( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

4: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:23:15.41 ID:paCgN8rE0

 食料は五日前に尽きていた。
ブナシュ高原の毒草地帯には食べられる動植物が存在しない。
持ち合わせの食料が尽きたらあとは雨水でのどを潤すくらいしかできないのだ。

 リッヒゼンピートで馬を調達していれば。毒草地帯のことを考えて多めに食料を手に入れていれば。
多少時間がかかっても海沿いのルートを選んでいれば。しかし後悔で腹は膨れない。

 昨夜からツンと言葉を交わしていなかった。
空腹のせいで俺たちは苛立っていたし、口を開く気力も無いほど心身共にやつれていた。

(  _ゝメ)「―――あ」

ξ ー )ξ「ああ……」

 だから、目線のはるか先に、地平線を覆うほどのとてつもなく巨大な壁が見えたとき、
声にならない声を上げ、笑顔になっていない笑みを作り、二人で抱き合った。
このとき俺たちは、到着した喜びよりも、むしろ生還を祝い合った。

 着いた。とうとう着いた。ヴィラデルフィア。
世界最大の領土を持ち、神官連の総本山である大神殿があり、さらに実質的な世界最高権力者、法王がいる場所でもある。

 そしてここは、ツンとの旅の終着点。



6: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:25:01.10 ID:paCgN8rE0













#33

*――ヴィラデルフィア――*



10: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:28:10.78 ID:paCgN8rE0

 ヴィラデルフィアはまるで巨大な要塞のようだった。外壁があまりにも広すぎて端が見えない。
陸から入れる入口は三つあるらしいが、その入口を探すだけで三時間かかった。

 ようやく見つけた入口は、横に広がっているへんてこな形をしたものだった。
スライド式の鉄格子がついていて、人が通る瞬間のみ、通り抜けられるギリギリのすき間を開けているようだ。
ツンによると、このように入口が横に広く、縦に狭い作りにしているのは、外敵(モンスター)対策らしい。

 大都市というだけあって、入口を護る警兵の数がかなり多かった。
規律もしっかりしていて、他の街の警兵みたくだらだら仕事したりはしないし、身につけている装備品も整っている。

 さすがヴィラデルフィアだ、と感心している俺をそっちのけで、ツンは入口を見張っている警兵の元へ歩いていった。
入口には数十人の列が出来ていて、これに並ぶとするとまた二時間ほどかかりそうだったが、
戻ってきたツンは「入るぞ」と一言告げてから、警兵用の入口でさっそうと中に入ってしまった。
ここでも聖騎士団の恩恵にあやかれるようだ。笑顔で俺たちを見送ってくる警兵たちに、軽く頭を下げながら、ヴィラデルフィアに足を踏み入れた。


*―――*


 入口を抜けた先は、市街の中央通路だった。
ゆるやかな坂の両端に家々が立ち並び、広い道路には馬車と人々が行き交っている。
ターバンを巻いた者、露出の激しい若い女たち、俺の腰くらいしかない中年の男、顔に入れ墨を入れている大男。
様々な地方の者たちがごった返している大通りの真ん中で、中州に取り残された仔猫のように立ち止まって、しばしの間呆然としていた。

ξ゚听)ξ「パンとドリンクを買った。ひとまずはこれで」



12: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:31:26.49 ID:paCgN8rE0

 うろたえる俺の元へ、ツンが露店で食料を買ってきた。
その場で立ったまま、三口ほどでたいらげる。美味い。
まだ空腹は収まっていないものの、歩くだけの体力は十分に回復した。

ξ゚听)ξ「なあ、まずは私の家に行こうと思うんだが、いいか?」

( ´_ゝメ)「……え? ああ、そのつもりだった。それにしても人が多いな。
      こいつらは、なにか目的があってこの道を歩いているのか?」

ξ゚听)ξ「あ、当たり前だろう」

( ´_ゝメ)「祭りでもあるのかな」

ξ゚听)ξ「祭りのときはもっと多いぞ。まあ、二、三日で見慣れるさ」

 かつてここまで人の多い場所を歩いたことが無かった。
避けきれなかった通行人と肩をぶつけ、嫌味のこもった視線をもらい続ける。
ここでスリにやられたらさすがに追いかけるのは無理だろう。金の管理はしっかりしたいものだ。

 大通りを抜けて、俺はさらに面食らうことになる。
今まで大通りだと思っていた通りより、さらに広い通りにぶつかり、人の量もそれに合わせて倍に増えたのだ。
それでもツンは人波をかきわけてがんがん進んでいく。
下手すると彼女を見失いそうになるので、体がぶつかるのを承知で強引についていった。



15: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:33:52.42 ID:paCgN8rE0

 しかし限界があった。
人が作る肉壁にツンがかき消えそうになったとき、プライドを捨てて叫んだ。

( ;´_ゝメ)「ツン。早い。ちょっと。待って」

 この雑踏の中で声が聞こえるか不安だったが、数歩先でツンはこちらを向いて待ってくれていた。

ξ゚听)ξ「手でも繋いで欲しいのか?」

( ´_ゝメ)「出来るなら」

ξ゚听)ξ「急ぐぞ。ほら」

 半分は冗談だった。
予想に反して、彼女はいとも簡単に手を差し出した。

 迷った。
手を繋ぐことにどこまで意味があるのか、意味を持ってしまうのか、わからなかったからだ。

 半分は冗談で、そしてもう半分の気持ちを俺は否定したかった。
差し出された手が、うなだれるように沈んでいった。

ξ゚听)ξ「もうすぐ人混みから離れられる。ついてこい」

 背を向けて歩き出したツンは、俺に合わせてスピードを緩めてくれていた。
彼女と並ばない程度に、斜め後ろをぴったりとくっついて歩いた。
この距離感が心地よく、少しわびしく、心から申し訳なかった。



