( ^ω^)と世界樹のようです

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 19:58:25.70 ID:fzVVCluH0

どうして、こんなところにいるのだろう。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。

見上げる空の色は紺碧。
夜の帳は下りきろうしていた。

死中をさまよう視界のかすみは、身の力が抜けきらんとするが故か。
はたまた、しらぬ間に浮かんだなみだが、膜としてさえぎらんとするが故か。

どちらが正しいのか、考えようにも頭がまわらなかった。

もはや感覚の遠ざかってしまった体で、少年はぼんやりと過去を思い返す。



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:00:49.48 ID:fzVVCluH0

幼少の記憶はほとんどない。生まれ育ったスラムの町の、
なんとも言えないすえた臭いだけが、体のうちに染みついているだけだ。

その中に漠然と、家族の印象だけが留め置かれている。

兄を兄とも思わぬ弟と、まともに飯も食わせてはくれなかった母。
それでも弟は可愛く、それでも母は大好きだった。

血がつながっているという事実だけで、彼らのすべてが愛おしかった。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:03:27.42 ID:fzVVCluH0

ハッキリとした記憶は、入軍する覚悟を固めた日に始まる。
母はなみだを流してうつむき、弟はにらみつけるようにじっと、顔をこちらに向けていた。

出立の日、母は自らの甲斐性のなさを泣き詫びながら、
けっして行かせまいと少年の足もとにすがりついた。その力のなんと弱弱しかったことか。

そして、弟はにらみつけるようにじっと、顔をこちらに向けていた。

うしろ髪を引かれなかったと言えばうそになる。
けれど少年には、学のないスラムの子どもが立身できる場所など、軍以外に考えられなかった。

なぜなら、少年は心根の優しいことだけがとりえの、学のない人間だったのだから。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:06:38.62 ID:fzVVCluH0

入軍初日に割り当てられた部屋は、スラムの実家と大差ない粗末さと狭さだった。
二十人近くの同期とともに詰め込まれた、ただ眠るためだけの場所。

まともな「ヒト」としての暮らしがしたいのであれば、苦労を重ね立身してみせよ。
少年はそれを、軍から自分への叱咤激励ととった。

過酷な新兵の調練は一年近く続く。

真面目すぎたが故に、要領よく手を抜くなんてできなかった。
心根が優しすぎたが故に、同輩のうっぷんのはけ口となった。

つねに生傷は絶えなかった。語れる仲間などいやしなかった。

くじけそうなときは、コンクリートのすき間を裂いて伸びるわずかな草木を友とした。
泣きそうなときは、頭上にひろがる薄青の空をあおぎ、ひたすらに日々を走りぬけた。

身を立て、スラムの家族にまとも暮らしをさせるためなら、
どんな理不尽にも耐えられると思っていた。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:09:53.21 ID:fzVVCluH0

やがて、報われる日は来る。
十万を優に越える新兵の中で、千名弱が呼び出された。

おめでとう。諸君は選ばれた。

聞けば、集められたのは「最後の大陸」へと進軍する精鋭部隊第二波の内定者だという。
その中に少年もいた。彼は喜びにうち震え、入軍してはじめてのなみだを流した。

それから一月もせぬうちに湾岸基地に移動させられ、船に乗せられた。

数隻が連なる巨大な鉄の船団の上には、移動砲台、機甲戦車といった大型兵器のみならず、
飛行兵器やヒト型歩兵機装の試作品と思しき、噂の中だけの兵器までもが積載されていた。

見晴るかす大洋。船上で目を細めた。
日の光を細かな粒として反射する広大な海原の輝きが、少年には未来そのものに思えた。

事実、その通りだった。

空に溶ける水平線は、あいまいで、先など見えるはずもない少年の未来そのものだった。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:12:38.14 ID:fzVVCluH0

