('A`)はダークヒーローのようです
- 5: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:07:16.57 ID:epU6B7YpO
- epilogue... たゆたうように、君と
━━揺り籠は揺れていた。その中の赤ん坊を慰める為、長い間揺れていた。
赤ん坊にミルクは与えられていた。十分過ぎるだけ与えられていた。
赤ん坊には玩具も与えられていた。世界中どこを探しても、これ以上のものなど無いだろうという程豪奢な玩具が与えられていた。
それでも赤ん坊は満足せず、何が気に食わないのかも分からずに泣き喚いていた。
赤ん坊の周囲半径五メートル。揺り籠は長い間、その小さな空間で揺れ動いていた。
- 6: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:08:08.28 ID:epU6B7YpO
- ある時誰かが揺り籠に触れた。別に赤ん坊をあやす為に触れた訳じゃない。
ただ赤ん坊が可愛いから、もっと間近で見ようと揺り籠に触れた。
揺り籠が傾いた。傾いた拍子に、赤ん坊は中から転げ落ちた。
だが、その人は慌てる様子も無く、赤ん坊を見つめていた。
長い間、赤ん坊は床の上で泣き喚いていた。
何が気に食わないのか、延々と泣き喚いていた。
やがて、その人は手を差し出した。
可愛いかったから、少し甘やかした。
だけれども。
赤ん坊は、そうして立ち上がった。
ゆっくりと、歩き始めた。
ゆっくりと、ゆっくりと、歩き始めた。
- 8: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:09:34.35 ID:epU6B7YpO
- ━━風の強い日だった。
空を渡る雲が凄い勢いで流れていく。
手に持った槌が、汗で滑り落ちていきそうだ。それならそれでいいかと、重力の法則に任せて投げ出す。
( ;´_ゝ`)「……ふぅ。相変わらず、人使いの荒いこって」
流れる汗を拭い、周りを見渡す。
剥き出しの土。そこに穿たれた何本もの楔。柱の赤ちゃん、と呼んでいる。
手に手に槌を持った男達は、自分と同じように手を休めているものと、熱心に大工さんごっこに興じているものに二分されていた。
- 9: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:10:35.11 ID:epU6B7YpO
- (´<_` )「おい兄者、サボってないで働け」
すぐそばでとんてんかんやっていた我が弟君が顔を上げた。
( ´_ゝ`)「なぁ弟者、煙草持ってないか?持ち合わせが無いんだ」
懐をごそごそやりながら、尋ねる。
何を買っていいのか分からず、取り敢えずはカートンで買ってみたものの、ニコチンスティックのストックは昨日で尽きていた。
(´<_` )「オレが吸わないの分かってんだろ馬鹿。ったく、カッコ付けて馬鹿みたいにバカバカ吸うからだ」
- 10: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:11:51.12 ID:epU6B7YpO
- ( ´_ゝ`)「む、お前実の兄をどれだけ馬鹿にするつもりだ。バカバカバカバカ四回だ。馬鹿のストックが切れたらどうする」
(´<_` )「心配せんでも、兄者の為に罵倒業者から昨日大量に仕入れてきてんよ。ほぉら馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」
( ;´_ゝ`)「ぐぐっ……貴様の語彙倉庫の品揃えにはそれしか無いのか」
調子に乗り始めた弟君に早々に見切りを付け、少し離れた所に居るソウルブラザーに声をかける。
( ´_ゝ`)「おい、ぃょぅ!煙草分けてくれないか」
むくり、と。ソウルブラザーは何やら物騒な仕草で顔を上げた。
- 11: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:13:09.35 ID:epU6B7YpO
- (=´ω`)「……兄者」
( ;´_ゝ`)「な、なんだお前までそんな呆れたような顔しやがって!煙草だよ煙草!分けてくれたっていいだろう減るもんじゃなし!」
(´<_` )「減らない煙草なんてねーよ」
( ;´_ゝ`)「うるしゃー!おみゃーは黙っとれ!わしゃぃょぅに話しかけとんじゃ!」
思わず慣れない名古屋弁が出てしまった。
(=゚ω゚)「あんなぁ、兄者。何が悲しいんだか知らんけど、煙草と酒と女は男をダメにする三種の神器だって知ってるかぁ?」
- 12: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:14:30.99 ID:epU6B7YpO
- ( ;´_ゝ`)「うるしゃー!そんなん知らんがや!えぇから寄越せ!寄越せぇちゅうにぃ!」
裏切りのソウルブラザー(故)に踊りかかる。懐を弄ってやると。
