( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

2: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:07:37.36 ID:kyQF0OpN0

 教会の鐘の音が街を包み込んでいた。心地よいとは思えないもの悲しい音色だ。
カラスの群れが舞い泳ぐ灰色の空にはお似合いなのかもしれない。

 家々は示し合わせたように茶色と灰色で統一されていた。ペンキすら塗っていない家も多い。
いたるところに建っている工場の煙で、壁は黒くすすけていた。
つたが這った石畳の通りを行き交う人々の表情は暗く、活気のない露天商たちが気だるそうに空を仰いでいる。

 道ばたに座り込んでいる宿無したちは、一見しただけでは死体のようだった。
身動き一つせずに、伸びてぼさぼさになった髪の間から、焦点のおぼつかない目が見えた。

 宿無しの中には身なりのいい女も混じっていた。
木の板で作られたプラカードを首から提げている。『1回 500G』と書かれていた。
女と目が合うと、生気の無い目で微笑みかけてきた。痛ましい笑顔から目を逸らして、前を向く。

( ´_ゝメ)「鐘の音が断続的に鳴っているな。なにか意味があるのか?」

ξ゚听)ξ「一応理由は知っているが、詳しいことはわからない。司祭に訊くのが一番だろう」

( ´_ゝメ)「寄っていっても大丈夫なのか?」

ξ゚听)ξ「問題無い」

 ここは呪われた街『リッヒゼンピート』。
濁った空気の正体は工場の空気汚染ではなく、人々のため息が降り積もってできた悲しみの気配なのかもしれない。

 腰の曲がった老婆が歌を口ずさみながら、俺の横を通り過ぎた。
世界の終末を祝う歌だった。振り向いたときには老婆の姿は無く、歌声の余韻は雑踏にかき消された。



3: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:10:06.45 ID:kyQF0OpN0













#32

*――かつてここで魔女が死んだ――*



4: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:13:54.67 ID:kyQF0OpN0

( ´_ゝメ)「そういえば以前、神官連から狙われるのは自分だと言っていたな」

 広場のベンチに座って、昼食を食べていた。
香ばしい肉の臭いを発するウィンクルジャーキーを一本ずつ買ったのだが、もの凄くまずい。
半分ほど食べて、残りはもてあましていた。ツンにいたっては一口目で挫折している。

ξ゚听)ξ「ああ。確かにそう言った。でもそれはもういいんだ」

( ´_ゝメ)「解決できたのか?」

ξ゚听)ξ「まだわからない。
      ヴィラデルフィアに行けば必ず神官連と接触するから、そのときにわかるだろう」

( ´_ゝメ)「どうして聖騎士団のおまえが神官連に狙われるんだ?」

ξ゚听)ξ「あえて正直に言おう。ロマネスク様がおまえを連れ去ろうとした理由と同じだ。
      すまないが、私はここまでしか話せない」

 以前ツンは『俺を闇鴉から保護するため』にロマネスクが俺を捕まえようとした、という説明をした。
元々信じていなかったが、今のツンの発言で確信を得た。やはりロマネスクは別の目的で俺を捕まえようとしたのだ。

 では何故あのとき、ロマネスクは俺を捕まえる必要があったのか。
これまでの要素で考えると、神官連の徹底した秘密主義にあると考えるのが妥当だ。
その考えでいくとツンが神官連から追われる可能性も説明できる。
つまり『ツンから秘密が漏れる』ことを危惧した神官連がツンを追うということだ。



7: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:19:35.92 ID:kyQF0OpN0

( ´_ゝメ)「秘密主義もそこまでくると病気だな」

ξ゚听)ξ「高い理想を実現させるためには必要な犠牲なんだ」

 諦めた風な感じではなく、神官連の決定ならば自己犠牲もいとわないというような物言いだった。
俺の前で出さないだけで、ツンはかなりの信者なのかもしれない。

 いや、どうだろう。仮に闇鴉と関わるなという命令を出されて、果たしてツンは従うだろうか。
彼女の様子を見る限りでは、間違いなく命令に背くはずだ。
今のツンを突き動かす原動力は、闇鴉への敵意が最も大きい。

