右手よりは気持ちいいよ

988: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 09:54 Zwf61zmNO


蒼天は太陽に。
紫天は月輪に。

陽光に照らされる歴史を太陽は見続け、月光に照らされる歴史を月輪は見続け。

望まれる歴史があっただろう。
望まれざる歴史があっただろう。

改竄を許されぬ歴史は、辿るものだろうか。
それとも、記すものだろうか。

黒刃の道標者が辿った道。

許されざる歴史の英雄が、そこにいる。

月輪の祝福を受ける者達は、紫天の守護者を見上げていた。





歴史の結び目を紐解けば、一人の予言者が見えて来る。

黒刃の道標者と呼ばれた男。

あらゆる歴史の、あらゆる場所に現れたとされる彼。

文献や口伝に残される情報は、その人物が同一人物であると記していた。

遂に彼と接触する事は叶わなかったが、その姿だけは目にする事が出来た。



聖杯を奪い去ったあの男。

黒衣に身を包み、其処だけが色を失ったかの様な白色の仮面。

黒刃の道標者を記した文献の全てに伝わるその言葉通りの姿が、其処に存在していた。



989: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 09:55 Zwf61zmNO


世の悲しみを救う。
人類を救済する存在。

それは常人には勤まらず、また新たなる悲しみを生み出す。

人を救うのは、人を超えた者。より高次の存在でなければならない。

内藤ホライゾン。

我が愛しき息子にして、“彼”の力を受け継ぎし超越者よ。

人類の未来を、救済するのはお前しかいないのだ。




人類は、病んでいる。

偽り、争い、奪い、殺し。

悲しみの螺旋を生み出し続ける。

親が子を殺し、子が親を殺し。
国を統べる者は保身に走り。
飢えた国では路傍の石の様に人が打ち捨てられている。

人類は、病んでいる。

だが、彼等にその病を癒す事は出来ない。絶対に。

何故ならば彼等は悲しみを無くす方法を知らない。

仮に、知っていたとしても、彼等は行動を起こさない。

彼等は無力だからだ。

個人では使える力に限界がある。

だが、彼等は互いの力を合わせようとはしない。

個の境界線に縛られた者達は、その性により行動に移す事が出来ない。

自らの状況に甘んじ。

そして、悲しみをやりすごす。

何も見ず、知らず、聞かず。

見ようともせず、知ろうともせず、聞こうともせず。

だが私は彼等を非難しない。

それが人間であり。私もまた、その無力な個人の一人だからだ。



990: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 09:56 Zwf61zmNO


人間は善か、それとも悪か。

地球を汚染する人類は、地上に蔓延する癌細胞だと断ずる者がいれば、本能ではなく欲望で動く様は獣にも劣ると唱える者もいる。

母なる地球より与えられた恩恵を、還元する事無く奪い、喰らい続ける。

それを当たり前だと思い、疑問に思う者は少ない。



こう見ると、人類は滅ぶべき邪悪と捉える者がいるかもしれない。

だが、考えて欲しい。

資源を奪い、動植物の土地を奪い、地球を汚染する。

それは悪と言えるのだろうか。

所詮は人間の観点、価値観から受け取られる事だろう。

動植物の世界から見れば、どうだろうか。

確かに人間の武力によって動植物の環境は奪われた。

だが、猛獣に鋭い牙や爪が発達したように、人類も武力を己の牙として獲得した。

縄張りを奪われた獣は、奪った相手を悪と認識するだろうか。



否、と私は答えたい。



991: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 09:57 Zwf61zmNO


ああ、ホライゾン。

我が愛しき息子よ。

お前が私の妻と共に研究所から姿を消した時は、私の悲しみは胸を引き裂かんばかりだった。

人類の救済という私の悲願。私の夢そのものと言って良いだろう。

そんなお前が私の前から姿を消してしまった。

妻は、我が子が英雄と為る事を望んでいなかった。平和で、穏やかな人生を送らせたい、と。

なんと愚かしい事だろう。
平和で、穏やかな人生など。

悲しみに満ちた人類の中で、平和など、穏やかな生活などと世迷事を言えたものだ。

“ホライゾン”という英雄。“ホライゾン”という事象。“ホライゾン”という概念によって人類の救済が為される。

その救済の上に、平和が、穏やかな人生が成り立つ。

救済無くして平穏は無く。

よってホライゾンが英雄として存在するのは必然なのだ。



992: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 10:03 Zwf61zmNO


人類は一体、何時、何処で、何故その道を誤ったのだろうか。

進化を続け、他を排斥し、そして停滞する。

我々が辿った歴史は果たして正しかったのだろうか。

この先、我々を待ち受けているのは、悲しき終焉への道だ。

その悲しみを、恐らく人類は乗り越える事は不可能だろう。

先に待ち受ける困難に立ち向かうには――





やはり、救世主が必要なのだ。



993: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 10:13 Zwf61zmNO


