( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:38:17.54 ID:O2KWF6Ze0
- 河辺を走る。水を吸った地面がぐちゃぐちゃと音を立てた。
- 圧縮された空気の渦が体の表面を這い回るような、不気味な風を感じた。
- ( ;´_ゝメ)「クーは?」
- 隣を走っているツンは、必死な形相のままこちらを振り向いた。
- ξ;゚听)ξ「岩山の隙間に避難させた!」
- 走りながら後ろをちらと振り返る。
- 前足と後ろ足を器用に交差させながら、銀色の巨体が迫ってきていた。
- あれは本当にモンスターなのか。あれくらいデカければマギーだって丸かじり出来そうだ。
- 建物に手足と頭が生えたようなモンスターに、どうやって勝てというんだ。
- なだらかな傾斜のついた丘を、地面に半分埋まった岩を避けながら駆け上った。
- 余裕からか、下腹の出たドラゴンは河の水際に立ち止まっていた。
- 長い首を揺らしながら、凶悪な赤い瞳を剥いて俺たちをのぞき込んでいる。
- 遠近感が狂いそうになるのは、体のサイズだけが原因ではなかった。
- 全身から発する銀色の殺意が、辺りの空間をねじ曲げているような錯覚を作っているのだ。
- 肩で呼吸するツンと目が合った。どうしようか、と途方に暮れてうなだれているように見えた。
- どうもこうもない。こんなところで死ぬわけにはいかない。
- 真ん中で綺麗に折れた名刀“コテツ”を握り直し、口を開けて大あくびをしたドラゴンをにらみ返した。
- 6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:39:12.86 ID:O2KWF6Ze0
- #24
- *――稲妻――*
- 9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:40:53.08 ID:O2KWF6Ze0
- ( ;´_ゝメ)「ありゃあ何なんだ」
- 突如現れ、全てを吹き飛ばしていった悪魔のようなモンスターを見据えて、ツンに尋ねた。
- 彼女が片手で構えているロングソードは、やつの銀色のうろこを弾いたときに刃こぼれしていた。
- 折れたコテツよりはまだ役に立ちそうだ。
- ξ;゚听)ξ「知らない。あいつはノーネームモンスターだ。間違いなくAクラスの」
- ( ;´_ゝメ)「Aクラスっていうのはあんな化け物ばかりなのか」
- ξ;゚听)ξ「残念だが、Aがランク上の最高危険度なんだよ。その上があればそのランクのモンスターだ」
- データを振り切る強さを持っているというのは納得出来る。
- 実際、やつは物理的な攻撃を全て弾く性質を持った化け物だ。
- 本気を出した俺とツンの攻撃をものともせず、逆に武器の方が壊れるなんてあり得ないことだ。
- やつのうろこには、確実に魔力による防護壁が張られている。
- ξ;゚听)ξ「攻撃が効かないモンスターなんていない。必ず防御の薄い部分があるはずだ。
- 急所を叩けば何とかなる。性器や肛門は見えたか?」
- ( ´_ゝメ)「アレはついてないみたいだぞ。
- 尻の方は見ていないが、尻尾の形状を見る限り尻尾を使っての攻撃があるはずだ。
- こっちから攻撃を仕掛けるのに都合のいい場所とは思えない」
- ξ゚听)ξ「眼はどうだ」
- 10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:43:56.53 ID:O2KWF6Ze0
- ( ´_ゝメ)「眼を下から攻撃するには2つの課題をクリアしなきゃいけない。爪による攻撃。牙による攻撃」
- ξ゚听)ξ「上から攻撃するならどちらもクリアしているな。さあ、来るぞ。構えろ!」
- 周りの大気を巻き込みながら、強烈な圧迫感と共にやつは突進を繰り出した。
- 泥で汚れた爪を突き出しながら、さっきまで俺とツンがいた場所に、上半身を投げ出して飛び込んできた。
- 水の波紋のように地面が歪み、体の形に大きくえぐり取られた。
- ぶちまけられた土が辺りに四散する。まるで爆発が起こったようだった。
- 飛び込んでくる直前に突進を避けた俺は、やつの右横にある木の枝の上にいた。