(;=゚ω゚)「のわぁ!?止めろ!止めれ!止めてけれぇ!そこは…あんっ!そこはらめぇえぇえ!」
(´<_` )「おい、兄者、避妊はしろよ」
あった。四角い紙パックはまさしく我が欲したマルボロにございませぬか。
( ´_ゝ`)「ニコチンゲットだぜ!」
さて、目的物は手に入った。差し当たっては火だな。これについてはノープロブレム。ニコチン無くともライターは死なず。
- 13: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:15:27.06 ID:epU6B7YpO
- こんな事も有ろうかと、常に携帯しているのだ。
( ´_ゝ`)「ふはははっ!この兄者、抜かりは無い!」
それでは待ちに待った聖火、点火です。皆様、盛大な拍手を━━。
( ´_ゝ`)「あれ?」
カチッ。ボボッ……。フッ。
( ´_ゝ`)「あれれぇ?」
カチッ。ボボッ…フッ。カチッ。カチッ。カチッ。カチッ。
( ;´_ゝ`)「あれれれれぇ?」
風の強い日だった。空を渡る雲が凄い勢いで流れていく。手に持ったライターの火は、それに遮られて聖火台へ着火出来ずに居た。
- 15: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:16:43.86 ID:epU6B7YpO
- ( ;´_ゝ`)「ぐぬぬっ…この忌々しい風め……」
文句を言ってやる。
そう思って空を見上げ。
( #´_ゝ`)「くぉんの風畜生がっ!粋がってられるのも地球の自転が有る間だけ━━」
遥か遠くの、白い塔が視界に入った。
( ´_ゝ`)「……」
ちょっと前まで、ニーソクと呼ばれていた場所。今は平和広場と名付けられたその場所の中心。
天を超え、世界を支える柱のごとく聳える白い塔。
救いの塔。文字通り世界を救って、これから世界を支えていくその柱が、自分を見ているような気がして。
- 16: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:18:13.44 ID:epU6B7YpO
- ( ´_ゝ`)「…へいへい、わぁったよ。分かりましたとも」
ライターを懐にしまう。
( ´_ゝ`)「ニコチンなんかに頼らず、しっかり前見て歩けってか」
( ´_ゝ`)「…そうだな。お前も、親離れしたみたいだし。オレもしっかりしなきゃな」
親離れ、と言って思わず吹き出す。
確かにあの人は親みたいなもんだったが、いつまでも引きずってちゃダメか。
( ´_ゝ`)「……そうだろ、おっとさんよ」
今は居ない、兄と父。監視の目が無いと言って、調子に乗ってたみたいだ。
- 17: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:19:25.53 ID:epU6B7YpO
- ( ´_ゝ`)「さて、と……仕事仕事っと」
放り出した槌を掴む。何しろ新しい街をまた一から築き上げなければならないのだ。気合いを入れなければ。
━━と。
ノハ#゚听)「くぉうらぁぁぁぁああぁぁあ!!」
( ´_ゝ`)「ん?」
彼方からの遠吠え。ドップラー効果的に近付いてくる「それ」の、手元。目を凝らす。
( ´_ゝ`)「 デ ン ノ コ 」
ホーリーシット。
ノハ#゚听)「現場での火気は禁止ぃぃいぃいぃいぃい!!」
女ジェイソンにくるり背を向け思う。
ムカつくぐらい、平和な日々がやってきたな、と。
- 19: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:20:38.23 ID:epU6B7YpO
- ━━重たい。掌が痛い。腰が痛い。三拍子揃って、尚且つやっぱり荷物が重い。
( ;^ω^)「はぁ…ひぃ…勘弁、してくれ…お…」
目の前に有る尻に懇願する。別に僕の背が小さすぎる訳じゃ無い。つまりは、それだけ僕の背骨が折れ曲がってしまっているという事だ。
この、荷物のせいで。
ξ゚听)ξ「ごちゃごちゃ言わない。男ならもっとシャキッとしなさい、シャキッと」
目の前の尻は止まらないままに僕を言葉で鞭打つ。
おけつ星人は存外に攻撃的でアクティブだった。
- 20: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:21:27.63 ID:epU6B7YpO
- ( ;^ω^)「だって…新しい家ったって…一体どこまで歩くんだお?もうかれこれ一時間は……」
まさか道を間違えた、とかは無いよね。そう言おうとした僕の気持ちがおけつ星人に伝わったのか。
おけつ星人はくるりと振り返り。
ξ#゚听)ξ「うっさいわね!郊外なのよ!こ、う、が、い!郊外に有るから遠いの!郊外に!」
郊外。やたらとその単語を繰り返すけど、もしかして…。
( ;^ω^)「馬鹿の一つおぼ……」
ξ#゚听)ξ「ダッシャー!」
かかとが。かかとが、顎にめり込んだ。何故かかと?