キリストはゴルゴダの丘で磔刑となり、釈迦は病に倒れた。

過去に救世を為そうとし、多くの信徒を得た彼等でさえ『死』という現象からは逃れられなかった。



英雄に必要な物は、不朽の肉体。

世の理を外れなければならない。

――内藤ホライゾン。

我が愛しき息子よ。

“彼”の血肉を受け継いだ君は、世の理など薄氷の如く。

彼等でさえ為しえなかった不死性を手にした。

産まれながらにして受けた君の祝福は、人類の救済に不可欠なのだ。



彼女の造り出した機械の肉体を遥かに凌駕する超常の血肉。

健全な魂は健全な肉体に宿る。

不滅の肉体に宿る魂も同様に、不滅であると私は信じたい。



994: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 10:22 Zwf61zmNO










世界は、閃光に包まれた。








核の火などとは、比べ物にならない程、美しい破滅の光。

嗚呼、ホライゾン。

それが、お前が“彼”から受け継いだ力なのか。

その光に比べれば、人類の作り上げて来た武力の何と儚き事か。

強風に散らされる木の葉の様に、人が、物が消え去る。



そして君は私の前に降り立つ。

君の姿、君の言葉、君の力。





――美しい。





天啓と言えるだろうか。

余りの歓喜に私の体は打ち震え、ともすれば絶頂に達していたかもしれない。

人類の悲しみを救う。

君が選んだ人類の救済方法。


それは、悲しみの花が芽吹く前に手折る。



――即ち、人類の殲滅だ。



995: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 10:42 Zwf61zmNO


末世。

人の世は不義に満たされ。

世界は、人類を否定した。

やがて来る、終末の時。

七つのラッパが吹き鳴らされる時が来たのだ。

『死』という現象に囚われた人類は、争う事も、疑う事も、悲しむ事も無い。

あらゆる苦痛からの解放。

内藤ホライゾンという英雄が、人類に『死』の救済をもたらす



終末の四騎士が現れる前に。

世界に支配と、争いと、飢えが満ちてしまう前に。



『死』で、世界を満たそう。



996: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 10:53 Zwf61zmNO


嗚呼、ホライゾン。

君の英雄的行為は、愚かな者達に妨げられようとしている。

キリストや釈迦と同様に、やはり新たな救いというものは中々受け入れて貰えない。

時間の枠を飛び越え、力に目覚める前の君を滅ぼす。

私の造った、擬似宝具。

そして時間航行システムが君に向けられる剣となるのは、何とも皮肉な話だ。

だが、安心してもらいたい。

その愚かな十字軍には、私も同行するからだ。

擬似宝具の調整など、口実は幾らでも立てられる。

君の為の宝具は完成する事は無かったが、私の宝具があれば有象無象の持つ宝具など、取るに足らない存在だ。



だが、少し楽しみでもある。

世の汚れに犯される前の、無垢な君の姿も見る事が出来る。

それを考えると、すぐにでも時間を跳躍してしまいたい気分だ。



997: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 11:06 Zwf61zmNO









ふと、私は思う。

私が父親、妻が母親、ホライゾンが子供。

そんな家庭を築けたら、未来はどうなっていただろうか。



それは、既に、遅き事だろう。



998: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 11:10 Zwf61zmNO


父親として。

家族を守り。

父親として。

家族を愛し。





我が子に、伝える。

その手が、何故あるのか。

その足が、何故あるのか。

心とは、魂とは。

何を為さねばならぬのか。

父親として、我が子に伝える。



私は、間違っていたのか。

一体、何がしたかったのか。



999: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 11:14 Zwf61zmNO


嗚呼、私は。

私は人々を守りたかった。

強き英雄。

誰もが憧れる強さと、誰もが規範とする精神。

テレビの中にいた、ヒーローを生み出したかったのだ。



だが、既に遅かった。

私は引き返せない。

残された道は。

狂気に堕ち、我が子の進む道を支えてやる事だけだ。

私が肯定してやらねば、誰があの子を認めると言うのだ。

獄徒となり、共に行こう。

我が愛しき息子よ。



1000: ◆sEiA3Q16Vo :12/21(日) 11:16 Zwf61zmNO








狂気に堕ちる前に、私はこれを記しておく。

『死』の救済。

全てを奪い去る行為。

果たしてそれは正しいのか。


この手記を読む者達よ。

君達の未来に、光ある事を、心より願う。


そして、内藤ホライゾン、我が愛しき息子。
そして、我が愛しき妻よ。

すまなかった。

君達の幸福を、心より願う。




荒巻スカルチノフ



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