20: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:35:44.84 ID:paCgN8rE0

*―――*


 やや寂れた通り(他の街と比べればよほど人は多い)に入ってから、馬車に乗ってツンの家を目指した。
馬車の全速力をもってしても一時間弱はかかるらしい。

ξ゚听)ξ「ヴィラデルフィアは、元々三つの街だったんだ。
      神官連が三つの街を統治して、それぞれの領土を繋いで、巨大な街を造ったの」

( ´_ゝメ)「凄まじい広さと人の量だな。これじゃあいくら警兵がいても足りすぎることは無い」

ξ゚听)ξ「まあね。酷いときには聖騎士団が動くこともある」

( ´_ゝメ)「頼もしいな」

 街の景色が五分ごとにころころと変わっていく。
窓から眺めているだけで面白い街だ。劇場、カフェ、服屋、雑貨屋、マギ屋、武器屋、鍛冶屋。
おそらく全ての商業施設がこの街にはあるのだろう。人混みが苦手でなければ天国のような街だ。
つまり、俺としてはあまりくつろげない場所ということだ。

ξ゚听)ξ「あれだ」

( ´_ゝメ)「どれ?」

ξ゚听)ξ「あのオレンジ色の屋根が、私の家だ」

 気がつけば、回りは富裕層の民家だけになっていた。
塀に囲まれた一際大きい屋敷の前で、馬車を止めた。



22: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:38:43.24 ID:paCgN8rE0

*―――*


 ツンが手慣れた動作で格子の門を開け、俺たちは敷地の中に入った。
鍵がかかっていないのは、この辺りの治安がいいからだろうか。

 庭には魚の泳ぐ池があり、屋敷の周囲にはクヌの木が植えられている。
玄関まで歩いていき、ツンが木製のドアを二度叩く。数秒後、解錠の音が聞こえてから、ドアが内側から開かれた。
中に立っていたのはメイドだった。ツンを見て目を丸くしている。

ξ゚听)ξ「あの、ただいま」

ノハ;゚听)「ツン様、ご無事だったのですか!?」

 心配そうな表情を浮かべるメイドに、ツンは一回転して自分の体を見せてやった。
それでも足りない様子のメイドは、肩や腕を手で触り、念入りに体の無事を確かめていた。
少しだけ、その手つきがいやらしく見えた。

ξ゚ー゚)ξ「家の様子は変わりない?」

ノハ;゚听)「変わりまくりですよ!!
      十五番隊が消えたという連絡を受けて、奥様は毎晩お酒をあおる日々を続けていまして……。
      そうだ!! 奥様に連絡してまいります!!」

 ツンの体から手を離したメイドは、今度はその手を振り回しながら叫んだ。



25: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:41:32.75 ID:paCgN8rE0

ξ;゚听)ξ「母様が? 大変……いいわ、あなたは客に部屋と風呂を用意して。それと食事も。
       母様のところには私が直接いくから」

ノパ听)「お客様……こちらの殿方は、聖騎士団の方でございますか?」

ξ゚听)ξ「違うよ。この人が勇者、兄者様」

ノハ;゚听)「勇者様!? あ……大変お見苦しいものを見せてしまって、あの……」

ξ;゚听)ξ「いちいち気にするような方じゃないから。ほら、早く部屋に案内してあげて」

ノパ听)「かしこまりました!!」

 ツンはメイドの横を通って、駆け足で二階に上がっていった。
おそらく彼女は、自分の母親の存在を忘れていたのだろう。

 声量の大きいメイドに連れられて、客用らしき寝室まで案内された。
家具や調度品は一流だが、普段は使っていないからだろうか、あまり生活感が感じられない部屋だった。

ノハ;゚听)「お風呂の準備をしてまいります」

( ´_ゝメ)「いや、シャワーだけ浴びるよ。それよりも食事をお願いしたい」

ノパ听)「かしこまりました!! お食事は、肉料理、魚料理、野菜料理、いろいろとありますけど……」

( ´_ゝメ)「全部だ。全部くれ」



27: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:44:46.70 ID:paCgN8rE0

ノハ*゚听)「かしこまりました!!」

( ´_ゝメ)「それと」

 走って出ていこうとするメイドを引き止め、名前を訊いた。

ノハ*゚听)「ヒートです、勇者様!!」

 赤い髪の女は、鼓膜に震動を残すような声で名乗った。
これだけ印象が強いと忘れたくても忘れられそうにない。

 ツンがなにも言わなかったところをみると、おそらく普段からこの声量なのだろう。
くわえて、ツンが生きていたことが嬉しかった、というのもあるに違いない。

 どたどたと廊下を走り去っていく音が懐かしく聞こえた。
ところ構わず走り回る女と、俺は昔、旅をしていたから。


*―――*


 広いダイニングで一人食事を取っているところに、遅れてツンがやってきた。
母親と感動の対面を果たしたということで、目に涙でも浮かべていたら面白かったのだが、
彼女はいつもどおりのすまし顔でダイニングに現れた。おまけに着替えも済ませてきている。



29: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:48:40.21 ID:paCgN8rE0

ξ゚听)ξ「ヒート」

ノパ听)「はい!!」

ξ゚听)ξ「サラダとスープだけ頂くわ。食事が済んだら、勇者様を大神殿にお連れするから」

ノハ;゚听)「え、あ、はい。奥様はどうされましたか?」

ξ゚听)ξ「泣き疲れたのか、安心しちゃったからか、寝室で寝ているわ。夜まで起こさないであげて」

ノパ听)「は!……はい」

 向かいの席に腰を下ろしたツンは、ヒートが持ってきたサラダとスープを、
ナイフ、フォーク、スプーンを使って優雅に食べ始めた。
がむしゃらに肉を口に運んでいる自分が急に恥ずかしいやつに思えてくる。

ξ゚听)ξ「食べ終わったら、荷物をまとめて大神殿に行きましょう。途中で店に寄って服を替えましょうか。
       家には女物の服しかありませんので」

( ´_ゝメ)「ああ、そうしよう」

 ナイフを使って肉を切り分けようか少し考えたが、結局フォークを刺したままかぶりついた。
きっとツンも、本当はこうやって食べたいのだろう、と決めつけて。


*―――*



33: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:52:13.41 ID:paCgN8rE0

 ヒートの名残惜しそうな顔を見てしまったせいで、ツンの家を出るときは、後ろ髪を引かれる思いだった。
きっと彼女は俺とツンのことについてあれこれ訊きたかっただろう。
ツンは彼女になにも説明していないようだった。行方知らずだった間なにをやっていたのか、気になっているに違いない。

