('A`)達は月に願い事をするようです

56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/08/22(水) 22:35:03.79 ID:628NVGlyO

第十月話

『光中飛躍』



5: ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:22:34.44 ID:628NVGlyO
朝も、昼も、夜も。
俺は休む事無く、駆け巡った。

再び訪れる機会を求めて。
精神を擦り切らせながら、各地を駆け巡った。

そして何百年と経った、ある時。
奇跡的な確率で、出会う事が出来た。

笑顔で立ち尽くす子供。
窓に映るは、綺麗な満月。

狂気という弱みに、付け込むつもりか。
月め、考えやがったな。
それなら、俺も画策しよう。
知恵比べだ、馬鹿野郎。

『俺の名前はハイン……』

『……渡辺だよぉ、君に秘密基地を教えてあげるぅー』



7: ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:23:54.74 ID:628NVGlyO
目を閉じ、座りながらクーとブーンは両手を合わせている。
二人の前には、小さなお墓。
木で作られた十字架が、地面に刺さっている。
『神様が住んでいた所』は『神様が住んでいる所』となった。
遺言通り二人は、シューをこの地へと、手厚く弔った。

(  ω )「シュー姉さん……僕は……」

ブーンはまだ、シューが此処に居る気がして、仕方が無かった。
先程まで真面目に、突飛に振る舞っていたシューが、此処に居る。
ブーンは想像の中に、シューが生きている姿を思い浮かべた。

『美味しい米が食べたい』

( ;ω;)「シュー姉さんの命、無駄にはしないお……」

ブーンは、目を開け、立ち上がった。
そして、固く強く決心する。

(  ω )「クー、行くお」



8: ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:24:55.97 ID:628NVGlyO
その声に、クーも目を開け、立ち上がる。
クーは墓を見つめながら、静かにブーンに返事をした。
静かながらも強い強い決意、それがクーの口から溢れ出る。

川 ゚ -゚)「あぁ、やるぞ。私達が月を倒す」

渡辺に背中を押され、シューに引き金を引いて貰った、クーとブーン。
二人の勇者は血に汚れながらも、必死に立ち向かう。
魔王に操られ、心を奪われていた勇者達。
今、闇を断ち切り、二人の勇者達は立ち上がった。

川 ゚ -゚)「行くぞ、ブーン」

( ^ω^)「見ててくれお。シュー姉さん」

クーとブーンは同時に地を蹴り、夜空へと飛んだ。
高く、高く、月を目指す様に飛んだ。
憎き魔王を倒す為に。



11: ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:26:05.04 ID:628NVGlyO
クーとブーンが居なくなり『神様が住んでいる所』に静寂が訪れた。
小屋とベンチと小さなお墓が、月の光に照らされる。
そして、そっと現われた、少女も照らされた。

从 ― 从「シューちゃん、ありがとう。そしてごめんなさい」

从 ― 从「シューちゃんが好きなご飯を持って来たよ」

从 ― 从「……こうなる事は分かってた」

从 ― 从「本当にごめんなさいごめんなさい……」

少女は、お墓に向かい謝り続ける。
届かない物を、届かせようと必死に謝り続ける。

从 ― 从「私の住んでいた所、これからはシューちゃんの好きにして良いよ」

从 ― 从「後は、罪深い私に任せて、ゆっくりしてね」

少女は一つ、深々とお辞儀をして姿を消した。



12: ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:27:37.58 ID:628NVGlyO
クーとブーンは、屋根から屋根へと飛び回っている。
他の月極や、ドクオをの気配を捉えようとするが、一向に見つからない。
一般市民は、夜に立て続けに起こっている殺人事件を恐れ、出歩かなくなっていた。
そして、いつもは月極の争いで、パトカーや救急車が走っている筈だ。
しかしそれすらも、今晩は見つける事が出来なかった。
モリタポ市全体が、シンとしており不気味な印象を与えている。

