( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです

5: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:44:20.44 ID:drnViBLZ0
第十二話「紅鏡の末路」

( ・∀・)「あれは、一体なんでしょう」

モララーが、色濃い空を仰いで呟いた。
彼の視線の先……仰角三十度ほどの位置に、赤黒く光る円形の物体が存在している。
そこから浴びせられるものは、モララーにとっては初めての、あまりに強烈な光なのだろう。

从 ゚∀从「ああ、あれは太陽じゃねえか」

( ・∀・)「太陽、あれが太陽ですか」

从 ゚∀从「知らなかったのか」

( ・∀・)「聞いたことはありますが、見たことは一度も」

从 ゚∀从「映画館とか、利用しなかったか?」

( ・∀・)「興味が湧きません」

从 ゚∀从「……そりゃあ、そうかもな」

彼らは役所の外に出て、死を待っている。望んでいるわけでもなく、ただ来るものとして待っている。
先程まで聞こえていた足音は、何故か次第に遠ざかってしまっていた。
「下の世界へ行ったのかも知れません」とは、モララーの言である。

( ・∀・)「なんというか……太陽というものは、あのように醜いのですね」



10: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:47:13.80 ID:drnViBLZ0
確かに今の太陽は醜いと、ハインは思った。
様々な汚染物質が空気中に浮遊しているためだろう、
普段神々しく光り輝いているはずのそれは今やどす黒いもやがかかった、
発光する汚物でしかないのだ。

从 ゚∀从「……でもな、本当の太陽はもっと凄いんだぜ」

( ・∀・)「へえ、どんな風に」

从 ゚∀从「こう、なんだ。まずデッカい青空があるんだよ。綺麗でな、雲一つ無い。
      そこにギラギラした太陽が強烈に輝いてるんだ。
      今みたいに、直視できないぐらいに、だぜ。
      それが無かったら、俺らは当然生活できないんだ。
      まさに神様みたいなもんだぜ、あれは」

( ・∀・)「ふむ」

モララーはしばし逡巡するように頭を左右させていたが、
やがて「よくわかりません」と言った。

从 ゚∀从「……ま、実際に見てみないと分からないわな」

( ・∀・)「ところで、ここで立ち止まってていいんですか?」

从 ゚∀从「ん?」

( ・∀・)「幸い怪物はまだ来ないみたいだ。
      今ならまだ、逃げ道を見つけられるかも知れない」



14: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:50:29.77 ID:drnViBLZ0
从 ゚∀从「もう疲れたよ、俺は」

( ・∀・)「と、いいますと」

从 ゚∀从「現実に戻ってまた売女やるかね。アレ、楽だけどキツいんだよな。
      お前こそどうなんだよ。逃げないのか」

( ・∀・)「どうやら、この世界の住人はほとんど殺されてしまったみたいですし、
      これからも殺戮行為は続くでしょう。一人で生きていても、仕方がありません。
      だからここは素直に、死を受け入れるべきかと」

从 ゚∀从「殊勝だねえ」

ハインが皮肉るような声を出すが、モララーはまったく動じない。
彼は未だ、どうやら沈んでいくらしい太陽を眺め続けていた。

( ・∀・)「……よくよく見れば綺麗かもしれませんねえ、太陽」

从 ゚∀从「ま、アレ自体は何も変わってないだろうからな。
      変わったのは、この星に住む阿呆ばかりだ」

( ・∀・)「思えば思うほど、無意味な生涯でしたよ。私は何のために生き、死んでいくのか」

从 ゚∀从「思春期みたいなこと考えやがって」

ハインがせせら笑う。
だが、彼にとって、いや、この世界に元々住んでいた人々にとっては深刻な命題なのだろう。
なまじ知能を有しているがゆえに湧き上がる、答えの見つからない空虚な疑念そのものだ。



16: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:53:03.82 ID:drnViBLZ0
从 ゚∀从「そういや、お前ら子供産んだりもしないんだったな」

( ・∀・)「昔は、少しばかり産まれていたようですがね」

从 ゚∀从「本来、生物にとっての第一義はそこにあるんだぜ」

( ・∀・)「へえ、そうなのですか」

从 ゚∀从「つーか、これは本能レベルの問題だと思っていたが……。
      ったく、。俺たちの世界じゃ危ない橋渡ってまでヤろうって奴ばっかなのによ」

( ・∀・)「それほど子孫を残したいものなのですか。私にはとんと分かりませんね」

从 ゚∀从「いや、金払う奴は子作りを目的にしてるわけじゃないんだが……な。まあいいや」

ハインは、モララーの性欲の無さに驚いていた。
本来、動物というものは誰から教えられるわけでもなく、交尾にいたるものである。
それすら、殻世界の住人には見受けられないのだ。

从 ゚∀从「……必然的な衰退かもな」

( ・∀・)「必然」

从 ゚∀从「ああ。神様か誰かが、もう人間いらねえって言ってるんだよ。
      怪物がいようといまいと、おそらく近いうちに、人間は滅ぶ運命にあったんだ。
      子孫を残す必要が無いって」



17: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:55:26.02 ID:drnViBLZ0
( ・∀・)「思うんですがね、そもそもそんな義務に囚われる必要が無いはずなんですよ。
      私たちは、個々として立派に生きていけばいいんじゃないですか」

从 ゚∀从「あんたがそれを言うかね」

( ・∀・)「ええ。だから、我々のように没個性的、壊れた人間は死ぬべきなんです。
      あなたが言う、必然的衰退ですよ」

ハインの頭に、いつか聞いたレミングの話が髣髴と浮き上がってきた。
彼らは、自らの種を最適な量数に調整するため、自ら死んでいくのだと信じられていたらしい。
だが、後にそれが間違いであると判明した。
何のことは無い、彼らはただ新しい餌場、住居を求めて移動しようとし、
その道すがらで川に落ちたりして死んでいくだけなのだ。
彼らは決して、種族の保存などという大義名分について考えているわけではない。

人間だってそうだ。快楽的目的で交接し、身篭った子は中絶によって殺す。
人口は増加していく。それに伴ってあらゆるバランスが崩壊していく。
高度な知的生命体でさえ、自らの種を守ろうという概念が存在していないのだ。
ただ自己満足を追い求め、生きて死んでいく。
その過程に、たまたま子孫を残していき、結果現代に繋がっているわけではなかったか。

