内藤小説

196: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 21:25:31.87 ID:MnzLK27RO
  
――それぞれのそれから――――


あの事件の終結から一週間。ショボンはアメリカに来ていた。

傷は打撲や切り傷のみでたいしたことはなかった。

大変なのはむしろ警察当局による取り調べで一筋縄にはいかなかったが、武田の撮っていた映像などもあった為、何とか渡米の許可が下りた。


ショボンがアメリカに来た目的は、モイヤー夫人の家を訪ねる事だった。

事件の概要と結末を説明する約束を果たす為に。


(´・ω・`)「…ん?」
モイヤー夫人宅の前まで来ると、家を覗くようにしている初老の男性が居た。

そういえば、前に来た時も居たような…

そう思うショボンに気付いたのか、初老の男性はそそくさと去ってしまった。



197: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 21:29:04.37 ID:MnzLK27RO
  


(´・ω・`)「あの人は……なるほどね」


その人物には見覚えがあった。前は気付かなかったが、間違いない。

一人納得して、ショボンは家のドアをノックする。クッキーを焼いてるような匂いが、鼻を掠める。


Mrs.モイヤー「いらっしゃい。待ってたわ」


いい笑顔だ、ショボンはそう思った。



198: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 21:34:35.83 ID:MnzLK27RO
  


Mrs.モイヤー「……そう。そんな事があったのね…」

(´・ω・`)「えぇ」


モイヤー夫人にあまり驚いた様子はなかった。それもそうだろう。事件が終結した後のメディアの取り上げ方は異常だった。

日本でもアメリカでも連日トップニュースで報じられた。もちろん、レインズがモイヤーの殺害を部下に命じた事までも。


(´・ω・`)「…元気を出して下さい」

Mrs.モイヤー「あら?私は元気よ。…誇りに思ってるわ、モイヤーの事」

(´・ω・`)「…そうですね。彼は最後までレインズを止めようとしていた。…自分の事を顧みずに」

Mrs.モイヤー「……そうね」


やはり空元気という面もあるだろう。しかし、彼女の顔には清々しさがあった。それはきっと彼女に本来の笑顔を取り戻させるだろう。



200: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 21:37:48.61 ID:MnzLK27RO
  

Mrs.モイヤー「…でも、この大きな家に一人は少し寂しいわねぇ」

(´・ω・`)「…僕、明日久しぶりに『ヘヴン』で酒を作ろうと思ってるんです」

ショボンが唐突に言う。

Mrs.モイヤー「あら、それは主人も喜ぶわ」

(´・ω・`)「招待しますよ。是非いらして下さい」

Mrs.モイヤー「ウフフ、ありがとう。でも一人で行くのもなんだし…」

(´・ω・`)「ジョセフさんを知ってますよね?」

Mrs.モイヤー「?えぇご近所さんのジョセフさん?」

(´・ω・`)「えぇ。彼も招待するので二人でいらして下さい」

Mrs.モイヤー「…気持ちは嬉しいけど…」

(´・ω・`)「…ご主人に申し訳ないと?」

Mrs.モイヤー「…えぇ」



201: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 21:41:30.68 ID:MnzLK27RO
  

(´・ω・`)「大丈夫ですよ。別にやましい事をするわけでもないし。それに……友人は必要ですよ」

Mrs.モイヤー「……」

(´・ω・`)「モイヤーさんも喜ぶと思います。これからの人生を一人で生きていくには貴女はまだ若すぎる」

Mrs.モイヤー「…フフ、お世辞がうまいのね」

(´・ω・`)「そうですかね」

Mrs.モイヤー「…そうね。分かったわ。お邪魔させて頂くわ」

(´・ω・`)「では、お待ちしております」

準備があるから、とショボンはモイヤー夫人宅を後にした。

彼女は多分もう大丈夫だ。



203: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 21:44:44.55 ID:MnzLK27RO
  