- 22: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:22:21.10 ID:epU6B7YpO
- ( #)ω^)「……」
まぁ、こうなることは分かっていた。分かっていましたとも。
( ^ω^)「僕はMだからっ!」
空元気を出して、自らを慰めてみる。
それに、一瞬だけどパンツ見えたし。パンツ。
ξ;--)ξ「…はぁ。ほんっと、何でこうあんたと居るとロマンチックのかけらも無いのかしら」
パンチラ星人が溜め息をついた。
周りを見渡す。見渡す。見渡す……限りの大自然。それだけ。それ以外、何も無し。人跡未踏、案外そんな言葉で飾れば浪漫が有るかもしれない。
- 23: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:23:56.67 ID:epU6B7YpO
- 新居への道。あの日、全てが終わった後には何も残っていなかった。
僕の家は勿論、僕の通っていたVIP大学も、虎の孔ニーソク支店も、行き着けのンフマップも、そして、ツンの家も。
何もかもが滅茶苦茶で、ボロボロで、以前とは全てが変わっていた。単純に、破壊され尽くして、無となっていた。
それでも軍隊の人達は、生き残りの兵士達を集めて復興作業を始めたらしい。
VIPに続いてニーソクが壊滅したのだ。国を建て直すには、人が住む場所が必要という事か。
- 24: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:24:59.33 ID:epU6B7YpO
- で、僕達。
住む場所が無くなったのはもう変えられない事実。
まぁ、当たり前に軍隊がバラックだとかを建てて被災者達に提供してくれたのだけど、ツンはプライバシーの皆無がどうのこうのと言ってそこに住みたがらなかった。
勝手にしろと。面倒見切れないぞと。そう言っておいて後で、ちゃんとした一戸建てを見つけてきて、彼女の専売特許をこれ見よがしに見せ付けてやろうかなぁ、なんて考えていた矢先。
彼女は、新居を見つけたと言って僕の手を引っ張ったのだった。
- 26: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:25:57.93 ID:epU6B7YpO
- ξ゚听)ξ「……あの時はあんなにカッコ良かったのに…」
ぶつぶつ呟くパンチラ星人改めツン。
聞き捨てならない単語を発見。追求してやる。
( ^ω^)「お?あの時って?」
ξ;゚听)ξ「え?うううううんん!何でもない何でもなない!」
どもる。分かりやすい。舐めてもらっちゃ困る。僕だっていつまでも鈍感君じゃないんだ。イジメてしんぜる。
( ^ω^)「カッコ良かったってのも聞こえたおー」
語尾にwを付けたいけど、自主規制。メタ的に考えて。
- 29: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:27:28.37 ID:epU6B7YpO
- ξ////)ξ「うう、うるさいうるさいうるさぁぁあい!!」
ぽかぽか、なんて擬音と共にツンが僕の頭を叩く。先のかかとよりも随分と甘っちょろい。こんなのは攻撃では無い。愛だ。ラヴだ。
( ;^ω^)「痛たた!痛い!痛いお!」
でも僕は優しい。気付かないふりをしてしんぜよう。そうしないと、流れ的に不自然だ。
ξ////)ξ「あ、あんたが変な事言うからでしょっ!」
ぽかぽかぽかぽか。ああ、お日様みたいな愛だなぁ。
( ^ω^)「誰が上手い事を言えと」
ξ゚听)ξ「は?」
( ^ω^)「いや、こっちの話だお」
ξ゚听)ξ「……」
- 31: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:28:52.54 ID:epU6B7YpO
- ( ^ω^)「そんな事よりツンさんや、流石に片腕でこの荷物はキツいですお」
そう。片腕。僕は片腕が無い。“彼”のおかげで失血死は免れ、後遺症とかも無かったのはいいけれど、結果的に無いものは無い。不便、ってレベルじゃない。
第一級障害者の仲間入りを果たしてしまったんだ。第一級。第一級だ。なんだか強そうだ。二つ名でもありそうだ。
( ^ω^)「隻腕のホライズン……」
ξ゚听)ξ「は?」
( ^ω^)「いや、こっちの話だお」