 悲しみに明け暮れて死を考えるよりはよほど生産的だが、復讐の為だけに生きるのはあまりにも空しいだろう。
彼女の中で渦巻く悪意のストームが収まってくれれば、生き方を考え直す余裕くらい生まれるのだろうが……難しいところだ。

 悪意を持たない人間なんているってのかよ
自分を護る殻であり、敵を退ける刃でもあるんだ。オレにはむしろ、こいつが活き活きして見えるぜ
人を愛するのが人の定義なら、人を憎めるのも人である証拠だ。人間らしい感情を否定する権利がおまえにあるのかよ

 『それ、食べないの?』

 足下から声が聞こえ、視線を下げた。
ぼろきれのような服を着た子供が二人、無表情でウィンクルジャーキーを見つめていた。
ツンと顔を見合わせ、同時にウィンクルジャーキーを差し出すと、肉を鷲づかみにされて奪い取られた。
お礼を言うこともなく、大股で逃げていく彼らを見ていると、怒りとも悲しみともつかない感情がわき上がった。



8: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:23:34.76 ID:kyQF0OpN0

*―――*


 教会はサンゼルマルクという通りにあった。
レンガ造りの建物の仰々しい雰囲気は、やはり肌に合わないのか気持ちがそわそわして落ち着かなかった。

 教会に来た理由は、鐘の音のことを訊きたかったからだけではない。
簡単な話で、これからの旅の行方を神頼みしようと思ったからだ。
神なんて信じないというスタンスでいる俺らしくは無いが、面倒なことを人任せにしたがる俺らしくはある。

 大理石の短い階段を上った先に、入口らしき赤い扉があるのが見える。
開け放しになっているのは参拝する人たちのためだろうか。
黒い修道服を着た二人のシスターが、背筋をぴんと伸ばして扉の横に立っている。

 入口に続く階段の前に、綺麗に磨かれた石碑が建てられていた。
教会がいつの時代に建てられたものか、建てたのは誰なのか、ということが記されていた。
石碑には『チコリータ』という名前が頻出している。

( ´_ゝメ)「チコリータという者が教会を建てたらしいな」

ξ゚听)ξ「そうだ。今現在も、チコリータ一族の末裔が教会を治めている。
      街の富豪で、ここら一帯の工場もチコリータ一族のものだ」

( ´_ゝメ)「よく知っているな」

ξ゚听)ξ「以前、一度だけこの街に来たことがある。
      チコリータ一族は神官連ではないが、友好的な関係にはあるらしい。
      神官たちがこの街を訪問したとき、護衛として付いていったことがある」



9: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:29:11.88 ID:kyQF0OpN0

( ´_ゝメ)「ヴィラデルフィアは近いんだな」

ξ゚听)ξ「馬を使って片道二週間ほどかかった。私たちは歩かなくてはいけない」

 気落ちしてきたところで階段をのぼり始めた。
しかし扉の横にいたシスターたちが、俺たちが教会へ入ろうとするのを両腕を広げて遮った。

 『も、申し訳ございません。
 教会は神聖な場所で、入れ墨をされている方はお通ししてはいけない決まりとなっておりますので……』

 まだ若いシスターは、そばかすの浮かんだ顔を強ばらせてささやくように言った。
この土地の気候は、昼は暑く夜は寒い。腕まくりしていたのを忘れていた。

 右腕の黒の紋様は、手の甲を通って指の付け根にまで伸びている。
おまけにスカーフ代わりのバンダナで誤魔化しているとはいえ、あごの下まで伸びている紋様はかなり目立っていた。
火傷の痕のようなあざが出来ている左目と合わせて、改めて自分の格好を考えると、
教会のような場所には不釣り合いな身なりなのは誰の目にも明らかだった。

