( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:17:41.76 ID:Gt2suaHC0

 川の水で喉を潤し、ヘビやカエルを焼いて食べながら、三日三晩走り続けた。
黒い霧を吸ってしまったクーは、山道を歩けるような体調では無かったので、俺が背負って移動することにした。

 たどり着いたのは、名前もない小さな山村だった。
小鳥が唄い、風に草木が揺れ、雲がのんびりと空を泳ぐ、静かな村だ。

 宿屋なんてものは無く、ましてや道具屋や服屋も無いこの村で、しばし途方に暮れた。
まともな食事も取らずに走ってきた体の疲労に、旅の予定が白紙となってしまったという精神的疲労が合わさって、
半ば投げやりな気分になっていた俺たちは、大木の傍に腰を下ろし、ぼうっと空を見上げていた。

 クーは俺の上着とマントを羽織っているだけで、下には何も身に着けていない。
俺たちは土埃で全身を黒く汚していて、見た目だけだとまるっきり浮浪者だ。
突然村にやってきたみすぼらしい男女に、手を差し伸べてくれる人なんて、

 『あんたら、そんな格好でどうしたんだい』

 世の中には二種類の人間がいる。親切な人と、そうでない人だ。
俺たちに声をかけてくれたのは、一人暮らしのおばあさんだった。
穏和な笑顔と、少しばかり心配そうな表情が混じった顔を見て、涙が出てしまいそうだった。

 パンとスープの食事を馳走になり、貪るように食べ尽くした。
おばあさんは俺たちの汚れた服を見て、その場で新しい服をこしらえてくれた。
俺が貰ったのは、亡くなったおじいさんが着ていたものらしかったが、クーが貰ったのは少し違った。
明らかに若い女の子が着る服で、おばあさんのお下がりとは考えられなかった。

 親切に甘えて、クーの体調が完全に戻るまで、この家に何泊か止めてもらうことにした。
さて、出発するまでに行き先を決めなくちゃいけない。旅の一番の醍醐味は、予定を立てる時だよな。



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:18:54.67 ID:Gt2suaHC0













#16

*――発着点――*



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:21:52.55 ID:Gt2suaHC0

 せめてもの恩返しと思って、おばあさんがやっている畑を手伝うことにした。
雑草を抜いて、肥料をまき、イノシシから畑を守る為の鉄線を引き、土を耕し畑を広げ、そこに種をまく。
なかなか体力を使う作業が多く、おばあさん一人でこれをやるのは骨が折れるだろうと思った。
少しでも負担が軽くなればという気持ちで、十人分以上の仕事をやった。
加護のおかげで基礎体力や筋力がついていたからか、作業のあとに疲労が残るようなことは無かった。

 『兄者さん、休憩しましょう』

 家に戻ると、クーが昼食を作って待ってくれていた。
ゆっくり休んでいればいいのに、何か手伝いたくて堪らなかったんだろう。
麦飯で出来たおにぎりと、渋い茶をすすりながら、今までとこれからのことを考え始めた。

 俺は勇者で、人間の代表者。魔王を倒し、世界のバランスを安定させる。
これが精霊の言い分を信じたときの、俺の最終目標ということになる。
しかし神官連の連中はどうも嘘くさい。隠し事をしているのは明らかだ。

 ロマネスクがどうして俺を捕まえようとしたのかもわからない。
神官連は本来俺の味方になるはずの立場だが、あれを見る限りじゃとても手を組めそうに無いな。

 気になることはまだまだある。
ラシャトリカでの警兵の数や、ロマネスクという幹部クラスの神官があの街に来ていたこと。
これは闇鴉がやってくることを“見通し”で予見していたからじゃないのか。
しかしこう考えると警備の薄さや、明らかな準備の不備さに首を傾げることになる。
あれは『ひょっとしたら闇鴉が来るかもしれない』というレベルの警戒態勢だった。