 これからツンがどうするつもりなのか、俺はまだ知らない。
教えてくれないということは、言いたくないということだから。
聖騎士団に戻るつもりなら、おそらくそれは叶うだろうと思うが、その後のことが問題だ。
そんなことを俺が気にしても仕方が無いといえば仕方が無いだろうが、放っておくのは少々薄情ではないだろうか。

 引っかかることはまだあった。
俺は彼女に、なにか言わなくてはいけない気がするのだ。

 いくら服を選んでも「センスが悪い」と言って買わせてくれない彼女に、伝えるべき言葉がある。
いつの間にか同じ歩幅で歩いていた俺たちの間で、まだ交わしていない会話がある。

ξ゚听)ξ「大神殿に着いたら、もしかしたらだけど、もう会えないかもしれないね」

 珍しくしおらしい声を出し、目も合わせてくれない彼女に、俺はなにを言えばいいのか。
言葉というのは、肝心なときほど使い物にならない。


*―――*


 大神殿に着いたとき、俺はラシャトリカで見た神殿を思い浮かべていた。
あのとき俺は神殿の大きさに圧倒されたが、今見上げているそれと比べると、まるで比較にならなかった。
大神殿の敷地だけで街が一つ作れそうだ。



36: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:56:10.59 ID:paCgN8rE0

 コの字型の大神殿は、柱一つとっても巨大過ぎる造りだった。
入口が縦にも横にもだだっ広く、百メートルある巨人でもスキップしながら中に入れるくらいあった。

 おまけに大理石に近い素材の床には、ちり一つ落ちておらず、傷すらついていない。
毎日磨いたとしてもここまで完璧に維持するのは不可能だ。
ここは一体どういう造りになっているんだ。

ξ゚ー゚)ξ「すごいだろう。大神殿は魔力の結晶で出来ている。全てが神秘なんだ」

( ´_ゝメ)「すごいよ。感動した。あ……すまん、中に入ろうか」

ξ゚听)ξ「いや、ここで待っていた方がいいかもしれない。そろそろ迎えが来るだろうから」

( ´_ゝメ)「迎えといっても、周りには誰もいないぞ」

ξ゚听)ξ「すぐに来るよ」

 間もなくして、ツンの言った通りになった。
ただ予想と違っていて、やってきた者たちの様子が妙だった。

 数十人の警兵と、彼らを従えている数人の騎士たちは、明らかに俺たちを警戒している様子だった。
迎えというよりは、どちらかといえば侵入者を捕らえに来たような雰囲気だ。

ξ;゚听)ξ「神官連合属下、聖騎士団第十五番隊所属のツンデレです。あの、どうされましたか?」

 ツンの声が若干震えていた。
彼女にとっても予想外だったということで、ますます危機感が満ちてきた。



40: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 20:59:07.72 ID:paCgN8rE0

 入口の手前、二本の巨大な柱の間で、俺たちは前後を板挟みにあった。
騎士の一人が合図をし、彼らは一斉に剣を手に持った。戦闘直前のぴりぴりした緊張が張り詰める。

( ;´_ゝメ)「なにがどうなってるんだ?」

ξ;゚听)ξ「わかんない。どうしよう。私は聖騎士団です! どうか剣をお収めください!」

 『知っているよ。特待騎士ツンデレだろ』

 返事をしたのは、銀色の仮面をつけた騎士の男だった。
どうやらここにいる騎士は全員が聖騎士団らしい。警兵たちと比べて立ち振る舞いも凄みも違う。

ξ;゚听)ξ「ならどうして!? 勇者様をお連れしてきたんですよ!」

 『ツンデレくん。私は駒だ。指令以外の行動は取れない。ここでの指令は、待て、だ。
  勇者様、あなたが本物の勇者であるのなら、ここは私たちに従い、少々のお時間を捨ててほしい。
  このような無礼な歓迎をするのはこちらとしても不本意なのですが、致し方ない事情があるのです。
  どうかご了承なさいませ』

ξ;゚听)ξ「事情とはなんなのですか?」

 『言えない事情だ。先ほどの表現が限界だと思って頂きたい』

( ´_ゝメ)「ツン。待とう。なにか誤解や手違いが起こったのかもしれない。
      考えてみれば、俺が本当に勇者かどうかなんて一目見てわかるわけが無いしな」



44: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:01:52.20 ID:paCgN8rE0

ξ;゚听)ξ「そんなはずは、無いんだ」

( ´_ゝメ)「え?」

ξ;゚听)ξ「おまえが勇者なら、こんなことは起こるはずが無いんだ。兄者、おまえは一体、誰なんだ?」

 ツンが二、三歩後ずさる。顔が怯えきっていた。
俺がツンに歩み寄ろうとすると、周りの警兵たちが威嚇のように剣をしならせた。

 訳がわからない。
なにもわからない。

 ツンは俺と距離を取ったまま、決して近寄ってこようとはしなかった。
周りの兵たちも皆、そうしていた。まるで見せ物の動物みたいだ。

 俺は俺のはずなのに。
勇者であり、兄者であり、人間だ。当たり前のはずだったことが、曖昧に滲んでいく。どうして。なぜ?
四方八方から絡みつく視線に、左目がうずき始めた。

 「皆の者、構えを解きなさい」

 聞き覚えのある声だった。
動悸と目眩に若干ふらつきながら、声のした方に目をやった。

( ФωФ)「その者は紛れもなく勇者である。早く構えを解きなさい」



47: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:04:49.04 ID:paCgN8rE0

( ;´_ゝメ)「……ロマネスク、大神官」

 胸の高まりはしばらく収まらなかった。しかし左目のうずきはすぐに無くなった。
周りの者たちから敵意が消えたからだろう。

 呼吸を整え、姿勢を正すと、さっきまでの発作が嘘のように消えていた。
レイジに至るまでの過程が早いと、冷めるのも早いのかもしれない。

 周りの警兵たちは、ロマネスクがもう一声かけると、規律ある動きでぞろぞろと神殿の中へ消えていった。
残った聖騎士団の騎士が俺を取り囲む。

 『こちらの不手際で、大変な失礼をいたしました。さあ、中へご案内しましょう』

 呆れてしまうほど騎士たちの態度は変わっていた。
ロマネスクが来たことに意味があるのか。それともロマネスクへの信頼によるものなのか。
あるいは、俺には想像もつかないやりとりが密かに行われたのかもしれない。