- 32: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:30:22.35 ID:epU6B7YpO
- ξ゚听)ξ「……」
( ^ω^)「そんな事よりツンさんや」
ξ゚听)ξ「え?ああ、はいはい分かったわよ。流石にこれじゃあただの虐めだしね」
( ^ω^)「お慈悲!」
ξ゚听)ξ「半分持ってあげましょう」
そう言ってツンさんが僕の持っている荷物に手をかけて。
ξ*゚听)ξ「あー!」
その手を引っ込めたからさぁ大変。
( ;^ω^)「ぐおぉぉ!?」
ツンの手に任せようと腕の力を抜いていたのに無理矢理また力を入れたらもう重いとかそういう問題じゃなくてなんというか━━。
- 35: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:31:27.11 ID:epU6B7YpO
- ξ*゚听)ξ「ここよここ!ここだわー!見てブーン!あったあった!やっぱりこっちであってたー!」
はしゃぐ彼女に釣られて見れば、それはまぁ、何とも可愛らしい小さなログハウスがそこに建っていたのでした。
( ^ω^)「……って、やっぱりこっちであってた?」
ξ;゚听)ξ「…うっ」
( ^ω^)「……当てずっぽう、だったのかお?」
ξ;゚听)ξ「ううっ……」
( ^ω^)「一時間。僕らは一時間さ迷っていたのかお?」
ξ;゚听)ξ「それは……」
( ^ω^)「ふーん」
ξ;゚听)ξ「うぅぅ…」
- 38: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:32:48.29 ID:epU6B7YpO
- 涙目になってきたので、ここら辺で止めておく。こんなの、彼女の属性を考えたら日常茶飯事だ。目くじら立てたらいけません。
( ^ω^)「ま、それはいいかお。とにかく、入ってみるお」
一つしか無い腕は絶賛酷使中なので、ツンを促し扉を開けてもらう。
ξ*゚听)ξ「うわぁ……やっぱり改めて見ても可愛いっ!」
見た目がログハウスなら、中身もログハウス。カントリー調のソファに、丸木組みのテーブル。
小さな居間。壁にはネイティブアメリカンなタペストリー。これはまさに女の子が好きそうなデザインだ。
- 41: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:34:09.66 ID:epU6B7YpO
- ( ^ω^)「埃も殆ど積もって無いし、まるで最近まで人が住んでたみたいだおね」
一番危惧しなければならない事を、口にする。
そう。これで人が住んでいたらお笑い草だ。今までの僕の苦難の道中とか、あまりにも報われない。
ξ゚听)ξ「大丈夫よー。こないだ来たときも、誰かが住んでるような気配は無かったし」
( ^ω^)「でも、ほら、この床の染み……」
足元の、そこだけ茶色く変色した床板を顎で指す。はっきりとはわからないけれど、最近ついたもののように思えてならない。
- 43: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:35:43.21 ID:epU6B7YpO
- 少なくとも、三、四日以内。多分。
( ^ω^)「……って、いないお」
床を見ていた数秒の間に居なくなる。パンチラ星人め、知らぬ間に腕を上げたな。
( ^ω^)「……ふぅ」
どうせ家の中を見て回っているのだろう。なら、心配はない。疲れた事だし、ちょいと休憩。ソファに腰を下ろす。ついでに荷物も下ろした。
改めて新居(仮)の中を見回す。小さい。本当に小さい。1LDKといった感じか。
人一人が暮らすのだったら問題ないかも知れないが、二人だとちとキツい。
一体、ここには以前どんな人物が暮らしていたのか。
- 44: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:36:45.48 ID:epU6B7YpO
- ( ^ω^)「……世捨て人?」
こんな街から遠く離れた荒野に、こじんまりとした家。
社会に積極的に関わろうとするような人では無いだろう。
( ^ω^)「それでも、なんだか……」
この家からは暖かい感じがする。家具の一つ一つを見れば、手の行き届いた掃除。きっちりとした性格というよりは、そこには持ち主の思いやりが見て取れる。
( ^ω^)「落ち着くお」
今流行の文句で言えば、「隠れ家的」な。そんな安息感。