川 ゚ -゚)「妙だな」

( ^ω^)「……だお」

クーとブーンは高層ビルの屋上で立ち止まり、街を見下ろす。
走っている車も無く、ただ街灯の光だけが見える。
クーが腕時計を見ると、針が2時34分を指していた。

川 ゚ -゚)「普段なら月極が暴れている時間だ」

( ^ω^)「でも、もう街全体を探し尽くしたお」

クーとブーンはフェンスにもたれ、考え込む。



15: ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:29:17.64 ID:628NVGlyO
川 ゚ -゚)「もしかしたら、もう私達だけなのかもな」

( ^ω^)「でも、ドクオが負ける筈は……」

川 ゚ -゚)「む……」

クーはシューと渡辺が話してくれた話を、脳内で統合する。
ドクオは月が手塩にかけて仕掛けた、最強の罠。
そんなドクオが易々と、他の月極に倒されるだろうか。
シューは、最後までドクオとクーとブーンが生き残る、といったニュアンスで語った。
それに因って、クーの脳内で導き出された答えは、NOであった。
そしてもう一つ、導き出した答えの副産物として出て来た物を、クーは口にした。

川 ゚ -゚)「もう、私とブーンとドクオしか、居なくなったか?」

( ^ω^)「……そうかも知れないお」

川 ゚ -゚)「ならばドクオは何処に居る?」

( ^ω^)「……それなら、心当たりがあるお」



16: ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:31:15.52 ID:628NVGlyO
そう言うと、ブーンは宙を舞った。
クーもそれに続き、ブーンの後を追う。
一般人には不可視の速度で、二人は飛び回っている。
その中で、クーはブーンの背中を見ながらクーは呟いた。

川 ゚ -゚)「遅いぞ。ブーン」

吹き付ける風に流されそうな呟き声に、ブーンは身体をピクリとさせた。
そして、ブーンはクーへと振り向き、叫んだ。

(;^ω^)「無理言うなお!クーが速過ぎなんだお!」

川 ゚ -゚)「この速度なら聞こえないと思ったが……すまない」

( ^ω^)「全く……クーは素直過ぎなんだお」

川 ゚ -゚)「あそー、へぇー」

(#^ω^)「それ、口癖になったのかお!?やめた方が良いお!!」

川 ゚ -゚)「冗談だ」



18: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:33:00.23 ID:628NVGlyO
明確な目標が出来た為か、クーとブーンの精神はクリアになっていた。

『ドクオを止める』
『クーとブーン、どちらかが死ぬ』
『生き残った者が、月を倒す』

普通の人からすれば、畏怖してしまう目標だろう。
クーとブーンは、一度狂気に足を踏み入れ、正気へと戻った。
狂気を知り、正気を知った者達故の、歪だが、真直ぐな目標。
そして何より、この愚かな連鎖を断ち切りたかった。
渡辺とシューの意志を継ぎ、自分達で終わりにしたかった。

( ^ω^)「到着だお!!」

川 ゚ -゚)「……此処か」

クーとブーンは地面へと着地し、目の前の風景を眺めている。
入口の先へと目を遣ると、街灯で照らし出されている並木道とベンチ。
ブーンが、最後にドクオと出会った場所『総合公園』だ。



19: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:34:54.78 ID:628NVGlyO
( ^ω^)「ここでこの前、ドクオと出会ったんだお」

川 ゚ -゚)「なるほど。また、居たら良いな」

クーとブーンは、並木通りを、歩いて行く。
街灯の光が二人の姿を、仄かに映し出す。
深夜の涼しい風が、二人に優しく吹く。
クーは風情を感じていたが、ブーンはそうでは無い様だ。

川 ゚ -゚)「ふーむ、中々気持ち良い。ここならドクオも正気を……」

(;^ω^)「夏なのにさむっ!」

川  - )(あそー、へぇー)

クーは既に口癖と化した言葉を、心の中で呟いた。
この言葉を口癖にさせたのは、一体誰だろうか。
クーは答えを知っていながら、心の中で問掛ける。



20: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:36:17.11 ID:628NVGlyO
( ^ω^)「ここだお。このベンチにドクオはこの前座ってたお」