 ロマネスクの周りには、これまた見覚えのある赤い甲冑の兵士が四人いた。
案内をしてくれるのはロマネスクを含めた彼ら五人のようだ。

( ´_ゝメ)「……ちょっと待って欲しい。ツンが」

( ФωФ)「ツンデレくんのことは我々にお任せください。おい、君」



49: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:08:10.83 ID:paCgN8rE0

 『はっ!』

 一歩も動かないまま、肩を震わせているツンデレの元に、銀色の仮面の騎士が走り寄っていった。
騎士はツンの肩を抱き、神殿の中へ連れて行く。せめて一声かけようと思ったが、声が出ない。
かける言葉も見つからない。

( ФωФ)「兄者様は、私たちについてきてください。
       いろいろとお話したいことや、訊きたいことがございます」

 ツンが気になるが、ロマネスクと周りの騎士たちが歩き出したので、それに従ってついていった。

( ´_ゝメ)「話とは、魔王に関することですか?」

( ФωФ)「そのことはもちろんお話しますが、実を言うと本題は別にあります。
        予想はつくでしょうが、とりあえず中に入ってからにしましょうか。
        一応ここは、民間人も来られる場所なので」

 失言かと思ってしまうほど彼はあっさりとそう言い放った。
魔王よりも重要な用件がある。そしてそれはおそらく闇鴉のことだ。
神官連の立場からだと、勇者と魔王の戦いはなによりも優先すべきことのはずである。
実態はどうであれ、その姿勢を見せておかなければ神官連の存在意義を疑われてしまう。

 これが失言でないとしたら、俺が神官連に不信感を抱いていることが彼にばれているということではないか。
ばれているから、あえて隠さなかった。つまりこれは俺に対して警戒しているということをほのめかしているのだろう。



51: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:11:05.02 ID:paCgN8rE0

 どうして俺相手にそこまで警戒しなくてはならないのか。
聖騎士団さえも出動させたからには、なにか理由があるはずだ。
ツンの怯えた表情も引っかかる。

 ―――おまえが勇者なら、こんなことは起こるはずが無いんだ。兄者、おまえは一体、誰なんだ?

 さあ、誰なんだろうなあ


*―――*


 淡い青色をした床を、ロマネスクの先導で進んだ。
先頭のロマネスクに、ぴったりとくっついている聖騎士団の男が一人。
額に円形のエンブレムがついた兜が特徴的だ。

|::━◎┥

 その後ろに、少しだけ間隔を空けて歩く二人の騎士。
一人は兜の目の部分が逆三角形の形に開いていて、そこから歴戦の騎士に相応しい尖った両目が覗いていた。
もう一人は兜から半分以上顔が出ている、背中と腰に剣を一つずつ差している男だ。
顔が見えているので年齢が分かりやすい。ロマネスクより年上だろう。初老くらいか。

/▽▽ [ Д`]



54: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:15:29.02 ID:paCgN8rE0

 最後に、俺の後ろをマークしている四人目の騎士。
彼は赤い甲冑を着ている点で見た目は似ているが、他の三人とは雰囲気が全く異なる。
あまり使った形跡の無い剣と、十字の切れ込みが入った兜から見える妖しい目線が気になる男だ。

(十)

 赤い甲冑以外で共通していることとすれば、おそらくそれは戦闘能力。
ラシャトリカで出会ったときからさらに戦闘をこなし、場数を踏んだ今の俺なら断言できる。
こいつらはあまりにも強すぎる。勝つどころか、まともに闘うイメージすら沸かないほどだ。

( ФωФ)「歩きながらで失礼ですが、軽く自己紹介を済ませておきましょうか。
        今更という感じもしますがね」

 ロマネスクが肩越しにこちらを振り返った。

( ФωФ)「私は杉浦ロマネスク。神官連合で法王様直属の神官、いわゆる大神官を務めております。
        周りの彼ら四人は、新鋭騎士団第五番隊の騎士たちです。私の護衛と補佐を任せています」

 自分の挨拶が終わったら、ロマネスクはまた前を向いた。
次にロマネスクのすぐ後ろにいた円いエンブレムの騎士が、歩く速度を変えて俺と並ぶ。

|::━◎┥「神官連合属下第五番隊隊長の歯車王と申します。以後お見知りおきを」

 滑舌がよく、自信を感じさせる声だった。
手短な自己紹介を済ませると、彼はまたロマネスクの後ろについた。
今度は歯車王の後ろにいた二人が、俺の両脇に並ぶ。



55: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:17:40.48 ID:paCgN8rE0

/▽▽「同じく、五番隊の電気王です」

 逆三角形の騎士は品定めするように、俺の全身に視線を巡らせてから、また元の位置に戻った。
もう一人の騎士は、

[ Д`]「俺、エンジン王。よろしくね」

 軽い調子で自己紹介してから、小走りで前に戻っていった。
最後に、俺の後ろにいた十字の男が口を開いた。

(十)「原子王といいます。私はあなたと少しばかり縁が深い。
    そのことで話す機会があればお教えしますが」

( ФωФ)「もうすぐ部屋に着きます。話はこれくらいにしておきましょうか」

 原子王の言葉をロマネスクが遮り、それから会話は一切なくなった。
ロマネスクは意図的に原子王の口を閉ざしたようだ。
少しばかり深い縁というのがどういうものか想像はつかないが、原子王の立場を考えて、今は忘れることにした。

 歩き始めてから十数分が経った。
ロマネスクが立ち止まったのは、第六十六会議室と彫られているプレートがはめ込まれた部屋の前だった。


*―――*



60: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:21:33.56 ID:paCgN8rE0

 長方形の部屋にはカーペットが敷き詰められていて、土足で入るのを一瞬ためらった。
壁にかけてある絵画や隅に置いてある彫像は、当然のように神官連に関するものばかりだ。
背の低いガラスのテーブルが中央にあり、一人用のソファーがいくつもテーブルを囲んでいた。