それに触発されてか。
- 45: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:37:45.79 ID:epU6B7YpO
- ( ^ω^)「…あの染みが、気になるお」
玄関先の床板。そこだけに落とされた違和感が気になる。
( ^ω^)「雑巾は何処かお……」
失礼して、キッチンをごそごそ。あった。水は……お、汲み置き発見。濡らして……。
( ^ω^)「さぁてと、ひとりで出来るもん!」
ξ゚听)ξ「あ、待ってブーン!」
ツンの声に手を止める。
( ^ω^)「へ?」
二階を見てきたのだろう。小さな階段を降りてくる彼女。
ξ゚听)ξ「その染み、消さないで」
( ^ω^)「ホワイ?」
ξ゚听)ξ「……これ」
彼女の手には一葉の便箋。受け取り、目を通す。
( ^ω^)「どれどれ……」
- 46: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:38:42.79 ID:epU6B7YpO
- ━━崩れかけた壁の隙間から陽光が差し込んでくる。
瓦礫だらけの部屋の中、唯一まともなものといえば、教授御用達の長机。
その長机の前に立ち、私は黙していた。
/ ,'3「……ふむ。これで、全てかね?」
長机にかけるご老体は、今し方まで食い入るように眺めていた書類の束から顔を上げると、厳かに問うた。
( ・∀・)「ええ、そこにあるのが、私がこの目で見て、聞いて、確かめた事の全てです。それ以上でも以下でも有りません」
/ ,'3「……そうか。して、これが一番重要なのだが…これは全て真実なのかね?」
- 48: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:39:47.71 ID:epU6B7YpO
- 真実。その言葉に一瞬返答を躊躇う。
( ・∀・)「……えぇ、間違い有りません。人づての部分も大なり小なり有りますが、信頼出来るソースであります」
キバヤシ「……教授、だとしたら」
今まで固唾を飲んで私達の様子を見守っていた学生が、ごくりと唾を飲み込んだ。
/ ,'3「あぁ、違いない。ここに書いてある事が全て真実ならば、我々は遂にこの星のルーツに辿り着いたと言えよう」
キバヤシ「な、なんだってー!?」
示し合わせたように、学生は飛び上がった。
- 51: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:40:52.53 ID:epU6B7YpO
- キバヤシ「そ、それじゃあ今すぐにでも学会に……」
/ ,'3「まぁ待て。まだ学院の再興も済んでおらんだろう。まずは、目の前の問題から、じゃよ」
キバヤシ「そ、それもそうですね。…しかし、生き残った人々がどれだけ居るか……」
/ ,'3「それを探すのがお前さんの仕事じゃろう?今日お前さんを呼んだのは、そのためじゃ」
キバヤシ「な、なんだってー!?」
( ・∀・)「……古い」
/ ,'3「ふぉふぉふぉ……さぁて、これから忙しくなりそうじゃな」
- 52: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:42:10.18 ID:epU6B7YpO
- ……。そんなやり取りを眺めながら、私はVIP大学跡地を後にした。
役目を成し遂げた事を報告する為、足を踏み出す。
交通機関は無論機能していないので、徒歩でいかねばならない。
長い長い、坂道を一歩一歩登っていく。
郊外になるにつれて、蝉の声が高くなった。
照りつける太陽を望む。
あの日、太陽の無い空の下。彼と交わした言葉を思い出す。
“やぁ、君は……ははは、まいったな。ついに尻尾を捕まれちゃったか”
壁に背を預けた彼は、私の姿を認めると開口一番に苦笑を漏らした。
- 54: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:43:27.37 ID:epU6B7YpO
- “部隊の方はどうしたの?確か君に全て一任した筈だけれど”
“……あぁ、そう。うん、兄者なら安心だ。彼は、ああ見えて頼りになる。で、君はこんな所でサボっていると”
“ははは、確かに。僕も人のことは言えないね。うん、でも、この用事だけは外せなくてさ。すまない”
“魔法?ははは、君はそんなものの存在を確かめる為だけにここに来たと?