夫人に見送られ、外に出るとそこにはジョセフが居た。

(´・ω・`)「お久しぶりです。ジョセフおじさん」

ジョセフ「久しぶりだな、ショボン。…大人になったな」

(´・ω・`)「…おじさんですよ、もう」

ジョセフ「ハッハッハ!そういえば何やら大変な騒ぎに巻き込まれたようだな」

(´・ω・`)「たいしたことはないですよ」

ジョセフ「そうかそうか」

(´・ω・`)「にしても、あまりいい趣味とは言えませんね」

ジョセフがギクッとする。相変わらず分かりやすい人だ。
ジョセフ「いやまぁその……気になってな」

(´・ω・`)「覗きなんかせずに堂々と訪ねればいいのに…」

ジョセフ「うーん。未亡人の宅に堂々と行くのもなぁ…」

(´・ω・`)「覗きの方がよっぽど…」



206: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:01:20.58 ID:MnzLK27RO
  

ジョセフ「まぁな。どうだ、元気だったか?」

(´・ω・`)「まぁ…ね」

ジョセフ「そうか。夫を亡くしたのだからな…仕方ない」

(´・ω・`)「それより、明日店に来て下さいね」

ジョセフ「ん?復帰するのか?」

(´・ω・`)「一日だけですけどね。モイヤー夫人も誘っといたんで二人で来て下さいね」

ジョセフ「……は?」

(´・ω・`)「じゃあそういう事で」


ショボンは唖然としているジョセフを尻目に道を歩きだした。

ポケットにはモイヤー夫人から持たされたクッキーが入っている。



208: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:05:16.48 ID:MnzLK27RO
  

手に取り、それを一つ頬張る。

カリッという音。そして懐かしいようなくすぐったいような、そんな味が口一杯に広がる。


(´・ω・`)「………甘い…な」


ホテルまでの道のりは結構ある。来る時にはタクシーを使ったのだが、どうも運悪くタクシーが見つからない。


ショボンは足を止める。


右手でゴソゴソっとして、ポケットの中の包みにまだまだクッキーがある事を確認する。


(´・ω・`)「…歩いて行くのも悪くないか」


周りの人々よりも少しゆっくりとした速度で。

そして、周りの人々よりも少し上を向いてショボンは歩き出した。



209: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:08:34.93 ID:MnzLK27RO
  

(`・ω・´)「ふむ!ご苦労だったな。これはサービスだ」

('A`)「そりゃどうも」

あれから、一週間。取り調べやら取材やらで身体はクタクタだ。

こうして店で酒を呑むのが唯一心休まる時。

本当はショボンのようにどこか遠くで骨休みをしたいのだが、許可が下りない。

ショボンは下りて、俺には下りないのはどう考えてもおかしい。

はいはい犯罪者顔犯罪者顔。

( ゚∀゚)「アヒャヒャ、テキーラお代わり!」

シャキーンがこれはサービスじゃないぞと釘を押す。

( ・∀・)「呑みすぎですって」

( ゚∀゚)「アヒャヒャ!」

駄目だこりゃとモララーと目を合わせる。



210: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:11:23.40 ID:MnzLK27RO
  

モララーの怪我は幸運にもたいしたことなく、包帯はしているものの無事退院出来た。まぁ、本人が希望をごり押ししたに過ぎないのだが。

( ・∀・)「ドクオ………さん」

('A`)「あー?呼び捨てでいいっつってんだろが」

( ・∀・)「いや、我らがヒーローにそんな訳には…」

あの後、なぜかモララーが俺に心酔しているのだ。理由は知らないし、どうでもいい。

('A`)「で、何だよ?」

( ・∀・)「あいつらどうしてるかなーと思いましてね」

('A`)「あぁ…」

サービスのテキーラをグイッと煽る。最近呑んでなかったせいかやけに旨い。

モララーが言う「あいつら」とは流石兄弟の事だ。

あいつらはあの事件の後、きっちりと姿を消した。流石プロといった所だ。しかし、武田が撮影したものにばっちり兄者の顔が映っていた為、鮮明な写真つきの国際指名手配となった。



211: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:14:37.66 ID:MnzLK27RO
  

世界中を捜してもピースをしてる写真の指名手配犯は居ないだろう。まぁ弟者も居るし捕まる事はないだろう。

なんといっても流石だからな、と思う辺り俺も大分毒されているのかもしれない。

('A`)「まぁ、流石兄弟は大丈夫だろ。…そういえばお前らはどうするんだ?」

ジョルジュとモララーの二人もどうやらお咎めなしらしい。しかし、これからはどうするのだろうか。

( ゚∀゚)「アヒャヒャ。俺達はアレだ。あのー…あれ?なんだっけな?……」

溜め息をついてモララーが代わりに答える。

( ・∀・)「僕たち二人は、形式上公安を辞めて、それから内調に再就職となりそうです」

(;'A`)「ブハァ!」

ついテキーラを吹く。

ハァ?こいつらが内調って…日本大丈夫か?