 壁とテーブルにランプの形をした照明がある。
ただのランプと違っていて、中で火が燃えている訳ではなかった。なにが発光しているのか見ただけじゃわからない。
ランプと人数の数だけ、人の影が壁に揺らめいていた。

( ФωФ)「お好きな席へどうぞ」

 ロマネスクの声に最も早く反応したのは、兜から顔を半分出したエンジン王だった。
柔らかいソファーに深々と座り込んだ彼は、ロマネスクの冷たい視線に気がつくと飛び起きて直立した。

 ソファーに座ると、二席分空けてロマネスクが斜め右に座った。
四人の聖騎士団はロマネスクの後ろに立ち、本来の役割である護衛に徹している。

( ФωФ)「あとからもう二人来ます。それまで、勇者のあなたにして頂きたいことなどをお話ししましょう」

( ´_ゝメ)「その前に質問があるのですが、いいですか?」

( ФωФ)「なんでしょうか」

( ´_ゝメ)「ラシャトリカでのことを説明してほしいのです」

( ФωФ)「というと?」

 ロマネスクを睨んだ。しかし彼は涼しい顔のまま、ポーカーフェイスを崩そうとしない。
代わりに後ろに立っている聖騎士団に、一瞬の緊張が走った。



62: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:25:11.52 ID:paCgN8rE0

( ФωФ)「……そうでした、あの街であなたに大変な無礼を働きました。
       そのことについては、とても申し訳なく思っております」

( ´_ゝメ)「俺が訊きたいのは、どう思っているかではなく、なぜ俺を捕まえようとしたのか、ですよ。
       ロマネスク大神官」

( ФωФ)「あのとき私は、あなたをヴィラデルフィアに連れて帰ろうと思いました。
        要するに、闇鴉の強襲からあなたを保護しようとした、ということです。
        ちなみにあれは私の独断によるものです。これでいいでしょうか?」

 ツンから聞いた話と同じだった。
実際に本人の口から聞いても、口からでまかせを言っているようには聞こえない。

( ФωФ)「あなたは神官連に不信感を抱いているようですが」

 心臓が小さく跳ねた。脇にじんわりと汗をかく。
ロマネスクの猫目がぎょろりと光った。

( ФωФ)「我々も同じなのですよ」

( ´_ゝメ)「……同じとは?」

( ФωФ)「神官連は今、あなたに不信感を抱いている。果たしてあなたが敵なのか、味方なのかと」

 部屋が静まりかえった。
ロマネスクの言葉を頭の中で反芻する。
その間、ロマネスクはじっと俺の顔を見て、様子をうかがっていた。



65: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:28:17.66 ID:paCgN8rE0

( ´_ゝメ)「―――それはきっと、あなたたちの対応次第ですよ」

 ラシャトリカで、ロマネスクから言われた言葉をそのまま返した。
ロマネスクは一瞬だけ不敵に笑ったが、すぐに表情を殺し、ポーカーフェイスに戻った。

( ФωФ)「そういえば、あのときあなたは魔法使いを連れていましたね。彼女はどうしたんですか?」

 また心臓が跳ねる。今度はさらに大きく、痛みも伴った。
俺が答えないでいると、ロマネスクは沈黙を塗り替えるように、話を始めた。


*―――*


 ロマネスクの退屈な話が始まってから、既に三十分が過ぎていた。
人間と魔族の戦争、歴史、魔王と勇者の関係、魔界と聖界、ヴィラデルフィアの地下遺跡。
一度アヌヴィスから聞いた話を、さらに詳しくもう一度聞いたところで、面白くもなんともない。

 そんな中、初めて興味を引く話をし出したのは、それからさらに三十分が過ぎてからだった。

( ФωФ)「あなたの弟さんのことについても、話さなければなりませんね」

( ´_ゝメ)「弟者の? 教えてください」

( ФωФ)「彼は今、魔界にいます。連れ去ったのは魔族の使者。
        あなたが勇者として選ばれたのを聞きつけ、弟さんをさらっていった」

( ;´_ゝメ)「魔界って……そんな」



70: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:33:03.96 ID:paCgN8rE0

( ФωФ)「しかし安否の確認はしております。
        弟さんは魔界で生きている。これは確かです。絶対です。信じて頂きたい」

 どうやって安否の確認をしたのか訊きたかったが、他に気になっていたことがある。
どうして魔族が聖界にいるのかという点についてだ。

( ´_ゝメ)「ちょっと待ってください。そもそも人間と魔族は干渉しあえないはず。なぜ」

( ФωФ)「なぜ魔族が聖界に出てこられたのか、あなただけにお教えしましょう。
        本来ならば門外不出の秘密ですが、あなたは勇者だ。一般人ではない」

 ロマネスクは覚悟をしていたという感じで、ぺらぺらと喋り出した。
元々俺に話すつもりでいたのだろう。

( ФωФ)「実は昔から、神官連は魔族とコンタクトを取っていたのです。
        地下遺跡にある門は、魔界と聖界、両方から魔力で封印しています。
        しかし定期的に門を開け、魔界から使者を呼び、秘密裏に会談を行っていたのです」

( ;´_ゝメ)「そんな馬鹿な。魔族は敵なのでしょう?」

( ФωФ)「敵対はしておりますが、大昔のような血なまぐさい交戦はもうしておりません。
        今では魔界と聖界のトップ同士で、互いの利益のために話し合いの席を設けたりもしております。
        具体的に言うと、技術や知識、文化的な交流などを目的としてですね」

( ´_ゝメ)「随分と、仲がよさそうですね」

 簡単には受け入れられない話だった。
魔族といえば人間の敵であると小さい頃から教えられてきたからだ。



73: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:36:05.66 ID:paCgN8rE0

 しかしよくよく考えてみると、魔族と交流することの利点は非常に大きいことがわかる。
世界情勢を知る者同士が繋がっていれば、いきなり戦争が起こるようなことは無い。
魔王と勇者に関する情報を教え合うことで、代理戦争である二人の戦いもスムーズにことが運ぶだろう。

( ´_ゝメ)「どうして秘密にする必要があるのですか?」

( ФωФ)「魔族に対する根強い偏見があるというのが一番の理由です。
        それと、神官連のクリーンなイメージを守るためというのも理由の一つでしょうか」

