( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです
- 39: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:03:31.49 ID:HkEVV2Yc0
- いざというところで、ブーンは躊躇した。
もしかしたら、鉄扉の向こうへと怪物が侵入しているのかも知れない。
だが、だからといって後戻りなど出来ようはずもなかった。
ここで中に入るのを躊躇い拒んでも、外を徘徊して生き延びる術は無い。
ホールはその機能を失い、あまつさえ怪物がいつ戻ってくるやも分からない。
レートの知れぬギャンブルではあるが、彼らは前に進む以外無いのだ。
そんな風に言えば、少しポジティブな印象を与えるのかも知れない。
だが現実はそうではなく、むしろ限りなく後ろ向きであるような趣さえある。
しぃの手を引き、ブーンは暗澹たる空間の中へと身を投じていく。
そこそこ幅広い通路にはまず階段が下の方へとのびている。
暗くはあるが、完全に視界が閉ざされてしまうと言うほどの闇ではなく、
外と同様に空間自体がぼんやりと光っているようだ。
階段が終わると、今度は先が見えない程に遠く長く伸びる、一本の通路が現れた。
生物的な要素を一つも見合わせない、
無機質な足音はブーンに、まるで深く荒んだ海底を歩いているかのような錯覚を与えた。
歩行しているうち、ブーンは自分がしぃに全く話しかける事が出来なくなってしまっている事に気付く。
恐怖しているのだろうか。ブーンは考える。しぃが如何なる解答を示すのか、
今となってはもう何も分からなくなってしまっている。
どのような会話が、彼女からブーンが知りたくもない殺伐とした情報をもたらす引き金になるか、
一切不明なのだ。
だからといって、恐怖していい理由にはならない。
しぃを励まさねばならない。慰めてやらねばならない。
ともすれば、そういった自意識過剰な使命感は、
自分がしぃを見下している証拠であるのかも知れないとさえ、ブーンに思わせた。
- 40: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:05:25.24 ID:HkEVV2Yc0
- 思考に深く沈んでいたブーンの足下が、不意にぐにゃりを曲がりくねった。
転びそうになって、慌てて体勢を持ち直す。
見下ろすと、そこに柔らかい、何かの塊が存在していた。
それが誰かの抜け殻であるということに気付くまでに、さほどの時間はかからなかった。
悲鳴を漏らしそうになるのを、すんでの所で何とかおさえこむ。
しぃが強くブーンの腕にしがみついた。
ここで誰かが殺されたのだ。更に不安感が増幅する。
この先に、怪物がいるのではないか。そして彼らは、見境も無く自分やしぃを殺すのではないか。
ブーンは懊悩する。肩越しに振り返ってみるが、
もう図書館の光が見える場所では無くなってしまっていた。
今、まさにこの瞬間にも怪物が背後から迫ってきているとしたら――
( ゜ω゜)「急ぐお!」
ブーンは叫び、しぃをつれて早足で進み出した。それはすぐに駆け足へと変わる。
為体の知れぬ焦燥、恐怖、不安定さ、あらゆるものを包含した感情がブーンを追い立てていた。
それから数分ばかり二人が走り続けたところで、ようやく通路の終着点が見えてくる。
図書館と通路を繋ぐそれと同じような形状の鉄扉だ。
ブーンは更に足を速める。息づかいが荒くなる。些末な疲労感は、すでに喪失してしまっている。
彼は猛然と取ってを引っ掴むと、叩きつけるようにして、スライド式のその扉を開いた。
- 42: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:07:05.57 ID:HkEVV2Yc0
- そこは、それまでブーンが持っていた殻世界への印象を一変させるような空間であった。
目の前に、壁一面を覆う巨大なディスプレイが存在する。
それは多数に分割され、様々な映像を映し出している。
映像は全て、殻世界の現況のようであった。だが、未だ正常に表示しているのはごく僅かで、
ほとんどが砂嵐へと切り替わってしまっている。ある種の監視システムなのだろうか。
ディスプレイの下には多彩な機械類が存在している。
映画で見るような、宇宙船のコックピットを彷彿とさせる形態である。
そしてその前に、ソファを意図的に壊したような、いびつな椅子が一つ。
( ゜ω゜)「……」
ブーンは呆気に取られながら周囲を見回す。
右側には巨大な机が存在して、その上にこれもまた巨大なコーヒーカップが置かれていた。