 どうしようか、とツンに目配せした。
綺麗なウィンクを返される。ここは彼女に任せておこう。

ξ゚听)ξ「チコリータ・ウェルフィリップス司祭様はおられますか?」

 『神父様……ですか? はい。いますけど……』



12: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:33:29.03 ID:kyQF0OpN0

ξ゚听)ξ「聖都ヴィラデルフィア神官連合属下(ぞっか)聖騎士団第十五番隊に所属しております、ツンデレと申します。
      こちらは勇者の兄者です。司祭様にお会いしたいのですが、通して頂けないでしょうか?」

 『聖騎士団……勇者様!? すいません、ただいま神父様に連絡してまいりますので、少々お待ち下さい!』

 赤い髪の方のシスターが、修道服の裾をつまんで早足で奥に消えていった。
一人残ったシスターは、ひたすらツンに平謝りを繰り返している。
神官連の名前の重みを今更知った気がする。友好的な関係といいつつも、上下関係ははっきりしているようだ。

 間もなく司祭らしき太った男が、小走り(彼にとっては全速力なのかもしれない)でやってきた。
随分と広くなった額に汗を滲ませた男は、ついさっきシスターがやったような平謝りを最初に始めた。

ξ゚听)ξ「フィリップス司祭、どうか顔を上げて下さい。説明を怠った私たちにも問題がありますので」

 『大変申し訳ございませんでした。今後、お手を煩わせぬよう注意いたします……。
  ところで、今日は礼拝の為に来られたのですか?』

 ツンの視線が一瞬こちらを向く。

( ´_ゝメ)「ええ。それと、出来れば街の話も聞かせて欲しいです」

 『お安いご用でございます。街のことであればなんでも訊いてください。ささ、どうぞ中へ』

 司祭はちらりと俺の右腕に目をやったが、追い返すことはせず、隠せとも言わなかった。
神官連が相手となると、教会はイエスしか言えなくなるようだ。神と神官連は、どちらが地位が高いのだろう。



13: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:36:52.23 ID:kyQF0OpN0

*―――*


 司祭の後を付いていき、教会の扉をくぐった。中の雰囲気は以前働いていた炭坑に似ていると思った。
ウール製の絨毯が敷かれた長い廊下の先で、開いたままの扉から光が漏れていた。
光を目指してまっすぐ歩く。上質の絨毯は、一歩進む度に小気味良い音を足音を聞かせてくれた。

 建物の中心を横断する廊下なので窓は無く、陽光の代わりに等間隔に置かれたランプの光が廊下を照らしていたが、
明かりがかなり絞られているせいで絨毯の模様が見えないくらい暗かった。
この閉鎖的な雰囲気、人工物と超自然が混じった違和感は、やはりどこか炭坑と通ずるものがある気がする。
あいつら、元気にしてるかな。

 廊下の奥に見える、突き当たりの部屋は礼拝堂のようだ。部屋からシスター以外の者が出入りしているのが見えた。
俺たちのことはシスターたちには伝わっているらしく、彼女たちとすれ違うときは必ず深々と頭を下げられた。
気持ちの上では、既に勇者としての職務をほとんど放棄している状態なので、どうしても気まずく感じる。
ツンの堂々とした態度が少し羨ましかった。

 間もなく礼拝堂に着いた。
この教会の敷地はかなり広く、礼拝堂も数千人が収容できるくらいの広さがある。
造りも凝っていた。天井近くの壁に十字の切れ込みが入っていて、そこから差し込む光が巨大な聖像の胸元を十字架の形に照らしていた。

 さらに驚いたのは、その礼拝堂に集まっている人間の数である。千人は下らないだろう。
特別な祭儀が開かれているとかではなく、彼らは自主的に集まっているように思えた。
格好がばらばらで、作業着で訪れている者も見える。



14: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:39:52.10 ID:kyQF0OpN0

 『こちらが礼拝堂です。大聖堂と比べると狭いでしょうが、まあその、くつろいでいってください』

 司祭の物言いは、教会を応接間かなにかと勘違いしているようなものだった。
ツンは近くにいたシスターと二三、言葉を交わしてから、近くの空いている席に座った。
長い足をぴったりとくっつけて座る姿から、彼女の家柄の良さを感じた。ツンの隣に腰を下ろす。