( ´_ゝメ)「なるほど……」

( ФωФ)「しかし、我々にも魔族に対しても、予期せぬ事態が起こった。
       あなたが旅に出なかったことです」

 顔が熱くなり、下を向いてロマネスクから目を逸らした。
突然勇者だと指名された俺は、柱にかじりつく勢いで家に閉じこもったのだ。
確かにこんな勇者は予想外だっただろう。

( ФωФ)「そのような報告を受けて、我々神官連は頭を抱えた。
        そんなとき、魔族たちの過激派があなたの家を襲撃したのです。
        あなたが旅に出る理由を作るためにね。
        神官連がこれに気がつかず、魔族たちを魔界に帰してしまったのは大きなミスでした。
        本当に、申し訳ありません」

( ´_ゝメ)「そうやって弟者は―――俺の弟は、魔界に連れ去られた……」



78: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:40:58.55 ID:paCgN8rE0

( ФωФ)「そうです。しかしご安心ください。
       魔王に勝てば、弟さんも無傷で返すということを約束させました。
       ですので、勝てばよいのです」

 随分と簡単にものを言ってくれる。
まるで闘う前から勝てるとわかっている風に聞こえるほど、彼から余裕を感じた。

 そう、ずっと前から感じていることがあった。
神官連は最初から最後まで、全てわかっているのではないかと。

 ロマネスクの猫目が、また妖しく光る。

 扉が開く音で、ロマネスクの目線が動いた。
顔を向けると、白髪の男と長髪の騎士が部屋に入ってきたところだった。
ロマネスクがあとから来ると言っていた二人とは、彼らのことだろう。

( ФωФ)「さあ、役者はそろった。退屈な話も終わった。
        ここからは勇者としてではなく、兄者くんとして話を聞こうか」

 ロマネスクの声色が変わった。
ラシャトリカで、俺を捕まえようとしたあの時と同じ変わり様である。

 やはりこの男は頭がいいだけではなく、かなりの度胸と大胆さを兼ね揃えている。
悔しいが、俺より一枚も二枚も上手だった。


*―――*



82: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:44:33.65 ID:paCgN8rE0

 二人はロマネスクの両隣に腰を下ろした。ロマネスクから自己紹介をうながされ、
二人の間に一瞬視線が交わる。最初に口を開いたのは、白髪の男だった。

(‘_L’)「私は神官連直属の魔法使い。名を鴨志田といいます。
     魔王討伐の際、地下遺跡の門の封印を解く役目は私が行うことになっております。
     この度は、そのような大役を任されたことに……」

( ФωФ)「鴨志田くん。堅苦しい話はもう終わってるよ」

(‘_L’)「そうなんだ。じゃあ、まあ、よろしくね兄者くん」

 鴨志田はロマネスクよりもずっと年上に見えるが、
二人の間には仕事上の付き合いを超えた親しい雰囲気を感じた。

( ФωФ)「フォックスくんも、自己紹介を」

 長髪の騎士は眠たそうな目を俺に向けて、舌っ足らずな口調で喋り始めた。

爪'ー`)「あー、どうも。聖騎士団二番隊のフォックス……です。
     一応、まあ、鴨志田さんの護衛役をしています」

 彼は第五番隊の騎士たちと比べてずっと若い。
おそらく俺より年下だろう。腰と、よく見たら背中にも一本剣を差していた。

( ´_ゝメ)「……?」

 左目が、少しうずいた。
レイジが発動するほどではない。しかしこの部屋の中で誰かが俺に敵意を抱いているのは明白だった



84: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:48:42.54 ID:paCgN8rE0

(‘_L’)「話はどこまで進んだの?」

( ФωФ)「一応、勇者に話すことは全て話した。
        そうそう、兄者くん。魔界突入の日程が決まり次第、大神殿の精霊に加護を受けてもらう。
        それから近い内に法王様にも会ってもらうよ。うん、これで全部だ」

(‘_L’)「そうかい。じゃああとは、例の話だね」

 鴨志田が俺の方に向き直った。
無精髭に手を当てて、片目を細めている。なにか考え込んでいるようだ。

(‘_L’)「やっぱり、普通の人間にしか見えないな。まあいいか。
     兄者くん、闇鴉を見たっていうのは本当かい?」

 ロマネスクの長ったらしい話と、二人が遅れた理由がわかった気がした。
彼らは今まで、ツンと話をしていたようだ。

( ´_ゝメ)「それはツンから?」

(‘_L’)「そう。彼女が大体話してくれたけど、君にも訊いておこうと思ってさ」

( ФωФ)「兄者くん、嘘はやめてくれよ。神官連の特権だからね」

 ロマネスクの冗談で笑ったのは、鴨志田とフォックス、そしてエンジン王だった。
俺は笑えない。



87: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:52:45.17 ID:paCgN8rE0

( ´_ゝメ)「知っていることは話すよ。あんた方と違って隠す理由が無いんでね」

 張り合うつもりは無かったが、ついつい皮肉が口を突いて出る。
笑ったのはエンジン王だけだった。彼は歯車王から鋭い視線をもらい、しょげた顔をしていた。

( ´_ゝメ)「……そうだ、話す前に訊きたいんだけど、ツンの処遇はどうなるんだ?」

( ФωФ)「気になるかい? やはり長い間一緒にいると、仲間意識が生まれるものなのかな。それとも」

( ´_ゝメ)「それ以上は無い」

 ロマネスクは口角を上げて意地悪く笑っている。
代わりに鴨志田が返答した。

(‘_L’)「彼女には聖騎士団に戻ってもらう。処罰とかは特に無いよ」

( ´_ゝメ)「そうか。よかった」

 思わず安堵のため息が漏れた。
すると同じような動作を経て、肩から力が抜けていく者がいた。フォックスだ。
彼と一瞬目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。

( ФωФ)「訊かせてくれ。闇鴉のこと。そして君のことを」

 袖に隠された右腕の紋様を、左手でそっと撫でた。
記憶と体に刻まれた闇鴉のことを、シェルジアでの出会いから話し始めた。



88: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 21:57:01.35 ID:paCgN8rE0