およそひと月の航海も終わり、降りたったのは「最後の大陸」の西端。
そこにはすでに上陸していたらしき第一波部隊が、前線基地を築いていた。

その無機質な灰一色の先、静止した船上に立ち、少年は生まれてはじめての大自然を見る。

広がる黄緑色の草原。流れる青い河。濃い緑に萌える森。連なる高い山々。
国にはかけらでしか存在しないその雄大さに、少年は息を呑み立ち尽くした。
ここに母と弟を連れてきて、この中で静かに暮らせたら。心からそう願った。

その後、基地に入るやいなや、招集がかかった。広場に集まり整列する。
そこでようやく少年は、自分の部隊の長を知る。
  _
( ゚∀゚)「訓示なんて好きじゃねぇが、これも仕事だ。
    みなさんはじめました。この部隊の指揮官、大佐のジョルジュだ。
    名前はおぼえなくていいぜ? ひゃひゃひゃ!」

左半身をマントで隠した中肉中背の男。キリリとした眉が印象的だった。
続いて、白衣をまとったみだれ髪の女、大柄な双子と思われる二人の男が壇上で名乗った。



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:15:45.61 ID:fzVVCluH0
  _
( ゚∀゚)「んじゃ、明日から一ヶ月近い行軍に入るわけだが、なんか聞きたい事ある?
    遠慮はいらねーぜ? 俺らは仲間じゃねーか! ひゃひゃひゃひゃひゃ!」

あまりに簡単な訓示のあとの言葉を受け、少年はおずおずと手を挙げた。
なんのことはない。この大陸で、自分たちはなにと戦うのかを聞きたかったのだ。

大佐はにこりと笑い、手招きした。
少年は誘われるがままに壇上に上がり、そして、殴られた。

冷たいコンクリートに転がって呆然と見上げれば、やっぱり大佐は笑っていた。
  _
( ゚∀゚)「おいおい、ここで質問するとかどんだけー?
    せっかく予定通り進んでた集会のテンポぶち壊してくれちゃってよー?
    いいか、クソガキ。そんなんだからテメーはここにいるんだよ」

从 ゚∀从「大佐。口が過ぎます」
  _
( ゚∀゚)「おっと! わりーわりー! 
    んじゃ、明日から行軍なんで、みんな今夜はよく眠りましょー!
    はい! おわり! バイバイ! なんつって! ひゃひゃひゃ!」



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:18:33.51 ID:fzVVCluH0

おかしい。なにかがおかしい。洋上で描いた未来と、なにかが決定的に違っている。
胸のわだかまりが膨らむのをあざ笑うように、行軍は翌日から開始された。

無数の機甲戦車と二機の歩兵機装を先頭に、
舗装もくそもないむき出しの大地を、かなりの強行軍で裂くように進んだ。

草木をなぎ倒し、河を埋め、山肌を削るように進み、ひとつの月はあっという間に流れた。

その道中のことは、なぜかまったく思い出せない。
ただ、破壊され、わずかに原形をとどめているいくつかの村で野営したときのことだけは、
ハッキリと覚えていた。というより、忘れようにも忘れられなかった。

ここにはたくさんの家族たちの笑い声があったのだろう。
そして、鉄やコンクリートばかりの故郷では考えられない木や土で作られた家屋の名残は、
白骨化した住人のものと思しき亡骸は、間もなく大地へと還るのだろう。

では、そうしたのは誰か。胸のわだかまりは認めたくもない確信へと変わった。

けれど、口には出さなかった。出せるわけがなかった。
その瞬間、大地に伏せたまま二度と動かなくなる自分の姿が、ありありと想像できたから



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:21:41.61 ID:fzVVCluH0

口と耳をふさぎ、目をそらし、歩き続けた。
やがて一向は、これまでにない広大な平野へと入った。

その先に、雪帽子をかぶった天まで届きそうな高い山が、
それを守るようしてにそびえる煙を噴き出す岳が、谷が、深い森が、姿を現す。

数日かけて平野を横断した。

そして、森の入り口を前にした翌朝。
少年を含めた新兵は、機甲戦車、移動砲台を背に、横一列に隊を組まされた。
そのものものしさから、ついに戦がはじまるのだと理解した。

