の中を踊り狂った。
体にまとわりついた鎖を、必死に外そうとしているようにも、見えた。



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/03/17(火) 00:35:45.94 ID:EFqIBl7u0


#チェインズ

終わり



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