213: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:20:07.43 ID:MnzLK27RO
  

( ゚∀゚)「アヒャヒャ!俺もテキーラ吹くー!ブハァ!」

('A`)「あ…」

ジョルジュがシャキーンにテキーラをぶっかける。

ちょっと借りるぞ、とシャキーンがジョルジュを裏に連れて行く。俺はもちろん関わらない。

('A`)「お前も大変だな…」

(;・∀・)「ドクオさん代わりに内調に来ません?」

('∀`)「馬鹿。俺はアレだよ、ほら。全毒男の希望として嫁捜ししなきゃなんねーんだよ」

(;・∀・)「…まぁ…捕まらないようにしてくださいね」

('A`)「それどーいう…」

(メ゚∀`)「…ふざけてすんませんでした」

('A`)「……」

やっぱりシャキーンが一番強いかもな。



214: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:25:17.48 ID:MnzLK27RO
  

会計を済ませて、三人で外に出る。なぜか会計はバラバラにされてジョルジュだけ異常な値段だった。

じゃあ、と別れて一人帰路につく。

おそらくあの調子じゃモララーはもう一軒付き合わされるのだろう。可哀相に。

('A`)「ライター……あった」


煙草に火をつける。嫌煙の独身女性が増えていると先週の毒男マガジンで見たが本当なのだろうか。そうだとしたら、そろそろ止め時なのかもしれない。

ネオンで人工的な明るさを保っている道をトボトボ歩く。

最近は夜でも蒸し暑いくらいだ。ビールが美味い季節になってきた。

今日もどうせ帰りにコンビニでビールと煙草を買ってしまうのだろう。それもまた運命。

この間までちゃんとした仕事を捜そうと思っていたが、それもどこ吹く風。煙草の煙と一緒にどっかに飛んでいったんだろう、きっと。



215: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:29:29.93 ID:MnzLK27RO
  

('A`)「…あー。そっか今日発売か…。置いてっかな、あのコンビニ…」


時刻は午前2時すぎ。

毒男マガジンの今週号が出るはずだが、この時間だと微妙だ。

「いらっしゃいませー」

あー、ほら置いてない。仕方ない、これが運命。

ビールと煙草を買ってお金を払う。お釣りを財布にしまい店を後にする。

少し歩いて煙草が吸いたくなったので、先程買った煙草を袋から取り出す。

('A`)「あー…間違えてんじゃん…」

しかも嫌いな種類の煙草だったりして。買い直す為にコンビニに戻る。店員に文句の一つでも言ってやろう。



216: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:34:28.21 ID:MnzLK27RO
  

「いらっしゃいませー」


一直線にレジに向かう。

('A`)「あのー………ん?…あ、これ下さい」

毒男マガジン今週号がレジの前に積まれていた。ついてる。これもまた運命。

('A`)「あ、それから…19番」

今度は煙草の銘柄じやなく番号で言う。毒男マガジンに免じて文句は言わない。

店を出て、煙草を吸う。

今日はこれからビール呑んで、毒男マガジン読んで…

('A`)「……悪くねーな」

吸ったのは間違えて買った方の煙草だった。何とは無しに吸ってみた。

今日は長い夜になりそうだ。

しかし、それもこれもまた彼の運命だから仕方ない。



217: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 22:38:57.95 ID:MnzLK27RO
  