ξ゚听)ξ「教会には不慣れのようだな」

( ´_ゝメ)「俺が今まで行ったことのある教会は、村の民家に十字架を付けただけのような小さなものだった。
      こんなに本格的な教会は初めてだ。なにか恥ずかしいことをしていたら教えてくれ」

ξ゚听)ξ「その格好自体、かなり恥ずかしいぞ」

 ツンの視線は聖像の方をまっすぐ向いていた。
横顔に湿った視線を送ってから、口の奥で舌打ちをした。

 礼拝堂に来ている者たちは、皆熱心に祈りを捧げていた。
かたくなに握りしめたクロスに、全身全霊の想いを込めているのだろうか。
一見すると真面目な信者に見えるが、彼らの必死な形相に異様な空気を感じた。あれは祈っているというよりは……。

 『そういえば、街のことでお聞きしたいことがあるとか』

( ´_ゝメ)「あ……ああ、そうなんです」



17: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:43:13.74 ID:kyQF0OpN0

 いつの間にか横にいたフィリップス司祭は、申し訳なさそうに続けた。

 『誠に言いにくいのですが、時間を改めてからゆっくりとお話をしませんか?
  なにしろ、ご覧の通り昼の間は絶えず礼拝者が来られるので、なかなか時間が取れないのです。
  そこでどうでしょう、今夜ディナーの席を設けますので、勇者様とツンデレ様、よろしければご馳走させてください』

( ´_ゝメ)「いいんですか? 夜もお忙しいでしょう」

 『暇ではありませんが……せっかく足を運んで頂いたのですから、それなりのおもてなしをしなければバチが当たってしまいます。
  私とて、いろいろと聞きたいことがありますしね。旅の話や、ヴィラデルフィアのことを、いろいろとね』

 フィリップス司祭はしきりにツンの方を見ていた。彼女のことを相当気にしているらしい。
ツンはというと、話している間は目を瞑り、ずっとうつむいていた。しかし話し声が聞こえていない訳ではないだろう。
なんとなく、ツンは司祭のことがあまり好きではないんじゃないかと思った。

 司祭はシスターと共に、どこかへ消えてしまった。多忙なのは本当だろう。
この街の人間は、神頼みが好きそうだから。俺にはやはり教会は似合わない。

 そうさ。おまえが心の底から信じているのは他を圧倒する純粋な暴力に他ならない
神に祈るなんて行為は弱者が精神の安定を図る為の一種の儀式ってだけ。本当は理解してんだろ
ところで、見てるとむかつかねえか。人頼み、神頼み、責任も思考も全て他に押しつけるそのあさましい姿に―――

 ツンを見習って目を瞑り、神に祈りを捧げた。
今日のディナーで、美味しいものが食べられるように願った。



18: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:45:34.39 ID:kyQF0OpN0

*―――*


 宿屋でチェックインし、装備を調えた頃には、既に日は暮れていた。
教会へ行くと、ドアの前に明かりが並んでいるのが見えた。
チコリータ司祭は、わざわざシスターたちと一緒に出迎えてくれたのだ。
手に小さなランプを持った彼らの姿は、夜回りの警兵に似ていた。

 昼間のときと同じように彼らに案内され、教会へ入った。
夜になると、長い廊下はいっそう暗くなったように感じた。
廊下を途中で曲がり、階段を上ると、寝室が並ぶシスターたちの寄宿舎に着いた。
寄宿舎を抜けてさらに奥へ進む。突き当たりの黒い木のドアを司祭が押し開けると、眩しい光が溢れ目がくらんだ。

 『食事は既に用意してあります。どうぞお席へ』

 シャンデリアの下に、テーブルクロスがかけられた長机があり、その上で三つ叉のろうそく立てが火を揺らしていた。
ろうそく立てを囲むようにして料理の皿が置かれている。
シスターが椅子を運んできてくれて、俺たちは促されるままにそこに座った。