その向こう側には、台所らしき空間が存在しているのだが、
そこに置かれている種々の機械、オブジェクトも規格外の大きさである。
とても、人間が使用するものとは思えなかった。
左を見ると、そちら側には廊下らしき通路がのびていて、
両側にいくつかの扉が設置されている。
そして今まさに、その内の一つの扉が静かに開かれ、
不気味な形状をした怪物が姿を現した。
―――――――――――――――
- 45: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:09:37.07 ID:HkEVV2Yc0
- 不意に地響きがして、ドクオは身をすくませた。
クーが笑うのをやめて、暗い眼を左右させる。刺々しい叫喚が聞こえる。
川 ゚ -゚)「ふん、怪物か」
事も無げにクーが言う。ドクオは激しくかぶりを振った。
クーの言説を否定しようとするのではなく、ただ現実を拒もうとしているのだ。
どういうことだ、怪物は滅んでしまったのではないか。
それとも、今し方死んだ彼が言っていた、上の世界に残されたそれであるのか。
だが、その割には怪物の咆吼、そして地響きが大きい……。
やがてその足音は接近してくる。
そして上階……止まったエスカレーターの向こう側から、複数の怪物が姿を見せた。
彼らはまだドクオとクーの存在に気付いていないらしい。
('A`)「う、あ。ああ……」
ドクオが腰を抜かして尻餅をつく。その醜態を、クーが嘲って見下ろしていた。
川 ゚ -゚)「どうした。死ぬのか?」
('A`)「うあ、で、だ。だって」
川 ゚ -゚)「これだけ怪物共の死体があるんだ。それなりに空間も広い。
そこそこの間、隠れることはできるぞ」
- 46: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:11:16.64 ID:HkEVV2Yc0
- ドクオは何とか立ち上がって、クーの後について地下空間の奥の方へと進んでいく。
両腕を失い、上手くバランスが取れないのか、彼女の足取りは危ういほど覚束ない。
どこまで進んでも無数の怪物の死体が整頓されて敷き詰められており、
確かにこの影に隠れることで、しばらくはやり過ごす事ができそうだ。
川 ゚ -゚)「まぁ、もう死んでも構わないのだが」
クーが、誰に向けるわけでもなく言った。
川 ゚ -゚)「怪物に殺されるのは、あまりにつまらないからな」
二人はとりあえず、一つの怪物の死体に身を隠した。
それと同時、エスカレーターを駆け下りてくる生きた怪物が計三体、視界に映り込んだ。
彼らは歩行しながら睨め付けるように並べられた、自分と同じ形状の怪物を眺め回している。
そしてまた、怒鳴るように叫喚した。
川 ゚ -゚)「あれが、知性を持たない怪物だ」
クーが身を隠し、首だけを突き出して怪物を観察しながら呟く。
('A`)「ち、ちせ、なんで、そんな奴らが、こ、ここ、ここに?」
川 ゚ -゚)「地震で殻が破壊されただろう。あそこから侵入してきたに違いない。
……それほどのこの殻に執着していたんだな。当然かも知れないが」
「いい気味だ」と、彼女は吐き捨てた。
- 48: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:13:16.34 ID:HkEVV2Yc0
- そのうち、怪物のうちの一体が今まで以上に激しく唸り、尾を振り上げた。
そして、空中に掲げたそれを、死体に叩きつけたのである。
堅牢な鱗が剥がれ落ちて、赤黒い肉が剥き出しになった。
その攻撃を合図にするように、他の二匹も次々と自らの獲物を決めて、破壊行動を開始した。
手で死体の胴を掴み、尾を叩きつけて壊していく。
そうして完全に粉砕すると、彼らは勝利したように、陶酔した歓喜の声を湧かせるのだ。
クーは、その光景をスポーツ観戦しているような目つきで凝視している。
怪物たちの行動に如何なる意味があるのか、ドクオにはよく分からなかった。
だが、おそらくはクーの言った、「執着心」が関係しているのだろう。
彼らは嫉妬しているのかも知れなかった。
自分たちより更に先へと進んでしまった同胞に対して羨み、憎んでいるのだ。
一体を破壊した怪物は次の標的に視線を移す。
彼らはこの地下空間に置かれた死体、その全てを粉々にするつもりなのだろうか。
彼らの行動理念など知れるはずもない。何故なら、彼らには知能が存在しないのだから。
川 ゚ -゚)「これは、チャンスだな」
もう見飽きてしまったのか、クーはドクオの方を振り返った。
川 ゚ -゚)「今の内に地上へ上がろう。そうしなければ、どうにもならない」