*―――*


 俺が話し終えるまで、誰かが口を挟むことは無かった。
時折ロマネスクが鴨志田と目を合わせていたのは、ツンから聞いた話と矛盾があるかどうかの確認をしていたのだろう。

( ´_ゝメ)「これで全てだ」

 ロマネスクは腕を組み、宙を見つめていた。
他の者はロマネスクが喋り出すのを待っているようだった。

( ФωФ)「―――大体わかった。ああ、わかったよ。そういうことか」

 部屋の空気は重かった。
唯一、まだ若いフォックスだけが事態を把握していないようで、他の者の様子をきょろきょろとうかがっていた。

(‘_L’)「どう思う。ロマネスクくん」

( ФωФ)「そう、だな。意外では無かった。やはり、という感じだが……。
        できれば外れていて欲しかったかもしれないな」

(‘_L’)「私も、同じように感じている。上に報告するのが怖いよ」

 鴨志田とロマネスクが、一体なんのことを言っているのかわからなかったが、
俺の知っている情報は彼らにとって、かなりの衝撃を与えるものだったようだ。



90: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:03:01.49 ID:paCgN8rE0

 ほとんど同じことをツンに言ったが、彼女はそこまで驚くことはなかった。
ちょうど今のフォックスのように、曖昧な顔でただ焦っているだけだった。
しかしロマネスクと鴨志田、そして五番隊の四人は、もっと深く事態を把握しているようだ。

( ФωФ)「もう一度訊くよ。ワカッテマスくんは死の間際、なにを言っていた?」

( ´_ゝメ)「復讐、と言っていた。闇鴉は復讐心で動いていると。それから神官連では勝てないということ。
      パラドックス。あと闇鴉は生き残りとも言っていた」

( ФωФ)「生き残りという言葉を発したときなにか言いかけた言葉があっただろう?」

( ´_ゝメ)「よく聞き取れなかった。“り”、もしくは“りゅ”……と言っていた気がする」

( ФωФ)「十分だ。十分過ぎる」

 ロマネスクはまた腕を組み、険しい顔で宙を見上げた。

( ´_ゝメ)「闇鴉が誰なのかわかったのか?」

( ФωФ)「わかったよ。教えないけど」

( ´_ゝメ)「……ああそうかい」

 嘘を言われるよりはいいが、ここまで露骨なのもどうかしてる。
この分だとパラドックスに関しても教えてはくれなさそうだ。



95: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:06:37.86 ID:paCgN8rE0

( ФωФ)「兄者くん。正直に話してくれてありがとう」

( ´_ゝメ)「全て嘘かもしれないぞ」

( ФωФ)「君を信じるよ。だから、私の方からも君に教えてあげよう。
        最初の方に言った、神官連が君に不信感を抱いているということの理由だ。
        これは大神殿の前で、君が新鋭騎士団と警兵に囲まれた理由でもある。
        そしてツンデレくんが怯えていた理由でも、ね。聞きたいだろう?」

 ロマネスクは鴨志田から鋭く睨まれたが、彼は平然とした顔をしていた。
俺は無言のまま頷いた。

( ФωФ)「ラシャトリカで君に逃げられてから、我々は君の居場所を特定するために、
        何人かの魔法使いを使って探索を行っていた。しかし君の居場所は全くわからなかった。
        さらに、大神殿に近づく者に対し、我々はとある方法でその人物が怪しい者かどうかを調べている。
        そのとき君に対して、妙な反応が検知された。だから大神殿に入る前に取り囲み、
        さらに詳しく君を調べる必要があったんだ。やましいことが無ければ、すぐに解放できた。
        しかしそこでも、君を完全に調べることはできなかった。だからツンデレくんも不審に思い、ああやって怯えたのさ。
        たまたま私が大神殿にいたから、君があのときの勇者であるということがわかって、ここに連れてくることができた。
        けれども、君が果たして本物の勇者なのか、我々の中でまだ疑っている者がいる」

(‘_L’)「私とかね」

 口を挟んだのは鴨志田だ。

(‘_L’)「私はね、ひょっとすると君こそが闇鴉なんじゃないかと思ったんだ。
     というか、今でもまだ少し疑っている。それほど君は特殊なんだ」



100: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:12:29.92 ID:paCgN8rE0

( ;´_ゝメ)「俺が闇鴉? 冗談はよしてくれ」

(‘_L’)「闇鴉に関して冗談を言う気は無いさ」

 耳鳴りが聞こえてきた。右腕がじわりと熱くなってくる。
誰かが敵意を発してきているようだ。誰だ。鴨志田、ではない。誰なんだ。

( ФωФ)「やめなさいフォックス。レイジというのは、悪意や敵意に反応するものらしい」

 フォックスが俺を睨んでいることに気がついたのは、ロマネスクに言われてからだった。
腕の筋肉が盛り上がっている。俺の死角で剣を構えているのかもしれない。
そういえば、闇鴉は十五番隊を全滅させたんだ。フォックスにとって、同士を殺した者ということになる。

( ФωФ)「しかし、今日話してみて、私は違うと思ったよ。君はあの大量殺人鬼とは違う。
        喜怒哀楽を持った普通の人間だと、私は思うな。というか、そうであってほしい」

 ロマネスクに慰められるなんてついてないにもほどがある。

( ´_ゝメ)「特殊とはどういう意味だ。レイジのことか?」

(‘_L’)「うまく説明できないが、強力なシールドのようなものが体に張られているんだ。
     だから今の今まで行方を捜せずに、また体を詳しく調べることもできなかったんだろう。
     しかもそれが単なる魔力によるものではなさそうなんだ。私は魔法使いだから、そういった力には敏感でね。
     今こうやって同じ部屋にいることさえ苦痛なほど、君から感じるんだよ。おぞましいほどに黒い波動を」



104: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:15:47.86 ID:paCgN8rE0

*―――*


 二時間以上に及んだ会談は、重い沈黙を破ったロマネスクの一言で終わった。

( ФωФ)「ま、今日のところは解散しようか」

 部屋を出るときにロマネスクから、出発の日まで大神殿で寝泊まりするように言われた。
騎士と警兵用の宿舎以外で、泊まれるように改装した部屋を一室貸してくれるらしい。
闇鴉かもしれないと疑っている割には手厚い待遇である。
手元に置いておく方が危険が少ないという判断かもしれないが、厚意だと思って甘んじることにした。