- やつを挟んだ向こう側にツンがいる。注意を自分に向ける為に、ロングソードを振り回して挑発的な言葉を投げかけていた。
- ツンの言葉を理解したかどうか定かではないが、ドラゴンはツンの方を振り向き、尖った2本の角が生えた後頭部をこちらに向けた。
- かざした爪がツンを襲う前に、やつに向かった跳んだ。
- 落下地点がちょうどやつの左目になるように跳んだので、重力に従った体は、やがて一直線に眼の方へ向かっていった。
- 折れたコテツを両手と片足で支え、足下に切っ先がくるよう固定した。
- 猫のように細長い瞳が、俺の姿を真下から映していた。俺のことは見えているはずだ。
- あまりにも大きすぎて、目が合っている感覚が無かった。
- 白目の部分が真っ赤に染まっている。瞳だけが深い黒色をしていた。地獄まで続く穴のように見えた。
- 切っ先は瞳の中心に当たったが、固い反動があるだけで1ミリも沈まなかった。
- 鼻の穴から噴き出す吐息が顔にかかった。生臭い匂いがした。
- 両目の間に降り立ち、攻撃される前に後ろ向きに跳んだ。
- うざったいハエを追い払うような動作で、ドラゴンは顔の前を爪で払った。
- ワンテンポ遅れていれば俺の体は紙くずのようにひしゃげ、遠くへ転がっていただろう。
- 全ての攻撃が桁外れのモンスターだ。
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:45:54.29 ID:O2KWF6Ze0
- 尻尾が届かない距離に足から落ちると、一度横転して受け身を取った。
- 状況の確認もしないまま、近くの岩陰にこそこそと逃げ隠れる。自分がゴキブリかネズミになった気分だった。
- ドラゴンは立ち止まって、空を見上げていた。俺がいなくなったのを不思議に思っているのだろうか。
- しかし辺りを探すような挙動は無い。
- 遊んでいるんだ。
- 尻尾がゆらゆらと左右に揺れている。『早く来いよ。待ってるから』とでも言いたげだ。
- 本気で逃げようとすれば、こいつは全力で追ってくる。闘おうとすれば、だらだらと長引かせようとする。
- そんな魂胆が見えた。
- 岩陰でやつを観察し続け、1つ気がついたことがある。
- ドラゴンは時折、ある一点を見つめるときがあった。俺が走ってきた方角だ。
- 俺の位置からは見えないが、その方向にはクーが隠れているはずの岩山がある。
- とことん人を舐めたやつだ。そして頭が切れる。
- クーを隠したのは、クーが闘えないから。俺たちが遠くまで逃げようとしないのは、クーを置いていけないから。
- それらを理解した上でこいつは、クーがいる場所を見つめることで、俺たちに警告しているんだ。
- 『逃げればクーを殺す』。いや、『逃げればクーから殺す』の方が適切だろう。
- 勝てなくてもいい。逃げられるだけの時間が作れればこの状況から脱却出来る。
- どうすればいいんだ。
- ξ;゚听)ξ「おい」
- ドラゴンに気を取られていたので、ツンが後ろまで来ているのに気がつかなかった。
- ドラゴンはマヌケ面で出っ張った腹を掻いている。
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:47:37.51 ID:O2KWF6Ze0
- ξ;゚听)ξ「どうだった?」
- ( ´_ゝメ)「駄目だ。眼は急所じゃない。鋼のうろこだけじゃなく、全身を魔法でガードしている可能性がある」
- ξ゚听)ξ「そうか。いよいよまずいな。いい手は無いのか?」
- 折れたコテツの切っ先を指の腹でなぞった。
- 瞳に当たった部分が濡れていた。指に粘着性のある液体が絡みつく。
- ξ゚听)ξ「思いついた。おまえの紋様の力を使えばいい」
- ( ;´_ゝメ)「なんだって?」
- ξ゚听)ξ「規格外のモンスターなら、限界を超えた力で対抗すればいいんだ。
- おまえの紋様の力を全開にして闘えば、あるいは勝機があるかもしれない」
- ( ´_ゝメ)「無茶な話だ。レイジは対人戦でしか使えない。使えたとしても俺がコントロール出来るかどうか」
- ξ;゚听)ξ「憎しみが必要なら私を憎めばいい。私のこと、あまり好きではないだろう?」