しかし、少年にはひとつだけわからないことがあった。

それはほかでもない、大陸に降りたった初日に聞いたこと。
ヒトを圧倒する自然しかないこの森の入り口で、いったいなにと戦うのか、ということだ。

改めて考え始めた矢先だった。周囲がどっとどよめいた。
森の中からひとり、ヒトが出てきたのだ。



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:24:17.87 ID:fzVVCluH0

距離があったため、ヒトの表情やら詳細を知ることはできなかった。
ただ、ヒトが森と同じ色をした服をまとっていることだけはわかった。

ヒトは森と平野の境目まで歩くと、立ち止まり、すっと右手を上げた。
次にその手をゆっくり下ろし、少年たちを指差した、その瞬間。

森が動いた。

根を足とし、枝を腕とし、森の木々が少年たちめがけ突撃を開始したのだ。

信じられない光景に、多くの新兵が逃げ出そうとした。
むろん、少年もそうだった。

その退路を、移動砲台の砲弾が、機甲戦車の弾丸が、容赦なくふさいだ。



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:27:12.45 ID:fzVVCluH0
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 逃げる奴はみな殺しだ! 進め進め!」

平野を揺るがす轟音の中で、指揮官の声は恐ろしいほどによく通った。
もはや前に進むことしかできず、少年は銃とサーベルを手に、泣き叫びながら走り出した。

そして、木の怪物と新兵たちとの距離が詰まり、激突する、まさにそのときだった。
無数の弾丸が、砲弾が、火炎放射の火が、新兵をまきぞえに森の木々へと放たれたのだ。
  _
( ゚∀゚)「ま、逃げねーやつもみな殺しだがな」

そんな声が聞こえた気がした。

それからのことはまったく覚えていない。
地面の振動と、焼き砕かれる新兵たちと木々の悲鳴が、耳にこびりついているだけだ。

そして、目覚めたころには日は落ちており、あたりは気味が悪いほどに静かだった。

生まれ故郷ははるか彼方。

見知らぬ見果てぬ未開の土地に、いま、少年は横たわっていた。



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:29:26.21 ID:fzVVCluH0

思い出し、視界のかすみの理由に気づく。
それは、死にかけているからじゃない。くやしさに浮かんだなみだのせいだった。

わずか一六年の人生を、それでも必死に生きてきた。その結果がこれだった。

選ばれたなんて、うそっぱち。
見込みのない新兵が、捨て石にされるために連れだされたというだけの話だ。

なんだ、それは?

僕がいったいなにをした?

僕はいったいなにをした?

歯噛みして、それと同じだけの力できつく目を閉じた。
横に流れたなみだが耳のあなへと入っていき、それから、声が聞こえてきた。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:30:48.71 ID:fzVVCluH0

「おまえ、死ぬのか?」

「なあ、まだ生きてんだろ?」

「おまえ、ひとりぼっちになっちゃったのか?」

「長い人生そんなこともあるって。だから泣くなよ。な?」

「それにさ、じつはおれもひとりなんだよ。なあ、おい、返事しろって」

「こんなとこで死んじゃうのか? こんなとこで死んでいいんか?」


それから声は間を置いて、こんなことを口にした。


「なあ、力が、欲しいか?」



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:33:52.33 ID:fzVVCluH0

きつく目を閉じたまま、少年は考えた。

僕は、力が欲しいのだろうか。

確かに、力があるに越したことはないだろう。
でも、それはいったいなんのための?

僕は、かーちゃんと弟にまともな暮らしをさせたかった。
そのために軍に入った。でも、それができるなら、軍になんて入らなかった。

そうだ。この大陸にかーちゃんと弟を連れてこれたら、それだけでいい。
この大自然に抱かれ、静かに暮らせるというなら。

( ^ω^)「力なんて……いらないお」

('A`)「え? そうなの?」

少年はゆっくりと目を開いた。不細工なアヒルがそこにいた。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:37:46.86 ID:fzVVCluH0

