('A`)はダークヒーローのようです

21: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:02:25.25 ID:xtb4jr6sO
第二十三話 化け物

煙りを上げて横たわる、いびつな形状の昆虫を見つめながら、クーと渡辺は周囲に気を配っていた。
ゴーストヴィレッジと化したこの集落には、生き物の気配は無く、ここだけ時が止まったかのような錯覚を受ける。

ふと、その静寂を破って陰鬱な呟きが彼女達の耳に入ってきた。

「あーあ、可哀想に…僕の蠱…痛かったろうに…」

川 ゚ -゚)「!」

その声は、どこから聞こえてくるかも定かでないような、不確かな響きで、二人の居る藁葺き屋根の下に木霊した。

「可哀想だよねぇ、可哀想だよねぇ。痛かったろうねぇ。だから、今僕がお前の為に復讐して上げるからね」

その声が止むのと同時に、何の前触れも無く家屋の天井を突き破って、何かがクー達目掛けて襲いかかって来た。

川;゚ -゚)「ちぃっ!」

舌打ちし、クーはその場から跳びすさる。
一瞬遅れて、彼女が居た空間に飛び魚のような形状をした、昆虫が突き刺さった。

川;゚ -゚)「シャンだと!?」

从'ー'从「これはまずいですねぇ」

この地上にいてはならない筈のその昆虫を凝視し、クーは慌てて藁葺き屋根の家屋から走り出す。



22: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:03:29.23 ID:xtb4jr6sO
渡辺もその後に続き、二人がヘッドスライディングの形で家屋から飛び出した次の瞬間には、家屋は嵐ともとれる異形の昆虫の群れの突撃を受けて、数秒でその形を無くした。

「あーあ、失敗失敗。次は、もっといっぱいいこっかな」

どこから聞こえるとも知れない声の主は、まるでイタズラ小僧のような声音でぼやく。
見渡せば、辺りには先程の昆虫以外にも多種多様な姿をした、禍々しい形状の昆虫が群れを組み、耳障りな羽音を立てて舞っている。
拳大の大きさのものから、人の胴体ほどもある巨大なものまで、魔界の昆虫図鑑から飛び出してきたような、それら異形の昆虫達をクーは知識の上だけで知っていた。

川;゚ -゚)「シャッガイよりの者…何故ここに…」

こことは違う別の惑星。シャッガイと呼ばれるそこに暮らす彼等が、この星にやってきたという記述は過去に数えるほどしか無い。
高等な知能を持ち、独自の文化を持つと言われる彼等は、栄養摂取の必要が無く、戦い等で死なない限り永遠に生き続ける半不死の存在だ。



23: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:04:39.58 ID:xtb4jr6sO
「大いなる母」と呼ばれる女王蟻のような個体によって、数年に一度大量に出産される以外には生殖の手段が他に無いにも関わらず、自然死の無い彼等の個体数は増える一方だ。

その異常な生態が影響したのか、彼等の文化は異常なまでにサディスティックで、同族同士の殺し合いを娯楽とし強者のみが生き残るという社会構造が出来上がった。
その生き残った個体は、彼等が暮らす星に生息する他の種族達の領土を侵略し、自分達の植民地にするのだ。
殺し合いこそが、最大にして最高の至福である彼等は、やがて自分達の住む次元の全種族を滅ぼし、それでも飽きたらずに残った同族同士で殺し合ったと彼女は伝え聞いていた。

川;゚ -゚)「だが、奴ら自身が宇宙空間を渡る技術を持っているとは、聞いていない…という事は…」

从'ー'从「『招待主』が、いるんでしょうねー」

焦るクーなど気にもせず、渡辺は起き上がりながら服の前を払う。
改めて見ると、彼女はフリルのついた水色のワンピースに、サンダルというなんとも荒事には不向きな服装をしている。



24: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:05:53.66 ID:xtb4jr6sO
从'ー'从「シャッガイまでとは言え、招待状を届けれる程の方です。それなりに覚悟した方がいいと思いますよぉ」

そう言うが言うまいかの刹那には既に、彼女の周囲につぶてほどの氷の塊が無数に出現していた。

川 ゚ -゚)「うむ。おそらくは聖騎士団の奴だろうが…まさか、既にシャンを招待しているとは思いもしなかった」

「お喋りはそこまでにしてくれないかな。僕、五月蝿い女は嫌いなんだよね」

姿無き声を合図とするかのように、彼女達の周囲を取り囲んでいたシャッガイよりの者達が、せきを切ったように押し寄せて来た。
角や爪、全身が凶器である戦闘種族達は、雄叫びともとれる鳴き声を上げながら、二人に迫る。