- ( ´_ゝメ)「いいや? 俺はおまえのこと結構気に入ってるぞ」
- ξ゚听)ξ「そ……そうなのか」
- 赤い瞳が岩の向こうに見えた。明らかにこちらを捕らえていた。
- 足の爪が地面に大きく食い込んでいる。二本足で立っていたドラゴンは、前足の爪を地面に立てて前屈みでこちらを睨んでいた。
- 16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:49:16.39 ID:O2KWF6Ze0
- ツンが岩陰から飛び出したのと同時に、彼女とは逆方向に跳んで逃げた。
- 数瞬の静寂の後、隠れ蓑だった岩がはじけ飛ぶ轟音が背中から聞こえた。
- 走りながらコテツの刀身に後ろを反射させて確認する。顔を天に仰がせ雄叫びを上げるドラゴンが映った。
- ドラゴンの間合いを避けて、やつを迂回するように方向転換した。
- ツンに追いつくために全速力を出す。足音が聞こえていたはずだが、ドラゴンの背中にこちらを攻撃する素振りは見えなかった。
- 尻尾を振っている。舐めた野郎だ。オスかどうか知らないが。
- ツンにはすぐに追いついた。彼女はクーを隠している岩山に向かっていた。
- 横並びになって走ると、ツンは体に当たる風にかき消されそうな声で呟いた。
- 聞こえて欲しくなかったから、小声だったのかもしれない。
- ( ´_ゝメ)「だったら俺がやるよ」
- 誰かがおとりになれば逃げられる。ツンに言われるまでもなく、既に思いついていた作戦だ。
- ただしこの場合、おとりというより生け贄に近い。ほぼ100%おとりになった者は死ぬ。
- 残された者だって、生きて逃げられる保証は無い。可能性だけを考えれば、どちらかといえば低い方だと俺は考えている。
- だから俺はこの考えを口にしなかったし、ツンとてその辺りは理解しているだろう。
- もはや手段を選んでいる場合では無いということだ。
- 太陽は既に半分沈んでいる。辺りが暗闇になれば、光の加護を受けていないツンでは闘う術がない。
- ξ;゚听)ξ「駄目だ。私がやる。言い出しっぺの法則というやつだ」
- ( ´_ゝメ)「おまえには荷が重い。俺の方が強いんだから、俺が足止めするのが一番確実だ」
- ξ;゚听)ξ「レイジ無しのおまえなら私の方が強い。わかっているだろう?」
- 18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:50:51.24 ID:O2KWF6Ze0
- ( ´_ゝメ)「忘れたのか。俺は勇者だ。安心しろ。何とかなる」
- ξ;゚听)ξ「エセ勇者の癖に! 説得力が皆無なんだよ!」
- 遠くに見えていた岩山が、話しながら走っている内に随分と近くなっていた。
- あまり近づきすぎるとドラゴンが気まぐれにクーを襲うかもしれない。
- 視線を泳がすと、河と林を繋ぐように連なった岩山の手前にある、草むらの上に横たわる大岩が目に映った。
- 後ろを振り返る。ドラゴンの姿は見えない。
- ツンの背中を平手で叩いた。彼女は目を丸くし、一瞬だけ走る体勢を崩した。
- 『クーを頼む』。そう伝えたつもりだった。
- 岩山へ一直線に走る彼女と別れ、大岩を目指して駆けた。
- ツンがこちらについてきたらまずいと思ったが、そんなことは無かった。
- やがて地鳴りに近い足音が響き始めた。少しずつだが、こちらに向かっている。
- 身を隠す瞬間を見られないように、大岩の傍に生えた草むらに頭から飛び込んだ。
- 地面の上を転がり、岩の後ろに身を隠す。コテツを構え、乱れる息を無理矢理鎮めた。
- 「……よお」
- 心臓が跳ねた。なにも無いはずの空間が意識の中で歪んだ。
- 目をやると、俺と同じ体勢で岩に背中をつけて座っている男と目が合った。
- 彼の足下には、一目で死んでいるとわかる男が一人、地面に横たわっていた。
- 死体の目は開きっぱなしになっていて、眼球に泥がひっついている。
- <_;プー゚)フ「運がねえな。あんたも」
- 21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:53:10.08 ID:O2KWF6Ze0