从 ゚∀从「……エゴイズム万歳か」

( ・∀・)「あるいは、そう言えるかもしれませんね」

ハインは静かにため息を落とし、宙を見上げる。

从 ゚∀从「やってられんねえ、どうも」



19: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:58:20.31 ID:drnViBLZ0
そのとき、出し抜けの足音に、二人は身を震わせた。
それらは地下のほうから響いてくるように感じられる。
戻ってきたのだろう。二人は顔を見合わせた。

从 ゚∀从「今度こそ、こっちに来るかね」

( ・∀・)「望んでいるのですか」

从 ゚∀从「ああ、もうここまできたら、スッパリやっちゃってほしいもんだ」

ハインはそう言って、下り階段の傍まで歩み寄った。
そして、両手を口にあて、声を枯らして叫んだ。

从 ゚∀从「おおい、怪物どもぉ、さっさと殺しに来やがれ!
      ここに、生身の人間が二人、お前らを待ってるぞ」

太陽が徐々に沈んでいく。あたりは次第に暗澹の中へと没入していた。
ハインはモララーの隣に立つ。

从 ゚∀从「さて、どうするよ」

( ・∀・)「どうしましょうか」

从 ゚∀从「セックスでもするか」

( ・∀・)「はい?」



23: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:01:07.32 ID:drnViBLZ0
ハインは嬌笑し、モララーの肩に肘を乗せる。

从 ゚∀从「まぁ、そういう反応だろうとは思ったぜ」

( ・∀・)「何故この場面で、生殖行動を行う必要があるのです?」

从 ゚∀从「んまぁ……目的はそれだけじゃないんだよ、実際」

( ・∀・)「そうなのですか」

从 ゚∀从「そうなんだよ」

沈黙。モララーは戸惑っているようだった。
無理も無い。彼は、性交渉の方法さえいまいち知らないのだろう。
ハインの中で嗜虐めいた感情が湧出し始める。

从 ゚∀从「ここじゃあアンマリだ。あそこに行こうぜ」

( ・∀・)「ど、どこでしょう」

从 ゚∀从「ほれ、あっただろ。俺たちが、最初に来た場所だ」

ガクガクと、モララーは頷いた。
何か、恐怖的体験でもすると思っているのかもしれないなと、ハインは内心ほくそえんだ。
彼女は先に踵を返して歩き出す。

从 ゚∀从「ほれ、さっさと行くぞ。今回だけだぜ、タダなのは」

硬直したままのモララーに、そう怒鳴りつけた。



25: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:03:32.13 ID:drnViBLZ0
細い通路を抜けて扉を開いたその空間は、
最初ハインが来た時と変わらぬたたずまいを呈していた。
微妙なノスタルジアさえ心中を駆け巡る。
だが、本来そのような感傷はあるべきではなかった。
彼女にとって、この世界で得た思い出など唾棄すべきほどに瑣末なものだったのだから。

从 ゚∀从「なんか広すぎるが……ま、役所じゃあここが一番閉塞してるっぽいだろ」

( ・∀・)「まさか自分がこの立場に立つ日が来るとは思っていませんでした」

そういえば、とハインは上着に手をかけながら考える。
ブーンをたぶらかせたことがあった。その時、彼は彼らしい純朴な反応を見せていた気がする。
彼がその気になれば受け入れようとも思っていた。
いや、ハインの場合特別ブーンである必要などどこにも無かったのだが。
かわいそうなことをしたな、と嘲笑混じりに自省する。

だが、一方でブーンは安心しているのかもしれないのだ。
彼とて、娼婦と何も変わらない女を抱きたくは無かっただろう。

从 ゚∀从(俺を抱くのは、白痴のオヤジと……こいつらみたいな白痴の住人で十分なんだ)

ハインは扉付近で硬直しているモララーを見遣り、自分に言い聞かせた。



26: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:06:17.70 ID:drnViBLZ0
モララーを手で招き寄せる。それから上着を脱ぎ、上半身だけ下着姿になる。
『雌豚』と記された刻印が痛々しく浮かび上がっていた。

从 ゚∀从「そういやお前、キスもしたことないんだよな」

言ってから、なんだか恋愛小説みたいだな、とハインは思った。
そんな雰囲気が自分に似合わないことも、彼女は重々承知している。

( ・∀・)「……その行為に何の意味があるのか、いまいち分かりませんので」

从 ゚∀从「こう、なんだ。愛とか知らないのかね」

ハインが嘔吐するような仕草をしながら言う。

从 ゚∀从「俺は、あんまり好きな言葉じゃないが」

彼女に「愛」を教えたのは紛れも無く、かつて彼女を飼っていた人物だった。
それ以外の愛をハインは経験したことが無い。
家族愛、純愛その他、綺麗な「愛」と彼女はまったくの無縁であり続けたのだ。
これまでも、そしてこれから先、僅かな命の間にも。

どこかぼんやりしているモララーの顔にハインは自らを近づけ、
そして呆気にとられている彼の唇に自分の唇を重ねた。
数秒の沈黙。やがてハインが静かに体を離したとき、モララーは微睡んだ表情でぽつりと言った。

( ・∀・)「……なんだか、果てしなく虚しいですね」

从 ゚∀从「そりゃあ……そうだろうよ」

―――――――――――――――



30: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:09:38.96 ID:drnViBLZ0
今ブーンがすべきことは、おそらく自分の浅はかさに対する後悔であろう。
そもそも図書館に隠された鉄扉などというような隔絶された場所の奥が、
この世界に住む人間達の管理下に在るはずがないのだ。そこに怪物が潜んでいる事は、
よくよく考えてみれば当然の事ではないか。妙に幅広い通路も、
彼ら怪物の体格に合わせてつくられたに違いないのだ。

反射的に踵を返した。そしてそのまま、しぃを連れて元来た道へと走り出そうとした。

<●>「待ちなよ」

だが、怪物の人語に立ち止まらずを得なかった。
ブーンにとって、怪物が人間に通じる言葉を発したのを聞くのは初めての体験だった。
してみれば即ち、彼らこそが人間を滅ぼしたという、高度な生命体なのだろう。