(;^ω^)「……」

('A`)「なあ、なんとか言えよ」

アヒルが丸いくちばしで額を小突く。
痛い。夢ではないようだ。

だが、少年は別に驚いているわけではなかった。

木が襲いかかり、味方が背中に弾丸を撃ち込んでくるのが現実だ。
アヒルがしゃべるなんて可愛いもんだと、少なくともそう思っていた。

ただ、戸惑っていた。アヒルが「力が欲しいか」と問うたことに。

( ^ω^)「……欲しいっていったら、くれるのかお?」

('A`)「え? なにが? たまごなら産めねーよ? だって男の子だもん」

(;^ω^)「いや、そーじゃなくて……その……力を、だお」

('A`)「え? あー、はいはい、そのことね」

アヒルは羽で鼻くそをほじりながら、言った。

('A`)「ごめん。むり」



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:41:20.06 ID:fzVVCluH0

(;^ω^)「……お? え? は?」

('∀`)「そんなアホ面すんなよwwwww そう言えばお前も起きるって思ってさ! 
    そんでホントに起きんだもんな! ふひひwww この厨二病めがwwwwwww」

よほどおかしかったのだろう。
ガーガーと笑い声を上げながら、アヒルは短い脚であたりをどたばたと走りまわる。

唖然としながらも、少年は首だけを動かし、アヒルの動きを追った。

駆けまわるアヒルの向こうには、たくさんの機甲戦車、移動砲台の残骸が、
炭となったたくさんの木々が、そして新兵たちが、ぴくりともせず満月に照らされていた。

そして戦場となった森は、入口こそ多少後退してはいたが、変わらず闇の中にあった。

(  ω )「僕たちは……負けたのかお」

('A`)「そうみたいね。ごしゅーしょーさま」

戻ってきたアヒルが、羽を合わせて言った。

('A`)「負けたの、くやしいか?」



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:45:20.29 ID:fzVVCluH0

(  ω )「……ううん。くやしくはないお」

('A`)「ふーん。じゃあ、なんでおまえ、泣いてんの?」

( ;ω;)「……こんなところで死ぬのが……くやしいんだお」

横たわる少年を見下ろし、アヒルが長い首をかしげた。

('A`)「なんだ? くやしいのか? くやしくないのか? ハッキリしろよ?」

( ;ω;)「……お?」

('A`)「お? じゃねーよ。だっておまえ、まだ死んでないじゃん。
   なら、くやしくねーじゃん。なのにくやしいってどういうことだ?」

なにも言わない少年にため息をひとつついて、アヒルが続けた。

('A`)「あのさ、助けて欲しいならそう言えよ。死にたくないならそう言えよ。
   世の中って厳しいんだぜ? 自分から声出さなきゃ、誰も聞いちゃくれねーよ?」



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:48:36.00 ID:fzVVCluH0

( ;ω;)「……」

('A`)「ま、いいや。水くんできてやんよ。魚も食うか?」

そう言われたとたん、のどはカラカラに乾き、大きく腹が鳴った。
ガーガーと笑うアヒルにほほを赤らめ、ようやく少年はこくりとうなずいた。

アヒルはトテトテと走っていく。

( ;ω;)「あ、あの……」

('A`)「ん? なんだ?」

振り返ったアヒルに少年は言った。

( ;ω;)「ありがとう……アヒルさん」

途端、アヒルは目を剥いた。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:51:40.04 ID:fzVVCluH0

(#'A`)「はあ!? ふざけんじゃねーよ!
    俺のどこをどう見たらアヒルに見えんだよ!」

(;^ω^)「お? お?」

アヒルは短い脚で地団太を踏み、首を激しく振りしだき、
つばさをバタバタとはためかせながら、ぷりぷりと尻をふり、怒鳴った。

(#'A`)「ほら! 目ん玉おっぴらいてよーく見やがれ!」

(;゚ω゚)「お……おー……」

もはや乾いてしまったひとみで、少年はまじまじと見た。

丸いくちばし。太くて、それなりに長い首。
ぼってりとした寸胴。気の毒に短い脚。


(#'A`)「どっからどう見てもやんごとなき白鳥だろうが!」


どっからどう見てもおいしそうなアヒルです。本当にありがとうございました。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 20:56:31.73 ID:fzVVCluH0