从'ー'从「取り敢えず、『招待主』さんを見つけないと、どこまでもシャンを呼ばれてしまいます。私はこの人達の相手をしますから、クー様は『招待主』さんの方をお願いしますねぇ」

そう言うと、渡辺は右手を高く掲げた。
その右手の動きに呼応するかのように、彼女の周囲の氷塊がその鋭利な切っ先を、押し寄せるシャッガイよりの者達に向けられる。

从'ー'从「久し振りの魔術ですからぁ、少し加減がわかりません。ちょっと痛いかもしれませんけどぉ、許して下さいねぇ」



26: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:07:07.33 ID:xtb4jr6sO
━━倉庫内に、紫炎以外の光源から光が差し込んだ。
崩れた壁から差し込むそれは、その壁を破壊した主を後光のように照らし出す。

从゚∀从「ちっ、またお前らか」

ハインリッヒは、振り下ろした腕を戻しながらぼやいた。
彼女の右腕によって、完膚なきまでに玉砕された床のアスファルトは、凄まじい高熱と衝撃で砕け、熔解している。

ミセ;゚ー゚)リ「生きて…る?」

紫炎の放った高熱によって、側頭部の髪は所々が焼け焦げていたが、ミセリの体はいまだ動ける事を主張していた。

从゚∀从「…邪魔が入りやがった。お前の前に、あそこの童貞共を殺すのが先だ」

そう吐き捨てるハインリッヒの表情からは、彼女が今どのような心境なのかを推し量る事は出来ない。
その無表情な黄金の瞳は、壁を破壊して現れた二人組の男達を真っ直ぐに直視していた。

ミ,,゚Д゚彡「ダイオード、あなたの読みは外れましたが、結果的に『力』だけでも見つかったので良しとしましょう」

フサギコが、傍らに佇む壁のような巨漢に振り向きもせず口を動かす。
彼の視線は一点、禍々しい紫炎をその身に纏ったハインリッヒに注がれている。



27: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:08:12.90 ID:xtb4jr6sO
/ ゚、。 /「……」

ダイオードと呼ばれた巨漢は、黙ってその手に握った棒状の巨大な鉄塊を肩に担ぐ。

从゚∀从「しつこいんだよ、お前ら。聖騎士団だかなんだか知らねぇけどよ、何度も邪魔するようだったらお前ら、マジで生きて帰さねぇぞ」

先ほどミセリに見せた殺気とは、また異質なそれを発し、ハインリッヒは彼等奇怪なローブの二人組を睨み据えた。

从゚∀从「どうせお前らじゃ、何年かかったって私は捕まえられない。格が違うんだよ、消えな」

ミ,,゚Д゚彡「そうとわかっていても、私共は下がるわけにもいきません。世界救済の為、大人しく同行願います。これが、最後の忠告ですよ」

フサギコの言葉は重々しく響いた。
その左手には、純白のグローブ。

从゚∀从「あの世でマスでもかいてろ童貞野郎共」

ハインリッヒのその言葉を拒絶と受け取ったのだろう。
フサギコは、背中に背負う二対の刺又に手を伸ばし、両手に得物を構えた。

ミ,,゚Д゚彡「やれやれ…わかりました。もう何も言いますまい。ダイオード、準備はいいですか?」

フサギコの言葉に、隣のダイオードも担いだ鉄塊を無言で構える。



29: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:09:13.75 ID:xtb4jr6sO
ふいに、ハインリッヒの姿が消えた事が合図となったのだろう。

戦いの火蓋は切っておりた。

ハインリッヒが突然消失した事にも動じず、フサギコはグローブを握ると口を開く。

ミ,,゚Д゚彡「目的、真空空間の生成。自己を中心に半径1mに限定5秒間展開、開始」

フサギコの言葉と同時に、ハインリッヒが彼の背後から突如姿を表す。
彼女はそのまま燃え盛る紫炎を纏い、フサギコへ向けて突進するが、フサギコを飲み込むかと思われたその邪龍の焔は、彼の手前1mで唐突に鎮火してしまった。