<●>「逃げてもいい。逃げてもいいけど、外は怪物で一杯だよ」

怪物の足音と思しき重低音が背後から迫ってくる。

<●>「それに、僕にだってキミたちを追いかけて、
     捕まえて殺すぐらいの体力はある。あってしまうんだ」

振り返る。至近距離に佇んでいた怪物の、
計三つの黒々とした眼球が、笑むように細くなった。



32: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:12:09.11 ID:drnViBLZ0
<●>「でも大丈夫。僕はキミたちを、すぐさま食い殺そうなんてしない」

下卑た笑い声をあげる怪物の手がブーンの肩に置かれ、彼は慄然と身体を震わせた。
それから怪物は、彼から離れてモニター前のソファに身体を沈めた。
それは、人間にはあまりに不釣り合いな形状で成っていたが、怪物にはよくよく適しているのだ。

<●>「キミたちには恐らく残念な結果だよ」

モニターを隅々まで眺め回してから、怪物は呟いた。

<●>「キミたちはここまで、逃げ道や救済策を求めてやって来た。
     でも、生憎ここは僕のプライベートルーム兼監視室でしか無い。
     それだけじゃなく、この世界にはもはや逃げ場なんて無いよ」

( ゜ω゜)「そんな……」

<●>「例えばこれが、ある種王道的な小説ならば、
     キミにはある程度の希望が残されていただろうね。キミは種だし。
     でもそんなものは無いよ。これは現実で、あまりにも醜い末路なんだ。
     僕だって、ちょうど困っていたところなんだ、これからどうすればいいんだろうって」

ブーンは膝から地面に崩れ落ちた。その怪物の台詞を全て信用したわけではない。
だが、彼が嘘をつく必要などどこにも存在しないのも事実なのだ。

ブーンの言葉を待たずに、怪物は更に言葉を紡いだ。

<●>「どうだい、ここで一つ、終末への語らいをするっていうのは」



34: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:15:21.87 ID:drnViBLZ0
( ゜ω゜)「そんなの嫌だお!」

ブーンが叫喚する。怪物はややめんどくさそうに振り返って、彼を見遣った。

( ゜ω゜)「そんな……僕は、僕たちは生きたいんだお……それに、それに」

ブーンの中で様々な思念が渦巻いて混沌と化していた。
あの世界から消える直前、自分に告白したツンのこと。
同じく種として呼び出されたメンバーの中でも最も親しく、
それでいて最終的には見捨てる形になってしまったハインのこと。

隣にいるしぃのこと。今や生きているかどうかも定かでないドクオのこと、ペニサスのこと。
家族。学校。青空。太陽。家。自分の部屋。

泡沫の如く出現して消えていくそれらは、どこまでもとりとめがなかった。

(  ω )「なんでこんなことになったんだお。
      僕は、僕はどうしてこんな世界にこなければならなかったんだお……」

<●>「理不尽だろうねえ、理不尽だよねえ」

怪物が同情めいた口調で言った。

<●>「それについては、少々謝らなければと思っていたんだよ」

( ゜ω゜)「え……」

<●>「キミたちをあの時代から呼び出したのは、僕なんだよね」



37: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:18:04.97 ID:drnViBLZ0
( ゜ω゜)「どうして……そんなこと」

<●>「ふむ。これは少々長い話になるんだけど、まあいいや。最期だし」

怪物は淡々と語り始める。

監視員である彼が殻世界、特にヒトに危惧を抱き始めたのはもう数年前のことになる。
ここに収容された当初、なんとか意思を持って過ごしてきたヒトが、
徐々に個性や人格を失い、ただただ生かされる傀儡と化していったのだ。

その病ともいえる現象は徐々にエスカレートしていき、
遂には生物の根幹に存在すべき生殖本能さえ失わせた。

誰も子供を産まなくなった。当然頭数は減少していく。
それと同時に、ヒトに食料その他を供給するパイプラインにも異常が生じ始めた。
規定数の食料・物品を供給できなくなり、人知れず飢えるヒトが続出したのである。
もはや、彼一人で対応できる範疇を超えてしまっていた。
彼はすぐに、下の世界……怪物達が住まう世界に問い合わせた。

だが、下の世界は人間達に構っていられる余裕など一つも無かった。
未知の病魔が出現し、怪物達を根絶やしにし始めていたのである。
解決策など、無いという絶望的な結論さえ出されてしまっていた。

彼は苦悩した。まさか上下両方の世界に、同時に危機が訪れるとは思っていなかったのである。
しかし、病魔に対して彼ができることなど何も無い。
それどころか、無闇に下の世界へ降りれば自分も冒され、死んでしまうかも知れないのだ。
彼は一人、ヒトの監視を続けることを決意した。



41: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:21:10.54 ID:drnViBLZ0
まず、彼はカードによる制限を設けることで食糧供給を安定させようとした。
それはすなわち、あぶれたヒトを切り捨てる方策であったが、
彼にはそうする他どうしようもなかった。

だが、それでは根本的な解決にならない。
次世代へと引き継ぐべき子孫は生まれない。
パイプラインは徐々に破壊され、供給量を減じていく。

彼は最終手段に出ざるを得なかった。

<●>「それがつまり、キミたちを呼び寄せた機械さ」

生かされる、もとい怪物達に「飼われる」ヒトが、
その意義や本能を失ってしまうのではないかということは、
殻世界の創成前より懸念されていたことだった。
何しろ、殻世界に収容されたヒトには、
反抗心や知的活動を抑止するための手術が施されていたのだから。

だが、それに対する根本的な解決策は見当たらない。
知能を持たない怪物がうようようろつき、しばしば小競り合いも発生していたので、
憂慮するだけの時間も残されていなかった。

そこで、一応の善後策として、ある機械の製造が決定された。

<●>「十八歳周辺……つまりは、生殖に適した男女を数百名、
     あわよくばそれ以上の数を過去から呼び寄せる。
     そうすることで、ヒトの世界を持ち直させようと考えられたんだ」