……残念だけど、魔法なんてこの世に存在しないよ。似たようなものはあるけど”
“魔法があったら、誰も苦労なんかしない。誰も痛くない。誰も泣かない。みんなが、幸せだ”
- 55: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:44:27.43 ID:epU6B7YpO
- “……ねぇ、最後に一つ、頼めないかな”
“……有難う。君は、なんだか殺しても死ななそうだ。だから、それを見込んで頼むよ”
“何もかもが終わったら、君が見てきた事全てを記録に残してくれないか。紙にでも、フロッピーでもいい。何か、形に残るものとして”
“こんな事があったんだと、記録に留めて欲しい”
それが、僕の最後の願いだよ。
( ・∀・)「……」
目的地に到着。目前の十字架を見つめる。
- 56: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:45:44.39 ID:epU6B7YpO
- 大海原を望む断崖。そこに眠る者の最後を思い返す。
( ・∀・)「どこまでも、掴めないお方だ」
“……僕の今の気持ち?はは、遺言を聞いてくれるのかい?いや、せっかくだけど遠慮するよ。
公文書に私情を挟む奴なんて居ないだろう?”
( ・∀・)「そんな生き方は、疲れませんでしたか?」
“そうだな……ただ、少しだけ言わせてもらえるなら…まぁ、概ね満ち足りているよ。うん。少しだけ、心配だけど。安らかなもんさ”
“未練は無い。後悔も無い。そう思える。思わなきゃやってられない、とかは言わないよ。素直に受け入れられる”
- 58: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:46:38.75 ID:epU6B7YpO
- ( ・∀・)「自分を殺して……」
“好きな子を助けられたんだよ。それだけでいいじゃないか。僕はもう、彼女の側には居られないけれど……。
でも、彼女には彼が居る。彼なら、安心だよ。彼なら大丈夫。きっと全てをいい方向に導いてくれるさ”
( ・∀・)「自分を犠牲にして……」
“この世に魔法が有るとしたら、それはきっと彼だよ”
“彼は、みんなを幸せに出来る。僕はそう信じている”
- 60: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:47:41.71 ID:epU6B7YpO
- ( ;∀;)「……全てを、あるがままを受け止めて…文句も、言わず……」
“だって、彼は救世主なんだから”
“ははは。僕も難儀な恋敵を持ったものだよ”
( ;口;)「どうしてあなたは自分を優先しない!?欲しいものを掴まない!あなたにはその権利があった!」
“何故君が泣く?欲しいものなら、もう手に入れたよ。大丈夫”
“僕が欲しかったものは、もう手に入った。だから……”
( う∀;)「……」
十字架は語らない。ただ、風に揺れるだけだ。
( ・∀・)「……約束、ですからね」
- 61: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:48:35.18 ID:epU6B7YpO
- “僕の遺言はここまで。今話した事は書き留めなくていいからね”
( ・∀・)「……あなたの生きた証は、私の中だけに残す事にしますよ」
花束でも供えれば様になるだろう。だが、そんな気の利いたものは無い。
だから、道中自販機で買った缶コーヒーをそっと置いた。
( ・∀・)「……だから、安心して今はお休み下さい」
ゆっくりと十字架に背を向け、歩き出す。
決して忘れない。そう、胸に誓って。
- 63: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:49:45.87 ID:epU6B7YpO
- ━━風の強い日だった。
この身を得てからこの方、一度も束ねたことの無い髪が無造作になぶられて遊ぶ。
川 ゚ -゚)「……ん」
手で押さえ、眼下を睥睨する。
倒壊したビル。へし折れた街頭看板。ぐちゃぐちゃに圧壊した車。裂け、断層となったアスファルト。
それは、かつてニーソクと呼ばれた街の残骸。住む者の無い、破壊の爪痕。
だが、私は知っている。この破壊は、決して無意味なもので無いことを。これが、破壊のままに終わらない事を。
- 65: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:50:33.66 ID:epU6B7YpO
- 目を凝らせば、分かる。瓦礫の下。廃墟の中。あるいはアスファルトの裂け目。そこから覗いているのは、緑の小人。生命の種子。
何年かかるかはわからない。
それでも、ここには必ず命が戻ってくる。
川 ゚ -゚)「そうだろう、オリジン?」
傍らの白柱を、指でなぞった。
その白柱から張り出した枝に、私は今まさに身を預けている。
川 ゚ -゚)「…いや、すまない。こう呼ばれるのは嫌いだったんだな」
- 66: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:51:40.49 ID:epU6B7YpO
- 全ての終わりを思い出す。
あの時彼が、自らの“力”と引き換えに何を願ったのかはわからない。