从゚∀从「…!」

舌打ちするハインリッヒ。

ミ,,゚Д゚彡「炎は酸素が無いと燃えません。私も窒息死する危険性があるからあまり使いたく無いのですが、あなたの手数を減らすにはこれしかありませんからね」

予想外のフサギコの英断に戸惑い、一瞬その動きを止めたハインリッヒに向かって、振り返り様にフサギコはすかさず二対の刺又を突き出した。
三叉に別れたその二つの切っ先が、ハインリッヒの胴と右腿を鈍い音と共に貫く。



31: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:10:24.64 ID:xtb4jr6sO
ミ,,゚Д゚彡「我々が扱える魔術は、所詮はこのグローブによってもたらされた貧弱な量産魔術。あなたと戦う上では、防御ぐらいにしかなりません」

/ ゚、。 /「最も」

フサギコの言葉を代弁しながら、いつの間にかハインリッヒの背後に回り込んでいたダイオードが、その鉄塊をバッティングの要領で構える。

ミ,,゚Д゚彡「その貧弱な魔術でも、私達はその効果を十分に活かす術を知っていますがね」

ハインリッヒが目を見開いた時には、何もかもが手遅れだった。
ダイオードはその巨体に似た鉄塊をスイングした瞬間だし、彼女の胴と右腿にはフサギコの刺又が突き刺さり、彼女の身の自由を奪っている。
無詠唱で魔術を扱える彼女だが、転移魔術でこの場から退避するにも時間が足りない。
吸い着くように迫る鉄塊から、凄まじいまでの圧迫感。
最早、逃れる術は無い。

ミ,,゚Д゚彡「少し、己の力を過信し過ぎましたね。大人しく眠りなさい」

フサギコの言葉が終わると、倉庫内に肉と鉄の凄まじい衝突音が響いた。



32: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:11:35.62 ID:xtb4jr6sO
フサギコの突き刺した刺又から無理矢理解放されたハインリッヒの体は、ダイオードのスイングした鉄塊の暴風のような衝撃により、きりもみしながら燃え盛る倉庫の壁へと、放物線を描きながら飛んでいく。

从;゚∀从「ガッ…!」

嫌な音が響き、ハインリッヒの体は壁に打ち付けられその飛翔を止め、落下。
無様にくずおれ小さく痙攣すると、彼女はその動きを止めた。

ミ,;゚Д゚彡「ふう…なんとか、気絶させる事はできました。無詠唱での魔術行使。その上禁呪も扱う。本当に恐ろしい化け物ですよ、あなたは」

既に気を失っているであろうハインリッヒに向かって、フサギコは呟く。

ミ,,゚Д゚彡「ですが、体はやはり人間とさほど変わらないと見えます。痛みに耐えられたのも、魔術で痛覚を遮断していたと考えれば辻褄が合いますしね」

彼は首をめぐらし、ダイオードを振り返った。

ミ,,゚Д゚彡「さあ、無抵抗のうちに彼女を拘束しておきましょう。対魔用手錠を」

だが、ダイオードは対魔用手錠を出すどころか、再び鉄塊を構える。

ミ,,゚Д゚彡「ダイオード?」

その行動に怪訝な顔をするフサギコに向かって、ダイオードは叫んだ。



33: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:12:48.57 ID:xtb4jr6sO
/;゚、。 /「フサギコいけません!」

彼の叫びは、虚しいものだった。

ミ,;゚Д゚彡「……っ……がっ…ぼ…」

その虚しい叫びに、フサギコは飛び散る鮮血でもって返事を返した。
彼の胸からは、すらりとした血まみれの腕が生えている。
いや、背中から胸へと腕に貫かれているのだ。
フサギコは口からごぼごぼと溢れる血を、垂れ流しその場に膝をつく。
その目はもう、何ものも見つめてはいなかった。

/;゚、。 /「くっ……」

同士の殉教に、一人残ったダイオードは額に冷や汗を浮かべ、そのかたきである背後の影を睨み付けた。

从 ∀从「弱いのに調子乗るからこうなるんだよ、毛虱童貞が」

そんな筈は無い、とダイオードの本能が警報を鳴らす。
生身の人間なら、一瞬で意識が飛ぶほどの力で殴り飛ばしたのだ。
彼女が、ハインリッヒが立てる筈が無い。
だが、それでもダイオードの頭の中の理性は冷静だった。
フサギコの背中を一気に刺し貫いた右手の血を振り払い、今にも迫って来ようとする化け物から、じりじりと距離を開ける。



