( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

4: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:18:45.26 ID:ioHY0oza0

 崩れかけの展望台から見下ろした景色に小さな村を見つけたとき、パダ山脈での冒険も終わりなのだという実感が沸き、感慨深かった。
小説でも物語終盤はすらすらと読めてしまうものだ。急ぎ足で山道を駆け下りると、あっという間に村の入り口へとたどり着いた。

 村は観光地のようだ。俺たちが山から下りてくると、何人かから物珍しげな視線をもらった。
パダ山脈観光の為に来る人間は多そうだが、山を越えてこの村に来た人間はやはり珍しいらしい。

ξ゚听)ξ「恥ずかしいから、早く宿屋へ行こう」

 泥とほこりを頭から被り、重装備で山を下りてきた俺たちは、小ぎれいな軽装で村を闊歩する彼らからすると異様すぎだった。
それにツンは女なのだから、汚れた格好でいること自体が我慢ならないんだろう。

 村は小規模の割に宿屋が充実していた。土産屋が並ぶ通りや、控えめに建っている食い物屋もある。
それらとは別に、神官連が置いたと思われる石像や石碑があちらこちらにあるのを見つけ、ヴィラデルフィアが近づいているのを感じた。

 山を切り崩して作られた村らしく、アップダウンが非常に激しい。
ほとんどの建物は斜面に建っていて、その間を這うように伸びた小道は、両脇から草や木の枝が迫ってきていた。
数ヶ月間山道を歩いてきた俺たちからすれば道が舗装されている分マシだが、お世辞にも歩きやすいとは言えなかった。

 川沿いにある一軒の宿屋に入ると、着物に身を包んだ女将が出迎えてくれた。
パダ山脈を越えてきたというと、彼女は手で口を隠して上品に驚いてみせた。

 部屋を2つ取り、2時間後に会おうと約束しそれぞれの部屋の前で別れた。
女は準備に時間をかけるからと、余裕を見て2時間と言ったのだが、それでもツンはどことなく不満そうだった。



6: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:19:42.67 ID:ioHY0oza0













#31

*――夜――*



9: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:22:53.70 ID:ioHY0oza0

 ツンは15分遅れてやってきた。
「すまん、久しぶりだから手間取った」と言った彼女の顔は、肌の白さに磨きがかかり、まつげが反り返っていた。
スカート姿の彼女を見るのは久しぶりだ。小さなトートリーフは元々持っていた彼女の私物だろう。

 腹が減っていたので、とりあえず目についた店に入り昼食を取ることにした。
日はまだ高いが、昼時というには遅い時間で、他に客の姿は無かった。

 『山の向こうから来たんね? 大変やったね。ゆっくりしていきんさい』

 気のよさそうなおじさんが1人で切り盛りしている店では、珍しい麺料理が食べられた。
濃いねずみ色の麺を黒い液体につけて食べるものだ。
緑色の香辛料が盛られた小皿もついていたが、かなり癖のある辛みと臭いで、食べ始めは辟易した。
しかしながらこの香辛料、舌が慣れると食欲促進に非常に効果があることがわかった。
俺はおかわりを2回、ツンは1回した。あいつだったらきっと5回はしている。

 疲労は限界を超えていたが、宿屋で昼寝をする気にはならなかった。
景色を堪能しつつ、たっぷり2時間以上かけて村を散策した。
聞いたことの無い神を奉っている社に行き、詩人に吟唱してもらい、子供たちとひとときの間戯れた。
それだけやっておいて、一番感動したのが人とすれ違えることだったというのは、山暮らしが長すぎた証拠だ。

ξ゚听)ξ「露天風呂もあるらしいが、どうする?」

 行くところも無くなり、目的が無いままぶらぶら歩いていたとき、
温泉宿の看板を見つけたツンが、あまり興味も無さそうな顔で訊いてきた。

( ´_ゝメ)「宿屋で十分だったよ。二度も風呂に入りたいとは思わない」

ξ゚听)ξ「今は、屋根が無いことに感動出来そうにないしな」



13: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:25:50.19 ID:ioHY0oza0

 ツンは口の端を持ち上げて、滲むような笑みを顔に作った。
緊張続きだった山の暮らしが長かっただけに、この村の空気は居心地が良かった。
それにしても、以前から思っていたことだが、ツンの笑顔はいつも、嘘くさい。