44: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:24:32.26 ID:drnViBLZ0
その言葉に、ブーンは呆気に取られる他なかった。
なんと自分たちは、ただ生殖するためだけに呼び寄せられていたのである。

<●>「でも……それすら、失敗した。
     そもそもこの機械を製作した当時から、時間を跳躍する技術には疑問が呈されていたんだ。
     窮地に陥って起動させてみれば……このザマ。たった四人しか呼び寄せられなかった。
     この時、もはや僕は完全に絶望したんだよ。ああ、これでヒトは終わるんだなって」

( ゜ω゜)「そんなこと、勝手に決めつけないで欲しいお! 
      大体、僕たちのことなんて、何も考えられて無いじゃないかお!」

<●>「そうは言うけどね、絶滅寸前の『動物』を保護するために、
     他から生殖活動可能な『動物』を持ってくることは、人間達もよくやっていたじゃないか」

( ゜ω゜)「でも、僕らは……」

<●>「感情がある、とでも言いたいのかも知れない。
     でもね、僕たちからしてみれば、ヒトのそれなんて些末なものに過ぎないんだよ。
     オスとメスを合わせれば、そのまま交合するだろうって話も出てたぐらい何だから」

完全なる蔑視の対象なのだと、ブーンは悟った。
いや、それは蔑視ではなく、彼らにしてみれば当然の対応だったのだろう。
それもおそらく、彼らが人間を真似ることで得た素養なのだ。

<●>「もう、この頃には下の世界との連絡はまったく途絶えていた。みんな死んだんだろうね。
     そして地震が頻発し始めた。これはヤバいなあと一度ここから外に出たこともあったよ。
     案の定ダメだった。殻が崩れた。知能を持たない、僕らの同胞が侵入してきた。
     以上。おしまい。為す術無し」

最後、怪物は自棄的にそう吐き捨てたのだった。



49: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:28:27.71 ID:drnViBLZ0
(*゚ー゚)「……けほ。けほけほけほ」

その時、それまでブーンにしがみついたまま沈黙していたしぃが激しく咳き込んだ。
そしてなお一層強く、ブーンの腕を抱き締める。

<●>「……その子、ペットだね」

怪物がしぃをじとりと見下ろす。しぃは怪物に対して、憎悪の念を抱いて睨め付けている。
体調が優れてさえいれば、今にも飛びかかりそうな様相である。

<●>「分かってると思うけど、その子はもうとっくに寿命を越えてしまっている。
     それ以上生きさせるのは酷だよ」

( ゜ω゜)「ペット……しぃは、一体なんなんだお?」

<●>「それは、元々ただの性玩具だったものさ」

( ゜ω゜)「!」

<●>「そういう風な、幼い子供を犯す風習が、末期のヒトには染みついていたんだ。
     それを彼女たちの、ある種のクローンを量産することで殻世界に引き継いだだけの話。
     クローンだから劣化も早い。不具合として、
     過去の記憶を断片的に思い出してしまうこともあるようだね」

(*゚ー゚)「……逃げよう、逃げよう、ぶーん」

しぃが苦しそうに、ブーンに訴えかける。その目は、微かに潤んでいた。

(*゚ー゚)「だめ……かいぶつは、だめ。逃げないと……大きい怪物は……殺され、ちゃう」



52: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:30:07.77 ID:drnViBLZ0
<●>「一つ疑問があるんだけど、聞いてくれるかな」

(  ω )「……なんだお」

<●>「これは根本的な問題なんだけどね、すなわち僕らの歴史なんだよ。
     僕らという種族が一体どこから現れたのか、まったく不明なんだよね。
     最初、僕らの種族は全員、知能を持っていなかったんだから。
     勿論、進化論的な体系にも基づいていないし、
     かといって宇宙からやってきたって理屈も適当とは思えない」

(  ω )「そんなこと……僕が、僕が知るはず無いお……!」

<●>「だよねえ。
     ううん、せめてこればっかりは解決して死にたかったんだけど。
     それはたぶん、僕らが何故生殖能力を持っているか、にも関わる筈なんだ」

ブーンは答えない。答えるつもりがまず無かったし、
何より彼との問答が利益になるとも思えなかったのである。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちであった。
しかしそれを許さないのがモニターに表示されている映像群である。
そこには、殻世界を徘徊する怪物達が、点々としるされているのだ。

<●>「僕らの生殖能力は、極めて特異でね。
     別種の……人間という媒体を使わないと生殖できないんだ。
     そもそも僕らに寿命という概念は存在しない。ここからして、まずおかしいんだけどね」



54: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:33:06.49 ID:drnViBLZ0
<●>「ヒトも、他の生物も、基本的に異性との交接によって子孫を繁栄させる。
     でも、僕らにはそういった手段が存在しないんだ。そもそも、性別って概念さえ無いし」

(  ω )「……」

<●>「僕らがヒトを……悪く言えば食い物にしていけば、当然その数は減少する。
     やがては絶滅してしまうかも知れない。
     ヒト以外を媒介にしての生殖活動は不可能だ。
     そのうち、それこそ病気や災害などで、僕らは死に絶えてしまう」

(  ω )「……この世界を、そういう風に利用すればよかったんじゃないかお」

<●>「そう。ヒトを住まわせたのには、そうした理由も存在していた。
     ある種、牧場のようなシステムでね」

(  ω )「!」

<●>「でも、それは二次的な機能に過ぎない。本来の目的は、
     ヒトを保護することだったんだ、純粋にね。
     僕らは死なないし、殻世界は絶対に安全だとも言われていた。
     だから、キミたちを使うことは非常手段として、だったんだ。
     まぁもっとも、突発的な病魔は驚く速度で浸透したみたいで、
     結局キミたちを使う機会は無かったけどね」



56: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:36:11.74 ID:drnViBLZ0
(  ω )「じゃあ……じゃあ、今すぐにでも使えばいいお!
     僕も、しぃも、お前ら怪物のために使えば……!」

<●>「ペットは無理だ、彼らは純粋なヒトではないからね。
     大体、僕らがヒトを媒体にして産み出した幼生は、最初知能を持たないんだ。
     外で暴れている連中と、同じだよ。
     それを、一体どうやって育てていくの。僕一人じゃ到底不可能だ。
     下の世界には、教育システムというのも一応存在しているけれど、
     僕には使い方が分からないし」