34: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:14:19.42 ID:xtb4jr6sO
从 ∀从「不思議だろう?どうして立ち上がれると思う?」

ゆったりとした動作で、ダイオードへと詰め寄るハインリッヒ。
傍らに転がる、フサギコだった物言わぬ肉塊。
ハインリッヒの顔は、反射の為かよくは見えない。
ただ、口元だけが無機質に嗜虐的に三日月をかたどっている。

从 ∀从「ガキの読む漫画によくあるだろ。怒ると強くなるってやつ。あんな感じだよ。私もキレたのさ」

まぁ、と付け加え、

从 ∀从「もともとあんな攻撃、大したダメージになってねぇんだよ。そりゃあお前らの言うとおり、体は人間のそれと大差無いさ。
だが、魔術の格が違うんだ。物理的な攻撃に対しての防御壁ぐらい、常に張ってある」

彼女の体を、再び紫炎が取り巻く。

从゚∀从「さぁ、次はお前の番だ。お前は、闇に喰い殺されて死ぬと予言しよう」

彼女の言葉に、倉庫内が深い闇に閉ざされる。
見渡す限り、一面が黒。光も何も無い、暗い、暗い、闇に閉ざされた世界。

/;゚、。 /「うっ、うわぁぁぁぁぁあ!ぎゃぁぁぁぁあ!」


何もかも、全てが消失してしまったかのような漆黒の世界に、ダイオードの断末魔の絶叫だけが不気味に響いた。



35: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:15:36.54 ID:xtb4jr6sO
从゚∀从「恐いか?恐いだろ?はははは!もっと泣き叫べ!鼻水と小便に濡れながら、命乞いをしろ!泣き喚いて逃げ惑え!
これが、化け物の力だ!」

ハインリッヒの高ぶった矯声に続き、肉が引き裂かれ、骨が砕ける音が響く。
そこで何が起こっているのかを知るものは、誰もいない。
慈悲深い闇が、その狂乱たる虐殺の宴の様子を覆い隠し、肉体が解体される音だけがグロテスクに響くのみ。

やがて、その闇が消えて薄暗い倉庫の光景が戻ると、そこには乱暴な子供が壊してしまった玩具の如き、ダイオードの残骸が打ち捨てられていた。
その眼球のはまっていた穴には、腸と思われる赤黒い臓物が無理矢理に詰め込まれ、引き裂かれた腹には、その下の股から引き抜かれたであろう両足が、無造作に折り畳まれ収納されている。
両肩は明後日の方角へと捻られ、右腕は主が大きく開いた口腔内から生えるようにして、突き込まれていた。
脳天は蓋を開けたように綺麗な穴が開いており、左腕がその中身を掻き回すように突っ込まれている。
皮膚という皮膚がずたずたに引き裂かれ、全身から体液を滴らせる、ある種前衛的なオブジェのような「それ」は、それでもまだピクピクと痙攣していた。



37: ◆/ckL6OYvQw :2007/07/01(日) 23:16:58.37 ID:xtb4jr6sO
/ 、 /「あ……っ…お…ぶぇ…ぼほ…こ…こ…」

生理的な嫌悪を誘う、うめき声とも鳴き声ともとれる奇妙な音を立てながら、微かに蠢く「それ」に一瞥をくれると、ハインリッヒはその血まみれの瞳を動かし、倉庫内を見回した。

从゚∀从「あいつは、逃げたか」

ミセリの姿が無いのを確認すると、彼女はダイオードの体液で汚れた自身の体を見つめる。

从゚∀从「随分、汚しちまったなぁ。このままじゃ、オリジン様に会えないな。シャワー、浴びてこなきゃ」

凄惨な解体現場には似つかわしくない、呑気な声でぼやくと、歩き出す。
ちょうど、その進行方向にまだ痙攣する「それ」があったのは、「それ」にとってはたして幸か不幸か。

/ 、 /「……ぎっ……!」

気色の悪い音を立てて、ハインリッヒに踏み潰されたそれの頭部が砕ける。
「それ」の生き地獄は、そこで途切れた。
そんな事にも構わず、ハインリッヒは解体現場と化した倉庫を後にする。

从゚∀从「ミセリの始末は後回しだな。とにかく、オリジン様に会わないと……」

そう呟く彼女の顔は、血や体液にまみれても尚、恋する少女のように、美しく輝いていた。



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