(#'A`)「ったく! ありえねぇ! 超信じらんないって感じー!」

アヒルはぷりぷりと尻をふりながら、夜の闇に消えた。
そのあとを追いかけようと試みたが、左腕、右足に激痛が走り、すぐにあきらめた。

数えきれない亡骸の中に取り残され、しばらくはなにも考えずぼんやりしていた。
やがてふと思い立ち、動く右手で草を引き抜いた。

香りを嗅ぎ、ほほに触れ、口に含む。

五感はそこにあった。確かに少年は生きていた。
同時に、無音だと思っていた夜の中に、たくさんの音があることに気付く。

風が通り過ぎる音。草木がそよぐ音。
虫の鳴き声。羽音。

そして、なにかが地面を踏みしめる音。

( ^ω^)「アヒルさん、帰ってきたのかお?」

顔を向けた。暗い森を背に、なにかが動いている。
目をこらし、ジッと見る。夜に慣れた目が影の形を捉えた。

アヒルではなかった。それは、ヒトだった。



45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:00:33.30 ID:fzVVCluH0

はじめは兵隊の生きのこりかと思ったが、どうも違った。
背が低く、肩と腰のラインが丸みを帯びている。影は女のものらしかった。

影はゆっくりと、まっすぐに、少年へと近づいてくる。
月明かりが照らした。影は消えさり、正体が明らかになる。

ξ゚−゚)ξ「……」

ちょうど少年と同じ年ごろだろう。
つるの様な巻き毛は、青々とした草の色をしていた。

一枚の布を胸もとで折り重ね、腰には帯を巻いていた。
ゆったりとした、見たこともない服装だった。

女の子と呼ぶべきかか、はたまた女性と呼ぶべきか、判別するには微妙な顔立ちだった。

(;'A`)「お、おい! うそだろ!?
    ととととととととととと、とんでねー大物が出やがった!」

ふり返れば、いつのまにか戻っていたアヒルがあんぐりとくちばしを開けていた。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:02:49.06 ID:fzVVCluH0

( ^ω^)「お? アヒルさん知ってるのかお? あの子、誰だお?」

(;'A`)「ばっ……おまっ……知らないのかよ!? ちょ……信じらんなーい!」

アヒルが羽で頭を抱えた。

(;'A`)「あれはその……俺も見たことないけど……絶対に多分、も……」

それからアヒルはまたもくちばしをあんぐりと開け、見上げた。
横たわったまま、少年はもう一度森へと振り返る。

目の前にあったのは異様に白い足首だった。
まさかとは思いつつ、恐る恐る目線を上げれば。

ξ゚−゚)ξ「……」

(;'A`)「も……森の姫だ……」

彼女が、少年を見下ろしていた。

そして目が合うやいなや、首もとに強い衝撃が走り、少年の息は止まった。



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:05:09.87 ID:fzVVCluH0

(;゚ω゚)「あ……が……」

動く右手で必死に首もとを掻きむしった。
つるだ。突然地面から生え出した木のつるが、少年の首を締めつけているのだ。

引きちぎろうと右手にありったけの力をこめるが、
つるは次々と生え出し、しまいには動く右手さえもからめとってしまう。

ξ゚−゚)ξ「せめてもの慈悲だ。最期にひとこと言わせてやる」

意識を失う寸前の絶妙なタイミングでつるがゆるんだ。
即座に少年は息を掻きこみ、アヒルがかわりに声を上げる。

(;'A`)「お、おい! あんた、なにすんだよ!」

ξ゚听)ξ「だまれアヒル」

(#'A`)「あ……ああん? ざけんな! 俺はアヒルじゃねぇ!」

そして、アヒルは爆発した。



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:09:12.44 ID:fzVVCluH0

(#'A`)「おいおい、森の姫さんよお? 
    ちーと言葉が過ぎるんじゃあねーですかい?」

さっきまでの怯えはどこへやら。彼女をにらみあげ、アヒルがすごむ。

(#'A`)「たとえご高名なあなたさまといえどもなぁ、気高き白鳥のこの俺さまを
    低俗なアヒルなんぞと間違えてちゃった日にゃあ、このくちばしが火を噴くぜ?」