*―――*


 夕食の時間だけ決めて、別行動をすることにした。
ツンは1人で食べ歩きに出ていった。夕食前に食べて大丈夫かと訊くと、甘いものは別腹だと軽く返された。

 1人になって最初にしたことは、登山用の服から着替えることだった。
ツンのように選べるほど服を持っていないので、服を買い換える必要があった。

 田舎の服屋は嫌いだ。店主の年齢が高いため、どうしてもセンスが合わないからだ。
こういうときはなるべく装飾の少ない、無地の服を選ぶのが無難である。
生地が薄く、丈夫なものを見つけたので、色違いの2着を買った。

 髪を切るのが面倒なので、バンダナも1枚買ったのだが、これは失敗だった。
試着したときは違和感が無いような気がしたが、いざ着けていると頭がむずがゆくて気になってしまうのだ。
宿屋に戻る道の途中で、頭に巻いていたバンダナを首まで降ろし、スカーフ代わりとした。

 約束の時間までまだかなりあるので、宿屋の自分の部屋まで戻って荷物の整理をし始めた。
登山用の道具が荷物の大部分を占めていて、いらないものを仕分けるとバックリーフがすかすかになった。
座敷部屋の金庫に貴重品(といっても、地図やコンパスくらいだ)を入れて、金庫に入らない荷物を隅に移動させ、
もう使うことの無い登山用の道具などをバックリーフにもう一度詰め込んだ。



14: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:28:52.33 ID:ioHY0oza0

 村を散策しているときに買い取りもしている雑貨屋を見つけていたので、これらの道具を売り、新しいバックリーフを買おう。
これから先、大きな山を越えることは無い。持っているだけ損というものだ。どうせ金にはならないだろうが。

 ウェストリーフにくくりつけていた懐中時計を開き、時間を確認した。
まだ時間はある。二度手間が嫌なので、出来ればツンの道具とバックリーフも一緒に売りたかった。

 ツンの部屋は宿屋の二階にある。階段を上がり、部屋番号を確認しながら廊下を進んだ。
記憶に残っていた部屋番号は、突き当たりの左側に掲げられていた。

 ノックしようと手を持ち上げたときに、ドアがほんの少しだけ開かれているのが目に入った。
だからどうということは無いはずなのに、なぜか俺の手は動かなくなった。
もう部屋に戻っているだとか、彼女が鍵をかけ忘れたとか、ドアが開いていた理由はいくらでも思いつく。
それなのに俺は、中に彼女がいないという確信を抱き、そしてこっそり中に入るという選択肢を考えていた。

 数ヶ月間を共に過ごし、ときには見せたくない姿さえ見せ合った俺たちの間には、見えない強固な壁があった。
乗り越えようものなら、その瞬間に今の微妙な関係が跡形もなく崩れてしまいそうになるほどの危険な領域が、壁の向こうにある気がした。

 湯気の中に浮かび上がる艶やかな肢体、その中心に張り付いた血の色の紋様、あの日見た彼女の裸を想像する。
下腹部の奥が熱くなり、雑念に満たされ始める頭の中で、風のそよぎに近いかすかな警告音のような信号が発せられるのを感じた。

 ドアの取っ手を掴み、回さずに手前に引いた。
カチリという音の後に、部屋の中から空気が溢れ、前髪をそよがせた。部屋の全ての窓が全開になっていた。

 中心のテーブルの傍に寄り添うようにして置かれたバックリーフと、整然とした家具以外、なにも無い空間だ。
しばらくドアの取っ手を掴んだまま、部屋には入らずに立ち尽くしていた。
今俺は、自分と彼女の間にある、1番薄い壁の前にいる。この先に踏み込めば、きっとなにかを得られ、なにかを失う。

( ´_ゝメ)(失うものか。構わない。俺になにが残っている)



16: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:31:02.60 ID:ioHY0oza0

 段差になっている部分を大股で乗り越え、部屋の座敷に一歩、足を踏み入れた。
風のそよぎとは全く違う、人間の体温に近い薄気味悪い気配が、体の表面を撫でた気がした。


*―――*


 バックリーフが気になったが、まずは金庫を調べた。
金庫は使わなければ開け放しになっているはずだが、中にものを入れたらしく、ぴっちりと閉じられていた。

 部屋を見回し、バックリーフ以外なにも無いことを確認すると、バックリーフの中身を手で探った。
あまりものを引っかき回すと後でばれるので、1つ手にとっては中に戻す作業を繰り返した。

 登山用のバックリーフは外側と内側に、小物用の収納スペースとして数多くポケットがついている。
その内の1つから、サイフサイズの麻袋が出てきた。口を締めているヒモを緩め、中を覗く。