怪物が全てを破壊するつもりならば、いずれ見つかってしまうことは自明である。
- 51: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:15:31.90 ID:HkEVV2Yc0
- 地上へと繋がる昇降場所を探さなければならなかった。
唯一判明しているのは例のエスカレーターであるが、
あの周辺には未だ怪物が陣取っていてあまりにも危険だ。
ならば、別のルートを模索せねばならない。
或いは、怪物たちが更に奥まった場所へ進入するのを待つという手段も考えられる。
だがそれはドクオにしてみれば、厳しい待機となることは明白であった。
今、怪物が目の前で破壊活動をしている頃おいに沈着冷静でなどいられるはずもない。
一方でドクオは、クーのたたずまいから、むしろ怪物たちの所作を愚かしいと、
嘲笑しているようなきらいを感じていた。
これもまた、矜恃や本能によるものなのだろうか。
知能のあるそれと違い、彼らに対しては易々と見下す事が出来るのだ。
川 ゚ -゚)「……ここからだと、あまり見通しが良くないな」
ドクオたち二人は、どうやら空間のほぼ中心に位置しているようだった。
四方の壁まで見渡す事が難しいのである。
どちらにせよ、このままとどまっていては怪物たちに発見されてしまうのであるから、
そうならないよう移動しなければならない。それも、できるだけ怪物が接近してこないうちに。
川 ゚ -゚)「とりあえず奴らから離れるように動こう。そうして四方を調べるんだ」
これだけ広いのであるから、昇降場所も数多く用意されているはず
――それはおそらく、二人にとっての共通見解であった。
- 52: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:17:44.08 ID:HkEVV2Yc0
- クーが怪物たちに向かって後方へと歩き始める。
相変わらずおぼつかない足取りで、ドクオは彼女を支えるべきか悩んだ。
しかし、今彼女は一人でどうにか歩けているわけであり、
そんな時に補助を申し出れば咎められるのではないかと思い、結局何も言い出せなかった。
時々振り返り、怪物達に気付かれていないかを確認する。
幸い彼らは死体の破壊にばかり執着していて、それ以外の事は全く目に入らない様子だった。
一方の壁が見えてくる。そしてそこには、上へと続く幅広い階段も置かれていた。
ドクオは歓喜し、クーは息を深く吐いた。とりあえず、地上に上ることはできそうである。
階段の一段目に足を乗せたとき、突如クーの動きが停止した。何事かと、ドクオは彼女を見つめる。
川 ゚ -゚)「ふむ」
クーは自分の足に視線を落としていた。
川 ゚ -゚)「足も、傷んできたようだ」
('A`)「え……」
川 ゚ -゚)「寿命が、身体的影響を及ぼす事も、また確かだからな。こうしてどんどん壊れていく」
ドクオはようやく彼女の本心を悟っていた。
すなわち、彼女は自殺願望に似た感情をを抱いているのだ。
そのうえで、ただ本能と誇りを忠実に守って、怪物から殺される事だけを避けているのである。
ドクオの中に、同情心のようなものが湧出した。
しかし同時に、果たして自分にそんな感情を持つ余裕があるのかとも思っていた。
- 54: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:19:19.17 ID:HkEVV2Yc0
- 自分はどうなのだろう――ドクオは自問する。死にたいだろうか。
クーと怪物の口から絶望的な真実を知り、それでもまだ生きたいと願うのだろうか。
死んでも構わないのかも知れなかった。
惨めな身分にまで堕ち、奴隷じみた生活に身を沈めるならばむしろ、
美しく死ぬべきではないだろうか。
川 ゚ -゚)「行くぞ」
クーがそう言い、重たい足取りで一段一段、階段を上っていく。
ついて行きながらドクオは諦観する。とりあえず、今は逃げよう。
そしてそれから、本格的に死を考えるべきだ。クーがもしも自殺を選択するならば、
それに追従するのも悪くは無かろう。どうせ現実に戻ったって、
待っているのは母親の刃。それを避けたとしても退屈な日常しかない。
嗚呼、何故こんな下らない世界に生まれてしまったんだろうな。
こんなに下らなくて退屈でつまらなくて絶望的で歪んでて俺にはちっとも似合わない世界に。
ドクオはふと、壁を殴りつけたい衝動に襲われていた。
一階分の階段を上りきっただけでも、クーの息はすっかり上がっていた。
川 ゚ -゚)「ええ……出口は、こっち、か……」