自分に分かるのは、あの眩いばかりの白光。そして、それが明けた後に残ったこの巨大な白い塔の存在だけ。
ただ、それだけで十分だ。何を願ったにしろ、その願いはこの世のどんなものよりも、限り無く優しいものだった筈だ。
川 ゚ー゚)「……君は、いつも私を置いてきぼりにするんだな、全く」
苦笑し、白い塔を見上げる。
マリアは、消えた。否、消えてなどいない。では何処へ行ったのか。大方察する事は出来る。
- 68: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:53:05.08 ID:epU6B7YpO
- マリアが消失した後に残った、この世界を見下ろすがごとき白い巨塔。
川 ゚ー゚)「まぁ、それが君らしくもあるな」
立ち上がり、伸びをする。長い間同じ姿勢をとっていたため、背骨がぽきぽきと音を立てた。
川 ゚ -゚)「……さて、そろそろ行くことにするよ。あまり長居すると、決心が鈍る」
从'ー'从「あぁーこんな所にいらしたんですかぁ」
- 69: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:54:32.39 ID:epU6B7YpO
- 足下からの声に見下ろせば、渡辺が白塔の枝々を三角跳びしながらこっちへ登ってくるところだった。
从'ー'从「もぉ、探しましたよぉ」
ほんわかとぼやきながら、私の隣へと着地する。
从'ー'从「準備は済みましたか?」
分かっている事をもう一度確認するよう、首を傾げた。
川 ゚ -゚)「あぁ、もう片付いたよ」
白塔を振り返りながら、答える。
あれから私が決めた事。
考えるぬいて、決めた事。
多少の迷いはあったかも知れない。未練が無いと言えば嘘になる。
だが、もう決めた。
- 70: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:55:32.41 ID:epU6B7YpO
- 川 ゚ -゚)「私は、これから世界を廻ろうと思う」
そこに居ると思われる“彼”へ宣言するよう、言葉を紡ぐ。
川 ゚ -゚)「全てが解決したのかも知れない。全てが収まるところに収まったのかも知れない。だけど、そうじゃないかも知れない」
川 ゚ -゚)「君は救世主だ。だけど、肝心な所でしくじる癖が有る」
目を閉じ、大きく息を吸う。
川 ゚ー゚)「だから、私が君の仕事に不備がなかったか、確認してきてあげよう。だから、君はここから世界を見守っていてくれ」
- 76: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:58:11.44 ID:epU6B7YpO
- 白塔は語らない。
当然と言えば当然。
だから、私のこの行動はあくまで儀礼的なもの。
川 ゚ -゚)「……だから、今しばらくのお別れだ」
静かに締め、渡辺を振り返る。
川 ゚ -゚)「さぁ、行こうか渡辺。これからは第二部の幕開けだ」
从'ー'从「新連載ですかぁ?」
川 ゚ -゚)「そうだな。……『川 ゚ -゚)は歩くようです』なんてタイトルはどうだろう?」
从'ー'从「そこはかとなくメタ的な響きがありますぅ」
さて、冗談はここまで。
白塔と、その背後にどこまでも広がる大空を見上げる。
川 ^ー^)「行ってきます。ドクオ!」
返事を返すように、風が吹き抜けた。
- 79: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 21:59:53.79 ID:epU6B7YpO
- ━━“前略。ひまわりの季節となりました。お元気ですか?私は元気です。
今日は近況報告の意味も込めて、この手紙をしたためさせていただいた次第です。
手紙なんか書くのなんて初めてなので、どこかおかしいところがあっても目を瞑っていただきたい次第です。
……あう。早速ミスですか?
さてさて、気を取り直して近況報告といきましょう。まずは全体的な事から。
おかげさまで私達人類は生き残る事が出来ました。本当に有難うございます。
言葉だけではどうしても陳腐になりがちですので、この気持ちはこれからの私達の行動にかかっているのだと実感する今日この頃。如何お過ごしですか?
- 80: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:00:53.71 ID:epU6B7YpO
- ……あう。またまたミスですか?そうですか。
さて、では続きましてVIP基地のみんなについて。
あの戦いで物凄い数の犠牲者が出てしまいました。生き残った人達も少なくないとはいえ、私達はそれを噛み締めなければいけないと思います。
基地のみんなは今、崩壊した街を立て直す為に毎日毎日大工さんの真似事をしています。
- 83: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:02:13.55 ID:epU6B7YpO
- 私も微力ながらお手伝いしていますが、何せ乙女の細腕。箸より重いものなど持ったことがないので、設計だとか段取りだとか、そういった裏方で頑張っています。
ご安心下さい。少隊のみんなは元気です。誰一人欠けないまま、今日も元気に日曜大工にいそしんでいます。
あ、今兄者さんがヒートさんに追いかけられていきました。元気なのはいい事だと思います。
……ブーン君とツンさんの事は覚えていますか?