 司祭はシスターたちに席を外すように言い、部屋には三人だけが残った。
食事の前の長ったらしい祈りは、司祭の計らいで今夜は無いらしい。

 『いや、こんなものしか用意出来ませんでしたが、どうぞ遠慮無く頂いてください』

 司祭は遠慮がちに言っているが、この教会で出せる最上位のご馳走なのだろう。
ツンの顔を盗み見してみたが、目を丸くして料理を見つめている。



19: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:49:16.06 ID:kyQF0OpN0

 ナプキンの上に、ナイフとフォークが数種類並べられていた。
しかしどれをどう使ってなにを食べればいいのか、全く見当がつかない。
司祭とツンの手元に注意して、見よう見まねで料理を口に運んだ。味などもはやわからない。たぶん美味しい部類に入るだろう。

ξ゚听)ξ「パランザーは、あれから街に来ましたか?」

 ステーキの脂身と格闘しているとき、ツンから司祭へ質問が飛んだ。
パランザーは犬に似ているモンスターだ。騎士やハンターなら問題無いが、一般人が襲われるとただでは済まない。

 『いやはや、聖騎士団の皆様のおかげで、大体が駆除出来たようです。
  やはり魔王が復活したことの影響だったんでしょうかね』

ξ゚听)ξ「それはわかりませんが、一応は解決出来たようで良かったです。
       念の為、ギルドのタスクリストに暴獣討伐を加えておいた方がいいかと思われます」

 『その辺りはぬかりありませんよ』

 黙って話を聞いていた俺に、ツンが補足してくれた。以前、パランザーの集団が街を荒らしたことがあったらしい。
その際聖騎士団をこの街に派遣し、パランザーの巣を叩いたそうだ。
ツン自体はその討伐には加わっていないということも付け加えられた。

 パランザーごときで聖騎士団が動いたというのは、この街と神官連がよほど厚い友好関係を築いているということなのだろうか。
だとしたらモンスターの討伐だけではなく、資金援助や物資援助もしてやればいいと思うのだが。

 会話が止まり、食器から鳴るかちゃかちゃという音だけが響いた。
社交辞令に近い話は済んだようなので、一応本題のつもりで気になっていることを訊いてみた。

 『鐘の音、ですか』



20: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:51:10.85 ID:kyQF0OpN0

 司祭の表情にわずかな陰りが浮かんだ。

 『それを話すには、この街の歴史から話さなければなりませんな。
  ツンデレ様は、どのくらいご存知なのでしょうか?』

ξ゚听)ξ「いえ、あまり。魔女の呪いが関係していると聞いていますが、詳しいことはなにも」

 『そうです。魔女の呪いなんですよ。全ての元凶は』

 司祭は興奮しだした気持ちを抑えるように、食べる手を止めて一度視線を落とした。
顔を上げた彼は、身振り手振りも交えて語り出した。

 『かつてこの地は、自然が溢れ、川のせせらぎと小鳥たちの歌う声が聞こえる緑豊かな場所だったのです』

( ´_ゝメ)「今はかなり様変わりしていますね」

 『そうです。自然と共に暮らしていた我々に、工業の技術を伝えた者たちがいました。
  彼らから製紙、製糸、油から燃料を取り出す技術や、丈夫な布を作る技術を教わりました。
  しかし彼らの扱う技術というのは、広い敷地と多種の原料が必要でした。街を包む自然ごと、生活様式を変えざるを得なかった』

 司祭の入れてくれたワインを一口飲んだ。年代物らしく、舌に残る深い味わいが美味しい一級品だ。
かなりアルコール度数が高いが、司祭は食べ始めてからハイペースで飲み続けている。

 『私たちは交易も学び、それに伴って街は加速的に発展していきました。
  ところが、大規模になったコミュニティに必要なものが決定的に足りなかった。
  それに気がついたときには、街は崩壊寸前だったのです』



21: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 04:55:05.35 ID:kyQF0OpN0