記憶していた位置関係から算段したのだろう。
クーは、衣料品売り場であるそのフロアを、迷うことなく歩き始めた。
- 56: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:21:23.89 ID:HkEVV2Yc0
- ドクオは安堵しきっていた。それはどこか麻薬の症状にも似ていて、
今までになく彼の足取りは軽く、浮き上がるようでさえあった。
出口が目前に迫っている。しかし次の瞬間、彼より一歩遅れていたクーが鋭く叫んだ。
川 ゚ -゚)「止まれ!」
ドクオは吃驚して肩を震わせ、立ち止まる。そして慌ててクーの方を振り返った。
彼女は茫然と立ち尽くしたまま、彼方を指差していた。その先を目で追う。
道路に面したガラス張りのショーウインドウの向こう側、そこに複数の怪物が群れを成していた。
そしてその中の一体が、こちらに向かって背中の眼球を向けたのである。
ヒィ、とドクオが喉を鳴らしたのと、怪物がショーウインドウに尾を突き立てたのはほぼ同時だった。
ガラスの割れる甲高い音が響き渡る。ドクオは無意識のうちに後ずさって、
後ろにあった移動式ハンガー・ラックに足を引っかけ、倒してしまった。
川 ゚ -゚)「逃げるぞ!」
クーが言い、もと来た方へと走り出す。だが、その走り方はやはりあまりにも頼りない。
ショーウインドウと内部の間のガラスも割られて、怪物が本格的に侵入してくる。
それは全身を震わせるような唸り声を轟かせ、尾を空高く掲げてこちらに向かい、接近してきた。
先程形成されたばかりの、ドクオの自己欺瞞にみちみちた感情の肉塊は、
呆気なく瓦解してしまった。
喉が裂けんばかりに絶叫し、ドクオは階段へ向かって駆けだした。
- 58: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:23:30.80 ID:HkEVV2Yc0
- だが、その時にはもう、クーの体力は限界に達していた。
階段に辿り着いたはいいものの、彼女はもうほとんど自力で足を動かす事ができず、
故にドクオが彼女を補助し、支えてやらなければならない。
涙目になりながらドクオはクーを上へ、上へと運んでいく。
川 ゚ -゚)「すまないな」
クーが、老人のように力無い笑みをドクオに向ける。
だが、ドクオにはそれに応えるだけの余裕が全く無かった。
今はまだ怪物がさほど距離が狭まっていない。
視界に入らないからこそ、こうして悠長に人助けなどができるのだ。
大体、上へ進んでどうするのだ。道に怪物が犇めいている事はおそらく間違いない。
だからどうしようとこの建物からは出られない。
思考の意図が絡まり、ほどけなくなっていく。
川 ゚ -゚)「意外と優しいじゃないか、こんな状況でもなければ、きちんと礼をしたいところだ」
クーの、甘ったるい台詞さえ最早雑音でしかない。
自分はさっき自殺しようと意識を深層へ踏み込んだはずだ。
だがそんな意志は今や完全に崩壊している。
美意識、誇り、死への希望。そういった感性の一切が愚かしく感じられてならなかった。
死ぬ事で自分を美化。それが或いは歴史上、あるいは人格として正しいのだとしても、
自分にそれを遂行するのは不可能だとドクオは悟った。
ドクオという人物はどこまでも薄汚く、腐りきった存在なのだから。
- 59: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:25:13.80 ID:HkEVV2Yc0
- それがどうしたというのだ。ドクオは笑い、消極的感情を一蹴する。
生きたいと思うのは当たり前の感情では無いか。そう思う事が罪なはずもない。
そうして三階と二階の間の踊り場まで到達して階下を見下ろしたとき、
二匹の怪物がようやく視界に入ってきた。顔面の表情筋が一斉にひしゃげ、
歪んでいくのをドクオは自覚した。クーは最早無表情である。諦観しているのかも知れない。
もしかしたら、彼女の内部では、「最期の瞬間に人の優しさに触れて……」などという、
あまりにも陳腐な物語が広がっているのかも知れなかった。
冗談じゃない。ドクオは心の中で、彼女を唾棄した。
実際のところ、それはドクオの独りよがりな思いこみでしかないのであるが、
最早彼には判断能力さえも失われてしまっているのだった。
冗談じゃない、どうしてこいつを助けたせいで諸共死ぬなんて、
キチガイじみた役を演じなければいけないんだ。
ここには誰もいない。いるのは、片輪の障害者だけだ。そしてこいつもそのうち死ぬ。
ならば、誰が俺のこうした素晴らしき振る舞いを後世に伝える?