- 金髪の男は、片手で腹を押さえていた。その場所だけ服が赤黒くなっているのがわかる。
- もう片方の手には、コテツとよく似ているカタナ―――コテツの真打が握られていた。
- *―――*
- <_;プー゚)フ「時間が無い。手短に済ませよう。俺の名はエクスト。あんたは」
- ( ;´_ゝメ)「兄者だ」
- 聞いたことのある名だった。ヴァルガロンの酒場にいた用心棒の内の一人だ。
- 二人組だったのを思い出し、ぴくりとも動かない死体の方に目を向けた。
- 生きているときは綺麗だったろう銀髪の髪が、血と泥にまみれ汚れていた。
- <_;プー゚)フ「数時間前、やつと遭遇。逃げながら戦い、ここまで来た。
- おまえらがやつと交戦を始めたから、一旦ここに隠れてやり過ごそうと。
- やつはおまえらが現れたことによって、俺の存在を忘れたんだと、俺はそう考えた」
- ( ´_ゝメ)「違う。ドラゴンはもうおまえが逃げられない体と知っているから、俺たちと闘うことを選んだんだ」
- <_;プー゚)フ「その通りだ。やつは優秀だ。
- 敵と己の戦力、そして戦闘状況を分析し、敵を確実に殲滅出来る選択をする。
- ああ、いてえ。何本あばらが折れてんだか。なあ、あんた勝てそうか?」
- 足音と共に震動が地面を伝わってきた。やつはもう近くまで来ている。
- 背の高い草の隙間から目を這わせ、ツンの姿を探した。彼女は岩山の中へ身を隠したようだ。
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:55:12.07 ID:O2KWF6Ze0
- ( ´_ゝメ)「わからん。武器が壊れているのが痛いな。あったところで、大して変わらんかもしれんが」
- <_;プー゚)フ「俺のコテツを使え。それは影打だろう。俺のは真打だ」
- ( ´_ゝメ)「そうさせてもらうよ」
- <_;プー゚)フ「ちくしょう。死にたくねえよ。盗みのバチが当たったのかな。
- まだ死にたくねえ。俺は帰らなきゃいけないんだ。くそ、ちくしょう」
- ( ´_ゝメ)「喋るな。傷に響くぞ」
- 深呼吸を一つし、右目に力を集中させた。視界が明るく開ける。
- コテツを折ったときにやられた傷がじわりと痛んだ。折れたあばらの数は、俺も負けていない。
- <_;プー゚)フ「ヴィラに母ちゃんがいるんだ。名前はジャンヌ。今まで親孝行らしいことは、なに一つ……」
- ( ´_ゝメ)「黙ってろ。やつに一撃をくれてやったらおまえを連れて逃げる。話は傷を手当てしてから聞いてやる」
- <_;プー゚)フ「母ちゃんの手料理、美味しかった。母ちゃん、会いたいよ。母ちゃん」
- 口に手を当てて、喋れないようにした。
- 静かになってから、左手に折れたコテツを持ち替え、利き手の方でコテツの真打を握った。
- 一本のときより二倍強い、二刀流。だったらいいんだけど。
- しかし手のひらに感じる重圧は、影打のときとは比べものにならない。
- 刀身の隅々にまで、自分の神経が行き交っているような感覚だ。
- 25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:57:16.29 ID:O2KWF6Ze0
- 目を閉じ、飛び出す機会を待った。
- 耳に神経を集中させ、大岩の向こう側の景色を頭の中で描いた。
- 凶悪な敵意の固まりが、地面をえぐりながら一歩ずつ近づいている。
- 空気を震わす風を纏い、長い首を前後に揺らしながら、一歩、また一歩、足を踏み出す。
- 岩山の方角で空間の歪みを聴き取った。人の動きを感じた。
- ツンがクーを連れて、逃げようとしているのだろう。
- ドラゴンは彼女たちの姿に気がついている。まずツンを襲うはずだ。
- やつの性格からして、クーは一番後回しのはずだから。
- <_;プー゚)フ「いざとなったら、俺を置いて逃げた方が、いいかもしれないぜ」
- ( ´_ゝメ)「街についたら酒でも奢ってくれ」
- 目を見開き、姿勢を低く落とした。
- 両手で持った二本のコテツを後ろに構え、岩陰から飛び出した。
- しかし、引き締めていた顔は、目の前の光景を見て途端に緩んでしまった。