どこまでも平坦な口調を貫いて喋る怪物。
彼は意外とすんなりと、諦観しているようであった。

<●>「ああ、ちなみに」

怪物が、今はもう映っていないモニターの一片を尾の先で示した。

<●>「キミと一緒に来た三人だけどね、一人はもう死んだよ」

( ゜ω゜)「え」

<●>「髪の長い女性だ。さっき、キミが通ってきた通路で、ね」

あの、通路で踏みつけてしまった物体。
ヒトの抜け殻だと認識してしまった肉塊。



58: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:39:08.33 ID:drnViBLZ0
( ゜ω゜)「……そんな」

咄嗟にハインが思い浮かんだ。
だが、その女性がペニサスであるという可能性も捨てきれないのだ。
ブーンの中で、その二人の女性に対しての序列が存在することは、
否定しようもない事実であった。
共に過ごしていたハインの生存を願う気持ちの方が、当然のように強い。

<●>「もう一人の男性は下の世界に行ったよ。下はここから監視できないから、
     それからは行方不明さ。でも、その後に続くように、無数の群れが下の世界に侵入したから、
     今頃はもう、殺されてるんじゃないかなあ」

( ゜ω゜)「も、もう一人の……もう一人の女の子は?」

<●>「役所の方へ行ったみたいだ。そっちのカメラはすでに壊れているみたいだから、
     映像は受信できない。でも、奴らは各地を行軍しているから、死は近いだろうさ」

すでに膝を落とし、体勢を崩してしまっているブーンに、それ以上のリアクションは出来なかった。
彼はささやかに拳を握り締め、両眼から落涙させるばかりである。
涙滴は床に規則的に落下し、水たまりを形成していく。

<●>「そろそろ、全ての希望を失ったかな」

(  ω )「みんな……みんな、何も罪はないんだお!
      ペニサスも、しぃも、ドクオも、ハインも……!」

<●>「自分が抜けてるよ」



63: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:42:04.96 ID:drnViBLZ0
<●>「そう、何も罪は無い。それは僕らも同じだよ。
     僕らは自分の種族を残すために努力してきただけさ。
     客観的に、それが絶対悪だったとしても、主観的には必要悪さ。
     ヒトだって、そうだったろう?」

(  ω )「……」

<●>「ま、君たち四人には同情する。そして謝罪もする」

怪物はブーンの方に向き直り、深々と頭を地に伏した。

<●>「申し訳なかった」

怒ればいいのか、泣き叫べばいいのか、ブーンには分からなかった。
あらゆる感情の表現さえ、現在においては稚拙であるように思えた。
目の前に死が立ちはだかっている。そう遠くないうちに、それを自分は受け入れなければならない。

<●>「……そこで、だ。お詫びのしるしと言っては何だけど、
     キミにとっての最後の希望を提示しよう」

(  ω )「?」

<●>「キミをここに呼び寄せた機械に、逆流機能が付属しているんだ。
     つまり、キミを元来た時間に帰すことが出来る」

( ゜ω゜)「!」



68: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:45:11.19 ID:drnViBLZ0
<●>「これは本来の使い方ではないんだけどね。まぁちょっとした応用法さ。
     どうだい、試してみる?」

すぐにでも、とブーンは口にしかけた。だが、すんでの所でやはり躊躇した。
自分だけが帰ってもいいのだろうか。
ペニサスかハインか……どちらかは分からないが、すでに死んでしまっている。
他の二人にしたって、生き存えることは絶望的と考えるべきだろう。
そんな状況にて、自分だけが元の世界へ帰還する……それが、果たして許されるのだろうか。

だが、それにも増して彼の現実逃避欲は強くなっていった。


<●>「ただし、さっきも言ったように、この機械は実に不安定だ。
     もしかしたら誤作動を起こして別の世界に飛んだり、
     或いは肉体がバラバラになって到着することも有り得る」

(  ω )「……僕は……」

ブーンがふらふらと立ち上がる。

(*゚ー゚)「ブーン……」

(  ω )「しぃ……ごめんだお。僕は……僕は、ここから逃げるお」

そして、薄く開かれた目で怪物を見据えた。

(  ω )「帰るお」



73: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:48:26.42 ID:drnViBLZ0
彼の精神状態が限界に到達していることは、傍目からも明らかだった。
視線は虚ろに宙をさ迷っていて、怪物やしぃが視界に映っているのかも怪しい。
身体は小刻みに震えていた。涙はとめどなく頬を伝っていく。
しぃが、彼を案じて心配そうな表情をする。
手を握ろうとするが、ブーンはそれを力強く振り払った。

<●>「そうかい。それじゃあこっちの部屋……に……?」

案内しようと腰掛けから立ち上がり、彼は先程出てきた部屋へと続く廊下へと歩き出し、
だがすぐに、その動作を停止した。

<●>「……そうか、そういうことか……」

彼は口の中でぶつぶつと呟き、そしてやがて、嬉々として叫んだ。

<●>「なるほど、そういうことだったのか!」

しぃが吃驚して怪物を見上げた。
ブーンは特別反応もせず、ただ彼の姿を見つめている。

怪物はブーンのほうを振り返ると、それが彼らの笑顔であるらしい、
笑みを浮かべた。

―――――――――――――――



80: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:50:32.55 ID:drnViBLZ0
从 ゚∀从(やっぱ、性欲ってあるもんなんだねえ)

ハインは、自分の上で懸命に体を動かしているモララーを見上げて、漠然と思った。
彼女がモララーに、懇切丁寧に何かを教えたわけではない。
ただ少しばかり手引きしただけで、彼は交合の方法を理解したのだった。

从 ゚∀从(不能なんじゃねえかとも思ったが、そうでもなかったな)

時々荒く息を吐き、呻くモララーとは対照的に、ハインはどこか客観的に、
自分と彼が行っている行為を眺めていた。
そもそも彼女が誘ったのではあるが、彼女自身、性行為の際は常にこうなのである。

脱走以来、何人と寝たのかは覚えていないが、当初からハインはほとんど無表情だった。
破瓜の痛みに耐えて以後、彼女にとって交接とは、
何の意味も無い不毛なものでしかなかったのである。