 鼻孔を突く匂いが立ち上ってきた。一瞬顔を引いたが、目だけ口に近づけて再度中を覗いた。
中に入っていたものを確認し、匂いの正体がわかると、口を締めて元に戻した。
偏った性癖など無いはずだが、どういう訳かまた下半身が熱を持ち始めていた。

 登山用の道具と、女性らしい小物以外に、特に気になるようなものは見あたらなかった。
秘密にしていることや神官連に関係しているものは、持ち歩いているか金庫に入れてあるのだろう。
もしかすると、俺の知りたいことというのはツンの頭の中にしか無いようなものなのかもしれない。

( ´_ゝメ)(……お)

 バックリーフの奥深く、底の方にポケットが付いているのが、折りたたまれたテントの支柱の間から見えた。



18: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:33:51.25 ID:ioHY0oza0

 ポケットの留め金が外れていて、若干カバーが浮いている。そこから見えるものが気になって仕方が無かった。
諦めて帰るか、中を探るか、数秒ほど心の葛藤があったが、結局バックリーフからものを外に出し始めた。

 取りだした順からテーブルに並べていき、また後で戻しやすいようにはしているが、完全に元通りにするのはもう不可能だろう。
勘の良いツンは気がつくかもしれない。後で俺を責め立てる展開だってあり得る。
そんなネガティブな思考とは裏腹に、手つきには迷いが無く、自分が高揚さえしているのがわかった。俺は変態なんだろうか。

 テントの支柱をずらし、底のポケットまで手が届くようになったら、ものを取り出すのをやめて手を突っ込んだ。
指で探りながらポケットを目指す。留め金の冷たい金属をはねのけ、指の先をポケットに滑り込まし、人差し指と中指でそれをつまんだ。

 途中で落とさないよう慎重に手を引き抜き、薄汚れた小さな手帳と、手帳に挟まったままのペンを手に入れた。
ツンがメモを取るような仕草を今まで見たことが無い。しかしこの手帳、手垢が付くほど使い込まれているものだ。
それでいて、手帳自体はそんなに古いものでは無かった。桜色のカバーに手をかけ、適当なページを開いた。

( ; _ゝメ)「ひ!」

 中に書かれていたものの衝撃は、いくつか予想していた内容を遙かに超えたものだった。
猛烈な痛みが左目を襲う。あまりにも唐突な衝撃で、手帳を畳の上に落としてしまった。
手で左目を覆い、しばらく痛みにこらえる。だがもう片方の手が、抑えきれないといったように手帳に伸びていた。

 ページをめくっていく度に、痛みは増していく。
不快な衝撃が体中を駆け巡った。口の中から唾液が溢れ、あごを伝った。
背骨の辺りにさざ波のようなしびれが起こり、目も開けていられないほど動悸が速くなった。


*―――*



20: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:37:58.48 ID:ioHY0oza0

 新鮮な川魚を使った料理を出してくれる店で、贅沢な夕食を取った。
ワインも頼めたので、山を越えた記念としてツンと乾杯を交わした。

 俺もツンも加護のおかげによって、アルコールに対する耐性がかなり強いので、店主が目を丸くするほどワインを飲んだ。
ワインセラーが空になり、店主が平謝りしてきた頃に店を出た。ツンの顔に酒の赤みが帯びている。
化粧と相まって、普段は豪放磊落な彼女が少女になったようだった。

 2軒目の酒場では、度数の高い酒ばかりを注文し、また店主の目を丸くさせた。
若い俺たちがここまで飲めるのは珍しいようで、何人かが話しかけてきた。
こういう場での情報交換は重宝すべきことなのだが、今夜は話に乗ってやる気が起こらず、
ツンもあまり喋りたくなさそうだったので、適当に会話を切り上げてやり過ごすことに専念した。

 俺たちは会話をする代わりに酒を口に入れた。
トイレに行くときだけ相手に声をかけ、それ以外はじっと黙っていた。

 沈黙を楽しんでいる訳では無いし、かといって話題が無い訳でも無かった。
ただ今は、自分から声をかける気にならず、流れに身を任せていたかった。

ξ゚听)ξ「私は自分のことを」

 彼女の両手に包まれた、無色透明のシャトルリーチゼンが入ったグラスの中で、溶けた氷がカランと音を立てた。

ξ゚听)ξ「変わっている部分もあるが、大部分は普通の女と同じだと思っている」

( ´_ゝメ)「当たり前だろう」

 素っ気ない返し方に、ツンはむっとした顔で目を細めた。
カウンターの下で彼女は足を組み替えた。膝の上に乗っていたスカートがずれる。思わず目が泳いだ。



22: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:41:29.21 ID:ioHY0oza0

( ´_ゝメ)「笑って、泣いて、怒って、悩んでいる姿を見たことがある。
      そういうのをあまり表に出さないだけで、中身はそこらにいる女と変わらない。俺はそう思う」

