( ^ω^)ブーンは自分病院に収容されるようです

3: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 21:59:41.08 ID:kP0lObDfP
プロローグ(一枚目)

(゚、゚トソン

まず、彼女について述べる。

彼女はガイノイドだ。つまり、女性型アンドロイドである。
身長は僕より小さめ、女性の平均身長よりやや低いぐらいだろう。
女性の体重についてとやかく言うべきではないが、それも生身の人間と変わりない。

全身は人の肌で覆われ、爪や耳たぶまで完全に装備されている。
髪は肩の少し上ぐらいまで伸びていて、装飾品は特につけていない。

そもそも、服装からして比較的地味である。
モノクロの下地に模様を一つ誂えた物などを好む。保守的とも言える。

要するに、そうやって特徴を述べている間にガイノイドであるという証左を見出すことはできない。
外見で彼女をガイノイドだと判別するのはまず不可能だ。

僕が彼女をどうやってガイノイドだと見分けたかは後述する。



8: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:03:12.64 ID:kP0lObDfP
僕が彼女と出会ったのは睡眠中の風景にて、つまり夢の中でだったが、
結局夢と現実の境界線などさして意味のあるものではない。
だから、あの夢そのものを現実だと言っても特に差し支えないだろう。

夢の中で僕は、地上三百メートルを超える塔の外縁部にいた。
さほど密度の無い鉄条網越しに見える空は真っ青で、雲ひとつ漂っていない。
見下ろすと白い濃霧が地上にたちこめていた。その先の風景がどうなっているのかは分からない。

だが、僕は漠然と理解していた。地上の人類が全滅してしまったことを。
彼らは病魔に冒されていた。そしてなす術なく殺されてしまったのだ。
この塔は、その病気を治療できる、唯一の病院であった。

各々の病室は鉄扉で固く閉じられていた。
僕は、ピカピカとした銀色のホースを片手に周縁部を歩いた。

僕には一つ、業務を与えられていた。
それぞれの病室を訪ねて回り、患者がすでに死んでいたら、
ホースから消毒剤を放って室内を洗浄するというものだ。

そして僕自身も、病魔に冒されていたのだ。末期であることもわかっていた。
だが、僕は運の良いほうだったのだ。何せ、ほとんどの人間はすでに死んでいるのだから。

鉄扉を開いた先の患者は概ね死んでいた。
僕は白い消毒剤を撒いて、鉄扉を閉じる作業に無表情で徹していた。何故か、中の死体は放置したまま。

そうやって進んでいくうち、周縁の廊下をのたのたと歩く二人の老人とすれ違った。
それは、死んだはずの母方の祖父母だった。



10: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:06:08.84 ID:kP0lObDfP
……どうも余計な事を回想しすぎているようだ。
僕には今や回想以外の愉しみが無いので許してほしい。

話を進めよう。

彼女と出会ったのはそうやって作業を進めていく途中のことだった。
彼女は、ほとんど唯一生存している患者だった。

ベッドの上に横たわる彼女は、ホースを持った寝間着姿の僕に下唇を噛んではにかむように微笑んだ。

( ^ω^)「きみ、名前は?」

夢の中の僕は、何故か親しげに彼女に話しかけた。

(゚、゚トソン「トソン」

( ^ω^)「トソン……どう書くんだお?」

(゚、゚トソン「ローマ字とか、かっこよさそう。TOSONって。
     Technique observes suicide of nationalism」

( ^ω^)「本当はそういう名前?」

(゚、゚トソン「冗談ですよ。カタカナで大丈夫です」



12: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:09:07.50 ID:kP0lObDfP
僕らはしばらく談笑した。
作業自体はもうどうでもよくなっていたし、気がつけば手に持っていたホースも消えていた。

( ^ω^)「きみ、何歳なんだお?」

(゚、゚トソン「15ぐらい」

( ^ω^)「ややこしい英文、スラスラ言えたのに」

(゚、゚トソン「もしかしたら冗談じゃないのかも、さっきの……」

いたずらっぽくそう言ったトソンは、くすくすと声音を高くして笑った。

夢の中の病室の風景を僕はよく覚えていない。
それは如何にも夢らしく、僕は彼女の姿以外はほとんど視認できなかったのだから。
しかしながら、そこは僕と彼女にとって、どんな茶会の会場よりも美しく、また清純だった。

会話がふと事切れた。風が吹いたような気がして、僕は後ろを振り返った。

(゚、゚トソン「どうしたの?」

彼女の呟きが聞こえて、僅かばかりの幸福を感じた直後、僕の意識は暗中の奥底へ沈んだ。
そして再び浮上し目を開いた時、僕は自室のベッドに横たわっていた。

( ^ω^)「……」

寝返りを打ち、室内を眺め渡す。そこに、トソンの寝姿が存在しないわけがなかった。
彼女は僕の覚醒に呼応したように目を開け、僕を見つめて言ったのだ。

(゚、゚トソン「おはようございます」



14: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:13:02.86 ID:kP0lObDfP
以上が、彼女との邂逅の記憶である。
後になって仔細に述べる暇はなさそうなので、先に述べておいた。