100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:24:10.61 ID:Gt2suaHC0

 ワカッテマスの最期の言葉で、神官連がどの程度闇鴉のことを知っていたかがわかる。

 『分かったんです。ようやく、分かった』

 『やつは、パラドックスが生んだ、もう一つの、世界……』

 この言葉から推測すると、闇鴉という存在自体は認知していたが、実体はわかっていなかったと思われる。
神官連と闇鴉がどういう関係にあるのか。ワカッテマスは“復讐”という言葉も使っていた。
一体過去に、何があったっていうんだ。

 おそらく、パラドックスが彼らを繋ぐ糸だ。
この言葉の意味さえわかれば、頭の中の霧は全て晴れることだろう。

 そういえば、パラドックスという言葉、たしかずっと前にも聞いたことがあるぞ。
あれは誰が言っていた言葉だったろうか。

川 ゚ -゚) <兄者。お茶いる?>

( ´_ゝメ)「ああ、頼む」

 逃げ回っていてもらちが明かないだろう。
どうせなら、こっちから敵の本陣に攻め込んで、全ての謎を暴いてやる。

 西北西の方角に行けば火の神殿があるはずだが、神官連が待ち受けていると考えると危険だ。
行き先は聖都ヴィラデルフィア。目標は大神殿。神官連の長、法王だ。
弟者が魔族に捕らえられている(今となってはこれも疑わしいが)以上、行くしか無いだろう。
そうさ、俺の旅はいつだって一本道だった。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:26:34.36 ID:Gt2suaHC0

 迷っていたのは、クーのことだ。
これからさらに過酷な旅になるだろうから、彼女を護りきれる自信が無かった。
彼女の身に何かあれば、ペニサスさんに合わせる顔が無くなる。
だからクーには、用心棒を雇ってスクイットヴィレッジに戻るということも出来ると提案した。
その結果俺の頬にひっかき傷が出来た。まあここまで連れ回しておいて、一人で帰れというのは酷い話だよな。

 『畑の手伝い、本当にありがとう。今日はもうやることが無いから、散歩でもしておいで』

 食べ終わったら、蘭子の所へ行ってみよう。


*―――*


 山道を登っている途中で、綺麗な花を見つけたので、悪いと思いつつも一輪だけ摘んだ。
頂上より少し低い所にある、谷に突き出た崖に、蘭子が埋まっている。
見晴らしの良い場所なので、高い所が好きだった彼女はきっと満足していることだろう。

 蘭子との付き合いはクーよりもずっと長かった。
初めて彼女と出会ったのは、雨の強い日だった。びしょ濡れになった蘭子を、姉さんが拾ってきた。
子犬だったし、とても弱っていたので、すぐに死んでしまうかと思ったが、
餌を少し与えただけで、部屋中のカーテンをびりびりに引き裂くくらい元気になった。

 俺や弟者と同じくらい、母さんから怒られていた蘭子は、悪戯好きな女の子だった。
クーと同じくらい食いしん坊で、クーと同じくらい寂しがり屋で、ちょっと乱暴な所もあった。
俺は蘭子が大好きだったが、これが両思いかどうかは今も分からない。



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:29:31.76 ID:Gt2suaHC0

 谷風が生い茂った草木を揺らした。
手に持っていた花を、蘭子の墓に添えて、静かに両手を合わせた。
おまえは俺といて、幸せだったのかな。本当は子供を産んで、お乳をやって育てたかったんじゃないか。
ごめんな。くそったれな運命なんかに付き合わせちゃって。下らないよな、そんなもの。

 この村に来る前から、蘭子は体調を悪くしていた。
クーと同じように黒い霧の影響かと思ったが、彼女とは違って、風邪の症状が出ていた。
今まで風邪なんか引いたこと無かったのに。寄る年波には、勇者だって勝てないのか。