ブーンは、数あるベンチの内の一つを指差した。
クーは、ブーンの指の先を見る。
何の変哲もない、ベンチだ。
しかし、ドクオが座っていたという事で、他のベンチとは違う様に感じられた。
そのベンチへと、ブーンは勢いよく腰掛ける。

( ^ω^)「よっこらセンチメートル♪そりゃ……」

川 ゚ -゚)「何だそれは」

クーは、ブーンの意味が分からない掛け声が気になった。
『よっこらせ』までは分かるが、それ以上が分からない。

(;^ω^)「何って……うーん……」

とても難しい質問であった。
クーにどう説明すれば良いか分からないブーンは、投げ遣りに答えた。

( ^ω^)「勇気が湧く呪文だお!」



22: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:37:54.97 ID:628NVGlyO
クーはふーむ、と顎に左手を添えて考え込んでいる。
一方、ブーンは後悔していた。
生真面目で、素直なクーに投げ遣りに答えた事を。
クーは、ぶつぶつと何やら呟いている。

川 ゚ -゚)「勇気か……」

(  ω )(この空気、辛いお……)

クーは呟くのを止め、勢いよくブーンの隣へと腰掛けた。

川 ゚ -゚)「よっこらセンチメートル」

(;^ω^)「ちょ!!」

頭を抱え込み、ブーンは俯いた。
クーに間違った知識を植え付けてしまった事を、更に後悔する。
クーの事だ、きっとまた何処かで同じ事を言う。
ブーンはクーに顔を向け、間違いを訂正する為に、話掛けようとした。

川 ゚ -゚)「うむ、確かに勇気が湧いて来た様な気がするぞ」

(  ω )「そうかお……。それ、プラなんとか効果だお。多分」

ブーンは諦めた。



23: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:39:21.62 ID:628NVGlyO
クーとブーンは、馬鹿な話に花を咲かせながら待っている。
もう一人の友達を待っている。
しかし、一向に現れる気配が無い。
来たら楽しい話に、直ぐにでも混ぜたいのに。

川 ゚ -゚)「……来ないな」

( ^ω^)「ドクオ、来て欲しいお」

沈黙するクーとブーン。
クーは、煉瓦が敷き詰められている地面を見つめている。
ブーンは、うなだれながら上を向いて、木々を見つめている。
ただ、時間だけが過ぎて行く。
空は少し、白み始めていた。
朝が、近い。

( ^ω^)「あっ!」

上を向きながら、ブーンは突然声を上げた。
クーは驚き、地面から視線を移して、ブーンの横顔を見る。



24: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:41:08.70 ID:628NVGlyO
川 ゚ -゚)「どうした?ドクオの気配でも捉えたか?」

( ^ω^)「違うけどお。ドクオには悪いけど言わせて貰うお」

ブーンは上を向き、木々を見つめながら衝撃の事実を口走った。
その事実に、クーの顔がきょとんとなる。

( ^ω^)「ここだけの話、ドクオはクーの事が好きなんだお」

川 ゚ -゚)「本当か?私の何処が良いんだか」

クーは、少し頬を紅く染めながら平常心を装う。
そんなクーを横目で見ながら、ブーンは優しく微笑む。

( ^ω^)「ドクオは気付かれてないつもりみたいだけど、バレバレだお」

クーは、ブーンの突然の告白で、胸が苦しくなった。
あの時、あの様にしておけば、きっと違う結末になっていた。
しかし、もう遅かった。
目標の為に、ドクオを『止め』なければならない。



27: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:43:26.65 ID:628NVGlyO
その時、ガサリという音と共に、数枚の木の葉が舞い落ちて来た。
クーとブーンは、咄嗟にベンチから飛び退き、臨戦態勢に入る。