从 ゚∀从(なんか……やっぱつまんねえな。そこらのオヤジ連中と変わらねえ)

その時、モララーが一際大きな吐息を散らした。
どうやら、達したらしい。

何の感慨も得ずに、ハインは身体を離して、肩で息をしているモララーを見遣る。



82: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:52:31.93 ID:drnViBLZ0
( ・∀・)「……申し訳ありません、なにやら、途中から意識がぼんやりしてきまして」

从 ゚∀从「そういうもんだ」

( ・∀・)「今は、先ほど以上に虚しいです」

从 ゚∀从「そういうもんだ」

( ・∀・)「そうですか」

从 ゚∀从「ああ」

ハインはそのまま仰向けに寝転がり、天井を見つめる。
白色の空間。ここには、夜が訪れないようだ。
地面が細かく震えている。怪物は、間近まで迫っているのだろう。
今度こそ殺されるに違いない。
ハインはそう思い、達成感に満ち満ちた笑い声をあげた。

( ・∀・)「これが、いわゆる生殖活動ですか。
      話には聞いていましたが」

从 ゚∀从「そうなるな。本来の目的を忘れてる奴も多いが」

( ・∀・)「しかし、怪物が迫ってきている今、意味がありませんね」

从 ゚∀从「皆無だな」



86: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:54:34.39 ID:drnViBLZ0
ぽつ、と。ハインの目から水滴が頬を伝い、床に零れた。

从 ゚∀从「……ありゃ」

拭ってみてから呆然とする。何故自分は泣いているのだろう。
死を恐れているわけではない。むしろこれでよかったと心底思っている。
モララーに犯されたことに対しては、そもそも感傷の欠片すら存在しない。
ならば、なぜか。

いや、知る必要は無いだろう。ハインは悟る。
足音は扉の向こう側、そのすぐそこに到達している。
扉が、強引に破られる。

( ・∀・)「来ましたよ」

从 ゚∀从「みたいだな」

咆哮。空気がビリビリと裂けていくような感触を得る。
どうやら、涙の理由を探るほどの時間はなさそうだ。
ならば、この水滴はそのままにしておこう。
ハインは顔から手を離すと、涙はとめどもなく頬を流れ続けた。



89: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:56:37.13 ID:drnViBLZ0
( ・∀・)「悔い、というものはありませんか」

从 ゚∀从「どうだろうね。今更、ほんの少しだけ出てきたかもしれん」

( ・∀・)「それは?」

从 ゚∀从「いや、俺は今回の人生は諦めているよ」

視界に怪物の醜悪な表情が映りこむ。

从 ゚∀从「次回、次回があるならせめて……そうだな、死ぬまで貞操を守り抜きたいな」

返答は無かった。
代わりに、肉を裂くような鋭い音が響いた。つづいて、ボタボタと水滴の音。
モララーは先に捕らえられ、殺されたのだろう。

ハインの身体も強引に床からはがされ、持ち上げられる。
怪物に両手でつかまれたのだ。反射的に逃れようとしたが、無駄だった。

彼女はこれまでのことを軽く考えた。
自分を奴隷にしていた飼い主。殺した少女。繁華街の風景。世界。
そして最後に、ちらとブーンのことを考えたとき、彼女の額を怪物の持つ鋭利な針が刺し貫いた。

歪んだ笑みを顔面に貼り付けたまま、ハインは事切れた。

―――――――――――――――



94: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:58:57.43 ID:drnViBLZ0
出し抜けに、しぃが泣き出した。
吃驚して怪物とブーンは立ち止まる。
振り返ると、彼女は床に突っ伏し、獣の咆吼のごとく泣き喚いていた。
抑圧されていた感情を、全てぶちまけるかのように。

( ゜ω゜)「しぃ、どうしたお!? 大丈夫かお!?」

慌てて駆け寄り、肩に手を置いたブーンを、
しぃは精一杯の力で抱き締めた。

(*;−;)「行っちゃやだよ、行っちゃ……やだよ!」

( ゜ω゜)「しぃ……」

<●>「まぁ、彼女がそう言うのも無理は無いよ」

怪物が、どこか冷徹な口調で言う。

<●>「ペットだもの。飼い主には忠実で、一方では捨てられることを怖がって……」

( ゜ω゜)「そんな言い方はやめてくれお!」

ブーンが再び叫んだ。怪物は一旦口を噤み、やがてぼそぼそと言う。

<●>「何にせよ、その子はもう長く生きられない。これから先、苦しむばかりだ」

( ゜ω゜)「何か、何か解決策は無いのかお!?」

<●>「無いね。下の世界ならあるいは……だけど」



98: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:01:07.21 ID:ThFwTf7n0
この時が来ることを、ブーンはしぃに出会った当初から予見していたのかもしれない。
大体、あの時すでに彼女は寿命を終えていたのだから。
それから急激に弱っていっても、何もおかしくはないのだ。

それでも、ブーンは理不尽さを感じざるを得なかった。
彼女はこのままの形でホールから吐き出された。
そしてこのままの形で死んでいく。それはとても、人の死を死んでいくとは言えなかった。

(* − )「けほっ、けほ、けほけほ」

床に、彼女のはき出した血の飛沫が散らばった。
そしてそのまま脱力し、ブーンを掴んでいた腕がだらりと垂れ下がった。

( ゜ω゜)「しぃ!」

肌に触れ、そして、驚く。
彼女は、今や体温をほとんど失っていたのだ。

限界なのだろう。何しろ、弱体化していく彼女を、幾度となく走らせるという愚行を犯したのだ。
それはブーンの責任であった。彼女にむち打ったのは、他ならぬ彼自身なのだ。

しぃを抱きかかえ、その面持ちをのぞき込む。彼女は、
いくつかの感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような、複雑な表情をしていた。
そこから、かつての無機質さはほぼ感じられない。彼女は、れっきとした人間なのだ。

だがそれはブーンの中における定義に過ぎず、実際彼女は、みるみる衰えているのである。

(  ω )「……大丈夫、かお」

言うべき上等な言葉も無く、彼女に虚ろな声をかける。視線がぶつかる。無垢な双眸。無力な双眸。



100: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:04:12.11 ID:ThFwTf7n0
(* ー )「ぶーん……死んじゃうみたい、私」