だが、余計な話の不純物を取り除き、僕の主張のみを述べるなら、こうなる。

彼女は、確かに『存在して』いた。

僕は僕によって殺され過去を振り返るだけの存在になってしまったわけだが、
そうなってもなお、彼女の容貌はしっかりと思い出すことができる。

事実、それからしばらく僕はトソンと何の変哲も無い日常を過ごした。

大学を休んで家族の目から彼女を秘匿し続け、
食事や服を与え、両親が早寝なのを良いことに彼女を風呂に入れさせたりもしたのだ。
その証拠が必要ならば僕の部屋に行ってほしい。何らかの痕跡があるはずだ。

今思えば、よくもまあ、家族と同居している自分がガイノイド一人を数日間、
自宅であるマンションに誰の目にも触れさせずかくまい続けられたと思う。
しかし、全てが僕の殺害のために仕組まれていたものだと考えれば、不思議は無い。

たとえば、そう、昔はよく空想したものだった。
自分以外が全て命を持たない人形だという妄想。
みな僕の前で人間を演じているのだという、猜疑心を伴った恐怖……。

今から僕が述べることが一連の物語の引き金であるとしたら、
さしずめ彼女の登場は撃鉄の立ち上がりといった所だろう。
そして僕は銃身から発射された、空しい弾丸の役に落ち着く。

銃口を飛び出した弾丸は、当然後ろを振り返ることはできない。
だから僕は、銃の引き金をひいたのが誰なのか、未だ分からずにいる。



16: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:15:10.89 ID:kP0lObDfP
プロローグ(二枚目)

ある夜、僕は自室ですっかり眠り込んでいた。
薄い雲に月が翳っていた。風はほとんどなく、秋の終わりの肌寒さがあった。

僕の眠りは彼方から近づいてくる救急車のサイレンで破られた。
窓の外には坂道があり、右から左へと路面が落ちている。
明滅する赤いランプは、列をなして坂道を下っていた。

( ^ω^)「……」

しばらく、何の気なしにサイレンを聞いていたのだが、そのうち妙なことに気づいた。
いつまで経っても、サイレンが止まないのである。
それどころか、窓越しに届く赤い光の点滅も、延々と流れ続けているのだ。

僕はベッドから降りて窓に近寄り、外の風景を見下ろした。

無数の救急車が右から左へと走り続けていた。
坂の上からやってくる救急車は、それぞれ等間隔の距離を保って一定のスピードで流れている。

遠ざかっていくサイレン音と近づいてくるサイレン音とが同時に聞こえる。
そしてそれはいつまでも止まなかった。

まるで僕自身が救急車で運ばれているようだ。
マンションごと、病院へ搬送されているような感覚。
ウワンウワンと鳴り続けるサイレンの内側にいるようだった。



19: ◆xh7i0CWaMo :2009/12/05(土) 22:18:25.98 ID:kP0lObDfP
数台の救急車が方向を変えてマンションの駐車場に入っていくのを見届けた頃に、
僕はいよいよ赤いランプとけたたましい鳴動に耐えられなくなった。
ベッドに戻って布団に潜り込み、強く目と耳をふさぐことにした。

赤いランプはいつまでも瞼の裏で点滅し続け、サイレンは鼓膜を揺らし続けた。
そのうち、たちの悪い睡眠薬を飲んだような、酷い頭痛がし始めた。
それは同時に、抗いがたい眠気を誘ってきたのだ。

だから僕は、起承転結における『起』の部分について多くを知らない。

僕が最後に得た記憶は、部屋の扉の向こうでドタドタと数人の足音が鳴っていたことだ。
その直後、僕は回転灯とサイレンの催眠誘導に負けて、朝までぐっすりと眠り込んでしまった。

あの時、僕の家族は連れ去られたに違いない。
家族、つまり父親と母親、そして妹。三人全員が一斉に。

そもそもあの救急車は本物だったのか?
乗り込んでいたのは覆面をつけたそれらしい誘拐犯か、
それとも記章をつけた白いヘルメットを被り、白衣とマスクをつけた歴とした救急隊員だったのか。

いずれにせよ、偽装であったことは間違いない。
ここ数年、病気にほとんど縁がなかったまるっきり健康体の家族を、
だしぬけに現れた救急車が連れ去る理由は無いのだから。

例え本物だったとしても、それは本物を偽装しただけの事だ。
大した違いはない。

唯一、最も確実な事は、その時点で僕は連れ去られなかったということだ。



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