川 ゚ -゚)「ッ!」

( ^ω^)「ドクオかお!?」

ブーンが叫んだが、返事は返って来ない。
クーは霜月を出現させ、左手に軽く柄を握り、地面へと刃先を向ける。
ブーンは文月を出現させ、両手で柄を力強く握り締め、中段に構えた。
二人は精神を集中させ、気配を捉えようとする。
相手は高速で、あちこちを動き回っているようだ。

( ^ω^)「……捉えたお!幾望!!」

前方の木々の陰に駆け寄り、ブーンは文月で大きく横薙ぎ一閃。
しかし、相手はそれを軽々と躱し、空高く跳躍した。

( ^ω^)(お?これはあの時と同じ)

周りの木々が両断され、ミシミシと音を立て、倒れ始める。
その音と共に、ブーンの耳に囁き声が届いた。

『ブーン君は、クーちゃんを守ってあげてね』

( ^ω^)「おっ?その声は」



28: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:45:37.37 ID:628NVGlyO
川 ゚ -゚)「速い。だが完全に気配を捉えた。眉月」

途端、クーの周囲に風が吹き始める。
その風を身体に纏い、刃先を相手に向ける。
そして相手へと一気に駆けようとした時、
ブーンが両腕を広げ、クーの前に立ちはだかった。

(;^ω^)「待つお!クー!」

川 ゚ -゚)「……?」

クーは、風を纏わせながら構えを解かず、ブーンに目を遣る。
神経は未だ、相手の気配を捉えたままだ。

(;^ω^)「この人、渡辺さんだお!」

川 ゚ -゚)「何?」

風を飛散させ、クーは構えを解いた。
クーは、高速で動き回っている相手に呼び掛ける。

川 ゚ -゚)「渡辺?何の用だ」



29: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:47:17.15 ID:628NVGlyO
返事は意外な所から来た。
クーの眼前である。

从'ー'从「クーちゃんは、その心強さでひたすら駆ければ良いよ」

川;゚ -゚)「!?」

突然、目の前に現れた渡辺に驚き、クーは後ろへ飛び退いた。

川;゚ -゚)「脅かすな、渡辺。何の用だ」

普段の渡辺なら、この後笑いながら、頭痛がする様な事を言う筈である。
クーは、そう思っていた。
しかし、違った。
渡辺の表情は暗い。
今にも、泣きそうな顔をしている。
そして、頭を下げ呟いた。

从 ― 从「クーちゃん、ブーン君。ごめんなさい」



31: 停電したぞ ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:49:38.07 ID:628NVGlyO
『ごめんなさい』とは、何か悪い事をした時に言う言葉だ。
渡辺は、クーとブーンを正気に戻してくれた。
感謝こそすれ、謝られる節はブーンには無かった。

(;^ω^)「おっ?今の事かお?」

川 ゚ -゚)「…………」

从 ― 从「違う、私が謝りたいのは―――」

悲痛な面持ちの渡辺の言葉を遮って、クーが口を開いた。

川 ゚ -゚)「私達を利用した事を謝りたいのだろう」

从 ― 从「…………」

川 ゚ -゚)「私達をトラップとして、仕立て上げた事。
     非情な選択肢で戸惑わせている事。
     そして―――渡辺自身が月の様に私達を利用しようとしている事」

川 ゚ -゚)「だろう?」



32: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:52:45.02 ID:628NVGlyO
渡辺は、クーとブーンを利用し、月を殺させ様と画策した。
クーとブーン、どちらかが死ななければならない、という選択肢を作った。
そして、結果的にではあるが、月の様に人の心を操った。

从 ― 从「私にはこれしか方法が無かった―――」

渡辺は、力無く両膝を地面に落とした。
顔を地に伏せ、全身が震えている。

从 ― 从「人が死んで行くのを見るのはもう嫌……」

从 ― 从「月を倒して欲しい……自分勝手な願い事……あ、これも願い事かぁ……」

从 ― 从「あはは……どうすれば良かったんだろ……」

声を震わせながら、うなだれる渡辺。
全身から滲み出る哀しみが、クーとブーンに伝わってくる。
そんな様子を見て、ブーンが優しく声を掛けた。
渡辺では無く、クーに。



34: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:54:09.49 ID:628NVGlyO
( ^ω^)「あのお、もしもし?クーさんや」