- 逃げたはずのツンが仁王立ちのまま、ドラゴンを待って剣を構えているのが見えたからだ。
- 彼女には心底呆れた。これは酒を奢ってもらうくらいじゃ許せないぞ。
- *―――*
- 27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 00:58:42.69 ID:O2KWF6Ze0
- ツンはドラゴンの攻撃を巧みに防いでいた。
- まともに直撃すれば一撃で即死するようなものばかりだが、攻撃の威力は間合いに依存する。
- 間合いのライン上で闘えば攻撃の威力は格段に落ちるので、ただのロングソードで充分攻撃を弾けるのだ。
- ただし、これは常人離れした反射神経と運動能力が成せる業である。
- ξ;゚听)ξ「兄者! 何処だ兄者!」
- ( ;´_ゝメ)「ここだ!」
- ξ;゚听)ξ「両脇を挟むぞ! 急所が見つかり次第叩く!」
- ( ;´_ゝメ)「クーはどうしたんだよ!」
- ξ;゚听)ξ「おまえを置いて逃げられないってさ! 目で、そう言っていた!」
- ツンは攻撃を避けながら、ドラゴンの右脇の方へ回った。河を背にする位置だ。
- 九時の方向から俺はやつの左脇の位置で剣を構えた。
- ドラゴンは長い首を回してツンを見ていた。だが振り向き様に右手を俺の方へ伸ばした。
- 多少油断していたが、冷静に後ろに跳び、爪を空振りさせた。
- ドラゴンの死角に入ったツンが大きく一歩を踏み出す。
- まだツンが攻撃出来る間合いでは無いが、ドラゴンの間合いには体全体が入っている位置だ。
- すかさず背を向けたドラゴンは、予想した通り尻尾を使っての攻撃を繰り出した。
- 鋭利に尖った尻尾の先が、別の生き物のように空中を泳ぎ、ツンに向かって急降下する。
- 剣を使って尻尾の軌道をわずかにずらし、その反動を利用し横転して逃げたツンに、ドラゴンは首を伸ばす。
- 牙で攻撃するつもりだ。
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:00:35.70 ID:O2KWF6Ze0
- 左脇をキープしていた俺は、ドラゴンの足下に向かって疾走していた。
- やつがツンに追撃するよりも前に一撃を与えてやらなきゃいけない。
- 両手で持ったコテツの内、影打の方を高く振り上げ、助走の勢いを乗せて脇腹に投げつけた。
- 乾いた金属音のあと、跳ね返ったコテツが地面を転がった。ダメージは一切感じられなかった。
- ツンへの攻撃をやめたドラゴンは、体を反転させてこちらの方を向いた。
- その際落ちていたコテツを左足で踏みつけられた。めきめきと音を立てながらコテツが地面に埋まる。
- 二刀流は諦めよう。
- 残った真打を両手で握り直した。
- 一歩間違えただけで命を落とす緊迫した空気の中で、真打だけが冷たい気配を放っていた。
- 体の熱でとろけそうになる頭を持ち直してくれる。
- ドラゴンが奇妙な行動に出たのは次の瞬間だった。
- 顔を左右に震わせて、甲高く喉を震わせた。
- ドラゴンが口をゆっくりと開ける。機械仕掛けの人形が動いているようだった。
- 口の中で唾が糸を引いていた。青紫色の舌の向こうに、ぽっかりと開いた喉が見えた。
- 寒気がした。
- 死の予感が頭をかすめた。
- 即座に構えを解き、全力で後ろに下がった。背中を見せてしまうが怖くは無かった。
- とにかく一刻も早くやつから離れなければならないと本能で感じた。
- 数瞬が巡った後、背中を熱気が覆った。広がった視野でやつが炎を吐いているのを確認した。
- 燃えるようなものなんて辺りには無かったのに、天高く燃えさかる業火の壁が出来上がっていた。
- 地獄を連想させるような凶悪な炎だった。逃げなければ骨まで溶かされていただろう。
- 32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:06:04.88 ID:O2KWF6Ze0
- ツンが気になったが、林の方まで逃げていたらしく、木の陰からドラゴンの様子をうかがっている姿が見えた。
- 彼女と目が合うと、何故か彼女は笑い、俺も意味無く笑った。