ξ゚听)ξ「私もそう思っていた」

 “思っている”が“思っていた”に変わった。
俺の言葉を受けてのものだからか、彼女の中で揺らぎがあるのか、どちらなのかはわからない。

ξ゚听)ξ「でも日に日に自分が変わっていくのを感じている。
      嬉しいとか、悲しいとか、そういう普通の感情を徐々に失っているような気がするんだ」

 痛いほど気持ちがわかる。

( ´_ゝメ)「玩具を与えられて嬉しがるのは子供のときだけだ。それと同じじゃないのか。
      慣れてしまえば、感情の揺れ幅も小さくなる。誰だってそうなる」

ξ゚听)ξ「悲しみに慣れてしまった人間は、どうやって生きていいんだ」

 酒場の隅で笑い声が起こった。目を向けると、数人の男女が酔っぱらっているのが見えた。
ろれつの回っていないしゃべり方で、男が1人まくし立てているが、中身は無いも同然の下らない話だった。

ξ゚听)ξ「薄くなっていく感情の中で、ただ1つだけ、以前より大きくなったものがある。
      おまえならきっとわかってくれるだろう」

 昼間に、ツンのバックリーフの中で見つけた手帳を思い出した。

ξ゚听)ξ「時々私は、それに押しつぶされそうになるときがあるんだ」



24: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:46:57.00 ID:ioHY0oza0

 手帳の中身はぐちゃぐちゃだった。
書かれていたのは文字だったが、文字の上にまた文字を重ねるようにして書かれていたので、文章とは言えないほどの乱筆だった。

 『死』『闇鴉』『殺』。
手帳の中に書かれていた文字は、大体この3種類だ。
ページの余白を塗りつぶすように書き殴られていた。彼女が隠している心の闇が、手帳の中にあふれ出していた。

ξ゚听)ξ「私は、ブーンのことが好きだったんだ。彼を男として見ていた。
       最初はただの親しみだったが、いつの間にか憧れに変わっていた。
       それが好きに変わったのはいつだったか、もう覚えていない」

 一息で話しきると、ツンは沈黙を被った。
同情も共感もしない。俺と彼女は別の人間だから、気持ちの共有なんて出来やしないからだ。
ツンの悲しみに、身勝手なことを言いたくないという気持ちもあった。

( ´_ゝメ)「俺の場合だが、悪意が自分を壊しそうになるときは、誰かに助けてもらうことが多かった」

ξ゚听)ξ「レイジか」

( ´_ゝメ)「それはあくまでわかりやすい例だ。もっと深い部分で、きっと俺は救われていた。
      パダ山脈で魔女の村があっただろう。その長老も同じことを言っていた」

ξ゚听)ξ「なにを言っていたんだ」

( ´_ゝメ)「その、愛で悪意を抑えるだとか、そういう話だ」



25: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:51:58.21 ID:ioHY0oza0

 自分のキャラクタと合わないセリフなので、背中がむずがゆい。
いっそここでツンが笑ってくれた方が気が楽だった。

ξ )ξ「当たっていると思うよ。愛も悪意も、人を狂わせるものだもの。
      両極端で、どちらかが欠けると、きっと人は狂ってしまうのよね」

 カウンターに置いていた手に、ツンの手が重なった。
指と指が絡まり、卑猥な感触が手から頭を突き抜けた。

 反射的に手を引く。
ツンはびくっと体を揺らし、視線を俺に向けながら、瞳を震わせた。

ξ゚ー゚)ξ「おやすみ……」

 カウンターの上に金貨を数枚置いてから、彼女は立ち上がり、しっかりした足取りで店の出口へと向かった。
背中がドアの向こうへ消えるのを見届けてから、マスターにカクテルを一杯頼んだ。

 シェイカーの底を氷が叩く音に混じって、酷い言葉を呟いた。
誰かが聴き取れば、必ずその人を不快にさせるような言葉だ。
誰に対して呟いたのかは、自分でもわからなかった。



27: ◆UhBgk6GRAs :2009/12/19(土) 01:52:59.22 ID:ioHY0oza0


#夜

終わり



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