川 ゚ -゚)「何だ?ブーンよ?」

( ^ω^)「この様子を見て月は嘲り笑ってるお?」

川 ゚ -゚)「あの馬鹿者の事だからそうだろうな」

( ^ω^)「ムカつきませんかお?」

川 ゚ -゚)「腸が煮えかえる」

( ^ω^)「ですよねー。こんな優しい子を辛い目にあわせて」

川 ゚ -゚)「けしからんな。成敗してくれるわ」

( ^ω^)「渡辺さんは月とは違うお。優しさがあるお」

川 ゚ -゚)「うむ。その優しさの意思、私達が継ごう」

川 ゚ -゚)「月など」

( ^ω^)「アレの穴に波動砲ぶち込んでやんよ!」

川 ゚ -゚)「流石の私でもそれは引くわ」



35: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:55:52.12 ID:628NVGlyO
クーとブーンの愉快な漫才を、地面に顔を付けながら渡辺は聞いている。
全身を、わなわなと震わせながら聞いている。
息が苦しい。
もう耐え切れない。
誰か助けてくれ。
渡辺は起き上がり、大きな声で怒鳴った。

从#'ー'从「てめぇら!!あまり笑わせんじゃねぇ!!
      もう、ドクオとてめぇらしか、月極は残ってねぇんだぜ!
      つまり、非情な選択肢と、うぜぇ月が待ってるんだ!
      そんな調子でいけんのかよ!?
      俺とシューが必死に頑張って来たのに、また狂気に戻ったのかよ!!」

その叫び声で、クーとブーンの会話が止まる。
今まで呑気だった渡辺の口調が、男勝で豪気な口調に変化した。
変貌した渡辺を、クーとブーンはじっと見つめる。
何百年と寝ずに、各地を駆け巡り、月を倒そうと頑張って来た少女が、此処にいる。

川 ゚ -゚)「……すまんな。シューさんに聞いた時から、本来の渡辺に伝えたかったんだ」

( ´ω`)「……ごめんなさいだお。下手な芝居だったお」



36: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:58:09.75 ID:628NVGlyO
深々と頭を下げ、クーとブーンは非礼を詫びた。
頭を下げられた渡辺は、疑問の表情を浮かべている。

从'ー'从「……どういうこった?」

川 ゚ -゚)「こういう事だ」

渡辺の質問にクーは、行動で答えた。
クーは霜月を手放し、渡辺にゆっくりと、歩み寄る。
街灯の光がクーの顔を照らし出す。
クーの表情は笑顔、段々と渡辺に近付いて行く。
手を伸ばせば届く距離から、クーは渡辺へと、ふわりと飛び込んだ。
そして、渡辺を―――ぎゅっと、抱き締めた。
渡辺の背中に腕を回し、クーの頬を耳の後ろに当てる。

川 ー )「お疲れ様。後は私達に任せてくれ」

从 ― 从「うあ……お前……」

川 ー )「渡辺の願い事、私達が叶えてあげよう」

从 ー 从「馬鹿野郎……」

擦り切れた精神という紐。
そこから生じた、罪の意識という紐。
二つの紐は複雑に、曖昧に、絡み合っていた。
クーは、それを解こうとはせずに、バッサリと根元から切断した。



37: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 21:59:53.11 ID:628NVGlyO
从 ー 从「クーちゃん、良い匂いだね」

川 ー )「ありがとう。渡辺も良い匂いだ」

根元から切断した紐は、後は繋いで、伸ばして行けば良い。
クーは、渡辺の意志を根元から継いだ。
『必死に頑張って来た』という強い意志。

从 ー 从「ブーン君も来ないのぉ?」

( ^ω^)「フヒヒ!参加したいけど、見てるだけで良いお」

川 ー )「参加しに来たら、殴るつもりだった」

(;^ω^)(セフセフ!)