- どうしようも無い絶望に面したとき、人は笑ってしまうのかもしれない。
- ただし俺は、その笑いに別の意味も込めていた。
- 死の恐怖とか、決別の悲しみとか、そういうものだ。
- 俺はこの時、自分の命を失う代わりに、やつを倒す方法を思いついたのだ。
- *―――*
- きっかけはやつが炎を吐いたことだった。
- 眼球を含めた体の表面に、魔力による防護壁が張られているのなら、物理的な攻撃は全く意味が無い。
- しかし体の中ならどうだろう、という訳だ。
- つまりやつの口の中に飛び込み、内部から攻撃するというのが思いついた方法だった。
- 通常口から飛び込めば食道に体が飲まれ、強酸性の胃酸にやられてしまうのだが、火を吐くモンスターは体の構造が少し異なる。
- 獲物を飲み込む食道とは別に、火を吐く為のガス袋のような器官が喉のすぐ奥にあるのだ。
- そこから頭を狙って攻撃すれば、上手くいけば脳を直接斬れるかもしれない。
- いくら強かろうが脳みそまで固い生物なんていない。
- 危険な賭だった。まず口の中に無傷で入り込むことが難しい。
- そこから牙を避け、舌を避けて喉の奥へ進む。食道の壁に体を引き込まれないようにして、ガス袋を目指す。
- 脳を覆う頭蓋骨が喉の下まで覆っていればアウトだ。俺は体液にやられ、ツンもクーもエクストも死ぬ。
- だがやらなければ結局全員死ぬ。覚悟を決めるときだ。
- 34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:09:42.60 ID:O2KWF6Ze0
- ドラゴンが首を大きく後ろに逸らし、空を飲み込むような雄叫びを上げた。
- 灼熱の炎が小さな余韻だけを残し溶けるように消えていった。そのことで魔力を含んだ炎だとわかった。
- 次に口を開けたとき、やつの口の中へ飛び込もう。
- チャンスは二度無いだろう。俺の狙いがばれればもう口を開けることは無いからだ。
- せっかく掴んだ霞のような勝機だ。ふいにしたくはない。
- ξ;゚听)ξ「兄者! 急所は!?」
- 駆け寄ってくるツンに向かって、親指を立てた。
- 驚くと共に、疲れた表情に微かな笑みが浮かぶのが見て取れた。
- ξ;゚听)ξ「でかしたぞ! 任せていいか!?」
- ( ´_ゝメ)「ああ! おまえはクーを頼む!」
- ξ゚听)ξ「かく乱はいらないのか?」
- ( ´_ゝメ)「一人でやった方が成功しそうなんだ。俺を信じろ」
- 疑り深いツンの視線から逃げそうになったが、真っ直ぐに見返すと、ツンはなにも言わずに岩山へ走った。
- 『信じるぞ』。遠ざかっていく彼女の背中が、細く強い絆を証明してくれているようで嬉しかった。
- 真面目な彼女のことだから、クーの面倒はちゃんと見てくれるだろう。
- サイゼリアまで送ってくれれば、あとは魔女たちが何とかしてくれるはずだ。
- 心残りは多いが、仕方が無い。
- 仕方が無いのだから、仕方が無いんだ。
- 36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:14:09.41 ID:O2KWF6Ze0
- ドラゴンを見上げ、コテツの切っ先を向けるように両手で構えた。
- この図はまるで伝記に載っている勇者だ。
- 本に載っていた絵より不細工なドラゴンだが、この際気にしないようにしよう。
- ドラゴンは両腕を振り上げた。腕の長さを計算し、後ろに下がる。
- 目の前に両手の爪が突き刺さった。轟音と土砂の爆発が起こり、視界が遮られた。
- 顔に当たる土を片手で防ぎ、爪の横を通って左脇へ駆け込む。
- 渾身の力が込められた左手の爪が、右から襲いかかってきた。最小限のジャンプで避ける。
- 全て見える。避けられる。光の加護に感謝だ。
- ドラゴンは目を見開き、頭を少し後ろに反らした。
- こいつの首は腕よりも長い。後ろに下がるのは得策ではない。
- 鼻先を真上から叩きつけてきたのを、右に跳んで躱した。
- 左腕の攻撃が来るのを予測し、伸びてきた爪をコテツで二度斬りつけ、わずかにずれた軌道の隙を縫って体を通した。
- ややおくれて攻撃の風圧が体を叩く。それだけで体勢を崩しそうになるが、両足で踏ん張り構えを保持した。