( ´_ゝメ)「足りなかったもの?」

 『指導者です。平たく言えば、街のボスです』

 テーブルに肘をついて、あさっての方向を見ながら司祭はため息をついた。
酒場で安酒をあおる労働者と何ら変わらないその仕草に、神に仕える者の威厳は無かった。

 『誰もが自分の利益を優先して動いた。当然、争いが生まれる。
  街の行く末を不安に思う者たちの間で、宗教が生まれ、神を信仰する習慣が生まれました。
  最初に教会を造ったのは、私の先祖であるチコリータ・シルヴィス司祭です』

 その辺りの話は、教会の前に建っていた石碑に書いてあったので大体知っている。
石碑によると、確かチコリータ・シルヴィスは、街を救った英雄として扱われていた。

 『シルヴィス司祭はある日、神からのお告げを頂きました。
  街にやってきた魔法使いを街の指導者にせよ、というものです。
  間もなくして、街に一人の魔女がやってきました。
  神のお告げと、シルヴィス司祭の人徳によって、その魔女を街の指導者とすることが決定したのです』

 いくら神のお告げでも、流れ者の魔女に街を託すというのはどうなのだろう。
単純に信仰が深かったからか、それほど切迫してからなのか。いずれにしても正気の沙汰では無い。

 『ところがその魔女はとてつもない力を持った者で、人々は次第に魔女に恐怖を抱き始めます。
  それをいいことに、魔女は独裁政治を始め、街を征服しようとしました』

 司祭は苦悶の表情を浮かべ助けを求めるように両手を挙げた。
話し方にはさらに熱がこもった。



23: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 05:01:22.05 ID:kyQF0OpN0

 『人々はシルヴィス司祭に相談し、シルヴィス司祭は再び神に祈ります。
  すると、新しいお告げが彼に下されたのです。魔女を打ち倒し、街を人の手に取り戻せと』

 お告げによると、魔女は人間ではないらしい。

 『シルヴィス司祭はお告げの通りに魔女を倒し、火あぶりの刑に処すのです。
  この辺りの詳しい描写は、街の史書に載ってあります。公立図書館の歴史コーナーにありますので、良かったら』

ξ゚听)ξ「そこで魔女が死んだのなら、魔女の呪いというのは何なのですか?」

 ツンの疑問はもっともだった。
悪の権化とされている魔女が死んだのなら、物語はこれで終わってしまう。

 『違うのです。魔女はただでは死ななかった。死ぬ直前、こう言い残しました。
  この街に呪いをかけた。いずれこの街は死で溢れかえり、人々は滅ぶだろうと』

 司祭の握りしめた手の中で、フォークが小刻みに震えた。

 『実際、呪いは本当にありました。作物が枯れ果て、食糧供給が少なくなり、飢饉に陥った。
  事業は失敗し、犯罪に走る者が増え、街は荒れに荒れました。
  するとそこで、また再び神のお告げが聞こえたのです。
  白銅で造られた鐘の音で、呪いを抑えることができるというものでした』

 司祭の顔に笑みが戻った。
それから教会が鐘を突き続けることで、街は何とか存続できているらしい。

 話し終えると、満足そうに数回頷いた後、司祭は食事を再開した。
いくぶんか冷めている料理を、慣れた手つきで口に運んでいく。食べるのが大好きなようだ。体型に納得する。



24: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 05:03:37.31 ID:kyQF0OpN0

 『それはそうと、旅のお話を聞かせてもらえませんか?
  なにしろ街から離れられない身ですので、他の街のことをほとんど知らないのです』

 料理にも飽きてきたので、手を休めるのに都合がよかった。
なにから話そうか。特に理由は無いが、クーのことをこの男に話したくなかった。


*―――*


 すっかり話し込んでしまった。
教会から出ると、三日月が街の工場地帯の遙か上に昇っているのが見えた。

 司祭は宿屋まで送ると言い出したが、ツンが丁重に断った。
司祭とシスターたちは、俺たちが見えなくなるまで後ろから見ていたようだ。しばらく背中で視線を感じた。

 サンゼルマルクの通りをひとたび抜けると、宿無したちの群れが道の両脇に現れた。
薄い毛布を身に纏い、やせこけた黒い顔をうつむかせて座っていた。寒さと飢えと疲労で表情を無くしている。
彼らは皆、石化したように動かないので、次第に街のオブジェのように見えてきた。