ブーンは、二人の姿を見て決心した。
『僕が最後に死ぬお』
クーには生き残って欲しかった。
こんなにも優しいクーは、死ぬべきではない。
そして、殺せない。

( ^ω^)「渡辺さん!僕もシュー姉さんの命と、君の意志を背負って戦うお」



38: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:01:14.15 ID:628NVGlyO
从'ー'从「ありがとう」

二人は正気と迷いを、達観と悟りへと昇華した。
自分のして来た事は、許される事では無いけれど。
二人は許してくれた。気持ちが少し救われた。
意志を継いでくれた。
命を重んじている。
きっと、二人は月を倒してくれる。
俺は、私は―――確信している。

从'ー'从「よぉーっし、クーちゃん。ちょっと離れてね」

クーは名残惜しそうに、渡辺から身体を離した。
そして、渡辺はショルダーバッグを開け、腕を入れて探り出した。

从'ー'从「ふふふふーんふん、ふふふふーん♪」

鼻歌を奏でながら、渡辺はショルダーバッグの中の目当ての物を探る。
数十秒後、渡辺の腕の動きが止まった。
どうやら目当ての物を、見つけた模様だ。
腕をショルダーバッグから、抜き出すにつれ、露になって行く物体。



39: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:03:40.86 ID:628NVGlyO
渡辺の手に握られている物体は二本のナイフ、皐月だった。
渡辺は、これから何かを教えてくれる。
クーとブーンは、ただ渡辺の話を待っていた。

从'ー'从「最後に良い事教えてあげるぅー」

( ^ω^)「お願いしますお」

从'ー'从「うん。君達は月が嫌いになっちゃって、
      月極としての能力が停滞しちゃったでしょー?」

川 ゚ -゚)( ^ω^)「…………」

図星であった。
クーとブーンは月に嫌悪感を抱き、能力を使う事をどこか躊躇していた。
武器や技は、月を楽しませる為のオプションに過ぎない。
それに気付いた二人は、無意識下で歯止めを掛けていた。
二人は複雑な表情を浮かべて、考え込む。



42: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:07:23.21 ID:628NVGlyO
そんなクーとブーンに、渡辺は笑顔でいつも通りの呑気な声で、話掛けた。

从'ー'从「それなら、月が与えたこの武器と能力で、
      逆に痛い目を見せてあげようか。
      飼い犬に手を噛まれるみたいなぁー?」

クーとブーンは、月が自ら与えた武器と能力で、倒されている姿を想像した。
まさに、皮肉たっぷりな光景。
自然に笑いが込み上げてくる。

( ^ω^)「良いお、それ!フヒヒ!一丁噛み付いてやるお!」

川 ゚ -゚)「ふむ、実に渡辺らしい答えだな」

渡辺は、今度は真剣な口調で話掛けた。

从'ー'从「月は重大なミスを犯している」

川 ゚ -゚)( ^ω^)「ミス?」



43: 復旧しない ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:10:26.49 ID:628NVGlyO
月は賢しく、狡猾で、傲慢だ。
そんな月がミスを犯す事等、クーとブーンには考えられ無かった。その疑問に、渡辺が答えた。

从'ー'从「『月の満ち欠けの呼び名を口にすると、言霊が力を与える』
       これが月が犯した重大なミス」

川 ゚ -゚)「……なるほど」

( ^ω^)「どういう事だお?」

言霊、つまり人の心の叫びであり、想いだ。
『矢は俺の心、その物だ』
いつかの言葉が甦る。
月は、狂気に陥った心から放たれる禍々しい技しか、念頭に入れて無かった。
正気から放たれる技は、月の想像の範囲外であった。

从'ー'从「ミスを大いに利用してあげたら良い―――こういう風に」

渡辺は両手で皐月を握り締め、空に振り翳した。
そして空に見上げ、月のミスを利用し、叫んだ。



47: 電怖い ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:17:31.55 ID:628NVGlyO
从 ー 从「右手には、月を斬り裂く力『満月!』
      左手には、月に抗う力『晦』!」