- 右の爪、躱す。左の爪が上から来る。躱す。口を開けた。牙の攻撃だ。後ろに下がる。やつは攻撃をやめた。
- 屈んだ。突進が来る。正面にいるのはまずい。位置の軸をずらし、突進の軌道から大きく逃げた。
- やつは突進をやめた。後ろを向き背中を見せた。尻尾が真っ直ぐ地面の上を飛び、こちらに向かってきた。
- コテツの刀身を使って尻尾の攻撃を防ぐ。反動を抑えきれず後ろ向きに飛ばされる。
- 受け身が取れずに地面を転がった。体中が軋む。痛い。片手を使って立ち上がる。間髪入れずに右手の爪の攻撃。
- 紙一重で屈んで躱す。一度斬りつけてから横に逃げる。後ろに下がり距離を取る。
- ドラゴンは牙をむき出しにして、目を細めていた。笑っているのだろうか。
- ひょっとすると、闘っているのではなく本当に遊んでいる気なのかも知れない。
- 38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:18:43.56 ID:O2KWF6Ze0
- 攻撃が止んだ。互いの間合いの外から、俺たちは見つめ合った。
- 水晶のような猫の目が丸く見開かれていた。綺麗な瞳だと思った。
- 俺が突いた場所には、傷一つ見えなかった。傷がつかなくて良かった。
- あんなに綺麗な目は、たぶんこれから先、見ることは無いだろうから。
- ドラゴンは両腕を広げ、頭を左右に振らした。
- 奇声を発する。子供が驚喜の悲鳴を上げたとき、こんな声を出す気がする。
- 奇声が止んだ。首を前に突き出し、口を開けた。
- 走り出した瞬間から、全てがスロウに見えた。地面を蹴る感触が足の裏から脳天まで伝わった。
- 空気が体の周りを流れている感覚がわかった。自分の心臓の音から、河のせせらぎまで全て聞こえた。
- 五感全てが世界を受け止めているようだった。
- 口に向かって跳んだ。体に当たる風が一層強くなった。
- 傷を負っているはずの体が不思議と軽かった。まるで重力を感じなかった。
- むしろ口の中に吸い込まれていくように、体が宙を舞った。
- 逆手に持った剣を喉の奥に向けて、風の流れに身を任せる。
- ( ;´_ゝメ)「―――あ」
- 信じられないことが怒った。ドラゴンの口が、飛び込む直前に閉じられた。
- 閉じた口の上に張り付いた両目の中で、細い瞳を寄らせて俺を見ていた。
- 計られた。全てやつの計算通りだったのだ。
- 40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:19:48.40 ID:O2KWF6Ze0
- 既に体は空中の、やつの顔の前にある。
- 牙にやられるのだろうか。今の状態では一切のガードが出来ない。頭突きでも充分致命傷になる。
- 爪にやられるかもしれない。右手の爪か、左手の爪か。
- 痛いかな。死ぬってどんな感じなんだろう。
- いっそ一撃で殺して欲しい。
- クーはどうなったんだ。
- 時間はある程度稼いだ気がするが、ツンたちは逃げられただろうか。
- 駄目だ。終わりだ。死ぬ。
- 俺は死ぬ。
- なにも聞こえなくなった。
- 目の前の景色が随分遠くのものに感じた。
- 冴えていた体の五感が、死に向かって活動をやめたのかもしれない。
- まだかな。そろそろやられるかな。
- 時間の流れが遅い。もう結構考えた気がする。
- 死ぬ直前って頭の回転が速くなるんだな。
- そんなことどうでもいいけど。いや、よくない。やっぱりどうでもいいや。
- あ、死ぬ。爪だ。やつは爪で俺を。
- 斬るのか。叩き殺すのか。ハエみたいに。俺は人間なのに。
- ちくしょう。終わる。終わりだ。死ぬ。
- あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、死、俺、死。
- 42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:23:16.45 ID:O2KWF6Ze0
- 光が目の前を包んだ。
- 一瞬だけ地響きを伴う砲声が聞こえたが、すぐに無音になった。
- 死んだか。
- え、俺は死んだのか?