そう言って、くちばしを彼女に向けた。

( ^ω^)「……」

ξ゚听)ξ「……」

('A`)「……」

しかし噴き出されたのは火ではなく、水と魚だった。

('A`)ノシ「……っち。今夜は調子が悪いみたいだ。
    運がよかったな! 今日はこのへんで勘弁してやるぜ! バイバイアディオス!」

(;^ω^)「ちょwwwwww そりゃねーよアヒルはんwwwwwwwwwww」

アヒルは信じられないスピードで逃げていった。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:13:53.21 ID:fzVVCluH0

ξ゚听)ξ「……たいそうなお仲間だこと」

(;^ω^)「……いえ、それほどでも」

遠くアヒルが逃げ去った夜の彼方を見やる彼女。
向き直り、口を開く。

ξ゚听)ξ「さて、覚悟はできたか?」

同時につるに力がこもり、少年の右手は地面に縛りつけられた。
のどは声が出せるギリギリまで圧迫される。

ξ )ξ「さあ、聞こうか」

そのとき、少年はアヒルの言葉を思い返していた。

声を上げなければ、誰も聞いてはくれない。
命が欲しかったら、乞わなければ届かない。

まったくその通りだ。だけど、それでも、なにも言えなかった。

なぜなら、見下ろす彼女が無表情のまま、大粒のなみだをこぼしていたのだから。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:17:40.87 ID:fzVVCluH0

ξ;−;)ξ「なぜ……なにも言わぬ……」

なみだに似つかわしく顔を歪めた彼女は、少年の首もとに膝をついた。

ξ;凵G)ξ「泣け! 喚け! そして命を乞え! 
      死ぬのは怖かろう! 生きたいのと違うのか!?」

叫び、か細いその両腕で少年の首を絞め上げる。

ξ;凵G)ξ「さあ! 無様にわれにすがりつき、生かしてくれと許しを願え!
      その瞬間、このつるで、この腕で、貴様の首をねじ切ってくれるわ!」

もはや少年は声はおろか、息さえも吐けやしなかった。
けれど、たとえ吐けたとしても、けっしてなにも言わなかっただろうと思う。

なぜなら、誰よりも強く「助けて」と叫んでいたのは、ほかならぬ彼女だったのだから。

どんなに強く叫んでも、彼女の声にかき消され、それは誰にも届きはしない。

白んでいく視界の中、なにもできずに死んでいく自分よりも、そんな彼女が哀れに思えた。



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:19:59.78 ID:fzVVCluH0

ξ;凵G)ξ「そんな目で……あたしを見ないで……」

締め付けるつると腕の力がゆるんだ。
けれども視界は急には戻らず、意識もぼんやりとかすんだまま。

しかし、口調の変わったか細い声は、砕かれ焼かれた木々の悲鳴そっくりに聞こえた。

ξ;凵G)ξ「ねぇ……お願いだから言ってよ……殺さないでってさぁ……」

彼女は少年の顔を覆うように、両手を地面についた。
ぽたぽたとこぼれ落ちたなみだが、少年の顔を濡らす。

ξ;凵G)ξ「じゃなきゃ……あたし……あたし……」

間近にせまった泣き顔。

戻りはじめた視界の中で、少年はゆるぎない真実を見た。



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/17(金) 21:23:26.76 ID:fzVVCluH0

髪の色は葉の緑。
巻いた毛はつるのうねり。

赤いくちびるは艶やかな果実の色。
瞳の黒は夜に鎮座する影。

こぼれる落ちるなみだは葉を伝う朝露。


アヒルはそれを、森の姫と呼んだ。


ξ;凵G)ξ「あたし……あんたを殺せない……」


そうだ。

彼女を形づくるのは、この大陸をどこまでも広がる森、そのものだ。



                               プロローグ おわり



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