彼女の唐突なその台詞に、ブーンはハッと目を見開いた。

(*゚ー゚)「なんだか、すっごく身体が軽いよ。このまま天国まで飛んで行けそうなぐらい」

( ゜ω゜)「……」

(*゚ー゚)「それに……ブーン、やっと今思い出したよ、全部」

( ゜ω゜)「ぜん……ぶ……」

(*゚ー゚)「うん……けほ、けほけほ。全部。何もかも。クローンである私の、本体の記憶も」

すなわちそれは、彼女が過去、性奴隷だった時代のこと。
全て、思い出したくない記憶だろう。

だがそれ以上に、しぃは自我に似た何かを取り戻したことを、嬉しがっているのかも知れなかった。
その証拠に、彼女は泣き顔の中で僅かに微笑んでいるのだ。

(*゚ー゚)「……ありがとう、ブーン。あの時、私を助けてくれて」

礼を言われる筋合いもない――ブーンは激しく首を左右させた。
彼女を助けるという明確な意志があったわけではないのだ。



104: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:06:09.53 ID:ThFwTf7n0
(*゚ー゚)「お礼、けほ、言いたかった。
     でも、言えなかった。なんでだろうね、ずっと喉につっかえてた」

今のしぃの饒舌さが、何故かブーンには悲しかった。
彼女自体を否定することは無い。
だが、何か一つの終焉を目の当たりにしているような気分になるのだ。

(*゚ー゚)「……良かった。それだけ、どうしても言いたかったんだ」

(  ω )「……」

言葉にもならず、ただ腕の中の彼女を強く自分に密着させた。
血の気の失せた顔。彼女は急激に生気を失わせていた。

もはや、死者同然といっても間違いないほどに。

<●>「……寿命が近づくにつれて、ペットはヒトらしさを取り戻す。
     でも、そうなったら最後、いつ死んでもおかしくない」

(*゚ー゚)「うん、死んじゃう。もうすぐ」

しぃは気丈に、しかしどこか悲壮感を漂わせながら言った。
また咳をする。血液がブーンの身体に降りかかった。
「ごめんね」と、彼女は絶え絶えに呟いた。



107: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:08:43.71 ID:ThFwTf7n0
(  ω )「しぃ……僕は」

(*゚ー゚)「行っちゃうんでしょ? 分かってるよ」

へら、と彼女は笑った。
無理矢理の笑顔なのか、純粋なものか、ブーンには判別できない。
彼女は今や、複雑極まりない人間的感情を、ほぼ完全に取り戻しているのだ。

(*゚ー゚)「さっきはごめん、行っちゃ嫌だなんて言って。
     でも、ブーンは帰らないと駄目だよね。この怪物は、なんだか良い人っぽいし」

<●>「……ヒトじゃないけどね」

怪物がどこか呻くように訂正する。

(*゚ー゚)「私、ブーンに会えてよかった……よ」

だらり、とブーンの背中に回していた手が床に滑り落ちる。
ハッとその腕を掴むが、最早熱は無く、彼女は力無く唇を動かし続ける。

(*゚ー゚)「今までずっと、人間として認められなかった……初めてだったよ、ブーンが。
     ロクに喋ることもできなか、った、私を、助けてくれて……助けて、くれて」

もう咳き込む体力すらしぃには残されてなかった。
掠れきった声で、彼女は「でも」と最期の言葉を紡いでいく。

(* ー )「でき、れば。ひと、一つでい、いから。楽、しい思い出。
     作れたら……良か、た……」



111: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:10:54.18 ID:ThFwTf7n0
目蓋が落ちる。同時に、しぃの身体が重たくなった。
全ての力が失われ、彼女は最後、ブーンに寄りかかるようにして息絶えた。

瞬間、ブーンは声をあげて泣き出した。
長い間過ごしていた仲ではない。たった数日……それだけ。
故に悲しいのかも知れなかった。
また、自分が殺したというような自責の念にも苛んでいた。

何故彼女が死ななければいけないのだろう。
これまで散々な仕打ちを受け、その遺伝子を引き継いだままクローンにされて、
そのうえでなお「ペット」と称されて引きずり回される。
そうして浪費した命は、わずかな期間のうちに果ててしまったのだ。

あまりにも不条理だった。だからといって、誰を憎めばいいのだろう。
結局白羽の矢を立てる場所は、自分自身にしか残されていないのだ。

<●>「……彼女は、幸せなほうだと思うよ。
     他のペットなんかは、あのダストホールで粉々になって破棄されるんだからね」

彼女と同じ形状をしたクローンが、一体いくつ作られ、そして放棄されたのだろう。
考えるだけでもおぞましかった。
その中の、たった一人を助け、そして死に際に泣く自分は……偽善者だろうか。

今になって再び、しぃを助けた時にハインの放った蔑んだ視線と言葉が、脳裏に染みこみ出した。
それでも、ブーンにはしぃに抱いた他と違う特別な感情を、捨て去ることなど出来ないのだ。



115: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:13:37.35 ID:ThFwTf7n0
(  ω )「……一つだけ、お願いがあるお」

<●>「何?」

(  ω )「しぃを……しぃを、どこかに埋葬してやって欲しいお……ダストホールだけは」

できれば自分の手で彼女を葬りたかった。
だが、それは出来ない。彼女を運んでいる最中にでも外の怪物に見つかり、
諸共食われてしまう可能性もあるのだから。
また、怪物についていったとしても、きっと足手まといだろう。
断腸の思いで、彼は怪物に後を託すしか無かったのである。

<●>「……分かった。でも、確約はできないよ。
     僕だって、そのうち死ぬ運命にあるからね」

今や、ブーンが元の時間に戻るその目的は、現実逃避以外には何もなかった。
それでいい……ブーンは狂いそうになりながら思った。
全てが夢であればいい。
覚醒したときに、何もかも忘れてしまえば済むことだ。
そもそも、それ以外に正常な精神状態に戻る方法が見つからない。