先頭を行く怪物はすでに二階まで達していた。
このままでは二人とも捕らえられてしまう。ドクオは意を決した。
川 ゚ -゚)「共に死のうか」
クーが朗らかにそう言った瞬間、ドクオは彼女の腹部を蹴り飛ばし、二階の踊り場に叩き落とした。
- 63: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:27:18.58 ID:HkEVV2Yc0
- クーの、愕然として見開かれた眼球と、一瞬視線が合った。
彼女は階段を、音を立てて滑り落ちていく。そして怪物の眼前に、
まるで生け贄として差し出されたかのように転がった。
両脚があらぬ方向に折れ曲がっている。転落の最中に骨折したか、
或いはちぎれてしまったのだろう。
彼女の末路を拝むことも無く、ドクオは再び猛然と階段を駆け上っていく。
肩の荷が下り、彼は今非常に心地よく感じていた。風を突っ切る感覚が、
ゾクゾクとした快感に変わっていくのである。クーを見捨てた罪悪感など、
微塵も思わない。むしろ彼は達成感を味わっているのだった。
しばらく上ってから階下を観察すると、追走する怪物が一匹に減っていた。
もう一匹は、今まさにクーを屠殺し、食らっているところなのだろう。
ドクオはほくそ笑んだ。ある程度の時間稼ぎにはなった。目論見通りである。
('A`)「いいぞ、いいぞ……よし、よおし」
白痴じみた表情で彼はさらに階段を上る。その時、彼はもはやその目的を失っていた。
今自分が、どこに向かって逃走しているのかを忘却してしまっていたのである。
それでもドクオは走り続ける。
彼の視界には、目の前で輝きを放つ金色の馬が映っていた。
空を飛び、楽園へと連れて行ってくれる使者だ。
('∀`)「楽園だ、楽園だ!」
彼は歓喜の声をあげ、なおも走る。
- 66: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:29:18.61 ID:HkEVV2Yc0
- 幾度目かの階段を上りきったところで、唐突に視界が開けた。
どうやら、屋上にたどり着いてしまったようである。
いくつかの、キャラクターを模したような遊具が設置されている。
廃れたミニ遊園地といった風体であろうか。どれもこれも錆び付いてしまっていて、
中にはコケのようなものが生えているオブジェさえ見受けられてしまう。
背後から、未だ足音が接近し続けている。
そして、その響きは確実に先程より増加していた。
つまり、ドクオを追う怪物が二体、或いはそれ以上になっているのだった。
だが、今のドクオにとってそれは、些末なことに過ぎなかった。
彼の眼前には未だ金色の馬が浮かんでいる。ドクオはそれに向かって、一目散に駆けていった。
('∀`)「解放されるんだ、僕は解放されるんだ!」
行き着いた先にカタルシスがあると、ドクオは深く思っていた。
この壊れた世界を旅立ち、美しく素晴らしい世界に行けると信じて疑わなかった。
なんて人生は素晴らしいんだろう。彼はもはや狂人だった。
現実、そこには落下防止用の柵があるのだが、
ドクオにはそれが、まさに出発点であるように錯視できたのだった。
金色の馬の嘶きが、彼の鼓膜を揺らした。
('∀`)「ああ、素晴らしいなあ! 人生はすっごく楽しいなあ!」
いつの間にか、五体にまで数を増やした怪物がすぐ傍にまで迫っていた。
その中には今生まれたばかりのような幼体も含まれていて、
それはもしかしたら今し方死んだばかりの、クーの生まれ変わりなのかも知れない。
- 69: ◆xh7i0CWaMo :2008/06/08(日) 23:31:26.90 ID:HkEVV2Yc0
- ドクオは柵を乗り越え、デパートの端に立つ。
彼は金色の馬にまたがる。その瞬間、現実に於いて彼は足場を失い、落下を始めていた。
金色の馬は風を切り、走り出す。同時にドクオは風を切り、墜落していく。
('∀`)「ああ、素晴らしいなあ! すごいなあ!」
ドクオは幾度となく叫んだ。母親の笑顔が浮かんでくるくると彼の周りを回り始めた。
彼は今、幸せの絶頂に立っていた。
何もかもが美化されてドクオの意識下に登場する。殻世界で出会った少女。
共にここに漂流してきた三人。クー。皆笑っている。笑って、彼を祝福している。
('∀`)「ありがとう! みんな、ありがとう!」
彼が墜落していく先の道路には怪物が多数群がっている。
ドクオの姿を認め、落下してくるのを待ち望んでいる。
やがて、彼の意識は朦朧とし始めた。その迷妄を、彼は自分の中で夢見心地と定義づけていた。
('∀`)「ありがとおお!!」
そう叫喚した瞬間、彼の身体は地面に激突した。
瞬間的な激痛に正気を取り戻すこともなく、彼の意識と生命は、即座に消えて無くなった。
・・・
・・
・
第十一話 終わり
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