やけに妙な気分だ。

独房での生活は決して心地良いものではない。しかし、気分は妙に清々しい。自首した犯罪者とはこういう気分になるものなのだろうか。

犯罪者とは言ってもやはり私の扱いは普通の犯罪者とは違う。元政治家という肩書はどこでも通用する。

しかし、それ故に私に本音をぶつけてくる相手は居なくなったのも事実だ。

昔のレインズやモイヤーのような仲間はこれからも出来ないのだろう。それを考えると少し寂しいが、身から出た錆だ。

看守が来て、時間です、と告げる。返事をしなくても何も言われない。

重い腰を上げ、看守が鍵を開けるのを待つ。

そして、独房から出て、通路を看守の後について行く。

この暗く無機質な造りは私にロシアの研究所を思い出させる。

しばらく歩くと、ある部屋に通される。ガラス越しに二つに区切られている部屋。犯罪者と面会するために使われる場所だ。

まだその部屋には彼は来ておらず、誰も居ない無人部屋だった。私への配慮という事で、看守も居ない。



220: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:01:19.81 ID:MnzLK27RO
  

しばしの間、用意された椅子に座って待っていると、ガラスを挟んで向こう側のドアが開く。

彼の顔はやつれており、端正な顔立ちも台なしになっていた。

/ ,' 3 「……何か…久しぶりのような気がするの」

それには答えず、椅子を引いてゆっくりと腰を掛ける。

/ ,' 3 「どうだ、独房での生活は?」

彼は近日中にアメリカ本国に身柄を送致される事が決まっていた。

レインズ「……お陰で割と楽な生活をさせてもらってるよ」

彼の顔に浮かぶものを読み取ろうとするも、それは難しい事だった。

/ ,' 3 「…少し…痩せたな」

レインズ「…悪い憑き物がどこかに行った分だろう」

そう言って少し笑った。



222: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:06:12.38 ID:MnzLK27RO
  

/ ,' 3 「何故…悪い憑き物がついたのだろうなぁ…」

その一因は自分にある。それは重々承知している。

レインズ「……エンジンだったんだよ。ここ数年のな」

/ ,' 3 「…そうか」

彼が有罪になる事は間違いない。モイヤーを殺させた張本人なのだから。

アメリカの懲役刑が長い事は有名だ。100年、200年といった長期の刑もざらにある。今の時点でレインズの刑がどれくらいのものになるかは分からない。

しかし、今までの彼の経歴は情状酌量の余地はある。スパイなど国家機密に関わる事が多すぎるからだ。国としては表に出したくない事もあるだろう。それはCIAも同じだ。

私自身の罪もまたどれほどのものか分からない。しかし、レインズより随分と軽いのは確かだ。その事もまた私を苦しめる要因になっていた。

/ ,' 3 「……レインズ、聞きたい事がある」

なんだ、と私の目を見る。そういえば久しぶりに彼の顔を真っ直ぐ見る。



224: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:13:47.35 ID:MnzLK27RO
  

/ ,' 3 「…まだ…私の事を恨んでいるのは仕方ない。自分だけ楽になるつもりはない」

/ ,' 3 「……お前は今までを否定してでも…これからを生きる気があるか…?」

レインズ「……奴らに触発されたか……?」

昔の、あの頃の笑顔だった。

レインズ「…だが…それも悪くない」

/ ,' 3 「……そうか」

やっと彼の表情を読み取る事が出来た。

なるほど。

そういえばこの顔だった。

暗く、無機質な研究所で何年も過ごせたのはこの顔が傍にあったからなのだ。


レインズ「…荒巻、お前はモイヤーの酒を呑んだ事があるか?」



230: ◆P.U/.TojTc :2006/11/12(日) 23:19:28.06 ID:MnzLK27RO
  
/ ,' 3 「いや…とうとう行かずじまいだ。…旨かったか?」

レインズ「…あぁ、旨かった」

/ ,' 3 「…それは残念だな」

レインズ「…一度、奴に作り方を教えてもらった事がある」

遠い目をして言う。その目に何が映っているのかは聞かなくても分かる。

レインズ「…俺が出たら作ってやろう」

/ ,' 3 「フ……何年先になるのやら」

レインズ「…それを目標に生きるのも悪くないだろう?」

やはりこいつはいい顔をしている。もう少し早く……いや、そう思うのは止めよう。
私達はこれからを生きなくてはならないのだから。

/ ,' 3 「……あぁ、悪くない」


何年振りかの約束。


それもまた悪くなかった。



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