<●>「じゃあ、先に済ませようか。こっちに」

怪物はまた、廊下を歩き出した。
ブーンはしぃを抱き、その後をついていく。



118: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:15:52.25 ID:ThFwTf7n0
入った部屋は、真っ白いただの空間だった。
灰色の床の中心部に、半径2メートルほどの円形に白線が描かれている。
ただそれだけで、他には部屋の隅に一つ、コンピューターに似た装置があるだけ。

その円の中に、と怪物に言われ、ブーンは静かに歩み出した。

しぃを連れて行くわけにはいかない……そう気付いて、
彼は壁を背に彼女を座らせる。
そうしていてさえ、彼女は愛くるしさを失っておらず、まるで人形のようだ。

怪物は装置の前に立つと、二本の腕でそれを器用に操作し始めた。
やがて、細かい電子音が部屋中を満たし、そのうちに地面が発光を始める。

<●>「……僕、思うんだ」

不意に怪物が口を開いた。

<●>「僕たち知能を有する者と知能を持たない者の違いさ。
     そもそも、当初は皆知能が無かった。でも、そのうち必然的に身につけたんだよ。
     最初は簡単なものだったんだろうね。
     例えば、ヒトを効果的に捕まえる方法だったり、ヒトの軍隊を退ける方法だったり。
     ちょうど、ヒトが火を覚えたのと同じでさ」

(  ω )「……早く作動させてくれお」

<●>「起動はした。あと少し時間がかかるよ。だからさ、まぁ、聞きなよ」



123: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:18:48.16 ID:ThFwTf7n0
<●>「そのうち彼らはどんどん頭がよくなった。僕たちのベースとなる身体は人間のものだからね。
     それも効果的に作用したのかも知れない。
     で、何故僕たちが人間を媒介にしたかって話だけど。
     たぶん、そうするしか方法が無かったんだ。もしくは、それが最良の選択だった」

<●>「異性との交接をしないのは、たぶん最初の時点で僕らの種族は、
     単一でしか存在してなかったからなんだ。だから、仕方なく他の種族を媒介にしたんだ。
     長い長い年月の中で……いずれ滅ぶことも予見しながらね」

<●>「これで、僕たち知能を持つ種族は滅ぶ。知能を持たない者も、ヒトがいないんだから、
     やがては絶滅するだろう。でもそれでいいんだ、それで。
     大切なことは、僕たちという種族が、ヒトに代わって歴史を重ねたことなのさ」

(  ω )「歴史を……」

<●>「そう、歴史を」

怪物が、じりじりとブーンににじり寄る。

<●>「積み上げた歴史は、そのまま矜恃に繋がる。
     僕らが歩んだ果てしない歴史は、間違いなく誇れるものだよ」

零距離。

<●>「そのための礎を、僕は作らなければいけない。歴史の終止符として、ね」



127: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:22:10.36 ID:ThFwTf7n0
突然、怪物の腕が伸びてブーンを掴んだ。
彼が驚く間もなく、その身体は持ち上げられる。

( ゜ω゜)「な、何……」

<●>「キミが、この星に生まれた僕らの種族の、第一号だ」

( ゜ω゜)「!?」

<●>「つまりこういうことだよ。キミをこの針で刺して、幼生を誕生させる。
     そのまま逆流装置に乗せる。
     元の時間に帰ったキミは、やがて、どんどん生殖行動をして増えていくのさ。
     僕ぐらいの大人になるまで成長させればもっといいんだけど……あいにくその時間はない。
     それに、最初僕らに知能が無かったという歴史とも、辻褄が合う」

騙された。
そう気付いたとき、もはや何もかもが遅かった。
悲痛な表情を浮かべ、ブーンは喚こうとするが、先程泣き腫らしたばかりなので、
どれだけ絞り出しても、乾ききった声しか出てこない。

ブーンはしぃを見遣る。

<●>「大丈夫、彼女はちゃんと埋葬するから」

( ゜ω゜)「そんな……の、無い……お、酷い……」



136: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:24:28.86 ID:ThFwTf7n0
<●>「そうかもしれない。でも、僕にとっては歓喜の瞬間なんだ。
     何しろ、この手で自分の種族の歴史を、幕開けさせることができるんだから」

怪物は躁病的な高笑いをする。
尾の先端がブーンに迫る。彼はもがいて逃れようとするが、怪物の力に敵うはずもない。
それでも、彼は諦められなかった。

かつて、自分はもしやこの殻世界を救うヒーローでは無いかと考えていた時期があった。
だが、真実はその逆ということになる。すなわち、自分は、多くの人間を虐殺し、
増殖する怪物の原初……いわば大罪人であるのだ。その事実が受け入れられなかった。
その時、周囲がより強く輝き始めた。「時間か」と怪物が呟く。

<●>「それじゃあ、頼んだよ……お父さん」

ブーンの額に針が突き立てられた。
瞬間、彼は夢を見始めた。

全ての人間を殺していく夢だった。
その中には母親がいる。ツンがいる。ドクオがいる。ペニサスがいる。ハインも、しぃも。
皆、自分に恐怖の表情を見せて逃げていく。
制御できない彼の身体はそれらの人間を追いかけ、捕まえる。
そして、狂ったように叫ぶ彼らの額に、次々と針を刺していくのだ。



140: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:27:24.79 ID:ThFwTf7n0
こんな終わりがあってなるものか。ブーンは夢の中で喚いた。
同時に、夢よ覚めるなとも懇願した。
この夢が果ててしまえば、それはつまり自分が死ぬということである。

人々を殺していく。一人殺すたび、怪物と化したブーンの身体は満面の笑みを浮かべる。
それはちょうど、初めて自分の子供と対面した人間のように。

そのうち、夢が混濁し始める。
全てが迷妄の中に消えていき、霞がかったようになる。
死ぬのだ。ブーンは直感した。この走馬燈めいた夢の先に、死が待っている。

もう、どうにでもなればいい。
どうせ自分は死ぬのだ。消えて無くなるのだ。
その後のことなんか知らない。怪物になるならなっちまえ。

殺してしまえ。どいつもこいつも殺してしまえ、殺してしまえ。
殺して。

・・・

・・



第十二話「紅鏡の末路」終わり



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