 静かな夜だった。
自分たちの足音と、時折聞こえる野良猫の鳴き声以外、なにも聞こえなかった。

ξ゚听)ξ「司祭の話、どれくらい本当だと思う?」

 隣を歩いていたツンに顔を向ける。視線がぶつかると、俺の方が先に目を逸らしてしまった。
彼女は今日も化粧をしていた。精悍な顔立ちであり、あどけない少女のようでもある、不思議な顔。



26: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 05:06:24.37 ID:kyQF0OpN0

( ´_ゝメ)「全部嘘だろ」

 労働者たちが一組、通りの向こうから歩いてきた。
疲れているからか誰一人口を開かず、無言のまま横を通り過ぎていった。

ξ゚听)ξ「嘘か真実か、実態はどうあれ、この街の者は皆信じているんだろうな」

( ´_ゝメ)「おまえは真実を知っている。そうだろ、ツン」

 ツンがこちらを向いたのを感じた。
あえて前を向き続けて、顔を見ないようにした。

ξ゚听)ξ「どうしてそんなことが言える?」

( ´_ゝメ)「わざわざ他人の口から街のことを喋らせたのは、真実の歴史、口外出来ない歴史しか知らなかったからだ。
      違うか?」

ξ゚听)ξ「根拠の無い話だ」

( ´_ゝメ)「ああ。ただの勘だよ」

ξ゚听)ξ「私のこと、信じてくれないの?」

 甘えるような猫なで声だった。
うっかりツンに目を向けると、冷めた表情で見上げてくる彼女と目が合った。
無視していれば良かったのに、どうしても反応してしまう自分が情けない。



27: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 05:10:15.29 ID:kyQF0OpN0

ξ゚听)ξ「大事なのは信じることだ。真実かどうかではない」

 言い切った彼女の顔は、自信で溢れていた。
そうかもしれないと思い、そんなわけがないとも思った。

 しばらくの間、沈黙が漂った。
いくら歩いても変わり映えしない街の景色を見ながら、よどんだ空気の中を進んだ。

 ふと目に留まったのは、道ばたに座り込んでいる一人の老婆だった。
見覚えがあるのだが、すぐには思い出せなかった。思い出したのは通り過ぎた後だ。

 昼間に、おどろおどろしい歌を口ずさみながら俺とすれ違った老婆だ。
忽然と姿を消したので、少し気になっていたのだった。

( ´_ゝメ)「すまん、少しいいか」

ξ゚听)ξ「どうした?」

 ツンには応えず、道を引き返して老婆の前に立った。
壁に背を預けて座り込んでいる姿は、他の宿無しと変わらない。防寒の為か、膝掛けで体を包み小さく丸まっていた。
白髪になった髪を後ろで結んでいるが、髪は所々ほつれている。

 俺に気がつくと、老婆は顔を上げた。
穏やかな表情だった。突然現れた男に驚く訳でもなく、むしろ待っていたかのように彼女は落ち着いていた。

 どうしてこの老婆と話をしようと思ったのか、自分でもわからない。
安っぽく言うと勘であり、大げさに言うと予感がしたからだ。



28: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 05:14:44.94 ID:kyQF0OpN0

( ´_ゝメ)「……この街で本当に、魔女が死んだのか?」

 老婆の表情は変わらない。
暗い月の光が彼女の瞳の中にあった。

 『ここは……恐怖と慈愛で溢れている……』

 しわがれた声は、重い余韻を残して空気と混ざっていった。
それから彼女は歌い出した。滅びを尊ぶ歌だった。

 踵を返して歩き出す。静寂が覆う街に風が吹いた。
老婆の歌が風に乗って耳に届く。暗い賛歌が残響を伴って、頭の中からも聞こえてきた。
腕を組んで無愛想な表情で待っているツンの元へ、逃げるように足を速めた。



30: ◆UhBgk6GRAs :2010/01/08(金) 05:15:42.97 ID:kyQF0OpN0


#かつてここで魔女が死んだ

終わり



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