叫び声と共に、優しい風が渡辺の全身を撫でる。
右手に握られた皐月が、綺麗な光を放ち輝く。
左手に握られた皐月は、心が落ち着く様な、黒い光を放っている。

(;^ω^)「最終技を同時に……。流石、優勝者だお……」

渡辺は皐月を掌で、くるくると器用に回転させ、胸の前でクロスさせ止めた。
殺意は一切感じられない、ただ優しさだけが伝わって来る。

川 ゚ -゚)「正気の心からも技を繰り出せるという事か」

( ^ω^)「それなら、今の僕にも最終技を使える気がするお……」

从'ー'从「出来るよ。ブーン君とクーちゃんは優しいし、強いから」

渡辺は技を解き、クーとブーンに近寄る。
そして二本の皐月を、二人の前へと差し出した。



49: 電怖い ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:22:36.34 ID:628NVGlyO
川 ゚ -゚)「これは?」

( ^ω^)「どういう事だお?」

从'ー'从「クーちゃんかブーン君、どちらかか月を倒してくれる」

川 ゚ -゚)「私は確信している、か」

渡辺が二本の皐月を差し出すという事。
それはクーとブーンが愚かな連鎖を断ち切ってくれると、
渡辺が信じ切っているという事だ。
渡辺は未来永劫、皐月を振るう事が無い様、願っている。
クーとブーンは、渡辺の願いを受け入れ、皐月をそれぞれ受け取った。

从'ー'从「ちょっと疲れたよ。休んで良いかな?任せて良いかな?」

( ^ω^)「ゆっくりすると良いお」

川 ゚ -゚)「あとは私達に任せておけ」

その言葉を聞き、渡辺は笑顔でゆっくりと頷いた。
今まで必死に生きて来た疲れからか、ベンチに勢いよく飛び乗り、寝転んだ。



50: 電怖い ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:25:07.93 ID:628NVGlyO
ベンチに寝転び朝の綺麗な空を見ながら渡辺は呟く。

从'ー'从「ドクオ君はVIPタワーの屋上に居るよ」

从'ー'从「ドクオ君は狂気から殺意へと進化させた。だから見つけられない」

川 ゚ -゚)(;^ω^)「!」

从'ー'从「でも待ってあげて……」

从'ー'从「昼間のドクオ君は、幸せそうな表情で……眠っているんだ……」

从 ー 从「これは……ドクオ君を救え無かった……私のせめてもの罪滅ぼし……」

从 ー 从「お願い……会いに行くなら……今夜にして……あげて……」

そこまで言い終えると渡辺は目を閉じ、眠りに就いた。
何百年振りかの就寝。
顔は疲れ切っているが、幸せそうだった。
渡辺は、これからどんな夢を見るのだろうか。
クーとブーンは、良い夢が見られる様に祈った。



51: 電怖い ◆iFirHT6FV. :2007/08/22(水) 22:28:19.64 ID:628NVGlyO
川 ゚ -゚)「渡辺、お疲れ様」

( ^ω^)「お疲れ様だお」

クーとブーンは、ベンチで寝ている渡辺を見て、微笑みかける。
優しき賢者は朝日に照らされ、気持ち良さそうに眠っている。
そんな渡辺を見ながら、ブーンは呟いた。

( ^ω^)「さっき良い作戦が思い付いたんだけどお」

( ^ω^)「クー、――――――してくれないかお?」

クーはブーンの言葉を聞き、声を荒げた。

川 ゚ -゚)「そんな事、出来る訳無いだろう!」

ブーンはクーにしがみ付き、縋る様な目をして叫ぶ。

( ;ω;)「お願いだお!!最後は親友と一緒に居たいんだお」

川  - )「…………」

長い静寂の後、クーはゆっくりと頷いた。
非情な選択肢の答えが、決まった。
クーとブーンは、ゆっくりと歩き出し、総合公園を後にした。

从 ー 从(……良い結末を)



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