 馬鹿か、俺は。本当はわかってたんだ。蘭子が勇者じゃないってことは。
そりゃあそうだ。まともな神経してたら、犬の勇者がおかしいなんてことくらいわかるさ。

 家に置いてくることだって出来た。でも俺はそれをしなかった。
精霊に命令されるがままに、蘭子と一緒に旅に出てしまった。俺は、一人が怖い臆病者だった。

 ずっと俺を支えてくれた家族は、戦友は、仲間は、相棒は、風邪であっけなく死んでしまった。
もうちょっとだけ、おまえの頭を撫でてやりたかったな。


*―――*


 風呂に入っているとき、ふと脇腹に黒いシミが出来ているのに気がついた。
クーに確認してもらったところ、身の毛もよだつ事実が判明した。
俺の背中、右半分に、黒い入れ墨のような紋様が浮かび上がっているらしい。
渦を巻いたそれは、背中に羽が生えているような形をしているそうだ。
つい先日にも、おそらく俺はこれと同じものを見た。
闇鴉のことはクーにはまだ話していないが、隠したままの方が良さそうだ。



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:31:50.30 ID:Gt2suaHC0

 体の一部分に力を与える、加護という儀式。まさかあいつにも、同じことが出来るっていうのか。
面倒なことに巻き込まれた。もう俺に心配事を増やさないでくれ。

 『見た感じ、病気では無さそうだねえ。そういえば、これと同じものを見たことがあるよ』

( ´_ゝメ)「同じもの? 何処で見たんですか」

 『私の子供に、こんな感じのシミが出来てたんだよ。昔のことだから、あんまり覚えてないけど』

 聞くところによると、おばあさんの子供は生まれてすぐに神隠しにあったそうだ。
生きていれば、ちょうど俺やクーと同じくらいの歳らしい。
クーでも着られるような女物の服があったのはそのせいだったのか。
いつか帰ってくるかもしれないと思って、用意していたものだったんだ。

( ´_ゝメ)「もしかしたら、何処かで会うかもしれません。特徴とかありませんか?」

 『うーん、まだ赤ん坊だった頃にいなくなってしまったからね』

( ´_ゝメ)「例えばそのシミのある場所とか」

 『何処だったかな。確か……顔、いや、目だよ』

川 ゚ -゚)「あぅ?」

 『目に同じような、渦巻きのシミがあったんだ。本当、何処に行ってしまったのかね』

( ´_ゝメ)「お子さんの名前は?」



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:33:57.01 ID:Gt2suaHC0

 『―――だよ』

 世の中には二種類の人間がいる。幸せになるべき人間と、そうでない人間だ。
ここに残るのはあと数日くらいだろう。
子供の代わりにはなれないが、せめてその子供がしてやれなかった親孝行を俺がしてやろう。


*―――*


 与えられた部屋の、手作りのベッドの上であぐらをかいていた。
薄いガラス窓の向こうから、フクロウの鳴き声が聞こえる。田舎の夜には欠かせない効果音だ。

 ベッド脇の肘掛け椅子で、クーが縫い物をしている。
いつもならクーの膝は蘭子の特等席だったのだが、今はその上で、縫いかけの編み物の中を編み針が泳いでいた。

 考えなくてはいけないことが山ほどある。同じくらい、考えたくないことがある。
一つずつ処理していくにしろ、うんざりするくらい数が多い。
考えようとするだけで、心が摩耗するような疲労感を感じる。

 この数日間で、いろんなものを失った気がする。
大事な仲間に、勇者の存在意義。左目。旅の目標や、俺たちが歩いた軌跡の意味。
全てが無駄足だったのかもしれないと思うと、体から力が抜けてくる。

 この先俺を待っているのは、幸ある光か、望み無き闇なのか。
背中に生えた黒い羽は、俺を何処に向かわせようとしているのか。



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:35:07.28 ID:Gt2suaHC0

( ´_ゝメ)「クー。あとどれくらいで完成しそうだ?」

川 ゚ -゚)「……」

( ´_ゝメ)「クー。クー?」

川 ゚ -゚)「……」

 俺はいつまで、歩き続けなくてはいけないんだろうか。
どれくらい失って、何を得ることが出来るのだろうか。

 フクロウが二回、また鳴いた。



121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:35:47.77 ID:Gt2suaHC0


#発着点

終わり



戻る#17