 ロマネスクたちとは、会議があるからと言って部屋の前で別れた。
俺が泊まる部屋までは、フォックスが案内してくれるようだ。

 俺は鴨志田が言った言葉を考えていた。
シールドというのは、一体いつから張られていたものなんだろう。

 サイゼリアの時点では、おそらくまだシールドは張られていなかったはずだ。
あの魔女だらけの村では、入ることすら叶わず門前払いされていただろうから。

 そういえば、ロマネスクは確か、

 ―――ラシャトリカで君に逃げられてから、我々は君の居場所を特定するために、
 ―――何人かの魔法使いを使って探索を行っていた。しかし君の居場所は全くわからなかった。

 これが確かだとすると、ラシャトリカを出た時点で、既に俺に何らかの変化があったということになる。
ということは位置が特定出来なかったことと、シールドが張られているというのは別の問題だ。



109: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:19:13.42 ID:paCgN8rE0

 ワカッテマスはラシャトリカで俺を待ち受けていた。
つまり、ラシャトリカに来る前までは俺の居場所を把握することはできたんだ。
それが急にできなくなった―――。

 そういえば、一人の人間がどこにいるのか完全に特定できるというのなら、闇鴉の動きだってすぐに分かるはずだ。
闇鴉が人間ではないとすればそれまでだが、もしも神官連が闇鴉の位置を特定できないでいるというのが、
闇鴉の持っている力の一端によるものだとすれば、やつからもらった力が俺に作用していたと考えられる。

 シールドに関してだが、サイゼリアの時点で無かったシールドがいつの間にかできていたのだとすると、
レイジの力が成長するにつれて生まれたものなのだろう。
いずれにしても、闇鴉から受けた闇の加護が関係していることは確かだ。

 サイゼリアに寄ったということはロマネスクたちには話している。
ひょっとすると、ロマネスクは俺と同じ推測をして、俺が闇鴉ではないと言ったのかもしれない。

爪'ー`)y‐「おい」

 いつの間にか追い越していたフォックスに、後ろから声をかけられた。
尖った声だった。そういえばこいつは、俺に少なくない敵意を持っている。

 フォックスは俺が通り過ぎた扉の前に立っていた。神殿内にも関わらず、当然のようにたばこをくわえている。
よく見ると、彼の傍にある木製のドアにはピンが刺さっていて、そこから『勇者様』と書かれたプレートが提げられていた。
そこが俺の部屋のようだが、やすやすと中に入らせてくれそうになかった。しばし睨み合ったあと、フォックスから口を開いた。

爪'ー`)y‐「どうしてツンちゃんと一緒だったんだよ」



112: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:20:55.17 ID:paCgN8rE0

( ´_ゝメ)「どうしてって、なにがおかしんだ?」

 馴れ馴れしい感じの呼び名から、彼女と知り合いなのがわかった。
がりがりと頭を掻く動作は、彼の苛立ちをはっきりと示していた。

爪#'ー`)y‐「ツンちゃんがドラリッドに残っていたら、きっとすぐに救助できたんだ。
       それなのに、どうして歩いてヴィラデルフィアまで来たんだよ。
       闇鴉かもしれねえってやつとよお」

 歯を鳴らす耳障りな音が聞こえる。貧乏揺すりのようなものか。
顎の動きにつれて、たばこが上下に激しく揺れた。

( ´_ゝメ)「それはツンに訊けよ。俺は知らん」

爪'ー`)y‐「チッ」

( ´_ゝメ)「……一応ツンから聞いた話では、転移が使える魔法使いを、
       わざわざ闇鴉がいるような地域に向かわせることはできないだろうから、ドラリッドを発ったらしい。
       実際のところ、あとから増援が来るようなことは無かったんだろ?」

爪'ー`)y‐「そうだけどよお……」

( ´_ゝメ)「だったら歩いてヴィラデルフィアを目指すのは正解だった訳だ。
      一番近いパダ山脈のルートを行くのなら、一人ではあまりにも無謀。
      俺たちは互いに仲間を必要としていた。だからパーティを組んだ。なにもおかしいことは無い」

爪#'ー`)「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」



118: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:25:27.34 ID:paCgN8rE0

 口にくわえていたたばこを、俺に向かってはき出した。
煙をまといながら宙で回転するたばこに、一瞬目を奪われる。

 たばこが目の前で破裂したとき、一体なにが起こったのかわからなかった。
のど元に突きつけられたショートソードを見て、ようやくフォックスが斬ったのだと理解した。

 抜刀から斬撃、そして刃を向けられるまでの動作全てが、俺の動体視力を上回るスピードであった。
こいつと剣で闘えば、刀を鞘から抜く前に斬り殺されてしまうだろう。

 俺が動けないでいるのを見て、勝ち誇ったように笑うと、フォックスは剣を収めた。
新しいたばこを取り出し、キータイプの小火器で着火した。

爪'ー`)y‐「俺はなあ、兄者。おまえを闇鴉だと疑っている者の一人だ。
      感じるんだよ。俺も。魔法使いが感じるようなやつじゃねえと思うけどよ。
      そうだな、強いやつにしかわからない予感っていうか、まあ勘だな。
      おまえが隠してる底なしの力みたいなもんが見えるんだよ。だから俺は絶対に油断しない。
      いいか、覚えておけよ、兄者」

 火を付けたばかりのたばこを足下に吐き捨て、勢いよく踏み消した。
厚い靴底が鳴らした鈍い音が、長い廊下に共鳴し、尾を引きながら消えていく。

爪'−`)「おまえがなにを隠しているか知らねえし、神官連の上層部がどういう決断を下すのかも、まだはっきりしてねえ。
     だがこれだけは言っておくぞ。俺はおまえの仲間じゃねえ。それだけは確かだ。じゃあな」

 がに股で遠ざかっていく彼の背中に、一言呟いた。
『俺に仲間なんていない』言いながら、俺は最後に見たツンの表情を思い出していた。



119: ◆UhBgk6GRAs :2010/03/04(木) 22:26:18.46 ID:paCgN8rE0


#ヴィラデルフィア

終わり



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