- *―――*
- 体が落下している。もうすぐ地面だ。
- 足から着地したが、衝撃を受け止められず体ごとたたき付けられた。
- 地面に転がっているコテツを手に取り、座ったままドラゴンを見上げた。
- やつは口を開けて空を見ている。いや、目は閉じられているようだ。
- だらりと垂らした腕に、戦意は感じられなかった。呼吸の音だけがかすかに聞こえる。
- よく見ると、顔が焦げたように黒くなっていた。
- 「クーちゃん!」
- 聞き慣れない声が背中から聞こえた。
- いや、声の主はツンだ。聞き慣れないのは、叫んだその言葉だった。
- 振り向くと、岩山の上でクーの体を抱きかかえたツンが見えた。
- 必死に呼びかけているが、クーはぐったりしたまま腕の中で眠っている。
- 立ち上がると、体がよろけた。まだ死の恐怖から解放されていなかった。
- 悪寒が体を駆け巡っている。夢の中にいるようなふわふわした感じもした。
- 45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:26:36.73 ID:O2KWF6Ze0
- ツンがクーを抱いて岩山から降りてきた。背中には二人分のバックリーフを背負っている。
- ツンの表情は闘っているときの緊張した顔のままだった。
- ξ;゚听)ξ「兄者!」
- ( ;´_ゝメ)「なんだ……なにが起こった。ドラゴンは……」
- ξ;゚听)ξ「この子が、魔法を使ったんだ」
- 目を閉じているクーは、呼吸の度にかすかに胸を上下させていた。
- こけた頬が苦しそうに歪んでいる。
- ξ;゚听)ξ「安全な場所に避難させようと思ったけど、この子は逃げなかった。
- おまえが食われそうになる直前に、呪文の詠唱を。
- 私はただ見ていただけだった。この子は魔法を使ったんだ。それで、それから、こんな感じで……」
- ( ;´_ゝメ)「いい。もういい。あとで聞く。クーをこっちに」
- コテツを鞘にしまい、クーを両腕に抱えた。
- ( ;´_ゝメ)「ツン。あそこにある岩の後ろに、男が一人いる。そいつを連れて今の内に逃げよう。
- ドラゴンは気絶しているだけだ」
- ξ;゚听)ξ「ああ、わかった」
- クーが魔法を使ったというのが信じられなかった。
- 彼女の魔力は禁術の呪いによって封じられているはずだ。
- 47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:27:58.01 ID:O2KWF6Ze0
- 横目でドラゴンの様子をうかがった。やつは気絶したままぴくりとも動かない。
- あのレベルのモンスターをたった一撃で気絶させるような魔法ともなると、相当な魔力を消費したんじゃないだろうか。
- ―――呪いは、クーさんの魔力がある限り侵攻を続ける。
- ―――呪いが解けるのは、魔力が無くなったとき。魔力が無くなったときっていうのは……
- 腕の中で眠るクーは、今にも溶けて消えそうな気泡のように見えた。
- 逃げれば良かったのに、こんな体で無理をして。
- ( ´_ゝメ)「ありがとう。助かったよ。クー」
- なにが足手まといだ。
- もうおまえは胸を張って、魔法使いだと言っていいのだと、眠っているクーに呟いた。
- ξ゚听)ξ「兄者」
- ツンはすぐに戻ってきた。
- 彼女は一人だった。
- ξ゚听)ξ「見てみたが、死体が二つあっただけだった。どうする?」
- ( ´_ゝメ)「……行こう」
- ξ゚听)ξ「ああ」
- このカタナは、俺がもらっていくぞ。
- どうせ盗んだものなんだから、文句は言わせないからな。
- 49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:29:19.97 ID:O2KWF6Ze0
- 逃げるとき、一度だけドラゴンを振り返った。
- やつは同じ体勢でずっと空を仰いでいた。
- *―――*
- この日、クーは正真正銘の魔法使いとなり、代わりに光と手足を失った。
- 51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/26(日) 01:30:00.94 ID:O2KWF6Ze0
- #稲妻
- 終わり
戻る/#25