あなたが初めてこの時代に目覚めて、初めて出会った、夫婦漫才の得意な二人です。
- 85: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:03:19.65 ID:epU6B7YpO
- 風の噂によれば、新しい家を見つけて同棲を始めたとか。相変わらずブーン君は彼女の尻にしかれて……はいないみたいだけど、何だかんだでラブラブしていて羨ましいです。私も早くいい人を見つけたいなあ。
ギコ君のことはもう大丈夫です。
嘘。本当はまだ夢に見ます。でも、それじゃいけないのは分かっています。
いつか。どれだけ先になるかわからないけれど、ギコ君の事を思い出として振り返れるようになった時は、新しい恋人探しを手伝ってくれませんか?考えておいて下さい”
- 88: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:06:11.41 ID:epU6B7YpO
- (*゚ー゚)「……ふぅ」
ペンを置いて、紅茶を一口。さて、どう締めくくったものか。
なんて考えるも束の間。ティーカップを持ち上げた時、下に敷いていた書類に気付いて慌てた。
(;゚ー゚)「やっば、早く提出しないと!」
デスクから乱暴に立ち上がり、書類をひっつかむ。腕時計の針は丁度正午を回ったところ。
仮設テントを飛び出し、太陽の下へ踊り出た。
槌を叩く音がひっきりなしに交差する。
資材を持った兵士達が、右往左往する。
大変に賑やかだ。大変にやかましい。
- 90: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:07:04.87 ID:epU6B7YpO
- (;゚ー゚)「おっとっと……」
鉄骨を担いだ兵士とすれ違った弾みで、バランスを崩す。危ういところで、書類の束をバラまかずに済んだ。
(;゚ー゚)「っと、危ない危ない……もー、気をつけて下さいよぅ!」
(;・ゝ・)「すまんすまーん」
本当に謝る気があるのか。こっちも見ないで。
(;゚ー゚)「あー、うー……」
とんてんかんとんてんかん。ばりばりばりばり。ぎーこぎーこ。
( #´∀`)「おらおらぁ、左舷弾幕薄いよー!何やってんの!」
- 92: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:09:12.03 ID:epU6B7YpO
- (;゚ー゚)「やかましい……」
凄く…やかましいです。
(*゚ー゚)「でも……」
この賑やかさは、嫌いじゃない。
(*゚ー゚)「……ふふ」
みんなが、自分の足でたっている。
みんなが、自分の足で歩いている。
そうだ。締めはこうだ。
(*゚ー゚)「ねぇ、ドクオさん…見てますか?私達、あなたが居なくてもちゃんとやっていけてますよ」
遠く、聳える白塔に目を凝らし、呟いた。
- 93: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:10:40.61 ID:epU6B7YpO
- ━━以上が、私の見聞きした事全ての記録だ。
公文書に私情を挟むなど言語道断だが、一言だけ言わせていただきたい。
私達は生きている。
以上、報告を終わる。
……AD:2008 8/28 ニューソク軍VIP荒野駐屯地所属 モララー少将
- 96: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:11:58.02 ID:epU6B7YpO
- “この家を訪れてくれた誰とも知らない方へ”
“自分はこの家の持ち主の代わりにこの手紙をしたためているのだが、自分と持ち主共々、諸事情によりこの家を空ける事になってしまった”
“どのぐらいの間、留守にするかはわからないが、この手紙をあなたが読んでいるという事は、まだ自分たちが帰ってきていないという事になる”
“そこで、この手紙を読んでいるあなたに一つ頼みがある”
“どうか自分が帰ってくるまでの間、この家の手入れをしていて欲しい”
- 99: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:13:31.93 ID:epU6B7YpO
- “誰かもわからない御仁に頼み事などとは些か不躾かも知れない”
“その代わりと言ってはなんだが、この家の中のものは自由に使ってくれて構わない。寝泊まりも大いに結構だ”
“ただし、玄関先の床板についた染みだけはそのままにしておいてくれると助かる”
“ここに書くのもはばかられる程些細な理由なのだが、どうかそれだけは守っていただきたい”
“それでは、誰か心優しい方がこの手紙を見てくれる事を祈って”
- 101: ◆cnH487U/EY :2008/08/28(木) 22:14:33.00 ID:epU6B7YpO
“行ってきます”
('A`)はダークヒーローのようです fin
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